花弁を伝うのは朝露か涙か %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d %02 c=15d

第十三話 押しかけ女房(魔物)

「ん……朝か……」
昨日は危なかったなぁ……まさに修羅場、うまく収まったから良かったものの……。

「今日は朝メシどうするかな……」
いま家にある食材を思いだそうとしたところ、まずは仕事のために店の炉の調子を確認するのを忘れていた事を思い出した。
「ここ数日休業だったからなぁ……」

なんてことを呟きながら軽く着替えて寝室から出て、キッチンで料理をしているリーニを一瞥してから階段を下って店まで来た。

…………………

「!!!???」
いま、リーニ居なかったか!? なにスルーしてるんだよ! 僕!
「リーニィイイ!?」
猛スピードで階段を駆け上がりキッチンに乗り込む。リーニは見間違いや幻覚などではなくきょとんとした顔でこっちを見ていた。

「起きたの? 昨日はごめんね勝手にいなくなったりして、いま出来るから座っててね」
「いや、その前に聞きたいことが色々と……」
「座ってて?」
「でも……」
「座って」
「だから……」
「座れ」
「えーっと……」
「す・わ・れ」
「…………はい」
折れた……負けた……情けないな……僕。



〜促されるまま座って数分〜
「お待たせ〜」
「ああ……」
湯気を立てる器を二つトレイに乗せてリーニは上機嫌な顔をしていた。僕は未だに困惑していたが、空腹には勝てないのでありがたく相伴に預かることにした。

「美味しそう、トマトリゾットだ」
「朝だから軽目にね、ささ、どうぞ」
言われてまずは一口、口に運ぶ
「美味い……」
「ホント!?」
トマトの酸味、玉ねぎの甘味、チーズのまろやかさの絶妙なバランス……カンペキだ。
「良かった……隠し味効いたかな?」
「隠し味?」
「うん、ほんの少しね。 人によって合う合わないがあるからよかったよ」
「へぇ……そんなもの家にあったか?」
「自前だよ。 あまり量は採れないけどね」
「ふーん……ところで、昨日はどうしていきなりいなくなったりしたんだ?」     「ああ、あれは…………」
沈黙してるよ……
「うん、気にしないで! ねっ?」
「ええー?」
分からずしまいとはなんとも決まりの悪い結果だな……
「あ、食べたら掃除するからね」
「え? 家事全部やるつもりか?」
「? いけない?」
「いけないというか……知り合って日が浅い人にそこまでしてもらうのは……」

「ケルト、あたしの事を呼んでみて」

「リーニ」
「だよね、あたしもキミの事を下の名前で呼ぶよね?」
「それが?」
「下の名前で呼び合うのはかなり親しい証拠だって先生が言ってたよ? だからいいよね? あたし、ケルトともっと仲良くなりたいなぁ」
あの医者め……余計なことを……
「だけど……仲良くなるなら家事やるよりもいい方法が……」
「ダメ……なの? あたしがケルトの事知っちゃダメ? 助けたいって思っちゃ迷惑かな……?」ウルウル
「分かった! 分かったから泣かないで!」
よく分からないけど良心が痛い……

「いいんだね!? やった!!」
「うん、頑張って……僕は仕事するから……」
段々考えるのがめんどくさくなった僕は、鼻歌混じりで洗い物をはじめたリーニを尻目に店に向かうために階段を下っていった。






ガチャ……
「しばらく出番がなかったヴァリーだぜ! ケルト!」
「ああ、いらっしゃい(出番?)」
確かに……おかしいな、一週間前に会ったのにここ数ヶ月ぶりに会った気がする。

「中々更新できなくて……」

「? 今の声だれだ?」
「さあ?」

ヴァリーと二人で首を傾げつつも、早速仕事に入ることにする。
「ほい、注文票。 今日は少なめだな」
「少ない方がいいよ、集中出来るから……そういえば、今日はいつもより遅いけどどうした?」
数分ならまだしもいつもより2時間は遅い。
「ああ、それはその……町長に捕まって……」
「うわ……よく2時間で済んだな」
「見合いから結婚式まで全て受け持つから受けてみないか?って言われて断るまで1時間、断る為に酷使した体力を回復するに30分かかった……」
思い出してしまったのかヴァリーは額を手で押さえて渋い顔をしていた。
相も変わらずあのお節介の塊のような町長はとにかく他人に世話を焼きたがるんだな……悪気がないから尚更質が悪い。

「まあ、なんにせよ無事でよかった」
「それはそうと、おれからも質問いいか?」
「いいけど?」

「おまえの背中に張り付いてとんでもなくニコニコしてるその娘はだれだ?」「はい!?」

「はじめまして♪」ニコニコ

気が付かなかった、前に手を回されてるのに気が付かなかった。いわゆる「あててんのよ」状態なのに気が付かなかった。リーニ胸小さいし、

「ケルト……またか?」
「またってなんだよ。 友達作るくらいいいだろ?」   
「おまえそれ本気で言ってんのか?」
「そうだけど?」
「……………はぁ」
なんだよ……その溜息は
「いや、おれもう行くわ…………夜道には気をつけろよ」
「あ、ああ……」
夜道? 転ばないようにとか?

「っと、そうだった」
今もなお違和感なく背中に張り付いているリーニを忘れてた。

「リーニ、リーニ、降りて。 仕事が出来ない」
「やー♪」
「やー♪じゃなくてさ、危ないから。 ケガして欲しくないんだよ」
思ったよりリーニの力は強い。引きはがそうとしてもしがみついてくるのだ。

「…………いいよ」
「え?」
格闘を続けていると、ふとリーニの声のトーンが下がった気がした。
「ケルトにならケガ負わせられてもいいよ?だってあたしに刻み付けてくれるんだよね?それってすごく嬉しいことだもんあたしにとって最高の贈り物だもん切り傷でも痣でも火傷でもいいよ?あたしをケルトの手で傷つけて?あたしはケルトならなにしてもいいよ」

「リー……ニ?」
僕は耳元で囁かれるリーニの声に唖然としていた。 聞いているだけで恐ろしいことを囁くリーニがリーニで無いように思えて背筋が凍りついたような感じがした。

「……なーんてね」

パッ

リーニは声のトーンを戻して僕から離れた。先程まで感じていた恐怖は消えたが、僕はまだ少し混乱していた。

「危ないよね? 仕事ジャマしてごめんなさい。 あたし、洗濯してくるね」
「ああ……頼む」

軽快な足取りで店を出るリーニを見送って、僕は作業に入ることにした。……あまり集中できなかったけど



〜裏庭の井戸〜
「せんたっく〜♪」
タライを二つ用意して、片方にはただ水を張る。もう片方には石鹸水を張り、洗濯の準備よし……と、

溜まった洗濯物……といってもケルトのやつだけだから少なめだけどね。

じゃぶじゃぶ

「にしてもさっきはやりすぎたなぁ……」
ケルトに引かれたかな?あの顔は怖がらせたかな?

「気をつけなきゃね……」
あたし、もっと仲良くなりたいし……嫌われたくないよ。

「そしたらいつかは……」
いっぱい愛してほしい。あたしを愛することに全力を注いで欲しいなぁ
そしたらあたしも愛してあげる。ただひたすら愛するの。

「ふふふ……あ」
次の洗濯物は……ケルトのシャツかぁ……

「んっ……すぅ……はぁ……はぁ…………いい匂い……えへへ」
このシャツは……洗わないで持って帰ろ♪



〜再びケルト視点〜

「ぃよし! 完成!」
炉の前で仕上がった作品を眺めて大きく頷く、いい出来だ。

「そういえば……」
リーニは何をしてるんだろうか……少し見に行ってみるかな。

とりあえず店の扉の表記を<OPEN>から<CLOSED>に変更して、2階の居住スペースに移動し……いた、またキッチンにいる。

「あ、おつかれさま〜。 いまお茶煎れるから待ってて」
「うん、ありがとう。 それじゃ、汗を流して来るよ」

朝に続いて鼻唄なリーニをご機嫌だなぁと思いながらタオルを持って井戸に向かった。



〜裏庭の井戸〜

じゃばじゃば!

「っぶは!」
汗をかき、炉の熱で熱を持った顔を水をかぶって冷やす。まだ夏は遠いが寒くは感じなかった。

「ふぃー……お?」
視界の隅に、風にはためく洗濯物が映った。シワを伸ばされて日の光を浴び、なびく姿は見ていて清々しかった。

「…………あれ?」
一枚足りない気が……気のせいか?

「…………よし、考えるのをやめよう」
お茶が待ってる事だしね






「はい、煎れたてをどうぞ」
「いただくね」

目の前のティーカップから漂ってくる紅茶の香りにはハチミツの香りが混ざっていた。普段はストレート派の僕だけどこれはこれで美味しそうだった。

「どれ……」ズズ…
口に含むとハチミツによって甘味が増した風味が心地好い、絶妙だな。
「すごいな……煎れるの上手だな」
「えへへ……ありがとう。 頑張って覚えたから嬉しいな…………おかわりいる?」
「うん! もらうもらう」
本当に美味い、気がつけばカップの中は空になっていた。

「〜♪〜♪♪」コポコポ…
「……ん? リーニ、それどうしたんだ?」
お茶を注ぐリーニの腕には包帯が巻いてあり、僅かに血が滲んでいた。朝はなかったのに。

「ああ、これ? さっき傷が開いちゃって応急処置したの」
「応急処置って荒過ぎるよ! 治療するからこっちこい」

リーニの手を引いて僕が座っていた椅子に座らせる。新しく包帯とガーゼを取り出したあと、窓際に置いてある鉢植えから幾つか葉を摘み取った。

「それは?」
「薬草、すり潰してから傷口に当てるとカサブタの役割をするんだよ」
すり鉢と棒を使って薬草をすり潰し、リーニに向き直る。
包帯を取ると、腕は想像以上に出血が酷かった。
「うわ、ざっくりいったな……足りるかな?」
前に巻いていた包帯はもう使い物にならないので破棄、薬草を当てがってからガーゼで押さえて包帯を巻くんだけれど……
「リーニ、染みるから覚悟を決めろよ」
「う、うん!」

ぐいっ
「−−−!!」
リーニの顔が苦痛に歪む、とても痛々しいが長引かせるよりは早く済ませる方がいいのでガーゼの上から包帯を押し当てた。

「くっ−−! うぅ……!」
「頑張れ! もう少しだから」

一周、二周と包帯を巻いていく最後に端を結んで、終了だ。

「もう……終わり?」ウルウル
「うん、頑張ったな」
終わったリーニの顔は目に涙を浮かべながらもどこか安心していた。

「ゴメン……ケルト……ベッド借りていい? 疲れちゃった……」
「いいけど……臭うかもよ?」
「どんとこいです!」
「そ、そうか……じゃあ……どうぞ」
気のせいだと思うが、嬉々とした表情でリーニはベッドに潜り込むと、結構な時間ゴロゴロしてから寝息を立てはじめた。

ちなみにゴロゴロの最中に腕を打ち付けて悶絶したりしていたが、思いの外可愛かったのでよしとしよう。

「おやすみ、今日は本当にありがとうな……」








〜数時間後〜
「本当に送って行かなくていいのか? 腕のケガの事もあるし……」
「大丈夫だよ♪ 結構近いしね」
「なら……今度遊びに行かないか? その……僕も……もっとリーニと仲良くなりたいし」
リーニは話してて楽しいし、仲良くなれたら毎日が更に充実しそうだ。

「…………」ポカン…
あ、あれ?僕変なこと言ったかな……?

「…………ケルト」
「は、はい」

抱きっ!

「!?」
抱き付かれた、なんで!?

「ケルト! ケルトからそう言ってくれるなんて! あたしすっごく嬉しいよ! あたし達ならもっともっと仲良くなれるよ! ゼッタイに!!」

チュッ

「!!??」
いま何したこいつ!?


「遊びにはいつでも誘ってねー! 大抵は診療所にいるか街を駆けてるからー!」

ものすごい笑顔でリーニは帰っていった。僕はといえば、
「…………」
嵐のように去っていくリーニをただぼーっと見ているだけだった。








「…………ケルトさん……」

見られていた事にも気付かずに

戻る / 目次 / 次へ


目次 / 感想 / 投票 / RSS / DL

top

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33