尻穴性交
これまで、フリストは宿に泊まることを良しとしなかった。
それは野営に慣れている方が心身の成長に良いと見定めていたからで、事実、野営していると野盗などが時折襲ってきて、眠りの間も緊張出来た。危機管理能力という面を育てるには、わざわざ宿を取って路銀を使うことはない。
が、ここのところは泊まりたがる。
「この先の宿場を超えれば、野営することになるでしょう。しかし昨日は雨が降りました。地面はまだ濡れているかもしれませんし、なにより薪が乾いていない。火が使えなくては暖も取れませんし、今日は宿に泊まりましょう」
この理屈は説得力があったが、時には子供の言い訳よりも苦しいことがある。
フリストはとにかく宿に泊まりたがる。
本人はその自分の変化に戸惑うばかりで、なんら答えを出せずにいる。取り敢えず、自分を納得させるたびに、
「ヘルゲも成長した。最早野盗なぞは体力の無駄で、訓練にはならないのでしょう」
そう結論付けた。
が、ヘルゲは実感がある。
「野盗や獣に邪魔をされるのが不快なのだ」
ヘルゲは、夜になると決まってフリストを求める。何度抱いても飽きることはないし、フリストの変化がやはり面白い。子供が玩具に夢中になるように、ヘルゲはフリストを楽しんでいる。
特に、以前と変わらない昼のフリストが、夜になって求められると変貌するのが堪らない。
以前、野営していた時、ヘルゲがフリストを求め、渋々といった風情でフリストが応じ、愛撫も終わっていざ事に及ぼうかと言う時に野盗に襲われたことがあった。
ヘルゲも、最早野盗如きは苦にならないので、拳骨を食らわして退散させようとしたが、その時のフリストの追い払い方が凄まじい。
「葉でも幹でも茎でも、食べようと思えば食べられるのに、それを怠って他人の食料を狙うとは恥知らずな」
尤もらしい理屈を捏ねながら、立てなくなるまで打ち据えたのである。
その怒り方はヘルゲにするのとは正に格が違った。
更に、恐怖に怯えた野盗に、自身が打ち据えた二、三人の首根っこを掴んでは投げ、
「二度とわたくしの前に現れないように」
と怒号した。当然、蜘蛛の子を散らすように退散した。
その後、フリストがヘルゲを組み敷くように寝かせ、自ら跨って腰を振った。その時のことを振り返る度、フリストは、
「早く済ませて眠りたかっただけです」
冷たく言うのだが、そうとは思われないほど悦んでいたように思う。
そういうことがあって、この日も宿に泊まった。
宿に泊まる時間というものは、旅慣れた者なら早い。日暮れと共に寝て、夜明けと共に出る。それが最も早く目的地に辿り着く手段だからだ。
フリストとヘルゲに、目的地というものはない。
道程も、北に行けば東に行き、そこから南に入って西を目指し、そこから東へという無軌道なものだ。
世の難事を求めながら、ヘルゲを鍛えていく。宿を定めるより、この方がやりやすい。
だから宿には、少しくらい長く留まっていても別に構わない。
(なにか、わたくしは馬鹿なことを考えているのではないかしら)
フリストは、体に巣食った甘い疼きを自覚して、そう首を傾げた。
実のところ、フリストの性交に対する嫌悪感というものはもうほとんどない。ただ連日求められるままに応じ、その度に淫らな痴態を演じる自分が恥ずかしい。
だが恥ずかしいからと尻込みをするのは、フリストの矯激な性格を考えるとありえない。だからフリストは、もう性交に関して然程の抵抗感を覚えていない。
だが、体は望んでいる。朝は平気なのに、昼を過ぎればもう体が期待して疼きだし、ヘルゲの誘いを今か今かと待ち侘びていた。そういう自分の反応が、高潔なフリストには耐えられない。
(戒めなければ。わたくしの本性がたとえ淫売であったとしても、それを知性と理性で律してこそ戦乙女)
さすがに、フリストは識者である。
自身の本性を独断と偏見で卑下しても、それらを包み隠す美徳を自身に備えようとしている。
しかし実際のところはどうだろう。魔物化という変質がフリストの精神に異常をきたしているだけで、真実フリストが淫らということはないだろう。
いや、そもそも淫らで何が悪いと、ヘルゲなどは思うのだ。
「淫蕩で良いではないか。動物を見ろ。雄と雌なら性交は寧ろ推奨されるべきものではないか。人間がそれに反していかんということは通らないだろう」
口にはしないが、そういう思いがある。
だから、フリストが努めて自身の欲望から目をそらし、何事かで覆い隠そうとする姿は、とてもいたましい。
(口で言って判ってくれる方ならいい)
説いたところでフリストは聞かないだろう。彼女の性格がそうさせる。
(ならやはり、堕落させるしかない)
ヘルゲは心で誓った。
誠実な心境で、そこにヘルゲ自身の欲は一欠片もない。ただ思い悩む師を少しでも楽にしてやりたいという奉仕心に似ていた。
だから、部屋に案内されるなり、ヘルゲは無言で汗臭い体をフリストに押し付けた。
「ま、まだ日が高いのですよ、ヘルゲ」
抗議する言葉に力がない。
頬に朱が差して、声が上ずっている。期待しているのだと、ヘルゲは取った。
「今までなにを求めても拒まなかったのに、陽が高いのは嫌ですか?」
優しく言って腕を解こうとすると、フリストが焦った様子で体を押し付けて、
「こ、拒んではいません。拒むなとの仰せを頂いている。わたくしがあなたを拒むことは意に反します。
た、ただ呆れただけです」
なんと苦しい言い訳だろう。フリストは思った。
(戒めを。わたくしを縛り、守る戒めが要る)
ここで、この瞬間で、性交の誘惑、情事の快楽、迎える法悦を規制するものを作らねばならない。
元々信仰の徒とは戒めを自身に課して、それを守ることで満足する。フリストは神に仕える徒だ。自身を戒めるのは、得意であった。
「ヘルゲ、今日はわたくしの性器を使うことは許しません」
冷たく言い、壁に手を付いて腰布をまくり、
「わ、わたくしの菊座を責めなさい」
菊座とは、尻穴のことである。肛門ともいい、アヌスという。肛門で行う性交のことをアナルファックと呼び、フリストはそれを求めている。
(肛門は排泄器官だ。ここでなら悦びを感じようがない)
他に、女体に口がないから出た結論である。
唇はもうダメだ。ヘルゲの肉棒を頬張り、射精させることに軽い満足感と優越感を覚えてしまっている。それに比べれば、嫌悪感など物の数にならない。
フリストの感性で最も抵抗のある口で、尚且つ快感を得そうにないところといったら、もう肛門しかないのである。
ヘルゲも戸惑った。
「し、尻ですと。そんな・・・・・・」
反面、興奮しないでもない。
フリストが恥ずかしがってまだ下着をつけたままだが、こうして高く臀部を掲げて捧げられるのは嬉しいし、期待がある。一体どんな反応をし、どんな快楽をくれるのか、期待がある。
確かに、肛門で性交をするというのは熟練を要する。
要は肉棒が挿入出来るまで肛門を拡張しなければならず、一般的にその期間は一月から二月という。
それまでは潤滑剤を充分に使って指などで大きさと太さを慣らし、生物が根幹に抱く排泄に対しての快楽を引き出し、最大限の気遣いで開発していくものなのだ。
いきなり肉棒を咥えるなど、下手をすれば括約筋を切って排泄困難の生涯まで持ち込むことになりかねない。
(ヴァルキリーが強い回復力を持たなければ、わたくしとてここまではしないのですが)
ファーヴニルから受けた咆哮の傷すら、一晩で完全に回復する体である。括約筋を切るくらいならすぐだろう。だが、その際の痛みは想像もつかない。
(もし破瓜の時を超えていたら・・・・・・)
という恐れはある。が、恐れで尻込みをするなら、そもそもヴァルキリーとして生きられるものではない。
フリストがヴァルキリーとして生まれ、そして生きてきた年月は、恐怖を克服する強さを生んだ。恐れを一瞬で消して、
「さあ、ヘルゲ。早くなさい」
と言われても、膣と違って分泌液が腸液しかない肛門は、挿入時に激痛をもたらすだろうということはヘルゲにも想像がつく。
フリストに痛みを与えることは本意ではないし、その先にフリストが快楽を得るという確証がない以上、無茶はしたくなかった。
「ふ、フリスト。少々お待ちを。恥を掻かせてしまうようで申し訳ありませんが、ちょっと訊いてきます」
まくられた腰布をヘルゲが手ずから直し、手を取ってベッドに座らせ、部屋を出る。
(・・・・・・ヘルゲは、わたくしが痛むのを嫌がっている)
フリストは確信した。そう思ってしまったのが、愛情の発露であったろう。フリスト自身は気づかないが。
やがて慌ただしい足音を立ててヘルゲが戻ってきた。
手にたらいを抱えている。
「ヘルゲ、なにをしていたのです?」
「いえ、宿の主人に訊いてみれば、やはりありました。男女が泊まるとなるとそういうことも多いらしく、備え付けてあるそうです」
たらいの中には、透明な液体が張られている。
液体は凄まじいぬめりを持っている。潤滑剤である。
「海藻を煮詰めて水で薄くしているようです。これなら使えます」
要は、天然のローションである。
余談ながら、腸内は水分の吸収が激しく、乾きやすい潤滑剤ではすぐに吸収されてしまう。そのため、肛門で性交を行うなら乾きにくく粘りの強い潤滑剤が必要不可欠である。
「さ、フリスト。もう一度、その・・・・・・」
言葉で言うのは躊躇われた。弟子として、男として。
フリストは察し、気遣われた礼代わりにさっさと準備をした。
「ヘルゲ、一切を任せます。あなたの望むように」
ベッドに膝を付き、尻を上げ、腰布を捲る。
極めて煽情的なポーズであった。
思わず、ヘルゲが生唾を飲み込んだ。
「では、いきます」
下着の上から、臀部を撫でまわす。
張りのある肌が絹のように滑らかな感触を返し、弾力に跳んでいる。そのくせ、少し力を入れるとむに、と生々しい肉の感触を以て形を変える。
「ふっ、く、う・・・・・・」
そんな愛撫すら、フリストにとっては快感の一部になるらしい。シーツに、羞恥で赤く染まった顔を隠しながら声を殺す。
ヘルゲにすれば、肛門への血流を良くするためのマッサージであったが、しかし手に吸い付くようなこの感触は、時を忘れて戯れていたい気持ちにさせる。
程々に下着を脱がし、曲げた膝の辺りで止め、尻を開いて菊座を露わにする。
窄まった口が、呼吸に合わせてひくひくと小さく動いていた。
「フリスト、失礼」
言うなり、ヘルゲはその口に舌を這わせた。
ぞわり、とフリストの肌が粟立った。
「な、なにを・・・・・・!」
これには、さすがのフリストも狼狽した。体に走った甘い痺れに、ではなく、ヘルゲの暴挙に、である。
(たとえ下僕でも、尻の穴を舐めるなど出来ることではないのに・・・・・・)
ヘルゲの熱心な愛撫は、フリストを僅かでも楽にしてやりたいという熱意に満ちている。それは、その身に受けるフリストが一番よく判る。
(そういえば、わたくしはいつも、自分のことばかりでした・・・・・・)
振り返って、思う。
確かにヘルゲを育てるのがフリストの役割で、そのために骨を折ったことはあったが、心情的に一度でもヘルゲの立場に立ったことがあっただろうか。
フリストは悔いていないし、嘆いてもいない。必要のないことだったから、今までしてこなかっただけなのだ。
ただ、これだけ優位性を明らかにされ、抗えないフリストに対して、ヘルゲはいつも丁重で優しかった。
比較したとき、ヘルゲの方が大人ではないか、と思わざるを得ない。
(ヘルゲに任せていれば、少なくとも行為に関しては、安心かもしれませんね)
そう妥協するところまで来ている。
そもそも尻での性交を提案したのは、これ以上情事に流されないようにするためであったが、今はそのことすら忘れてしまっている。
ヘルゲの舌が菊座を這いずり、柔らかく解されている感覚が、得も言われぬほど心地いい。このまま身を任せていたい衝動に駆られ、それらを駆逐する思考を持たぬために、流された。
「ヘルゲ」
呼ばれて、ヘルゲが動きを止める。
「まるで犬ですよ。女を組み敷いているのだから、もっと勝手になさい」
優しい姉のような口調だった。
諭すような、ねだるような。
ヘルゲは毅然と言った。
「勝手にしていますとも。今はとにかく、貴女の五体を味わい尽くしたい」
言うなり、舌が菊座を通った。
体内に侵入された、柔らかくも熱いヘルゲの舌。入り口を僅かに抜けただけで、そこから敢えて侵入せず、僅かに上下させて慣らしている。
(ヘルゲは優しい)
ため息を吐く勢いで、フリストは今更ながら実感した。
ヘルゲの内面に対して、これだけ関心を寄せたのは初めてのことだろう。最早、ヘルゲと、ヘルゲが行うことに対して、嫌悪感を抱く要素はなにもない。
「フリスト、少し冷たいですよ」
ヘルゲが舌を抜き、そう言ってたらいの潤滑剤を手に取る。強いぬめりを持ったその液体を、菊座の周りに塗布し、馴染ませる。
指にたっぷりと塗りつけて、ひくひくと開閉する尻の穴に当て、
「力を抜いて。気持ちを楽にして」
「ええ。貴方にまかせているのですから、安らかなものです」
ぬぷり、と指が押し込まれた。
内部に潤滑剤を塗布すべく、ヘルゲはこの作業を五回は繰り返しただろう。
この間、二人に情交の熱はない。フリストはヘルゲのすることに任せきっているし、ヘルゲはフリストが痛くないように、手術をする医者のような心境であった。
やがて、準備が終わった。
六度目に指を差し込んだ時、ヘルゲの指はするりと肛門を抜けて滑り込み、抜く時もなんら抵抗を感じなかった。
フリストは、知らなかった。いや、偏見というものは無知が生む。フリストが性交とそれを望む心の在り方に偏見を抱いている以上、性交という行為そのものに対して、無知なのは当然であった。
排泄の快楽は生物的な快楽である。生物なら誰しもが備わっているものだ。
尻の穴で性交するという行為は人間が編み出したものだが、何故編み出されたからというと、マイナーでこそあるが誰しもが快楽を得られるからである。
要は、きっちりと開発さえすれば誰でも尻で法悦を味わえるのだ。
淫魔になろうとしている体は、指の侵入を許したことで一気に感度を上げた。
「む、うあぁ、あ!」
指が次第に増え、人差し指と中指の両方が咥え込まれ、内部の心地いい締め付けに晒される。
フリストの尻の感度は、最早膣と同じ段階にまで進んでいる。急速な魔物化が、その仕上げに入ったのである。
「ヘ、ヘルゲ。いつまで指で楽しんでいるつもりですか! い、いい加減に仕上げに入りなさい」
と、フリストがヘルゲの肉棒をせがんだのは、そういう自分を恐れたばかりではない。
尻で味わう肉棒の感触と、それらがもたらすであろう快楽に、抗えないほど魅かれたからである。
「し、しかし、いきなりでは・・・・・・」
「貴方の目は節穴なのですか! もう準備は出来ているでしょうっ」
ヘルゲが尻込みをするのも無理はない。常人なら一月は掛かる工程である。無理をしてフリストの体を傷つけるのはヘルゲの本意ではない。
フリストは師匠の威圧感でヘルゲを脅し、無理やりに下半身を露出させた。
「ふ、尻込みをするくせに、そちらはもう準備が出来ているではないですか」
「そ、それは当然でしょう。他ならぬ貴女の体なのだ。こうならない方がおかしい」
フリストの体に、電流が走った。
最早刺激ではなく言葉でも、甘い疼きを発している。身は既に、ヘルゲに媚びている。心も、こういう反応をするようでは時間の問題だろう。
「な、なら、早くなさい。女にここまで言わせるのですか」
「は、はい。いえ、申し訳ありません」
ようやく、ヘルゲが自身の肉棒に潤滑剤を塗布し、菊座にあてがう。
「き、緊張をしないように、フリスト」
「緊張しているのは貴方でしょう。女の皮膚は柔らかく、ヴァルキリーは強い。師を気遣う余裕など、いつの間に持ったのですか」
こうなると、女の方が強いものだ。
フリストは呼吸に合わせて自身の体を弛緩させ、意識して尻の力を抜き、ヘルゲを受け入れる準備を整えている。
フリストに焚き付けられて、ヘルゲは腰を進めた。
「うっ!」
亀頭こそ、菊座を広げる抵抗を見せたが、それが飲み込まれると、あっさりと肉棒全体が飲み込まれた。
同時に、
「むっはああああぁ!」
フリストは絶頂した。
それも、尻での絶頂は普段の絶頂よりも深い気がする。五体がびくんびくんと、何度もベッドの上で果て、括約筋がヘルゲの肉棒を締め上げる。断続的な快楽の電流は、絶頂を迎えているのに強くなる。
思考が出来るところまで、頭が戻ってこない。
「あ、はああぁあん! あ、ああ、あっ、ひ、ふ、ひぃ、い!」
「ふ、フリスト・・・・・・?」
ここまで変化と痴態は、ヘルゲの予想を超えている。
落ち着くまで挿入時のまま控え、フリストに覆い被さって抱き締める。
「ヘルゲが、ここに居ます。フリスト、どうか落ち着いて」
「ふうん! くっ、あ、は、ぁ・・・・・・」
ようやく、フリストの体が落ち着いてきた。
が、それはあくまで表面上のことで、脳内は快楽の名残りが引いている。
ようやく性交の快楽にも慣れてきて、耐性らしきものが付き始めてきたのに、尻での絶頂のこの深さは、完全に予想外だった。
それも、アヌスの快楽は電流のように鋭くない。鈍い快楽が脳を快楽に浸すように浸透してくる。絶頂したところで、快楽の源がまだ体内にあるのだから、容易に冷静にはなれない。
フリストの頭が理知を僅かに取り戻した時、
(ああ、もうわたくしは、以前のわたくしではない・・・・・・)
そう、確信した。
不思議と、そこに恐れも悔いもなかった。新しい境地の自分を、寧ろ好ましいとさえ思ってしまっている。
新しいことを見つけるということは、知的生物にとって好ましいことだ。フリストが好ましいと思えたのなら、それは性に対しての偏見が薄らいできたということに他ならないであろう。
公正でなくとも、冷厳であろうと思うフリストにとっては、厭な気持ちになることではない。
同時に、そんな自分を抱き締めて受け入れ、優しく教えてくれたヘルゲに対して、
(・・・・・・意地を、張り過ぎていたのかもしれませんね。
最早、ヘルゲはわたくしの手元から出ている。師に学び、師を成長させるのが良い弟子だそうですが、ヘルゲはわたくしにとって、最高の弟子だったのかもしれない)
頭の奥にいつも響く、あの声に抱くような感情を持った。
この瞬間、フリストの中の序列が変わった。そのことを、フリストは自覚した。
(ヘルゲ、もう、貴方を抜いては、この世に居られない)
ヘルゲの熱い抱擁、汗の匂い、この天地にあっては、これを寄る辺に生きていく以外に考えられない。
「へ、ヘルゲ・・・・・・」
弱弱しくも甘い声。男に媚びた女の声が、フリストの喉から出た。
「はい、フリスト。私が、ここに居ます」
「ええ、感じています。ずっとそうでした。貴方がわたくしから離れたことは、一度もなかった。あの日、邪竜に与してわたくしに槍を向けた時も、その後でさえ、貴方はいつもわたくしから離れなかった。
その真意を、今から聞きたい」
フリストは、どのような解答でも構わない。
(師への義理だというのなら、それでもいい。ヘルゲが傍に居てくれるなら、わたくしは理想の師としてあり続けよう。女として愛してくれるなら、これ以上幸せなことはない。
嘘でもいい。どんな嘘でも。好意を隠した嘘でも、好意に見せかけた嘘でも、どちらでも。わたくしはヘルゲを離さないためなら、なんでもしましょう)
犬のような純情である。
ヘルゲがこの場で嘘を吐けば、それは女に対して最大の侮辱であろう。少なくとも真摯さというものは人間性に欠片ほども望めないに違いない。
要は、口八丁で女を篭絡し、己の意のままにしようという卑劣漢に近い。
好意を抱いているのに抱いていないような嘘なら、失望はするがまだ可愛い。だが、好意を抱いていないのに快楽を人質にして睦言を囁くのは、卑怯この上ない。
だが、それでもいいと、フリストは思っている。
嘘を真にするために、ヘルゲに全て捧げるのみである。好かれるために努めるだけのことだ。
「フリスト、貴女はいつも少しずるい。そうやって男の口から全て言わせて、貴女はいつも上に立とうとする」
拗ねるような声。ヘルゲの口から出た、久方ぶりの子供のような声だった。
ヘルゲは、
(ここまで求めている女を、好いている以外の発想が何故浮かぶのだろう。フリストは男の口からその本音を引き出して、自分に都合よく使うつもりではないか)
そう感じ取った。
しかし、ヘルゲはそれでもいいと思っている。
初めて会った時から、フリストは常に上位の立場で生物であったし、それに従うことを不快だとは思わなかった。ヘルゲもフリストに対して、犬に似た純朴さを抱いているから、フリストを手に入れるためなら、どのような境遇にも甘んじるつもりである。
が、フリストはその心事を知らない。慌てた。
「ち、違うのです、ヘルゲ。わたくしは、上に立ちたいなどとは一度も―――――」
言い終わる前に、ヘルゲが腰を動かした。
腸内を傷つけないように優しく。
「んっ、ふぃ! い、いひゃっ、は、あ! ヘ、ヘルゲ?」
「この場で言葉は、あまりにも気が利いていない。フリストが私のすることに抱いた印象が全てです。きっと、ここまで体と心を求めあう男女なら、それだけで伝わる」
「あっ、あううっ、う、ひ、ぃ・・・・・・あっ、あん、ん、ひぃ!」
リズミカルに腰を律動させ、フリストの快楽を引き出していく。
相当の手管で馴らさないと出ないはずの嬌声が、フリストの喉から溢れ、開いたままの口から涎が一筋、顎に向かって垂れた。
「あはぁ、あ、はっ、あん! うく、ん、ひぃん! あ、ああぁぁあん!」
ヘルゲの性技も、フリストから官能の音色を引き出すために上達している。
どのように責めれば、あのフリストから耳に心地の良い嬌声を引き出せるのかを、玩具を遊び尽す子供のような熱心さで試し、覚えた。
未知であるアヌスを責める時も、大まかな予想がついている。フリストは緩急に弱い。尻穴が傷つかない程度の激しさの中に緩急を入れ、予測を外してやれば面白いほど哭く。
不意に、背中を責められるのにも弱い。
「ひぃん!」
背を弓なりに仰け反らせて悲鳴を上げ、腸内を抉る肉棒の喜悦に、また悲鳴が上がった。
結局、ヘルゲが精を吐き出すまで、フリストは最低でも三度は絶頂した。フリスト自身、数える余裕などあるわけがない。
その間も緩急をつけて快楽を続けて流し込まれるから、事が終わった頃には、もう阿呆のようになっていた。
「フリスト、聞こえていますか?」
菊座から白濁の精液をとぽり、と排出しながら、フリストはベッドの上で荒い息をつきながら脱力している。
激しい呼吸に合わせて体が動いていて、汗に塗れた体の放つ芳香が、射精直後のヘルゲを誘っている。
が、度重なる絶頂がフリストの体力を奪い、五体から力を奪った。もはや、呼吸を整えるだけで精一杯で、泥濘のような眠気が意識を覆いかけている。
「ヘ、ヘルゲ。抱き起してください。もう自分では、身を起こすことさえ・・・・・・。
けれど、これだけは伝えておかないと」
呼吸の合間を縫って伝え、ヘルゲが後始末をする。
フリストの体を拭き、冷えないように下半身にシーツを掛けてやり、フリストの頭を胸に抱く。
「ヘルゲ、今後わたくしは、貴方を主と呼びます」
フリストらしい、明快な断言である。
この僅かな宣言が、ヘルゲにもたらした衝撃は言うまでもない。
「ふ、フリスト、それは・・・・・・」
「ヘルゲ、わたくしはいまとても眠いのです。女が恥を掻くのを哀れと思うなら、ただ黙って頷いてください。
勿論、貴方が命じるなら、わたくしが汚したその肉棒も清めます。眠るのはその後です。貴方が、心から満足してから・・・・・・」
それだけ言うのがやっとのことらしく、フリストは眠りに落ちた。
しかし、フリストの性格で、発した言葉が夢寐に迷った妄言でないことは知れている。
フリストは本気だった。
そのことはヘルゲにも判る。
寝息を立てるフリストを、しばしその胸に抱きながら、
(おお、おお!
フリストが、俺のものになったのか・・・・・・!)
感動に打ち震えていた。
思えば、長かったようで短く、短かったようで長かった。
十六の朝、フリストに貰われたあの日より、もう数えて四年になる。もう、次の春で五年である。
その約五年の間、フリストを恐れ、敬い、弟子というより従僕になった気分で臣従したが、こんな日が来ようとは、夢にも思わなかった。
最初の三年に優しさこそあったが、常に自身を軽侮していたフリストが、その口でヘルゲを「主」と呼んだのだ。
この時のヘルゲの感動は、余人の推測の及ばないところであったし、ヘルゲ自身がたとえ万の言葉を用いても表現し得るものではなかったろう。
痛快であった。と同時に、
(愛しい女が、ようやく手に入った!)
そういう、無邪気な喜びもあった。
それは野営に慣れている方が心身の成長に良いと見定めていたからで、事実、野営していると野盗などが時折襲ってきて、眠りの間も緊張出来た。危機管理能力という面を育てるには、わざわざ宿を取って路銀を使うことはない。
が、ここのところは泊まりたがる。
「この先の宿場を超えれば、野営することになるでしょう。しかし昨日は雨が降りました。地面はまだ濡れているかもしれませんし、なにより薪が乾いていない。火が使えなくては暖も取れませんし、今日は宿に泊まりましょう」
この理屈は説得力があったが、時には子供の言い訳よりも苦しいことがある。
フリストはとにかく宿に泊まりたがる。
本人はその自分の変化に戸惑うばかりで、なんら答えを出せずにいる。取り敢えず、自分を納得させるたびに、
「ヘルゲも成長した。最早野盗なぞは体力の無駄で、訓練にはならないのでしょう」
そう結論付けた。
が、ヘルゲは実感がある。
「野盗や獣に邪魔をされるのが不快なのだ」
ヘルゲは、夜になると決まってフリストを求める。何度抱いても飽きることはないし、フリストの変化がやはり面白い。子供が玩具に夢中になるように、ヘルゲはフリストを楽しんでいる。
特に、以前と変わらない昼のフリストが、夜になって求められると変貌するのが堪らない。
以前、野営していた時、ヘルゲがフリストを求め、渋々といった風情でフリストが応じ、愛撫も終わっていざ事に及ぼうかと言う時に野盗に襲われたことがあった。
ヘルゲも、最早野盗如きは苦にならないので、拳骨を食らわして退散させようとしたが、その時のフリストの追い払い方が凄まじい。
「葉でも幹でも茎でも、食べようと思えば食べられるのに、それを怠って他人の食料を狙うとは恥知らずな」
尤もらしい理屈を捏ねながら、立てなくなるまで打ち据えたのである。
その怒り方はヘルゲにするのとは正に格が違った。
更に、恐怖に怯えた野盗に、自身が打ち据えた二、三人の首根っこを掴んでは投げ、
「二度とわたくしの前に現れないように」
と怒号した。当然、蜘蛛の子を散らすように退散した。
その後、フリストがヘルゲを組み敷くように寝かせ、自ら跨って腰を振った。その時のことを振り返る度、フリストは、
「早く済ませて眠りたかっただけです」
冷たく言うのだが、そうとは思われないほど悦んでいたように思う。
そういうことがあって、この日も宿に泊まった。
宿に泊まる時間というものは、旅慣れた者なら早い。日暮れと共に寝て、夜明けと共に出る。それが最も早く目的地に辿り着く手段だからだ。
フリストとヘルゲに、目的地というものはない。
道程も、北に行けば東に行き、そこから南に入って西を目指し、そこから東へという無軌道なものだ。
世の難事を求めながら、ヘルゲを鍛えていく。宿を定めるより、この方がやりやすい。
だから宿には、少しくらい長く留まっていても別に構わない。
(なにか、わたくしは馬鹿なことを考えているのではないかしら)
フリストは、体に巣食った甘い疼きを自覚して、そう首を傾げた。
実のところ、フリストの性交に対する嫌悪感というものはもうほとんどない。ただ連日求められるままに応じ、その度に淫らな痴態を演じる自分が恥ずかしい。
だが恥ずかしいからと尻込みをするのは、フリストの矯激な性格を考えるとありえない。だからフリストは、もう性交に関して然程の抵抗感を覚えていない。
だが、体は望んでいる。朝は平気なのに、昼を過ぎればもう体が期待して疼きだし、ヘルゲの誘いを今か今かと待ち侘びていた。そういう自分の反応が、高潔なフリストには耐えられない。
(戒めなければ。わたくしの本性がたとえ淫売であったとしても、それを知性と理性で律してこそ戦乙女)
さすがに、フリストは識者である。
自身の本性を独断と偏見で卑下しても、それらを包み隠す美徳を自身に備えようとしている。
しかし実際のところはどうだろう。魔物化という変質がフリストの精神に異常をきたしているだけで、真実フリストが淫らということはないだろう。
いや、そもそも淫らで何が悪いと、ヘルゲなどは思うのだ。
「淫蕩で良いではないか。動物を見ろ。雄と雌なら性交は寧ろ推奨されるべきものではないか。人間がそれに反していかんということは通らないだろう」
口にはしないが、そういう思いがある。
だから、フリストが努めて自身の欲望から目をそらし、何事かで覆い隠そうとする姿は、とてもいたましい。
(口で言って判ってくれる方ならいい)
説いたところでフリストは聞かないだろう。彼女の性格がそうさせる。
(ならやはり、堕落させるしかない)
ヘルゲは心で誓った。
誠実な心境で、そこにヘルゲ自身の欲は一欠片もない。ただ思い悩む師を少しでも楽にしてやりたいという奉仕心に似ていた。
だから、部屋に案内されるなり、ヘルゲは無言で汗臭い体をフリストに押し付けた。
「ま、まだ日が高いのですよ、ヘルゲ」
抗議する言葉に力がない。
頬に朱が差して、声が上ずっている。期待しているのだと、ヘルゲは取った。
「今までなにを求めても拒まなかったのに、陽が高いのは嫌ですか?」
優しく言って腕を解こうとすると、フリストが焦った様子で体を押し付けて、
「こ、拒んではいません。拒むなとの仰せを頂いている。わたくしがあなたを拒むことは意に反します。
た、ただ呆れただけです」
なんと苦しい言い訳だろう。フリストは思った。
(戒めを。わたくしを縛り、守る戒めが要る)
ここで、この瞬間で、性交の誘惑、情事の快楽、迎える法悦を規制するものを作らねばならない。
元々信仰の徒とは戒めを自身に課して、それを守ることで満足する。フリストは神に仕える徒だ。自身を戒めるのは、得意であった。
「ヘルゲ、今日はわたくしの性器を使うことは許しません」
冷たく言い、壁に手を付いて腰布をまくり、
「わ、わたくしの菊座を責めなさい」
菊座とは、尻穴のことである。肛門ともいい、アヌスという。肛門で行う性交のことをアナルファックと呼び、フリストはそれを求めている。
(肛門は排泄器官だ。ここでなら悦びを感じようがない)
他に、女体に口がないから出た結論である。
唇はもうダメだ。ヘルゲの肉棒を頬張り、射精させることに軽い満足感と優越感を覚えてしまっている。それに比べれば、嫌悪感など物の数にならない。
フリストの感性で最も抵抗のある口で、尚且つ快感を得そうにないところといったら、もう肛門しかないのである。
ヘルゲも戸惑った。
「し、尻ですと。そんな・・・・・・」
反面、興奮しないでもない。
フリストが恥ずかしがってまだ下着をつけたままだが、こうして高く臀部を掲げて捧げられるのは嬉しいし、期待がある。一体どんな反応をし、どんな快楽をくれるのか、期待がある。
確かに、肛門で性交をするというのは熟練を要する。
要は肉棒が挿入出来るまで肛門を拡張しなければならず、一般的にその期間は一月から二月という。
それまでは潤滑剤を充分に使って指などで大きさと太さを慣らし、生物が根幹に抱く排泄に対しての快楽を引き出し、最大限の気遣いで開発していくものなのだ。
いきなり肉棒を咥えるなど、下手をすれば括約筋を切って排泄困難の生涯まで持ち込むことになりかねない。
(ヴァルキリーが強い回復力を持たなければ、わたくしとてここまではしないのですが)
ファーヴニルから受けた咆哮の傷すら、一晩で完全に回復する体である。括約筋を切るくらいならすぐだろう。だが、その際の痛みは想像もつかない。
(もし破瓜の時を超えていたら・・・・・・)
という恐れはある。が、恐れで尻込みをするなら、そもそもヴァルキリーとして生きられるものではない。
フリストがヴァルキリーとして生まれ、そして生きてきた年月は、恐怖を克服する強さを生んだ。恐れを一瞬で消して、
「さあ、ヘルゲ。早くなさい」
と言われても、膣と違って分泌液が腸液しかない肛門は、挿入時に激痛をもたらすだろうということはヘルゲにも想像がつく。
フリストに痛みを与えることは本意ではないし、その先にフリストが快楽を得るという確証がない以上、無茶はしたくなかった。
「ふ、フリスト。少々お待ちを。恥を掻かせてしまうようで申し訳ありませんが、ちょっと訊いてきます」
まくられた腰布をヘルゲが手ずから直し、手を取ってベッドに座らせ、部屋を出る。
(・・・・・・ヘルゲは、わたくしが痛むのを嫌がっている)
フリストは確信した。そう思ってしまったのが、愛情の発露であったろう。フリスト自身は気づかないが。
やがて慌ただしい足音を立ててヘルゲが戻ってきた。
手にたらいを抱えている。
「ヘルゲ、なにをしていたのです?」
「いえ、宿の主人に訊いてみれば、やはりありました。男女が泊まるとなるとそういうことも多いらしく、備え付けてあるそうです」
たらいの中には、透明な液体が張られている。
液体は凄まじいぬめりを持っている。潤滑剤である。
「海藻を煮詰めて水で薄くしているようです。これなら使えます」
要は、天然のローションである。
余談ながら、腸内は水分の吸収が激しく、乾きやすい潤滑剤ではすぐに吸収されてしまう。そのため、肛門で性交を行うなら乾きにくく粘りの強い潤滑剤が必要不可欠である。
「さ、フリスト。もう一度、その・・・・・・」
言葉で言うのは躊躇われた。弟子として、男として。
フリストは察し、気遣われた礼代わりにさっさと準備をした。
「ヘルゲ、一切を任せます。あなたの望むように」
ベッドに膝を付き、尻を上げ、腰布を捲る。
極めて煽情的なポーズであった。
思わず、ヘルゲが生唾を飲み込んだ。
「では、いきます」
下着の上から、臀部を撫でまわす。
張りのある肌が絹のように滑らかな感触を返し、弾力に跳んでいる。そのくせ、少し力を入れるとむに、と生々しい肉の感触を以て形を変える。
「ふっ、く、う・・・・・・」
そんな愛撫すら、フリストにとっては快感の一部になるらしい。シーツに、羞恥で赤く染まった顔を隠しながら声を殺す。
ヘルゲにすれば、肛門への血流を良くするためのマッサージであったが、しかし手に吸い付くようなこの感触は、時を忘れて戯れていたい気持ちにさせる。
程々に下着を脱がし、曲げた膝の辺りで止め、尻を開いて菊座を露わにする。
窄まった口が、呼吸に合わせてひくひくと小さく動いていた。
「フリスト、失礼」
言うなり、ヘルゲはその口に舌を這わせた。
ぞわり、とフリストの肌が粟立った。
「な、なにを・・・・・・!」
これには、さすがのフリストも狼狽した。体に走った甘い痺れに、ではなく、ヘルゲの暴挙に、である。
(たとえ下僕でも、尻の穴を舐めるなど出来ることではないのに・・・・・・)
ヘルゲの熱心な愛撫は、フリストを僅かでも楽にしてやりたいという熱意に満ちている。それは、その身に受けるフリストが一番よく判る。
(そういえば、わたくしはいつも、自分のことばかりでした・・・・・・)
振り返って、思う。
確かにヘルゲを育てるのがフリストの役割で、そのために骨を折ったことはあったが、心情的に一度でもヘルゲの立場に立ったことがあっただろうか。
フリストは悔いていないし、嘆いてもいない。必要のないことだったから、今までしてこなかっただけなのだ。
ただ、これだけ優位性を明らかにされ、抗えないフリストに対して、ヘルゲはいつも丁重で優しかった。
比較したとき、ヘルゲの方が大人ではないか、と思わざるを得ない。
(ヘルゲに任せていれば、少なくとも行為に関しては、安心かもしれませんね)
そう妥協するところまで来ている。
そもそも尻での性交を提案したのは、これ以上情事に流されないようにするためであったが、今はそのことすら忘れてしまっている。
ヘルゲの舌が菊座を這いずり、柔らかく解されている感覚が、得も言われぬほど心地いい。このまま身を任せていたい衝動に駆られ、それらを駆逐する思考を持たぬために、流された。
「ヘルゲ」
呼ばれて、ヘルゲが動きを止める。
「まるで犬ですよ。女を組み敷いているのだから、もっと勝手になさい」
優しい姉のような口調だった。
諭すような、ねだるような。
ヘルゲは毅然と言った。
「勝手にしていますとも。今はとにかく、貴女の五体を味わい尽くしたい」
言うなり、舌が菊座を通った。
体内に侵入された、柔らかくも熱いヘルゲの舌。入り口を僅かに抜けただけで、そこから敢えて侵入せず、僅かに上下させて慣らしている。
(ヘルゲは優しい)
ため息を吐く勢いで、フリストは今更ながら実感した。
ヘルゲの内面に対して、これだけ関心を寄せたのは初めてのことだろう。最早、ヘルゲと、ヘルゲが行うことに対して、嫌悪感を抱く要素はなにもない。
「フリスト、少し冷たいですよ」
ヘルゲが舌を抜き、そう言ってたらいの潤滑剤を手に取る。強いぬめりを持ったその液体を、菊座の周りに塗布し、馴染ませる。
指にたっぷりと塗りつけて、ひくひくと開閉する尻の穴に当て、
「力を抜いて。気持ちを楽にして」
「ええ。貴方にまかせているのですから、安らかなものです」
ぬぷり、と指が押し込まれた。
内部に潤滑剤を塗布すべく、ヘルゲはこの作業を五回は繰り返しただろう。
この間、二人に情交の熱はない。フリストはヘルゲのすることに任せきっているし、ヘルゲはフリストが痛くないように、手術をする医者のような心境であった。
やがて、準備が終わった。
六度目に指を差し込んだ時、ヘルゲの指はするりと肛門を抜けて滑り込み、抜く時もなんら抵抗を感じなかった。
フリストは、知らなかった。いや、偏見というものは無知が生む。フリストが性交とそれを望む心の在り方に偏見を抱いている以上、性交という行為そのものに対して、無知なのは当然であった。
排泄の快楽は生物的な快楽である。生物なら誰しもが備わっているものだ。
尻の穴で性交するという行為は人間が編み出したものだが、何故編み出されたからというと、マイナーでこそあるが誰しもが快楽を得られるからである。
要は、きっちりと開発さえすれば誰でも尻で法悦を味わえるのだ。
淫魔になろうとしている体は、指の侵入を許したことで一気に感度を上げた。
「む、うあぁ、あ!」
指が次第に増え、人差し指と中指の両方が咥え込まれ、内部の心地いい締め付けに晒される。
フリストの尻の感度は、最早膣と同じ段階にまで進んでいる。急速な魔物化が、その仕上げに入ったのである。
「ヘ、ヘルゲ。いつまで指で楽しんでいるつもりですか! い、いい加減に仕上げに入りなさい」
と、フリストがヘルゲの肉棒をせがんだのは、そういう自分を恐れたばかりではない。
尻で味わう肉棒の感触と、それらがもたらすであろう快楽に、抗えないほど魅かれたからである。
「し、しかし、いきなりでは・・・・・・」
「貴方の目は節穴なのですか! もう準備は出来ているでしょうっ」
ヘルゲが尻込みをするのも無理はない。常人なら一月は掛かる工程である。無理をしてフリストの体を傷つけるのはヘルゲの本意ではない。
フリストは師匠の威圧感でヘルゲを脅し、無理やりに下半身を露出させた。
「ふ、尻込みをするくせに、そちらはもう準備が出来ているではないですか」
「そ、それは当然でしょう。他ならぬ貴女の体なのだ。こうならない方がおかしい」
フリストの体に、電流が走った。
最早刺激ではなく言葉でも、甘い疼きを発している。身は既に、ヘルゲに媚びている。心も、こういう反応をするようでは時間の問題だろう。
「な、なら、早くなさい。女にここまで言わせるのですか」
「は、はい。いえ、申し訳ありません」
ようやく、ヘルゲが自身の肉棒に潤滑剤を塗布し、菊座にあてがう。
「き、緊張をしないように、フリスト」
「緊張しているのは貴方でしょう。女の皮膚は柔らかく、ヴァルキリーは強い。師を気遣う余裕など、いつの間に持ったのですか」
こうなると、女の方が強いものだ。
フリストは呼吸に合わせて自身の体を弛緩させ、意識して尻の力を抜き、ヘルゲを受け入れる準備を整えている。
フリストに焚き付けられて、ヘルゲは腰を進めた。
「うっ!」
亀頭こそ、菊座を広げる抵抗を見せたが、それが飲み込まれると、あっさりと肉棒全体が飲み込まれた。
同時に、
「むっはああああぁ!」
フリストは絶頂した。
それも、尻での絶頂は普段の絶頂よりも深い気がする。五体がびくんびくんと、何度もベッドの上で果て、括約筋がヘルゲの肉棒を締め上げる。断続的な快楽の電流は、絶頂を迎えているのに強くなる。
思考が出来るところまで、頭が戻ってこない。
「あ、はああぁあん! あ、ああ、あっ、ひ、ふ、ひぃ、い!」
「ふ、フリスト・・・・・・?」
ここまで変化と痴態は、ヘルゲの予想を超えている。
落ち着くまで挿入時のまま控え、フリストに覆い被さって抱き締める。
「ヘルゲが、ここに居ます。フリスト、どうか落ち着いて」
「ふうん! くっ、あ、は、ぁ・・・・・・」
ようやく、フリストの体が落ち着いてきた。
が、それはあくまで表面上のことで、脳内は快楽の名残りが引いている。
ようやく性交の快楽にも慣れてきて、耐性らしきものが付き始めてきたのに、尻での絶頂のこの深さは、完全に予想外だった。
それも、アヌスの快楽は電流のように鋭くない。鈍い快楽が脳を快楽に浸すように浸透してくる。絶頂したところで、快楽の源がまだ体内にあるのだから、容易に冷静にはなれない。
フリストの頭が理知を僅かに取り戻した時、
(ああ、もうわたくしは、以前のわたくしではない・・・・・・)
そう、確信した。
不思議と、そこに恐れも悔いもなかった。新しい境地の自分を、寧ろ好ましいとさえ思ってしまっている。
新しいことを見つけるということは、知的生物にとって好ましいことだ。フリストが好ましいと思えたのなら、それは性に対しての偏見が薄らいできたということに他ならないであろう。
公正でなくとも、冷厳であろうと思うフリストにとっては、厭な気持ちになることではない。
同時に、そんな自分を抱き締めて受け入れ、優しく教えてくれたヘルゲに対して、
(・・・・・・意地を、張り過ぎていたのかもしれませんね。
最早、ヘルゲはわたくしの手元から出ている。師に学び、師を成長させるのが良い弟子だそうですが、ヘルゲはわたくしにとって、最高の弟子だったのかもしれない)
頭の奥にいつも響く、あの声に抱くような感情を持った。
この瞬間、フリストの中の序列が変わった。そのことを、フリストは自覚した。
(ヘルゲ、もう、貴方を抜いては、この世に居られない)
ヘルゲの熱い抱擁、汗の匂い、この天地にあっては、これを寄る辺に生きていく以外に考えられない。
「へ、ヘルゲ・・・・・・」
弱弱しくも甘い声。男に媚びた女の声が、フリストの喉から出た。
「はい、フリスト。私が、ここに居ます」
「ええ、感じています。ずっとそうでした。貴方がわたくしから離れたことは、一度もなかった。あの日、邪竜に与してわたくしに槍を向けた時も、その後でさえ、貴方はいつもわたくしから離れなかった。
その真意を、今から聞きたい」
フリストは、どのような解答でも構わない。
(師への義理だというのなら、それでもいい。ヘルゲが傍に居てくれるなら、わたくしは理想の師としてあり続けよう。女として愛してくれるなら、これ以上幸せなことはない。
嘘でもいい。どんな嘘でも。好意を隠した嘘でも、好意に見せかけた嘘でも、どちらでも。わたくしはヘルゲを離さないためなら、なんでもしましょう)
犬のような純情である。
ヘルゲがこの場で嘘を吐けば、それは女に対して最大の侮辱であろう。少なくとも真摯さというものは人間性に欠片ほども望めないに違いない。
要は、口八丁で女を篭絡し、己の意のままにしようという卑劣漢に近い。
好意を抱いているのに抱いていないような嘘なら、失望はするがまだ可愛い。だが、好意を抱いていないのに快楽を人質にして睦言を囁くのは、卑怯この上ない。
だが、それでもいいと、フリストは思っている。
嘘を真にするために、ヘルゲに全て捧げるのみである。好かれるために努めるだけのことだ。
「フリスト、貴女はいつも少しずるい。そうやって男の口から全て言わせて、貴女はいつも上に立とうとする」
拗ねるような声。ヘルゲの口から出た、久方ぶりの子供のような声だった。
ヘルゲは、
(ここまで求めている女を、好いている以外の発想が何故浮かぶのだろう。フリストは男の口からその本音を引き出して、自分に都合よく使うつもりではないか)
そう感じ取った。
しかし、ヘルゲはそれでもいいと思っている。
初めて会った時から、フリストは常に上位の立場で生物であったし、それに従うことを不快だとは思わなかった。ヘルゲもフリストに対して、犬に似た純朴さを抱いているから、フリストを手に入れるためなら、どのような境遇にも甘んじるつもりである。
が、フリストはその心事を知らない。慌てた。
「ち、違うのです、ヘルゲ。わたくしは、上に立ちたいなどとは一度も―――――」
言い終わる前に、ヘルゲが腰を動かした。
腸内を傷つけないように優しく。
「んっ、ふぃ! い、いひゃっ、は、あ! ヘ、ヘルゲ?」
「この場で言葉は、あまりにも気が利いていない。フリストが私のすることに抱いた印象が全てです。きっと、ここまで体と心を求めあう男女なら、それだけで伝わる」
「あっ、あううっ、う、ひ、ぃ・・・・・・あっ、あん、ん、ひぃ!」
リズミカルに腰を律動させ、フリストの快楽を引き出していく。
相当の手管で馴らさないと出ないはずの嬌声が、フリストの喉から溢れ、開いたままの口から涎が一筋、顎に向かって垂れた。
「あはぁ、あ、はっ、あん! うく、ん、ひぃん! あ、ああぁぁあん!」
ヘルゲの性技も、フリストから官能の音色を引き出すために上達している。
どのように責めれば、あのフリストから耳に心地の良い嬌声を引き出せるのかを、玩具を遊び尽す子供のような熱心さで試し、覚えた。
未知であるアヌスを責める時も、大まかな予想がついている。フリストは緩急に弱い。尻穴が傷つかない程度の激しさの中に緩急を入れ、予測を外してやれば面白いほど哭く。
不意に、背中を責められるのにも弱い。
「ひぃん!」
背を弓なりに仰け反らせて悲鳴を上げ、腸内を抉る肉棒の喜悦に、また悲鳴が上がった。
結局、ヘルゲが精を吐き出すまで、フリストは最低でも三度は絶頂した。フリスト自身、数える余裕などあるわけがない。
その間も緩急をつけて快楽を続けて流し込まれるから、事が終わった頃には、もう阿呆のようになっていた。
「フリスト、聞こえていますか?」
菊座から白濁の精液をとぽり、と排出しながら、フリストはベッドの上で荒い息をつきながら脱力している。
激しい呼吸に合わせて体が動いていて、汗に塗れた体の放つ芳香が、射精直後のヘルゲを誘っている。
が、度重なる絶頂がフリストの体力を奪い、五体から力を奪った。もはや、呼吸を整えるだけで精一杯で、泥濘のような眠気が意識を覆いかけている。
「ヘ、ヘルゲ。抱き起してください。もう自分では、身を起こすことさえ・・・・・・。
けれど、これだけは伝えておかないと」
呼吸の合間を縫って伝え、ヘルゲが後始末をする。
フリストの体を拭き、冷えないように下半身にシーツを掛けてやり、フリストの頭を胸に抱く。
「ヘルゲ、今後わたくしは、貴方を主と呼びます」
フリストらしい、明快な断言である。
この僅かな宣言が、ヘルゲにもたらした衝撃は言うまでもない。
「ふ、フリスト、それは・・・・・・」
「ヘルゲ、わたくしはいまとても眠いのです。女が恥を掻くのを哀れと思うなら、ただ黙って頷いてください。
勿論、貴方が命じるなら、わたくしが汚したその肉棒も清めます。眠るのはその後です。貴方が、心から満足してから・・・・・・」
それだけ言うのがやっとのことらしく、フリストは眠りに落ちた。
しかし、フリストの性格で、発した言葉が夢寐に迷った妄言でないことは知れている。
フリストは本気だった。
そのことはヘルゲにも判る。
寝息を立てるフリストを、しばしその胸に抱きながら、
(おお、おお!
フリストが、俺のものになったのか・・・・・・!)
感動に打ち震えていた。
思えば、長かったようで短く、短かったようで長かった。
十六の朝、フリストに貰われたあの日より、もう数えて四年になる。もう、次の春で五年である。
その約五年の間、フリストを恐れ、敬い、弟子というより従僕になった気分で臣従したが、こんな日が来ようとは、夢にも思わなかった。
最初の三年に優しさこそあったが、常に自身を軽侮していたフリストが、その口でヘルゲを「主」と呼んだのだ。
この時のヘルゲの感動は、余人の推測の及ばないところであったし、ヘルゲ自身がたとえ万の言葉を用いても表現し得るものではなかったろう。
痛快であった。と同時に、
(愛しい女が、ようやく手に入った!)
そういう、無邪気な喜びもあった。
16/08/26 13:39更新 / 一
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