連載小説
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トウソウ
「見られている」

何気なく千鳥が呟いた一言は、ギンを静かな緊張に陥れた。

「反応するな。普通に振る舞え」

言われて硬くなりそうな身体を無理やりに振りほどき、自然に歩く。
少しだけ考えて、ギンは気だるい声を出した。

「疲れたよ、チドリ。あとどれくらい歩く?」
「そうだな……多分、驚くくらい近いと思うぞ」
「……本当に?」
「ああ、もう少し歩いて休憩しよう。ここじゃ休憩は……難しい」

何者かが近くで、こちらを狙っている。
ギンは疲れたような歩き方をしながら、はやる心臓を落ち着けていた。
思い出されるのは弾けるような銃声と、左眼の焼けるような痛み。
疼痛が走り、少しだけ唸った。

「傷が痛むか?」
「ちょっとだけ。塞がってるのにね」
「傷跡は痛むもんだ。特にそんな大きい傷じゃ、なおさらな」

おもむろにギンは周囲に弱い電気を放った。
電撃というほどではない。サンダーバードは周囲にはなった微弱な電気で、周りの存在を軽く感知出来るのだ。
千鳥に言わせるとまるでレーダーかなにかだなと言われたが、レーダーが何かを知らないギンには伝わらなかった。

「………」

音を立てて羽根を三回揺する。数は三人だ。
しかもその内の一人には魔法が効かない。触れた瞬間電気が消えてしまった。
ギンの電撃はサンダーバードの固有の魔力を元に、雷の魔法を発動して作ったもの。
魔法が使えない千鳥には関係がないが、ギンの援護は意味を成さない。
そして魔法が効かない相手に心当たりもある。
ギンの左眼を奪った剣士が、魔法を弾く鎧を着ていた。

「どうだ」
「楽には、ならないかな。できるだけ早く到着したい」
「先に飛んで行っていいんだぞ」
「それも……無理そう」

無理だ。
魔物狩りの武器には銃もある。
飛べばその瞬間撃ち落とされる。
囮くらいにはなれるが、それでは谷に落ちた時と一緒だ。
ギンの中に強い生存欲求が高まる。
一人でではない。一人でも多くでもない。
千鳥と一緒に、生き残りたい。

「なら急ぐか」
「そう、だね。そうしよう」

千鳥はバックパックを下ろして、草むらに隠す。
がさがさという音に紛れて、銃の撃鉄が起きる音がした。
緊張に震えながらギンは千鳥の背中に体重を預け、背負われる体勢になる。
小さなカウントダウン。一、二の――

「――っ」

背後にありったけの雷撃を放ち、攻撃と目くらましを仕掛ける。
同時に千鳥はギンを背負ったまま走り出した。
ギンは断続的に致死級の雷魔法で追跡者を振り払おうとする。

「一人魔法が効かない!」
「撃ち続けろ! 周囲に対して目印になる!」

戦える魔物が周囲を通ったなら、きっとこっちに来てくれる。
そう願って轟音を立てる一撃を何度も突き立て、振り切ろうとした。

「――っが!?」

開けた場所に差し掛かり、唐突に千鳥が足を縺れさせた。
ギンは羽ばたきで転ぶ千鳥を持ち上げ、なんとか転倒することなく持ち直らせた。
が、逃走は再開出来ない。
千鳥の右脚、ふくらはぎの部分から血が出ている。撃たれていた。

「くそ、流れ弾なんかに……!」
「チドリ! 止血を――」
「その前に、ハンターのお出ましだ……!」

振り返れば、そこにはマスケット銃に弾を込める兵士が一人と、全身鎧の剣士が一人。
追いつかれた。ギンは歯噛みする。
剣士はとっさの判断で一人を見捨て、もう一人を守りながら射撃でこちらを足止めさせたのだろう。
戦い慣れしている。

「愚かな」
「誰が愚かだと? いーハンデだよ、片足ぐらいな!」

剣士の言葉に千鳥が立ち上がり、顔を歪めながらも刀を抜いた。
兵士が銃を構えるのに合わせて、ギンも身体に紫電をまとわせた。

「ギン、援護しろ」
「わかってる。当たんないでよね!」

先制はギンの魔法だ。
雷撃が兵士を狙い、そこに割り込んでいた剣士がそれをレジストする。
奴の鎧が魔法を弾ける理由は、ギンの予想では恐らく鎧表面のコーティング。
だから叫んだ。

「当てれば通る!」
「承知……!」

千鳥が踏み込んだ。刀を地擦り八双に構えて振り上げるようにして剣士を狙う。
距離は千鳥の足で五歩。いや、剣士も踏み込み三歩。
振り上げる刀と、正面から振り下ろされる剣が向き合う。
千鳥の目線では剣士の体格が三倍にも膨れ上がったように見えるほどに、巨大な威圧。
その中心点に飲み込まれるかのごとくまっすぐに突進している千鳥は、しかしその軸をズラした。

「シッ――」

剣士の目からは、いきなり目の前に竜巻が現れたが如き光景だ。
刀を身体に引きつけ、回転して剣士の右脇を抜ける。
当然対応しようとする剣士だったが、その頭部にギンの雷が直撃した。
ダメージはない。が、目くらましには充分だった。

「が、ぁ……」

電光石火。
千鳥の切っ先が兵士の銃を弾き、拍子で銃声が響く。
あらぬ方向へ飛んだ銃弾を無視し、突き出した刃先が兵士の喉を貫いた。
あふれる血を浴びながらも、千鳥は優秀に役目を果たしたと言える。
これで最悪でもギンは逃げられるし、そもそもの数的不利は完全に覆した。
千鳥と剣士が向き合う。千鳥の後ろにはギンが羽ばたきながら降りてきたところだ。

「当てれば通る。やっぱりみたいだな」
「剣で受けないと、レジストが剥がれる。そうすればあとは一撃でいける」

剣士は必ず剣で受ける。それを確信した上での即興の連携だったが、驚くほど上手くいっった。
不敵に笑う千鳥に、剣士は舌打ちをする。

「貴様……」
「どうせノータイムで一人切り捨てた後だろ。もう一人死んだところで、何が変わるよ」

千鳥は再び飛び出した。今度は青眼、そして正面からではなく最初から軸をズラした突進。
左脇を抜けるように刀を振るい、その一撃は剣で防がれる。
即座に引き剥がした刀身を再び打ち付け、強引に防御を崩そうとする千鳥だが、膂力では向こうが優っている。
ならばと千鳥は構えを平構えに変える。
息を吐いて身体を縮め、突きと同時に極限まで身体を倒す。
相手から見れば地面と同化するほどに下から、一本の糸を通すように鋭い突きを通した。
それに対して剣士は手の内で剣をくるりと回し、柄頭で突きを弾く。
装飾がすっぱりと断ち切られるが、鎧自体はわずかに右脇腹をかする程度となった。

「素直な突きだ」
「この……」

剣士の足が千鳥を蹴りつけた。
怪我をした右足に具足のつま先が突き刺さり、がくりと身体がくずおれる。

「っ、お、ぁ」

いなされ蹴りつけられたことで身体を引き戻せない。
足を怪我したことで最後の踏ん張りが効かない。
頭上で振りかざされた剣がきらめく。
かわせない。

「お――」

足が動かない。
頭上の閃き。
落ちる剣はダモクレスのように――

弾ける音。そして衝撃を伴う快音。

千鳥は見えない。だが信じていた。
はるか背後には、ギンがいる。
彼女は兵士が落とした銃に弾を込め、そして撃っていた。
鎧の剣士の頭にかする銃弾が、兜を後ろへと追いやった。
攻撃が遅れる。

「――ぉぉぉ!」

手の内で刀を回す。逆手のそれを地面へ突き刺し、腕力だけで身体を跳ね上げて刀の上に逆立ちする。
左足で剣士の手を蹴り、振り下ろしに対して押し返した。
勢いを殺された剣士は身体を後ろに流してしまう。
千鳥は刀を手放し、腰に下げていた短剣を一本抜いて空中で回転しながら斬りつける。
甲高い擦過音と共に、寸分違わず突きがかすった跡をなぞって鎧が削れる。
地面に落下し受け身を取る千鳥は、その勢いを立ち上がる動きへ繋げた。
起き上がる動きの中で柄を手に取り、刀身を背中に隠すようにして振り抜く動きへ。

「くぅっ……!?」

銃の衝撃から立ち直った剣士は無理やりにでも剣を振り下ろした。タイミングがかち合うことはなかった。
振り下ろされた剣は千鳥の左肩と鎖骨を叩き斬り、しかしそこから先の大事な部分へは届かなかった。
右から振り抜かれた刀は刀身を鎧の傷付いた部分へ食い込ませるが、しかし斬線が通らず肉までたどり着いていない。

「これで……!」

剣士が力を込める。
千鳥の肩から派手に血飛沫が舞う。
だが、その下で千鳥は笑った。
手ごたえありと。

「弾け」

手の中で、流星刀が光を放った。
流星刀、その名の通り隕石の鉄を使って打たれた刀。
時にその刀は、不思議な力を宿すという。
千鳥の刀は雷を斬り裂き、そしてそれを取り込み……。

――カッ!

解放した。

「がっ、ばばばぁあがががが!?」

崖を下った時に斬り裂いた雷を刀身へと蓄えていた刀は、レジストを破って食い込んだ部分から致死に至る威力の雷を放出した。
外から魔法を通さない鎧は、内側へ魔法を閉じ込める檻へと変貌した。
逃げ場のない電撃に身を焼かれ、剣士は刀から逃げ出すように転げまわりながら後ずさる。
剣を肩から生やしたままの千鳥もまた、その場に倒れこむ。

「ぐ、が……おの、れぇ……!」

立ち上がったのは剣士だった。
痺れた身体で這いずりながらも、予備の短剣を手に千鳥へとどめを刺さんと近づく。
その頭頂へ、なにか硬いものが当たった。拍子に、銃撃と雷撃に耐えきれなかった剣士の兜が割れて崩れる。
広がっていく視界に剣士が仰ぎ見れば、そこには羽根の腕で器用に銃を構えたギンが仁王立ちしている。

「左眼の……お返しよ」

ぽかんと空いた剣士の口に銃口をねじ込んだギンは、銃身の金属を通して再び電撃を叩き込む。
焦げ臭い匂いを鎧の隙間から漏らし、今度こそ魔物狩りの剣士は沈黙した。

「チドリ!」

銃を放り捨てて駆け寄るギン。
しかし千鳥は完全に意識を失っていた。
急激な出血によるショック症状だが、そうとわからずともギンは血を止めようと考えた。
すでに開かれている傷から剣を慎重に引き抜き、あふれる血を兵士の死体から剥ぎ取ったマントで押さえる。
千鳥のベルトで脇の下を締め付けて止血し、続いて怪我した時のためと持たされていた治癒符を怪我に貼り付けて再びマントで押さえる。
腹の包帯を解いてそれでマントをくくりつけ、不恰好だが応急処置は完了した。

「教えてもらっといて良かった……」

五日目、暇になった時間に一通りの解説を受けたことが為になった。
だが予断は許さない。どうにかして千鳥をアーファにまで運ぶ必要がある。
一人で人を運ぶとなると、やはり肩を足の鉤爪で掴むのが手っ取り早い。だが千鳥の怪我は肩だ。

「丈夫な布か何かでハンモックみたいにして……でもそんな布なんて……」

千鳥の荷物を取りに行けば、そこに毛布が入っていたはずだ。
よし、戻ろうと立ち上がったギンの耳に、声が聞こえた。

「ギーン! ギン!」
「サフ……! イリアにレイン、ヒータも!」

ギンが自らの命を懸けて逃がした、仲間たちが遠くから飛んでくるのが見えた。
彼女らの力を借りれば、千鳥を安全に運べる。
ギンは泣きそうになり、いやそれでもと思い直した。
救われるのだ。大丈夫だ。
だから彼女は、少し泣きそうな笑みで仲間に手を振った。
15/10/19 01:22更新 / 硬質
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■作者メッセージ
実は終わりまで書き切ってるんだけど、修正をしていてまだ出せないです。
あと確認したらエロシーンだけでここまでと同じかそれ以上(二万文字以上)あって、自分にドン引きした。

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