第九話 如月と大反乱
王様との会談から三日が経った日のことだった。
「キサラギさん、起きてください! キサラギさん!」
姫様の必死な声が聞こえる。
と思ったら、私の顔にやわらかくていい香りのする何かが飛んできて私の鼻をしたたかに打ち付けた。何かと思って飛び起きると、
「起きんか! この馬鹿もぉ――――!?」
マウントをとって拳を固めていたリィレさんの顔面に私の頭突きが綺麗に入った。
訳が分からない、枕元に落ちているのいつも姫様が使っている枕が、多分さっき飛んできた柔らかいものの正体だってことくらいしか今の私にはわからない。
「いったいどうされたんです二人とも?」
「反乱だ! 貴族階層で貴族どもが兵を動かし王城を包囲している!」
そのリィレさんの簡単すぎる説明に、一気に私の頭が覚醒する。
「父様やほかの近衛騎士の皆さんは移動を開始しています、私たちも早く動きますよ。」
言われてすぐにベッドから飛び出し、服を着替える。
姫様に貸してもらった寝巻(体格がほぼ同じだから私も着れた)から、結局この世界に来てからずっと普段着にしている制服に着替えて、リィレさんに貸してもらった兵装を整える。
聞いた話では私たちがこの世界に来るときに使った魔法には通った人間の能力を高める魔法が施されていたらしい、リィレさんと練習しているうちに教えてもらった。
「行けます!」
「善し! こっちだ。」
リィレさんが先陣を切り、その後ろを姫様、殿を務める形で私が続く。
当初から予定されていた、足の遅い姫様を守るための必要な態勢。
今まで出会ったことのない人が数人、廊下をふさぐようにこちらに向かって立っている。
「予想より手が早い……」
忌々しげにリィレさんがつぶやくと、すぐに彼女は剣を抜く。
男たちはこちらに気づくと武器を構えるけれど、
「遅い!!」
リィレさんの剣はその武器の合間をすり抜けるように男たちの腕や腹を切り裂いていた。
倒れる男たちを無視してリィレさんは駆け抜け、私たちも後に続く。
「殺したんですか?」
「さぁな、少なくとも殺す気で斬った。」
リィレさんはあっさり答える、返り血の臭いが鼻を衝いて、私に今までとこれからが違うことを再認識させた。
そうだ、これからは、私たちは殺し合いをしなくてはいけない。
たくさんの人の血で体を濡らすことにもなるだろうし、そうしなければ自分が死んでしまっているんだろう。
そう思うと手が震えるのを感じたけれど、もう後戻りはできない。
それに心のどこかで私は興奮していた。
今自分はすごいことに関わっている。向こうの世界では決して経験できなかったようなとんでもないことの片棒を担ごうとしている。
それに私の興奮が煽られていた。
さらに廊下を南東門に向かって突き進みながら、待ち伏せていた三人の男をリィレさんが切り伏せる。
この分だと私の出番はないかもしれない。
そう思った矢先だった。
通りがかっていた十字路や中庭から、数人の男たちが顔を出すのは。
「囲まれたか。」
前に三人、後ろに二人、左右に一人ずつ。
「姫以外は好きにしていいとのお達しだ! 捕えろ!!」
指揮官らしき男がそう言うのと同時に、男たちが襲いかかってくる。
向かってくる中で動きが早いのはわずかに右。
見える、それに、どうすればいいのかもわかる。
無意識と意識の入り混じった動きで私は男の剣を左手でいなし、男の腕を切り落とす。そして男の頭に蹴りを入れてもう一人の男にぶつけて、隙ができた瞬間に男たちの心臓を二人分一気に突き刺す。
リィレさんもすでに向かってきた二人を切り伏せていた、やっぱり仕事が早い。
「この程度の技量で、誰を捕える気なのか教えてくれ。」
そういうとリィレさんは無造作に右から向かってきていた男の頭に剣を振り落した。
私が残る一人を仕留めて、残るは指揮官の男一人。
「さぁこい、剣を教えてやる。」
授業料はお前の命でいい、そう言いたげなリィレさんの言葉に、迷わず指揮官は逃げだした。
意外に速い、私たちが本気で走っても追いつけるかは微妙だ。
そう思った瞬間、
「ぐぎゃぁああああああ!!」
突然現れた男に指揮官はあっさり切り伏せられていた。
その男は、
「父上!?」
グラハムさんだった。
隻腕のうち、残っている左手に普通の、兵士も使っているような何の変哲もないただの剣を持って私たちの向かう先に立っていた。
「どうしてここに?」
「お前たちが遅いから迎えに行くように頼まれた、向こうはアルベルトとマーカスで十分。」
淡々とリィレさんの質問に答える。
確かに、南東門に向かう廊下には立っている人間は誰ひとりとしていない。
それどころか極端に敵の数が少ない。
「行くぞ。」
グラハムさんが先頭になって走り出す、そしてすぐに南東門にたどり着く。
敵が軒並み倒されている、どうやら王様とほかの近衛騎士団がうまくやってくれてるみたいだ。
「そういえば……王族ってマウソル王子を除いても少なくともあと二人いらっしゃいますよね? その人たちは……」
第一王子がマウソル、そしていま私と一緒にいるのは第二王女のアリアンロッド姫。というとこはもう一人、二人の姉なのかそれとも二人の間なのかはわからないが第一王女がいるはずだし、王妃様もいなくてはおかしい。
「問題ない、脱出以前に既にここにいない。」
リィレさんが答える。
「第一王女ダーナ様は貴族議会の取り決めによって他国に嫁いだし、王妃陛下はすでにお亡くなりになっている、だからこの離宮には国王フローゼンス陛下と姫しか居られん。」
それはよかった、忘れられていたりしたら不憫だ。
しかし、貴族議会の取り決めということはあんまりいい縁談ではなさそうなのも事実だ、第一王女は幸せな生活を送っているのだろうか。
少し走って南東門にたどり着く。
大量の男たちが血まみれで転がっている、まさに戦争の後のような光景だ。
「抜けるぞ。」
グラハムさんはそう言って走り出す。
しかし、
「待て!」
どこかで聞いた声が、私たちを呼び止めた。
アリアン姫とリィレさんがうんざりした表情で振り返り、グラハムさんは一瞬だけ考えてから、「先行する。」と言ってまた走り去ってしまった。
私も振り返ると、そこにいたのは人を見下した感じの見て取れるような茶髪の若い男がいた。
「あらライドン、どうされたんですか?」
アリアン姫がその男に向かって自分が非常に嫌いな「婚約者」の名を呼んだ。
「どうされたのかではない! 君は国王に騙されているんだ! この国を魔物たちに売り渡そうとしている国王に!!」
真剣な目をして馬鹿なことを言ってのけた。
魔物を利用して暴利を貪っているのは自分たち貴族だろうに、王様が魔物に国を一つ売り渡そうとしているなど、言いがかりもいいところだ。
「……なるほど、そういう筋書きか。」
リィレさんがすぐに納得してうなずくけど、私にはわからない。
「……どうやら、『陛下がこの国を魔物に売るつもりだからそれを阻止する』というのがこの反乱の建前のようだ……この分だと護民派の兵士たちも『新魔物思想家』という名目に書き換えるつもりだろう……姫様を確保しようとするのも後々利用できるからだ。」
リィレさんは少し姿勢を低くすると、私に耳打ちをしてくれた。
「リィレ! 君はこの国に仕える有能な戦士だ! どちらが正しいか」
「黙れボンクラ。」
大声でまくしたてるライドン相手に、リィレさんはゴミでも見るような目をして極めて恐ろしげな声で冷たく言い放った。
「仮に貴様が正しいとしても、私は姫の護衛騎士だ。自ら命を捨てるような愚かな真似をせん限りは姫の望むことの障害を切り伏せるのが私の役目だ。」
要するに、ライドンたちの味方をするつもりなど万に一つもないってことか。
「……どうやら、話し合いは無駄なようだね。」
「お前と会話が成り立っただけでも今回はマシな方だ。」
ライドンが剣を抜くのと同時に、リィレさんも剣を構える。
ライドンが剣を振り上げて、踏み込みながら振り下ろす。
正直驚いた。
動きが雑すぎる。
リィレさんはあっさりそれを右に流れるように避け、逆に一太刀仕掛ける。
ライドンの服が浅く切り裂かれ、ライドンは一歩後ろに下がる。
リィレさんは冷静に一歩踏み込みながらライドンの左足を浅く切る。
次は腹、そこそこ大きく切りつけた。
「……服の下にインナーアーマーか、それも質のいい……無駄金を。」
リィレさんは忌々しげにつぶやきながら距離をとった。
彼女は軽装で機動力重視、私も同じだが防御力はそれほど高くない。
服が切れるとわかるが、ライドンは服の下に鎧を着ていた、それもおそらく頑丈な金属でできたかなり質もいいものだ、それによってリィレさんの攻撃のダメージを大幅に削いでいる。
鎧の硬さならライドンにはるかに分があるだろう、しかしそのほかで何一つ勝っている要素が見当たらないのも事実。
再びライドンが剣を振り回す、力はあるようでリィレさんははじかれるようにして後ろに下がったが、すぐに剣を合わせた。
その瞬間だった。
リィレさんの剣が絡み付くようにライドンの剣の周りを一周したと思ったら、
コ――――ン からからから
間の抜けた音を立てて、ライドンの剣が宙を舞い、落ちた。
「ライドン、前に言ったよな?」
リィレさんが大きく剣を振り上げる。
「『チャンバラごっこは、町の子供に付き合ってもらえ』と。」
リィレさんの一太刀が、ライドンの体を袈裟懸けに切り裂いていた。
二つ目の城門を抜けると、そこは混沌としていた。
たくさんの兵士たちがお互いに殺気立って襲い掛かりあっている。
敵も味方もないように見える中にいくらか武装している市民らしき服装の違う人たちも見えて、よく見ると彼らの周囲が一番争いが激しい。
「この戦況では大砲も役立たずだ、一気に抜けるぞ。」
そう言ってリィレさんは走り出そうとしたけど、
ぐぃんっ!
「ぱぅっ!」
姫様に襟を引っ掴まれた。
「市民たちを助けましょう、彼らは……お父様が守ろうとしてきた人たちです。」
姫様はリィレさんに小さな声でそう言った。
リィレさんは一瞬だけ不満げな目をして姫様を見たけれど、その本気の意志がよく見て取れる紅の目に、崩すことのできない意志を悟ったんだろう。
「了解しました、逸れないでください。キサラギ、往くぞ!」
そう言ってリィレさんは突っ込んでいく、私もすぐに後を追う。
こちらに気づく前にリィレさんが横なぎに剣を振り、四人を同時に倒す。
人の背丈ほどもある長剣は、どうやら多くの敵を同時に倒すことがコンセプトにあるらしい、活き活きしているように見えなくもない。
私がその直後に切り込んで、こちらに気づいた男の一人の腕を、双剣で鋏のように落とす。そして落とした手に握られていた剣を敵の集団に蹴りこむ。
突如現れた危険物に戸惑う男たちの集団をリィレさんがまた一瞬で斬り伏せる。
男たちの多くがこちらに気づき、こちらに意識を向ける。
向かってくるのは七人の男。
姫様を守る形で後ろに下がったリィレさんの代わりに、私が相手をしなくてはいけない。
最初の一人が振り下ろしてきた剣を避けて男の懐に潜り込むとそのまま腹の肉をえぐり落とす、そしてすぐ近くにいた男の胸を一突きして、崩れ落ちる男から剣を奪う。
長さの違う二刀流になってしまったが問題ないと思う。
かなり私は昂揚していた、こんなに思い通りに体が動くなんて考えられなかった。
踊るように身をひるがえしながら男の振り下ろす剣を避け、逆に急所に切り込む、その作業を繰り返すうちに、私のすぐ近くには誰も立っていなくなった。
「見事だ。」
リィレさんが落ち着いて言う。
市民の集団といくらかの兵士たちを私たちが助ける形になってしまったが、本当にこれで良かったんだろうか、この仕事を任されるのは王様とグラハムさんだったんじゃあ……
「あなたたち、大丈夫ですか?」
姫様は冷静に市民たちに駆け寄っていく。
「けがをしている人がいたら診せてください、手遅れでない限り治療します。」
集団の中で、姫様がそう言った。
何となく私は城壁のほうを仰ぎ見て、
「逃げて!!」
砲口がこちらに向けられていることに気づいた。
「無粋ですね……構築・防護結界」
姫様がそう言った瞬間、私たちの周りを覆うように半透明の幕が現れる。
飛んできた砲弾はその膜にあたって爆発したが、中に被害は及ばない。
姫様はあくまで落ち着いて、けが人たちに優しく声をかけながら一人一人を治療していく。
五分ほどたって治療が終わると、姫様は私たちのところに戻ってきた。
疲れた顔をしている姫様のことを考えて、私は無理に彼女を背負った。
「すいません……」
「大丈夫です、それより目立ちすぎましたね。」
向こう側から、たくさんの兵士たちがこっちに接近しているのが見える。
「逃げましょう、ほかの皆も撤退を始めているはずです。」
そう言って、私たちは市民を先導して城門に向かう。
勝てないことが分かったのかそれとも別の理由なのか、市民たちもおとなしくそれに従う。
けれど、それは無駄だった。
大量の兵士たちが私たちを待ち伏せていた、それこそ、今まで倒してきた者たちとすら比にならないほど、とんでもない数が。
「あらら……これはちょっとまずいですかね?」
「まずいでしょう……」
「姫以外は好きにしていいとのお達しだ! 女は捕え、男は殺せ!」
うっわ最低発言当たり前のように出た。
五百人はかたいだろう集団が前から、背後からも千人以上いそうな集団がこっちに向かってくる。
市民たちはパニックに陥ってただただ右往左往している。
しかし、
「恐れるな! 前に抜ける、私に続け!!」
リィレさんだけはまっすぐ敵を見て戦っていた。
私も少し遅れてリィレさんに続いた。
リィレさんの判断は間違ってない、前方の集団のほうが距離が近く数も少ないし、いつまでもここにとどまっていたらまた砲撃されることも目に見えている。挟み撃ちにされるよりは前を強行突破できる可能性に賭けたほうが良いだろう。
市民たちも私たちが(主にリィレさんだけど)戦う光景を見て、
「俺たちも戦うぞ! 彼女たちを援護する!」
そう言ってもう一度武器をとり、突っ込んできた。
リィレさんの援護をして、私と姫様を守る。
「戦え! 彼女たちを死なせるな!!」
兵士を中心にレジスタンスは組織的に動いては確実に兵士たちを倒していく。
そして、敵の陣に穴が開いた。
「突破する!」
リィレさんの声とともに、開いた穴に皆がなだれ込む。
既に誰かの手によって破壊されていた城門を抜け、私たちは市民階層への脱出に成功した。
追撃しようと敵兵たちも向ってくるが、
「焼夷弾、放て―――――――ッッ!!!」
前方から私たちの頭上を超えて、敵兵の前に十数個の球が投げられる。
地面に当たったそれは、半透明の液体をまき散らしながら燃えて、一気に火の防壁を作り出した。
私たちの前方、焼夷弾を投げた集団は、やっぱり市民だった。
指揮を執っていた騎士らしき男の人がこっちに近づいてくる。
「姫様に、護衛騎士の方々ですな、御無事で何より。」
「いえ、こちらこそ助かりました。」
「レジスタンスの面々は我々が引き受けます、早くお逃げください。」
けど、そういうわけにもいかなかった。
火の壁の向こうから、体中を燃やしながら男が現れたからだ。
燃える男は自分の体をまるで意に介さず、近くの人を捕まえると、
ボギン メキメキメキメキメキィ
首の骨を折ってそのまま雑巾でも絞るように首を壊し始めた。
「―――――――――っ!!」
リィレさんが一瞬で男のそばまで接近して、首を切り落とす。
燃える男は一瞬だけ首だけになっても動き、そしてすぐ静かになった。
「『狂戦士の操法』だ! 早く逃げろ次が来るぞ!!」
リィレさんの言葉とともに、兵士たちは市民を誘導して逃げ始める。
私たちもリィレさんの言葉に従い、脱出を始めた。
とにかく走って、市民階層を抜ける。
さっきの男同様燃えながら追ってきた男たちは、リィレさんがこっちに触れる前に始末できた。
王都を出て、スラムのような街並みを必死に走る。
私たちの逃走行は、まだ始まったばかりだった。
「キサラギさん、起きてください! キサラギさん!」
姫様の必死な声が聞こえる。
と思ったら、私の顔にやわらかくていい香りのする何かが飛んできて私の鼻をしたたかに打ち付けた。何かと思って飛び起きると、
「起きんか! この馬鹿もぉ――――!?」
マウントをとって拳を固めていたリィレさんの顔面に私の頭突きが綺麗に入った。
訳が分からない、枕元に落ちているのいつも姫様が使っている枕が、多分さっき飛んできた柔らかいものの正体だってことくらいしか今の私にはわからない。
「いったいどうされたんです二人とも?」
「反乱だ! 貴族階層で貴族どもが兵を動かし王城を包囲している!」
そのリィレさんの簡単すぎる説明に、一気に私の頭が覚醒する。
「父様やほかの近衛騎士の皆さんは移動を開始しています、私たちも早く動きますよ。」
言われてすぐにベッドから飛び出し、服を着替える。
姫様に貸してもらった寝巻(体格がほぼ同じだから私も着れた)から、結局この世界に来てからずっと普段着にしている制服に着替えて、リィレさんに貸してもらった兵装を整える。
聞いた話では私たちがこの世界に来るときに使った魔法には通った人間の能力を高める魔法が施されていたらしい、リィレさんと練習しているうちに教えてもらった。
「行けます!」
「善し! こっちだ。」
リィレさんが先陣を切り、その後ろを姫様、殿を務める形で私が続く。
当初から予定されていた、足の遅い姫様を守るための必要な態勢。
今まで出会ったことのない人が数人、廊下をふさぐようにこちらに向かって立っている。
「予想より手が早い……」
忌々しげにリィレさんがつぶやくと、すぐに彼女は剣を抜く。
男たちはこちらに気づくと武器を構えるけれど、
「遅い!!」
リィレさんの剣はその武器の合間をすり抜けるように男たちの腕や腹を切り裂いていた。
倒れる男たちを無視してリィレさんは駆け抜け、私たちも後に続く。
「殺したんですか?」
「さぁな、少なくとも殺す気で斬った。」
リィレさんはあっさり答える、返り血の臭いが鼻を衝いて、私に今までとこれからが違うことを再認識させた。
そうだ、これからは、私たちは殺し合いをしなくてはいけない。
たくさんの人の血で体を濡らすことにもなるだろうし、そうしなければ自分が死んでしまっているんだろう。
そう思うと手が震えるのを感じたけれど、もう後戻りはできない。
それに心のどこかで私は興奮していた。
今自分はすごいことに関わっている。向こうの世界では決して経験できなかったようなとんでもないことの片棒を担ごうとしている。
それに私の興奮が煽られていた。
さらに廊下を南東門に向かって突き進みながら、待ち伏せていた三人の男をリィレさんが切り伏せる。
この分だと私の出番はないかもしれない。
そう思った矢先だった。
通りがかっていた十字路や中庭から、数人の男たちが顔を出すのは。
「囲まれたか。」
前に三人、後ろに二人、左右に一人ずつ。
「姫以外は好きにしていいとのお達しだ! 捕えろ!!」
指揮官らしき男がそう言うのと同時に、男たちが襲いかかってくる。
向かってくる中で動きが早いのはわずかに右。
見える、それに、どうすればいいのかもわかる。
無意識と意識の入り混じった動きで私は男の剣を左手でいなし、男の腕を切り落とす。そして男の頭に蹴りを入れてもう一人の男にぶつけて、隙ができた瞬間に男たちの心臓を二人分一気に突き刺す。
リィレさんもすでに向かってきた二人を切り伏せていた、やっぱり仕事が早い。
「この程度の技量で、誰を捕える気なのか教えてくれ。」
そういうとリィレさんは無造作に右から向かってきていた男の頭に剣を振り落した。
私が残る一人を仕留めて、残るは指揮官の男一人。
「さぁこい、剣を教えてやる。」
授業料はお前の命でいい、そう言いたげなリィレさんの言葉に、迷わず指揮官は逃げだした。
意外に速い、私たちが本気で走っても追いつけるかは微妙だ。
そう思った瞬間、
「ぐぎゃぁああああああ!!」
突然現れた男に指揮官はあっさり切り伏せられていた。
その男は、
「父上!?」
グラハムさんだった。
隻腕のうち、残っている左手に普通の、兵士も使っているような何の変哲もないただの剣を持って私たちの向かう先に立っていた。
「どうしてここに?」
「お前たちが遅いから迎えに行くように頼まれた、向こうはアルベルトとマーカスで十分。」
淡々とリィレさんの質問に答える。
確かに、南東門に向かう廊下には立っている人間は誰ひとりとしていない。
それどころか極端に敵の数が少ない。
「行くぞ。」
グラハムさんが先頭になって走り出す、そしてすぐに南東門にたどり着く。
敵が軒並み倒されている、どうやら王様とほかの近衛騎士団がうまくやってくれてるみたいだ。
「そういえば……王族ってマウソル王子を除いても少なくともあと二人いらっしゃいますよね? その人たちは……」
第一王子がマウソル、そしていま私と一緒にいるのは第二王女のアリアンロッド姫。というとこはもう一人、二人の姉なのかそれとも二人の間なのかはわからないが第一王女がいるはずだし、王妃様もいなくてはおかしい。
「問題ない、脱出以前に既にここにいない。」
リィレさんが答える。
「第一王女ダーナ様は貴族議会の取り決めによって他国に嫁いだし、王妃陛下はすでにお亡くなりになっている、だからこの離宮には国王フローゼンス陛下と姫しか居られん。」
それはよかった、忘れられていたりしたら不憫だ。
しかし、貴族議会の取り決めということはあんまりいい縁談ではなさそうなのも事実だ、第一王女は幸せな生活を送っているのだろうか。
少し走って南東門にたどり着く。
大量の男たちが血まみれで転がっている、まさに戦争の後のような光景だ。
「抜けるぞ。」
グラハムさんはそう言って走り出す。
しかし、
「待て!」
どこかで聞いた声が、私たちを呼び止めた。
アリアン姫とリィレさんがうんざりした表情で振り返り、グラハムさんは一瞬だけ考えてから、「先行する。」と言ってまた走り去ってしまった。
私も振り返ると、そこにいたのは人を見下した感じの見て取れるような茶髪の若い男がいた。
「あらライドン、どうされたんですか?」
アリアン姫がその男に向かって自分が非常に嫌いな「婚約者」の名を呼んだ。
「どうされたのかではない! 君は国王に騙されているんだ! この国を魔物たちに売り渡そうとしている国王に!!」
真剣な目をして馬鹿なことを言ってのけた。
魔物を利用して暴利を貪っているのは自分たち貴族だろうに、王様が魔物に国を一つ売り渡そうとしているなど、言いがかりもいいところだ。
「……なるほど、そういう筋書きか。」
リィレさんがすぐに納得してうなずくけど、私にはわからない。
「……どうやら、『陛下がこの国を魔物に売るつもりだからそれを阻止する』というのがこの反乱の建前のようだ……この分だと護民派の兵士たちも『新魔物思想家』という名目に書き換えるつもりだろう……姫様を確保しようとするのも後々利用できるからだ。」
リィレさんは少し姿勢を低くすると、私に耳打ちをしてくれた。
「リィレ! 君はこの国に仕える有能な戦士だ! どちらが正しいか」
「黙れボンクラ。」
大声でまくしたてるライドン相手に、リィレさんはゴミでも見るような目をして極めて恐ろしげな声で冷たく言い放った。
「仮に貴様が正しいとしても、私は姫の護衛騎士だ。自ら命を捨てるような愚かな真似をせん限りは姫の望むことの障害を切り伏せるのが私の役目だ。」
要するに、ライドンたちの味方をするつもりなど万に一つもないってことか。
「……どうやら、話し合いは無駄なようだね。」
「お前と会話が成り立っただけでも今回はマシな方だ。」
ライドンが剣を抜くのと同時に、リィレさんも剣を構える。
ライドンが剣を振り上げて、踏み込みながら振り下ろす。
正直驚いた。
動きが雑すぎる。
リィレさんはあっさりそれを右に流れるように避け、逆に一太刀仕掛ける。
ライドンの服が浅く切り裂かれ、ライドンは一歩後ろに下がる。
リィレさんは冷静に一歩踏み込みながらライドンの左足を浅く切る。
次は腹、そこそこ大きく切りつけた。
「……服の下にインナーアーマーか、それも質のいい……無駄金を。」
リィレさんは忌々しげにつぶやきながら距離をとった。
彼女は軽装で機動力重視、私も同じだが防御力はそれほど高くない。
服が切れるとわかるが、ライドンは服の下に鎧を着ていた、それもおそらく頑丈な金属でできたかなり質もいいものだ、それによってリィレさんの攻撃のダメージを大幅に削いでいる。
鎧の硬さならライドンにはるかに分があるだろう、しかしそのほかで何一つ勝っている要素が見当たらないのも事実。
再びライドンが剣を振り回す、力はあるようでリィレさんははじかれるようにして後ろに下がったが、すぐに剣を合わせた。
その瞬間だった。
リィレさんの剣が絡み付くようにライドンの剣の周りを一周したと思ったら、
コ――――ン からからから
間の抜けた音を立てて、ライドンの剣が宙を舞い、落ちた。
「ライドン、前に言ったよな?」
リィレさんが大きく剣を振り上げる。
「『チャンバラごっこは、町の子供に付き合ってもらえ』と。」
リィレさんの一太刀が、ライドンの体を袈裟懸けに切り裂いていた。
二つ目の城門を抜けると、そこは混沌としていた。
たくさんの兵士たちがお互いに殺気立って襲い掛かりあっている。
敵も味方もないように見える中にいくらか武装している市民らしき服装の違う人たちも見えて、よく見ると彼らの周囲が一番争いが激しい。
「この戦況では大砲も役立たずだ、一気に抜けるぞ。」
そう言ってリィレさんは走り出そうとしたけど、
ぐぃんっ!
「ぱぅっ!」
姫様に襟を引っ掴まれた。
「市民たちを助けましょう、彼らは……お父様が守ろうとしてきた人たちです。」
姫様はリィレさんに小さな声でそう言った。
リィレさんは一瞬だけ不満げな目をして姫様を見たけれど、その本気の意志がよく見て取れる紅の目に、崩すことのできない意志を悟ったんだろう。
「了解しました、逸れないでください。キサラギ、往くぞ!」
そう言ってリィレさんは突っ込んでいく、私もすぐに後を追う。
こちらに気づく前にリィレさんが横なぎに剣を振り、四人を同時に倒す。
人の背丈ほどもある長剣は、どうやら多くの敵を同時に倒すことがコンセプトにあるらしい、活き活きしているように見えなくもない。
私がその直後に切り込んで、こちらに気づいた男の一人の腕を、双剣で鋏のように落とす。そして落とした手に握られていた剣を敵の集団に蹴りこむ。
突如現れた危険物に戸惑う男たちの集団をリィレさんがまた一瞬で斬り伏せる。
男たちの多くがこちらに気づき、こちらに意識を向ける。
向かってくるのは七人の男。
姫様を守る形で後ろに下がったリィレさんの代わりに、私が相手をしなくてはいけない。
最初の一人が振り下ろしてきた剣を避けて男の懐に潜り込むとそのまま腹の肉をえぐり落とす、そしてすぐ近くにいた男の胸を一突きして、崩れ落ちる男から剣を奪う。
長さの違う二刀流になってしまったが問題ないと思う。
かなり私は昂揚していた、こんなに思い通りに体が動くなんて考えられなかった。
踊るように身をひるがえしながら男の振り下ろす剣を避け、逆に急所に切り込む、その作業を繰り返すうちに、私のすぐ近くには誰も立っていなくなった。
「見事だ。」
リィレさんが落ち着いて言う。
市民の集団といくらかの兵士たちを私たちが助ける形になってしまったが、本当にこれで良かったんだろうか、この仕事を任されるのは王様とグラハムさんだったんじゃあ……
「あなたたち、大丈夫ですか?」
姫様は冷静に市民たちに駆け寄っていく。
「けがをしている人がいたら診せてください、手遅れでない限り治療します。」
集団の中で、姫様がそう言った。
何となく私は城壁のほうを仰ぎ見て、
「逃げて!!」
砲口がこちらに向けられていることに気づいた。
「無粋ですね……構築・防護結界」
姫様がそう言った瞬間、私たちの周りを覆うように半透明の幕が現れる。
飛んできた砲弾はその膜にあたって爆発したが、中に被害は及ばない。
姫様はあくまで落ち着いて、けが人たちに優しく声をかけながら一人一人を治療していく。
五分ほどたって治療が終わると、姫様は私たちのところに戻ってきた。
疲れた顔をしている姫様のことを考えて、私は無理に彼女を背負った。
「すいません……」
「大丈夫です、それより目立ちすぎましたね。」
向こう側から、たくさんの兵士たちがこっちに接近しているのが見える。
「逃げましょう、ほかの皆も撤退を始めているはずです。」
そう言って、私たちは市民を先導して城門に向かう。
勝てないことが分かったのかそれとも別の理由なのか、市民たちもおとなしくそれに従う。
けれど、それは無駄だった。
大量の兵士たちが私たちを待ち伏せていた、それこそ、今まで倒してきた者たちとすら比にならないほど、とんでもない数が。
「あらら……これはちょっとまずいですかね?」
「まずいでしょう……」
「姫以外は好きにしていいとのお達しだ! 女は捕え、男は殺せ!」
うっわ最低発言当たり前のように出た。
五百人はかたいだろう集団が前から、背後からも千人以上いそうな集団がこっちに向かってくる。
市民たちはパニックに陥ってただただ右往左往している。
しかし、
「恐れるな! 前に抜ける、私に続け!!」
リィレさんだけはまっすぐ敵を見て戦っていた。
私も少し遅れてリィレさんに続いた。
リィレさんの判断は間違ってない、前方の集団のほうが距離が近く数も少ないし、いつまでもここにとどまっていたらまた砲撃されることも目に見えている。挟み撃ちにされるよりは前を強行突破できる可能性に賭けたほうが良いだろう。
市民たちも私たちが(主にリィレさんだけど)戦う光景を見て、
「俺たちも戦うぞ! 彼女たちを援護する!」
そう言ってもう一度武器をとり、突っ込んできた。
リィレさんの援護をして、私と姫様を守る。
「戦え! 彼女たちを死なせるな!!」
兵士を中心にレジスタンスは組織的に動いては確実に兵士たちを倒していく。
そして、敵の陣に穴が開いた。
「突破する!」
リィレさんの声とともに、開いた穴に皆がなだれ込む。
既に誰かの手によって破壊されていた城門を抜け、私たちは市民階層への脱出に成功した。
追撃しようと敵兵たちも向ってくるが、
「焼夷弾、放て―――――――ッッ!!!」
前方から私たちの頭上を超えて、敵兵の前に十数個の球が投げられる。
地面に当たったそれは、半透明の液体をまき散らしながら燃えて、一気に火の防壁を作り出した。
私たちの前方、焼夷弾を投げた集団は、やっぱり市民だった。
指揮を執っていた騎士らしき男の人がこっちに近づいてくる。
「姫様に、護衛騎士の方々ですな、御無事で何より。」
「いえ、こちらこそ助かりました。」
「レジスタンスの面々は我々が引き受けます、早くお逃げください。」
けど、そういうわけにもいかなかった。
火の壁の向こうから、体中を燃やしながら男が現れたからだ。
燃える男は自分の体をまるで意に介さず、近くの人を捕まえると、
ボギン メキメキメキメキメキィ
首の骨を折ってそのまま雑巾でも絞るように首を壊し始めた。
「―――――――――っ!!」
リィレさんが一瞬で男のそばまで接近して、首を切り落とす。
燃える男は一瞬だけ首だけになっても動き、そしてすぐ静かになった。
「『狂戦士の操法』だ! 早く逃げろ次が来るぞ!!」
リィレさんの言葉とともに、兵士たちは市民を誘導して逃げ始める。
私たちもリィレさんの言葉に従い、脱出を始めた。
とにかく走って、市民階層を抜ける。
さっきの男同様燃えながら追ってきた男たちは、リィレさんがこっちに触れる前に始末できた。
王都を出て、スラムのような街並みを必死に走る。
私たちの逃走行は、まだ始まったばかりだった。
11/07/02 18:11更新 / なるつき
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