連載小説
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第七話「ザックの秘密 〜〜今明かされる出生の秘密〜〜」
 薄暗く曲がりくねった路地は、その昔、敵に侵攻された際、自軍は地の利を最大限に発揮して遊撃戦を行い、敵には大軍を自由に展開させないためだという。しかし、今はその見通しの悪い、怪しい雰囲気が非日常を演出する場として大いに活用されていた。

 薄く魔物の魔力が靄のようにかかり、昼なお昏く狭い路地は、人が行きかうのも難儀するため、カップルは自然と密着して寄り添うことになる。整地されずにデコボコの石畳は不意にバランスを崩しかけ、相手に抱きつくきっかけを作ってくれる。表通りでおおっぴらに販売しない妖しい曰く付きの裏路地商品が並ぶ店先は、その存在だけで淫靡な空気を漂わせてくれる。路地の所々にある竜灯花の街灯はまぶしくても、それが作る影は暗く深い。そこでこっそりとキスしても、誰にも見られない。
 カップルにとっては表通りの明るい健康的なデート違い、ドキドキとワクワクの魅惑のデートを楽しめる。それが裏通りの醍醐味であった。

「独身の竜には、まったく、全然、これっぽっちも関係ない話ですけどね」

 強靭な足腰と空を飛んで鍛えられた平衡感覚により、どんな不整地も難なく走破する陸の王者たちは、台詞どおりにまったく全然ちっともよろめきもせずに路地をすたすたと歩いていた。
 ザックはこういった裏路地には慣れている方だが、その彼でも彼女たちについて行くのが精一杯の速さの歩みである。

 ここは竜の寝床横丁と呼ばれる、ドラゴニアでアンダーグラウンドといえばという質問で真っ先に名が挙がるほど有名な横丁である。

 不揃いの石畳の路地を進み、漆喰の壁の建物の間を抜けて、軒先にぶら下がる淫靡な看板を避けて、横丁の中ごろまで行くと、そこに『月明かり』という名前のバーがある。

「ここは竜騎士団でよく利用する店だから、覚えておくといい」

 アルトイーリスがザックに言いながら、二匹のワームが螺旋に絡み合い、一本の槍を抱く彫刻を施したチョコレート色の扉を開いた。その途端、アルコールと共に芳醇な香りが店内から漂ってきた。下町の酒場とは違う、やや高級そうなバーの匂いにザックは尻込みしかけた。

「心配しなくても、おごりますよ。団長が」

 ノエルが尻込みするザックの肩に手を置いて店の中へ押し込んだ。

「勝手なことを言うな、ノエル。――まあ、違いはないのだが」

 文句を言うアルトイーリスに「なら、いいじゃないですか」とノエルが笑顔であしらう様を見て、ザックは笑みを漏らした。その笑みに二匹の竜は少し安心した顔をした。

 結局のところ、騎竜の申し込みをされて逃亡したユードラニナは、竜騎士団員による捜索網にかからず、捕縛どころか捕捉もできなかった。やがて時間は夕刻になり、捜索は中断された。
 ザックは近辺の地図をもらって、個人的に捜索を続けるつもりであったが、夜の捜索は性的な意味で危険であるとアルトイーリスに禁止された。代わりにユードラニナ行きつけの酒場に連れて行ってもらえる約束をしたのだった。

 ザックはユードラニナがいないかどうか店の中を見渡した。店内はテーブル席がいくつかと、壁際の半個室のボックス席、そして、一番奥のカウンター席があった。お客は三人組のワイバーンと、二組のリザードマンと人間のカップルがいただけで、その中にユードラニナの姿はおろか、ドラゴンの影もなかった。

 気落ちしているザックは逆にそれらの先客たちから、軽く好奇の視線を向けられたが、ザックはそれらを意識して無視した。

 そこでザックは改めて店内を見ると、控えめの照明で静かな落ち着いた内装の店で、高級そうという予感は正しそうだと確信した。カウンターの中では金髪と銀髪の二人の豊満ナイスボディなワームがバーテンダーをしている。彼女たちの後ろには魔界の酒瓶が並べられていて、魔界の酒事情には詳しくないザックでも質量共に充実しているだろうと思わせる品揃えだった。

 アルトイーリスたちはそのままカウンターの方へと向かい、ザックもその後ろをついていった。

「ようこそ、いらっしゃいませ」
 おっとりした雰囲気の銀髪のワームが温かい笑顔で来店を感謝し、
「連日のご利用、ありがとうございます」
 勝気な雰囲気の金髪のワームが小悪魔な笑みを浮かべてザックたちを歓迎した。

「毎晩すまないな、ルーナ、サーナ」

「いいえ、とんでもない。アリィたちが来てくれるのは大歓迎ですよ。それで、そちらの男性はお見かけしないお顔ですが?」

 銀髪のワームがザックに気付いてアルトイーリスに尋ねた。

「こいつは、昨日、新しく竜騎士団に入団した、ザック竜騎士候補生だ」

「ザックです。ドラゴニアには来たばかりな上に、竜騎士についても詳しくない若輩者ですが、よろしくお願いします」

 アルトイーリスに前に押し出され、二人に頭を下げた。

「はい。バー『月明かり』のマスターをしています、ルーナです。よろしくね、ザックさん」

 銀髪のワームが温和な声で優しく歓迎した。

「同じくマスターの、サーナよ。よろしくね、かわいい竜騎士さん」

 続いて金髪のワームがウィンクして、ザックは少し顔を赤くした。

「照れちゃって、かわいい」

 二人に見事にハモって言われ、ザックは照れ笑いを浮かべるしかなかった。

「でも、昨日入団ということは、今は騎竜の選択期間じゃないの?」
「歓迎会に参加させずに連れまわしたりして、独身竜たちに闇討ちされるわよ?」

 ルーナが心配して、サーナが悪戯っぽく笑った。

「襲われても遅れをとらん自信はあるから大丈夫だ。心配ない」

「そういう意味じゃありませんよ、アリィ」

 胸を張るアルトイーリスにノエルが冷静にツっこんだ。

「予約は三名だったわね。他の竜が後で来る感じじゃないようだし、ということは……?」
「そうなのね。ついに騎竜の指名を受けたのね。どっちがプロポーズされたの? ノエル? それとも、まさかアリィ?」

 サーナの呟きにルーナが身を乗り出した。

「どっちにしてもすごいわね。騎士団長としての統率力や単騎の実力は歴代騎士団長と比べても遜色ないけど、いざ男性関係に関しては天然へタレなアルトイーリスか」
「竜騎士団きっての切れ者。切れ味抜群の懐刀。だけど主に切るのは騎士団長の懐という腹黒笑顔のノエル。どちらか指名したというだけで、鉄竜珠勲章モノの英雄ね」

 ルーナとサーナがザックを見かけによらないと感嘆の表情を浮かべて見つめた。

「なんだ、そのでたらめの紹介文は? だいたい、なんで私は、『まさか』なんだ?」
「まったくです。アリィのはさて置き、私のは事実無根です」

 アルトイーリスとノエルは不満の声を上げた。

「お酒の一番の肴は噂話です。ここは酒場ですから、それは売るほどございますから」

 にっこりと微笑んでルーナがいうと、二人は小さくうなり声を上げるしかなかった。

「で、どっちなの? ザック君?」

 サーナが少し身を乗り出してザックに訊いた。

「え? いや、俺は……」

「そいつが選んだのは、ユニだ」

 ザックが答えるよりも早くアルトイーリスが答えた。

「うそ!」

 金髪と銀髪のワームが仲良く同時に驚いて、臙脂色の目を丸くした。

「嘘じゃないです。俺が指名したのは、右の角がない青いドラゴンのユードラニナです」

 ザックは驚かれるのが少し不愉快に感じつつも、アルトイーリスの言葉が正しいことをはっきりと二人に伝えた。

「本当なの?」

 まだ信じられないとばかりに二人がノエルに再確認した。

「驚くのは無理ありませんが、本当です。今日、騎竜選択でプロポーズしました。しかも、三回も」

「あのユニに……で、そのユニは?」
「プロポーズされて嬉しさのあまり魔界熱でもだして寝込んでいるとか?」

 二人は姿の見えないユードラニナに首をかしげた。

「ユニはプロポーズを受けて、逃亡しました。目下、捜索中です」

 ノエルがそう答えて、騎士団組三人が重たいため息を吐いた。

「さすがはユニ。斜め上を行くわね。前代未聞じゃない?」

 サーナが他人事と面白がるには付き合いが長すぎたのか、軽口を叩きながらも苦笑を漏らした。

「プロポーズされて、照れてパニック起こしてしまうケースはよくあるが、逃亡は初めてだ。大抵は嬉しすぎて腰が抜けそうになっているから逃げることなどできないんだが」

 アルトイーリスがくすんだ金髪をかいて困り顔を浮かべた。

「難儀な話ね。とりあえず、ユニを目撃した情報が入ったら、騎士団に連絡するわ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 ザックは二人に深々と頭を下げた。

「そのためには情報が必要なの」
「お姉さんたちの事情聴取を受けてくれるかしら?」

 二人のワームが小さく舌なめずりした。臙脂色の瞳に浮かぶ色は、ここ最近で見慣れた恋バナを期待する独身こじらせ竜色であった。

「俺が話せることならなんでも」

 それでも藁にもすがる思いでザックはそれに応じた。

「まずは、ユニのどこが気に入ったの? 見た目? それとも旧魔王時代から生き残る実力者だから?」

 サーナの質問にザックは内心眉をしかめた。

「どこがっていうのは、正直、よくわかりません。気がついたらユニのことが気になっていて……一目ぼれみたいなものです。強いて言うなら、人柄だと思う」

「人柄……ね」

 サーナとルーナは少し猜疑の視線をザックに向けた。

「確かに、出会って数日だし、話もじっくりしたわけじゃない。ユニのことはほとんど知らないが、ユニと一緒にいることに心地よいと感じたのは嘘じゃない」

 静かなトーンでザックは話したが、心の中は嵐のように怒りが吹き荒れていた。

「さっきから気にはなっていたのだけど、プロポーズしたというのは、近づいて声をかけたわけね?」

 サーナの質問に、ザックは当たり前のことをどうして聞くのかと怪訝な顔で頷いた。

「サーナ、ルーナ。ザックはユニと普通に会話できるんだ」

 アルトイーリスが見かねて口を挟んだ。その言葉に二人は再び驚きの声を上げた。

「この子が? 嘘でしょ? 信じられない」
「失礼な物言いだけど、サーナと同じく、信じられない」

「驚くのも無理はないが、事実だ」

 アルトイーリスの言葉を保証するかのようにノエルも頷いた。

「さっきというか、前から気になっていたが、ユニと話すのがそんなに珍しいんですか?」

 ザックは今の今までユニと普通に会話をしてきたので、周囲の驚きが誇張としか感じられなかった。

「珍しい。はっきり言うと、私は今までユニがザック以外の男性と言葉を交わしているのを見たことがない」

 アルトイーリスが真顔で言うと、ノエルも同じことを口にした。サーナとルーナも見たことが無いと断言した。

「じゃあ、なんで俺とは普通に話しているんだ?」

 ザックは丁寧語を止めて、素の言葉で疑問を漏らした。からかわれているのかもしれないと疑いもまだ消し去れなかった。

「それが謎なのです。だいたい、ザックがユニに話しかけられるのも謎なのだから」

 ノエルがショートヘアの金髪を揺らし首をかしげて眉間に皺を寄せた。

「なんだ、ノエルは気付いていないのか? それに関してはおおよその見当はついているぞ?」

 アルトイーリスが意外そうにノエルを見た。

「本当ですか、アリィ?」

「ちょうどいい。私の推理の実証をしてみよう」

 自信満々に言う騎士団長に副官は少し複雑な表情をしたが、理由に見当もつかないので彼女の推理の実証に付き合うことにした。

「じゃあ、ノエル。そっちの隅に行ってくれ」

 アルトイーリスはノエルに店の一番奥の隅に行くように命じた。ノエルは意味もわからず、言われたとおりに指示された場所に立った。

「よし。では、三歩分ぐらい――だいたいでいい。竜の気当たりを開放してみろ」

 ノエルは怪訝な顔をしたが、アルトイーリスに従い、何か集中する気配を見せた。

「さて、ザック。ノエルのそばまで行って声をかけてみてくれ」

 今度はザックが怪訝な表情をしたが、サーナとルーナは苦笑を漏らしていた。

「これに何の意味があるんですか? ノエルさんはわかりますか?」

 ザックは店の隅に立つノエルの方へと歩み寄って、そのすぐそばまで行って質問した。その声にノエルは青い瞳を見開いて驚き、サーナとルーナも同じように驚いていた。アルトイーリス一人が勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。

「いや、ちょっと待って。久しぶりだから、ちゃんとできていなかったのかも。もう一度!」

 ノエルは慌てたように、さっきと同じようになにやら集中した。

「うわぁああっ!」

 店の中に悲鳴が響き渡り、そちらの方を見ると、テーブル席にいたカップルの男性が椅子から転げ落ち、あごを鳴らして震えていた。カップルの相手であるリザードマンはすぐに男に寄り添い、助け起こしながらノエルの方を睨みつけていた。

 ザックはその様子をノエルのすぐそばできょとんと見ていた。

「すまない。迷惑をかけた。ここの払いはこちらでするので、勘弁してほしい。もてないドラゴンのやっかみだ」

 アルトイーリスがカップルにきっちりと謝罪した。そして、サーナにいって、上等な魔界ワインを迷惑料代わりに他のお客にも振舞うように頼んだ。

「支払いはノエルにつけておいてくれ」

 カウンターに戻りルーナに告げると、店の隅にいるノエルたちがカウンターへと戻ってきた。

「勝手に人の支払いにしないでください」

「迷惑をかけたのはノエルだから仕方あるまい? 三歩分と念を押したのに店中に気当たりを撒き散らしたんだからな」

 いつもと逆にやり込められて、ノエルは軽く口を尖らせた。

「えーと、どういうことか教えてくれませんか? 俺にはさっぱり意味がわからないんですが?」

 ザックはこの一連の流れの意味がさっぱり理解できなかった。

「そうだな……まず、竜の気当たりというのを知っているか?」

 アルトイーリスの言葉にザックは首を振った。

「竜の気当たりというのは、かつて旧魔王時代の竜は、対峙した敵に自ら発する気を浴びせ、恐れおののかせていた。ドラゴン属は姿だけでなく、この気も旧魔王時代のものにすることができるのだ。それを竜の気当たりという」

「竜の気当たりを受けた人間は、恐怖心に心を支配され、硬直したり、腰を抜かしたり、逃げ出したりするの」

「そうならないのは、今の世では、主神の加護でそれを無効にする英雄や勇者、自らの修行で鍛えた精神力でそれを跳ね返す武術の達人ぐらいだ」

 アルトイーリスたちの説明にザックはとりあえず頷いた。

「さっき、ノエルはそれを開放したが、ザックはノエルが怖いと感じたか?」

 ザックは首を振って「なんとも」と答えた。

「では」

 そういって、アルトイーリスは目にも留まらぬ早業で短刀を抜いてザックの首筋を狙って斬りつけた。ザックは悲鳴を上げて、カウンター席の椅子からずり落ちて椅子に無格好にしがみついた。

 アルトイーリスの短刀はさっきまでザックの首のあったところ寸前で止まっていた。

「なかなか反応はいいな。と、まあ、ザックは竜の気当たり以外の、普通の闘気には反応する。危険を少しも察知しないボンクラじゃない」

 こんな実験をしなくても、危険な気配を察知する勘がなければ、治安の悪い下町で生活するのは難しいことぐらいいくらでも説明できると、ザックはアルトイーリスに抗議の視線を向けた。

「ザックは竜の気当たりにだけ特化して鈍感な体質なんだ」

 アルトイーリスは視線を無視して短刀をしまいながら結論を言った。ザックも抗議を諦め、椅子をよじ登り、座りなおした。

「そんな体質があるんですか?」

 ノエルがまだ懐疑的に訊いた。彼女自身、そんな体質は聞いたことがなかった。

「ある。いや、あったというべきかな? かつてのドラゴンスレイヤーたちに多い体質だ」

 アルトイーリスが言うと、ノエルがハッとした表情になった。

「旧魔王時代、ドラゴンスレイヤーたちが全盛だった頃の彼らは、ザックと同じレベルの体質だったものがほとんどだった」

 これによって竜と対峙しても気当たりで恐慌状態にならず、厳しい修行で鍛えた技を駆使することができるのであった。

「竜の気当たりは薬で恐怖心を紛らわす方法もあるが、それをすれば危機感や勘が鈍る。それは戦闘では致命的だ。かといって、竜に負けない精神力など、よほどの天稟に恵まれないと身につかない。そこで考え出されたのが竜の気当たりを感じない体質だったという」

「どうやってそんなものを……」

 ノエルはにわかに信じがたいと眉をひそめた。

「彼らは世界を巡り、そういう体質をもつ人間を見つけては、自分たちとの子を作らせた。そして、その子同士を交わらせ体質を濃くしていった。何世代にもわたって。そうやって竜の気当たりをほぼ無効にする体質を完成させたのだ」

 アルトイーリスは今は失われた技術というか、血脈のことを説明した。

「でも、それも新魔王時代となってからはドラゴンの被害が激減して、ドラゴンスレイヤーは衰退の一途をたどりました。今、世界に残っているドラゴンスレイヤーたちは、百人いるかどうかのはず。でも、彼らがそんな体質だなんて聞いたこともありません」

 アルトイーリスの推理にノエルは反論した。

「そうだろうな。新たな血を入れるどころか、血脈を維持する組織力もなくなったからな。次第に減っていく人数と薄くなる血で、気当たりを無効にする体質は消えていったのだろう。おそらく、今のドラゴンスレイヤーたちはこの体質のことも知らないかもしれないな」

 失われた技術というか体質がどうしてザックに宿っているのか、ノエルたちの視線がザックに向けられた。

「俺も知らない。そんなの初耳だ」

 ザックは懸命に首を振った。

「おそらく、ザックの先祖にドラゴンスレイヤーのものがいたのだろう。そうして、何かの偶然で先祖がえりして、ザックは全盛期レベルの竜の気当たりを無効化する体質が宿ったのだろう」

 アルトイーリスは隔世遺伝などの例を挙げはしなかったが、ノエルは例を挙げられることなくそれを理解した。

「ちょっと待て。俺は貧乏な寒村の出だぞ? ドラゴンスレイヤーなんて、そんな大それたものとは無関係だと思うんだが?」

 いきなり先祖の出自に英雄のような存在が出てきてザックは面を食らった。

「衰退するドラゴンスレイヤー業界に見切りをつけて、地に足をつけた暮らしを選んだものがいたのだろう。そして、子孫に面倒がないようにそれを秘匿してもおかしくはない」

 アルトイーリスの説明に矛盾はなく、ザックも納得するしかなかった。

「ともあれ、その体質は、おそらくは今の世界で唯一、多くても数人の稀有な血統スキルだろうな」

 アルトイーリスは苦笑まじりに断言した。

「でも、世界で一番無意味なスキルかもしれませんね」

 竜たちが人を恐れさせる竜の気当たりを好んで使うことはまずない。なので、それを無効化するスキルなどあっても使う機会など皆無である。

 ザックもユードラニナと出会わなければ、このスキルに一生、気付くことはなかっただろう。

「ということは……」

 ザックはあることに気付いて暗い表情になった。

「気付いたか。ユニは人間を近づけないように、この竜の気当たりを使っていた。その結界に守られたユニに人間が声をかけるのはほぼ不可能だったわけだ。ただ、ザックはそのスキルで結界を無効化して声をかけることが可能だったということだ」

 アルトイーリスはユードラニナと会話ができる人間が珍しいことと、ザックがなぜ話ができたのかの推理を締めくくった。

「ということは、ユニはザックを英雄や勇者、達人などとは思って――」

「いないだろうな」

 ノエルの言葉をアルトイーリスが先取りした。

「だから、ザックのことは、竜の気当たりという茨の森を踏み越えて眠れる森の竜に声をかけてきた深い愛を持つ王子様と思われている」

 ノエルの言葉にザックはカウンターに沈んだ。

「俺は、そんな大層な存在じゃない」

「それは知っている」

 落ち込むザックにアルトイーリスはばっさりと斬り伏せた。

「じゃあ、どうすれば!」

 ザックは一刀両断されたがゾンビのように生き返り、カウンターから身体を起こした。

「簡単なことだ」

 睨み付けるザックの視線など愛玩犬の威嚇よりもそよ風に感じつつ、サーナとルーナの方に顔を向けた。

「ザックにいつものを出してやってくれ」

 その言葉に二人のワームはにっこりと微笑み、カクテルを作り始めた。

 ロングカクテル用の背の高いタンブラーグラスに、オレンジ色のお酒が注ぎ込まれ、細竹のようなスティックが挿され、赤い果実が浮かべたカクテルができあがった。

「カシドラベリーです。媚薬成分はほとんどないので安心してください」

 ザックの前にカクテルが出された。そして、アルトイーリスとノエルの前にも同じカクテルが出てきた。

「それを飲んでみろ」

 ザックは言われるままにカクテルに口をつけた。オレンジ色の液体はアルコール度数は低く、口当たりが果実水のように甘く優しく、ほのかな酸味がした。これを飲んだ後に吐く息も甘くなっていそうな錯覚がした。

「おいしいです」

 ザックはカクテルなど飲んでいる状況ではないが、そのおいしさに素直に感想を漏らした。

「ありがと。で、魔界カクテルにはそれぞれ、酒言葉と言われる意味があるの。カシドラベリーは――」

「恋への勇気」

 ルーナの説明途中でアルトイーリスとノエルが、サーナ&ルーナ顔負けの息ぴったりにユニゾンで酒言葉を言った。

「――です。どうかしら? まだ勇気が足りないならいくらでも頼んでね」

 ルーナが苦笑を浮かべながらザックに言うと、彼はグラスを脇に置いた。

「アルトイーリス騎士団長」

 ザックはアルトイーリスの方に向き直り頭を下げた。

「明日の捜索は、俺も街の一部だけでもいいので、外の捜索に参加させてください。お願いします」

 アルトイーリスはそれを横目で見ながら自分のカシドラベリーを口に含んだ。

「それは却下だ」

 口に含んだものを飲み込んで冷たく言い放った。

「アリィ」

 さすがにノエルが口添えするのに口を挟もうとした。

「実を言うと、ユニがいるだろう場所の見当はついている」

 ザックは腰を浮かしかけたが、アルトイーリスがそれを手を掲げて止めた。

「本気で逃げるユニを補足するのは、騎士団にとっていい訓練になるからな」

「そんなことで!」

 アルトイーリスを睨みつけたが、歴戦の騎士団長にはそよ風のようなものなのか、あっさりと受け止められて流された。

「逃げたすぐの段階ではどこに行くかはわからなかったのは確かだ。ただ、夕方まで探していないとなれば、行くところはわかる」

「じゃあ、どうして!」

 諦めずに睨み続けるザックにアルトイーリスは困った表情を浮かべた。

「迎えに行くのは、ザックの覚悟を聞いてからと思ったからだ。ユニに話しかけれたのは単なる体質のおかげ。その事実を知ってなお、まだユニを選ぶかどうか。見定めずに連れて行くわけにはいかないだろ?」

 アルトイーリスはそこでやっとザックの方へと向き直った。

「さあ、ザック。騎竜選びは白紙に戻った。ユニが逃げた以上、お前が別の竜を選んでも、誰もお前を責めない。むしろ、選ばないのが当然と全員納得するだろう。すぐに決めなくても――」
「俺の騎竜は、ユードラニナです。彼女しかいません」

 ザックは、まだ何か続けようとしたアルトイーリスにはっきりと宣言した。

「ユニはお前を運命の人として多くを求めるかもしれないぞ?」

「応えるように頑張ります。いえ、応えてみせます」

 ザックの迷いのない瞳にアルトイーリスは頷いた。

「わかった」

 それまでのきりりとした雰囲気を台無しにするようにアルトイーリスはグラスを横においてカウンターに突っ伏した。

「……ワンチャンあると思ったんだけどなー」

「アリィ。どこをどう探せば、そんなものあると思えたんですか?」

 そんな彼女にノエルが冷静にツッコミを入れた。

「とはいえ、こんな美人で有能な竜を二人もふったんですから、ちゃんと落としてらっしゃいね」

 ノエルがザックに微笑みかけて激励した。

「ノエルさん……それって?」

 ザックは少し驚いた表情を見せ、困った顔になった。

「ふふ。なーんてね。冗談よ」

 ノエルが悪戯っぽく笑った。

「びっくりした。ノエルさん、冗談きついですよ」

 驚いているザックをノエルは少し抱き寄せ、頬に頬を当てた。

「ノ、ノエルさん!」

「ご武運……違うわね。ラブ運があなたにあらんことを」

 再び驚くザックに、ノエルはそうささやいてから身体を離して右手を胸の前で握った。竜騎士団式の敬礼である。

「ありがとうございます」

 ザックもそれに倣って右手を胸の前で握った。

「ザック! 出発するぞ」

 いつの間にかタンデムハーネスを身につけたアルトイーリスが店のバックヤードに通じる扉の前にいた。

 ザックはカウンターの上にあったカシドラベリーが目に入り、それを掴むと一気に飲み干した。アルコール度数が低いとはいえ、微かに喉を熱くした。

「ごちそうさま、サーナさん、ルーナさん。勇気、もらいました。いってきます」

 ザックはサーナとルーナにお礼を言うと、アルトイーリスを追いかけるように店の奥へと入る扉をくぐり、ドラゴンポートのある屋上へと向かった。
17/02/23 21:08更新 / 南文堂
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■作者メッセージ
 次回、ユードラニナを口説きにザックが頑張ります。それで第一章が終了の予定です。
 あと一話、お付き合いいただければ幸いです。

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