フリストを、犯す
フリストは、自身の異常を触覚よりも聴覚で知った。
といって、触覚が機能しなかったわけではない。鋭すぎる聴覚が、先に異常を発見したに過ぎない。
元々、生物が息絶える時、五感の中で最後に機能停止するのは聴覚なのだ。それは、心停止しても、脳が完全に死ぬまで生き続ける程である。
フリストは、粘質な音に違和感を覚えて、努めて自身を夢寐より掬いあげた。
未だ眠ろうとする体は、休息を求めている。だが耳の捉えた異常は、自身を襲うありえない事態を示唆しており、このまま眠っていれば取り返しのつかないことになるかもしれない。
夢の中でフリストはそう判断し、葦の海を掻き分けるようにして夢より這い出た。
同時に、触覚が意識へ雪崩れ込んだ。
まず、アンダースーツに守られている筈の胴体部の涼しさ。ついで、恥部を這いまわる温かいなにかの感触である。
「ヘ、ヘルゲ・・・・・・?」
瞳は、まだ焦点が定まらない。急速な目覚めによる不調である。体と脳を繋ぐ線がどこかで切れているのかと思うほど、体は自由を失っている。軽い金縛りと同じである。
一方、ヘルゲは全身の血が凍ったかと思われる戦慄に襲われていた。
(こ、殺される・・・・・・)
恐怖が全身を覆う。が、どこかで開き直ってもいる。
(どのみち、ファーヴニルに加担した時点で勘気は被っているのだ)
とも思うのだ。ならば死出の土産に、少しばかり良い思いをしても構わないではないか、とやけくそ気味に考えている。
が、ヘルゲの予想に反して、フリストからの反撃はなかった。
「・・・・・・?」
不思議に思って顔色を探るが、フリストの顔色からは困惑しか見て取れない。
(何故ヘルゲが、私を・・・・・・?)
間違いなく、フリストは困惑している。
一つには、何故ヘルゲが自身を裏切って槍を突き立てたのか。意識があの時点で途切れ、情報不足であるに加え、途切れてしまったために、あれが夢か現かの判断がつきかねている。
更に、フリストもやはり女である。自身を犯そうという無頼漢を見た時、多くの女性は一瞬茫然とするものだ。それは現実を現実として受け入れるには、あまりに悲惨な状況だからである。フリストの場合、それが弟子に当たる男なのだ。混乱は、極まっている。
終いに、フリストの脳に囁きかける声である。
「ヴァルキリー、その者を阻むな」
響きのあるいつもの声が、そう訴えていた。
ヴァルキリーというものは、基本的に盲目的である。だから決めてしまうと融通が利かず、頭が固く、意固地である。特に自身の頭に響く己が主の声には殊更に盲目的で、逆らうどころか疑問すら浮かぶまい。
だから、ヘルゲが自身を強姦しようとするこの状況を、声が邪魔するなと囁くなら、指一本も動かすつもりはない。
ヘルゲが戸惑っていると、そこは冷静で頭の回転も速いフリストである。全てを察して、目が据わってきた。
「ヘルゲ。するのなら早くなさい」
もたげた首を寝かす。目はもうヘルゲを見ず、夜空の瞬きを見ていた。
「へ・・・・・・?」
「わたくしを犯すのでしょう? ならさっさと済ませてしまいなさい。
我が主は阻むなと仰せられました。邪魔はしません。早く済ませて水を持ってきなさい。喉が渇きました」
この言葉が、怯えと良心の呵責を残していたヘルゲの、激情を煽った。
(この女は、いったい何様で・・・・・・!)
殺してやりたいとさえ、思った。
自身の純潔が奪われようというのに、ヘルゲのことなど歯牙にも掛けていない。貞操観念が弱いなどということはない。それはヘルゲがフリストとの付き合いで充分判っている。
つまり、フリストはヘルゲに犯されることなど、虫に刺されるほども気にしてはいないのだ。たとえ、盲目に進行する主の言葉があったにしても、ここまで無関心なのはそうとしか考えられない。
ヘルゲは、フリストの膣口に捻じ込んだ指を抜いた。
「? もう終わりましたか? ならさっさと水を。話はそれからです。
ああ、貴方の去就もその際に考えましょう。好みの刑場があるなら今のうちに言っておきなさい。望みの場所で首を刎ねてあげましょう」
ここで暴力に出なかったのは、やはりヘルゲは勇者の素質があるからであろう。
勇者は勇気を持つ以上に、正しい行いをしなければならない。いくら腹が立ったとはいえ、無抵抗の女を力で黙らせるなどということは、正しい筈がない。
ヘルゲはその怒りを抑え、犯すことで晴らすことにした。
まあ、暴力と強姦なら、たいした差はあるまいが。
(いや、既に俺は許しをもらった。許したのは他ならぬこの女だ。だからこれは、強姦ではない)
自身に言い聞かせ、身の内から溢れ出る激情を正当化し、腰を進めた。
意外なほどあっさり、充分な湿り気を帯びた膣口はヘルゲの逸物を迎え入れた。
が、程なくして止まる。
処女膜による抵抗である。
「フリスト、やはり生娘か」
びくん、と膣内で逸物が跳ねた。
高慢な師の、一生に一度だけの処女を、自身が散らす。ひどく興奮した。
一方、フリストは、
(口の利き方までも変わった。邪竜に与してわたくしを傷つけたことといい、やはり眼鏡違いでしたか)
と、内心は不快で堪らない。犯されるという状況がどうの、裏切りがどうのというよりも、ヘルゲの態度が許せない。
そういう意味では、単純な女ではある。自尊心さえ満足させてやれば、扱い易い部類である。
が、ヘルゲはもうフリストの自尊心そのものが我慢ならなくなっている。うまく掌中で転がすなどということは考えもしていない。
とにかく、この鼻持ちならない女に一泡吹かせてやらねば気が済まない。
フリストの処女膜を、寧ろ嗜虐的な心境で貫いた。
「ふぐっ!」
これほどの女でも、やはり純潔を散らした痛みは耐えがたいらしい。
全身の筋肉が強張り、背を仰け反らす。呼吸が乱れ、息を大きくして痛みに耐えている。血が一筋、肉棒の埋まった膣口から垂れた。
「ぬ・・・・・・っ」
ヘルゲの方は、充分なぬめりを持った膣内で、激しく筋肉が収縮している。ともすれば痛みを伴うほどの締め付けだが、膣内の襞がみっちりと絡みついているので、快感も凄まじい。
思わず射精しそうになるのを必死に堪える。
「ヘ、ヘルゲ、よくもこのような真似を」
「辛抱なされ。これまで貴女が私にしてきたことに比ぶれば、この程度なにを騒ぐことがありましょうや」
(なにを、この・・・・・・! 人間なぞが一端の口を!)
フリストは内心で煮え立つほど腹立たしかったが、痛みでどうしようもない。
ヴァルキリーは歴戦の猛者だ。痛みには慣れている。
が、この痛みはどうであろう。これまでとはまったく別な種類の痛みだ。体の内側を裂かれる痛みなど、これまで経験したことがない。
元々、ヘルゲの肉棒が大きい。フリストの膣口を拡張してしまうほどの大きさなのだ。膣口よりも更に小さな穴の処女膜ではぶちぶちと裂かねば奥には通らない。
文字通り体内の肉を裂くのだ。如何にヴァルキリーといえど、耐えがたいのは当然である。
「しかし、貴女が私によくしてくれたのも、私は覚えております。その貴女の苦しみもがく様は気の毒なのも事実です。しばしこのままでおりましょう」
破瓜の痛みというものは、行為中に治ることはない。
行為が終わって数日間は、痛みの名残を引くもので、性交に関して快感を見出すことは難しい。
性器が充分に発達していないなら、回数を熟していくよりないものなのだ。無論、その発達は個人差により、年齢は関係がない。
だから、ヘルゲがこのまま動かずに居たところで、痛みはなくならない。寧ろさっさと引き抜いて、そのまま終わりにしてやるのが正解であった。
普通であれば。
「ん・・・・・・?」
と、最初に疑問を覚えたのはフリストであった。
ヴァルキリーの再生能力が高いのはファーヴニルの咆哮を数十分で治癒させたことからも判る。しかしながら、処女膜というものは再生し得ない。
ただ、痛みの元となる傷を修復することは出来、体内に侵入した異物の排斥を速やかに行えるよう、潤滑液たる膣内分泌液も多量に用意した。
偏に、フリストの女体が持つ、防衛機能である。
そこに、魔物の特性が加わる。
ファーヴニルの指摘通り、フリストの体は魔物に変貌しつつある。その体が男を知り、変貌が急速に始まった。
謂わば、破瓜の痛みは魔物ではない女体の反応で、破瓜後の反応が魔物に成り果てた女体の反応である。処女喪失が、フリストの体の境界であった。
魔物は、魔王の身体的特徴を持つ。現代の魔王は淫魔だ。
性交は寧ろ真骨頂とも言うべき独壇場であり、得意分野もこれ以上がない。
フリストの体は男を受け入れる体勢に入っており、それが体の魔物化に伴って急速に進む。挿入された異物から快感を得るために、体内の様相が僅かに変わる。
脳に伝わる痛みの電流は、やがて痺れになり、微弱な快感に変わる。
その間、
「うぐ・・・・・・っ」
と、ヘルゲがうめき声を挙げるほど、膣内が収縮し、柔らかな襞で肉棒を愛撫する。間違いなく、男を悦ばせる淫魔の手管である。
フリストはそれを自覚しない。自身に起こった突然の変調に疑念を抱き、しかし思い当たる節がないために当惑する。
「フ、フリスト、これは・・・・・・」
「わ、わたくしにも判りません。貴方が、なにかしたのではないのですか、ヘルゲ・・・・・・?」
二人とも、面白いほど困惑している。
ヘルゲは、気を抜けば射精してしまうほどの快感に抗うのに必死で、変調の原因にまで思い至らない。フリストは、よもや自身が魔物に変わりつつあるなどとは思いもよらぬため、この反応を恥じた。
(あれほど邪竜をあざけっていながら、いざ男に犯されると、こんな反応を・・・・・・)
淫売め、と自身を強く罵った。
槍が手元にあれば自決していただろう。
微弱だった快感が、徐々に強くなる。ヘルゲの肉棒が、膣内越しの筋肉を刺激し、それらが快感を脳に伝えているためだ。
同時に、膣内にあるヘルゲの肉棒の感触を如実に感じられるようになる。それを意識すると、強い快感が走る。
怖気ではなく、心の動きとは無関係に、背筋がぞくぞくする。それがまた、意外なほど快感で、しばしフリストの意識は流された。
「ふ、んむっ! ふ、ふ、ああ!」
懸命に口を閉じて奥歯を噛んでも、喉の奥から漏れ出る嬌声を抑えられない。
全身を走る甘い刺激は、状況を忘れそうになるほど激しく、心地いい。膣内に感じるヘルゲの肉棒の熱が、自身の体温に溶けて一体化したような気さえする。
それがまた、何故か背筋をなにかが走るほどに気分が良い。
「ふ、フリスト、もう少し力を・・・・・・!」
余裕のないヘルゲの声。
フリストの膣は、慣れない感覚に戸惑って硬く締め上げており、蕩けた粘膜が極上の締め付けで肉棒を愛撫する。気を抜けばすぐにでも達してしまうだろう。
さすがに、フリストの膣に精を放つのは躊躇われた。
が、腰は人体の本能か、快楽を求めて律動を繰り返す。意識を快楽がこそぎ落としていくようで、同時にあれほど感じたフリストへの怒りも、削り落とされていくようだった。
「ヘ、ヘルゲ、ぇっ! わ、わたくしに、なにを、ああっ!」
最早、言葉さえまともに発せられない。
なにを言おうとしても、自分が発しているとは思われないほど甘い声に流されて、意味を為さない。無様な自身の嬌声が、否応なくフリストの気分を淫らなものに変えてしまう。
「く、うっ・・・・・・!」
ヘルゲは、フリストの与えてくる快感と漏らす声に、どうしても劣情が加速してしまい、その分だけ終わりの時が近づく。
だがこの甘美な時間を、簡単に手放すつもりはない。
ヘルゲの足を肩にかけ、自由になった手でフリストの乳房を触る。こちらに集中すれば、もう少し耐えられるだろう。
が、フリストには不意打ちである。
「あひぃ!」
乳房を這う熱い手の感触、突起に指が掛かるなり、平素からは考えられない声が出た。
「や、やめぇ! やめな、さい! こ、こんな、んう!」
全身の力が抜け、体が意識の束縛を離れていく。
完全に、自身のもたらす快感に流され、自由を失った。最早、快感に耐えようと地面を爪で掻くのもおぼつかない。ともすれば、意識が飛びそうになる。
無様に五体を震わせるのみである。
「ひやぁっ! な、なにか、ああ!」
その時感じた、性感の到達点。性器の快楽が脳内のある一点に収束していくような感覚を、フリストは覚えた。
直感で、或いは生物の本能で、そこがこの快楽の終着なのだと思った。
「やめ、やめああっ! い、いってしま・・・・・・!」
絶頂を、「いく」と表記した人物は、この状態を実に適切に表現してしまっている。
フリストの発したその単語は、言葉に生々しい情感を持った卑猥な言葉ではなく、単に自身の状態を表したものに過ぎない。
正に、自身がどこかに飛んでしまいそうな感覚であり、快楽という感覚の行き着く先である。
フリストの背筋が反った。
「ふん、む、うっ! うぅぅぅぅ・・・・・・!」
達した。
全身が跳ねるほど大きく痙攣し、同時に膣を絞める筋力も不規則な動きをした。悶絶するような声が喉の奥から絞り出すようにして漏れ、フリストの意識は断絶した。
「ああっ!」
と、声を挙げたのはヘルゲである。
フリストの絶頂に際し、ヘルゲも達した。無論、膣内で、である。
熱い白濁がフリストの体内に放たれ、ヘルゲもまた、人生で最も強い法悦に暫し、放心状態になった。
冷静になったのは、フリストの膣がヘルゲの精を最後の一滴まで搾り取ろうと貪欲な収縮を見せ、それらが一段落し、自身の肉棒が萎え始めた時である。
「ふ、ひ、ふ、はは、ぁ・・・・・・」
フリストの意識は、戻っていない。目は半開きで焦点が定まらず、唇が開き、余韻のように未だ五体が痙攣している。膣口からは溢れた精液がどろりと一筋糸を引き、不規則な呼吸で胸が上下している。
無惨であった。敗北した女が、そこにあった。
(これが、女を犯すということか)
ヘルゲは、そのフリストを見下ろして、かつてない優越感に浸った。
ただ力ずくで女を強姦し、苦痛の果てに打ち捨てられた女を見ても、こういう優越感は湧き起こらないであろう。フリストが意識を手放すほどの快楽を得たからこその優越感である。
その後、ヘルゲは弟子の時代に戻ったように甲斐甲斐しくフリストを介抱した。
フリストはその介抱の全てが終わってようやく目覚めた。
「ヘルゲ、貴方はなんということを・・・・・・!」
起きるなり、烈火の如く怒った。
ヘルゲは先刻の優越感も吹き飛び、ただ師の勘気を恐れて平伏した。
「気を失った女を手籠めにするとは、なんという蛮行を!」
が、フリストは口頭で叱るのみで一切手を挙げない。これまでなら、立てなくなるほど打擲されていただろう。
かといって、怒っているのは真実なのである。
(どういう変化だろう・・・・・・?)
ヘルゲには判らない。
この時、フリストの頭の中には声があった。
「ヴァルキリー、その男を今後拒んではならぬ」
「ヴァルキリー、その男に乱暴してもならぬ」
「ヴァルキリー、その男を今後も育て上げよ」
疑問すら浮かばない例の声がそう告げる以上、フリストは従うのみだ。が、やはり彼女の感性は先刻の自身の痴態と、眠った女を犯すというヘルゲの所業が許せない。
それが、ヘルゲが訝しむ珍妙な怒り方になったのである。
この日から、フリストは変わった。
男との交わりを経て、体も感性も、魔物に変貌していったのだろう。
といって、触覚が機能しなかったわけではない。鋭すぎる聴覚が、先に異常を発見したに過ぎない。
元々、生物が息絶える時、五感の中で最後に機能停止するのは聴覚なのだ。それは、心停止しても、脳が完全に死ぬまで生き続ける程である。
フリストは、粘質な音に違和感を覚えて、努めて自身を夢寐より掬いあげた。
未だ眠ろうとする体は、休息を求めている。だが耳の捉えた異常は、自身を襲うありえない事態を示唆しており、このまま眠っていれば取り返しのつかないことになるかもしれない。
夢の中でフリストはそう判断し、葦の海を掻き分けるようにして夢より這い出た。
同時に、触覚が意識へ雪崩れ込んだ。
まず、アンダースーツに守られている筈の胴体部の涼しさ。ついで、恥部を這いまわる温かいなにかの感触である。
「ヘ、ヘルゲ・・・・・・?」
瞳は、まだ焦点が定まらない。急速な目覚めによる不調である。体と脳を繋ぐ線がどこかで切れているのかと思うほど、体は自由を失っている。軽い金縛りと同じである。
一方、ヘルゲは全身の血が凍ったかと思われる戦慄に襲われていた。
(こ、殺される・・・・・・)
恐怖が全身を覆う。が、どこかで開き直ってもいる。
(どのみち、ファーヴニルに加担した時点で勘気は被っているのだ)
とも思うのだ。ならば死出の土産に、少しばかり良い思いをしても構わないではないか、とやけくそ気味に考えている。
が、ヘルゲの予想に反して、フリストからの反撃はなかった。
「・・・・・・?」
不思議に思って顔色を探るが、フリストの顔色からは困惑しか見て取れない。
(何故ヘルゲが、私を・・・・・・?)
間違いなく、フリストは困惑している。
一つには、何故ヘルゲが自身を裏切って槍を突き立てたのか。意識があの時点で途切れ、情報不足であるに加え、途切れてしまったために、あれが夢か現かの判断がつきかねている。
更に、フリストもやはり女である。自身を犯そうという無頼漢を見た時、多くの女性は一瞬茫然とするものだ。それは現実を現実として受け入れるには、あまりに悲惨な状況だからである。フリストの場合、それが弟子に当たる男なのだ。混乱は、極まっている。
終いに、フリストの脳に囁きかける声である。
「ヴァルキリー、その者を阻むな」
響きのあるいつもの声が、そう訴えていた。
ヴァルキリーというものは、基本的に盲目的である。だから決めてしまうと融通が利かず、頭が固く、意固地である。特に自身の頭に響く己が主の声には殊更に盲目的で、逆らうどころか疑問すら浮かぶまい。
だから、ヘルゲが自身を強姦しようとするこの状況を、声が邪魔するなと囁くなら、指一本も動かすつもりはない。
ヘルゲが戸惑っていると、そこは冷静で頭の回転も速いフリストである。全てを察して、目が据わってきた。
「ヘルゲ。するのなら早くなさい」
もたげた首を寝かす。目はもうヘルゲを見ず、夜空の瞬きを見ていた。
「へ・・・・・・?」
「わたくしを犯すのでしょう? ならさっさと済ませてしまいなさい。
我が主は阻むなと仰せられました。邪魔はしません。早く済ませて水を持ってきなさい。喉が渇きました」
この言葉が、怯えと良心の呵責を残していたヘルゲの、激情を煽った。
(この女は、いったい何様で・・・・・・!)
殺してやりたいとさえ、思った。
自身の純潔が奪われようというのに、ヘルゲのことなど歯牙にも掛けていない。貞操観念が弱いなどということはない。それはヘルゲがフリストとの付き合いで充分判っている。
つまり、フリストはヘルゲに犯されることなど、虫に刺されるほども気にしてはいないのだ。たとえ、盲目に進行する主の言葉があったにしても、ここまで無関心なのはそうとしか考えられない。
ヘルゲは、フリストの膣口に捻じ込んだ指を抜いた。
「? もう終わりましたか? ならさっさと水を。話はそれからです。
ああ、貴方の去就もその際に考えましょう。好みの刑場があるなら今のうちに言っておきなさい。望みの場所で首を刎ねてあげましょう」
ここで暴力に出なかったのは、やはりヘルゲは勇者の素質があるからであろう。
勇者は勇気を持つ以上に、正しい行いをしなければならない。いくら腹が立ったとはいえ、無抵抗の女を力で黙らせるなどということは、正しい筈がない。
ヘルゲはその怒りを抑え、犯すことで晴らすことにした。
まあ、暴力と強姦なら、たいした差はあるまいが。
(いや、既に俺は許しをもらった。許したのは他ならぬこの女だ。だからこれは、強姦ではない)
自身に言い聞かせ、身の内から溢れ出る激情を正当化し、腰を進めた。
意外なほどあっさり、充分な湿り気を帯びた膣口はヘルゲの逸物を迎え入れた。
が、程なくして止まる。
処女膜による抵抗である。
「フリスト、やはり生娘か」
びくん、と膣内で逸物が跳ねた。
高慢な師の、一生に一度だけの処女を、自身が散らす。ひどく興奮した。
一方、フリストは、
(口の利き方までも変わった。邪竜に与してわたくしを傷つけたことといい、やはり眼鏡違いでしたか)
と、内心は不快で堪らない。犯されるという状況がどうの、裏切りがどうのというよりも、ヘルゲの態度が許せない。
そういう意味では、単純な女ではある。自尊心さえ満足させてやれば、扱い易い部類である。
が、ヘルゲはもうフリストの自尊心そのものが我慢ならなくなっている。うまく掌中で転がすなどということは考えもしていない。
とにかく、この鼻持ちならない女に一泡吹かせてやらねば気が済まない。
フリストの処女膜を、寧ろ嗜虐的な心境で貫いた。
「ふぐっ!」
これほどの女でも、やはり純潔を散らした痛みは耐えがたいらしい。
全身の筋肉が強張り、背を仰け反らす。呼吸が乱れ、息を大きくして痛みに耐えている。血が一筋、肉棒の埋まった膣口から垂れた。
「ぬ・・・・・・っ」
ヘルゲの方は、充分なぬめりを持った膣内で、激しく筋肉が収縮している。ともすれば痛みを伴うほどの締め付けだが、膣内の襞がみっちりと絡みついているので、快感も凄まじい。
思わず射精しそうになるのを必死に堪える。
「ヘ、ヘルゲ、よくもこのような真似を」
「辛抱なされ。これまで貴女が私にしてきたことに比ぶれば、この程度なにを騒ぐことがありましょうや」
(なにを、この・・・・・・! 人間なぞが一端の口を!)
フリストは内心で煮え立つほど腹立たしかったが、痛みでどうしようもない。
ヴァルキリーは歴戦の猛者だ。痛みには慣れている。
が、この痛みはどうであろう。これまでとはまったく別な種類の痛みだ。体の内側を裂かれる痛みなど、これまで経験したことがない。
元々、ヘルゲの肉棒が大きい。フリストの膣口を拡張してしまうほどの大きさなのだ。膣口よりも更に小さな穴の処女膜ではぶちぶちと裂かねば奥には通らない。
文字通り体内の肉を裂くのだ。如何にヴァルキリーといえど、耐えがたいのは当然である。
「しかし、貴女が私によくしてくれたのも、私は覚えております。その貴女の苦しみもがく様は気の毒なのも事実です。しばしこのままでおりましょう」
破瓜の痛みというものは、行為中に治ることはない。
行為が終わって数日間は、痛みの名残を引くもので、性交に関して快感を見出すことは難しい。
性器が充分に発達していないなら、回数を熟していくよりないものなのだ。無論、その発達は個人差により、年齢は関係がない。
だから、ヘルゲがこのまま動かずに居たところで、痛みはなくならない。寧ろさっさと引き抜いて、そのまま終わりにしてやるのが正解であった。
普通であれば。
「ん・・・・・・?」
と、最初に疑問を覚えたのはフリストであった。
ヴァルキリーの再生能力が高いのはファーヴニルの咆哮を数十分で治癒させたことからも判る。しかしながら、処女膜というものは再生し得ない。
ただ、痛みの元となる傷を修復することは出来、体内に侵入した異物の排斥を速やかに行えるよう、潤滑液たる膣内分泌液も多量に用意した。
偏に、フリストの女体が持つ、防衛機能である。
そこに、魔物の特性が加わる。
ファーヴニルの指摘通り、フリストの体は魔物に変貌しつつある。その体が男を知り、変貌が急速に始まった。
謂わば、破瓜の痛みは魔物ではない女体の反応で、破瓜後の反応が魔物に成り果てた女体の反応である。処女喪失が、フリストの体の境界であった。
魔物は、魔王の身体的特徴を持つ。現代の魔王は淫魔だ。
性交は寧ろ真骨頂とも言うべき独壇場であり、得意分野もこれ以上がない。
フリストの体は男を受け入れる体勢に入っており、それが体の魔物化に伴って急速に進む。挿入された異物から快感を得るために、体内の様相が僅かに変わる。
脳に伝わる痛みの電流は、やがて痺れになり、微弱な快感に変わる。
その間、
「うぐ・・・・・・っ」
と、ヘルゲがうめき声を挙げるほど、膣内が収縮し、柔らかな襞で肉棒を愛撫する。間違いなく、男を悦ばせる淫魔の手管である。
フリストはそれを自覚しない。自身に起こった突然の変調に疑念を抱き、しかし思い当たる節がないために当惑する。
「フ、フリスト、これは・・・・・・」
「わ、わたくしにも判りません。貴方が、なにかしたのではないのですか、ヘルゲ・・・・・・?」
二人とも、面白いほど困惑している。
ヘルゲは、気を抜けば射精してしまうほどの快感に抗うのに必死で、変調の原因にまで思い至らない。フリストは、よもや自身が魔物に変わりつつあるなどとは思いもよらぬため、この反応を恥じた。
(あれほど邪竜をあざけっていながら、いざ男に犯されると、こんな反応を・・・・・・)
淫売め、と自身を強く罵った。
槍が手元にあれば自決していただろう。
微弱だった快感が、徐々に強くなる。ヘルゲの肉棒が、膣内越しの筋肉を刺激し、それらが快感を脳に伝えているためだ。
同時に、膣内にあるヘルゲの肉棒の感触を如実に感じられるようになる。それを意識すると、強い快感が走る。
怖気ではなく、心の動きとは無関係に、背筋がぞくぞくする。それがまた、意外なほど快感で、しばしフリストの意識は流された。
「ふ、んむっ! ふ、ふ、ああ!」
懸命に口を閉じて奥歯を噛んでも、喉の奥から漏れ出る嬌声を抑えられない。
全身を走る甘い刺激は、状況を忘れそうになるほど激しく、心地いい。膣内に感じるヘルゲの肉棒の熱が、自身の体温に溶けて一体化したような気さえする。
それがまた、何故か背筋をなにかが走るほどに気分が良い。
「ふ、フリスト、もう少し力を・・・・・・!」
余裕のないヘルゲの声。
フリストの膣は、慣れない感覚に戸惑って硬く締め上げており、蕩けた粘膜が極上の締め付けで肉棒を愛撫する。気を抜けばすぐにでも達してしまうだろう。
さすがに、フリストの膣に精を放つのは躊躇われた。
が、腰は人体の本能か、快楽を求めて律動を繰り返す。意識を快楽がこそぎ落としていくようで、同時にあれほど感じたフリストへの怒りも、削り落とされていくようだった。
「ヘ、ヘルゲ、ぇっ! わ、わたくしに、なにを、ああっ!」
最早、言葉さえまともに発せられない。
なにを言おうとしても、自分が発しているとは思われないほど甘い声に流されて、意味を為さない。無様な自身の嬌声が、否応なくフリストの気分を淫らなものに変えてしまう。
「く、うっ・・・・・・!」
ヘルゲは、フリストの与えてくる快感と漏らす声に、どうしても劣情が加速してしまい、その分だけ終わりの時が近づく。
だがこの甘美な時間を、簡単に手放すつもりはない。
ヘルゲの足を肩にかけ、自由になった手でフリストの乳房を触る。こちらに集中すれば、もう少し耐えられるだろう。
が、フリストには不意打ちである。
「あひぃ!」
乳房を這う熱い手の感触、突起に指が掛かるなり、平素からは考えられない声が出た。
「や、やめぇ! やめな、さい! こ、こんな、んう!」
全身の力が抜け、体が意識の束縛を離れていく。
完全に、自身のもたらす快感に流され、自由を失った。最早、快感に耐えようと地面を爪で掻くのもおぼつかない。ともすれば、意識が飛びそうになる。
無様に五体を震わせるのみである。
「ひやぁっ! な、なにか、ああ!」
その時感じた、性感の到達点。性器の快楽が脳内のある一点に収束していくような感覚を、フリストは覚えた。
直感で、或いは生物の本能で、そこがこの快楽の終着なのだと思った。
「やめ、やめああっ! い、いってしま・・・・・・!」
絶頂を、「いく」と表記した人物は、この状態を実に適切に表現してしまっている。
フリストの発したその単語は、言葉に生々しい情感を持った卑猥な言葉ではなく、単に自身の状態を表したものに過ぎない。
正に、自身がどこかに飛んでしまいそうな感覚であり、快楽という感覚の行き着く先である。
フリストの背筋が反った。
「ふん、む、うっ! うぅぅぅぅ・・・・・・!」
達した。
全身が跳ねるほど大きく痙攣し、同時に膣を絞める筋力も不規則な動きをした。悶絶するような声が喉の奥から絞り出すようにして漏れ、フリストの意識は断絶した。
「ああっ!」
と、声を挙げたのはヘルゲである。
フリストの絶頂に際し、ヘルゲも達した。無論、膣内で、である。
熱い白濁がフリストの体内に放たれ、ヘルゲもまた、人生で最も強い法悦に暫し、放心状態になった。
冷静になったのは、フリストの膣がヘルゲの精を最後の一滴まで搾り取ろうと貪欲な収縮を見せ、それらが一段落し、自身の肉棒が萎え始めた時である。
「ふ、ひ、ふ、はは、ぁ・・・・・・」
フリストの意識は、戻っていない。目は半開きで焦点が定まらず、唇が開き、余韻のように未だ五体が痙攣している。膣口からは溢れた精液がどろりと一筋糸を引き、不規則な呼吸で胸が上下している。
無惨であった。敗北した女が、そこにあった。
(これが、女を犯すということか)
ヘルゲは、そのフリストを見下ろして、かつてない優越感に浸った。
ただ力ずくで女を強姦し、苦痛の果てに打ち捨てられた女を見ても、こういう優越感は湧き起こらないであろう。フリストが意識を手放すほどの快楽を得たからこその優越感である。
その後、ヘルゲは弟子の時代に戻ったように甲斐甲斐しくフリストを介抱した。
フリストはその介抱の全てが終わってようやく目覚めた。
「ヘルゲ、貴方はなんということを・・・・・・!」
起きるなり、烈火の如く怒った。
ヘルゲは先刻の優越感も吹き飛び、ただ師の勘気を恐れて平伏した。
「気を失った女を手籠めにするとは、なんという蛮行を!」
が、フリストは口頭で叱るのみで一切手を挙げない。これまでなら、立てなくなるほど打擲されていただろう。
かといって、怒っているのは真実なのである。
(どういう変化だろう・・・・・・?)
ヘルゲには判らない。
この時、フリストの頭の中には声があった。
「ヴァルキリー、その男を今後拒んではならぬ」
「ヴァルキリー、その男に乱暴してもならぬ」
「ヴァルキリー、その男を今後も育て上げよ」
疑問すら浮かばない例の声がそう告げる以上、フリストは従うのみだ。が、やはり彼女の感性は先刻の自身の痴態と、眠った女を犯すというヘルゲの所業が許せない。
それが、ヘルゲが訝しむ珍妙な怒り方になったのである。
この日から、フリストは変わった。
男との交わりを経て、体も感性も、魔物に変貌していったのだろう。
16/08/22 12:11更新 / 一
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