帰巣
「全治一週間から三週間。ってとこかね」
アーファの街で病院に担ぎ込まれた千鳥は、目を覚まして早々にそんな診断を下された。
「骨の位置を直してから治癒魔法で傷は塞いで、輸血ももうそろそろで終わり。一週間は絶対安静だけど、それから先は君と嫁さん次第だね」
「嫁さん? 嫁なんていませんけど」
「隻眼のサンダーバードの娘っ子だよ。なんだ、ヤッてないのか」
変な邪推をされて、千鳥は医者に対して鋭い視線を飛ばした。
「睨むな。君の魔力量が増えれば治りも早くなるのは確かなんだ」
「……ギンから魔力を貰えってことですか」
「それはダメ。サンダーバードの方も怪我が完治してない。今魔力を減らして免疫を下げたら、一気に持ってかれるぞ」
「じゃあどうするんですか」
医者は無言で、卑猥なジェスチャーをして見せた。
「ぶっ殺すぞアンタ」
「魔物はセックスで魔力を高めるんだよ。知ってるだろ? そんで魔物とヤッたら男も魔力が増える。インキュバスにはなるが、魔物とヤッたらフォーリンラヴなんだからモーマンタイだろうよ」
絶対安静を抜ければセックス解禁、ヤればヤルほど治りは早いぞと言い残して、医者は去って行った。
「……あれで医者なのかよ、フザケンナ」
医者と入れ替わりにやって来たのは、どこかで見たような顔だった。
「あ、商人の」
「おう、兄ちゃん。久し振りだな」
背後に刑部狸を引き連れて、いつぞやの商人がやって来た。
まさかこんなところにいるとは思わなかったが、しかしよく考えればこの商人と出会った道はアーファへの道だった。
不思議はないのかもしれない。
「まさか本当に解決して戻ってくるとは思わなかったぜ」
「悪いね、肝を冷やしたろ」
「そりゃな。ウチのがケシかけたせいでと思ったら、酒も喉を通らなくてよ」
刑部狸の方はしこたま怒られたのか、少し拗ねたような顔をしている。
商人が苦笑しながら、千鳥に紙を差し出した。
小綺麗な封筒に入れられ、蝋で止められた手紙のようだった。
「いろいろあってな、話は聞いてる。報酬はギルドからも出るが……アーファの領主からも出るんだと」
「招待状か何かか?」
「召喚術符だよ。領主は一応悪魔でもあるし、それで呼び出せる」
俺らがいなくなってから、準備出来たら呼べと商人は言った。
それをベッドサイドのテーブルに置いて、千鳥はため息をついた。
セックスだとか領主召喚とか、なんだかデタラメな話ばかり続いている。
そんな千鳥の前に、今度は刑部狸が出てきた。
「仲間を救ってもろて、おおきに」
「……仲間。あ、ギンか」
種族は違えど、彼女らは魔物だった。そういやそうだ。
千鳥はいやいやと笑いながら、言う。
「たまたまだって、礼を言われることじゃ……」
「でも私は気付けんかった。谷の間近まで寄って、それでも谷底に死に掛けの子がおると思いもせんかった。だから、感謝を」
「俺はただ、雷を斬りに行っただけだって。谷底に転げ落ちながら斬ったら、偶然ギンを見つけた。それだけだよ」
そう言って笑い飛ばす千鳥だったが、商人たちは目を丸くした。
お前、本気で雷を斬ったのかと目で問われて、素直に頷く。
「頭……」
「大丈夫だから。全くどいつもこいつも、俺の正気を疑いやがる……」
当たり前だとは言えず、商人夫婦は去って行った。
後で見舞いの品を寄越すと言ったので、千鳥は甘いものをくれと要求した。
さて最後に、と思いながら封筒を見たが……これは一週間後にしておこうと千鳥は思い直す。
これを渡されたということはいつでもいいということだ。
絶対安静が解けて、ギンと一緒にいる時に開けることとしよう。
そう思って千鳥は眠りについた。
▼
そして時は流れて一週間。
医者は千鳥に絶対安静解除を言い渡し、病院内を歩き回る許可を出した。
早速歩こうと左腕を吊ったまま部屋を出ると、そこに立っていたギンと鉢合わせた。
「どした」
「その、お見舞い」
一週間ぶりだった。
どうして一週間の間来なかったのか聞こうと思ったが、寸前でやめておいた。
それよりも千鳥は、ギンと歩きたかった。
「ちょっと散歩しよう。身体が鈍ってて」
「う、うん。行こ」
二人で並んで歩き出す。
ギンは包帯も取れて復調しているようだが、左眼周辺を隠す大きめの眼帯をつけていた。
青い羽毛を持つ彼女に、黒に白の縁取りの眼帯はよく似合っていた。
「似合うな、その眼帯」
「レインが……仲間のハーピーがくれたの」
手作りだってと笑いながら、ギンは眼帯の縁をかりかり掻いた。
話したいことはいろいろあったけど、とりあえずは無言が心地いい。
中庭に出ると日差しに身体が喜ぶようだった。崖から地上に出た時と同じだ。
「私さ」
ギンが呟いた。
「……助けてくれてありがと。チドリが助けに来てくれて、よかった」
「馬鹿言え。俺はただ雷を斬りに行っただけだよ」
茶化す千鳥を、ギンは正面から見つめた。
残った右眼はオレンジに近い色合い。そうか、ギンの目は情熱の色をしているのかと、千鳥は気づいた。
たぎる思いと苛烈な意志。そして一人では泣けない強さを持っているんだと。
「チドリは、雷を斬った。でもそれだけじゃないよ」
ギンの言葉は強い。
あんなにポロポロ泣いていたのは、隣に千鳥がいたからだ。
今は向き合っている。
千鳥とギンは二人ではなく、一人と一人だ。
「私の恐れと死。そういうものを斬ってくれた」
「……いや、そんな大層なものじゃないよ。馬鹿が馬鹿をやっただけで」
ギンが卑下する言葉を塞ぐように、その肩に手を這わせた。
傷口を覆う包帯に触れて、彼女は小さく言う。
「恩返しもできないままで、情けないって、思うんだ」
千鳥は言葉が紡げない。
目の前の少女は、今はまだ理屈をこねている。
理屈をこねて、伝えたいことを伝えるために、まだ言葉を探している。
「怪我を治す方法、あるんだよね」
医者にも説明された。
バカげた方法ではあるが、この世界では最も有効な手段。
千鳥は視線をそらしてしまう。
「ねぇ、こっち見てよ」
「……俺は、嫌だ」
拒絶にギンがそっと震えた。
彼女の反応に甘えるような、自分本位の拒絶を返す自分を嫌悪しながら、千鳥は続ける。
「だってそんなことで、君に負担をかけたくない」
「負担じゃないよ? 魔物にとってそんなのは……」
「そうじゃない。わかってくれよ、俺は異世界から来たんだ」
千鳥の中でくすぶっていたものが、大きく狼煙をあげる。
刹那的に、死んだように生きてきた。
それを負担に感じたりだとか、やめたいと思ったりだとかはない。
でも千鳥には、たった一つ自分にしか理解できないと決めつけた苦悩があった。
抱えて生きて、解決するもしないも自分で選択しないまま一生を終える。その腹積もりだった。
「なんでここにいるのかもわからないのに、俺が君を受け入れるわけにいくか」
理由がない。因果がない。確証がない。
千鳥がこの世界に立っているという事実に、誰よりも猜疑的だったのは千鳥だ。
だってありえないだろう。
自分の立っている場所が、数センチの先の世界が自分の常識が通じない世界であるかもしれないなんて、信じたくない。
千鳥には、選択肢がない。
よくわからないのに異世界に来て、そこでギンをよりどころにするのは不誠実だ。
「違うよ」
ギンは、そっと首を否定に振った。
「……何が、違うんだ」
「違うんだよ、千鳥は勘違いしてる」
勘違いの余地もない。
ギンの告白を千鳥が蹴った、それ以外の解釈は出来ようもない。
だがギンは違うんだと首を振り、そして改めて口にする。
「この世界にあなたを繋ぐ楔に、私がなる」
何のことはない。
彼女にとって千鳥の考えは、すでに解決済みだった。
それだけの話だ。
「ギンは……」
「偉そうとか思った? でも当然なんだよ。いい、千鳥?」
あなたは雷を斬りたいと思って剣を取ったのだから、雷の元を終着点にするのは当たり前だよ、と。
ギンは胸を張って言った。
「千鳥が愛しくて恋しくて、ずっと憧れた雷になってあげる」
決意するように――
「だからセックス、しよ」
――鳴り響くように。
「私から、離れられなくしてあげる」
ギンはそっと告げた。
▼
「おぉ……!」
「よく言ったぞハーピーの嬢ちゃん!」
「ヒューヒュー、お熱いね!」
パチパチと拍手が、中庭に響く。
ギンは真っ赤になった。
「ひ、人がいるの、忘れてたぁ……!」
アーファの街で病院に担ぎ込まれた千鳥は、目を覚まして早々にそんな診断を下された。
「骨の位置を直してから治癒魔法で傷は塞いで、輸血ももうそろそろで終わり。一週間は絶対安静だけど、それから先は君と嫁さん次第だね」
「嫁さん? 嫁なんていませんけど」
「隻眼のサンダーバードの娘っ子だよ。なんだ、ヤッてないのか」
変な邪推をされて、千鳥は医者に対して鋭い視線を飛ばした。
「睨むな。君の魔力量が増えれば治りも早くなるのは確かなんだ」
「……ギンから魔力を貰えってことですか」
「それはダメ。サンダーバードの方も怪我が完治してない。今魔力を減らして免疫を下げたら、一気に持ってかれるぞ」
「じゃあどうするんですか」
医者は無言で、卑猥なジェスチャーをして見せた。
「ぶっ殺すぞアンタ」
「魔物はセックスで魔力を高めるんだよ。知ってるだろ? そんで魔物とヤッたら男も魔力が増える。インキュバスにはなるが、魔物とヤッたらフォーリンラヴなんだからモーマンタイだろうよ」
絶対安静を抜ければセックス解禁、ヤればヤルほど治りは早いぞと言い残して、医者は去って行った。
「……あれで医者なのかよ、フザケンナ」
医者と入れ替わりにやって来たのは、どこかで見たような顔だった。
「あ、商人の」
「おう、兄ちゃん。久し振りだな」
背後に刑部狸を引き連れて、いつぞやの商人がやって来た。
まさかこんなところにいるとは思わなかったが、しかしよく考えればこの商人と出会った道はアーファへの道だった。
不思議はないのかもしれない。
「まさか本当に解決して戻ってくるとは思わなかったぜ」
「悪いね、肝を冷やしたろ」
「そりゃな。ウチのがケシかけたせいでと思ったら、酒も喉を通らなくてよ」
刑部狸の方はしこたま怒られたのか、少し拗ねたような顔をしている。
商人が苦笑しながら、千鳥に紙を差し出した。
小綺麗な封筒に入れられ、蝋で止められた手紙のようだった。
「いろいろあってな、話は聞いてる。報酬はギルドからも出るが……アーファの領主からも出るんだと」
「招待状か何かか?」
「召喚術符だよ。領主は一応悪魔でもあるし、それで呼び出せる」
俺らがいなくなってから、準備出来たら呼べと商人は言った。
それをベッドサイドのテーブルに置いて、千鳥はため息をついた。
セックスだとか領主召喚とか、なんだかデタラメな話ばかり続いている。
そんな千鳥の前に、今度は刑部狸が出てきた。
「仲間を救ってもろて、おおきに」
「……仲間。あ、ギンか」
種族は違えど、彼女らは魔物だった。そういやそうだ。
千鳥はいやいやと笑いながら、言う。
「たまたまだって、礼を言われることじゃ……」
「でも私は気付けんかった。谷の間近まで寄って、それでも谷底に死に掛けの子がおると思いもせんかった。だから、感謝を」
「俺はただ、雷を斬りに行っただけだって。谷底に転げ落ちながら斬ったら、偶然ギンを見つけた。それだけだよ」
そう言って笑い飛ばす千鳥だったが、商人たちは目を丸くした。
お前、本気で雷を斬ったのかと目で問われて、素直に頷く。
「頭……」
「大丈夫だから。全くどいつもこいつも、俺の正気を疑いやがる……」
当たり前だとは言えず、商人夫婦は去って行った。
後で見舞いの品を寄越すと言ったので、千鳥は甘いものをくれと要求した。
さて最後に、と思いながら封筒を見たが……これは一週間後にしておこうと千鳥は思い直す。
これを渡されたということはいつでもいいということだ。
絶対安静が解けて、ギンと一緒にいる時に開けることとしよう。
そう思って千鳥は眠りについた。
▼
そして時は流れて一週間。
医者は千鳥に絶対安静解除を言い渡し、病院内を歩き回る許可を出した。
早速歩こうと左腕を吊ったまま部屋を出ると、そこに立っていたギンと鉢合わせた。
「どした」
「その、お見舞い」
一週間ぶりだった。
どうして一週間の間来なかったのか聞こうと思ったが、寸前でやめておいた。
それよりも千鳥は、ギンと歩きたかった。
「ちょっと散歩しよう。身体が鈍ってて」
「う、うん。行こ」
二人で並んで歩き出す。
ギンは包帯も取れて復調しているようだが、左眼周辺を隠す大きめの眼帯をつけていた。
青い羽毛を持つ彼女に、黒に白の縁取りの眼帯はよく似合っていた。
「似合うな、その眼帯」
「レインが……仲間のハーピーがくれたの」
手作りだってと笑いながら、ギンは眼帯の縁をかりかり掻いた。
話したいことはいろいろあったけど、とりあえずは無言が心地いい。
中庭に出ると日差しに身体が喜ぶようだった。崖から地上に出た時と同じだ。
「私さ」
ギンが呟いた。
「……助けてくれてありがと。チドリが助けに来てくれて、よかった」
「馬鹿言え。俺はただ雷を斬りに行っただけだよ」
茶化す千鳥を、ギンは正面から見つめた。
残った右眼はオレンジに近い色合い。そうか、ギンの目は情熱の色をしているのかと、千鳥は気づいた。
たぎる思いと苛烈な意志。そして一人では泣けない強さを持っているんだと。
「チドリは、雷を斬った。でもそれだけじゃないよ」
ギンの言葉は強い。
あんなにポロポロ泣いていたのは、隣に千鳥がいたからだ。
今は向き合っている。
千鳥とギンは二人ではなく、一人と一人だ。
「私の恐れと死。そういうものを斬ってくれた」
「……いや、そんな大層なものじゃないよ。馬鹿が馬鹿をやっただけで」
ギンが卑下する言葉を塞ぐように、その肩に手を這わせた。
傷口を覆う包帯に触れて、彼女は小さく言う。
「恩返しもできないままで、情けないって、思うんだ」
千鳥は言葉が紡げない。
目の前の少女は、今はまだ理屈をこねている。
理屈をこねて、伝えたいことを伝えるために、まだ言葉を探している。
「怪我を治す方法、あるんだよね」
医者にも説明された。
バカげた方法ではあるが、この世界では最も有効な手段。
千鳥は視線をそらしてしまう。
「ねぇ、こっち見てよ」
「……俺は、嫌だ」
拒絶にギンがそっと震えた。
彼女の反応に甘えるような、自分本位の拒絶を返す自分を嫌悪しながら、千鳥は続ける。
「だってそんなことで、君に負担をかけたくない」
「負担じゃないよ? 魔物にとってそんなのは……」
「そうじゃない。わかってくれよ、俺は異世界から来たんだ」
千鳥の中でくすぶっていたものが、大きく狼煙をあげる。
刹那的に、死んだように生きてきた。
それを負担に感じたりだとか、やめたいと思ったりだとかはない。
でも千鳥には、たった一つ自分にしか理解できないと決めつけた苦悩があった。
抱えて生きて、解決するもしないも自分で選択しないまま一生を終える。その腹積もりだった。
「なんでここにいるのかもわからないのに、俺が君を受け入れるわけにいくか」
理由がない。因果がない。確証がない。
千鳥がこの世界に立っているという事実に、誰よりも猜疑的だったのは千鳥だ。
だってありえないだろう。
自分の立っている場所が、数センチの先の世界が自分の常識が通じない世界であるかもしれないなんて、信じたくない。
千鳥には、選択肢がない。
よくわからないのに異世界に来て、そこでギンをよりどころにするのは不誠実だ。
「違うよ」
ギンは、そっと首を否定に振った。
「……何が、違うんだ」
「違うんだよ、千鳥は勘違いしてる」
勘違いの余地もない。
ギンの告白を千鳥が蹴った、それ以外の解釈は出来ようもない。
だがギンは違うんだと首を振り、そして改めて口にする。
「この世界にあなたを繋ぐ楔に、私がなる」
何のことはない。
彼女にとって千鳥の考えは、すでに解決済みだった。
それだけの話だ。
「ギンは……」
「偉そうとか思った? でも当然なんだよ。いい、千鳥?」
あなたは雷を斬りたいと思って剣を取ったのだから、雷の元を終着点にするのは当たり前だよ、と。
ギンは胸を張って言った。
「千鳥が愛しくて恋しくて、ずっと憧れた雷になってあげる」
決意するように――
「だからセックス、しよ」
――鳴り響くように。
「私から、離れられなくしてあげる」
ギンはそっと告げた。
▼
「おぉ……!」
「よく言ったぞハーピーの嬢ちゃん!」
「ヒューヒュー、お熱いね!」
パチパチと拍手が、中庭に響く。
ギンは真っ赤になった。
「ひ、人がいるの、忘れてたぁ……!」
15/10/23 20:46更新 / 硬質
戻る
次へ