第二十六話 昊と吹雪と草原の戦い
「向かう先はまっすぐ北か。」
隣に立った吹雪が、再確認するように呟く。
「偵察に行ったリオント伯の報告では北にはそう遠くないところにベルク領主の軍がいるらしいね。レジスタンスとベルク軍を挟撃できれば最良、最悪のパターンは他にベルトラ平原を領地に持つほかの二領、ウォードとケナンがベルク軍に合流して僕たちを待ち伏せていること。」
今朝出発するときに姫様から教えられた情報を再確認して、吹雪や近くにいる天満に伝える。二人も聞いてたとは思うけどどれだけ覚えてるのかは怪しい。
「その可能性が一番高いんじゃないか?」
吹雪は落ち着いてそう言ったけど、やっぱり話をあんまり聞いてなかったんだと確信できた。その点に関する説明もしっかりしてただろう。
「ほとんどないって姫様は言ってたよ、ウォード、ケナン、ベルク、あと僕たちが落としたマズートは何度も利益関係や領地の対立で小競り合いを続けてきたから、連携を可能にできるような信頼関係がほぼないみたいだし。そもそも個人利益に目を取られた貴族がその利益を他に譲る危険を冒すとは考えづらい。」
そんなことを何度か言われた、信頼関係がないとはいえ有事には手を組むくらいが理性的と僕は思うけど、人の感情なんてそんなに簡単にまとまるものじゃないし、手を組むことはないと考えていいんだろう。
「「ふーん。」」
「………覚えときなよ、一応重要な情報なんだからさ。」
吹雪と天満がほとんど同時に出した感心の音に、呆れながらも僕は突っ込む。
そこらへんはこの二人らしいと言えばこの二人らしい気がしなくもないけど。
「悪い悪い、戦闘技術のこと考えてたらほかがあんまり頭に入ってこなくてな。」
「昊と次はどんなふうにしようか迷ってて……」
吹雪は強くなることに一生懸命だし天満は天満でもう個人的な欲望が全開。
「これより進軍を開始する! ここから先は戦場だ、気を抜くなよ!」
雑談している僕たちをほんの一瞬だけ睨んでからリィレさんが大きな声で号令を出す。
姫様と、どこか疲れた顔の如月も一緒だ。
それと同時に進軍が始まる、敵に衝突する前まではあまり走ったりはせずに周囲を警戒しながらゆっくり進軍するのが常だったから、今回もそんな感じだ。
ただ、当初からリオネイの騎馬部隊は本隊とは別行動、偵察をして敵を発見したときにこっちに合図をしてもらうために、草原のあちこちを隠れて移動しているはずだ。
「ところで昊。」
隣を歩く吹雪が声をかけてきた。
「何?」
「お前は、姫さんのことを怪しいって思ったか?」
本当にいきなり、しかも戦場でするのが好ましいとは到底思えないような質問を吹雪が浴びせてきた。
「思ってたよ、姫様っていうよりも、この戦争の前提から怪しかった。」
いきなり何を言い出すんだと思ったが、別に隠し立てをする必要も特にないと考えて口を開く、誰でも薄々感じ取れそうなことだからだ。
同じことを吹雪も薄々感づいてたんだろう「やっぱりか……」と小さな声で呟いてから、わけのわからない顔をしてるハートを振り向くと、
「腑に落ちないことがあるんだよ、お前は気づかなかっただろうけど。」
そんな風に言って見せた、まぁハートは見てればわかるほど単細胞の単純馬鹿だからあんまり疑問に思えなくても仕方ないかもしれない。天満の方を見ると「言われてみたら」と言った感じの顔をしてるのに。
「腑に落ちないこと?」
予想通り首を傾げて見せるハート、どうやら全く疑問に思ってなかったらしい。
「上手くいきすぎてるのよ、魔法に才能がある昊がクルツに行ったこと、如月がお城に落ちたこと、あたしと吹雪はともかくこの二人はあんまりにもお姫様に都合が良すぎる。」
天満はそんな風に言い切った、言われてやっと気づいた感じだけど、それでも一番気になる部分は理解ができてるみたいだ。
「そこも確かに都合がいいけど、そもそもクロードさんと先代国王の出会いも偶然と考えるには無理があるんだよね。」
明らかにクロードさんの足跡をつかんで動いたとしか思えないような出会い。
「姫様はこの戦争にかかわる重要な内容を隠してる。言うのを忘れるくらいあのお姫様が迂闊だとは思えないし、僕たちが気づかないと思ってるくらい呑気だとも思えない。意図して隠してるんだよね、気づくこと前提で。」
その理由までは分からないけど、少なくとも用心しておいていいのかもしれない。
そう思いながら歩いていると、前を行く集団から声が上がる、何かと思って前を見てみると前方やや右の方向から赤い服を着た騎馬兵がこっちに向かってくるのが見えた。
リオント伯ナンナ率いる赤騎士団の団員だ。
そして、その背後かなり遠いところから敵の兵団が向かってくるのが見える。
旗や大盾に書かれているのは菱形と三角を組み合わせたような紋章、教えられていたベルク軍の紋章と一致している。
「おいでなすったか。」
その数およそ250、民兵や放浪騎士も加わり出陣時よりさらに人数の増えた王女軍の数約200に比べればまだ多い、けれどもこっちには一人で十人分以上の働きを見せる戦力が複数いる。
「離れろよー」
ランスの声が後ろの方からしたと思ったら、後ろの地面が盛り上がり形を変えながら組み合わさって一台の巨大な弩型をした兵器を作り出す。操縦席らしき部分にはランスが座り、後ろに猫姉妹が控えている。
「角度よーし、距離よーし、景気よくかますぞ。発射!」
「どひゅっ」という音とともに、弩から大きな矢が飛んでいく。
矢はベルク軍の集団に向かってなだらかな弧を描いて飛んでいき、敵の頭上に到着すると爆ぜていくつもの矢になり、敵軍に降り注ぐ。
矢の雨に打たれた十数人が転倒したり昏倒したりするが、敵はそれでも向かってくる。
「やっぱり大型砲台じゃ一発撃つ間に距離を詰められるな。」
どうやら次の矢を装填している最中のようだけど、それより相手が向かってくるほうが早い。
「前衛頼むぞ。」
ランスのその言葉に反応したように吹雪率いる白兵戦部隊が先陣を切る。
吹雪さんや手加減するような技術を持っていない民兵は割と容赦なく切り倒してるけど、クルツの軍人はそっちの方が得意らしく敵の戦闘能力を封じるだけに極力とどめている。
「おっと、呑気に観察してる場合じゃないや。」
魔術書のページを開き、紙にびっしり描かれた魔法陣に触れて
「起動、十門風槍。」
起動コードを述べる。すると僕の周囲の風に魔法が作用して、十本の風の槍を作り出す。
前衛の集団をくぐって接近してきた相手に向けて槍のうちの一本を飛ばし、撃墜する。
同じように前衛の取りこぼしをランスと協力して打倒していると、
「ん?」
ずどぉおおおおん!
僕から見て左斜め前で戦っていた王女軍の集団に向けて、唐突に表れた炎の塊が落下した。
幸い気付いて逃げるのが早かったおかげで大した被害は出てないみたいだけど、どうやら相手にも強力な魔術師がいるようだ。
「魔術師、だな。かなりやる。」
その様子を見ていたランスが感心したように言う、今度はランスの兵器に向かって飛んできた火球を砲撃で撃ち落とすけど、連続で飛んでくる火球に対応が追い付かず、ランスのバリスタが破壊される。
「おっとっと。」
猫姉妹を抱えて僕の隣にランスが着地する。
火球はさらに僕たちに向かって飛んでくる、一発二発ではなく、十数発が同時に。
「起動、風壁」「起動、土巨人の右手」
僕とランスがほとんど同時に防御魔法を発動させる。
僕の出した気流の壁が火球を吹き飛ばし、ランスの出した土の手がハエでも叩き落とすようにブンと火球を撃ち落とす。
「完全に俺らを狙ってるな、おっと見えたぜ。」
炎をまとい周囲の人間を寄せ付けないようにした、赤マントに赤い服の中背の男が姿を現した、あからさまに炎を意識した格好だが、まとう雰囲気が他とは違う。
「ただの魔術師じゃないな……たぶん。」
男の様相を見たランスが言う、確かに僕にも男が一種異様な雰囲気を持っていることが理解できる。魔物とも人間とも違う感じがするけど、何かはよくわからない。
男が手をかざしたかと思うと、男の周囲の炎が揺らめいて火球をまた生み出し、そして僕たちに向けて発射してくる。
詠唱や魔術書なしでの魔法にしては、いくら何でも威力がありすぎる。
「なるほど、こいつ精霊使いだ。魔物化してない火の精霊と契約してる。」
巨人の手で火球を撃ち落としながら、ランスが言う。
「へぇ、これが。」
ルミネさんから話は聞いてたけど、見るのは初めてだ。
高濃度の属性の元素そのものが意思を持った存在である精霊と契約したことで通常の魔術師とは比較にならないほどの強い魔法を行使することが可能な存在。
不安定な要素も強いとはいえ、強敵であると予想される。
「反乱分子狩りと聞かされていたが、予想外に楽しめそうだ。」
男が邪悪な笑みを浮かべて言う、存分に力をふるえる機会を待っていた感じだ。
僕一人では少し厳しい相手かもしれないし、万に一つも負けは許されない。
「少々不本意だが、組むか。ソラ。」
「そうだね、よろしく頼むよ。天満は下がってて。」
最前線は徐々に進んでいた。
敵の質が低く、それ以上に何やら指揮が整っていなさすぎることが原因だ。
俺たちは敵将であるベルク伯爵リムロのいる本陣に向けて徐々に進行している。
ぱんっ ぱんっ
発砲音とともに、俺の近くにいたブロンドの少女の両手の銃から弾丸が発射されて敵兵の手足を射抜く。先の戦いで俺と同行した勇者ロイドの仲間、フェムナだ。
短銃でしかも乱戦の最中、正確に手足を狙うのはかなり難しいことのはずだが、さっきからフェムナは当然のようにそれをこなしている。
「敵襲、右舷から敵の大隊が接近してきます。」
英奈さんのその言葉にあわてて右を振り向くと、確かに右から敵の大隊が向かってくるのが見える、距離はまだ三百メートル近くあるが、接近を許せばすぐに合流される。
旗や大盾に描かれている紋章は蛇の巻きついた松明。
「ケナン領主軍! まさか協力してたのか!?」
ベルクの東に面するケルビム子爵領ケナンの軍、ベルクとは領地や利害の問題で幾度も対立してきた関係にあり助け合うことはないと予想されていた。
「恩を売って今後の交渉を有利にするために出てきたのかもしれませんね、何の意図があるにせよこちらの読み違い……どうします?」
英奈さんが俺に向かって言ってくる。
「決まってるだろ、ケナン軍ごと倒すんだよ! な? フブキ?」
英奈さん同様俺の近くで戦っていたハートが勝手に言う、しかしそうもいかない。
今のところは優勢だが、合流されたとなると本隊から離れて孤立しているこちらが不利、一応最前列部隊の指揮官は俺ということになっている以上、味方を生かすも殺すも俺の裁量。俺が彼らを守る義務がある。
選択肢は二つ、少し無理をしてまずベルク領主を捕えてベルク軍を降伏させ、そのあとで向かってくるケナン軍の相手をする。この場合幾らかの犠牲が発生することも覚悟しなくてはいけないし失敗すればこっちが壊滅する。
もう一つは本隊との合流に向かうこと、かなりの痛手を与えたベルク軍をこのまま一気に崩せないのは惜しいが、失敗するより被害は乏しい。
「うし。」
覚悟を決め、
「全軍後退! 一度ここから逃げるから、体力の余ってるやつは怪我人の手助けをしてやれ! それと腕に覚えのあるやつは後退の支援。今は敵を相手にするな、下がれ!」
決めたら即実行、後退して本隊と合流。今はこれが最善手であると俺は思う。
俺の号令とともに王女軍の戦士たちは後退を始める、後方の本隊に合流するまであと短く見積もっても一分ほど、その間敵が黙って見物しててくれるとも思えない以上、
「英奈さん、頼めますか?」
「……後で押し倒させていただけるなら。」
「それで構いません、やってください。」
俺の返事とほぼ同時に英奈さんは尻尾から妖刀「狐月」を取り出すと、大きく振りかぶって一閃した。刀身から噴き出た炎が俺たちとベルク軍の間に分厚い壁を作り出す。
「これで少しは時間が稼げます、急ぎましょう。」
「ハート、英奈さんを抱えて差し上げろ、顔色がとっても悪い。」
その言葉に応じハートが不満げながらもしっかり英奈さんを背負ったのを確認すると、俺たちは後ろに向けて、俺を殿にしてできる限り急いで逃げる。
炎の壁をどうにか突っ切って飛んでくる矢や弾丸を叩き落とし、味方を庇いながらゆっくりゆっくり、無論右のケナン軍陣営にも注意を怠らない。しかし、おかしなことに気付く。
「あぁ?」
ケナン軍の動きがおかしい、明らかにどちらの勢力とも距離が残っているところで突然壁に衝突したように止まった。
そのやや前方に数名の騎馬兵、あの赤褐色の馬はナンナさんの部下だ。機動力に優れた中型馬を使いこなし、攪乱戦や陽動などを得意とする魔道騎士団だと聞かされている。
あの人たちが足止めしてくれてるんだろう。
部隊を引き連れてひたすら本隊のいるほうに逃げる。
リオネイの騎士団と英奈さんの炎のおかげで後衛で待機していた本隊まで合流したところで、昊とランス、それに猫姉妹と天満がどこにもいないことに気付いた。
「おい平崎、昊たちとランスたち、どこ行った?」
「昊君たちは……敵の魔術師を遠くに誘導して戦ってる……と思う。」
「思うってなんだよ……」
何とまぁ信頼性の薄い返事だろうか。信じるにしても昊とランスが同時に戦う必要があるほど危険な相手がいたとは思わなかった、けどまぁ大丈夫だろう、あの二人なら大抵の相手には勝てそうだ。
「起動、風昇流。」
僕の起動コマンドと同時に男を取り囲むように気流が発生し、一気に男を上に吹き飛ばす。
空中で身動きの取れない男に向けて僕の放った風の槍を男の右手から放たれた爆炎が飲み込み、男が着地した地点に罠のように発生したランスの土の大口が爆発によって粉砕される。
「面倒な相手だな……」
「同感、誘導されたのも多分わざとだね……」
精霊の力の扱いもかなり上手いし、短時間のうちに最善手を導き出せるような判断力にも優れる。ランスと組んだのは間違いではなかったみたいだ。
二対一で連携して立て続けに攻撃することでどうにか相手を防戦一方に留めることはできているけど、相手の防御が厄介すぎて個々の攻撃力ではどうにもできない。
もっと火力のある攻撃を打ち込めればどうにかなるかもしれないけど、そうなると魔法起動からセット完了までに少なからず時間がかかる、それを呑気に待ってくれるような相手だとは思えない。
「ソラ、一分でいいから時間稼いでくれるか?」
「一分って結構長いんだよランス君。やらないことはないけど三十秒まで軽減できない?」
「頑張るからお前も死ぬ気で頑張れ。起動――」
ランスが魔法の準備を始めると、僕も風魔法を起動させる。
「起動、十門風槍攻撃開始。加えて烈風弾起動、右手・左手で待機。」
魔法で作り出した風の槍が高速で男に突っ込む、奴の防御は広範囲に炎をまき散らして威力を相殺するもの、範囲内にいれば攻撃にもなるだろうし防御としても有力だけど視界が一瞬なくなる弱点がある、と思う。
案の定男は爆炎で僕の風の槍を受け止めた、しかしその隙に男の横に回り込む。
隙をつけたと思ったけれど、予想よりも大きな炎に阻まれた僕の動きに気付いた男が追加で炎の壁を生み出して僕の動きを阻もうとする、その炎の壁に対し左手を向けて、
「左手待機の烈風弾発動。」
破裂音を伴い僕の左手で準備していた風魔法が発動する。
単純に爆発的な風を一瞬発生させるだけの魔法、もともと近距離で使う魔法ではなく相手に向けて飛ばす魔法。その予想外に大きな反動に僕は転ぶ、そして男の視線が僕に集中する。
「死に急いだな。」
男の手に巨大な炎の剣が現れる。
近くにいるだけで肌が焼けそうな猛烈な熱気から、一撃で僕を殺す気だと理解できる。
右手を足元に向けて、
「右手待機の烈風弾発動。」
発動させる。
もともと懐に潜り込んで叩きつけてやるつもりだったんだけど、死ぬよりはずっとマシ。
生み出された爆風に僕の体が吹き飛ばされ、男の炎剣の射程範囲から逃れる。
「ぬ……」
男の手から炎剣が消える、その瞬間僕も魔法を起動する。
「廻れ旋風、刃よ踊れ。」
魔術書に書いてないオリジナル魔法。唱えた言葉に従って空気を凝縮、一か所で回転させてチェーンソーのように敵を切り裂く刃を作る。
凝縮旋風刃、そんな風に呼んでるけど要するに風の刃の切れ味を強化しただけ。
ブゥウウウウウウウウウウウウウウウン
回転によって周囲の空気が振動させられ、不気味な音が鳴る。
「よい、しょっ!」
振りかぶってフリスビーを投げるように投げつける、別に魔法そのものに推進力を持たせて飛ばすんだからモーションは必要ないけどこれはパフォーマンス。
刃は高速で男に向かって飛ぶ。
それを男は炎の壁で防ごうとするけれど、さっきまでよりもさらに高威力の風刃、単純な炎の壁で防げるものではなく、慌てて追加で爆炎をいくつも発生させようやくかき消す。
その隙にさらに用意していた刃を立て続けに飛ばす。
男は防御しきれないと判断してか魔法を使って大きく動いて逃げる。
その瞬間だった。
男の腹が、男を守る炎すら無視して突っ切る一本の杭に貫かれたのは。
余りに一瞬の出来事すぎて、それを見ていたはずの僕も、杭に腹を貫かれたはずの男すらも何が起きたのかを理解できないまま、男は杭に引っ張られるように吹っ飛び数メートル先の地面に縫い付けられる。
「うっわぁ……あれ死ぬよね、というか、死んだよね?」
今までにランスが飛ばした弾丸や杭に比べると速度は段違いだ、恐らく威力も段違いで、あんなのに貫かれたら間違いなく死ぬ、むしろ生きてたら怖い。
「かなり痛いけど死なん、そう言う魔法だ。じゃなかったら最初からああしてる。」
ランスが自信満々に言い切る、つまりあの威力の攻撃は最初からできたわけで、わざわざ殺さないように工夫を加えるため僕に時間を稼がせたわけだ。
「どうやって、あの威力でも死なない魔法を作れたの?」
「それはこいつらと、アマミの協力を得たおかげだな。」
いつの間にか隣に来ていた猫姉妹を指さしてランスが答える。
「こいつらの魔力であの槍を作ったんだ、魔物の魔力には人間を傷つけないままに影響を与える力がある。それで作ったあの槍は人間に傷を与えないわけだ。痛いけど。」
「実験につき合わされたお父は痛くて気絶したにゃ。」「あれ失敗したら、父さん仕事休まないといけなかった。」
すっごい嫌な人体実験の歴史を聞かされたような気がしたけど大丈夫なんだろうか。
「おい! 貴様これを外せ!! 何なんだ一体! 何のつもりだふざけるな!!」
しっかり杭で地面に縫い付けられた男がバタバタ必死に暴れる、しかし頑丈な杭は全く外れる気配を見せずしかもなぜか彼の連れていた精霊も力を貸す気配が
「あれ、あの女の人は誰?」
男の近くには、炎で体の大事なところを隠しただけのほぼ全裸の女性が浮いていた。
「イグニス、炎の精霊が魔物の魔力と結びついて発生する精霊型の魔物だ。」
「魔物の魔力と………つまりあいつの使ってた精霊が魔物になったの?」
「そうだ、あいつを止めるだけなら猫姉妹の魔力で十分だったけど、それも織り込むためにアマミの力が必要だったんだよ。」
男は自分の精霊を探してあちこち探り、そしてイグニスに気付く。
「くそっ新手だなっ! 小賢しい魔物どもめ。」
「勘違いするな、そいつはもともとお前のそばにいたやつだ。」
「アルジ、なぜオレのことをそんな目で見る……? オレはアルジの味方なのに……いつだって並んで戦ってきたのに……もうオレはいらないのか……?」
イグニスが悲しそうな目で男に訴えかける、わけのわからない表情の男はその言葉に何も返事をせず、その代わりにランスが
「安心しろお前は嫌われてない、お前が綺麗になったから驚いてるんだよ。」
「そう……なのか?」
「ああそうだとも、それでお前たちがのんびり話をできる環境を用意した、さぁお前の大好きなアルジと一緒にこの穴に入るんだ。」
そう言ってランスは何やら作り出した穴を指さす。
絶対おかしなところに繋がってるんだろうな、そんな風に思わされたけど言わない。
イグニスはランスの言葉に従って男を引っ張って穴の中に入っていき、二人が通過するとすぐに穴は消滅してしまった。
「何あれ。」
「魔界に繋がるゲートを開く道具をルミネさんに一個だけもらってた。あの二人なら魔界でしばらくいちゃいちゃしてんじゃねーかね。戻ってこれてももう俺たちの敵には回らんだろう。ほらさっさと本陣に戻るぜ。」
言われた通りみんなで走って本陣に向かう。
本陣近くでも、既に敵部隊との戦闘が始まっていた。
敵数体の頭を同時にぶっ飛ばし、追撃を仕掛けようと接近してきた連中を返り討ちにする。
ケナン軍が加わっても、敵との実力差がそこまで大きく埋まるわけじゃない。
英奈さんはもう戦えないみたいだが、敵との人数差が本隊から離れていた時よりも少なくなり、援護射撃の恩恵も受けられるおかげで非常に戦いやすい。
軍全体が敵を圧倒し始めたくらいで、
「東から大部隊! ウォード領の軍です!!」
更に敵の援軍が接近している報告がされる、結局姫さんの読みは当たっていたような当たっていなかったような、とにもかくにも、これでは消耗のあるこちらが不利だろう。
「ウォード軍から使者が来ています、どうやらこちらに加勢する意思がある模様。」
そんなことを後衛の兵が伝える。
確かにウォード軍の兵士はこっちじゃなく、ベルク・ケナン連合軍の方に向かっている、
徐々に接近していき、接触すると戦闘を開始する。
連合側も信用ていたというわけでもなく、奇襲に対して対応できてはいたみたいだが、さすがに二正面戦は厳しかったんだろう、ベルク・ケナンの連合軍が劣勢に立たされる。
俺もフェムナやハートを引き連れて攻勢に出る、前衛を張る敵兵を数名なぎ倒して敵陣に殴りこむと、そのまま前進する。
目の前に出てきた奴の足を下段の一撃で折り、さらに左前の敵の腕を叩き折る、数歩進んだところで左右から鉈剣を持った兵が切り付けてきたのをスライディングするように避ける。
背後で男たちが撃たれて倒れる音が聞こえる。フェムナの支援だ。
ハートも敵をぶった切っている、明らかに切れたら死ぬだろう箇所が切れてはいるけど魔物の武器の効果で死ぬほど痛くても死にはしないらしい。
敵将らしき男を視界に捉えると、俺はそいつに向かって一直線に猛進する。
妨害する敵をぶちのめし、撃ち落とし、男のところまでたどり着くと木刀を突きつけながら、
「兵たちも含めて全員今すぐ降伏しろ、しなければ、わかるな?」
と、脅迫した。
ケナン軍が降伏すると、著しく戦力を損じたベルク軍も崩壊するだろう。
俺の考えはズバリ的中し、ケナン軍、ベルク軍とも多くの兵士たちが武器を捨てて投降するかみっともなく逃げ出すかのどちらかだった。
そんな中、大きな馬に乗った小太りの男が近づいてきた。
当たりの武器を捨てた兵たちを見て、
「ふぅむ……この私が出向くまでもなかったか。よくやったぞ小僧。」
偉そうにそう言った。
こいつがウォードの領主だろう。
隣に立った吹雪が、再確認するように呟く。
「偵察に行ったリオント伯の報告では北にはそう遠くないところにベルク領主の軍がいるらしいね。レジスタンスとベルク軍を挟撃できれば最良、最悪のパターンは他にベルトラ平原を領地に持つほかの二領、ウォードとケナンがベルク軍に合流して僕たちを待ち伏せていること。」
今朝出発するときに姫様から教えられた情報を再確認して、吹雪や近くにいる天満に伝える。二人も聞いてたとは思うけどどれだけ覚えてるのかは怪しい。
「その可能性が一番高いんじゃないか?」
吹雪は落ち着いてそう言ったけど、やっぱり話をあんまり聞いてなかったんだと確信できた。その点に関する説明もしっかりしてただろう。
「ほとんどないって姫様は言ってたよ、ウォード、ケナン、ベルク、あと僕たちが落としたマズートは何度も利益関係や領地の対立で小競り合いを続けてきたから、連携を可能にできるような信頼関係がほぼないみたいだし。そもそも個人利益に目を取られた貴族がその利益を他に譲る危険を冒すとは考えづらい。」
そんなことを何度か言われた、信頼関係がないとはいえ有事には手を組むくらいが理性的と僕は思うけど、人の感情なんてそんなに簡単にまとまるものじゃないし、手を組むことはないと考えていいんだろう。
「「ふーん。」」
「………覚えときなよ、一応重要な情報なんだからさ。」
吹雪と天満がほとんど同時に出した感心の音に、呆れながらも僕は突っ込む。
そこらへんはこの二人らしいと言えばこの二人らしい気がしなくもないけど。
「悪い悪い、戦闘技術のこと考えてたらほかがあんまり頭に入ってこなくてな。」
「昊と次はどんなふうにしようか迷ってて……」
吹雪は強くなることに一生懸命だし天満は天満でもう個人的な欲望が全開。
「これより進軍を開始する! ここから先は戦場だ、気を抜くなよ!」
雑談している僕たちをほんの一瞬だけ睨んでからリィレさんが大きな声で号令を出す。
姫様と、どこか疲れた顔の如月も一緒だ。
それと同時に進軍が始まる、敵に衝突する前まではあまり走ったりはせずに周囲を警戒しながらゆっくり進軍するのが常だったから、今回もそんな感じだ。
ただ、当初からリオネイの騎馬部隊は本隊とは別行動、偵察をして敵を発見したときにこっちに合図をしてもらうために、草原のあちこちを隠れて移動しているはずだ。
「ところで昊。」
隣を歩く吹雪が声をかけてきた。
「何?」
「お前は、姫さんのことを怪しいって思ったか?」
本当にいきなり、しかも戦場でするのが好ましいとは到底思えないような質問を吹雪が浴びせてきた。
「思ってたよ、姫様っていうよりも、この戦争の前提から怪しかった。」
いきなり何を言い出すんだと思ったが、別に隠し立てをする必要も特にないと考えて口を開く、誰でも薄々感じ取れそうなことだからだ。
同じことを吹雪も薄々感づいてたんだろう「やっぱりか……」と小さな声で呟いてから、わけのわからない顔をしてるハートを振り向くと、
「腑に落ちないことがあるんだよ、お前は気づかなかっただろうけど。」
そんな風に言って見せた、まぁハートは見てればわかるほど単細胞の単純馬鹿だからあんまり疑問に思えなくても仕方ないかもしれない。天満の方を見ると「言われてみたら」と言った感じの顔をしてるのに。
「腑に落ちないこと?」
予想通り首を傾げて見せるハート、どうやら全く疑問に思ってなかったらしい。
「上手くいきすぎてるのよ、魔法に才能がある昊がクルツに行ったこと、如月がお城に落ちたこと、あたしと吹雪はともかくこの二人はあんまりにもお姫様に都合が良すぎる。」
天満はそんな風に言い切った、言われてやっと気づいた感じだけど、それでも一番気になる部分は理解ができてるみたいだ。
「そこも確かに都合がいいけど、そもそもクロードさんと先代国王の出会いも偶然と考えるには無理があるんだよね。」
明らかにクロードさんの足跡をつかんで動いたとしか思えないような出会い。
「姫様はこの戦争にかかわる重要な内容を隠してる。言うのを忘れるくらいあのお姫様が迂闊だとは思えないし、僕たちが気づかないと思ってるくらい呑気だとも思えない。意図して隠してるんだよね、気づくこと前提で。」
その理由までは分からないけど、少なくとも用心しておいていいのかもしれない。
そう思いながら歩いていると、前を行く集団から声が上がる、何かと思って前を見てみると前方やや右の方向から赤い服を着た騎馬兵がこっちに向かってくるのが見えた。
リオント伯ナンナ率いる赤騎士団の団員だ。
そして、その背後かなり遠いところから敵の兵団が向かってくるのが見える。
旗や大盾に書かれているのは菱形と三角を組み合わせたような紋章、教えられていたベルク軍の紋章と一致している。
「おいでなすったか。」
その数およそ250、民兵や放浪騎士も加わり出陣時よりさらに人数の増えた王女軍の数約200に比べればまだ多い、けれどもこっちには一人で十人分以上の働きを見せる戦力が複数いる。
「離れろよー」
ランスの声が後ろの方からしたと思ったら、後ろの地面が盛り上がり形を変えながら組み合わさって一台の巨大な弩型をした兵器を作り出す。操縦席らしき部分にはランスが座り、後ろに猫姉妹が控えている。
「角度よーし、距離よーし、景気よくかますぞ。発射!」
「どひゅっ」という音とともに、弩から大きな矢が飛んでいく。
矢はベルク軍の集団に向かってなだらかな弧を描いて飛んでいき、敵の頭上に到着すると爆ぜていくつもの矢になり、敵軍に降り注ぐ。
矢の雨に打たれた十数人が転倒したり昏倒したりするが、敵はそれでも向かってくる。
「やっぱり大型砲台じゃ一発撃つ間に距離を詰められるな。」
どうやら次の矢を装填している最中のようだけど、それより相手が向かってくるほうが早い。
「前衛頼むぞ。」
ランスのその言葉に反応したように吹雪率いる白兵戦部隊が先陣を切る。
吹雪さんや手加減するような技術を持っていない民兵は割と容赦なく切り倒してるけど、クルツの軍人はそっちの方が得意らしく敵の戦闘能力を封じるだけに極力とどめている。
「おっと、呑気に観察してる場合じゃないや。」
魔術書のページを開き、紙にびっしり描かれた魔法陣に触れて
「起動、十門風槍。」
起動コードを述べる。すると僕の周囲の風に魔法が作用して、十本の風の槍を作り出す。
前衛の集団をくぐって接近してきた相手に向けて槍のうちの一本を飛ばし、撃墜する。
同じように前衛の取りこぼしをランスと協力して打倒していると、
「ん?」
ずどぉおおおおん!
僕から見て左斜め前で戦っていた王女軍の集団に向けて、唐突に表れた炎の塊が落下した。
幸い気付いて逃げるのが早かったおかげで大した被害は出てないみたいだけど、どうやら相手にも強力な魔術師がいるようだ。
「魔術師、だな。かなりやる。」
その様子を見ていたランスが感心したように言う、今度はランスの兵器に向かって飛んできた火球を砲撃で撃ち落とすけど、連続で飛んでくる火球に対応が追い付かず、ランスのバリスタが破壊される。
「おっとっと。」
猫姉妹を抱えて僕の隣にランスが着地する。
火球はさらに僕たちに向かって飛んでくる、一発二発ではなく、十数発が同時に。
「起動、風壁」「起動、土巨人の右手」
僕とランスがほとんど同時に防御魔法を発動させる。
僕の出した気流の壁が火球を吹き飛ばし、ランスの出した土の手がハエでも叩き落とすようにブンと火球を撃ち落とす。
「完全に俺らを狙ってるな、おっと見えたぜ。」
炎をまとい周囲の人間を寄せ付けないようにした、赤マントに赤い服の中背の男が姿を現した、あからさまに炎を意識した格好だが、まとう雰囲気が他とは違う。
「ただの魔術師じゃないな……たぶん。」
男の様相を見たランスが言う、確かに僕にも男が一種異様な雰囲気を持っていることが理解できる。魔物とも人間とも違う感じがするけど、何かはよくわからない。
男が手をかざしたかと思うと、男の周囲の炎が揺らめいて火球をまた生み出し、そして僕たちに向けて発射してくる。
詠唱や魔術書なしでの魔法にしては、いくら何でも威力がありすぎる。
「なるほど、こいつ精霊使いだ。魔物化してない火の精霊と契約してる。」
巨人の手で火球を撃ち落としながら、ランスが言う。
「へぇ、これが。」
ルミネさんから話は聞いてたけど、見るのは初めてだ。
高濃度の属性の元素そのものが意思を持った存在である精霊と契約したことで通常の魔術師とは比較にならないほどの強い魔法を行使することが可能な存在。
不安定な要素も強いとはいえ、強敵であると予想される。
「反乱分子狩りと聞かされていたが、予想外に楽しめそうだ。」
男が邪悪な笑みを浮かべて言う、存分に力をふるえる機会を待っていた感じだ。
僕一人では少し厳しい相手かもしれないし、万に一つも負けは許されない。
「少々不本意だが、組むか。ソラ。」
「そうだね、よろしく頼むよ。天満は下がってて。」
最前線は徐々に進んでいた。
敵の質が低く、それ以上に何やら指揮が整っていなさすぎることが原因だ。
俺たちは敵将であるベルク伯爵リムロのいる本陣に向けて徐々に進行している。
ぱんっ ぱんっ
発砲音とともに、俺の近くにいたブロンドの少女の両手の銃から弾丸が発射されて敵兵の手足を射抜く。先の戦いで俺と同行した勇者ロイドの仲間、フェムナだ。
短銃でしかも乱戦の最中、正確に手足を狙うのはかなり難しいことのはずだが、さっきからフェムナは当然のようにそれをこなしている。
「敵襲、右舷から敵の大隊が接近してきます。」
英奈さんのその言葉にあわてて右を振り向くと、確かに右から敵の大隊が向かってくるのが見える、距離はまだ三百メートル近くあるが、接近を許せばすぐに合流される。
旗や大盾に描かれている紋章は蛇の巻きついた松明。
「ケナン領主軍! まさか協力してたのか!?」
ベルクの東に面するケルビム子爵領ケナンの軍、ベルクとは領地や利害の問題で幾度も対立してきた関係にあり助け合うことはないと予想されていた。
「恩を売って今後の交渉を有利にするために出てきたのかもしれませんね、何の意図があるにせよこちらの読み違い……どうします?」
英奈さんが俺に向かって言ってくる。
「決まってるだろ、ケナン軍ごと倒すんだよ! な? フブキ?」
英奈さん同様俺の近くで戦っていたハートが勝手に言う、しかしそうもいかない。
今のところは優勢だが、合流されたとなると本隊から離れて孤立しているこちらが不利、一応最前列部隊の指揮官は俺ということになっている以上、味方を生かすも殺すも俺の裁量。俺が彼らを守る義務がある。
選択肢は二つ、少し無理をしてまずベルク領主を捕えてベルク軍を降伏させ、そのあとで向かってくるケナン軍の相手をする。この場合幾らかの犠牲が発生することも覚悟しなくてはいけないし失敗すればこっちが壊滅する。
もう一つは本隊との合流に向かうこと、かなりの痛手を与えたベルク軍をこのまま一気に崩せないのは惜しいが、失敗するより被害は乏しい。
「うし。」
覚悟を決め、
「全軍後退! 一度ここから逃げるから、体力の余ってるやつは怪我人の手助けをしてやれ! それと腕に覚えのあるやつは後退の支援。今は敵を相手にするな、下がれ!」
決めたら即実行、後退して本隊と合流。今はこれが最善手であると俺は思う。
俺の号令とともに王女軍の戦士たちは後退を始める、後方の本隊に合流するまであと短く見積もっても一分ほど、その間敵が黙って見物しててくれるとも思えない以上、
「英奈さん、頼めますか?」
「……後で押し倒させていただけるなら。」
「それで構いません、やってください。」
俺の返事とほぼ同時に英奈さんは尻尾から妖刀「狐月」を取り出すと、大きく振りかぶって一閃した。刀身から噴き出た炎が俺たちとベルク軍の間に分厚い壁を作り出す。
「これで少しは時間が稼げます、急ぎましょう。」
「ハート、英奈さんを抱えて差し上げろ、顔色がとっても悪い。」
その言葉に応じハートが不満げながらもしっかり英奈さんを背負ったのを確認すると、俺たちは後ろに向けて、俺を殿にしてできる限り急いで逃げる。
炎の壁をどうにか突っ切って飛んでくる矢や弾丸を叩き落とし、味方を庇いながらゆっくりゆっくり、無論右のケナン軍陣営にも注意を怠らない。しかし、おかしなことに気付く。
「あぁ?」
ケナン軍の動きがおかしい、明らかにどちらの勢力とも距離が残っているところで突然壁に衝突したように止まった。
そのやや前方に数名の騎馬兵、あの赤褐色の馬はナンナさんの部下だ。機動力に優れた中型馬を使いこなし、攪乱戦や陽動などを得意とする魔道騎士団だと聞かされている。
あの人たちが足止めしてくれてるんだろう。
部隊を引き連れてひたすら本隊のいるほうに逃げる。
リオネイの騎士団と英奈さんの炎のおかげで後衛で待機していた本隊まで合流したところで、昊とランス、それに猫姉妹と天満がどこにもいないことに気付いた。
「おい平崎、昊たちとランスたち、どこ行った?」
「昊君たちは……敵の魔術師を遠くに誘導して戦ってる……と思う。」
「思うってなんだよ……」
何とまぁ信頼性の薄い返事だろうか。信じるにしても昊とランスが同時に戦う必要があるほど危険な相手がいたとは思わなかった、けどまぁ大丈夫だろう、あの二人なら大抵の相手には勝てそうだ。
「起動、風昇流。」
僕の起動コマンドと同時に男を取り囲むように気流が発生し、一気に男を上に吹き飛ばす。
空中で身動きの取れない男に向けて僕の放った風の槍を男の右手から放たれた爆炎が飲み込み、男が着地した地点に罠のように発生したランスの土の大口が爆発によって粉砕される。
「面倒な相手だな……」
「同感、誘導されたのも多分わざとだね……」
精霊の力の扱いもかなり上手いし、短時間のうちに最善手を導き出せるような判断力にも優れる。ランスと組んだのは間違いではなかったみたいだ。
二対一で連携して立て続けに攻撃することでどうにか相手を防戦一方に留めることはできているけど、相手の防御が厄介すぎて個々の攻撃力ではどうにもできない。
もっと火力のある攻撃を打ち込めればどうにかなるかもしれないけど、そうなると魔法起動からセット完了までに少なからず時間がかかる、それを呑気に待ってくれるような相手だとは思えない。
「ソラ、一分でいいから時間稼いでくれるか?」
「一分って結構長いんだよランス君。やらないことはないけど三十秒まで軽減できない?」
「頑張るからお前も死ぬ気で頑張れ。起動――」
ランスが魔法の準備を始めると、僕も風魔法を起動させる。
「起動、十門風槍攻撃開始。加えて烈風弾起動、右手・左手で待機。」
魔法で作り出した風の槍が高速で男に突っ込む、奴の防御は広範囲に炎をまき散らして威力を相殺するもの、範囲内にいれば攻撃にもなるだろうし防御としても有力だけど視界が一瞬なくなる弱点がある、と思う。
案の定男は爆炎で僕の風の槍を受け止めた、しかしその隙に男の横に回り込む。
隙をつけたと思ったけれど、予想よりも大きな炎に阻まれた僕の動きに気付いた男が追加で炎の壁を生み出して僕の動きを阻もうとする、その炎の壁に対し左手を向けて、
「左手待機の烈風弾発動。」
破裂音を伴い僕の左手で準備していた風魔法が発動する。
単純に爆発的な風を一瞬発生させるだけの魔法、もともと近距離で使う魔法ではなく相手に向けて飛ばす魔法。その予想外に大きな反動に僕は転ぶ、そして男の視線が僕に集中する。
「死に急いだな。」
男の手に巨大な炎の剣が現れる。
近くにいるだけで肌が焼けそうな猛烈な熱気から、一撃で僕を殺す気だと理解できる。
右手を足元に向けて、
「右手待機の烈風弾発動。」
発動させる。
もともと懐に潜り込んで叩きつけてやるつもりだったんだけど、死ぬよりはずっとマシ。
生み出された爆風に僕の体が吹き飛ばされ、男の炎剣の射程範囲から逃れる。
「ぬ……」
男の手から炎剣が消える、その瞬間僕も魔法を起動する。
「廻れ旋風、刃よ踊れ。」
魔術書に書いてないオリジナル魔法。唱えた言葉に従って空気を凝縮、一か所で回転させてチェーンソーのように敵を切り裂く刃を作る。
凝縮旋風刃、そんな風に呼んでるけど要するに風の刃の切れ味を強化しただけ。
ブゥウウウウウウウウウウウウウウウン
回転によって周囲の空気が振動させられ、不気味な音が鳴る。
「よい、しょっ!」
振りかぶってフリスビーを投げるように投げつける、別に魔法そのものに推進力を持たせて飛ばすんだからモーションは必要ないけどこれはパフォーマンス。
刃は高速で男に向かって飛ぶ。
それを男は炎の壁で防ごうとするけれど、さっきまでよりもさらに高威力の風刃、単純な炎の壁で防げるものではなく、慌てて追加で爆炎をいくつも発生させようやくかき消す。
その隙にさらに用意していた刃を立て続けに飛ばす。
男は防御しきれないと判断してか魔法を使って大きく動いて逃げる。
その瞬間だった。
男の腹が、男を守る炎すら無視して突っ切る一本の杭に貫かれたのは。
余りに一瞬の出来事すぎて、それを見ていたはずの僕も、杭に腹を貫かれたはずの男すらも何が起きたのかを理解できないまま、男は杭に引っ張られるように吹っ飛び数メートル先の地面に縫い付けられる。
「うっわぁ……あれ死ぬよね、というか、死んだよね?」
今までにランスが飛ばした弾丸や杭に比べると速度は段違いだ、恐らく威力も段違いで、あんなのに貫かれたら間違いなく死ぬ、むしろ生きてたら怖い。
「かなり痛いけど死なん、そう言う魔法だ。じゃなかったら最初からああしてる。」
ランスが自信満々に言い切る、つまりあの威力の攻撃は最初からできたわけで、わざわざ殺さないように工夫を加えるため僕に時間を稼がせたわけだ。
「どうやって、あの威力でも死なない魔法を作れたの?」
「それはこいつらと、アマミの協力を得たおかげだな。」
いつの間にか隣に来ていた猫姉妹を指さしてランスが答える。
「こいつらの魔力であの槍を作ったんだ、魔物の魔力には人間を傷つけないままに影響を与える力がある。それで作ったあの槍は人間に傷を与えないわけだ。痛いけど。」
「実験につき合わされたお父は痛くて気絶したにゃ。」「あれ失敗したら、父さん仕事休まないといけなかった。」
すっごい嫌な人体実験の歴史を聞かされたような気がしたけど大丈夫なんだろうか。
「おい! 貴様これを外せ!! 何なんだ一体! 何のつもりだふざけるな!!」
しっかり杭で地面に縫い付けられた男がバタバタ必死に暴れる、しかし頑丈な杭は全く外れる気配を見せずしかもなぜか彼の連れていた精霊も力を貸す気配が
「あれ、あの女の人は誰?」
男の近くには、炎で体の大事なところを隠しただけのほぼ全裸の女性が浮いていた。
「イグニス、炎の精霊が魔物の魔力と結びついて発生する精霊型の魔物だ。」
「魔物の魔力と………つまりあいつの使ってた精霊が魔物になったの?」
「そうだ、あいつを止めるだけなら猫姉妹の魔力で十分だったけど、それも織り込むためにアマミの力が必要だったんだよ。」
男は自分の精霊を探してあちこち探り、そしてイグニスに気付く。
「くそっ新手だなっ! 小賢しい魔物どもめ。」
「勘違いするな、そいつはもともとお前のそばにいたやつだ。」
「アルジ、なぜオレのことをそんな目で見る……? オレはアルジの味方なのに……いつだって並んで戦ってきたのに……もうオレはいらないのか……?」
イグニスが悲しそうな目で男に訴えかける、わけのわからない表情の男はその言葉に何も返事をせず、その代わりにランスが
「安心しろお前は嫌われてない、お前が綺麗になったから驚いてるんだよ。」
「そう……なのか?」
「ああそうだとも、それでお前たちがのんびり話をできる環境を用意した、さぁお前の大好きなアルジと一緒にこの穴に入るんだ。」
そう言ってランスは何やら作り出した穴を指さす。
絶対おかしなところに繋がってるんだろうな、そんな風に思わされたけど言わない。
イグニスはランスの言葉に従って男を引っ張って穴の中に入っていき、二人が通過するとすぐに穴は消滅してしまった。
「何あれ。」
「魔界に繋がるゲートを開く道具をルミネさんに一個だけもらってた。あの二人なら魔界でしばらくいちゃいちゃしてんじゃねーかね。戻ってこれてももう俺たちの敵には回らんだろう。ほらさっさと本陣に戻るぜ。」
言われた通りみんなで走って本陣に向かう。
本陣近くでも、既に敵部隊との戦闘が始まっていた。
敵数体の頭を同時にぶっ飛ばし、追撃を仕掛けようと接近してきた連中を返り討ちにする。
ケナン軍が加わっても、敵との実力差がそこまで大きく埋まるわけじゃない。
英奈さんはもう戦えないみたいだが、敵との人数差が本隊から離れていた時よりも少なくなり、援護射撃の恩恵も受けられるおかげで非常に戦いやすい。
軍全体が敵を圧倒し始めたくらいで、
「東から大部隊! ウォード領の軍です!!」
更に敵の援軍が接近している報告がされる、結局姫さんの読みは当たっていたような当たっていなかったような、とにもかくにも、これでは消耗のあるこちらが不利だろう。
「ウォード軍から使者が来ています、どうやらこちらに加勢する意思がある模様。」
そんなことを後衛の兵が伝える。
確かにウォード軍の兵士はこっちじゃなく、ベルク・ケナン連合軍の方に向かっている、
徐々に接近していき、接触すると戦闘を開始する。
連合側も信用ていたというわけでもなく、奇襲に対して対応できてはいたみたいだが、さすがに二正面戦は厳しかったんだろう、ベルク・ケナンの連合軍が劣勢に立たされる。
俺もフェムナやハートを引き連れて攻勢に出る、前衛を張る敵兵を数名なぎ倒して敵陣に殴りこむと、そのまま前進する。
目の前に出てきた奴の足を下段の一撃で折り、さらに左前の敵の腕を叩き折る、数歩進んだところで左右から鉈剣を持った兵が切り付けてきたのをスライディングするように避ける。
背後で男たちが撃たれて倒れる音が聞こえる。フェムナの支援だ。
ハートも敵をぶった切っている、明らかに切れたら死ぬだろう箇所が切れてはいるけど魔物の武器の効果で死ぬほど痛くても死にはしないらしい。
敵将らしき男を視界に捉えると、俺はそいつに向かって一直線に猛進する。
妨害する敵をぶちのめし、撃ち落とし、男のところまでたどり着くと木刀を突きつけながら、
「兵たちも含めて全員今すぐ降伏しろ、しなければ、わかるな?」
と、脅迫した。
ケナン軍が降伏すると、著しく戦力を損じたベルク軍も崩壊するだろう。
俺の考えはズバリ的中し、ケナン軍、ベルク軍とも多くの兵士たちが武器を捨てて投降するかみっともなく逃げ出すかのどちらかだった。
そんな中、大きな馬に乗った小太りの男が近づいてきた。
当たりの武器を捨てた兵たちを見て、
「ふぅむ……この私が出向くまでもなかったか。よくやったぞ小僧。」
偉そうにそう言った。
こいつがウォードの領主だろう。
12/04/25 18:53更新 / なるつき
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