薬湯
〜浴場での飲食は禁止です〜
今日も重い体を引き摺りながら、通い慣れた道を歩き目当ての建物へと近づいていく。無機質で嫌味たっぷりなその建物を見ているだけでストレスがマッハで限界を超えていくのがわかるが、それでも我慢して建物内へと入る。入った途端に鼻にツンとくる匂いとなんともいえない静かな雰囲気がたまらなく嫌だ。懐から長方形のプレートを出し、受付に居た女性に手渡すとすぐに手近に設置されている椅子へと深く腰を落とす。
「・・・・くさい・・」
何度来ても慣れない薬品の匂い。此処が病院だとわかっていても脳が受け付けてくれない。根っからの病院嫌いだしな。
「・・・・・・さん。・・・・・さん、2番へどうぞ〜」
っと、もう呼ばれていたのか。やれやれ、またあれを打たれるのか。ま、後少しの辛抱だし我慢しますか。はいはい、今行きますよー。
「はい、それじゃ腕を出してー」
「・・・はい。・・・ツッ・・・」
「はい終わりましたよ」
さて、受付寄って薬貰って帰るとしますか。はいよ、2310円ね。さっさと病院から出よう。此処の匂いはあまり好きじゃないし、あんまり長居してると本当に病人になってしまいそうだ。
「・・・・ったく、こんな傷さえ無ければ」
まさか、怪我した所に菌が入って体を巡ってしまったとはな。全く運が無い。おかげで抗生物質打ちまくりだわ。打った後は体がだるくなるし、やたらと眠くなるし、変な筋肉痛に襲われたりとか最悪すぎる。早く完治してくれないと仕事に行けないから困る。と、思ってる傍から筋肉がピリピリしてきやがった。早く帰ろう。
「ふぅ・・・家に戻ってくるだけで疲れるなんてな」
たかが徒歩10分も無い距離でこれではどうしようも無いのだが、もしかして今の俺の体力って小学生並なのか?いや、そうだろうな。しょうがない、少しだけ寝よう。そうしないと体力回復しないわ。
「・・・・ふあぁぁぁぁ〜〜〜、良く寝た・・」
少しだけでも寝たおかげでなんとか体が動くようになった。ああ、もう夕方なのか。それじゃ風呂にでも・・、そういや何もしてなかったな。今から風呂沸かすのも面倒だし、久しぶりに銭湯に行ってみるか。確か洗面台の下辺りにいつでも行けるようにと用意してたはず、あったあった。それじゃ、体の痺れが取れてる今の内にさっさと済ませてしまおう。
「久しぶりだなぁ・・・銭湯に行くのも」
金玉に行くのって、小学生の時以来だ。あの時は結構無茶な事して番台のお姉さんに怒られてたな。今も居るのかな。居る訳ないか、たぶんもう結婚してどこかに行ってるかも。
「いらっしゃ〜い」
「・・・居たよ・・」
「何の事かしら?」
「いや・・もう結婚してどこかに行ってるかと・・」
「……」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!笑顔がすごく怖い!!もしかして結婚の事は地雷だったのか。と、いう事は今もフリーって事か。
「勿体無いなぁ・・」
「な に が も っ た い な い の か し ら ?」
その口調怖いです、はい。
「いや、だってさ・・、昔から見てたけど・・。美人だったから・・さ」
「やだぁ、もうこの子ったら〜♪こんな美人なお姉さん捕まえて口説こうなんて〜♥」
「口説かない口説かない!俺には高嶺の華ですよ!・・と、二百円置いときますね」
「はいは〜い♪ごゆっくり〜」
はぁ、怖かった。でもマジで勿体無いよなー、あれだけ美人で尻尾もっふもふで気立ても良くて・・それにおっぱいでかいし言う事無しなのになー。・・・そんな事よりまずは俺自身の事だよな。俺もフリーの身だし…。あまり考え込むと寂しさ倍増するし風呂入ろう。
<カラララララ・・・>
ガキの頃と全く変わってないなー。変わったのは客の年齢層だけか。ああ、そういや俺もそうだな、あれから10年以上も経ってるし変わって当然か。・・・シャワー浴びてさっさと体洗ってから風呂入るか。ん、久しぶりの電気風呂だが・・ちょっと微妙だな、もうちょい強くてもいいんだが。なんというか、こう・・痺れるぐらいの強さがあってもいいんじゃないかと思うんだが、そうなったらじっちゃんとか絶対危ないよな。なんだかちょっと物足りないから外に設置されてる露天でも入ろう。
「・・・気のせいか?なんだか誰かに見られてる気がする・・、いや、やっぱ気のせいか?はて・・・・・・?」
何故だろう、さっきから誰かに見られてるような気がするんだが、すぐに気配が無くなってしまってるって、なんか都市伝説みたいで怖いぞ。なんだか此処に居たら身の危険を感じてしまう・・。中に入ろう。
「ふぅ〜〜、やっぱ中のほうが落ち着くわ。しかし、さっきのは何だったんだろう・・・」
確かに妙な視線を感じたはずなんだけど。あー、うん、もしかしたらゴースト辺りかもな。たぶんそうだ。そうに違いない。
「と、そういや此処には珍しく薬湯があるし入っておこう。・・・透き通ってるけど見事に茶色だな」
匂いがすっげーな、茶をむちゃくちゃ煮詰めて醗酵させたような匂いがぷんぷんしてくる。でもこの匂いは嫌いじゃない、逆に落ち着く。・・・麦茶に浸かってると思えばいいか。んじゃ、失礼して。
「・・・はふぅ、・・・肌がピリピリして気持ちいい・・。これ、何の薬使ってるんかな?」
見た目ではわからないが、結構効きそうな感じかも。この体に染み込む感じ、鼻の奥まで浸透してくるきつい植物の香り、それに心無しか体が軽く感じる。さっきまで体がだるくて動くのも面倒だったはずなのに、今なら家まで全力で走れそうな気がしてくる。気がするだけ・・。
「あー・・、この薬湯気持ちいいなー、本当に効いてるのかも。・・・・ん?」
なんぞこれ??壁向こうから根っこみたいなのが生えてるぞ?ちょっと邪魔って感じかな・・・と。あっ、しまった・・先端が少しだけ折れちまった。
「はひゅっ!?」
「・・・んぁ?何だ今の?」
「はぅぅぅぅ〜〜〜〜、・・・・今、根っこの先っぽ折れちゃったような気がしますぅぅ〜〜・・」
「気のせいじゃないの?気になるなら戻してみれば?・・・・あら?本当に先端が折れちゃってるわね?何かに引っ掛かったのかしら?」
・・・・・・、もしかして今俺が握ってるこれの事なのか?これって・・図鑑で見たマンドラゴラの根に似てるんだが・・・。ははは・・まさか、な。そんな高価なもんがあるわけ・・あるわけ・・。も、もし・・これが本当にマンドラゴラの根っこなら・・今の俺の病気も一瞬で治るはず。
「ちょ・・ちょっとだけ・・味見・・を・・」
決して期待してる訳じゃないが、もし本当にマンドラゴラの根だったら体が元通りになるはず。そ、それじゃ・・一口だけ。
「・・・んむ、ちょっと硬いな。・・・ぁ、甘い」
な、なんだこれ!?体が・・体が異常なほど軽く感じるぞ!さっきまでの鈍痛が嘘のように感じられない。も・・もう一口だけ・・。
「・・・!(やっぱりこれマンドラゴラの根っこだ!!)」
体中に力が漲る、いや違う。溢れだしてくるこの感じ。最高の気分だ。今ならなんでもやれそうなテンションだぜ。ふぅぅぅぅぅーーー!
「あ、なんかやばい・・、とんでもないぐらいハイテンションになってきてる。でもなんで・・壁から根っこが生えてたんだ?って、引っ込んでる?・・とりあえずこれ返しておくべきか・・。ちょっと齧ってしまったけど」
根を折ってしまった事、齧ってしまった事に少しだけ罪悪感と疲労が取れた感謝を同時に感じながら浴室から出て体を拭く。体を拭きながら一つだけ思う。そう、自らの股間を眺めながら気付いた事。
「・・・やっぱりマンドラゴラの根って・・最強の精力剤なんだな」
周りのおっさん連中にばれないように急いで下着を穿き、むりやり中に収める。急いだせいかちょっとだけ痛かったがこの際我慢だ。
「それじゃちょっと勿体無い気もするけど・・持ち主に返しに行くとしますか」
これがあれば一生無事に過ごせるし、もし売ろうもんなら大金になるけど、俺はそこまで強欲じゃないし、体が治っただけでも充分満足出来る。
「んー、・・休憩室に居ないって事はまだ上がってないんだな」
女湯の暖簾前に置いてあった椅子に座りのんびりと待ってみる。待つ事数分、見た目140cmぐらいだろうか。成熟した、とはいえないが女子高生ぐらいのマンドラゴラの少女が少しばかりむくれた顔をして出てきた。たぶん、拗ねてる理由は俺が持ってるコレの事かもな。悪い事をしちまった、早く返そう。
「なぁ、そこのマンドラゴラの御嬢ちゃん」
「・・・・ぁぃ?」
「ごめんな・・、さっき薬湯で何も知らずに折ってしまって・・」
そう言ってから俺は手に持ってた僅か小指程度の大きさの根を彼女に返す。向こうも無くなったはずの根が出てきた事に驚いたのか、俺をずっと凝視してくる。
「・・・・どうして返してくれるの?」
「・・・ぇ?いや・・そりゃ普通持ち主がわかってれば返すのが当然だし」
「私の根・・・、売れば大金持ちになるのに?」
「・・・・別に金が欲しくて折ってしまった訳じゃない。ただ・・」
「ただ?」
一呼吸置いてから理由を話す。
「俺、今ちょっとした事で体を悪くしてさ・・、病院行ってもなかなか治らなくて・・。それでさっき偶然にもこれがマンドラゴラの根っこってわかってしまって・・」
「わかって・・??」
「・・・・・ごめん、どうしても体治したくて・・さっき少しだけ食べちまった。本当にごめん!」
「・・・・・!!」
頭を下げ、両手を前に突き出し根っこを返す。・・・なかなか受け取ってくれない。かなりご立腹なのか。そりゃそうだろうな、突然体の一部を折られて、さらに食われたとなれば普通怒るわな。
「それ、あげる♥」
「・・・・へ?」
間抜けな声を出してしまった。そこは普通怒るところだろ、なんでそんな簡単に勝手に根っこ折って食ったやつを許せるんだ。
「いいのか・・?食っちまった俺が言うのもなんだけど・・」
「うん♪だって・・」
「だって?」
え、なんでそこでもじもじするの?俺、何もしてないよな?別に疚しい事なんてしてないぞ。
「だって・・皆、私の根っこ目当てで近づく人が多かったから・・。こんなに正直に返してくれる人なんて居なかったから・・♥」
ああ、そうだろうなあ。万病に効く根だしな。売れば大金持ち、持ってるだけでも一生病知らず。そんな高価な物を手に入れたら返したくないのが人間の性だ。
「ねぇ・・」
「何だ?」
「今ここで全部食べちゃって♪」
「・・・まぁいいのなら・・。はぐ・・、ん、このコリコリ感と甘味が・・いい・・。って、何で俺説明しながら食ってんだ!」
「・・・・・♥」
うおおぉぉっ!?すげぇ、凄すぎる!体中に力が漲るなんてもんじゃないぞ。今ならフルマラソンでも24時間耐久レースでも何でも来い、って感じだ。
「♥」
な、なんで抱き付いてくるの。ちょ、ちょっと今やばい状況なんですけど!体中に力が漲ってるのに抱き付かれたら・・。
「嬉しいです・・。他の人はユニコーンさんやダークプリーストさんや高位の人達の治療を受ける人が多いのに・・。私なんて根っこしか必要とされないのに・・・♥」
あっ・・あっ・・、やめて・・。そんなにプニッて押し付けられたら理性崩壊しちゃうよ。って、いうか・・そんなに可愛いんだから知らない人に抱き付いたりしちゃ駄目だぞ。
「あ、・・あの!」
「な、何!?今ちょっと危険が最も危ないんだけど!!」
「わ、わわわ・・・私と・・付き合ってください!!」
何?何で突然の告白!?俺、何か気に入られるような事したの!?でも、・・・童顔ぽいけど、可愛らしい顔してるし・・胸も少々控え目だがプニッとして柔らかかったし・・体型も140程度で小柄だけどそこがいいし!そこがいいし!
「・・・・」
「やっぱり私みたいなオチビさんでは・・ダメですか・・」
「・・・・・フンッ!!」
「キャァ!?」
おっしゃぁぁ!今なら出来る御姫様抱っこ。ここまで言われて断われるかっての。
「あああああああのあのあのあの・・・!?」
「よし、このまま帰ろうか」
「・・・♥」
鼻血出してなかったら決まってたんだろうけどなあ。効き目抜群過ぎて興奮抑えれない。いや、もう抑える気無いけど。とりあえず、これでもう病院に行かなくていいんだ。明日からまた仕事に復帰出来るぜ。
「ありがとうな・・えと・・」
「樹亜(きあ)・・です。私の名前・・」
樹亜かー、可愛らしい名前じゃないか。あ、そういや俺も名乗ってなかったな。俺は・・・。
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14/09/23 20:45更新 / ぷいぷい
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