クロスが語る クロスとロゼ(暴力表現)
ちょっとばかり印象的だった、俺とある男の出会いでも語らせてもらうか。
その男は自分のことを「ロゼ」と名乗った、本名は教えてくれなかった。
それは俺が初めて外界に行った時のことだった。
そのころの俺は、第一子ハロルドが生まれたところだった。
「外界に出張? それじゃハロルドのお世話は……」
「全部任せちまう……すまない。」
父さんに外界に行ってクルツ移住希望者を探し、ついでに機会があれば売られていく奴隷たちを解放してくるように命じられたところだった。
なぜ俺なのかと言えば、父さんじゃ名前が立ってしまっていてだいたいどこに行っても元勇者であることがばれてしまうからだ。
本当、妻のアメリアには申し訳ないけど、仕方のないことだと割り切ってほしい。
「分りました、頑張ってお父さんより立派に育て上げて見せます。」
アメリアの場合はなんか逆にそれで燃えてくれたから良かったけど、実際。
「いい妻を持ったよ俺は。」
「その代わり、帰ってきたらまず私のところに来てくださいね。」
「約束する。」
そう言って家を出た俺は、通行証片手に城門に向かった。
門をくぐり、ルミネが作った特殊空間に入る。
この空間はマリアのために作られたもので、彼女がここにいても窮屈さを極力感じないように工夫してある。
「あらクロスさん、お出かけですか?」
「外界までしばらく行くことになる。」
「お気をつけて。」
顔パスで通ってしまった。
外界に出て数日が経ったときのことだった。
「すみません。」
滞在していた村で魔物についての情報を集めていたところ、声をかけられた。
振り返るとそこには、金髪で背があまり高くない、若い男がいた。
「何か?」
自分から人に声をかけているときに、いきなり人に声をかけられるとは思わなかった。
「貴方は魔物を探していると聞きました。」
「……それが?」
前に討伐のために魔物を探していると言って、情報提示を求めていたらこの領地の領主の私兵がいきなり現れて襲ってきたということがあった。
それ以来数度「親魔物派だろう」と因縁をつけられている。
こういった場合、往々にして貴族が魔物を探されると困るから探される前に委縮させてしまおうという目的の場合が多い。
そのためこの町には、貴族とかかわる形で魔物がいると言う確信を持っている。
もっとも、それが魔物のせいにして民間から略奪しているパターンか、魔物を捕まえて売りさばいているパターンかで二手に分かれるが。
「……僕はロゼと申します、話があるので少しご同行願えますか?」
ロゼと名乗った男はそう言いながら、持っていた紙に
『魔物の居場所を知っています』と走り書きしてこっそり俺に示してきた。
信用できる人間かどうか、ロゼの瞳を俺は見つめる。
澄んだ紅色の瞳、そこに見えるのは実直で誠実な雰囲気。
こいつなら、おそらくウソはつかないだろう。
「いいぞ。」
ロゼに案内されたのは、その村にある中では一番安い宿だった。
俺がとっている宿よりもさらにワンランク安く、正直言って汚い。
机一台と、簡素なベッドがあるだけの部屋、ロゼの荷物はほとんどがスクロールにした紙やそれに記入するためだろう筆記用具だった。
衣服は必要最低限しかないように見える。
「一体、何の仕事だ?」
「小説家ですよ、あちこちめぐって冒険小説の題材を探してるんです。」
まるで用意していたかのように淀みのない返事だった。
どことなくきな臭さを感じさせたが、せっかくの情報提供者を頭から疑うのも失礼だろうと思い俺はそれを気にしないことにした。
それより気になるのが、外の気配だ。
昨日俺に因縁をつけてきた男が、また俺のことを見張っているらしい。
気配を隠すのがあまりに下手すぎる。
ロゼもそれに気づいたらしく、また走り書きで
『以後、魔物のことは「彼女」と言いましょう。』
と提案してきた。俺も声を出さずにうなずく。
「本当に彼女の居場所を知ってるのか?」
「ええ、彼女はあるお屋敷に、お友達と一緒に滞在しています。」
その意味するところは簡単にわかるだろうから、ここでは要約しない。
「今日の夜にでも彼女は出立するでしょう、会いたいなら、その前に尋ねていくべきかと思います。」
それはまた見事に時間がない。
「そうか、情報提供ありがとう、お礼に飯でもおごるよ。」
少し前、クルツを出てすぐにいた魔物を討伐したふりしてクルツに送り報酬をがめたおかげで財布の中にある程度余裕はある、この村でもいくらかバイトした。
「おいお前!」
部屋を出るとすぐ、見張っていた男が俺たちに声をかけてきた。
名前を言われなかったのでとりあえず無視、部屋に鍵をかけるロゼも気にした様子はない。
やっぱりこいつ小説家って感じじゃない、むしろ、
「聞いてるのか、お前、そこの赤毛!」
どうやら、色を判別するくらいの目玉は持ってたらしい。
「俺のことですか?」
振り返って答える。
「そうだお前だ、昨日もこの村をうろついていただろう。」
「それはまぁ、人を探すついでに仕事を求めて何かおかしいです?」
平然と尋ねる。
「貴様の挙動は不信だと住民から通報を受けた、よって貴様を逮捕する。」
やれやれついに強硬策に出てきたか。どうせ住民から頼られたこともないだろうに、町行く人の目つきを見ればだいたいどんな風に思われてるのかなんてわかる。
「ロゼ、飯でも食おう。」
「そうですね。」
俺が無視して先に行こうとすると、事の成り行きをつまらなさそうな目で見守っていたロゼが賛同してついてくる。
「人の集まりそうなところ、教えてくれないか?」
「人の集まるところ……近くではレクターンやメル辺りでしょうか、どちらもとても素敵な土地ですよ。」
ロゼは笑顔で言う。
「本を見せてくれないか?」
「ダメです、まだ未完成ですので。」
「おい!!!」
男が再度俺たちに声をかけて来る。
「さっきからなんだ貴様の態度は! 駐屯兵に向かいその無礼な態度が許されると思ってるのか!!」
向かってもいないことを理解してもらいらい、俺たちはこの男を無視していた。
「貴様らは逮捕する、重要参考人だ!!」
そのようにして、俺とロゼは捕まった。
「牢獄は、ここまで居心地の悪いものなんですね。」
「管理状態が悪過ぎる。」
過去の囚人のものだと思われる吐瀉物に、清掃の行き届いていないトイレ。
それに加えて、隣接した牢獄からだろうか、むせかえるような精臭。
おそらくここに、魔物が大量に捕らえられていたのだろうと思われる。
そしてここで「利用」されていたのだ、性処理道具として。
「これからどうします?」
「ここから出て、魔物を解放する。」
武器は取り上げられているし、牢屋には鍵が掛かっている。
とはいえ、出られないかと聞かれればそんなことはない。
「鍵を開ける手段は?」
「壊す。」
幸い、鍵はそこまで頑丈そうなものではなかった。
拳に魔力を固めて、鍵をぶん殴る。
バギャン
破壊音を立てて、鍵が壊れる。
「お見事。」
ロゼを連れて二人で牢を出る。
「うっ!?」
ロゼが鼻を覆う。
俺も思わず鼻を覆った、牢の中でもむせかえるようだった精臭は廊下に来ると一層ひどく、その上いくつかの牢では魔物や人間らしき遺体がこれでもかと言うほど腐っている。
「ひどい……」
ロゼが正直な感想を口にする。
鼻を押さえても口から息をしたら汚臭の味を感じそうなほど濃厚な臭いだ。
正直長居したら肺が腐りそうだったので、少し早足に出ようとすると、
「待って……」
今にも死にそうな声が、ある牢の中からした。
中を見てみると、そいつはいた。
今にも死ぬんじゃないかと思うほどガリガリに痩せこけ、全裸の状態で鎖に繋がれたワーウルフがそこにいた。あちこちにこびりついている精液や痣から、ここに捕らわれた期間の長さがうかがえる。
「たす……けて…」
ワーウルフは俺たちを見てそう言った。
「………」
鍵を壊し、鎖も外してやる。
ふらりと倒れ込んだワーウルフを、ロゼが背負う。
「いいのか?」
「何がです?」
「魔物をかばって。」
ここは反魔物派の王国、魔物を庇えばそれだけで死罪に繋がるほどの大罪。
それが分からないような男ではないと思う。
「むしろ、彼女らを助けるのを悪という道理が僕にはわかりません。」
「そうか。」
「この国に生まれ、この国で育ち、そして貴族たちの声を聞くたびに、堕落とは魔物が導くものではないと思わされます、魔物は人の敵とはいえないと思わされます。」
ロゼは何やら語り始めた。
異臭のする不快感は相変わらずだが、止めるのも面倒だったので聞くことにした。
「魔物が人を堕落させるのではありません、魔物が人の敵なのではありません。だって魔物は堕落のきっかけに過ぎず、人の敵は人ですから。」
「どうしてそう思う?」
「どうしてでしょうね、僕にもわかりません。」
ロゼはワーウルフを背負ったまま、俺の後ろを歩く。
廊下を出ると、やっと一息つけた。
とりあえず武器と財布と、それに通行証は取り返さないといけない。
ついでに食料も奪って、ワーウルフに食べさせるべきだろう。
食える状態かはさておきとして。
「ロゼ、お前戦えるか?」
「無理ですこれっぽっちも戦えません、貴方……名前なんでしたっけ。」
「クロスだ。」
「クロスさんは?」
「そこそこ戦える。棒があればもっと。」
正直なところ棒も隠し持っていたナイフも取り上げられた今の状態でどこまで戦えるのかにはあまり自信がないが、そこそこ強いとは思う。
地下ろうから抜け出すための階段を上がって行くと、出口にいた見張りに気づかれる。
「貴様! どうやって牢を出た!!」
「正攻法だ。」
そう答えるしかない、鍵を壊すことが正攻法なのかと詰め寄られるとそのあたりは全く自信がないが、食事に利用するスプーンを待っている時間はなかったのだから。
脱獄の正攻法とくればそれと力技だろう。
振りまわしてきた剣を片手でつかむと、男は剣を置いて逃げ出した。
「……装備は返してもらう」
「あ、僕のカバンですね。」
ロゼは俺の渡したカバンを受け取ると嬉しそうに中を確認する。
「あれ……原稿が消えてる……」
「原稿?」
「はい、小説の原稿、何でだろ……」
「落としたんだろ。」
「そうなんでしょうかね……」
ロゼは仕方がないと言った感じでカバンを持つ。
俺も取り返した棒やナイフの類を身につけると、
「貸す。」
ナイフのうち一振りをワーウルフに渡してやる。
「襲ってきたら、手の動く限りロゼを守ってやってくれ。」
ワーウルフは少しだけ驚いた顔を見せると、黙ってうなずく。
「他の皆は、あなた達が来る少し前に牢を出されてどこかに。」
「どうして君は?」
「死にかけだから、売れないと思われた。」
それぐらいならあそこで性処理の道具として死ぬまで使った方がいいと判断したんだろう。
屋敷の中には兵士の数が少ない。
馬の鳴き声が外から聞こえた気がした。
「遅かったか、走るぞ。」
「はい。」
馬車が出立した音だ。
窓を蹴り破って外に出ると、予想通り大きな馬車が進みだしていた。
まだ追いつく。
しかし、
「邪魔。」
十八人の兵士たちが俺の行く手を阻む。
のを、一分足らずで壊滅。
弱いって言うか本気で哀れに思えてくる。
しかしそうこうしている間に馬車からは距離ができてしまう。
まずい、走っても追い付けるか微妙だ。
そう思った俺はロゼたちを置いて走り出す。
馬車との距離は縮むどころかどんどん開いて行く。
逃げられる、そう俺が思った時のことだった。
ヒイ――――――――ン
何か猛獣にでも襲われたような鳴き声を、目の前の馬車を曳いていた馬が出した。
それと共に馬車は停止。
何が起こったのか分からず俺も立ち止まってしまう。
すると、
「やめっ、やめてくれぇっ」
中から男の怯えた声と、
「いやぁああ」「きゃぁああ」「ひぃいい」
数人の娘たちの悲鳴が響く。
「何だ……?」
良くわからないが、何か起きているとみて間違いない。
確認しようと中を覗くと、
「しっ!!」
人の背丈ほどの刃渡りがありそうな長剣を持ち、顔のほとんどを隠す笑顔の仮面をつけた男が御者の男を殺し、つけられた鎖を壊して娘たちを助けていた。
「む?」
男が俺に気づく。
長剣を俺に向かって突きつける、ずいぶん重いだろうに片手で。
「……何者だ?」
「しがない放浪者だ。」
「……娘は任せる。」
そう言って男は場所を跳び出し、さっそうと走り去ってしまう。
待ち伏せしてたんだ、たぶんあの男。
ということはロゼの仲間か何かか。
とはいえ俺の推察が正しかったのか確かめるすべはない、何せロゼに聞いたとしてあいつが正直に俺に秘密を話すとは考えづらかったからだ。
「やっと、追いつきました。」
「来たか。」
「ええ……これ、あなたが一人で?」
「いや、来た時にはこうなってた。」
「……額か何か、もしくはわけ前で揉めたのでしょうか。」
娘たちが何か言おうとするのを手で制す。
おそらく俺がこんなに早く馬車にたどりつくと思っていなかっただろう、あの男に会っていたことは明かさない方が多分いい。
「この娘たちは?」
「おそらく領主たちに何らかの因縁をつけられて逮捕されていた娘でしょう、それを領主は奴隷として売りに出していた……」
嫌な話だ。
アメリアから人買いに飼われていた時の話は聞いている。
満足な食事も衣服も与えられずに、ただ売りさばかれて奴隷になる日を待たされるだけ。
気がふれて死を選ぶ者も少なくないと聞く。
運よくか運悪くか生き残った娘たちを、今回俺が助けた形になる。
「………僕はもう行きます、幸い馬車も無事ですし、よろしければお使いになると良いかと。」
そう言って、ロゼはワーウルフを置いて歩き去って行く。
そのあと俺は娘たちを連れてクルツに戻った。
もちろん瀕死のワーウルフも連れ帰った、牧場のレティシエルがそいつだ。
娘たちは牢獄でレティシエルに励まされてたおかげか、魔物に対する抵抗感もなかったようだから説得せずに済んで都合が良かった。
この話はこれで終わりだ、結局ロゼの正体はつかめずじまい。
あいつは明らかに俺が誰かを知ってる風だったが。
さあさっさと次に行け、俺はもう疲れた。
その男は自分のことを「ロゼ」と名乗った、本名は教えてくれなかった。
それは俺が初めて外界に行った時のことだった。
そのころの俺は、第一子ハロルドが生まれたところだった。
「外界に出張? それじゃハロルドのお世話は……」
「全部任せちまう……すまない。」
父さんに外界に行ってクルツ移住希望者を探し、ついでに機会があれば売られていく奴隷たちを解放してくるように命じられたところだった。
なぜ俺なのかと言えば、父さんじゃ名前が立ってしまっていてだいたいどこに行っても元勇者であることがばれてしまうからだ。
本当、妻のアメリアには申し訳ないけど、仕方のないことだと割り切ってほしい。
「分りました、頑張ってお父さんより立派に育て上げて見せます。」
アメリアの場合はなんか逆にそれで燃えてくれたから良かったけど、実際。
「いい妻を持ったよ俺は。」
「その代わり、帰ってきたらまず私のところに来てくださいね。」
「約束する。」
そう言って家を出た俺は、通行証片手に城門に向かった。
門をくぐり、ルミネが作った特殊空間に入る。
この空間はマリアのために作られたもので、彼女がここにいても窮屈さを極力感じないように工夫してある。
「あらクロスさん、お出かけですか?」
「外界までしばらく行くことになる。」
「お気をつけて。」
顔パスで通ってしまった。
外界に出て数日が経ったときのことだった。
「すみません。」
滞在していた村で魔物についての情報を集めていたところ、声をかけられた。
振り返るとそこには、金髪で背があまり高くない、若い男がいた。
「何か?」
自分から人に声をかけているときに、いきなり人に声をかけられるとは思わなかった。
「貴方は魔物を探していると聞きました。」
「……それが?」
前に討伐のために魔物を探していると言って、情報提示を求めていたらこの領地の領主の私兵がいきなり現れて襲ってきたということがあった。
それ以来数度「親魔物派だろう」と因縁をつけられている。
こういった場合、往々にして貴族が魔物を探されると困るから探される前に委縮させてしまおうという目的の場合が多い。
そのためこの町には、貴族とかかわる形で魔物がいると言う確信を持っている。
もっとも、それが魔物のせいにして民間から略奪しているパターンか、魔物を捕まえて売りさばいているパターンかで二手に分かれるが。
「……僕はロゼと申します、話があるので少しご同行願えますか?」
ロゼと名乗った男はそう言いながら、持っていた紙に
『魔物の居場所を知っています』と走り書きしてこっそり俺に示してきた。
信用できる人間かどうか、ロゼの瞳を俺は見つめる。
澄んだ紅色の瞳、そこに見えるのは実直で誠実な雰囲気。
こいつなら、おそらくウソはつかないだろう。
「いいぞ。」
ロゼに案内されたのは、その村にある中では一番安い宿だった。
俺がとっている宿よりもさらにワンランク安く、正直言って汚い。
机一台と、簡素なベッドがあるだけの部屋、ロゼの荷物はほとんどがスクロールにした紙やそれに記入するためだろう筆記用具だった。
衣服は必要最低限しかないように見える。
「一体、何の仕事だ?」
「小説家ですよ、あちこちめぐって冒険小説の題材を探してるんです。」
まるで用意していたかのように淀みのない返事だった。
どことなくきな臭さを感じさせたが、せっかくの情報提供者を頭から疑うのも失礼だろうと思い俺はそれを気にしないことにした。
それより気になるのが、外の気配だ。
昨日俺に因縁をつけてきた男が、また俺のことを見張っているらしい。
気配を隠すのがあまりに下手すぎる。
ロゼもそれに気づいたらしく、また走り書きで
『以後、魔物のことは「彼女」と言いましょう。』
と提案してきた。俺も声を出さずにうなずく。
「本当に彼女の居場所を知ってるのか?」
「ええ、彼女はあるお屋敷に、お友達と一緒に滞在しています。」
その意味するところは簡単にわかるだろうから、ここでは要約しない。
「今日の夜にでも彼女は出立するでしょう、会いたいなら、その前に尋ねていくべきかと思います。」
それはまた見事に時間がない。
「そうか、情報提供ありがとう、お礼に飯でもおごるよ。」
少し前、クルツを出てすぐにいた魔物を討伐したふりしてクルツに送り報酬をがめたおかげで財布の中にある程度余裕はある、この村でもいくらかバイトした。
「おいお前!」
部屋を出るとすぐ、見張っていた男が俺たちに声をかけてきた。
名前を言われなかったのでとりあえず無視、部屋に鍵をかけるロゼも気にした様子はない。
やっぱりこいつ小説家って感じじゃない、むしろ、
「聞いてるのか、お前、そこの赤毛!」
どうやら、色を判別するくらいの目玉は持ってたらしい。
「俺のことですか?」
振り返って答える。
「そうだお前だ、昨日もこの村をうろついていただろう。」
「それはまぁ、人を探すついでに仕事を求めて何かおかしいです?」
平然と尋ねる。
「貴様の挙動は不信だと住民から通報を受けた、よって貴様を逮捕する。」
やれやれついに強硬策に出てきたか。どうせ住民から頼られたこともないだろうに、町行く人の目つきを見ればだいたいどんな風に思われてるのかなんてわかる。
「ロゼ、飯でも食おう。」
「そうですね。」
俺が無視して先に行こうとすると、事の成り行きをつまらなさそうな目で見守っていたロゼが賛同してついてくる。
「人の集まりそうなところ、教えてくれないか?」
「人の集まるところ……近くではレクターンやメル辺りでしょうか、どちらもとても素敵な土地ですよ。」
ロゼは笑顔で言う。
「本を見せてくれないか?」
「ダメです、まだ未完成ですので。」
「おい!!!」
男が再度俺たちに声をかけて来る。
「さっきからなんだ貴様の態度は! 駐屯兵に向かいその無礼な態度が許されると思ってるのか!!」
向かってもいないことを理解してもらいらい、俺たちはこの男を無視していた。
「貴様らは逮捕する、重要参考人だ!!」
そのようにして、俺とロゼは捕まった。
「牢獄は、ここまで居心地の悪いものなんですね。」
「管理状態が悪過ぎる。」
過去の囚人のものだと思われる吐瀉物に、清掃の行き届いていないトイレ。
それに加えて、隣接した牢獄からだろうか、むせかえるような精臭。
おそらくここに、魔物が大量に捕らえられていたのだろうと思われる。
そしてここで「利用」されていたのだ、性処理道具として。
「これからどうします?」
「ここから出て、魔物を解放する。」
武器は取り上げられているし、牢屋には鍵が掛かっている。
とはいえ、出られないかと聞かれればそんなことはない。
「鍵を開ける手段は?」
「壊す。」
幸い、鍵はそこまで頑丈そうなものではなかった。
拳に魔力を固めて、鍵をぶん殴る。
バギャン
破壊音を立てて、鍵が壊れる。
「お見事。」
ロゼを連れて二人で牢を出る。
「うっ!?」
ロゼが鼻を覆う。
俺も思わず鼻を覆った、牢の中でもむせかえるようだった精臭は廊下に来ると一層ひどく、その上いくつかの牢では魔物や人間らしき遺体がこれでもかと言うほど腐っている。
「ひどい……」
ロゼが正直な感想を口にする。
鼻を押さえても口から息をしたら汚臭の味を感じそうなほど濃厚な臭いだ。
正直長居したら肺が腐りそうだったので、少し早足に出ようとすると、
「待って……」
今にも死にそうな声が、ある牢の中からした。
中を見てみると、そいつはいた。
今にも死ぬんじゃないかと思うほどガリガリに痩せこけ、全裸の状態で鎖に繋がれたワーウルフがそこにいた。あちこちにこびりついている精液や痣から、ここに捕らわれた期間の長さがうかがえる。
「たす……けて…」
ワーウルフは俺たちを見てそう言った。
「………」
鍵を壊し、鎖も外してやる。
ふらりと倒れ込んだワーウルフを、ロゼが背負う。
「いいのか?」
「何がです?」
「魔物をかばって。」
ここは反魔物派の王国、魔物を庇えばそれだけで死罪に繋がるほどの大罪。
それが分からないような男ではないと思う。
「むしろ、彼女らを助けるのを悪という道理が僕にはわかりません。」
「そうか。」
「この国に生まれ、この国で育ち、そして貴族たちの声を聞くたびに、堕落とは魔物が導くものではないと思わされます、魔物は人の敵とはいえないと思わされます。」
ロゼは何やら語り始めた。
異臭のする不快感は相変わらずだが、止めるのも面倒だったので聞くことにした。
「魔物が人を堕落させるのではありません、魔物が人の敵なのではありません。だって魔物は堕落のきっかけに過ぎず、人の敵は人ですから。」
「どうしてそう思う?」
「どうしてでしょうね、僕にもわかりません。」
ロゼはワーウルフを背負ったまま、俺の後ろを歩く。
廊下を出ると、やっと一息つけた。
とりあえず武器と財布と、それに通行証は取り返さないといけない。
ついでに食料も奪って、ワーウルフに食べさせるべきだろう。
食える状態かはさておきとして。
「ロゼ、お前戦えるか?」
「無理ですこれっぽっちも戦えません、貴方……名前なんでしたっけ。」
「クロスだ。」
「クロスさんは?」
「そこそこ戦える。棒があればもっと。」
正直なところ棒も隠し持っていたナイフも取り上げられた今の状態でどこまで戦えるのかにはあまり自信がないが、そこそこ強いとは思う。
地下ろうから抜け出すための階段を上がって行くと、出口にいた見張りに気づかれる。
「貴様! どうやって牢を出た!!」
「正攻法だ。」
そう答えるしかない、鍵を壊すことが正攻法なのかと詰め寄られるとそのあたりは全く自信がないが、食事に利用するスプーンを待っている時間はなかったのだから。
脱獄の正攻法とくればそれと力技だろう。
振りまわしてきた剣を片手でつかむと、男は剣を置いて逃げ出した。
「……装備は返してもらう」
「あ、僕のカバンですね。」
ロゼは俺の渡したカバンを受け取ると嬉しそうに中を確認する。
「あれ……原稿が消えてる……」
「原稿?」
「はい、小説の原稿、何でだろ……」
「落としたんだろ。」
「そうなんでしょうかね……」
ロゼは仕方がないと言った感じでカバンを持つ。
俺も取り返した棒やナイフの類を身につけると、
「貸す。」
ナイフのうち一振りをワーウルフに渡してやる。
「襲ってきたら、手の動く限りロゼを守ってやってくれ。」
ワーウルフは少しだけ驚いた顔を見せると、黙ってうなずく。
「他の皆は、あなた達が来る少し前に牢を出されてどこかに。」
「どうして君は?」
「死にかけだから、売れないと思われた。」
それぐらいならあそこで性処理の道具として死ぬまで使った方がいいと判断したんだろう。
屋敷の中には兵士の数が少ない。
馬の鳴き声が外から聞こえた気がした。
「遅かったか、走るぞ。」
「はい。」
馬車が出立した音だ。
窓を蹴り破って外に出ると、予想通り大きな馬車が進みだしていた。
まだ追いつく。
しかし、
「邪魔。」
十八人の兵士たちが俺の行く手を阻む。
のを、一分足らずで壊滅。
弱いって言うか本気で哀れに思えてくる。
しかしそうこうしている間に馬車からは距離ができてしまう。
まずい、走っても追い付けるか微妙だ。
そう思った俺はロゼたちを置いて走り出す。
馬車との距離は縮むどころかどんどん開いて行く。
逃げられる、そう俺が思った時のことだった。
ヒイ――――――――ン
何か猛獣にでも襲われたような鳴き声を、目の前の馬車を曳いていた馬が出した。
それと共に馬車は停止。
何が起こったのか分からず俺も立ち止まってしまう。
すると、
「やめっ、やめてくれぇっ」
中から男の怯えた声と、
「いやぁああ」「きゃぁああ」「ひぃいい」
数人の娘たちの悲鳴が響く。
「何だ……?」
良くわからないが、何か起きているとみて間違いない。
確認しようと中を覗くと、
「しっ!!」
人の背丈ほどの刃渡りがありそうな長剣を持ち、顔のほとんどを隠す笑顔の仮面をつけた男が御者の男を殺し、つけられた鎖を壊して娘たちを助けていた。
「む?」
男が俺に気づく。
長剣を俺に向かって突きつける、ずいぶん重いだろうに片手で。
「……何者だ?」
「しがない放浪者だ。」
「……娘は任せる。」
そう言って男は場所を跳び出し、さっそうと走り去ってしまう。
待ち伏せしてたんだ、たぶんあの男。
ということはロゼの仲間か何かか。
とはいえ俺の推察が正しかったのか確かめるすべはない、何せロゼに聞いたとしてあいつが正直に俺に秘密を話すとは考えづらかったからだ。
「やっと、追いつきました。」
「来たか。」
「ええ……これ、あなたが一人で?」
「いや、来た時にはこうなってた。」
「……額か何か、もしくはわけ前で揉めたのでしょうか。」
娘たちが何か言おうとするのを手で制す。
おそらく俺がこんなに早く馬車にたどりつくと思っていなかっただろう、あの男に会っていたことは明かさない方が多分いい。
「この娘たちは?」
「おそらく領主たちに何らかの因縁をつけられて逮捕されていた娘でしょう、それを領主は奴隷として売りに出していた……」
嫌な話だ。
アメリアから人買いに飼われていた時の話は聞いている。
満足な食事も衣服も与えられずに、ただ売りさばかれて奴隷になる日を待たされるだけ。
気がふれて死を選ぶ者も少なくないと聞く。
運よくか運悪くか生き残った娘たちを、今回俺が助けた形になる。
「………僕はもう行きます、幸い馬車も無事ですし、よろしければお使いになると良いかと。」
そう言って、ロゼはワーウルフを置いて歩き去って行く。
そのあと俺は娘たちを連れてクルツに戻った。
もちろん瀕死のワーウルフも連れ帰った、牧場のレティシエルがそいつだ。
娘たちは牢獄でレティシエルに励まされてたおかげか、魔物に対する抵抗感もなかったようだから説得せずに済んで都合が良かった。
この話はこれで終わりだ、結局ロゼの正体はつかめずじまい。
あいつは明らかに俺が誰かを知ってる風だったが。
さあさっさと次に行け、俺はもう疲れた。
11/06/01 23:42更新 / なるつき
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