「さて……こんなもんかな」 荷物をまとめて、作業をするのには必要不可欠な炉の火を落とす。いつもは閉店しても火は落とさないが、長い間家を空ける場合は安全のために火を落とす……夜逃げじゃない、決して、断じて。
「もう暗いな……」 思ったより荷物をまとめるのに時間がかかってしまった。
「明日はタニアルに頼んである花を受け取って……教会で聖水を貰って……診療所で薬を受け取るか」 改めて予定を確認する、馬車の手配もしたし……
「本でも読んで時間を……」
コンコン
「ん?」 来客? 裏口からか
「はーい」
ガチャ
「よっ」 「ガルザ! どうした?」 「ついでにおれもいるぞ」 「ヴァリー!」 「ついでのついでに私も」 「デック!」
いつもの飲み友達がそこにいた、仕事終わりなのか仕事の恰好だ。
「お前、近いうちにここを発つんだろう? その前に飲みに行こうと思ってな」 「ガルザが言い出したのか?」 いつもは誘われる側なのに珍しいな…… 「おれもデックもガルザが言い出しっぺなのには驚いたな〜……で、行くか?」 「もちろん!」 「では、行きましょうか」 読もうとしていた本を本棚に戻して、戸締まりをして、意気揚々と夜の街に四人で繰り出した。
「この酒場は靴脱ぐのか……」 靴の紐が複雑なガルザは非常に面倒臭そうに紐を解いている。
「知人の紹介によれば、この店は東洋の方の店の形式らしく<ザシキ>と呼ばれるらしいですよ」
デックの話を聞いて思い出した。東洋の酒場はイザカヤと呼ばれ、ザシキという場所が設けられているらしい。この酒場も最近出来たらしく、その様式を取り入れているんだろう。
「ってかガルザ、言い出しっぺなのに場所は初めてくる場所なのかよ」 「ガルザが飲みに行かないか? って言い出したのは確かだけど、場所はデックが任せて下さいって言ったんだよな」 「ヴァリーは何もしませんでしたね」 「ぅぐ……」 言い淀んでしまったヴァリーは空気を正すためにコホンと咳ばらいをし、手元にある品書きを手に取った。
「おれは……この<アツカン>ってのにするかな……ほいガルザ」
「見たことないものばかりだが……<ウメシュ>にでも挑戦してみるか……デックは?」
「知人の紹介によると、<イモジョウチュウ>がオススメと聞きました。 私はそれにしましょう……ケルトは如何しますか?」 「僕は洋酒で」
「「「…………」」」
「え? なにその『空気読めよ』的な視線は?」
「いや……だってな」 「みんなで新しい味を楽しもうって時に……」 「一人だけいつもと変わらないものを頼むというのは如何なものかと……」
「あ……そゆこと」 いたたまれない気持ちの中、僕はポツリと<ショウチュウ>と呟いた。
〜数時間後〜 「やんやんでれ〜♪や〜んでれれ〜♪」 酒が入り、ヴァリーがなんかものっそい物騒な歌を歌いだした。 「ヤンデレといえば……ケルト」 「ほえ?」 唐揚げを食べていた手をとめてデックに向き合う。こいつの中ではヤンデレと聞くと僕を連想するのだろうか?
「あなたはヤンデレな女の子に愛されていますが……夜はよく眠れてますか?」 「…………はい?」 僕がヤンデレな女の子に愛されてる? 全く自覚がないな……。
「いやいや、誰の事?」 「リアですよ」 リアさんが?いやいやいや……ヤンデレの意味は僕も知っている。時々ヴァリーから借りる本に書かれているから覚えてしまった。とすると……
「デックはリアさんが僕を病的に愛してるっていうの?」 「はい。 最初は少し違和感を覚えるだけでしたが、ヴァリーから借りた本にヤンデレという記述があったのを見てピンと来ました」
「で、でもさ! 仲はいいけどヤンデレのそぶりなんて見せてないよ?」
「では、これを見てください。 リアのおまじないノートです」
デックは懐から一冊のノートを取り出した。おまじないというのはノートに仲良くなりたい人の名前をたくさん書くことでその人と仲良くなれるというものだ。
「リアさんがおまじないだなんてかわいいところがあるんだね」
ペラッ
『ケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトさんケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルトケルト旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好 き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き』
「うわうわうわうわぁ」ゾワァ
怖い……とてつもなく怖い……これがリアさんの本音?
「理解して頂けましたか? リアは色々な意味で本気です」
「ああ、正直戸惑ってます」
「これはすごいな……まじないの途中からどんどん親しくなってるな」 「終盤に至ってはもはや心中の吐露になってるぜ」
ノートを後ろから覗き込みガルザとヴァリーも興味深そうに見ている。
「しかしリアさんかぁ……好いてくれるのは嬉しいんだけどな……」 ぶっちゃけると、僕はヤンデレ属性が好きではある。しかしそれはあくまで書物の話であり、現実に自分が受けて嬉しいかと聞かれれば首を傾げる。
「ま、まぁ……文字に書くくらいなら僕に被害はないし……」
「ちなみにマリー曰くこのノートの近くには荒縄が置かれていたそうです」
「ケルト!? しっかりしろ! まだお前を拘束するためとは決まってないぞ!」
「じゃあガルザにはなんの用途に思えるんだよ!」
「かーなーしみのーむこーへーとー」 「ヴァリーも不吉な歌を唄うなっ!」
「この前なんかも掃除をしながらケルトの名前を連呼して……」
「やめろぉおおお!!!」
〜数十分後〜 「はぁ……酔い覚めたわ……」
「ヴァリーは歌いすぎだ、俺も覚めたな」
「飲み直しましょうか?」
「僕の問題は放置なの……?」
とりあえず注文をしなおした酒がくるまで簡単な世間話をすることにした
まずは僕から 「最近、隣町からの発注も増えて収入が上がって少し質のいいお茶が飲めるように……」
「おーっとケルト。 おれ達が聞きたいのはそんなんじゃないぜ?」
話し始めた矢先にヴァリーによって話の腰を折られてしまった。
「おれ達が聞きたいのは……ここ最近のおまえの女運のよさだよ」
「僕の女運?」
聞き慣れない単語に尋ね返すとヴァリーはもちろんあとの二人もコクコク頷いた。
「ウチの教会のリア」 「花屋御用達のタニアル」 「最速の少女リーニちゃん」
デック、ガルザ、ヴァリーの順に上がった名前はどれも仲良くしてもらってる名前ばかりだった。
「でも、僕に好意なんて……」
「ヤンデレになるほど愛されて」 「街中でキスして」 「半ば押しかけ女房になって家事やられて」
「「「まだ言うかこの野郎」」」
「なんで、僕が罵倒されるの?」
ってかヤンデレって逆に女運悪くない?
「天罰!」ガスッ
「痛い!」
デックに教典の角で殴られた。すごいジンジンする……。
「あなたはリアだけがヤンデレだと思っているのですか?」 「リアだけじゃないの!?」 「この前リーニはお前のシャツに顔埋めて恍惚の表情を浮かべていたぞ」 「マジで!?」 ガルザから伝えられた衝撃の事実。どうりで一枚足りないと思ったよ! 「ちなみにタニアルちゃんはおまえとリーニちゃんのいちゃつきを見てドス黒いオーラを出してたぞ」 「見られてたの!?」 ってかオーラって何!? 「おれの人間観察のよさはヤンデレーダーでもあるのだよ」 ヤンデレーダーって何!?
「「「よっ、ヤンデレホイホイ」」」 「怖いわ!!」バンッ
「「「修羅場メーカー」」」 「不吉だわっ!」バンバンッ
「ってかどうするんだよ! 付き合い方変えたほうがいいのか?」 「大概ヤンデレは付き合い方がよそよそしくなるとヒートアップします」 「じゃあどうすりゃいいんだよぉおおおお!!」
爆弾発言したヴァリーの肩を掴んでガンガン揺らすが本人は涼しい顔をして明後日の方向を向いている。
「まあ、落ち着いて下さい。 避ける事だけが対処ではありませんよ?」
「どういうこと?」 ヴァリーの肩を離し今度はデックに向き直る。
「簡単な話ですよ……ヤンデレを取り除けばいいのです」 「なん……だと……?」 「なるほど、ヤンデレとは病的に愛すること。 一種の病気だと捉えれば治すことも可能と言いたいわけだな」 「さすがガルザ、鋭いですね」
「……上手くいくかな?」
「「「それはあなた次第です」」」
まあ、だよな……
「幸い、しばらく街を離れるんだしさ、ゆっくり考えたらどうだよ?」
「ヴァリーの言う通りだ、悩む時間はそこそこあるしな」
「相談には乗りますよ?」
「まあ、そうだな……治るかな……」
「……不治の病」ボソッ
「ヴァリィイイイイ!!」
こいつは余計な事しか言わないなくそ!
「お待たせしました〜」
「あ、酒来た」
いいタイミングか悪いタイミングかはわからないが、酒が来たので僕は酒で記憶を消そうと愚行に走るのだった
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