フレッドが語る クロードと仲間 (暴力表現)
で、次がワシか。
クルツが出来上がるずっと前、それこそクロードが勇者じゃった頃から一緒に行動しとった連中の中では、ワシが唯一の生き残りじゃからのぅ……
まぁ妥当な判断じゃろうて。
ん? いやクロのことじゃないわい、ワシは二代目クロードのことは「クロ」としか呼ぶ気がないからの、ワシがクロードと言ったら初代じゃ。
そうじゃの、まあワシらの若かりし頃。
旅の中であった出来事でも語らせてもらうとしようか。
ある日のことじゃ。
その日ワシらは野山を進んでおった。ワシらは王国のあちこちを警備目的で放浪しておったときに、山賊討伐を依頼されたんじゃ。
ワシらのパーティは四人じゃった。
それこそ最近クルツに移住した元勇者ロイドの編成とよく似ておるな、勇者、魔術師、神官、狙撃手。
勇者が言わずと知れたクロード、勇者としては珍しい棒術使いじゃ。
魔術師がクロードの恋人、のちの妻シェルシェ、土の魔術を得意としておった。
狙撃手がマーロ、教会との戦いのさなか命を落とした。
最後の神官がワシじゃ、あ、一応言っておくがワシは主神の神官ではなく生まれた村で祭られていた土地神の神官じゃ、間違えるなよ?
「本当にこっちであってるのか? マーロ。」
「村人の話を聞く限りでは、間違いない。」
先頭を進んでいたクロードが、振り返ってマーロに話しかけ、マーロが返事をする。
山賊団は必ずこの方角に逃げておった。
教会の騎士たちも何度も足取りを追っていたが、毎回必ず見失っておったそうじゃ。罠が仕掛けてあったり物陰から襲撃されておったそうじゃが全くそんな気配はないのう。
「……クロード。」
シェルシェがか細い声を出した。
もともとシェルシェはクロードとは幼馴染で、小さなころからお互いにずっと一緒にいようと約束しておった仲らしい、ワシらから見てもお似合いの仲良しカップルじゃった。
当時性交渉はなかったがの。
シェルシェはクロード以外とほぼ口は聞かんし、ワシら相手も必要最低限のことしか言わんかった。たぶんクロの無口な性分はシェルシェの遺伝じゃろうな。
「何だ? シェル」
「あれ……」
シェルシェがハエが止まりそうなほどゆっくりと腕を動かして、小さな手の細い指先である方向を指さす。
ワシら男衆三人、同時にその方向を見た、見事な団結力じゃ。
その先に、家があった。
木造二階建て、小さいわけではない割と普通の家じゃ。
ただし、こんな山中にあるのは明らかにおかしいものじゃった。
最寄りの町まで徒歩一時間弱、いくらなんでも立地条件が不便すぎるじゃろう。
「あっから様に怪しいなオイ……」
「山賊のアジトで間違いないか?」
呟くクロードに、ワシは答えを急ぐ。
「まあ……そうですよそうろうのオーラだよな、無能騎士ども、罠なんて一個もねーじゃねーか。」
そうじゃ、ここまで来るのに一度も罠には引っかからんかった。
もしかすると運よく罠のないルートを進んできただけという風にも判断できるが、それよりはもともと罠がないことを想定した方が自然じゃろう。
ワシらは家に接近していく。近づいて中を調べようとしたが、窓は閉め切られてカーテンもかかっており、様子はうかがえない。
少し考えてから、玄関に向かう。
ドアを礼儀正しくノックするが、返事はない。
ドアノブをひねって開けようとするが、鍵がかかっておるらしく開かない。
「……シェル、中に人がいるかわかるか?」
シェルシェは小さくうなずくと、
「六人。人間五人、それ以外一人。」
淡々と中にいると予想される人数を答える。
魔力感知の一種じゃろう、最初からそれを使っておればここももっと早く見つけられておったのに。
「それ以外?」
「分らない。」
首を横に振る。
「……ま、細かいこと考えててもしょうがないか…入ろう。」
クロードが愛用の棒をひゅんひゅんと振りまわす。
ドアを粉砕する気じゃと簡単にわかるわ。
「起動、土巨人の左手」
クロードがドアを破壊するよりも速く、シェルシェが土でできた、人を握り潰せそうなほど巨大な手を魔法で作り出した。
「……壊して。」
ぶぉん
合図と共にうなりを上げた巨人の手は拳を握ってドアを殴りつける。
ドガッバギャ
ドアは吹っ飛び、玄関口まで大きく破砕されて穴が開く。
ワシら三人は大きく口を開けて立ちつくすしかなかった。
シェルシェは無口な割に豪快なところがあったんじゃ。
「開いた。」
ちょっと褒めてほしそうに目を輝かせながらシェルシェは言う。
「いや、まぁ、確かに開いたけどよ……」
クロードが言葉に困っておる。
本人も悪気があってやったことではないしクロードも似たようなことを考えておったんじゃから怒るにも怒れんわな。
顔を見合わせ、ちょっと考えて、
「入るか。」
「だな。」
何も言わずに進入する。
破壊音を聞きつけて山賊どもが姿を現す。
粗野な革鎧に身を包んで、五人が廊下に出てきおった。
獲物は斧やナイフ、どれもそれほど質のいいもんじゃなかった。
「シェルシェの言った通り五人か、もっと多いかと思ったんだけどな。」
それにしても妙な恰好じゃった。
あわてて着たように服の着つけが恐ろしく悪い、ベルトの留め金が外れてズボンが落ちるんじゃないかと思ったほどじゃ。
マーロのクロスボウから放たれた矢が男の一人の心臓を貫く。
何も言わずに射殺とは相変わらず手加減のない男じゃ。
クロードが棒を構えて姿勢を低くして突っ込む。
相手が反応するよりさらに速く胸を一突き。
男は吹っ飛ばされて完全に動かんくなった。
口から血を吐いているところを見ると、おそらく肺に甚大な被害を受けたじゃろう。
狼狽する男たちをクロードは一瞬で三人とも叩き伏せ、縛り上げる。
既に絶命しておる一人以外をシェルシェが魔術で作り出したロープで縛り、屋内を調べる。
「あと一人いるんじゃないか?」
「シェル、正体不明はどこだ?」
「……そっち、気配が消えかけている……」
気配が消えかけているということは、死ぬ一歩手前の状態にあるということじゃ。もし人ならば助けねばならん、そうでなくとも、何か情報を聞けるかもしれん。
シェルシェの指差した方向には、男たちの出てきた部屋しかなかった。
中に慎重に入ってみると、鼻を突くオスの精臭立ちこめる空間、そこに魔物がおった。
グリズリーという種類の魔物、人間に換算すると十八歳と言ったところじゃろうか。
身につけているものは一切なく、痣だらけの全身に白濁した液体をかけられたまま、そのグリズリーは天井を見上げて呆けておった。
一見するだけでどんな目に会ったのかは理解できたわ。
「……気配の元。」
シェルシェがグリズリーを指差して言う。
クロードが近づいて肩をゆすってみるが、反応はない。
目の前で手をひらひら上下させて見せると、
「あは あははは あはははははははははははははははははははははは」
グリズリーは壊れたような笑い声を上げ始めた。
いいや、ようなではなくて実際に壊れておった。
虚ろな瞳から涙を流しながら、ぎこちない笑顔で笑っておった。
生理的な恐怖すら感じたぞい、それほど、彼女は不気味な有様じゃった。
彼女がワシらが初めて出くわした魔物じゃった。
しかしそれは到底人間の脅威になるとは思えん存在でしかない。
当たり前じゃな、さんざん凌辱され暴行をふるわれた形跡が見て取れるような心の壊れた少女が人間の敵に思えるのなら、そいつの目は治療の必要がある。
「……フレッド」
「無理を言うな。」
振り返ってこちらを見たクロードに、ワシはそう言い返すしかなかった。
言いたいことは分かる、この娘を治せるか聞きたかったんじゃろう。
ワシだってそうしたかったし、他の二人も同じ気持ちだったじゃろう。
じゃが、奇跡でも起こさん限り絶対に不可能と言いきれた。
肉体の傷は魔法で治すことができるし、時間がたてば自然に癒えていく。
しかし、記憶を失わせる魔法は存在していても心の傷をそのまま治療はできんし、ましてや崩壊した心は治す手段などどこにも存在しない。
クロードだってそのことは理解していたはずじゃ。
それでも、藁にすがる思いで聞いたんじゃろう。
重苦しい沈黙を破ったのは、
「……誰か来る、十人」
シェルシェの言葉だった。
ざっざと歩み寄ってくる足音は、確かに十人ほど。
この小屋が包囲されておることが理解できた。
強い敵意を感じる。
間違いなく山賊の仲間だと思ったわ。
「実力は大したことなさそうだな。」
「……家に入ってきた。」
気配が近づいて来よる。
なぜか突然シェルシェは部屋の隅に向かって歩き出した。中の様子を窺うように顔を出した男を、クロードが一撃で倒すのがほぼ同時じゃった。
男の悪人相を見ればそれが山賊じゃと簡単にわかる。
「よくも頭目を、てめぇらげぶっ」
馬鹿正直にドアから部屋に入ってくる山賊たちをクロードとマーロが迎え撃つ。いやはやモグラ叩きのような光景じゃったわ。
折り重なる様にして十人全員が床に寝そべるのを確認すると、
「シェル、縛っておいてくれ。」
男たちの身柄を騎士団に引き渡すにしても、この人数じゃ運んで行くのに日が暮れるからのう、クロードは騎士団に山賊どもの身柄を引き渡すために一人で町まで走って行った。
シェルシェは、何か光るものを左手でつまんでみている。
しげしげと眺めているそれは、鉄色に光っていて、中央にはガラスの細工が仕込まれておる、あまり高級な品ではないが多く見るもんでもなかろう。
それは、王国騎士団の階級章だったのじゃから。
服に縫い付けるタイプの物ではなく、身につけるタイプの物。
階級は十人隊長じゃった。
「こんなものをどこで拾ったんだ?」
ワシが尋ねるとシェルシェは床を指さして、
「ここで」
とだけ答えた。
そう、「山賊の根城で騎士団の階級章を拾った」と答えたんじゃ。
「おいおい……信じられんな。」
「私は、ウソはつかない。」
知っておるとも、仲間全員シェルシェがウソをついたところは見たことないんじゃから。
「山賊と騎士団の間につながりがあるということか?」
「確証は持てないがそういうことだろうな。」
盗まれた階級章がここに置かれていたという可能性もなくはなかったが、それよりは騎士と山賊につながりがあると考えた方が自然じゃろうて、それならこんなに町から近い森の中にアジトがあって当たり前のように山賊活動できておることの説明にもなる。
「腐ってんな、まあ知ってたけどよ。」
マーロは吐き捨てるように言った。
辺境騎士団というのはえてして従う領主の器量に大きく影響を受けるものじゃ。
名君には有能な部下がつくものじゃし、逆にいえば暗君にはくだらない生き物しかついて行かない。いくらかの例外はあれど、基本的にそんなもんじゃ。
そしてこの領地の領主はかなり横暴な性質で、逆らう民を背信者の濡れ衣を着せて虐殺していた疑いも持っておった、山賊を子飼いにしてもおかしくはないんじゃ。
「起動、草紐の呪縛。」
男たちの周囲の木が形を変えて紐になり、縛り上げていく。
普段あまり利用する魔法ではないが、こう言う時に便利じゃ。
少ししてクロードに案内された教会騎士団が訪れてきた。
ワシら三人がいぶかしげな視線を向けても気付かんふりをしよった。
「ご苦労様です、これで我らが民も安心して暮らすことができます。」
提携しとったという疑いが向けられておるのに、良く言えたもんじゃ。
「いや、民を襲う輩は誰であろうと許せない、だから倒しただけだ。」
クロードは淡々と述べる、ちなみにまだワシらから説明は受けておらん。
「隊長、こちらに魔物が。」
「何?」
奥の、グリズリーのいた部屋から出てきた兵士が隊長らしき男を連れていく。
ワシら四人も後を追った。
壊れたままのグリズリーは、騎士団の隊長を見るとぎこちなく笑った。
それはワシらを相手には見せんかった動きじゃった。
「ふむ、なるほどそう言うことか。」
隊長は一人納得すると、縛り上げられていた男たちを見る。
「哀れな被害者よ、こんな淫らな魔物にほだされ山賊行為に走るとは! だが安心せよ、魔物は今裁く、そしてお前らも、神に許されその御許に逝くことを許されよう!」
あからさまに芝居臭い口調で隊長は剣を抜き、グリズリーの胸に剣を突き刺した。
次に男たちに向き直ると一人ずつ息の根を止めていく。
その口角の端がわずかに吊り上っておるのを、つまり笑っておるのをワシらは四人とも見逃さんかった。
山賊たち全員の息の根を止めると、隊長は
「神よ、哀れな魂に救いを。」
とだけ満足そうな顔で言ってつかつかと部屋を歩き去って行った。
部屋に案内した若い兵士は唖然としてその様子を見ておった。
反応に困っておる。
「全員撤収する、急げ。」
外から隊長の声がするとやっと若い騎士は急いで部屋を出て行った。
足音が徐々に遠ざかって行く。
「……口封じだな。」
「だよな。」
「………コクリ」
本来騎士団長とはいえ抵抗する力を失わされている相手を勝手に処分する権限は持っていない、それを知らんとは思えんし、行動が怪しすぎた。
クロードが良く抑えておったと思ったら、シェルシェに影縛りをされておった。
クロードを拘束しておった影が引いて行くと、クロードがシェルシェの胸倉につかみかかる。その勢いでシェルシェの羽織っていた外套のボタンが外れて、外套が床に落ちた。
「……ッ!! シェル、何で止めた!!」
「いまここで暴れても得にならないから止めた。」
淡々とシェルシェが返事をする。
妥当な判断じゃとワシも思った、もし止められていなかったら確実にクロードはここで暴れて一悶着起こしたじゃろう。
魔物のために。
王国の騎士を相手に大立ち回り。
クロードなら問題なく勝てたじゃろう、あの程度の騎士崩れが十人そろったところでクロード相手じゃ物の数ではない程度の力は持っておった。
だが、勝ったところで何にもならん。
否、何かになったじゃろう、ただしそれはワシらに百害あって一利なかった。
「あなたは勇者。魔物と戦いそれを倒すための教会、引いては王国の最終兵器、それが魔物をかばえば反逆者の烙印を押されるだけ。」
シェルシェの口数が多い時が一つだけあった。
それがクロードに説教するときじゃ。
「納得がいかないのは私も同じ、勝手な理由で責任を押し付けられて被害者になった魔物に同情するあなたの心は痛いくらいわかる。だけれども今はこらえて。」
シェルシェの真摯な訴えによりやっとクロードは落ち着く。
「……人と魔物、一体どっちが危険な存在なんだろうな。」
クロードは呟いた。
反魔物派の王国では幼いころから魔物は敵と教えられる。
人を殺し人を食らうはずの人類の敵対者と教えられた存在が、今わしらが見た限りではむしろ人間にすべてを奪われた被害者じゃった。
「なぁ、魔物と戦う意義ってあるのか?」
クロードが尋ねたのはワシじゃった。
ワシの村は主神ではなく魔物との共存に肯定的な神を崇拝しておった。
王国に編入される際大規模な宗教対立を防ぐ目的で表面上は信仰の自由を与えられた。
しかし町におった魔物たちは王国に編入されるとすぐに皆捕らえられて殺され、もしくはどこかに売られていった。
「俺には分からん、躍起になって魔物を滅ぼす理由は俺の主観からしたらどこにもないが、他の奴もそう思うのかは分からない。」
そう答えるしかなかった。
王国では確かに魔物に襲われて村が滅んだという話をいくつも聞く。
しかし今となっては当然じゃと思っておるが、ワシらが調査に乗り出してもどこにも魔物の棲息していた痕跡は見つからんかった。
おまけにこの国は魔界からはある程度距離のある国。
こうやってあちこち旅をしておったわしらは、徐々に魔物が本当に人を襲っているのかに疑問を感じ始めておった。
「……気は進まないが今日はここに泊まろう、疲れてるんだ、俺たちは。」
この話はこれで一区切りじゃ。
って待たんか!
ワシは一区切りと言ったが終わりと言った覚えはないぞ?
待て待て待て待て帰ろうとするな次に話を聞こうとするな。
次はルミネとわしらが出会った時の話じゃ。
お、喰いつきが良いのう。
だがちょっと小休止を挟もうではないか、喋りすぎで喉が疲れるわ。
何? 同じくらいしゃべったツィリアは平気そうな顔じゃった?
お前ワシみたいなよぼよぼの年寄りとツィリアみたいな若くて可愛い天使を同じくらいの体力がある存在としてみなすのは間違いじゃと思わんか?
思わん? 年寄りを労わる気持ちに欠けとるのう。
少し待て、今お茶を用意させる、おーいハルト――――。
クルツが出来上がるずっと前、それこそクロードが勇者じゃった頃から一緒に行動しとった連中の中では、ワシが唯一の生き残りじゃからのぅ……
まぁ妥当な判断じゃろうて。
ん? いやクロのことじゃないわい、ワシは二代目クロードのことは「クロ」としか呼ぶ気がないからの、ワシがクロードと言ったら初代じゃ。
そうじゃの、まあワシらの若かりし頃。
旅の中であった出来事でも語らせてもらうとしようか。
ある日のことじゃ。
その日ワシらは野山を進んでおった。ワシらは王国のあちこちを警備目的で放浪しておったときに、山賊討伐を依頼されたんじゃ。
ワシらのパーティは四人じゃった。
それこそ最近クルツに移住した元勇者ロイドの編成とよく似ておるな、勇者、魔術師、神官、狙撃手。
勇者が言わずと知れたクロード、勇者としては珍しい棒術使いじゃ。
魔術師がクロードの恋人、のちの妻シェルシェ、土の魔術を得意としておった。
狙撃手がマーロ、教会との戦いのさなか命を落とした。
最後の神官がワシじゃ、あ、一応言っておくがワシは主神の神官ではなく生まれた村で祭られていた土地神の神官じゃ、間違えるなよ?
「本当にこっちであってるのか? マーロ。」
「村人の話を聞く限りでは、間違いない。」
先頭を進んでいたクロードが、振り返ってマーロに話しかけ、マーロが返事をする。
山賊団は必ずこの方角に逃げておった。
教会の騎士たちも何度も足取りを追っていたが、毎回必ず見失っておったそうじゃ。罠が仕掛けてあったり物陰から襲撃されておったそうじゃが全くそんな気配はないのう。
「……クロード。」
シェルシェがか細い声を出した。
もともとシェルシェはクロードとは幼馴染で、小さなころからお互いにずっと一緒にいようと約束しておった仲らしい、ワシらから見てもお似合いの仲良しカップルじゃった。
当時性交渉はなかったがの。
シェルシェはクロード以外とほぼ口は聞かんし、ワシら相手も必要最低限のことしか言わんかった。たぶんクロの無口な性分はシェルシェの遺伝じゃろうな。
「何だ? シェル」
「あれ……」
シェルシェがハエが止まりそうなほどゆっくりと腕を動かして、小さな手の細い指先である方向を指さす。
ワシら男衆三人、同時にその方向を見た、見事な団結力じゃ。
その先に、家があった。
木造二階建て、小さいわけではない割と普通の家じゃ。
ただし、こんな山中にあるのは明らかにおかしいものじゃった。
最寄りの町まで徒歩一時間弱、いくらなんでも立地条件が不便すぎるじゃろう。
「あっから様に怪しいなオイ……」
「山賊のアジトで間違いないか?」
呟くクロードに、ワシは答えを急ぐ。
「まあ……そうですよそうろうのオーラだよな、無能騎士ども、罠なんて一個もねーじゃねーか。」
そうじゃ、ここまで来るのに一度も罠には引っかからんかった。
もしかすると運よく罠のないルートを進んできただけという風にも判断できるが、それよりはもともと罠がないことを想定した方が自然じゃろう。
ワシらは家に接近していく。近づいて中を調べようとしたが、窓は閉め切られてカーテンもかかっており、様子はうかがえない。
少し考えてから、玄関に向かう。
ドアを礼儀正しくノックするが、返事はない。
ドアノブをひねって開けようとするが、鍵がかかっておるらしく開かない。
「……シェル、中に人がいるかわかるか?」
シェルシェは小さくうなずくと、
「六人。人間五人、それ以外一人。」
淡々と中にいると予想される人数を答える。
魔力感知の一種じゃろう、最初からそれを使っておればここももっと早く見つけられておったのに。
「それ以外?」
「分らない。」
首を横に振る。
「……ま、細かいこと考えててもしょうがないか…入ろう。」
クロードが愛用の棒をひゅんひゅんと振りまわす。
ドアを粉砕する気じゃと簡単にわかるわ。
「起動、土巨人の左手」
クロードがドアを破壊するよりも速く、シェルシェが土でできた、人を握り潰せそうなほど巨大な手を魔法で作り出した。
「……壊して。」
ぶぉん
合図と共にうなりを上げた巨人の手は拳を握ってドアを殴りつける。
ドガッバギャ
ドアは吹っ飛び、玄関口まで大きく破砕されて穴が開く。
ワシら三人は大きく口を開けて立ちつくすしかなかった。
シェルシェは無口な割に豪快なところがあったんじゃ。
「開いた。」
ちょっと褒めてほしそうに目を輝かせながらシェルシェは言う。
「いや、まぁ、確かに開いたけどよ……」
クロードが言葉に困っておる。
本人も悪気があってやったことではないしクロードも似たようなことを考えておったんじゃから怒るにも怒れんわな。
顔を見合わせ、ちょっと考えて、
「入るか。」
「だな。」
何も言わずに進入する。
破壊音を聞きつけて山賊どもが姿を現す。
粗野な革鎧に身を包んで、五人が廊下に出てきおった。
獲物は斧やナイフ、どれもそれほど質のいいもんじゃなかった。
「シェルシェの言った通り五人か、もっと多いかと思ったんだけどな。」
それにしても妙な恰好じゃった。
あわてて着たように服の着つけが恐ろしく悪い、ベルトの留め金が外れてズボンが落ちるんじゃないかと思ったほどじゃ。
マーロのクロスボウから放たれた矢が男の一人の心臓を貫く。
何も言わずに射殺とは相変わらず手加減のない男じゃ。
クロードが棒を構えて姿勢を低くして突っ込む。
相手が反応するよりさらに速く胸を一突き。
男は吹っ飛ばされて完全に動かんくなった。
口から血を吐いているところを見ると、おそらく肺に甚大な被害を受けたじゃろう。
狼狽する男たちをクロードは一瞬で三人とも叩き伏せ、縛り上げる。
既に絶命しておる一人以外をシェルシェが魔術で作り出したロープで縛り、屋内を調べる。
「あと一人いるんじゃないか?」
「シェル、正体不明はどこだ?」
「……そっち、気配が消えかけている……」
気配が消えかけているということは、死ぬ一歩手前の状態にあるということじゃ。もし人ならば助けねばならん、そうでなくとも、何か情報を聞けるかもしれん。
シェルシェの指差した方向には、男たちの出てきた部屋しかなかった。
中に慎重に入ってみると、鼻を突くオスの精臭立ちこめる空間、そこに魔物がおった。
グリズリーという種類の魔物、人間に換算すると十八歳と言ったところじゃろうか。
身につけているものは一切なく、痣だらけの全身に白濁した液体をかけられたまま、そのグリズリーは天井を見上げて呆けておった。
一見するだけでどんな目に会ったのかは理解できたわ。
「……気配の元。」
シェルシェがグリズリーを指差して言う。
クロードが近づいて肩をゆすってみるが、反応はない。
目の前で手をひらひら上下させて見せると、
「あは あははは あはははははははははははははははははははははは」
グリズリーは壊れたような笑い声を上げ始めた。
いいや、ようなではなくて実際に壊れておった。
虚ろな瞳から涙を流しながら、ぎこちない笑顔で笑っておった。
生理的な恐怖すら感じたぞい、それほど、彼女は不気味な有様じゃった。
彼女がワシらが初めて出くわした魔物じゃった。
しかしそれは到底人間の脅威になるとは思えん存在でしかない。
当たり前じゃな、さんざん凌辱され暴行をふるわれた形跡が見て取れるような心の壊れた少女が人間の敵に思えるのなら、そいつの目は治療の必要がある。
「……フレッド」
「無理を言うな。」
振り返ってこちらを見たクロードに、ワシはそう言い返すしかなかった。
言いたいことは分かる、この娘を治せるか聞きたかったんじゃろう。
ワシだってそうしたかったし、他の二人も同じ気持ちだったじゃろう。
じゃが、奇跡でも起こさん限り絶対に不可能と言いきれた。
肉体の傷は魔法で治すことができるし、時間がたてば自然に癒えていく。
しかし、記憶を失わせる魔法は存在していても心の傷をそのまま治療はできんし、ましてや崩壊した心は治す手段などどこにも存在しない。
クロードだってそのことは理解していたはずじゃ。
それでも、藁にすがる思いで聞いたんじゃろう。
重苦しい沈黙を破ったのは、
「……誰か来る、十人」
シェルシェの言葉だった。
ざっざと歩み寄ってくる足音は、確かに十人ほど。
この小屋が包囲されておることが理解できた。
強い敵意を感じる。
間違いなく山賊の仲間だと思ったわ。
「実力は大したことなさそうだな。」
「……家に入ってきた。」
気配が近づいて来よる。
なぜか突然シェルシェは部屋の隅に向かって歩き出した。中の様子を窺うように顔を出した男を、クロードが一撃で倒すのがほぼ同時じゃった。
男の悪人相を見ればそれが山賊じゃと簡単にわかる。
「よくも頭目を、てめぇらげぶっ」
馬鹿正直にドアから部屋に入ってくる山賊たちをクロードとマーロが迎え撃つ。いやはやモグラ叩きのような光景じゃったわ。
折り重なる様にして十人全員が床に寝そべるのを確認すると、
「シェル、縛っておいてくれ。」
男たちの身柄を騎士団に引き渡すにしても、この人数じゃ運んで行くのに日が暮れるからのう、クロードは騎士団に山賊どもの身柄を引き渡すために一人で町まで走って行った。
シェルシェは、何か光るものを左手でつまんでみている。
しげしげと眺めているそれは、鉄色に光っていて、中央にはガラスの細工が仕込まれておる、あまり高級な品ではないが多く見るもんでもなかろう。
それは、王国騎士団の階級章だったのじゃから。
服に縫い付けるタイプの物ではなく、身につけるタイプの物。
階級は十人隊長じゃった。
「こんなものをどこで拾ったんだ?」
ワシが尋ねるとシェルシェは床を指さして、
「ここで」
とだけ答えた。
そう、「山賊の根城で騎士団の階級章を拾った」と答えたんじゃ。
「おいおい……信じられんな。」
「私は、ウソはつかない。」
知っておるとも、仲間全員シェルシェがウソをついたところは見たことないんじゃから。
「山賊と騎士団の間につながりがあるということか?」
「確証は持てないがそういうことだろうな。」
盗まれた階級章がここに置かれていたという可能性もなくはなかったが、それよりは騎士と山賊につながりがあると考えた方が自然じゃろうて、それならこんなに町から近い森の中にアジトがあって当たり前のように山賊活動できておることの説明にもなる。
「腐ってんな、まあ知ってたけどよ。」
マーロは吐き捨てるように言った。
辺境騎士団というのはえてして従う領主の器量に大きく影響を受けるものじゃ。
名君には有能な部下がつくものじゃし、逆にいえば暗君にはくだらない生き物しかついて行かない。いくらかの例外はあれど、基本的にそんなもんじゃ。
そしてこの領地の領主はかなり横暴な性質で、逆らう民を背信者の濡れ衣を着せて虐殺していた疑いも持っておった、山賊を子飼いにしてもおかしくはないんじゃ。
「起動、草紐の呪縛。」
男たちの周囲の木が形を変えて紐になり、縛り上げていく。
普段あまり利用する魔法ではないが、こう言う時に便利じゃ。
少ししてクロードに案内された教会騎士団が訪れてきた。
ワシら三人がいぶかしげな視線を向けても気付かんふりをしよった。
「ご苦労様です、これで我らが民も安心して暮らすことができます。」
提携しとったという疑いが向けられておるのに、良く言えたもんじゃ。
「いや、民を襲う輩は誰であろうと許せない、だから倒しただけだ。」
クロードは淡々と述べる、ちなみにまだワシらから説明は受けておらん。
「隊長、こちらに魔物が。」
「何?」
奥の、グリズリーのいた部屋から出てきた兵士が隊長らしき男を連れていく。
ワシら四人も後を追った。
壊れたままのグリズリーは、騎士団の隊長を見るとぎこちなく笑った。
それはワシらを相手には見せんかった動きじゃった。
「ふむ、なるほどそう言うことか。」
隊長は一人納得すると、縛り上げられていた男たちを見る。
「哀れな被害者よ、こんな淫らな魔物にほだされ山賊行為に走るとは! だが安心せよ、魔物は今裁く、そしてお前らも、神に許されその御許に逝くことを許されよう!」
あからさまに芝居臭い口調で隊長は剣を抜き、グリズリーの胸に剣を突き刺した。
次に男たちに向き直ると一人ずつ息の根を止めていく。
その口角の端がわずかに吊り上っておるのを、つまり笑っておるのをワシらは四人とも見逃さんかった。
山賊たち全員の息の根を止めると、隊長は
「神よ、哀れな魂に救いを。」
とだけ満足そうな顔で言ってつかつかと部屋を歩き去って行った。
部屋に案内した若い兵士は唖然としてその様子を見ておった。
反応に困っておる。
「全員撤収する、急げ。」
外から隊長の声がするとやっと若い騎士は急いで部屋を出て行った。
足音が徐々に遠ざかって行く。
「……口封じだな。」
「だよな。」
「………コクリ」
本来騎士団長とはいえ抵抗する力を失わされている相手を勝手に処分する権限は持っていない、それを知らんとは思えんし、行動が怪しすぎた。
クロードが良く抑えておったと思ったら、シェルシェに影縛りをされておった。
クロードを拘束しておった影が引いて行くと、クロードがシェルシェの胸倉につかみかかる。その勢いでシェルシェの羽織っていた外套のボタンが外れて、外套が床に落ちた。
「……ッ!! シェル、何で止めた!!」
「いまここで暴れても得にならないから止めた。」
淡々とシェルシェが返事をする。
妥当な判断じゃとワシも思った、もし止められていなかったら確実にクロードはここで暴れて一悶着起こしたじゃろう。
魔物のために。
王国の騎士を相手に大立ち回り。
クロードなら問題なく勝てたじゃろう、あの程度の騎士崩れが十人そろったところでクロード相手じゃ物の数ではない程度の力は持っておった。
だが、勝ったところで何にもならん。
否、何かになったじゃろう、ただしそれはワシらに百害あって一利なかった。
「あなたは勇者。魔物と戦いそれを倒すための教会、引いては王国の最終兵器、それが魔物をかばえば反逆者の烙印を押されるだけ。」
シェルシェの口数が多い時が一つだけあった。
それがクロードに説教するときじゃ。
「納得がいかないのは私も同じ、勝手な理由で責任を押し付けられて被害者になった魔物に同情するあなたの心は痛いくらいわかる。だけれども今はこらえて。」
シェルシェの真摯な訴えによりやっとクロードは落ち着く。
「……人と魔物、一体どっちが危険な存在なんだろうな。」
クロードは呟いた。
反魔物派の王国では幼いころから魔物は敵と教えられる。
人を殺し人を食らうはずの人類の敵対者と教えられた存在が、今わしらが見た限りではむしろ人間にすべてを奪われた被害者じゃった。
「なぁ、魔物と戦う意義ってあるのか?」
クロードが尋ねたのはワシじゃった。
ワシの村は主神ではなく魔物との共存に肯定的な神を崇拝しておった。
王国に編入される際大規模な宗教対立を防ぐ目的で表面上は信仰の自由を与えられた。
しかし町におった魔物たちは王国に編入されるとすぐに皆捕らえられて殺され、もしくはどこかに売られていった。
「俺には分からん、躍起になって魔物を滅ぼす理由は俺の主観からしたらどこにもないが、他の奴もそう思うのかは分からない。」
そう答えるしかなかった。
王国では確かに魔物に襲われて村が滅んだという話をいくつも聞く。
しかし今となっては当然じゃと思っておるが、ワシらが調査に乗り出してもどこにも魔物の棲息していた痕跡は見つからんかった。
おまけにこの国は魔界からはある程度距離のある国。
こうやってあちこち旅をしておったわしらは、徐々に魔物が本当に人を襲っているのかに疑問を感じ始めておった。
「……気は進まないが今日はここに泊まろう、疲れてるんだ、俺たちは。」
この話はこれで一区切りじゃ。
って待たんか!
ワシは一区切りと言ったが終わりと言った覚えはないぞ?
待て待て待て待て帰ろうとするな次に話を聞こうとするな。
次はルミネとわしらが出会った時の話じゃ。
お、喰いつきが良いのう。
だがちょっと小休止を挟もうではないか、喋りすぎで喉が疲れるわ。
何? 同じくらいしゃべったツィリアは平気そうな顔じゃった?
お前ワシみたいなよぼよぼの年寄りとツィリアみたいな若くて可愛い天使を同じくらいの体力がある存在としてみなすのは間違いじゃと思わんか?
思わん? 年寄りを労わる気持ちに欠けとるのう。
少し待て、今お茶を用意させる、おーいハルト――――。
11/05/08 18:23更新 / なるつき
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