覗き穴
〜通い合う心〜
-ピンポーン♪・・・ピンポーン♪-
-ピンポーン♪・・・ピンポーン♪-
何度かチャイムを押した後に遅れてやってくる返答。
『はーい・・、どちら様でしょうかー』
「うぃーす、よっしー。風呂行こうぜー、って・・・お前なんだか声が変だぞ?」
『そ、そんな事ないよ・・・。気のせいじゃない・・?』
返ってきた返答に違和感を感じる。こいつこんなに声のトーン高かったっけ?なんちゅうか・・・声変わりする前みたいな感じにしか聞こえない気がするんだが。・・・そんな事はどうでもいいか。
「んじゃ、さっさと行こうぜ」
『ちょ、ちょっと待って!今ちょっと手が放せなくって・・先に行っててくれないかな?』
「ああ、わかった。んじゃ、なるべく早く来いよー」
プツンという音と共に俺は先に銭湯へ向かう。最近ちょっと御無沙汰だったが、たまの休日になんとなく入りに行くってのもいいもんだ。だがしかし、・・あいつの声・・あんな声だったか?インターホン越しに聞いたからあんな感じに聞こえたんかな。普段は勝手に家に入っちまうしな。あ〜、なんだろ。このモヤモヤ感。
「・・・なんかあいつの声・・・女子中学生みたいな声だったな?」
あいつはちょっとだけ中性っぽい顔立ちしてるから似合ってそうだけど、それはそれでちょっとなぁ。前にその事を指摘して大喧嘩した事もあったし。
「釈然としないけど・・気にしすぎかな」
昔ながらの暖簾をくぐり番台の女将さんに二百円を手渡すと突然変な顔をされた。
「・・・あらら、彼女放っておいて一人で先にお風呂なんてダメよ?」
「・・・・・・・は?」
俺には彼女どころか女友達なんて居ない。寂しい寂しい孤独人生だよ。と、いうか女将さんもしかして誰かと間違えてるんじゃないかな。
「あ・・あの、俺には彼女なんて居ないんだけど・・誰かと勘違いしてるんじゃ・・」
言ってて悲しくなってきた。どうせ俺はもてないですよ、ええ、もてませんとも!心の中の全俺が号泣しているのがわかる。ああ、わかるぞ俺、その悲しみ。
「・・・変ね〜・・?貴方の体から女性の匂いがするのに・・・?」
「匂い・・・?」
とりあえず手首や腋の下付近などを嗅いでみたが何も感じない。ちょっと汗臭かったが・・。
「やっぱ人違いですよ、それに匂いなんてしませんし」
「そうかしら?」
まだ良く判っていない女将さんを後にして脱衣所に入る。服を脱いでる最中もまだブツブツと独り言を言っていた。
「・・・確かに匂ったのにね〜・・・、気のせいかしら?」
さぁ〜て、まずはシャワーだ。とりあえず、この鬱陶しい汗を流さないとな。特に股間は念入りに。汗を大量にかいたまま放置してると夏場はすぐに痒くなるぞ。清潔第一、皆も気を付けような。シャワーを浴びてすっきりしたところで軽く体を洗う。ある程度綺麗に洗ったら風呂だ風呂。その後にもう一度体を洗う。
「おっしゃ、今日は露天のほうから入るか」
申し訳程度に外に設置されてる露天に入る。申し訳程度と言っても大人が7〜8人は軽く入れる大きさだ。まだ誰も居ない露天風呂に入りゆっくり体を伸ばす。独り占めしてる感覚が気持ちいいな。
「ふぅ〜・・・、あいつおっせーなぁ?いつになったら来るんだ。もう30分ぐらい経ってるはずなんだけど」
未だに来ないよっしーの事を考えながら両腕を上へと伸ばし体を解す。手が放せないって言ってたから、もしかして来ないのかもしれないな。その時はその時だ。別に強制するわけでもないんだし。でも、それでもやっぱ遅い。
「・・・しょうがないか、あいつにも都合ってもんがあるんだ・・・し?なんだこれ・・?」
隣の女湯との仕切り板になんだかよくわからない傷がある。近くまで顔を寄せ、軽く指でなぞってみる。
「・・・ん〜〜??傷・・だよな?ふーん、補修後か」
一通り触り指で軽く弾くとポロリと何かが落ちる。
「ぁっ・・・やべ。何か外れちまったよ・・。後で女将さんに謝っておくか・・」
小さな傷から何かが剥がれてしまった。ちょっとばかりマズイなと思いつつ、その小さな穴を覗いてしまう。
「・・・・・!?(なっ!む・・向こうが見え・・。やっべ!こんなのばれたら覗きで捕まってしまう・・でも・・)」
俺は目が離せないでいた。覗いた先に誰かの胸が見えてしまったからだ。まだ膨らみかけの蕾のような瑞々しいおっぱいが目の前に。見たところ、75ちょいってとこだろう。まだまだ発展しそうな膨らみが目の前で僅かに揺れた。
「・・・(おおおおお!小ぶりながらもそそられるおっぱいしてんな!・・ぉ?もう上がるの・・・か!?うぉぉぉぉぉぉぉぉ!?立ち上がったから正面に股が見えて最高!・・・え?)」
露天風呂から上がろうとする女性の顔がチラッとだけ見えた・・ような気がした。
「・・・な、なんでよっしーが・・・女風呂に・・」
一瞬だけ見えた横顔。どう考えてもよっしーにそっくりだった。いや、そっくりとは言えないが確かに似ていた。多少女っぽくなってた感じだったが・・。
「き・・気のせいだよな・・。きっと似てる人だったんだよ・・」
いくらなんでも同姓に欲情なんてありえない。そう、さっきの女性は似てただけなんだ。でも・・・俺の無節操なバカはきっちり反応しやがって。
「頼むから鎮まってくれょ・・・、このままじゃ気まずいだろ・・」
独り言を呟きながら気を静める。都合10分近く元気だったバカ息子がやっと静かに落ち着いてくれる。浴室内に戻り手早く体を洗うと浴槽に浸かり先ほどの事を思い返す。僅かに揺れる小ぶりのおっぱい。毛が全く生えてない綺麗な股間。すらりとした長い足に、尻なんて見てるだけで揉みしだきたくなるようなつるりとした肌。・・・だけど。
「・・・あれって・・どうしてもよっしーにしか見えなかった・・」
またバカ息子が元気になろうとしてる。頼むからこんな時に反応しないでくれ、真面目に考えてるんだからよ。
「はぁ・・・いくら考えてもわかんね・・。もう出よう・・」
少しだけ前屈みになりながら浴室を出る。脱衣所で体を拭いてる最中に隣に居たおっさんがニヤニヤしながら『兄ちゃんゲンキやなぁ』と話し掛けてくる。なんちゅう居心地の悪さだ。友人そっくりの女に欲情した挙句、それを何度も思い出しておっ起てておっさんにニヤニヤされるなんて。
「・・・(結局よっしーは来なかったし・・もう帰ろう。さっきのはきっと良く似た別人だ。そう、別人だ)」
そう納得付けて男湯の暖簾をくぐり抜け、番台前の休憩場に設置されている椅子に深く腰を掛ける。なんとも言えない複雑な心境を落ち着かせようと椅子から立ち上がりドリンクコーナーへ顔を向けた瞬間、あいつと・・いや、あいつに良く似た女と目が合ってしまった。
「・・・!!」
「・・・!!」
御互い何も言えず無言で見つめ合う。なんだかこの状況すごく気恥ずかしい。さっき覗いてしまった事を思い出して俺の顔が赤くなってしまう。向こうも何かを感じ取ったのか顔を赤くして少しだけ俯いた。
「・・・・・・(やべぇ・・・、本当によっしーに似てるわ・・)」
「・・・・」
え、なんでこっちに近づいてくるんだ。もしかして覗いてたのばれてたのか!?もしばれていたら・・・。
「あ・・・あの・・・陽一・・・」
「ひゃっ・・・ひゃい!なんでせうかっ!?・・・へ?なんで俺の名前を・・」
「・・・・あ、・・あの・・さ。さっき・・覗いてたよね・・」
ヒッ!?しっかりばれてる。このままだと女将さんに通報されて・・俺は。って、そうじゃない!なんで俺の名前を知ってるんだよ!
「よ、陽一・・。ボクだよ・・、美樹・・だよ・・」
「・・・・・」
「陽一・・・?」
『・・・・はぁっ!?』
俺の情けない叫び声が番台前に響き渡った。
「・・・・と、いう事なんだ・・・」
「そ・・そりゃまた・・災難だったな・・」
どうやらよっしーは両親が知人から貰ったドリンクを勝手に飲んでしまい性転換してアルプになってしまったらしい。そして先ほど手が放せなかったのは、今までの『美樹(よしき)』から『美樹(みき)』へと名前を変更する為だったようだ。聞いてて頭が痛くなってきた。まさか覗いたのが本当によっしーだったなんて。
「よ・・陽一・・、あ、あのさ・・。ボク・・気持ち悪く・・ないかな・・」
「そっそそおそそそんなわけないだろ!俺好みのいい乳とケツしてたってのに!・・・アッ!?」
見事に墓穴掘っちまったああああ!こんな時に何言ってやがるんだ俺は!
「・・・そぅ・・なんだ・・。良かったぁ・・・」
「へ?ちょ・・それだけなのか?普通そこは通報して終わりだろ・・・!?」
「なっ!なんでボクが陽一にそんな事しなきゃいけないのさ!」
「い、・・いや・・覗きは・・覗きだし・・さ」
罪悪感がチクチクと心に刺さってくる。これがもし美樹じゃなく他の人だったらと思うと・・。
「ボ・・ボクは気にしてないよ!逆に気持ち悪いって・・・思われてない・・かな・・って。そっちのほうが心配で・・」
そ、そっか・・・。そうだよな。もし逆の立場だったら俺もそうなってしまうよな。昨日まで男だったのに今日から女になりました、なんて。でも・・よっしーは・・元が女顔に近かったから気持ち悪いどころか逆に可愛く見えちまってるし。もし俺だったらと思うと・・うぇっ・・・、気持ちわりぃ・・。
「ど、どうしたの!なんで吐きそうな顔してるの!?」
「うっぷ・・い、いや・・もし俺が女だったと思ったら吐きそうに・・」
「・・・もぅ、変な事考えるからだよ・・」
「す、すまん・・おぇっ・・」
情け無く口元を押さえて椅子に腰掛ける俺を見て美樹はニヤリと笑った。
「それじゃあ・・、ボクの体には反応しちゃった、って事だよね♪」
見事に図星を突かれ体が一瞬だけ跳ねる。それを見た美樹は意地の悪い顔を浮かべながら俺の耳元で囁く。
「露天風呂でボクの大事なところとか・・見ちゃったんだよね♪」
そう囁かれ、あの無毛だった柔らかそうな恥部を思い出して体が見事に反応してくれた。
「あはっ♥陽一ってば・・こんなに・・」
「お、お前・・女になって・・性格が変になってるぞ・・」
「えー?普通だと思うけどなー」
どう考えても昨日までのよっしーじゃない。いや、今日から美樹(みき)なんだな。それになんだかどんどんエロい方向に突っ走ってるし。
「ね、ねぇ・・陽一。あ・・あのさ・・・」
「な、なんだよ」
「も・・もし・・だけどさ。ボクの事・・変に思ってなかったらで・・いいんだけど・・」
「・・・?」
「ボ、・・ボクは・・陽一と付き合いたい!!」
ブシッ!!と音が聞こえたような気がした。俺の口元に顎に何か生温い液体が垂れていく。
「ヒッ!?よ、陽一!鼻血出てるよ!」
付き合って欲しいと言われた途端に、先ほど露天風呂で見た光景を一瞬で思い出してしまった。俺は鼻血を出したまま立ち上がり美樹の腕を引っ張り外へ出る。
「陽一!とりあえず鼻血止めようよ!」
「心配する必要無い、どうせすぐに止まる」
たぶん暫く止まりそうにない鼻血を放っておいて俺は美樹の横顔をチラリと見る。
「・・・・何?・・・ぁ、そ・・そういえば・・さっきの返事は・・」
ああ、付き合って欲しいって言われたんだっけな。そんなの初めから答えは決まっている。
「返事は・・これでいいか?」
俺は左腕を美樹の右腕に絡ませた。それもごく自然な動作で。
「ぁ・・・・」
意味を察してくれた美樹を隣に並ばせ歩幅を合わせて一緒に帰る。まさか、銭湯に来てこんな事になるなんて夢にも思わなかった。露天風呂で覗いてしまった女が美樹で、しかも風呂上りに告られるなんて。まぁでもこの先、悪いようにはならないだろうなあ。しかも美樹のやつ無意識だろうと思うけど、いつのまにか生えてた尻尾を俺の脚に絡ませてるし。まずはうちの親になんて言おうかね・・。今日から女になっちまった美樹と付き合うって・・どう言ったらいいもんだか。ま、なるようになるか。
それと・・・・あまり関係無い事なんだが・・・
『鼻血って結構出るんだよな!!』
14/08/24 14:02更新 / ぷいぷい
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