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第六話「竜騎士団出撃せよ 〜〜竜騎士ガイダンス〜〜」
 竜騎士団本部棟と独身寮は、ドラゴニア皇国がドラゲイ帝国であった頃、大学として建てられた建物を利用していた。ドラゲイ帝国は、下層階級であった歩民と竜たちの反乱により倒された帝国ではあるが、その当時の建物がいまだに修繕されて使用されている。
 竜騎士団本部棟は、大学時代は教室と教官の個室が集まった棟で、教室の広い部屋は竜たちが事務仕事や待機、ミーティングをする部屋として使われていた。

 ユードラニナに案内されてザックがガイダンスを行う会議室に入ると、すでに会議室は大勢の竜たちが大勢いて、彼らが来るのを待ち構えていた。

「な、なんだ? みんな、講習を受けるのか?」

 ザックは他の候補生、つまり人間はいると思っていたが、まさか竜たちがいるとは思わず驚いてユードラニナに小声で訊いた。

「新しい候補生というのは、フリーの男ということだ。自分を騎竜に選んでもらおうとアピールしに来るのは当然だろう?」

 彼女は憮然とした声で質問に答えた。ザックは、彼女の機嫌の悪さの原因はわからなかったが、彼女があえて口にしなかった「竜たちによる自分の品定め」というのも含まれているのだということは理解した。

 竜と言っても若い女の子たちである。きゃあきゃあとザックを見ては色々と近くの仲良しな竜たちと意見交換していた。

「この人が噂の……」
「もっと筋骨隆々の人かと思った。意外」
「ああ見えてという意外性があるのかも?」
「でも、足運びとか武術の才能は感じないよ?」
「わかった。魔術の方よ」
「なるほどー」
「顔は結構いい方だよね」
「私はもっとかわいいほうがいいな」
「あんたはショタ好きだしね」
「どんな声で鳴くのか聞いてみたーい」

 ザックは、ワイバーンやドラゴン、ワームなど大勢の竜たちが自分を注目しているは人生二回目だが、品定めされているという状況の居心地の悪さは格別だと内心げんなりした。

「では、しっかりと講習を受けるんだぞ」

「案内してくれてありがとう、ユニ」

 お礼を言うと、ユードラニナと別れて部屋の中央に置かれた机に座った。

 それから程なくして、少しばかり疲れた顔のアルトイーリスが副官のノエルを伴って会議室にやってきた。

「おはようございます。騎士団長殿、副官殿」

 ザックは立ち上がって挨拶をした。

「おはよう、ザック。それと、私を呼ぶときは、騎士団長、団長、アリィでいい。私個人としては三番目がお勧めだ」

 顔から疲れを拭い去り、しゃきっとした態度で挨拶を返した。

「団長のたわごとはさて置き、あまり堅苦しいことはない職場だから、敬意を払っているなら呼び捨てでも何でも大丈夫です。人間の軍隊とは違うので」

 ノエルが朗らかな笑顔で補足した。

「さてと。竜騎士に志願してくれて、改めてお礼を言う。竜騎士は万年人手不足なのでな」

 アルトイーリスは軽く頭を下げた。

「竜騎士というのは、竜と共にあり、竜との絆をもって、ドラゴニア皇国、そして、魔物世界を守護する存在だ。壮大な話でぴんとこないかもしれないが、その責務は重大だと認識しておいてくれ」

 一介の手伝い屋であったザックには大きすぎる話で、とりあえず、姿勢だけは正した。

「そう緊張する必要はない。端的に言うと、竜とイチャイチャして、みんなにラブラブなのを見せつけて、愛と平和を広げて欲しいというだけのことだ」

 一気に壮大な話が身近に擦り寄ってきて、ザックは軽く苦笑いを浮かべた。

「先ほども言ったとおり、竜騎士に重要なのは竜との絆。自分の騎竜と心通わせることが何よりも大事なことだ。これだけは忘れないように」

「はい。肝に銘じます」

 アルトイーリスが真面目な顔でザックに告げたので、真顔で返事をした。

「いい返事だ。さて、竜騎士になるのに知っておく必要があることがある。それは武器の扱いだ」

 アルトイーリスがノエルの方を振り返ると、ノエルが突撃槍と呼ばれる種類の槍を差し出して手渡した。

 突撃槍の全長は、大人の男の身長より頭一つか二つほどの長い槍で、全長の三分の二ほどが円錐型の穂先になっており、残りの三分の一が棒状の柄になっていた。淡い桃色をした銀色の槍は、魔界のものには珍しく、派手な装飾や意匠は施されていなかった。

「これが竜騎士の槍だ。正式には竜上槍と呼ばれるが、ドランスやただ単にランスと呼ばれることが多い」

 アルトイーリスは、ザックに槍を受け取りに来るようにと呼び寄せた。ザックは前に出て槍を受け取ると、ずっしりした重みを両腕に感じた。大きさに比べればかなり軽いのだが、それでもザックには慣れない重みだった。

「この槍は練習用の槍だ。正式に竜騎士に叙任されると、本物の竜騎士の槍を下賜される。形も大きさも、それとほぼ同じものだから、今からしっかりとその槍に慣れておくといい」

「はい。頑張ります」

 槍という武器を手に取り、自分が本当に騎士という荒事専門の職業に転職したことを今更ながらに実感し、少し重い気分で返事をした。

「竜騎士にとって槍というのはとても大事なものだ。それは自分の騎竜を外敵より守るための武器だからだ」

 アルトイーリスの言葉にザックは頭の中に疑念をよぎらせた。

「竜という強い存在を? と思うかもしれない。だが、竜と共にあることを望み、竜と対等とあろうとする竜騎士は、実力はどうあれ、竜を守ることを目指す存在でなくてはならない。守り守られてお互いが強くなる。そういう存在が竜騎士と騎竜の関係なのだ。その槍はその覚悟の象徴だ」

 ザックの抱いているだろう疑念に答えた。

「だから、その槍は片時も肌身離さずに持っていなければならない。乱雑に扱うなどもってのほかだ。自分の第二のマラと思って大事にするように」

 最後の一言は言われたザックも照れたが、言ったアルトイーリスの方がもっと照れていた。後ろでノエルが「照れるんなら言わなきゃいいのに」とポツリと呟いたのは聞こえないことにしておいてあげよう。

「まあ、というわけだ。ここまでに質問はあるか?」

 ザックは首を横に振って、「いいえ」と答えた。そこでやっと席に戻ると、椅子の横に槍の柄を挿して立てておく金具がついていることを教えられ、受け取った槍をそこに立てかけた。

「基本、訓練は午後に行う。訓練内容は、槍を使った戦闘訓練のみならず、ドラゴニアの歴史、地理、文化、話題のデートスポット、公式の場での礼儀作法、先輩竜騎士たちによる騎竜との愛の育み方指導など、座学もある。竜に認めてもらうのも重要だが、それらの知識や技も竜騎士として活動するのに重要だから、おろそかにしないように」

 アルトイーリスが説明した。所々、妙なのが混じっていた気がしたが、気にしたら負けだとザックは飲み込んだ。

「候補生といえども、騎士団員なので、簡単な任務を命じるときがある。それも頭に入れておいてくれ。優先順位は、騎竜とのイチャイチャ、任務、訓練という順番だということだ。よくいるのだが、早く一人前になろうと訓練にかまけて自分の騎竜に寂しい思いをさせるものもいる。そんなことをしたら、懲罰房に叩き込んで強制的にイチャイチャさせるからな」

 鼻息荒くして忠告した。生真面目な男ならそういうのはやりそうだとザックも気をつけようと肝に銘じた。

「午前中の訓練は、自主訓練となっている。相手や指導が必要な時は担当教官か訓練科の事務に申請すれば、調整してくれる。遠慮無しに申し出てくれ。ただ、申請されても全てに応じるのは難しいのだけは了承して欲しい」

 申し訳なさそうにするアルトイーリスにザックは大きく頷いて了承した。

「さて、残るは騎竜の選択となったが、今日より十日間の間に選んで欲しい。もし、決めかねて選ばなければ、十日後以降は竜たちが候補生を指名する決まりになっている。十日間は独身の竜たちによる歓迎会が開かれるので、そこで運命の竜を探し出してもらう――ことになっているのだが……必要か?」

 アルトイーリスは一応形式として説明をしたが、途中で馬鹿らしくなってきたのか、くだけた様子でザックに訊いた。

「もう騎竜は決めていますので不要です」

 ザックははっきりとアルトイーリスに返事をした。その返事に周りの独身の竜たちは落胆の声を上げるものもいたが、華やいだ声を上げていた。

 ユードラニナは苦笑とも取れる寂しげな微笑を浮かべ、会議室を出ようと尾を見せた。

「聞くまでも無いが、一応、確認する。その竜の名は?」

「ユードラニナ! 俺の騎竜になってくれ」

 ザックは会議室を後にしようとしていた、隻角の青竜を呼び止め、騎竜の申し込みをした。会議場の竜たちはきゃあきゃあと喜びの声を上げて、二人の間に花道を作った。

「え? あ、え?」

 自分が指名されたことを理解できずに、アルトイーリスとザックを交互に見ていた。

「ユードラニナ! 俺の騎竜になってくれ」

 ザックはもう一度同じ台詞を言って、ユードラニナに近づき、手を差し出した。

「……ザックは、アリィを指名するつもりだったんじゃないのか?」

 ユードラニナがポツリとこぼした呟きは小さいものだったが、ドラゴンイヤーは地獄耳。会議場全ての竜の耳に届いた。

「ええっ!」

 驚きの声が上がり、壇上のアルトイーリスは転びかけたのを教壇にしがみついて必死に耐えていた。

「どこをどうすればそうなるんだ?」

 ザックは呆れた声でその根拠を訊いた。

「いや、でも、昨日、騎竜の指名方法を訊いてきた時、『独身の竜なら騎士団長を指名してもいいのか?』と言っていただろう?」

 彼女の回答に竜たちのテンションは更に上がった。一方、こけかけていたアルトイーリスは体勢を一気に立て直して、オッドアイの目を輝かせて身を前に乗り出していた。

「あれは例えだ。団長を指名していいなら、他は駄目ということはないだろ? そういう意味で例に挙げただけだ」

 ザックの答えに会場のボルテージは一気に沈静化した。そして、壁に向かって三角座りして尻尾の先で床にのの字を書いている金髪オッドアイの竜は、副官の竜に優しく慰められていた。

「えーと……今夜も予約しておきます」

「……頼む」

 一方、誤解の解けたユードラニナは、耳まで顔を赤くして、挙動不審にあたふたしていた。

「ユードラニナ! 俺の騎竜になってくれ」

 三度目のプロポーズをした。これは後に、『三婚の礼』と呼ばれて、実力者の竜を騎竜にするときの定番の作法となったが、それは今は関係ないので割愛する。

「わ、私は……」

 ユードラニナは鉤爪が手に食い込むほど拳を握り締めた。

「私には騎竜になる資格はないのだ!」

 そう言い残して会議室を飛び出していった。後に残されたザックは差し出した手をそのままに硬直していた。

「えーと、こういう場合、どうなるんですか?」

 硬直から回復して、ぎこちなく振り返ると、副官のノエルは目をそらした。

「どうもこうも、追いかけて、探し出して、捕まえて、話を聞け! 他のものもユードラニナ捕獲を手伝え。これは最重要任務とする。なお、興奮したユードラニナがブレス、魔術を使用する危険もある。一般市民、観光客への被害が出ないよう、十分に注意すること。以上!」

 壁に向かって三角座りをしていたアルトイーリスが騎士団長としての職務に復帰して命令を下した。会議室の竜たちは一斉に命令を受諾して散り散りに捜索に当たった。

「ザックも竜騎士団本部の敷地内だけでいいから、ユードラニナを探すように。敷地外には出なくていい。地理の不案内なお前ではよくて迷子になるのがオチだからな」

 ザックは頷いて、竜騎士団本部の中を夕方になるまで探し回った。

 全員が出払った会議室の中でアルトイーリスは頭をかきながら、横にいる副官をちらりと見た。

「ノエル。予約の人数を一人追加しておいてくれ」

「わかりました。苦労が絶えませんね。伴侶ができる前に禿げないでくださいね」

「自信ない」

 アルトイーリスは大きくため息を漏らして、捜索隊指揮のために司令部へと移動して行った。
17/02/16 19:20更新 / 南文堂
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■作者メッセージ
多忙のためとはいえ、先週、更新できずにすいません。しかも、今週は分量が少ないです。
来週分は少し増量してお送りできると思います。
予定では、あと2話で第一章終了で一段落つけるつもりです。もうしばらく、お付き合いいただければ幸いです。

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