クロスが語る 生きるために(バトル)
先生の次は俺か……
もともと無口な性分の俺に長く語れって言ってる時点で大きな矛盾だってことくらい理解してほしいところなんだが。
で、どんな話が聞きたいんだ? と言うか、どんな話は聞いてないんだ?
ああ、俺はクルツ成長期から語ればいいんだな。
けどあんまり聞いても面白くないと思うぞ。
それでもいいんだって?
まぁそう言うことなら語らせてもらうとしようか。
二十三年ほど前のこと、血で血を洗う、俺たちを滅ぼそうと向かってくる王国の騎士たちと、自分たちが自分たちらしく生きるためにこの土地を守ろうとした先人たちの戦い。
その末席に加わっていた者として、まだ一人の少年だったころの話を。
「進め! 進め! 恐れるな、神の威光に逆らう背信者に血の安息を!!」
王国軍の司令官を務める男の鬨の声と共に、数十人騎士たちが突撃を開始する。
俺がそのときいたのはクルツ防衛戦の最前列だった。
今の防衛の要と言えるルビーもライアもマリアもそのころにはクルツの民ではなく、俺たちは質こそ高いが教会の騎士たちよりもずっと少ない、人間が大半の戦力でどうにか戦い続けていた。
向かってきた騎士たちの上から落雷が降り注ぐ。
十人ほどが炭になって転がっても、騎士たちの勢いは止まらない。
後方では、城壁を築くために何人もの戦う力を持たない人々が作業をしている。そこまで騎士たちをたどりつかせてしまったら、戦いに勝ったとしても事実上敗北だ。
「第三第四第五隊防衛布陣! 第一第二隊は討ってでる! 俺に続け!」
まだクルツと言う名前はこのときなかったけど、とりあえずその方が通じやすいだろうからクルツと言おう。
当時のクルツの戦力はおよそ百人。
それぞれ第一隊に父さん、第二隊にマーロさん、第三隊に母さん、第四隊にベルナ、第五隊に先生と言う隊長を置き、二十人ほどの兵がそれに従う。
俺は当時第一隊の一兵卒だった。
父さんが先陣を切って敵の中に駆けこんで行く。
一人の顎を打って一撃で昏倒させると、その相手を弾き飛ばしてさらに数人を巻き込ませる。
あとに続く俺たちも、飛び道具で援護しながら近距離武具で敵を確実に倒していく。余裕のある今のように殺さず済ますという戦い方はしていない、殺さないのは努力義務で、殺さなくてはいけないと判断したら迷わず相手を殺すことが決定されている。
俺も手近な敵兵を倒しながら、父さんに続く。
父さんを先頭に一気に駆け抜けて、敵将を打ち取る作戦だ。
将さえ倒してしまえばあとは統制と士気を失った騎士たちを掃討していけばそれで済む。
とはいえ、今日でもう五日連続で襲撃を撃退している。
こちらの疲弊も著しく、ここにきて戦死者が何人も出てきた。
「お前らの将は俺が倒した! 退け! 去る者の命はとらん!!」
父さんが大きな声で合図をする。
統制を失い、自棄になって襲ってくる兵を倒しながら俺たちは後退する。
母さんの出した土巨人の真下にたどりつくと、ようやく一息つくことができた。
「被害は?」
「死者一名、負傷者が十八名。」
父さんの質問に、母さんは淡々と答える。
「一人死んだのか……」
父さんが渋い顔で言う。
負傷者ならば先生の治療でまた戦ってもらえるからいいけど、死者はどうしようもない。
せいぜい遺体を回収して弔ってやれればいいところだ。
「飽きもせずに毎日毎日突っ込んできやがって、あいつらに学習する脳味噌はねぇのかよ。」
防衛ラインの維持から戻って来たベルナが言う。
「このままじゃ疲弊する一方だな……連中それを分かって騎士を捨て駒にしてるんだ。」
父さんが言う。
近くの村に駐屯してそこから騎士を送り込んできているのかそれとも谷を抜けるあたりに駐屯して補給をしているのかは不明だが、騎士たちは毎日毎日繰り返し攻めてくる。
質は低かったからおそらく捨て駒に育てられた平民騎士だと思う。
もっと実力のある本隊を用意しているかそうでもないかまでは分からないが、このまま繰り返し攻められたら兵力に余裕のないクルツは負ける。
「クロス、お帰りなさい。」
いつの間にか近くに来ていたのは、俺の妻アメリアだった。
既にこのころには俺は彼女と結婚して、同じ家で過ごしていた。
俺より二つ年下で、綺麗な銀色の髪の娘だったよ、息子の内ランスにしかその髪色が出なかったのは残念でならん。亡くした今も自慢の妻だ。
「城壁の建築はどのくらい進んでる?」
「あと最短でも一カ月はかかる、長ければ三カ月は先だ。」
城壁建築の担当だったグリッツが言う。
「なさけねぇぞ親父! 一週間でやって見せるって言えよ!」
「ブリジット、無理を言うな。」
グリッツがブリジットにやんわりと返す。
親が建築家だったとかでこう言うものの建築もできるそうだから任せているが、正直なところ専門ではない彼一人の指示では賄いきれない部分がある。
「俺の隊からも数人出そうか? 喜んで加わるだろ。」
「暇なときはそうしてくれると助かるよ。」
父さんの言葉にグリッツは笑う。
笑ってこそいるが、皆疲弊している。
疲れているのは前で戦っている俺たちだけじゃない、その俺たちを楽にするために急いで作業を進めている城壁建造組も、俺たちがいない分農作物などを少ない人数で育てなくてはいけない盆地に残った皆も、それぞれが負担を負っている。
それもこれも、こんな闘いが続くから。
「どうしてなんだろうな。」
「クロス?」
「どうして俺たちは、魔物と戦うのが嫌だから人間と戦ってるんだろうな。」
ふと浮かんできたのはそんな疑問だった。
「決まってんじゃねぇか!」
ブリジットが俺の肩を脱臼させようかという力でたたきながら言う。
「あいつらが襲ってくるからだよ!」
「いくらなんでも単純化し過ぎだバカ。」
そのままグリッツに殴られる。
この親子、力関係が良くわからん、ベルナは完全に二人が取っ組みあってもシカトだし。
「そうだな、本当ならこんな風に戦ってること自体がおかしいはずなんだ、お互いの主張を聞くことができて、剣を握らなくて済むならそれが一番なんだ。」
グリッツは真面目な顔で言う。もともと彼も好きで傭兵になったわけじゃなく、いろいろと複雑な事情があって傭兵になった立場らしい。
俺が物ごころついた時には、もうクルツには敵だらけだった。
魔物との共存を否定して襲いかかってくる教会。
まずい事実をいくつも握られているからそれを明かされる前に俺たちを滅ぼしたい王国。
色々な思惑が絡んだ結果が、こんな戦い。
誰が勝っても後味の悪い、ただ踊らされているような戦争。
「だんだん撤退の動きが早くなってるあたり、向こうも疲弊してるようだが。」
父さんの言うとおり、王国軍の撤退ペースもこちらの疲弊ほどではないが徐々に早くなっている。撤退に慣れたというよりも、将を失ったらもうこっちと戦う必要がないと思ってるみたいに、自棄になって暴れる奴もほとんどいなくなった。
「各自休憩に移れ、休めるときはしっかり休むこと。」
父さんがそう言うと、皆は立てられた幕舎や、城壁近くにある宿舎に行く。
「クロード、いいかしら。」
ルミネが上から飛んでくる。
「姿を消して偵察に行ってみたけど、軍の指揮官が頭おかしい奴よ、騎士のほとんどはあいつに働かされて動いてる感じ。」
「どう頭がおかしいんだ?」
「とにかく突撃しろ、殲滅しろの繰り返し、味方が被る被害なんて頭にないのよ。」
「俺とやり合った将軍はまともそうな奴だったが。」
「問題あるのはその上、軍を突き動かしてる貴族。」
前線に戦を知らない貴族が出てきて、場の状況や味方の被害を完全に無視しためちゃくちゃな指示を出すのも、腐敗著しい王国ではままあることだ。
大体そう言う貴族が何のために出張ってくるのかと言えば、それは富や名声。
要するに「自らの指揮で反逆者を滅ぼした」という手柄を求めて、あからさまに理に適わない戦いを騎士たちに強制する。
戦はプロに任せて、自分たちは自分たちに与えられた仕事をしてればいいものを、それすら理解できないような素人が出るとろくなことがない。
「クロス、お前も休んでろ。」
「……分った、何かあったらすぐ呼んでくれ。」
父さんの指示で、俺も城壁に作られた通路から盆地に戻る。
農家では女性たちが農作業にいそしみ、家畜の世話をしている。
男衆の多くが戦場に出る羽目になっている今、女性や子供も貴重な労働力だ。
町を歩いていて、あるものに気づく。
「………くそっ」
葬儀の列だった。
今日亡くなった男のために、家族が葬儀をしているのだ。
すすり泣く女性と、それを励ます小さな娘。
その列の中に母さんを見つけた、どうやら、母さんの部下だった男のようだ。
しかしそんな葬列の中で、誰ひとりとして弱音を吐く者はいない。
それが、弱音を吐いたら皆に申し訳ないという気持ちなのかそれとも弱音を吐いたらそれが現実になってしまいそうで怖いからなのかは分からない。
「早く戦いを終わらせないと、こんな日がいつまでも続く。」
それを再認識した俺は、早く休むことにした。
戦いを終わらせるには体力も必要だったし、死にたくなかったこともあった。
その翌日の朝、また騎士たちの襲撃があった。
「攻めろ攻めろ、さっさと攻めろ無能ども! 早く異端者どもを抹殺しろ!」
昨日までの指揮官をそばに置いて、太った貴族の男が後衛からまるで合理的とは思えないような指示を出す。
「あいつがすべての元凶か、表に出てきてくれて好都合だ。」
向かってくる騎士たちをなぎ倒しながら、父さんが言う。
「第一隊! 敵将の首を取る! 俺に続け!!」
父さんの鬨の声とともに、一番隊が進軍を開始する。
狙いに気づいた騎士の多くは、俺たちを無視し始めた。
「何を! 何をしておる早く私を守らんか!!」
自分が狙われていることに気づいたのだろう、指揮官はあわてて自分を守る様に指示する。
しかし、騎士たちの多くはそれに気づかないふりをしている。
哀れ、日ごろの行いってやつだな。
敵将の近くまで来たときに、さすがに自分まで無視はまずいと思ったのだろう昨日までの指揮官が父さんに立ちふさがる。
「どけ、さっさと俺たちはこの戦いを終わらせたい。」
「……貴族会の命で、この男は守らねばならん。」
「ずいぶんとご立派な理由だな、兵士はどうなってもいいのか?」
周囲はその険悪なやり取りを息をのんで見つめている。
ここまで来るのにほとんど妨害がなかったところをみると、その男が死んだ方がいいというのはほとんど総意だろう。
指揮官の男は脂っぽい汗を流しながら、一目散に逃げていく。
あまり好まれるやり方ではないが、俺はそのあとを追った。
「貴様、なぜ私を追ってくる!! 卑怯者め!!」
「卑怯を貴様に言われたくない。」
こいつが、多くの命を奪うような指示を出し続けた男だ。
それも自分は安全圏で声を出すだけ、そうやって名声だけは自分のものにしようとしていた、いい加減自分の血の色を知ってもいいころだろう。
戦闘圏はとうに離れてしまい、男自慢の大声でも、届いてもここに来るまでの時間を短くすることはできない。
そろそろ、鬼ごっこを終わらせるか。
一気に加速して、男に追いつくとそのまま引き倒す。
こいつが多くの命を奪った。そいつらに対して、
「詫びながら死ね。」
懐からナイフを取り出し、男の首に刺そうとする。
しかし、気配に気づいてすぐに中止してはなれる。
「良く来た! 早くあの猿を殺せ!!」
どうやら、後衛に控えていた兵士の一部のようだ。
五人、一様に鉄製の重そうな鎧をまとい、槍を持っている。
「こいつらは私の護衛を担当する精鋭だ! 貴様のような猿に勝てる相手ではないぞ!!」
「やれやれ」
ため息をついて、棒を構える。
男たちが同時に俺に向かい攻撃してくる。
その位置のまま防御しようとしてもおそらく無駄だと判断して、一歩後ろに。
見事に俺が立っていた場所を五方向から貫くように槍が通過する。
防御していたら、一本二本は可能でも他に貫かれただろう。
またも同時に五人が別方向から俺に切りかかる。
くぐる様に回避して、男の一人の金的を棒で殴りつける。
「不能になったらすまん」
声も出せずにその場でうずくまる男にそれだけ言って、距離をとる。
向かってきた男の槍を体を回転させるように避けながら、棒の長さを調節。
回転の力に任せた打撃で男の顎を打ちすえて気絶させる。
「なんだこのガキ……やるぞ。」
「そんな原始のサルに何を苦戦している!!」
残り三人、精鋭とか言ってた割に大したことはない。
突きこまれた槍の一つを棒でいなし、その柄を足場に跳躍してそいつの頭に棒を叩きつける。
空中で力が逃げたのか、倒すには至らなかったが、構わない。
男の頭にたたきつけた棒を踏み、男の頭を踏んで足場にすると、そのまま空中を跳んで男たちの背後に回る。
狙うは、指揮官。
俺がすぐそばに着地したことに驚いた肥満貴族は、そのまま尻もちをついて無様に後退する。
「いかん!」
男たちがあわてて振り返り、俺を殺そうとするより前に、振り返って三人同時に隠し持っていた投げ短剣で喉を突き刺して仕留める。
これで残るは、こいつ一人。
「ま、待て! 私を殺しても貴様に得はないぞ! 落ち着け落ち着いて話し合おう!! 私をここで見逃してくれればいくらでも望むものを」
「お前に死んでほしい。」
絶命した男たちの一人から槍を借りる。
顔が真っ青な男に向かって槍を向けると、さらに男の顔からは血の気が引く。
「お前のために、お前の無茶な命令を守るために騎士が死んだ、身を守ろうとして俺たちと共に戦っていた仲間が死んだ。何か言うことは?」
「当然だろう! 騎士は戦って死ぬのが仕事! 貴様らは王国に逆らった反逆者として殺されるべき立場にある! 抵抗したのがそもそもの」
「もういい、もう結構だから死ね。」
いい加減にその言葉を聞き続けていたら耳が腐る。
心臓に向かって槍を勢いよく投擲する。
正確に狙いをはずさずに槍は男の心臓を貫く。
一瞬自分に起きている事態を理解できなかったのだろう、男は呆けた顔で自分の胸から生えている槍の柄を見つめ、そして俺に向かって救いを求めるように、赤い液体を吐き出しながら口を開閉させ、手を伸ばし、
そして完全に絶命した。
「………何の慰めにもならん。」
むしろ、こんな屑のために何人も死なせたことを考えると空しさすら湧き出てくる。
まだ死んでいなかった他の男たちもこの際殺しておく。
「君が、この惨状を?」
男の声に振り向くと、そこには大量の騎士たちと将軍がいた。
「ああ、悪いが指揮官がたは俺が始末した。」
騎士たちに動揺が走る。
さすがにまずいと思った、何せ今の状態、いくら疲弊していても多勢に無勢だ。
「君一人で?」
「ああ、俺一人で。」
「……一軍を率いる立場で、こう言うことは言いたくないんだが。」
そう言って男は俺の顔を見据えると、
「ありがとう、君のおかげで俺たちはもう戦わずに済む。」
そう言った。
「感謝されることはしてない、戦いを終わらせたかっただけだ。」
正直に俺がそう言い返すと、
「それでもだ、結果に変わりはない。」
そう言って男は俺の隣を通過して行った。
「手を出すなよ? 子供を大人数で嬲りものにしたとあっては騎士の恥だ。」
その命令を遵守して、騎士たちは誰ひとりとして俺に襲いかかってくることなく、それどころか一部は俺に感謝の言葉すら述べながら進んで行く。
誰一人として、貴族や護衛兵の死骸を回収しようとはしない。
王国での、特権を持つ貴族たちの圧政をこの光景が象徴しているようだった。
棒を回収し、俺が歩いてクルツ軍の本陣に戻ると、
「クロスぅ―――――――――――――!!」
父さんが駆け寄ってくる。
そして、
ボギャ
俺の顔面に痛烈なパンチをお見舞いした。
空中で一回転して俺は地面にたたきつけられ、そのすぐそばに父さんが寄ってくる。
「この大馬鹿が!! どうしてあんな危険な真似をした!! 下手したらお前死んでたんだぞ!!」
「それでも……早くこんな、無益な戦いを終わらせたかった。」
それだけ言って、俺は意識を失った。
無茶するもんだろう、今じゃ絶対に出来ん。
父さんの言うことは一理ある、っていうか明らかに正しいからな。
ちなみに、そのあと撤退した騎士団だが、また再編されて一ヵ月後には襲撃してきた。
今度はまともな軍事の専門家が指揮について、ある程度引き際攻め際をわきまえた動きをしてくれたおかげで被害は大幅に減った。
何よりも、城壁ができてくれたおかげで防衛が大幅に楽になったこともあった。
そして戦いが中止していたある日父さんがふらっと出かけていき、マリアをどこかから連れてきた。
ちなみに輸送手段は魔法だ、転移魔法の一種。
とまあこんな感じだな、歴史書に書いたとおりだ。
おかげで王国軍も迂闊に攻められなくなり、選んだのはクルツの情報を隠蔽する道。騎士や貴族の多くは知ってるから、主に民間にだけ情報が流れないようにしてた感じだ。
さて、喋るのもつかれたしもう良いだろう、さっさと次に行ってくれ。
もっと聞きたい?
これ以上は俺の個人的な話になるぞ?
むしろそっちを聞きたい? 物好きだな。
もともと無口な性分の俺に長く語れって言ってる時点で大きな矛盾だってことくらい理解してほしいところなんだが。
で、どんな話が聞きたいんだ? と言うか、どんな話は聞いてないんだ?
ああ、俺はクルツ成長期から語ればいいんだな。
けどあんまり聞いても面白くないと思うぞ。
それでもいいんだって?
まぁそう言うことなら語らせてもらうとしようか。
二十三年ほど前のこと、血で血を洗う、俺たちを滅ぼそうと向かってくる王国の騎士たちと、自分たちが自分たちらしく生きるためにこの土地を守ろうとした先人たちの戦い。
その末席に加わっていた者として、まだ一人の少年だったころの話を。
「進め! 進め! 恐れるな、神の威光に逆らう背信者に血の安息を!!」
王国軍の司令官を務める男の鬨の声と共に、数十人騎士たちが突撃を開始する。
俺がそのときいたのはクルツ防衛戦の最前列だった。
今の防衛の要と言えるルビーもライアもマリアもそのころにはクルツの民ではなく、俺たちは質こそ高いが教会の騎士たちよりもずっと少ない、人間が大半の戦力でどうにか戦い続けていた。
向かってきた騎士たちの上から落雷が降り注ぐ。
十人ほどが炭になって転がっても、騎士たちの勢いは止まらない。
後方では、城壁を築くために何人もの戦う力を持たない人々が作業をしている。そこまで騎士たちをたどりつかせてしまったら、戦いに勝ったとしても事実上敗北だ。
「第三第四第五隊防衛布陣! 第一第二隊は討ってでる! 俺に続け!」
まだクルツと言う名前はこのときなかったけど、とりあえずその方が通じやすいだろうからクルツと言おう。
当時のクルツの戦力はおよそ百人。
それぞれ第一隊に父さん、第二隊にマーロさん、第三隊に母さん、第四隊にベルナ、第五隊に先生と言う隊長を置き、二十人ほどの兵がそれに従う。
俺は当時第一隊の一兵卒だった。
父さんが先陣を切って敵の中に駆けこんで行く。
一人の顎を打って一撃で昏倒させると、その相手を弾き飛ばしてさらに数人を巻き込ませる。
あとに続く俺たちも、飛び道具で援護しながら近距離武具で敵を確実に倒していく。余裕のある今のように殺さず済ますという戦い方はしていない、殺さないのは努力義務で、殺さなくてはいけないと判断したら迷わず相手を殺すことが決定されている。
俺も手近な敵兵を倒しながら、父さんに続く。
父さんを先頭に一気に駆け抜けて、敵将を打ち取る作戦だ。
将さえ倒してしまえばあとは統制と士気を失った騎士たちを掃討していけばそれで済む。
とはいえ、今日でもう五日連続で襲撃を撃退している。
こちらの疲弊も著しく、ここにきて戦死者が何人も出てきた。
「お前らの将は俺が倒した! 退け! 去る者の命はとらん!!」
父さんが大きな声で合図をする。
統制を失い、自棄になって襲ってくる兵を倒しながら俺たちは後退する。
母さんの出した土巨人の真下にたどりつくと、ようやく一息つくことができた。
「被害は?」
「死者一名、負傷者が十八名。」
父さんの質問に、母さんは淡々と答える。
「一人死んだのか……」
父さんが渋い顔で言う。
負傷者ならば先生の治療でまた戦ってもらえるからいいけど、死者はどうしようもない。
せいぜい遺体を回収して弔ってやれればいいところだ。
「飽きもせずに毎日毎日突っ込んできやがって、あいつらに学習する脳味噌はねぇのかよ。」
防衛ラインの維持から戻って来たベルナが言う。
「このままじゃ疲弊する一方だな……連中それを分かって騎士を捨て駒にしてるんだ。」
父さんが言う。
近くの村に駐屯してそこから騎士を送り込んできているのかそれとも谷を抜けるあたりに駐屯して補給をしているのかは不明だが、騎士たちは毎日毎日繰り返し攻めてくる。
質は低かったからおそらく捨て駒に育てられた平民騎士だと思う。
もっと実力のある本隊を用意しているかそうでもないかまでは分からないが、このまま繰り返し攻められたら兵力に余裕のないクルツは負ける。
「クロス、お帰りなさい。」
いつの間にか近くに来ていたのは、俺の妻アメリアだった。
既にこのころには俺は彼女と結婚して、同じ家で過ごしていた。
俺より二つ年下で、綺麗な銀色の髪の娘だったよ、息子の内ランスにしかその髪色が出なかったのは残念でならん。亡くした今も自慢の妻だ。
「城壁の建築はどのくらい進んでる?」
「あと最短でも一カ月はかかる、長ければ三カ月は先だ。」
城壁建築の担当だったグリッツが言う。
「なさけねぇぞ親父! 一週間でやって見せるって言えよ!」
「ブリジット、無理を言うな。」
グリッツがブリジットにやんわりと返す。
親が建築家だったとかでこう言うものの建築もできるそうだから任せているが、正直なところ専門ではない彼一人の指示では賄いきれない部分がある。
「俺の隊からも数人出そうか? 喜んで加わるだろ。」
「暇なときはそうしてくれると助かるよ。」
父さんの言葉にグリッツは笑う。
笑ってこそいるが、皆疲弊している。
疲れているのは前で戦っている俺たちだけじゃない、その俺たちを楽にするために急いで作業を進めている城壁建造組も、俺たちがいない分農作物などを少ない人数で育てなくてはいけない盆地に残った皆も、それぞれが負担を負っている。
それもこれも、こんな闘いが続くから。
「どうしてなんだろうな。」
「クロス?」
「どうして俺たちは、魔物と戦うのが嫌だから人間と戦ってるんだろうな。」
ふと浮かんできたのはそんな疑問だった。
「決まってんじゃねぇか!」
ブリジットが俺の肩を脱臼させようかという力でたたきながら言う。
「あいつらが襲ってくるからだよ!」
「いくらなんでも単純化し過ぎだバカ。」
そのままグリッツに殴られる。
この親子、力関係が良くわからん、ベルナは完全に二人が取っ組みあってもシカトだし。
「そうだな、本当ならこんな風に戦ってること自体がおかしいはずなんだ、お互いの主張を聞くことができて、剣を握らなくて済むならそれが一番なんだ。」
グリッツは真面目な顔で言う。もともと彼も好きで傭兵になったわけじゃなく、いろいろと複雑な事情があって傭兵になった立場らしい。
俺が物ごころついた時には、もうクルツには敵だらけだった。
魔物との共存を否定して襲いかかってくる教会。
まずい事実をいくつも握られているからそれを明かされる前に俺たちを滅ぼしたい王国。
色々な思惑が絡んだ結果が、こんな戦い。
誰が勝っても後味の悪い、ただ踊らされているような戦争。
「だんだん撤退の動きが早くなってるあたり、向こうも疲弊してるようだが。」
父さんの言うとおり、王国軍の撤退ペースもこちらの疲弊ほどではないが徐々に早くなっている。撤退に慣れたというよりも、将を失ったらもうこっちと戦う必要がないと思ってるみたいに、自棄になって暴れる奴もほとんどいなくなった。
「各自休憩に移れ、休めるときはしっかり休むこと。」
父さんがそう言うと、皆は立てられた幕舎や、城壁近くにある宿舎に行く。
「クロード、いいかしら。」
ルミネが上から飛んでくる。
「姿を消して偵察に行ってみたけど、軍の指揮官が頭おかしい奴よ、騎士のほとんどはあいつに働かされて動いてる感じ。」
「どう頭がおかしいんだ?」
「とにかく突撃しろ、殲滅しろの繰り返し、味方が被る被害なんて頭にないのよ。」
「俺とやり合った将軍はまともそうな奴だったが。」
「問題あるのはその上、軍を突き動かしてる貴族。」
前線に戦を知らない貴族が出てきて、場の状況や味方の被害を完全に無視しためちゃくちゃな指示を出すのも、腐敗著しい王国ではままあることだ。
大体そう言う貴族が何のために出張ってくるのかと言えば、それは富や名声。
要するに「自らの指揮で反逆者を滅ぼした」という手柄を求めて、あからさまに理に適わない戦いを騎士たちに強制する。
戦はプロに任せて、自分たちは自分たちに与えられた仕事をしてればいいものを、それすら理解できないような素人が出るとろくなことがない。
「クロス、お前も休んでろ。」
「……分った、何かあったらすぐ呼んでくれ。」
父さんの指示で、俺も城壁に作られた通路から盆地に戻る。
農家では女性たちが農作業にいそしみ、家畜の世話をしている。
男衆の多くが戦場に出る羽目になっている今、女性や子供も貴重な労働力だ。
町を歩いていて、あるものに気づく。
「………くそっ」
葬儀の列だった。
今日亡くなった男のために、家族が葬儀をしているのだ。
すすり泣く女性と、それを励ます小さな娘。
その列の中に母さんを見つけた、どうやら、母さんの部下だった男のようだ。
しかしそんな葬列の中で、誰ひとりとして弱音を吐く者はいない。
それが、弱音を吐いたら皆に申し訳ないという気持ちなのかそれとも弱音を吐いたらそれが現実になってしまいそうで怖いからなのかは分からない。
「早く戦いを終わらせないと、こんな日がいつまでも続く。」
それを再認識した俺は、早く休むことにした。
戦いを終わらせるには体力も必要だったし、死にたくなかったこともあった。
その翌日の朝、また騎士たちの襲撃があった。
「攻めろ攻めろ、さっさと攻めろ無能ども! 早く異端者どもを抹殺しろ!」
昨日までの指揮官をそばに置いて、太った貴族の男が後衛からまるで合理的とは思えないような指示を出す。
「あいつがすべての元凶か、表に出てきてくれて好都合だ。」
向かってくる騎士たちをなぎ倒しながら、父さんが言う。
「第一隊! 敵将の首を取る! 俺に続け!!」
父さんの鬨の声とともに、一番隊が進軍を開始する。
狙いに気づいた騎士の多くは、俺たちを無視し始めた。
「何を! 何をしておる早く私を守らんか!!」
自分が狙われていることに気づいたのだろう、指揮官はあわてて自分を守る様に指示する。
しかし、騎士たちの多くはそれに気づかないふりをしている。
哀れ、日ごろの行いってやつだな。
敵将の近くまで来たときに、さすがに自分まで無視はまずいと思ったのだろう昨日までの指揮官が父さんに立ちふさがる。
「どけ、さっさと俺たちはこの戦いを終わらせたい。」
「……貴族会の命で、この男は守らねばならん。」
「ずいぶんとご立派な理由だな、兵士はどうなってもいいのか?」
周囲はその険悪なやり取りを息をのんで見つめている。
ここまで来るのにほとんど妨害がなかったところをみると、その男が死んだ方がいいというのはほとんど総意だろう。
指揮官の男は脂っぽい汗を流しながら、一目散に逃げていく。
あまり好まれるやり方ではないが、俺はそのあとを追った。
「貴様、なぜ私を追ってくる!! 卑怯者め!!」
「卑怯を貴様に言われたくない。」
こいつが、多くの命を奪うような指示を出し続けた男だ。
それも自分は安全圏で声を出すだけ、そうやって名声だけは自分のものにしようとしていた、いい加減自分の血の色を知ってもいいころだろう。
戦闘圏はとうに離れてしまい、男自慢の大声でも、届いてもここに来るまでの時間を短くすることはできない。
そろそろ、鬼ごっこを終わらせるか。
一気に加速して、男に追いつくとそのまま引き倒す。
こいつが多くの命を奪った。そいつらに対して、
「詫びながら死ね。」
懐からナイフを取り出し、男の首に刺そうとする。
しかし、気配に気づいてすぐに中止してはなれる。
「良く来た! 早くあの猿を殺せ!!」
どうやら、後衛に控えていた兵士の一部のようだ。
五人、一様に鉄製の重そうな鎧をまとい、槍を持っている。
「こいつらは私の護衛を担当する精鋭だ! 貴様のような猿に勝てる相手ではないぞ!!」
「やれやれ」
ため息をついて、棒を構える。
男たちが同時に俺に向かい攻撃してくる。
その位置のまま防御しようとしてもおそらく無駄だと判断して、一歩後ろに。
見事に俺が立っていた場所を五方向から貫くように槍が通過する。
防御していたら、一本二本は可能でも他に貫かれただろう。
またも同時に五人が別方向から俺に切りかかる。
くぐる様に回避して、男の一人の金的を棒で殴りつける。
「不能になったらすまん」
声も出せずにその場でうずくまる男にそれだけ言って、距離をとる。
向かってきた男の槍を体を回転させるように避けながら、棒の長さを調節。
回転の力に任せた打撃で男の顎を打ちすえて気絶させる。
「なんだこのガキ……やるぞ。」
「そんな原始のサルに何を苦戦している!!」
残り三人、精鋭とか言ってた割に大したことはない。
突きこまれた槍の一つを棒でいなし、その柄を足場に跳躍してそいつの頭に棒を叩きつける。
空中で力が逃げたのか、倒すには至らなかったが、構わない。
男の頭にたたきつけた棒を踏み、男の頭を踏んで足場にすると、そのまま空中を跳んで男たちの背後に回る。
狙うは、指揮官。
俺がすぐそばに着地したことに驚いた肥満貴族は、そのまま尻もちをついて無様に後退する。
「いかん!」
男たちがあわてて振り返り、俺を殺そうとするより前に、振り返って三人同時に隠し持っていた投げ短剣で喉を突き刺して仕留める。
これで残るは、こいつ一人。
「ま、待て! 私を殺しても貴様に得はないぞ! 落ち着け落ち着いて話し合おう!! 私をここで見逃してくれればいくらでも望むものを」
「お前に死んでほしい。」
絶命した男たちの一人から槍を借りる。
顔が真っ青な男に向かって槍を向けると、さらに男の顔からは血の気が引く。
「お前のために、お前の無茶な命令を守るために騎士が死んだ、身を守ろうとして俺たちと共に戦っていた仲間が死んだ。何か言うことは?」
「当然だろう! 騎士は戦って死ぬのが仕事! 貴様らは王国に逆らった反逆者として殺されるべき立場にある! 抵抗したのがそもそもの」
「もういい、もう結構だから死ね。」
いい加減にその言葉を聞き続けていたら耳が腐る。
心臓に向かって槍を勢いよく投擲する。
正確に狙いをはずさずに槍は男の心臓を貫く。
一瞬自分に起きている事態を理解できなかったのだろう、男は呆けた顔で自分の胸から生えている槍の柄を見つめ、そして俺に向かって救いを求めるように、赤い液体を吐き出しながら口を開閉させ、手を伸ばし、
そして完全に絶命した。
「………何の慰めにもならん。」
むしろ、こんな屑のために何人も死なせたことを考えると空しさすら湧き出てくる。
まだ死んでいなかった他の男たちもこの際殺しておく。
「君が、この惨状を?」
男の声に振り向くと、そこには大量の騎士たちと将軍がいた。
「ああ、悪いが指揮官がたは俺が始末した。」
騎士たちに動揺が走る。
さすがにまずいと思った、何せ今の状態、いくら疲弊していても多勢に無勢だ。
「君一人で?」
「ああ、俺一人で。」
「……一軍を率いる立場で、こう言うことは言いたくないんだが。」
そう言って男は俺の顔を見据えると、
「ありがとう、君のおかげで俺たちはもう戦わずに済む。」
そう言った。
「感謝されることはしてない、戦いを終わらせたかっただけだ。」
正直に俺がそう言い返すと、
「それでもだ、結果に変わりはない。」
そう言って男は俺の隣を通過して行った。
「手を出すなよ? 子供を大人数で嬲りものにしたとあっては騎士の恥だ。」
その命令を遵守して、騎士たちは誰ひとりとして俺に襲いかかってくることなく、それどころか一部は俺に感謝の言葉すら述べながら進んで行く。
誰一人として、貴族や護衛兵の死骸を回収しようとはしない。
王国での、特権を持つ貴族たちの圧政をこの光景が象徴しているようだった。
棒を回収し、俺が歩いてクルツ軍の本陣に戻ると、
「クロスぅ―――――――――――――!!」
父さんが駆け寄ってくる。
そして、
ボギャ
俺の顔面に痛烈なパンチをお見舞いした。
空中で一回転して俺は地面にたたきつけられ、そのすぐそばに父さんが寄ってくる。
「この大馬鹿が!! どうしてあんな危険な真似をした!! 下手したらお前死んでたんだぞ!!」
「それでも……早くこんな、無益な戦いを終わらせたかった。」
それだけ言って、俺は意識を失った。
無茶するもんだろう、今じゃ絶対に出来ん。
父さんの言うことは一理ある、っていうか明らかに正しいからな。
ちなみに、そのあと撤退した騎士団だが、また再編されて一ヵ月後には襲撃してきた。
今度はまともな軍事の専門家が指揮について、ある程度引き際攻め際をわきまえた動きをしてくれたおかげで被害は大幅に減った。
何よりも、城壁ができてくれたおかげで防衛が大幅に楽になったこともあった。
そして戦いが中止していたある日父さんがふらっと出かけていき、マリアをどこかから連れてきた。
ちなみに輸送手段は魔法だ、転移魔法の一種。
とまあこんな感じだな、歴史書に書いたとおりだ。
おかげで王国軍も迂闊に攻められなくなり、選んだのはクルツの情報を隠蔽する道。騎士や貴族の多くは知ってるから、主に民間にだけ情報が流れないようにしてた感じだ。
さて、喋るのもつかれたしもう良いだろう、さっさと次に行ってくれ。
もっと聞きたい?
これ以上は俺の個人的な話になるぞ?
むしろそっちを聞きたい? 物好きだな。
11/05/29 19:30更新 / なるつき
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