「今日は何を買うんですか?」 「お茶の在庫はあるな……あ、いくつか調味料が切れかけてたっけ」 「じゃあ、揃える必要がありますね」 「そうだな。 ところで……」 「はい?」 「手を繋ぐ必要はあるのか?」 「はい♪」
タニアルと街に買い物に出かけてから数十分ずっと手を繋ぎっぱなしなのだ。詳しく言うと家を出るときにドアを開ける途中から繋ぎっぱなしだ。タニアルの顔が紅いのを見たところ、恥ずかしがってはいるようだけど、そこまで繋ぎたいのだろうか?
「すみません。 砂糖と胡椒ください」 「はいよ。 あれ? 鍛冶屋の兄ちゃん、彼女できたのかい?」
ほら、雑貨屋のおばさんに勘違いされてる。 これは早いところ訂正しておかないとな……
「おばさん。 この娘は彼女なんかじゃなくて……」 「妻です♪」 「そうそう妻……って違う! 友達って言おうとしたんだ!」
なんだ? 最近タニアルが積極的過ぎて怖いぞ?
「はあ……近くに喫茶店あるから入ろうか? 僕奢るし」 「いいですよ。 行きましょう」
少し気分的に疲れてきたのと、道行く人の視線が刺さるので休憩がしたかったので手近な喫茶店で休むことにした。相変わらず手は繋ぎっぱなしだけど……。
カランコロン……
「いらっしゃいませー!」
扉をくぐって中に入ると元気な声を響かせた 「あっ、鍛冶屋さん! いらっしゃいませ。 今日は2名様ですね」 「ああ、ちょっと友達と。 それから、コレを店長に渡しておいてくれるかな? 頼まれてた包丁を3本」
ここの喫茶店の刃物は基本ウチで作った物を使ってもらっいる。とても大事なお得意様だ。その縁もあってか、従業員とも僕は仲が良い。あと少し割引してくれたりとなかなかお得だ。
「はい、確かに受け取りました。 そちらはお友達ですか?」 「いえ、妻でs……」 「よくわかったな! 友達だ!!」 流石にここまで誤解を招く訳にはいかない。 寸でのところでタニアルの声を遮る。
「そうですか?」 「そうですとも!」 疑問を顔に浮かべたままの女性従業員を置いて僕はタニアルを連れて逃げるように空いている席へ向かった。
「ふぅ……やっと落ち着ける」 「喫茶店とか久しぶりですよ〜。 何にしようかな?」
背もたれに身体を預けてぐで〜っとしている僕には目もくれず、タニアルはメニューとにらめっこしているようだ。 別に何を頼んでくれても構わない、どうせ安いし。
「ケルトさんはどうします?」 「んー……ジンジャエール」
もうすぐ21になる男が喫茶店で頼むのがジンジャエールとか……と、ヴァリーやガルザにいつも言われているのだが好きなものは仕方がない。生姜が美味しすぎるのがいけないんだ。
「じゃあわたしは……ミネラルウォーター?」 「いや、せっかくだからもっと楽しめよ……」
そんなところまでアルラウネ全開にしなくても……
「そうですか? じゃあわたしもジンジャエールで、それから……この季節のデザートを」 「ん。 妥当だな……店長さーん!」
「はいはーい」
厨房の奥からやってきた男性、ここの喫茶店の支配人にして店長、商魂たくましく日々客を楽しませる事に力を注ぐ商売人として見習うところがたくさんある男である。
「包丁ありがとう。 一人じゃないなんて珍しいね」 「最近出来た魔物の友達でね、ちょっと今日は機嫌がよすぎるのかな?」 「かわいい娘じゃないか。 では、御注文を聞こうか?」
店長はあえて彼女かどうかは聞かないでいてくれた。そのこころづかいには感謝するべきだろう。
「ジンジャエール2つ、それから季節のデザート1つ、あとは……氷砂糖」 「ジンジャ2つに、デザート1つ、氷砂糖だね。 少し待っててくれるかな?」
特にメモを取るなどはせずに店長は厨房へと入って行った。 僕としてはなにかタニアルと話をしようと思ったのだが……
「………………」(超うっとりとした表情をしながら)
目をトロンとさせてこちらを見つめてくるタニアルはとても話しかけづらいので、お冷の氷を意味もなく突いたり、紙ナプキンを折って簡単なペーパークラフトをして時間をつぶした。
「お待たせしました〜。 こちらご注文の品になります〜」
待つこと数分、トレイにグラスと皿を載せた従業員さんがやってきた。グラスの中には炭酸特有の気泡を弾けさせるジンジャエールが注がれている。いつも飲むが、相も変わらず美味しそうだ。
「ご注文の品は以上でおそろいですか?」 「うん、全部だよ」 「では、ごゆっくりどうぞ〜」
お決まりの会話をしてから、従業員さんは去って行った。
「わぁ…………きれいですね」
どうやら季節のデザートはチェリータルトのようだ、タルト生地の上に並ぶチェリーは宝石のように美しい、タニアルも見惚れていた。
「見るのもいいけど、味もいいよ。 食べてみたら?」 「あっ、そうですね。 じゃあ、いただきます…………はむっ」
一口、タニアルは口に運んだ。僕はその様子を見ながらジンジャエールのグラスを傾ける。
「うん、いつもおいしい」
生姜が効いてて炭酸も程良い、これは今日は2杯目いくかもしれないな……
「ケルトさん、ケルトさん」 「ん?」 「このタルト、とっても美味しいですよ。 一口どうですか?」
フォークに一口大に切ったタルトを見せながら言うタニアル。僕が断る理由も特になかったので、ありがたく頂いておこう。
「じゃあ、貰おうかな」
タニアルのフォークを受け取ろうと手を伸ばしたら、タニアルはそれを何故か手で制してきた。
「ダメですよ? あーんしてください」 「…………マジですか?」
それはなかなか恥ずかしい、店内に客は少ないけどいないわけではないし……。
「ど、どうしてもやらなきゃダメか?」 「もしかして……いや? ですか……?」ウルッ 「い、いや……そうじゃなくて……」
まずい、泣かせたらダメだよな……
「あ、あむっ……」
タルトはとても美味しいはずなのだが、恥ずかしさから味は分からなかった。
「美味しいな。 ありがとうタニアル」 「えへへ……よかったです」
満面の笑みを向けられて思わず顔が熱くなってしまう。照れ隠しの為に氷砂糖に手を伸ばして口に放り込むと、タニアルも同じように氷砂糖を口にした。
「…………」ガリガリガリガリ…… 「…………」コリコリコリコリ……
「…………甘いですね」 「ああ……」
(((一番甘いのはお前らだ!!!)))
聞こえないはずの他のお客の声が聞こえてきた気がした。 これは気のせいだ、うん。
流石に恥ずかしすぎたので、ジンジャエールの2杯目を頼むことなく会計を済ませて僕とタニアルは店を出た。
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