第十六話 如月と昊とこれまでとこれからの話
クロードさんに導かれるまま私たちはクルツの内部に入った。
リィレさんはマリアに犯されてた時から気を失ったままだし、姫様もクロードさんたちの助けが来るのとほぼ同時に気を失っていたらしい。
体型の問題だけじゃなく軽い姫様は、なのにやたら熱かった。
そしてそのまま私たちはまっすぐに町の外れにある病院のような建物に向かっていく。道行く人がこっちを見て何か話してるのが聞こえるし、何となくプレッシャーのようなものも感じる。
病院の前まで行くと、そこには四人の人が待っていた。
昊君と、その隣にいるのは天満ちゃんだろうか。私の知っている彼女とは違って角が生えているし背中に翼もあるしお尻から尻尾がのぞいているけれど、着ている制服も私と同じだし多分そうなんだろう。
二人の隣には天満ちゃん同様に角と尻尾と羽を生やして、露出度の多い服を着た青い髪の女の人が立っている。その斜め上には白い翼を生やして同じ色のワンピースを着、金色の髪をした女の子が宙に浮いていた。
「待たせた。」
クロードさんはそう言いながら女の人に手を振る。
「別にいいわよ、急ぎじゃないんだし。」
「如月、久しぶり。」
昊君も私に向かって柔らかく微笑みかけてくる。
どきん
その笑顔があんまりにも魅力的なせいで心臓が勝手に反応してしまい勝手に顔が赤くなっていく、相変わらず罪作りな笑顔だ。
「あ、うん久しぶり。元気そうで何より……」
なぜか緊張してしまって、しどろもどろに話す。
「その子がソラたちの友達?」
青い髪の女の人が私の方を向く、かなりの美人さんでみつめられるだけでドキッとしてしまうけど、でもなんだか底知れないものを目に感じる。
「あ、はい。昊君の友達の如月と申します。」
「そう、私はこのクルツの『魔物の領主』ルミネよ、とりあえずその女の子」
ルミネと名乗った女性が指差したのは、私の背中でまだ荒く息している姫様だった。
「医者に診せたほうがいいわね、さっさと行きましょ。」
そう言うと、ルミネは建物の中に入っていく。
空を飛んでいた女の子が私の前に飛んでくる。
幼げながら凛々しさのある綺麗な顔立ちをした彼女は、見た目にそぐわない大人びた仕草で私に向かって恭しくお辞儀をしながら、
「私はクルツで法務官を務めているツィリアだ、見ての通り天使。」
と自己紹介してくれた、口調も畏まっていて、本当に私よりずっと年上に見える。
続々とルミネさんの後に続く皆に会わせて、私も中に入っていく。
どうやら本当に病院だったみたいで、待合室のようなところがある。
ルミネさんを先頭にそこを通って何やら札のさがっている部屋に行き。
「フレッド、入るわよ。」
というが早いかルミネさんが当たり前のようにドアを開ける。
そこには髪の毛のほとんどが白髪で、かろうじて残っている毛から昔は茶髪だったんだろうと推察できる老人が一人座っていた、白衣を着ているということは、どうやら医者らしい。
「大勢で何の用じゃ?」
「急病人二人、容体を確認して治療してやってくれ。」
クロードさんはそう言ってリィレさんを近くにあった寝台に乗せる。
その隣のベッドに私が姫様を寝かせると、フレッドがリィレさんの様子を見る。
「なぜ全裸なんじゃこの娘。」
「マリアに凌辱されたんだよ、あいつめ服斬ってやがった。」
「マリアに……それはまた、トラウマになっておらんと良いんじゃが……」
フレッドは少し何かを考えたと思ったら、リィレさんのおなかに手を当てる。
リィレさんのお腹とフレッドの手が触れている部分が光ったと思ったら、フレッドは手を放す。魔法で検診でもしていたのだろうか、だとしたらずいぶん便利なものだけど。
「子宮と腸の筋肉に無理やり引き伸ばされたダメージがある、日常生活ができないわけではないが放置しておくと後遺症を残しかねん。内臓筋には手を出す手段はないから自然回復が一番じゃな。」
そう言って、次は隣に私が寝かせた姫様の様子を見る。
「こっちの娘は、かなり衰弱しておるな、もともと体力に乏しかったうえに数日ほとんど絶食状態で無理をしたじゃろう、しかも不衛生とストレスも重なっていろいろ面倒な状態になっておる。」
「治るんですか?」
「治す、それがワシの仕事じゃからな。ハルト、ノーティ、手伝っておくれ。」
フレッドは自信満々に言ってから他の部屋に向かってそう言うと、閉まっていた私たちの通ってきたドアを開けて白衣を着た若い男と、私より年下に見える少年が出てきた。
若い男の方がリィレさんとその隣のベッドにいる姫様を凝視して。
「第二王女アリアンロッド殿下、に、護衛騎士リィレ・マクワイア?」
そう、二人のことを確かに呼んだ。
その部屋にいたほぼ全員が、同時にその男のことを見た。
「今なんといった? ハルト?」
「……ちょっと自信がないです、ロイドとアイリを呼んでください……」
クロードさんのその質問に対して、ハルトと呼ばれた若い男は、そう言いながらも二人から視線は外さない。完全に二人のことが「そう」であると確信している顔だ。
「その二人は、確かにローディアナ第二王女アリアンロッド姫と、そしてその護衛騎士でありグラハム・マクワイアの娘リィレ・マクワイアです。」
別段隠し立てをする必要があることだとも思わなかったので、私は正直に言う。
周囲の皆が驚いた顔をしている中で、一人だけ表情をほとんど変えていないクロードさんだけが私の方に向き直って、
「詳しく説明しろ。」
と短く言った。
如月の語った話は、にわかには信じがたいものだった。
内容を要約するとこうなる。
このローディアナ王国において最近の数年間強い権力を握って王国を事実上牛耳っていたのは王ではなく貴族議会。魔物に関して彼らにとり「余計な事実」を知った国王はその家族ごと数年前から王城の離宮に隔離されていて、余計なことは知らず国王とも仲が悪いおまけに頭の出来も比較的残念。と、貴族にとって都合の良かった第一王子を貴族議会が利用して権力を操っていた。
その貴族たちの手により魔物の仕業と称して略奪が横行する事も少なくなかった。
しかし最近になり、どういうわけか魔物の事実を知る人々が増えたことで貴族議会はそう言った反乱分子の鎮圧やその処理に奔走させられることになり、とある計画を実行しようとした。
それが『神の使者』として僕たち(正確には異世界からの来訪者)を呼び出しそれを利用することによって自分たちの意見こそが正しく、魔物の事実を知る人は間違いだと言う主張を強化しようとするもの。
だが、それもどういうわけか失敗。
ではどうするかと足りない頭で考えた結果が、王家に対する反乱だった。
すべての罪を王家に着せて、自分たちはそれから国を守った英雄になろうとした。
その動きを王家が察知していたこともあって辛くも姫様を守って如月はこのクルツに逃げ込むことができたけれど、国王フローゼンスとその側近であったグラハムは戦死。
すべての話が終わると、場を重苦しい沈黙がつつんでいた。
「ふざけた話だな。」
最初に口を開いたのはまたしてもクロードさんだった。
「王国上層部は結局何も解ってないし学んでないのか。」
「そうねー、もう四十年になるのに、一歩も成長してないわね。」
クロードさんの言葉に賛同するように反応したのはルミネさんだった。
「……あの、すいません。」
聞きなれない声に振り向くと、如月が背負っていた女の子、つまりはこの国の王女らしい少女アリアンロッドが、赤い目を開いてこちらを見ていた。
「クロスという方は、この中にいらっしゃるでしょうか?」
そんな風に質問するアリアンロッド姫、その手には封筒が握られている、どこに隠し持っていたんだろう。
「俺の本名だ。」
クロードさんがそう答える。
するとアリアンロッドはクロードさんに向けて手紙を見せ、
「先代国王フローゼンスから、貴方に親書です。」
と言った。
「王様から俺……ん?」
姫様の顔をクロードさんが凝視する、どうかしたんだろうか。
「……失礼だがお姫様。」
険しい顔をしたクロードさんが、険しい顔のまま姫様に声をかける。
「貴方の髪と目の色は、国王譲りか?」
「あ、はい。それがどうされました?」
クロードさんは「いや、確認したかっただけだ」とだけ答えて封筒を開け始める、どうやっているのかしっかり蝋で封じてあったはずの封筒を簡単に開くと中に入っていた手紙を手に取る。
四つ折りになっていた手紙を開いて中を読みはじめるクロードさん。
そして小さな声で、「やっぱりか……」とだけ呟いた。
「どうしたのよ。」
「……俺が、牧場のレティを連れ帰ってきたときのこと覚えてるか?」
疑問を口に出したルミネさんに向かってクロードさんは質問で返す。
「……覚えてるわ、あんたが初めて外界に行った時のことよね?」
「ああ、俺はその時一人の男に情報提供を受けた、ロゼと名乗った俺と同じくらいの年の男だった。」
「「「まさか……」」」
結末を予想できた僕とルミネさん、それにツィリアさんの声がハモる、クロードさんの言っていることがまだわからない他の人たちは、首をかしげるか頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「その男が、どうやら内乱で落命した国王フローゼンスその人だったらしい。」
僕の予想は全く外れていなかった、ルミネさんたちも同じのようだ。
奇縁と言うにはあまりに出来すぎているが、必然というには証拠の少なすぎる出来事、しかしこれがもし起こるべくして起こった出来事ならば、これには確かな意味があるだろう。
王家が敵ではないという、何よりの証拠になるはずだ。
だが、出来すぎている。
あまりに出来ごとが都合よく運びすぎている、それこそまるでこうなるように誰かが仕向けていたかのように。しかしだとしたら、そんなことが可能な人間がこの世に存在しうるのかということになってくる。
まず若かりし日のクロードさんと国王の出会い。
これだって意図的に起こそうとするのならかなりの無茶をする必要があるだろう、「クロードさんの足跡を掴み、その上で国王をそこまで誘導する。」という行為が必要になる、これは言うほど簡単じゃないと推察できる。
次に僕がクルツに、そして如月が王女たちのところに飛んだこと。
僕たちはほぼ完全にアトランダムに飛ばされていたはずだ、それを気づかれないままコントロールするうまいやり口があるとは思えない。
それに、僕以外がここに飛んできていたらどうなっていただろう、僕には偶然にも魔法に関して素質があった、けれど飛んできたのが他のメンバーでその誰かに魔法の素質がなかったら、ここに集うこともなかったはずだ。
しかし、仕組むとしたらどこの誰が? どうやって?
「昊?」「昊君?」
天満と如月が声をかけてきていた。
「どうしたのよ、怖い顔してたけど。」
「うん……まぁ……」
まだ推察の段階だから、この二人に言う必要はないだろう、それにもしこの場に場を整えた張本人がいたとしたら、疑念を持った僕に対して何らかのアプローチを仕掛けてくる可能性もある。
とりあえずこの件は保留にしておくとして、二人の追及を逃れる良い言い訳は……
「ソラ、後で話があるから俺と来てくれ。」
クロードさんは短く僕にそう告げた。
「さてと、お姫様も起きたことだし、これからの話に移りましょう。」
次の話題を切り出したのはルミネさんだった。
「お姫様たちからしても、王国をこのまま放置というわけにはいかない。ソラたちはもう一人の仲間を待たなくちゃいけない。でも、どちらも今下手に動くことはできない、そうよね?」
僕たち、少なくとも僕はここで吹雪の到着を待つ必要がある。
王女たちは勝手な貴族たちからこの国を守る必要があるけれど今のままでは戦力が足りないし、それに王女もリィレという女の人も重傷もしくは重病で、今動いても犬死だろう。
「親書には、クルツの民を戦闘に参加させてくれないか、つまり王女に加勢してくれないかと書いてあったな。」
クロードさんは親書を示しながらそう言う。
王女が期待に満ちたまなざしでクロードさんを見たけれど、見つめ返すクロードさんの視線はかなり冷たい。
「悪いが、断らせてもらう。」
あっさりと当たり前のようにクロードさんは言ってのけた。
「俺たちは戦いたくないからここにいる、失いたくないからここにいる、それが怠慢だろうが関係ない。俺たちはクルツの軍としてここを守るためにだけ動く。」
クロードさんは淡々と言葉を連ねる。
「だが……個人で勝手に戦いたいとか言い出すやつが出たらそれは俺の管轄じゃない、好きに連れて行くといい。」
付け加えるように、クロードさんはそう言った。
一応、協力しようって意志はあるんだな、まあそっか、もしかしたらこんな風にこそこそ隠れて魔物と一緒に暮らす必要もなくなるかもしれないんだから。
「……感謝いたします。」
王女はクロードさんに向かって深々とお辞儀をするが、
「誰かがついてくるとも言い切れんのに礼を言うな、来なかったときに罪悪感が湧く。」
そんな調子でクロードさんは返してしまった。
「あ、ところで。どうして天満だけ居場所がわからなかったんでしょう。」
「魔物化の影響ね。」
僕の疑問に対してルミネさんが当たり前のように答える。
「魔物の一部は人間の女の子を魔物に変えられるのよ。基本的に同属に変えるわけなんだけどこの時人間のプラスの魔力から魔物のマイナスの魔力に体内魔力が変更されるのね、探知魔法は繋がりをもとに自動で対象の魔力を追いかけて成立させるものだから、魔物化が原因で体内魔力が変わっちゃってるとまず術式そのものが成立しないのよ。」
クロードさんと王女と僕以外チンプンカンプンのようだった。
僕は何となく理解できた、クロードさんと王女はどうやら意味をほとんど理解できているらしい。
「しっかし、どうやってこの子はここまで一人で来たのかしら。」
「ふえ?」
天満に向かってルミネさんが言う。
「えーっとぉ……何となく昊の居場所がわかって、こっちにまっすぐ歩いてきたら昊に会えたんです。」
天満がぼんやりした感じで答える、道中のことはほとんど覚えてないっぽい。
ルミネさんが呆れた表情で「ブラコン怖ぁ……」と言った。
まぁ、普通そんな何となくであっさり人を発見できないよね。
「とりあえず、会議はいったん終わりにしましょ、ご飯の時間も近いことだし、ご飯ご飯♪」
ルミネさんはウキウキした足取りで施療院を出て行った。
「異世界組は俺と来い。王女と護衛騎士のことは先生に任せろ。」
クロードさんはそう言って歩き出す。
案内されたのは、大きなレンガ造りの建物だった。
中には誰もいないけれど、何かあったんだろうか。
クロードさんは躊躇なくドアを開くと、そのまま私たちを中に招き入れて階段を上り、そして部屋の一つに入った。
「俺の執務室だ、そこに適当にかけろ。」
そう言ってから、クロードさんはまた部屋を出ていく。
数分してから、赤色の髪にコバルトブルーの目をした、会ったことのない男の人が黒いワンピースを着た女の子と一緒に部屋に入ってきた。
男の人が紅茶のカップとポットを持っている。
「お待たせしました。」
そう言って男の人は私たちそれぞれの前にカップを置くと、紅茶を注ぐ。
「じゃ、ごゆっくり。」
そう言って男の人は私たちに頭を下げて部屋を出る、その後ろをついて来ていた小さな女の子もおずおずと私たちに向かって頭を下げる、人形のようにかわいい女の子だったけど、前髪が長くて邪魔そうだった。
「……ロン。イリヤも一緒か。」
クロードさんが戻ってきていた、その手には一本の棒。
「あ、父さん。」
「紅茶を用意してくれたのか、悪いな。」
「いや、この程度何でもないよ、僕たちの分も一緒だったし。」
ロンと呼ばれた男の人は、そう言うと女の子を連れて去って行った。
「さっきの人は? 僕は会った覚えないですけど。」
昊君がそんな風に訊ねる、父さんってクロードさんのことを呼んでたってことは、多分あの人はクロードさんの息子なんだろう、見た目からして長男なのかもしれない。
「俺の息子のロナルド、二男で、南部開発局のランスの双子の兄。で、キサラギはさっき会ったよな、俺と一緒にいた若い男が長男のハロルドだ。」
「え? あの人の方が年上なんですか?」
さっき一緒にいたハロルドさんの方が年下に見えたけど。
「本題に入るんだが……いいか?」
「あ、どうぞ。」
昊君がそう答える。
「まずキサラギ。」
最初に声をかけてきたのは私に対してだった。
「はい。」
「……お前はしばらく施療院で王女たちの護衛をしろ。このクルツの中ではできる限り安全を保障してやりたいところだが、王族貴族への恨みから下手な行動に出るやつがいないとも限らない。」
クロードさんは重々しくそう告げた。確かにそう、王族が敵じゃないとはわかっても、それでも圧政に苦しんで逃げてきた人や家族を奪われた人がいる以上は目の前にいる八つ当たりができる存在に当たってもおかしくない、ましてや今は姫様もリィレさんも行動不能、二人を守るのは私しかいない。。
言っている意味の分かった私は「わかりました。」と答えて頭を下げる。
「アマミ、用があるから私と一緒に来なさい。」
執務室のドアを開けて顔をのぞかせたのはルミネさんだった。
天満ちゃんはちょっと不安そうな顔をしたけれど、
「大丈夫、後で僕が迎えに行く。」
って昊君の言葉を聞くと納得したように出て行った。
「……昊、そのことなんだが……」
クロードさんはもともと厳格そうな顔にさらに皺を寄せている。
「しばらくは、アマミからできるだけ目を離すな。」
クロードさんは真剣極まりない口調でこう命じた。
「突然来ることになった異世界での孤独、今まで縋ってきた世界との決別に加えて自らの魔物化、これだけのことが起きた以上、あいつも精神的にはかなり危うい状態だろう。お前がいれば安定するようだが、もしお前という支えを失ったら、あいつの精神は下手をしたら崩壊する。」
「……しばらくは、傍で支えてあげろってことですよね?」
昊君も、負けずに重々しい口調で言う。
「そうだ。」
「なら、言われなくてもそうしますよ、今までだってしてきたことですから。」
昊君は自信満々にそう言い切った。
「いい返事だ。」
クロードさんは本当にほんのちょっとだけ、微笑んでいた。
リィレさんはマリアに犯されてた時から気を失ったままだし、姫様もクロードさんたちの助けが来るのとほぼ同時に気を失っていたらしい。
体型の問題だけじゃなく軽い姫様は、なのにやたら熱かった。
そしてそのまま私たちはまっすぐに町の外れにある病院のような建物に向かっていく。道行く人がこっちを見て何か話してるのが聞こえるし、何となくプレッシャーのようなものも感じる。
病院の前まで行くと、そこには四人の人が待っていた。
昊君と、その隣にいるのは天満ちゃんだろうか。私の知っている彼女とは違って角が生えているし背中に翼もあるしお尻から尻尾がのぞいているけれど、着ている制服も私と同じだし多分そうなんだろう。
二人の隣には天満ちゃん同様に角と尻尾と羽を生やして、露出度の多い服を着た青い髪の女の人が立っている。その斜め上には白い翼を生やして同じ色のワンピースを着、金色の髪をした女の子が宙に浮いていた。
「待たせた。」
クロードさんはそう言いながら女の人に手を振る。
「別にいいわよ、急ぎじゃないんだし。」
「如月、久しぶり。」
昊君も私に向かって柔らかく微笑みかけてくる。
どきん
その笑顔があんまりにも魅力的なせいで心臓が勝手に反応してしまい勝手に顔が赤くなっていく、相変わらず罪作りな笑顔だ。
「あ、うん久しぶり。元気そうで何より……」
なぜか緊張してしまって、しどろもどろに話す。
「その子がソラたちの友達?」
青い髪の女の人が私の方を向く、かなりの美人さんでみつめられるだけでドキッとしてしまうけど、でもなんだか底知れないものを目に感じる。
「あ、はい。昊君の友達の如月と申します。」
「そう、私はこのクルツの『魔物の領主』ルミネよ、とりあえずその女の子」
ルミネと名乗った女性が指差したのは、私の背中でまだ荒く息している姫様だった。
「医者に診せたほうがいいわね、さっさと行きましょ。」
そう言うと、ルミネは建物の中に入っていく。
空を飛んでいた女の子が私の前に飛んでくる。
幼げながら凛々しさのある綺麗な顔立ちをした彼女は、見た目にそぐわない大人びた仕草で私に向かって恭しくお辞儀をしながら、
「私はクルツで法務官を務めているツィリアだ、見ての通り天使。」
と自己紹介してくれた、口調も畏まっていて、本当に私よりずっと年上に見える。
続々とルミネさんの後に続く皆に会わせて、私も中に入っていく。
どうやら本当に病院だったみたいで、待合室のようなところがある。
ルミネさんを先頭にそこを通って何やら札のさがっている部屋に行き。
「フレッド、入るわよ。」
というが早いかルミネさんが当たり前のようにドアを開ける。
そこには髪の毛のほとんどが白髪で、かろうじて残っている毛から昔は茶髪だったんだろうと推察できる老人が一人座っていた、白衣を着ているということは、どうやら医者らしい。
「大勢で何の用じゃ?」
「急病人二人、容体を確認して治療してやってくれ。」
クロードさんはそう言ってリィレさんを近くにあった寝台に乗せる。
その隣のベッドに私が姫様を寝かせると、フレッドがリィレさんの様子を見る。
「なぜ全裸なんじゃこの娘。」
「マリアに凌辱されたんだよ、あいつめ服斬ってやがった。」
「マリアに……それはまた、トラウマになっておらんと良いんじゃが……」
フレッドは少し何かを考えたと思ったら、リィレさんのおなかに手を当てる。
リィレさんのお腹とフレッドの手が触れている部分が光ったと思ったら、フレッドは手を放す。魔法で検診でもしていたのだろうか、だとしたらずいぶん便利なものだけど。
「子宮と腸の筋肉に無理やり引き伸ばされたダメージがある、日常生活ができないわけではないが放置しておくと後遺症を残しかねん。内臓筋には手を出す手段はないから自然回復が一番じゃな。」
そう言って、次は隣に私が寝かせた姫様の様子を見る。
「こっちの娘は、かなり衰弱しておるな、もともと体力に乏しかったうえに数日ほとんど絶食状態で無理をしたじゃろう、しかも不衛生とストレスも重なっていろいろ面倒な状態になっておる。」
「治るんですか?」
「治す、それがワシの仕事じゃからな。ハルト、ノーティ、手伝っておくれ。」
フレッドは自信満々に言ってから他の部屋に向かってそう言うと、閉まっていた私たちの通ってきたドアを開けて白衣を着た若い男と、私より年下に見える少年が出てきた。
若い男の方がリィレさんとその隣のベッドにいる姫様を凝視して。
「第二王女アリアンロッド殿下、に、護衛騎士リィレ・マクワイア?」
そう、二人のことを確かに呼んだ。
その部屋にいたほぼ全員が、同時にその男のことを見た。
「今なんといった? ハルト?」
「……ちょっと自信がないです、ロイドとアイリを呼んでください……」
クロードさんのその質問に対して、ハルトと呼ばれた若い男は、そう言いながらも二人から視線は外さない。完全に二人のことが「そう」であると確信している顔だ。
「その二人は、確かにローディアナ第二王女アリアンロッド姫と、そしてその護衛騎士でありグラハム・マクワイアの娘リィレ・マクワイアです。」
別段隠し立てをする必要があることだとも思わなかったので、私は正直に言う。
周囲の皆が驚いた顔をしている中で、一人だけ表情をほとんど変えていないクロードさんだけが私の方に向き直って、
「詳しく説明しろ。」
と短く言った。
如月の語った話は、にわかには信じがたいものだった。
内容を要約するとこうなる。
このローディアナ王国において最近の数年間強い権力を握って王国を事実上牛耳っていたのは王ではなく貴族議会。魔物に関して彼らにとり「余計な事実」を知った国王はその家族ごと数年前から王城の離宮に隔離されていて、余計なことは知らず国王とも仲が悪いおまけに頭の出来も比較的残念。と、貴族にとって都合の良かった第一王子を貴族議会が利用して権力を操っていた。
その貴族たちの手により魔物の仕業と称して略奪が横行する事も少なくなかった。
しかし最近になり、どういうわけか魔物の事実を知る人々が増えたことで貴族議会はそう言った反乱分子の鎮圧やその処理に奔走させられることになり、とある計画を実行しようとした。
それが『神の使者』として僕たち(正確には異世界からの来訪者)を呼び出しそれを利用することによって自分たちの意見こそが正しく、魔物の事実を知る人は間違いだと言う主張を強化しようとするもの。
だが、それもどういうわけか失敗。
ではどうするかと足りない頭で考えた結果が、王家に対する反乱だった。
すべての罪を王家に着せて、自分たちはそれから国を守った英雄になろうとした。
その動きを王家が察知していたこともあって辛くも姫様を守って如月はこのクルツに逃げ込むことができたけれど、国王フローゼンスとその側近であったグラハムは戦死。
すべての話が終わると、場を重苦しい沈黙がつつんでいた。
「ふざけた話だな。」
最初に口を開いたのはまたしてもクロードさんだった。
「王国上層部は結局何も解ってないし学んでないのか。」
「そうねー、もう四十年になるのに、一歩も成長してないわね。」
クロードさんの言葉に賛同するように反応したのはルミネさんだった。
「……あの、すいません。」
聞きなれない声に振り向くと、如月が背負っていた女の子、つまりはこの国の王女らしい少女アリアンロッドが、赤い目を開いてこちらを見ていた。
「クロスという方は、この中にいらっしゃるでしょうか?」
そんな風に質問するアリアンロッド姫、その手には封筒が握られている、どこに隠し持っていたんだろう。
「俺の本名だ。」
クロードさんがそう答える。
するとアリアンロッドはクロードさんに向けて手紙を見せ、
「先代国王フローゼンスから、貴方に親書です。」
と言った。
「王様から俺……ん?」
姫様の顔をクロードさんが凝視する、どうかしたんだろうか。
「……失礼だがお姫様。」
険しい顔をしたクロードさんが、険しい顔のまま姫様に声をかける。
「貴方の髪と目の色は、国王譲りか?」
「あ、はい。それがどうされました?」
クロードさんは「いや、確認したかっただけだ」とだけ答えて封筒を開け始める、どうやっているのかしっかり蝋で封じてあったはずの封筒を簡単に開くと中に入っていた手紙を手に取る。
四つ折りになっていた手紙を開いて中を読みはじめるクロードさん。
そして小さな声で、「やっぱりか……」とだけ呟いた。
「どうしたのよ。」
「……俺が、牧場のレティを連れ帰ってきたときのこと覚えてるか?」
疑問を口に出したルミネさんに向かってクロードさんは質問で返す。
「……覚えてるわ、あんたが初めて外界に行った時のことよね?」
「ああ、俺はその時一人の男に情報提供を受けた、ロゼと名乗った俺と同じくらいの年の男だった。」
「「「まさか……」」」
結末を予想できた僕とルミネさん、それにツィリアさんの声がハモる、クロードさんの言っていることがまだわからない他の人たちは、首をかしげるか頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「その男が、どうやら内乱で落命した国王フローゼンスその人だったらしい。」
僕の予想は全く外れていなかった、ルミネさんたちも同じのようだ。
奇縁と言うにはあまりに出来すぎているが、必然というには証拠の少なすぎる出来事、しかしこれがもし起こるべくして起こった出来事ならば、これには確かな意味があるだろう。
王家が敵ではないという、何よりの証拠になるはずだ。
だが、出来すぎている。
あまりに出来ごとが都合よく運びすぎている、それこそまるでこうなるように誰かが仕向けていたかのように。しかしだとしたら、そんなことが可能な人間がこの世に存在しうるのかということになってくる。
まず若かりし日のクロードさんと国王の出会い。
これだって意図的に起こそうとするのならかなりの無茶をする必要があるだろう、「クロードさんの足跡を掴み、その上で国王をそこまで誘導する。」という行為が必要になる、これは言うほど簡単じゃないと推察できる。
次に僕がクルツに、そして如月が王女たちのところに飛んだこと。
僕たちはほぼ完全にアトランダムに飛ばされていたはずだ、それを気づかれないままコントロールするうまいやり口があるとは思えない。
それに、僕以外がここに飛んできていたらどうなっていただろう、僕には偶然にも魔法に関して素質があった、けれど飛んできたのが他のメンバーでその誰かに魔法の素質がなかったら、ここに集うこともなかったはずだ。
しかし、仕組むとしたらどこの誰が? どうやって?
「昊?」「昊君?」
天満と如月が声をかけてきていた。
「どうしたのよ、怖い顔してたけど。」
「うん……まぁ……」
まだ推察の段階だから、この二人に言う必要はないだろう、それにもしこの場に場を整えた張本人がいたとしたら、疑念を持った僕に対して何らかのアプローチを仕掛けてくる可能性もある。
とりあえずこの件は保留にしておくとして、二人の追及を逃れる良い言い訳は……
「ソラ、後で話があるから俺と来てくれ。」
クロードさんは短く僕にそう告げた。
「さてと、お姫様も起きたことだし、これからの話に移りましょう。」
次の話題を切り出したのはルミネさんだった。
「お姫様たちからしても、王国をこのまま放置というわけにはいかない。ソラたちはもう一人の仲間を待たなくちゃいけない。でも、どちらも今下手に動くことはできない、そうよね?」
僕たち、少なくとも僕はここで吹雪の到着を待つ必要がある。
王女たちは勝手な貴族たちからこの国を守る必要があるけれど今のままでは戦力が足りないし、それに王女もリィレという女の人も重傷もしくは重病で、今動いても犬死だろう。
「親書には、クルツの民を戦闘に参加させてくれないか、つまり王女に加勢してくれないかと書いてあったな。」
クロードさんは親書を示しながらそう言う。
王女が期待に満ちたまなざしでクロードさんを見たけれど、見つめ返すクロードさんの視線はかなり冷たい。
「悪いが、断らせてもらう。」
あっさりと当たり前のようにクロードさんは言ってのけた。
「俺たちは戦いたくないからここにいる、失いたくないからここにいる、それが怠慢だろうが関係ない。俺たちはクルツの軍としてここを守るためにだけ動く。」
クロードさんは淡々と言葉を連ねる。
「だが……個人で勝手に戦いたいとか言い出すやつが出たらそれは俺の管轄じゃない、好きに連れて行くといい。」
付け加えるように、クロードさんはそう言った。
一応、協力しようって意志はあるんだな、まあそっか、もしかしたらこんな風にこそこそ隠れて魔物と一緒に暮らす必要もなくなるかもしれないんだから。
「……感謝いたします。」
王女はクロードさんに向かって深々とお辞儀をするが、
「誰かがついてくるとも言い切れんのに礼を言うな、来なかったときに罪悪感が湧く。」
そんな調子でクロードさんは返してしまった。
「あ、ところで。どうして天満だけ居場所がわからなかったんでしょう。」
「魔物化の影響ね。」
僕の疑問に対してルミネさんが当たり前のように答える。
「魔物の一部は人間の女の子を魔物に変えられるのよ。基本的に同属に変えるわけなんだけどこの時人間のプラスの魔力から魔物のマイナスの魔力に体内魔力が変更されるのね、探知魔法は繋がりをもとに自動で対象の魔力を追いかけて成立させるものだから、魔物化が原因で体内魔力が変わっちゃってるとまず術式そのものが成立しないのよ。」
クロードさんと王女と僕以外チンプンカンプンのようだった。
僕は何となく理解できた、クロードさんと王女はどうやら意味をほとんど理解できているらしい。
「しっかし、どうやってこの子はここまで一人で来たのかしら。」
「ふえ?」
天満に向かってルミネさんが言う。
「えーっとぉ……何となく昊の居場所がわかって、こっちにまっすぐ歩いてきたら昊に会えたんです。」
天満がぼんやりした感じで答える、道中のことはほとんど覚えてないっぽい。
ルミネさんが呆れた表情で「ブラコン怖ぁ……」と言った。
まぁ、普通そんな何となくであっさり人を発見できないよね。
「とりあえず、会議はいったん終わりにしましょ、ご飯の時間も近いことだし、ご飯ご飯♪」
ルミネさんはウキウキした足取りで施療院を出て行った。
「異世界組は俺と来い。王女と護衛騎士のことは先生に任せろ。」
クロードさんはそう言って歩き出す。
案内されたのは、大きなレンガ造りの建物だった。
中には誰もいないけれど、何かあったんだろうか。
クロードさんは躊躇なくドアを開くと、そのまま私たちを中に招き入れて階段を上り、そして部屋の一つに入った。
「俺の執務室だ、そこに適当にかけろ。」
そう言ってから、クロードさんはまた部屋を出ていく。
数分してから、赤色の髪にコバルトブルーの目をした、会ったことのない男の人が黒いワンピースを着た女の子と一緒に部屋に入ってきた。
男の人が紅茶のカップとポットを持っている。
「お待たせしました。」
そう言って男の人は私たちそれぞれの前にカップを置くと、紅茶を注ぐ。
「じゃ、ごゆっくり。」
そう言って男の人は私たちに頭を下げて部屋を出る、その後ろをついて来ていた小さな女の子もおずおずと私たちに向かって頭を下げる、人形のようにかわいい女の子だったけど、前髪が長くて邪魔そうだった。
「……ロン。イリヤも一緒か。」
クロードさんが戻ってきていた、その手には一本の棒。
「あ、父さん。」
「紅茶を用意してくれたのか、悪いな。」
「いや、この程度何でもないよ、僕たちの分も一緒だったし。」
ロンと呼ばれた男の人は、そう言うと女の子を連れて去って行った。
「さっきの人は? 僕は会った覚えないですけど。」
昊君がそんな風に訊ねる、父さんってクロードさんのことを呼んでたってことは、多分あの人はクロードさんの息子なんだろう、見た目からして長男なのかもしれない。
「俺の息子のロナルド、二男で、南部開発局のランスの双子の兄。で、キサラギはさっき会ったよな、俺と一緒にいた若い男が長男のハロルドだ。」
「え? あの人の方が年上なんですか?」
さっき一緒にいたハロルドさんの方が年下に見えたけど。
「本題に入るんだが……いいか?」
「あ、どうぞ。」
昊君がそう答える。
「まずキサラギ。」
最初に声をかけてきたのは私に対してだった。
「はい。」
「……お前はしばらく施療院で王女たちの護衛をしろ。このクルツの中ではできる限り安全を保障してやりたいところだが、王族貴族への恨みから下手な行動に出るやつがいないとも限らない。」
クロードさんは重々しくそう告げた。確かにそう、王族が敵じゃないとはわかっても、それでも圧政に苦しんで逃げてきた人や家族を奪われた人がいる以上は目の前にいる八つ当たりができる存在に当たってもおかしくない、ましてや今は姫様もリィレさんも行動不能、二人を守るのは私しかいない。。
言っている意味の分かった私は「わかりました。」と答えて頭を下げる。
「アマミ、用があるから私と一緒に来なさい。」
執務室のドアを開けて顔をのぞかせたのはルミネさんだった。
天満ちゃんはちょっと不安そうな顔をしたけれど、
「大丈夫、後で僕が迎えに行く。」
って昊君の言葉を聞くと納得したように出て行った。
「……昊、そのことなんだが……」
クロードさんはもともと厳格そうな顔にさらに皺を寄せている。
「しばらくは、アマミからできるだけ目を離すな。」
クロードさんは真剣極まりない口調でこう命じた。
「突然来ることになった異世界での孤独、今まで縋ってきた世界との決別に加えて自らの魔物化、これだけのことが起きた以上、あいつも精神的にはかなり危うい状態だろう。お前がいれば安定するようだが、もしお前という支えを失ったら、あいつの精神は下手をしたら崩壊する。」
「……しばらくは、傍で支えてあげろってことですよね?」
昊君も、負けずに重々しい口調で言う。
「そうだ。」
「なら、言われなくてもそうしますよ、今までだってしてきたことですから。」
昊君は自信満々にそう言い切った。
「いい返事だ。」
クロードさんは本当にほんのちょっとだけ、微笑んでいた。
11/07/25 21:50更新 / なるつき
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