クローバーの間:チェシャ猫の餌食(前編)
【クローバーの間】
クローバーの扉をくぐった先。
その先に広がっていたのは、壁や天井が見えぬほど広い、薄暗い図書館だった。
ズズズズズ……。
鈍い音と共に本棚が動き、ギャリーの背後の扉を塞ぐ。
「おいおい」
元より引き返す気など無いが、こうも露骨に退路を断たれるのは気分が良いものではない。
扉を塞いだ後も、本棚たちは次々と縦横無尽に動き続け、繋がり、重なり、巨大な本の壁となってギャリーを取り囲んだ。
そうして出来た本の小部屋の中心に、ばっと一筋の光が降り注ぐ。その中に、今まで無かったはずのテーブル、椅子、そしてそれに腰掛け本を読む一人の女性が出現した。
「……お待ちしておりました」
女性はそう言って、手持ちの本に金のしおりを挟む。本は栞についた二本の飾り帯をピクピクと動かし、まるで蝶のように、羽ばたき舞い上がり自ら棚へと戻っていった。
女性は椅子から立ち上がると、流れるような動作で美しい礼をする。
「トランパートが誇る勝負師四枚札が一人、掲ぐスートは魔術を湛えしクローバー。女王様からは万測万定の称号を与えられております」
気品のある立ち振る舞い。顔立ちだけ見れば先程のスペードと同い年くらいのようだが、アップに纏めた艶髪や、飾りすぎない眼鏡。落ち着いた所作もあいまり遥かに大人びた印象を受ける。
「聞くところによると、ギャリー様は既にスペードを下し、私が二番目の相手だとか……。大体の状況や、ご自身の立場は把握されているものと考え、さっそくゲームのルールを説明させていただきます」
そうして、クローバーは良く通る凛とした声音でゲーム『チェシャ猫の餌食』の説明を始めた。
♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣
【チェシャ猫の餌食のルール】
プレイ人数:二人
プレイ時間:5〜15分程度
使用カード:手札として、1〜10、J、Q、K、そしてジョーカーの14枚を2セット。加えて失点札となる1〜14の数字の描かれたカード(種類の違うトランプなどを利用するとよい)。
チェシャ猫の餌食は、互いの14枚の手札を使い、失点札14枚を押し付け合うゲーム。失点札は1〜14点まで、各一枚ずつあり、先に合計52失点を獲得してしまった方の敗北。
以下に、詳しい手順を示す。
@準備として、互いに1〜10、J、Q、K、ジョーカーの14枚のカードを手札として受け取る。そして、テーブル中央によくシャッフルした失点札の山を裏向きに積んでおく。
A失点札を一枚めくり、そこに描かれた点数を互いに確認。自分の手札から一枚を選び、それを裏向きの状態で場に出す。
B互いに手札を場に出し終えたら、「オープン」の掛け声と共にそれを表にする。最強をジョーカー、その下にA、Kと続き、2を最弱として、より弱いカードを出してしまった方が場の失点札を引き取る。場に出した手札は手元に戻さず、互いに既に出した手札を確認できるように並べておく。
C以上のABの手順を繰り返し、先に失点が52点に到達した方の敗北となる。バッティング(特殊ルール1参照)により、両者同時に52点に到達した場合、失点がより低い方が勝者となる。失点も同じであった場合ゲームを続行し、点数に差が生まれた時点で決着とする。
【特殊ルール1:バッティング】
互いに同じ強さのカードを場に出してしまった場合、両者共にその失点札分の点を受け取ることになる。
【特殊ルール2:ジョーカー】
ジョーカーはAよりも強い最強のカード。ただし、最弱のカードである2だけはジョーカーに勝つことができる。ジョーカーで2に負けた場合、負けた方は通常の二倍の失点を受け取る。
♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣
「なるほど。簡略化した競りゲームか。さっきのポーカーに比べたら、だいぶ馴染みのあるルールだ。勝ち負けの点数が明確なのも良い」
「ご理解が早くて助かります。スペードを悪く言う訳ではないですが、根性論や各々の体力で勝敗が決するゲームは、個人的に好きになれません。その点、このゲームはきっちりかっちり52点で強制的に絶頂するようになっておりますので、ご安心ください」
「……」
「どうかされましたか? 頭など抱えて」
「……いや、なんでもない。ハートの女王の趣味だもんな。当然、そうなるよな」
「……? 点数や、それに伴う快感の処理は全て魔法で行いますので、ご心配なく」
心配しかないが、ここでゴネても仕方がない。ギャリーは了解の意を示し、卓につく。
「それでは早速、始めましょうか」
クローバーがパチンと指を鳴らすと、互いの手元に14枚のカードが、テーブルの中央には失点札の薄い山札が出現した。
「一枚目の失点札、公開します」
第二の戦い、チェシャ猫の餌食。開幕ーー。
♣♣♣♣♣♣
卓上に公開された最初の失点札は、5点。
失点札が14点まであることを考えると、決して高いとはいえないカードだ。
クローバーがノータイムで手札を提出した一方、ギャリーは14枚の手札を睨み、顎に手を当て逡巡していた。そうしていると、一匹の猫と目が合った。JOKERの札に描かれた、異様に大きな目をした猫の絵だ。なるほど、これが『チェシャ猫』という訳か。
暫し、そのまま時間だけが流れ……。
「オーケー。セットだ」
手札を裏向きで提出する。
「随分と悩まれていましたね」
「馴染みがあるとは言ったが、それはさっきのポーカーと比べての話だ。そうそう脊髄反射で勝負に出たりはしない」
「用心深いのですね。思慮深い男性は素敵に思いますよ。……失礼、話が逸れました。オープンしましょう」
それぞれが提出した札がめくられる。
ギャリー3。クローバー10。
クローバーの勝利だ。
「おや、これは僥倖。先制攻撃ですね」
テーブル中央にあった失点札が、ギャリーの手元に移動する。
それと同時に、ギャリーは下半身の奥深く、恥骨の奥の方が、何やら熱を持つのを感じた。
「このように勝敗が決まる度、敗者には魔法で快感が与えられます。感覚はありましたか?」
「下半身が熱を持った感じはするな。快感というより、違和感だが」
「今、ギャリー様の点数は5点。感じているのは射精の1/10程度の感覚になります。まだ、快感として認識できる程のもので無いだけかと」
ここで、クローバーはくいと眼鏡の位置を直す。
光を反射するレンズの奥に、深い知性と驚くほどの暗さを湛える瞳が覗いた。
「ですが、点数による快感は蓄積致します。得点が重なる程、冷静な判断が難しくなりますので、ご注意ください」
ギャリーはそれに無言を返す。
クローバーもそれを了承と受け取り、二枚目の失点札が公開された。
♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣
この『チェシャ猫の餌食』、とにかく展開が早い。特に、失点が大局に影響しにくく、かつ手札も潤沢な前半は、まさに矢のような速さで進行する。
二枚目の失点札は7失点。
ギャリーは即決で10を提出。一方クローバーは暫し逡巡してAを提出。ギャリーの二連敗となり、失点数は0対12でギャリーの劣勢。
三枚目は12失点。
互いに即決で、提出手札はギャリーA、クローバー5。12対12で同点へともつれ込む。
そして四枚目は2失点。
ここは互いに弱手札の処理に入ったのか、両者共に4の札を提出。初のバッティングである。これにより、双方2失点を得て14対14へ。
この時点で、両者は絶頂の1/4〜1/3の快感を常に受けていることになるのだが……互いに鉄仮面である故、そのような様子は微塵も見えない。
そして、五枚目の失点札が公開される……。
♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣
表になった、五枚目の失点札。
そこに描かれた数字は……11。
「これは……。なかなか悩ましいものが出ましたね」
目を細め、口元に微かな笑みを浮かべるクローバー。
「私達の失点は互いに14点。この失点札を押し付けられた方は25点……決着への往路をほぼ踏破することになります。しかも、既に12の失点札は公開済みであるため、これが現状三番目に数字の大きい失点札。勝負の分水嶺たるカードだと、個人的には思います」
ギャリーはそんなクローバーの言葉を無視し、無言のまま手札を提出した。
「即決ですね。しかし、ギャリー様の残り手札は……おや、奇遇にも私と殆ど同じですね。バッティング等も踏まえ、もう少し考えた方が宜しいのでは?」
「いや、これでいい。……クローバー。何故そんなことを俺にわざわざ説明する?」
「はい? ギャリー様はこのゲームは初めてのようですし、状況説明を挟んだ方が分かり易いかと思ったのですが……」
「なら、余計なお世話だ。このゲームのことは、もう大体分かった」
「……左様でございますか。それは失礼致しました」
クローバーは口を閉じ、個人的分水嶺での勝負札を決めるため、手札との睨み合いに戻る。
その間ギャリーも押し黙り、両勝負師の間は重苦しい、だが勝負師にとってはある種心地よい、沈黙に支配されることになった。
♣♣♣♣♣♣
クローバーは、心の中で軽い溜息を吐いていた。
少し揺さぶりをかけてみようと、ダイヤやハートを真似てそれっぽい言葉を並べてみたが、慣れないことをするものではない。いらぬ不審を買ってしまった気がする。
だが、その代わりと言ってはなんだが面白い言葉を引き出すことができた。
(『大体分かった』……ですか。随分自信があるようでしたが、はてさて、どの程度理解しているのか)
張り付いたような無表情の下で、クローバーは極端に冷静な思考を巡らせる。
(……確かに、この『チェシャ猫の餌食』にはある種の安定択と言える手がある。まさか、既に回答に辿り着いた?)
在り得ぬ話ではない。ギャリーは既に四枚札の一人を下した実力者。その可能性は十分にある。
(しかし、このゲームで最も恐ろしいのはその猜疑心。ここで動くべきか、否か……)
その答えを思考するより前に、自分の体に状況を問うてみる。下半身の奥深く、子宮周辺に確かな熱を感じるが、まだ判断力が侵されるような状態ではない。
脳に電気信号を走らせる。自らの打ち立てたロジックを、新たな条件をもって再計算にかける。今後の展開、残りの失点札、リスクとリターン、そしてギャリーに何が見えているのか……。
それらを総合したうえで、卓上に公開された11失点に対する最適解を弾き出す。
(見えぬ脅威を警戒し、手札を無駄にするのは本末転倒。まずは、ここの提出札でギャリー様の自信の真意を見定める……)
弾き出した答えは、現状維持。
ここは勝っても負けても悪くない場面と判断し、当初の予定通りの手札を提出する。
「では、お互い揃いましたね。オープンしましょう」
互いに、場に伏せたカードに手を掛ける。
その間にも、頭の中では数多の試算を繰り返し、想定される未来の可能性を弾き出し続ける。
(私は万測万定のクローバー。ギャリー様、私の想定の網からは逃がしません……!)
鉄仮面の下に、不遜とも言える程の自信を隠し、クローバーのゲームは進む。
論理という、何よりも確かな道しるべを頼りにしながら……。
♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣
【現在の両者の手札状況(既に使用した手札一覧)】
クローバー
4,5,10,A
ギャリー
3,4,10,A
♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣
クローバーの扉をくぐった先。
その先に広がっていたのは、壁や天井が見えぬほど広い、薄暗い図書館だった。
ズズズズズ……。
鈍い音と共に本棚が動き、ギャリーの背後の扉を塞ぐ。
「おいおい」
元より引き返す気など無いが、こうも露骨に退路を断たれるのは気分が良いものではない。
扉を塞いだ後も、本棚たちは次々と縦横無尽に動き続け、繋がり、重なり、巨大な本の壁となってギャリーを取り囲んだ。
そうして出来た本の小部屋の中心に、ばっと一筋の光が降り注ぐ。その中に、今まで無かったはずのテーブル、椅子、そしてそれに腰掛け本を読む一人の女性が出現した。
「……お待ちしておりました」
女性はそう言って、手持ちの本に金のしおりを挟む。本は栞についた二本の飾り帯をピクピクと動かし、まるで蝶のように、羽ばたき舞い上がり自ら棚へと戻っていった。
女性は椅子から立ち上がると、流れるような動作で美しい礼をする。
「トランパートが誇る勝負師四枚札が一人、掲ぐスートは魔術を湛えしクローバー。女王様からは万測万定の称号を与えられております」
気品のある立ち振る舞い。顔立ちだけ見れば先程のスペードと同い年くらいのようだが、アップに纏めた艶髪や、飾りすぎない眼鏡。落ち着いた所作もあいまり遥かに大人びた印象を受ける。
「聞くところによると、ギャリー様は既にスペードを下し、私が二番目の相手だとか……。大体の状況や、ご自身の立場は把握されているものと考え、さっそくゲームのルールを説明させていただきます」
そうして、クローバーは良く通る凛とした声音でゲーム『チェシャ猫の餌食』の説明を始めた。
♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣
【チェシャ猫の餌食のルール】
プレイ人数:二人
プレイ時間:5〜15分程度
使用カード:手札として、1〜10、J、Q、K、そしてジョーカーの14枚を2セット。加えて失点札となる1〜14の数字の描かれたカード(種類の違うトランプなどを利用するとよい)。
チェシャ猫の餌食は、互いの14枚の手札を使い、失点札14枚を押し付け合うゲーム。失点札は1〜14点まで、各一枚ずつあり、先に合計52失点を獲得してしまった方の敗北。
以下に、詳しい手順を示す。
@準備として、互いに1〜10、J、Q、K、ジョーカーの14枚のカードを手札として受け取る。そして、テーブル中央によくシャッフルした失点札の山を裏向きに積んでおく。
A失点札を一枚めくり、そこに描かれた点数を互いに確認。自分の手札から一枚を選び、それを裏向きの状態で場に出す。
B互いに手札を場に出し終えたら、「オープン」の掛け声と共にそれを表にする。最強をジョーカー、その下にA、Kと続き、2を最弱として、より弱いカードを出してしまった方が場の失点札を引き取る。場に出した手札は手元に戻さず、互いに既に出した手札を確認できるように並べておく。
C以上のABの手順を繰り返し、先に失点が52点に到達した方の敗北となる。バッティング(特殊ルール1参照)により、両者同時に52点に到達した場合、失点がより低い方が勝者となる。失点も同じであった場合ゲームを続行し、点数に差が生まれた時点で決着とする。
【特殊ルール1:バッティング】
互いに同じ強さのカードを場に出してしまった場合、両者共にその失点札分の点を受け取ることになる。
【特殊ルール2:ジョーカー】
ジョーカーはAよりも強い最強のカード。ただし、最弱のカードである2だけはジョーカーに勝つことができる。ジョーカーで2に負けた場合、負けた方は通常の二倍の失点を受け取る。
♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣
「なるほど。簡略化した競りゲームか。さっきのポーカーに比べたら、だいぶ馴染みのあるルールだ。勝ち負けの点数が明確なのも良い」
「ご理解が早くて助かります。スペードを悪く言う訳ではないですが、根性論や各々の体力で勝敗が決するゲームは、個人的に好きになれません。その点、このゲームはきっちりかっちり52点で強制的に絶頂するようになっておりますので、ご安心ください」
「……」
「どうかされましたか? 頭など抱えて」
「……いや、なんでもない。ハートの女王の趣味だもんな。当然、そうなるよな」
「……? 点数や、それに伴う快感の処理は全て魔法で行いますので、ご心配なく」
心配しかないが、ここでゴネても仕方がない。ギャリーは了解の意を示し、卓につく。
「それでは早速、始めましょうか」
クローバーがパチンと指を鳴らすと、互いの手元に14枚のカードが、テーブルの中央には失点札の薄い山札が出現した。
「一枚目の失点札、公開します」
第二の戦い、チェシャ猫の餌食。開幕ーー。
♣♣♣♣♣♣
卓上に公開された最初の失点札は、5点。
失点札が14点まであることを考えると、決して高いとはいえないカードだ。
クローバーがノータイムで手札を提出した一方、ギャリーは14枚の手札を睨み、顎に手を当て逡巡していた。そうしていると、一匹の猫と目が合った。JOKERの札に描かれた、異様に大きな目をした猫の絵だ。なるほど、これが『チェシャ猫』という訳か。
暫し、そのまま時間だけが流れ……。
「オーケー。セットだ」
手札を裏向きで提出する。
「随分と悩まれていましたね」
「馴染みがあるとは言ったが、それはさっきのポーカーと比べての話だ。そうそう脊髄反射で勝負に出たりはしない」
「用心深いのですね。思慮深い男性は素敵に思いますよ。……失礼、話が逸れました。オープンしましょう」
それぞれが提出した札がめくられる。
ギャリー3。クローバー10。
クローバーの勝利だ。
「おや、これは僥倖。先制攻撃ですね」
テーブル中央にあった失点札が、ギャリーの手元に移動する。
それと同時に、ギャリーは下半身の奥深く、恥骨の奥の方が、何やら熱を持つのを感じた。
「このように勝敗が決まる度、敗者には魔法で快感が与えられます。感覚はありましたか?」
「下半身が熱を持った感じはするな。快感というより、違和感だが」
「今、ギャリー様の点数は5点。感じているのは射精の1/10程度の感覚になります。まだ、快感として認識できる程のもので無いだけかと」
ここで、クローバーはくいと眼鏡の位置を直す。
光を反射するレンズの奥に、深い知性と驚くほどの暗さを湛える瞳が覗いた。
「ですが、点数による快感は蓄積致します。得点が重なる程、冷静な判断が難しくなりますので、ご注意ください」
ギャリーはそれに無言を返す。
クローバーもそれを了承と受け取り、二枚目の失点札が公開された。
♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣
この『チェシャ猫の餌食』、とにかく展開が早い。特に、失点が大局に影響しにくく、かつ手札も潤沢な前半は、まさに矢のような速さで進行する。
二枚目の失点札は7失点。
ギャリーは即決で10を提出。一方クローバーは暫し逡巡してAを提出。ギャリーの二連敗となり、失点数は0対12でギャリーの劣勢。
三枚目は12失点。
互いに即決で、提出手札はギャリーA、クローバー5。12対12で同点へともつれ込む。
そして四枚目は2失点。
ここは互いに弱手札の処理に入ったのか、両者共に4の札を提出。初のバッティングである。これにより、双方2失点を得て14対14へ。
この時点で、両者は絶頂の1/4〜1/3の快感を常に受けていることになるのだが……互いに鉄仮面である故、そのような様子は微塵も見えない。
そして、五枚目の失点札が公開される……。
♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣♣
表になった、五枚目の失点札。
そこに描かれた数字は……11。
「これは……。なかなか悩ましいものが出ましたね」
目を細め、口元に微かな笑みを浮かべるクローバー。
「私達の失点は互いに14点。この失点札を押し付けられた方は25点……決着への往路をほぼ踏破することになります。しかも、既に12の失点札は公開済みであるため、これが現状三番目に数字の大きい失点札。勝負の分水嶺たるカードだと、個人的には思います」
ギャリーはそんなクローバーの言葉を無視し、無言のまま手札を提出した。
「即決ですね。しかし、ギャリー様の残り手札は……おや、奇遇にも私と殆ど同じですね。バッティング等も踏まえ、もう少し考えた方が宜しいのでは?」
「いや、これでいい。……クローバー。何故そんなことを俺にわざわざ説明する?」
「はい? ギャリー様はこのゲームは初めてのようですし、状況説明を挟んだ方が分かり易いかと思ったのですが……」
「なら、余計なお世話だ。このゲームのことは、もう大体分かった」
「……左様でございますか。それは失礼致しました」
クローバーは口を閉じ、個人的分水嶺での勝負札を決めるため、手札との睨み合いに戻る。
その間ギャリーも押し黙り、両勝負師の間は重苦しい、だが勝負師にとってはある種心地よい、沈黙に支配されることになった。
♣♣♣♣♣♣
クローバーは、心の中で軽い溜息を吐いていた。
少し揺さぶりをかけてみようと、ダイヤやハートを真似てそれっぽい言葉を並べてみたが、慣れないことをするものではない。いらぬ不審を買ってしまった気がする。
だが、その代わりと言ってはなんだが面白い言葉を引き出すことができた。
(『大体分かった』……ですか。随分自信があるようでしたが、はてさて、どの程度理解しているのか)
張り付いたような無表情の下で、クローバーは極端に冷静な思考を巡らせる。
(……確かに、この『チェシャ猫の餌食』にはある種の安定択と言える手がある。まさか、既に回答に辿り着いた?)
在り得ぬ話ではない。ギャリーは既に四枚札の一人を下した実力者。その可能性は十分にある。
(しかし、このゲームで最も恐ろしいのはその猜疑心。ここで動くべきか、否か……)
その答えを思考するより前に、自分の体に状況を問うてみる。下半身の奥深く、子宮周辺に確かな熱を感じるが、まだ判断力が侵されるような状態ではない。
脳に電気信号を走らせる。自らの打ち立てたロジックを、新たな条件をもって再計算にかける。今後の展開、残りの失点札、リスクとリターン、そしてギャリーに何が見えているのか……。
それらを総合したうえで、卓上に公開された11失点に対する最適解を弾き出す。
(見えぬ脅威を警戒し、手札を無駄にするのは本末転倒。まずは、ここの提出札でギャリー様の自信の真意を見定める……)
弾き出した答えは、現状維持。
ここは勝っても負けても悪くない場面と判断し、当初の予定通りの手札を提出する。
「では、お互い揃いましたね。オープンしましょう」
互いに、場に伏せたカードに手を掛ける。
その間にも、頭の中では数多の試算を繰り返し、想定される未来の可能性を弾き出し続ける。
(私は万測万定のクローバー。ギャリー様、私の想定の網からは逃がしません……!)
鉄仮面の下に、不遜とも言える程の自信を隠し、クローバーのゲームは進む。
論理という、何よりも確かな道しるべを頼りにしながら……。
♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣=♣
【現在の両者の手札状況(既に使用した手札一覧)】
クローバー
4,5,10,A
ギャリー
3,4,10,A
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17/04/23 01:22更新 / 万事休ス
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