小さな初恋をもう一度
姉さんから新しいお店を貰ってすっごく嬉しかったけど・・・。御客様来ないね。私は一人愚痴りながら魔界銀で作られた銀貨を指先で弄びカウンターで突っ伏した。あの日、姉さんと一緒に日本を魔力の霧で覆ってからもう数年。いまだにゲートはあまり大きくならず、こちら側に行き来出来るのはそこそこの魔力を持った魔物娘だけ。早く大きくならないかなぁ。私は言うに及ばず簡単に行き来出来るので不満は無いけど日本に来れない娘達が可哀想だ。今度姉さんが主催している抽選会に顔を出そう。一人カウンターの中で不貞腐れる私だったけど、今日やっと初めての御客様がパーラーI☆ZA☆NA☆Iへと入ってくれた。
初の御客様は齢90になろうかと思われる御老人。使い込まれた杖に必死にしがみつき足元を震わせながらもゆっくりとした足取りで入り口に近い台に座ろうとするが足元がおぼつかないせいか上手く座れない。そんな姿を見た私はすぐさま手を差し伸べに行く。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
「ふぉふぉ・・・、大丈夫じゃよ・・。椅子に座るぐらい・・」
そう言いながらも御爺さんの体はよろめく。私はすぐに手を差し出し体を支えてあげると御爺さんは少しだけ困ったような顔をした。
「ふぉほ・・、こんな別嬪な御嬢ちゃんが・・ワシャのようなじじぃ触っても嬉しくないじゃろ〜」
「・・・いいえ、私は御爺さんの・・人生が刻み込まれた深い皺も、何度も何度も酷使して荒れてしまったこの手も・・若い頃は元気に走り回っていたこの足も・・全て大好きですわ♪」
「ほほっ・・、こんなじじぃになっても、・・御世辞でも美人に言われると・・嬉しいもんじゃな〜」
「御世辞でも嘘でもありませんわ♪御爺さんには私には持ってない深い深い愛情と数々の苦労を伴侶と共に乗り越えて生きてきた逞しく素晴らしい人生がありますもの」
そう言って私は御爺さんの皺と傷だらけになった手の甲と人生を深く彫りこんだような皺だらけの頬に軽くキスをする。
「ほほっ・・・!冥土の土産に・・いいもん貰ったわい・・」
「フフッ♪奥様に嫉妬されないでね♪」
「ふぉふぉふぉ・・。それじゃぁ・・久しぶりに打ってみるかのぉ〜・・・」
「ふふふ♥頑張ってね♪」
私は軽くスキップを踏むような足取りでカウンターに戻り笑顔のまま御爺さんを眺める。きっと、この御爺さんが御持ち帰りする子は・・。
そう、これから語られるのは、初めて私のお店から銀貨を持ち帰った御客様の御話。ゆっくり聞いていってね♥
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早朝6時前、小さな平屋建ての家の寝室兼自室で91歳の老人が眼を覚ます。
「・・ゲホゲホ・・ふぉふぉ・・・、皐月や・・、わしゃぁ・・今日も生きてるわぃ・・」
起きて早々に寝室にある仏壇に向かって声を掛ける老人。仏壇に置かれてある位牌には 花形 皐月 と彫られていた。そして勢い良く開けられる襖。
「源じぃ〜〜・・、おはよー!」
「ふぉほ・・、おあよ〜・・・」
寝起きのせいか孫に上手く挨拶出来ない老人の名は 花形 源一郎 という。源一郎は布団の脇に置いてあった杖を支えに体を起こすが中々立つ事が出来ない。
「ほれ、じいちゃん」
「んん・・済まんの・・」
孫に軽く腕を引かれ背筋を曲げながらも立ちあがる。そして杖を頼りに居間へと入り朝飯に用意された御飯と味噌汁、消化しやすい玉子焼きなどを僅かずつ食べていく。ゆっくりと咀嚼する姿からは生気があまり感じられない。
「ほふっ・・ほふ・・。ん・・・んぐ・・・ふはぁ・・」
「あら?御父様、もう食べないんですか?」
源一郎の息子の嫁が心配そうに声を掛けてくる。だけど源一郎は なんでも無い と一言だけ残し自室へと戻る。自室に戻った源一郎は仏壇に向かい手を合わせ (皐月や・・もうじき・・逢えるからのぉ) と誰も聞く者が居ない部屋で一人呟く。源一郎はそれから何をするのでもなく部屋で篭りきりになる。そんな様子を毎日見ていた孫が襖を勢い良く開け放つとポケットから1万円札を取り出し源一郎の手に握らせた。
「じいちゃん!こんなとこで篭ってもばあちゃん喜ばないぞ!・・・ばあちゃんだってそんなじいちゃん見たくないと思うし」
「・・ふぉふぉ・・、そうじゃな。お前の言う通りじゃの・・、どれ、たまには・・出掛けてみるかのぉ」
源一郎は傍らに置いてあった杖を使い自力で立ち上がると亀のような動きで玄関に向かい使い込まれたボロボロの靴を履きだす。
「・・・・この靴もワシと同じじゃな・・よぉ頑張ったのぉ・・」
源一郎は自らの老いた姿を馴染みの靴に意識を重ね皺だらけになった靴を一撫でするとゆっくりと足を入れた。
「さて・・どこ行こうかの・・?」
源一郎は風の吹くまま気の向くまま杖を頼りに歩いてゆく。通勤で何度も馴染みのあるこの道も、今の歳老いた体では鞭を振るわれるかの如く辛い道程。それでも源一郎は何かに誘われるかのように前へ前へと歩き出す。
「・・・ばあさんが・・呼んどる気がする・・・」
足はガリガリに痩せ細り、腕も皮と僅かな肉しか付いてない体の源一郎だがそれでも歩みを止めない。ただ何かに誘われるように、前だけを見つめる。大通りから道を外れ、脇道に入り込み見知らぬ内に源一郎はパチンコ店の前に立っていた。
「・・・なんじゃ・・?パチンコ・・かのぉ?」
源一郎はポケットに手を突っ込み孫に貰った1万円札があるのを確認する。
「・・・ちょっとだけ・・遊んでいくかの・・」
パーラーに入った源一郎は入り口正面にある台に座ろうとしたが上手く座れない。そしてバランスを崩し腰から倒れそうになった瞬間、誰かが源一郎の体を支える。
「ふぉふぉふぉ・・・大丈夫じゃよ・・。椅子に座るぐらい・・」
支えてくれた人を見れば、そこには若い女性が居た。それも、この辺りでは見ない可憐な女性だ。
「ふぉほ・・、こんな別嬪な御嬢ちゃんが・・ワシャのようなじじぃ触っても嬉しくないじゃろ〜」
そんな事を言う源一郎に女性は「深い愛情と深い人生が刻み込まれた体が大好き」と言ってくれる。
源一郎は多少照れながらも感謝すると、その女性は源一郎の手の甲、そして頬に軽く触れるようなキスをした。
「ほほっ・・・!冥土の土産に・・いいもん貰ったわい・・」
婆さんに嫉妬されないよう、と言われたがその嫉妬してくれる婆さんも既に他界している。
「ふぉふぉふぉ・・。それじゃあ・・久しぶりに打ってみるかのぉ〜・・・」
源一郎は一万円札を投入するとのんびり玉が出てくるのを待つが中々出てこない。
「ん〜・・?・・あぁ・・そうじゃった・・。今のパチンコは・・このボタンを押すんじゃったな・・」
ボタンを押すと馴染みのある音と共に流れ出てくる銀玉。便利になったもんだと感心しながら振るえる手でハンドルを掴む。小気味良い音を放ちながら打ち出される銀玉を源一郎は何かを懐かしむ目で追いかける。
そんな源一郎が座った台の名は・・・『First Love』
画面にはどこかの公園だろうか、中央に噴水とベンチが見える。源一郎は昔を懐かしむように画面の中の公園を見つめた。他界して此の世を去ってしまった花形 皐月と出逢った場所に似ていたからだ。
「ふぉふぉ・・、これも何かの縁かのぉ。やはり、婆さんが呼んでたのかの・・」
昔を懐かしみながら玉を打ち出す。小刻みに振るえる手に力を入れてしっかりとハンドルを握る源一郎。一玉一玉打ち出される毎に源一郎の顔が綻ぶ。
「昔は月に一回こっそり打って・・婆さんを怒らせたもんだの」
こっそり打って負けては怒られ、勝っても怒られた懐かしい日々を思い出す。今はもう叱ってくれる相手も居ないが、この台を打っていると『アナタ!また打ってたのですか!』と言われてるような気分になってくる。源一郎は顔を綻ばせながら打っていると画面中央の噴水前にネコミミを生やした栗毛の女の子がひょっこり顔を出す。
「・・・・・これなんじゃったかいの〜・・。おお、そうじゃ・・わー・・・にゃんこじゃったか・・?」
日本がピンク色の霧に染まってからは魔物娘が認識されるようになって源一郎のような老人でもそれなりには魔物娘はわかるような世界になった。ただ、きっちり憶えているかは別として。
「・・・?・・・わー・・わー・・・にゃんこ・・じゃな」
画面の中のワーキャットは噴水前のベンチで誰かを待っているかのようにソワソワと尻尾を忙しなく動かす。その姿は源一郎宅の隣で飼われている猫そっくりだった。
「おお・・、そうじゃ・・・マロンじゃったな・・」
全く見当違いな答えを出し納得する源一郎だった。
「ほぉほぉ・・・、どうなると当たるのじゃ・・・?」
画面の中のワーキャットは反対側から現れた男性に飛び付き腕を絡ませるとどこかに二人して去っていってしまった。
「なんじゃ・・?どっか行ってしまったわい・・」
またもや無人になる噴水前。時折、教会のシスターのような女性が休憩していたり小さな人形が座っていたり、時には純白のヴェールを被った下半身が馬の女性が物思いに耽っていたりする。
「ふぉ〜〜・・・。これが魔物娘っちゅうもんか〜・・」
一応の知識はあるものの実物を全く見た事が無い源一郎は画面を見ながらしきりに頷く。だが、楽しい一時も終わりが近づいてくる。残金が千円になろうとしていたからだ。
「ほっほっ・・、楽しい時間はすぐ終わるもんじゃな・・」
源一郎は最後の千円分の玉を購入し残金が0になったのを確認すると最後の一時を楽しむ。
「中々おもしろいもんじゃの・・、・・・・??」
誰も居ない噴水前に若い女性が歩いてくる。その女性は噴水前のベンチに腰掛けると源一郎に向かって手を振り始めた。
「・・・・おぉぉぉ・・・、さ、皐月・・。・・いゃ・・皐月に似た女性じゃのう・・・」
源一郎が知っている妻の皐月は5年前に亡くなったのだ。だから、こんなに若い訳が無い、と。だが画面の中から手を振っている女性は若き日の皐月にそっくりだった。
「本当に・・・あいつそっくりじゃのぅ・・・」
若き日の皐月との一時を思いだしながら打っていると女性がこちら側に歩いてくると一言だけ残し去っていった。
<また、逢いましょう>
その言葉と同時にリーチが掛かる。止まった絵柄は皐月に似た女性だが下半身というか股下から下が一つにくっついたような一言で表せば【幽霊】のような雰囲気を纏った女性だった。
「ああ・・・、こんな所で逢えるとはの・・待っておれ・・。すぐにワシも行くからのぅ・・」
源一郎が画面に釘付けになっていると皐月に似た若き女性が現れ他のキャラクターを見えないように一個ずつ消していく。そして最後の邪魔な一つも消し去ると若き女性は嬉しそうに微笑む。
<アナタは私だけの大切な人・・・>
当たった事に対する喜びか、それとも若き日の妻に似た女性を見れたからか源一郎の頬に一筋の涙が零れた。
「ワシも後少しだけ楽しんだら・・そっちに行くからの・・のぉ・・皐月や・・」
残り少なくなった玉を入賞口に入れていく源一郎だったが玉が出ない事に気付き店員を呼ぼうとするが、玉が無くなったと同時に弾き出された一枚の銀貨を見て店員を呼ぶのを止める。
「・・・これはなんじゃ?・・!おお・・皐月が・・皐月が彫られておる」
源一郎は店員を呼ぶ事を完全に忘れ、弾き出された一枚の銀貨を見つめた。源一郎が我を忘れ銀貨に魅入っていると後ろから誰かが肩を軽く叩いてくる。
「お爺さん♪幸せの銀貨の獲得おめでとう♪」
肩を叩いていたのはあの可憐な店員だった。
「ほぉ〜ほぉ〜・・・、こりゃぁ・・・銀貨じゃったのか・・。これは・・貰えるのかのぅ・・」
「もちろんよ♪これは御爺さんだけの大切な銀貨。世界で一つしか無い宝物なの♪」
「そうかそうか・・・、それじゃぁ・・貰っていくかのぅ・・」
源一郎はそれだけを言うと杖を握り締め入り口へとおぼつかない足取りで歩く。その後ろ姿を見送った店員は笑みを零した。
「クスッ♪頑張ってね、御爺さん。次はいつ逢えるかな♥」
源一郎はどうやってパチンコ店まで来たのかわからなかったが、何故か帰り道は知っていた。まるで導かれるように自宅へと戻る。
「親父!!」「じいちゃん!」
帰宅した途端に息子と孫に大声を出され源一郎は驚くが居ない間に何かあったんだろうかと考え込む。
「親父!一体今までどこに行ってたんだよ!もう少しで捜索願い出すとこだったんだぞ!」
「じいちゃん!何かあったのか!?」
「ほぉ〜〜??何をいっとるんじゃ・・?」
「何を?じゃない!もう22時なんだぞ!心配するに決まってるだろ!」
源一郎が玄関に置いてある置時計を見ると確かに針は22時を指し示していた。
「・・・・どういう事じゃ・・?わしゃ〜・・確か・・昼前に・・?」
「ま、まぁ・・。大事にならなくて良かったよ・・」
「・・・・ん?じいちゃん何握ってんの?」
孫が源一郎の手を見て何かに気付く。
「おお、・・そうじゃそうじゃ・・・婆さんが居るんじゃ!」
源一郎が手を開くとそこには一枚の銀貨があった。その銀貨を見た孫は驚きのあまり大声で叫ぶ。
「じ、・・じいちゃん!これもしかして!!」
「なんじゃぁ〜〜?知っておるのか〜・・?」
「こ、こ、これって・・・もしかして・・噂の魔界銀貨じゃないの!?俺、何かの雑誌でこれに良く似た銀貨を見た事あるんだよ!」
源一郎は知らなかったが、魔物娘が認識されるようになってからこちら側に持ち込まれた銀貨が握られていた銀貨と酷似していたのだ。
「うおお〜〜〜〜!すっげぇよ・・じいちゃん!これどこで手に入れたの!?」
「んぉ〜〜・・・?はて・・わしゃあ・・パチンコ打ってただけじゃが?」
「ぇ?ぱ・・パチンコ・・・。パチンコから魔界銀貨・・・??なんか昔に聞いた事があるような・・・??」
訳が解らず困惑する息子と孫を玄関に残し源一郎は風呂に入る。もちろん銀貨も一緒だ。いつもなら誰かの介護が必要なのだが、今日だけは誰の手も借りずに一人で体を洗う。
「婆さんと逢うのに・・汚いままではいかんからの〜」
銀貨を見つめながら湯船に浸かる。源一郎は長風呂を楽しむと一人でのんびりと体を拭き、寝間着を着て自室に入る。源一郎は皐月が彫られた銀貨を仏壇の前に置くと軽く手を合わせてから就寝した。
そして源一郎は目を覚ます。だがこれは夢の中で起きているのだ。何故ならば源一郎の姿が若かりし頃の姿だったからだ。
「おお、・・・これは・・・」
夢の中の源一郎の姿は二十代後半といった感じだ。肉体の全盛期時代でもあった体付き。若々しく張りのある体、腕を曲げれば筋肉が膨れ、右足を上げれば体に掛かる重さに対抗しようともう片方の左足の筋肉が強張る。源一郎は夢の中で若く瑞々しい肉体をひたすら思い付く限り動かしてみる。
「ふぉほっ・・、こんな夢を見るということは・・お迎えが来たんかの・・」
「・・・いいえ、御迎えではありません。・・・源一郎さん・・・」
懐かしい声に驚きつつもそっと後ろを振り返ると、そこには源一郎と同じく若かりし頃の姿で立っている皐月の姿があった。
「お、・・お・・・おぉ・・、皐月・・・・やはり迎えに来てくれたんじゃな・・」
「違いますよ、源一郎さん・・。私達はもう一度・・出逢うのです」
「もう一度・・出逢う・・・?」
「はい♪私達はもう一度出逢えるのです・・・・♥」
その言葉を残し皐月は消えてしまった。
翌朝6時、いつもの時間に起床する源一郎。そしていつものように孫がおはようの挨拶と共に襖を開ける。
「おはよー、じいちゃん」
「おお・・おはよ〜・・」
「ほら、じいちゃん。立てるか?」
いつもの如く手を差し出してくる孫の手を掴もうとして、源一郎は膝に手をあて『よっこらしょ』と無意識に立ち上がる。
「……。・・ぇ・・・?じ、じいちゃん・・今・・一人で立った・・!?」
「何をいっとるんじゃ〜・・・?・・・ありゃ・・?わしゃぁ・・今・・一人で立ったのかの・・?」
僅かに体を震わせながらもしっかりと立ち上がった源一郎を見て孫が驚いた。
「う、嘘だろ・・・。なんで急に・・」
「なんかよ〜わからんが・・飯でも食うかのぅ・・」
源一郎は杖も持たずひょこひょこと居間に入ると息子夫婦も驚きの顔を見せる。
「親父!?杖持ってないと危ないだろ!」
「そうですよ、御父さん!杖はどうしたのですか!?」
息子夫婦が驚きそう叫ぶと、孫が呆然とした顔で居間に入ってきて両親にさきほどあった出来事を話した。
「・・・父さん・・、さっき・・じいちゃんが・・・一人で立ったよ・・」
「は!?そんなわけないだろ!親父の足は!」
息子夫婦が源一郎の足を見れば、そこには僅かながらも薄い筋肉と脂肪が付いていた。
「え・・?なんで親父の足に・・筋肉が・・」
「昨日頑張って歩いたからかのぉ〜・・??」
それだけを言うと源一郎は朝飯を食い始める。昨日までの源一郎なら間違いなく半分ほどで箸を置くはずだったのに、今朝は完食していた。
「久しぶりに美味かったの・・」
全てを平らげた源一郎は自室に戻ると、昨日手に入れた銀貨をお守り袋に仕舞い込み散歩に出掛ける。
「わしゃぁ・・ちょっと行ってくるでのぅ」
「・・・あ、あぁ・・・、いってらっしゃい・・」
皆が皆、呆然とした顔をしながら源一郎を送り出す。杖を持たず真っ直ぐ歩く源一郎の姿に驚いて何も言えないのだ。
「…もしかして・・あれなのか・・」
「どうしたの、父さん?」
「・・ほら・・あるだろ。亡くなる直前に急に元気になったりするやつ・・・」
「…そうじゃないと思うよ、・・だって・・爺ちゃんの体さ・・」
「ん?体がどうした?」
「・・・どう見てもさ・・・若返ってる気が・・するんだ・・」
「「・・・・・・・・・・・」」
あまりにも不可解な出来事。若返りなんてあるわけがない。若返りと言えば、最近噂になってるサバトぐらいしか思いつかないが、サバトはこの街には無い。息子夫婦と孫が悩んでる最中、源一郎はパチンコ画面の中に見た、あの噴水広場へと歩いてゆく。家から徒歩20分ほどの距離にある噴水広場は源一郎と皐月が初めて出逢った場所。あのベンチでは遠い昔に皐月と語らい、励ましあい、時には食事に誘ったりと色々な逢瀬があった場所。そのベンチに座り、一息休憩を入れる源一郎。
「懐かしいのぅ・・、婆さんと初めて出逢ったのも此処じゃったのー・・、確か・・あの時は・・」
「源一郎さん♪今日はどこに行きましょうか?」
「そうだな、…そうだ。今から映画でも見に行きませんか?」
「ふふっ…、源一郎さんは顔に似合わず恋愛映画が好きでしたね♥」
「うっ・・、それは・・言わないでくれ・・」
「そ・れ・に ♥ココもお好きでしたよね?」
そういうと皐月は源一郎の手を取り、そっと自らの乳房に運び優しく宛がう。
「えっ?さ!皐月さん!いつのまに裸に!?・・・あっ!お、俺の・・服が・・!」
気付けば源一郎の姿も裸になっている。慌てふためく源一郎の口にそっと指を宛がい『静かに…』と目で訴える皐月。顔を真っ赤にし、静かに頷く源一郎を見た皐月は軽い笑みを零すとゆっくりとした動きで源一郎と口付けを交わす。
「んっ、…。んん・・ふぅ・・・・」
「んん・・・、んぅ・・・・・さ・・つき・・」
源一郎の手が知らず知らずの内に皐月の柔らかい乳房を揉む。その姿はまるで初夜を迎える夫婦のようなたどたどしい手付きだ。それでも皐月は触れてもらえた嬉しさからか、源一郎の為すがままにされる。
「んぅ・・、ああ・・源一郎さん・・。早く・・・早く私に子種を・・」
「・・・・ふぉっ!!・・・・ゆ、夢じゃったか・・・。妙な夢を見てしもうたわい・・・」
衝撃的すぎる夢を見たせいか源一郎は周囲を見渡し皐月が居るのか確認するが、通勤中のサラリーマンやOL、それに子供連れの主婦が居るだけだった。
「…そうじゃな・・・向こうで待ってるんじゃったな・・」
そう寂しく呟くと源一郎は元来た道を引き帰す。この時、源一郎は気付いていなかった。お守り袋の中で妖しく光る銀貨の事に。
家に戻った源一郎は昼飯も全て平らげ自室に篭ろうとするが体は外へ出掛けようとする。
「…なんだか出掛けたい気分じゃのぅ・・」
源一郎は朝と同じく外出し、皐月との思い出の場所を探し出しては感傷に浸る。
「ここも懐かしいの〜…、妊娠中にあいつが無理言いおって・・」
源一郎の息子がまだ皐月の腹に居た頃、身重の体だというのにどうしても夜景が見たいと言い出して無理に高台まで来た事があったのだ。
「あの時は驚いたのぉ・・。あいつもムチャしおってからに・・」
そして繋がる記憶。
「そうじゃそうじゃ・・あいつは確かここで・・」
「ねぇ、源一郎さん。男の子だと思う?それとも女の子かな♪」
「ははっ、俺は男でも女でも構わないぞ!お前との大事な子なんだからな」
「もぅ、…源一郎さんったら・・♥」
「そ、そんなに赤くならないでくれ・・。俺も恥ずかしいじゃないか・・」
「・・・・ねぇ、源一郎さん・・」
「ん、どうしたんだ?」
「私ね・・、もう母乳が出るのですよ♪」
「…え?も、・・・もう出る・・のか・・?」
「ええ♪…源一郎さん・・。先に・・ちょっとだけ味わってみませんか・・?」
「ちょ、ちょっと待て!こんな所で胸を出さないでくれ!誰かが来たらどうするんだ!」
「大丈夫ですよ♥此処には・・誰も来ませんし、入ってこれませんから♪」
皐月は此処に誰も来ないと言って母乳でパンパンに膨れた乳房を曝け出し軽く乳首を摘んで母乳が出るのを源一郎に見せ付ける。
「お、おい!こんな所で!・・・って、・・何で誰も居ないんだ・・?」
「ね、言った通りでしょう♪此処には私達しか居ませんから・・だから・・・今だけでも・・吸って・・・みませんか・・?」
皐月の言葉に誘われるまま源一郎は乳房へと顔を近づけ出たばかりの母乳に吸い付いてしまう。
「ぁ、・・んふぅ・・そこ・・もっと舐めて・・♥」
「・・ん、・・なんだか甘いな・・少し薄い感じがするが・・」
そう感想を漏らしながら再度乳首に吸い付く。舌で優しく乳首を舐め、時には転がし甘い一時を愉しむ。
「んふ♪源一郎さんったら・・甘えん坊さんですね♪」
「こんな魅力的な胸があるのが悪いんだぞ・・」
そう答えた源一郎は何かに取り憑かれたかのように執拗に母乳を吸い出そうとする。
「ぁん♥ダメですよ・・これ以上吸ったら・・赤ちゃんの分が・・あぁん♪」
嬌声を上げながら体を仰け反らせる皐月を抱き寄せ満足するまで吸い続ける。
「・・・・ふぉっ!!・・なんじゃ今のは・・。わしゃあ・・あんな事した憶えが無いのにのぉ・・・??」
思い出の場所で過去を懐かしんでいた源一郎の脳内に皐月の裸体が何度も浮かんでは消え、消えてはまた浮かぶ。
「・・・・これは一体どういう事じゃ・・?」
全く違う記憶が浮かんできた源一郎は困惑した表情のまま訳もわからず帰宅する。
「今帰ったわぃ」
「ああ、爺ちゃんおかえ・・り・・ヒィッ!!」
「・・・なんじゃぁ〜・・わしゃの顔見るなり驚きおって?」
「・・・じ、じいちゃ・・・ん。ああ・・あた・・あたあた・・・」
「・・あた?あたって何じゃ?」
「爺ちゃんの頭・・・毛・・毛が・・・」
出迎えた孫が玄関で腰を抜かしている。見れば源一郎の頭に僅かだが毛が生えていた。源一郎の髪は80代後半に全て抜け落ちたはずなのに毛が薄らとだが生えていたのだ。
「ん〜〜??どれどれ・・?・・・!な、なんじゃ!?わしゃの頭に毛が!!」
自らの頭をベタベタと触り毛の感触を確かめる。確かにそこには薄いながらも毛の感触がある。
「こ、これは・・一体何じゃ・・・。わしゃあ・・変な病気になってしもうたんか・・!」
「爺ちゃん・・まさかとは思うけど・・、サ・・サバト・・とかに行ったのか・・?」
「何じゃそれは?鯖兎って何じゃ??」
「だって、爺ちゃん・・どう見ても・・・若返ってるとしか・・。そんな事出来るのはサバトぐらいだって聞いてるし・・」
意味がわからないまま源一郎は頭を撫で考え込んだ。
「わからんのぉ・・、確かにわしゃあ杖無しで歩けるようになったが・・その鯖兎とやらは知らんのぉ・・?」
「・・・あっ!じいちゃん!もしかして魔物娘と何かしたのか!?」
「何するんじゃ??」
「前にニュースで見たのを思い出したよ!確か魔物娘と結婚すると若い頃に体が戻る人も居るって聞いたんだよ!」
「ふぉぉ〜〜・・・?知らんのぉ・・・?」
孫の説明を聞いても意味が理解出来ない源一郎は玄関を上がりいつも通りに風呂に入り飯にありつく。だが、奇妙な事はこれで終わらなかった。
翌日から目に見えて源一郎の体が若返っているのだ。本当に僅かずつだが骨と皮だけだった腕に足に手に腰にと肉が盛り上がってきているのだ。その姿はまるでもう一度人生を取り戻そうとするかのように再生しているようだった。
こんな奇妙な事が続いたせいでご近所にも噂が広まり奇異の目で見られるようになったが、こちら側に来ている魔物娘達にはわかっていた。
『番が現れたのだ』と。
源一郎が若返りを起こしてから一ヶ月。肉体が安定し始めて若返らなくなってしまったが、その姿はどう見ても30代前半あたり。孫とあまり変わらない年齢まで若返ってしまった源一郎。
「・・・なんだかのぉ〜。変な感じじゃのぅ・・?」
「それは俺が言いたいよ・・親父・・。俺より若くなってしまって・・」
「御父様って、若い頃は結構カッコいいのですね♥」
「…爺ちゃん・・俺と兄弟って言っても通じるよね・・」
息子は自分の年齢より若返ってしまった父である源一郎の姿に落ち込み、息子の妻は源一郎の若かりし頃の姿に見惚れている。孫は孫でずっと溜息を吐きっぱなしだ。
「やっとなんとか止まったわい・・。このまま赤子まで戻ってしまうんじゃないかとひやひやしたわい・・」
これ以上は若返る事が無いと悟った源一郎は普段から首に掛けてる御守りを握り締め感謝する。
「婆さんが・・もう一度生きてくれ、と願ったんかのぅ・・」
そしてふと思いだしたのか、御守りの中に入れておいた銀貨を摘み出し感謝の言葉を送る。
「皐月や、…本当に有難うな・・」
「いえいえ、どういたしまして♪」
「「「「!!」」」」
「えっ!?今の声は!さ・・皐月なのか!?」
「へっ?か、母さん・・・?」
「婆ちゃんの声なわけないだろ父さん!!」
全員がパニックに陥る中、源一郎が手にしていた銀貨がドロリと溶けた。
「あ!皐月が・・・皐月が溶けていく・・・!」
溶けだした銀貨はポタリポタリと床に落ちていくと蒸発して煙となっていく。そして源一郎の手に僅かに残った銀の液体も指先から逃げるように床に落ちてしまうと完全に消えてしまった。
「おおぉぉぉ・・・皐月が・・皐月が・・消えてしもうた・・」
源一郎は膝を折り、そこに銀貨が垂れたであろう床を悲しい瞳で凝視するが、その両肩に乗っかるようにして若かりし頃の皐月が現れる。
「あ・な・た♪お久しぶりね♥」
「・・・えっ・・?」
源一郎が肩越しに振り向くとそこには皐月が居た。それも今の源一郎と同じぐらいの年齢の姿で・・・。
「うわわわわわわわっわわわわ・・・かかっかか・・・母さん・・!」
「ええっ!?この人が御母様なの!?」
「え?なに?なんなの!?この美人な人って婆ちゃんなの!?」
「やだぁ、もぅ〜・・♪美人だなんて♪」
息子夫婦と孫がパニックの最中、源一郎はもう一度逢えた事に感激し皐月を抱き寄せる。
「ぁぁ・・皐月・・逢いたかった・・。夢の中で何度逢いたいと願った事か・・・」
「んふふ♪源一郎さんったら・・泣き虫さんですね♥」
源一郎は逞しく若返った体で皐月を抱き締め長い長い口付けを交わす。その様子を見ていた息子夫婦達は傍で唖然としている。
「んん・・・ん?なんじゃ?どうしたんじゃ?」
「何かあったのかしら??」
源一郎と皐月は唖然としている息子達に声を掛けるが3人共固まったまま動こうとしない。
「どうしたんじゃ?ほれ、皐月婆ちゃんじゃぞ?」
「・・・お・・親父・・母さんの足・・足・・・・・」
「足がどうしたんじゃ?」
源一郎がチラリと皐月の足を見ると、そこにあるはずのものが無く代わりにゆらゆらと揺れる何かがあった。
「ぁ、いけない!私、ゴーストだって言うの忘れてました♪」
「・・・・・・・・」
両足があるはずの部分を見つめたまま動かない源一郎に申し訳なさそうな顔で呟く皐月。
「ご、ごめんなさい・・源一郎さん。もしかして・・迷惑・・でしたか・・」
「・・いや、迷惑なんて思っとりゃせんよ。例え幽霊でも・・皐月はここに帰ってきてくれたんじゃ!感謝すれど迷惑なんぞ思わんわい!」
「あ・・・あなたぁぁぁーーーー♥」
御互いの体を思う存分抱擁する二人に何も言えない息子夫婦達。
そして、この事がキッカケと成りパーラーI☆ZA☆NA☆Iの事が世間に明るみに出るが誰一人として見つける事は出来なかった。
「フフ♪…御爺ちゃん、またいつか・・・逢いましょうね♪」
初の御客様は齢90になろうかと思われる御老人。使い込まれた杖に必死にしがみつき足元を震わせながらもゆっくりとした足取りで入り口に近い台に座ろうとするが足元がおぼつかないせいか上手く座れない。そんな姿を見た私はすぐさま手を差し伸べに行く。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
「ふぉふぉ・・・、大丈夫じゃよ・・。椅子に座るぐらい・・」
そう言いながらも御爺さんの体はよろめく。私はすぐに手を差し出し体を支えてあげると御爺さんは少しだけ困ったような顔をした。
「ふぉほ・・、こんな別嬪な御嬢ちゃんが・・ワシャのようなじじぃ触っても嬉しくないじゃろ〜」
「・・・いいえ、私は御爺さんの・・人生が刻み込まれた深い皺も、何度も何度も酷使して荒れてしまったこの手も・・若い頃は元気に走り回っていたこの足も・・全て大好きですわ♪」
「ほほっ・・、こんなじじぃになっても、・・御世辞でも美人に言われると・・嬉しいもんじゃな〜」
「御世辞でも嘘でもありませんわ♪御爺さんには私には持ってない深い深い愛情と数々の苦労を伴侶と共に乗り越えて生きてきた逞しく素晴らしい人生がありますもの」
そう言って私は御爺さんの皺と傷だらけになった手の甲と人生を深く彫りこんだような皺だらけの頬に軽くキスをする。
「ほほっ・・・!冥土の土産に・・いいもん貰ったわい・・」
「フフッ♪奥様に嫉妬されないでね♪」
「ふぉふぉふぉ・・。それじゃぁ・・久しぶりに打ってみるかのぉ〜・・・」
「ふふふ♥頑張ってね♪」
私は軽くスキップを踏むような足取りでカウンターに戻り笑顔のまま御爺さんを眺める。きっと、この御爺さんが御持ち帰りする子は・・。
そう、これから語られるのは、初めて私のお店から銀貨を持ち帰った御客様の御話。ゆっくり聞いていってね♥
-----------------------------------------------
早朝6時前、小さな平屋建ての家の寝室兼自室で91歳の老人が眼を覚ます。
「・・ゲホゲホ・・ふぉふぉ・・・、皐月や・・、わしゃぁ・・今日も生きてるわぃ・・」
起きて早々に寝室にある仏壇に向かって声を掛ける老人。仏壇に置かれてある位牌には 花形 皐月 と彫られていた。そして勢い良く開けられる襖。
「源じぃ〜〜・・、おはよー!」
「ふぉほ・・、おあよ〜・・・」
寝起きのせいか孫に上手く挨拶出来ない老人の名は 花形 源一郎 という。源一郎は布団の脇に置いてあった杖を支えに体を起こすが中々立つ事が出来ない。
「ほれ、じいちゃん」
「んん・・済まんの・・」
孫に軽く腕を引かれ背筋を曲げながらも立ちあがる。そして杖を頼りに居間へと入り朝飯に用意された御飯と味噌汁、消化しやすい玉子焼きなどを僅かずつ食べていく。ゆっくりと咀嚼する姿からは生気があまり感じられない。
「ほふっ・・ほふ・・。ん・・・んぐ・・・ふはぁ・・」
「あら?御父様、もう食べないんですか?」
源一郎の息子の嫁が心配そうに声を掛けてくる。だけど源一郎は なんでも無い と一言だけ残し自室へと戻る。自室に戻った源一郎は仏壇に向かい手を合わせ (皐月や・・もうじき・・逢えるからのぉ) と誰も聞く者が居ない部屋で一人呟く。源一郎はそれから何をするのでもなく部屋で篭りきりになる。そんな様子を毎日見ていた孫が襖を勢い良く開け放つとポケットから1万円札を取り出し源一郎の手に握らせた。
「じいちゃん!こんなとこで篭ってもばあちゃん喜ばないぞ!・・・ばあちゃんだってそんなじいちゃん見たくないと思うし」
「・・ふぉふぉ・・、そうじゃな。お前の言う通りじゃの・・、どれ、たまには・・出掛けてみるかのぉ」
源一郎は傍らに置いてあった杖を使い自力で立ち上がると亀のような動きで玄関に向かい使い込まれたボロボロの靴を履きだす。
「・・・・この靴もワシと同じじゃな・・よぉ頑張ったのぉ・・」
源一郎は自らの老いた姿を馴染みの靴に意識を重ね皺だらけになった靴を一撫でするとゆっくりと足を入れた。
「さて・・どこ行こうかの・・?」
源一郎は風の吹くまま気の向くまま杖を頼りに歩いてゆく。通勤で何度も馴染みのあるこの道も、今の歳老いた体では鞭を振るわれるかの如く辛い道程。それでも源一郎は何かに誘われるかのように前へ前へと歩き出す。
「・・・ばあさんが・・呼んどる気がする・・・」
足はガリガリに痩せ細り、腕も皮と僅かな肉しか付いてない体の源一郎だがそれでも歩みを止めない。ただ何かに誘われるように、前だけを見つめる。大通りから道を外れ、脇道に入り込み見知らぬ内に源一郎はパチンコ店の前に立っていた。
「・・・なんじゃ・・?パチンコ・・かのぉ?」
源一郎はポケットに手を突っ込み孫に貰った1万円札があるのを確認する。
「・・・ちょっとだけ・・遊んでいくかの・・」
パーラーに入った源一郎は入り口正面にある台に座ろうとしたが上手く座れない。そしてバランスを崩し腰から倒れそうになった瞬間、誰かが源一郎の体を支える。
「ふぉふぉふぉ・・・大丈夫じゃよ・・。椅子に座るぐらい・・」
支えてくれた人を見れば、そこには若い女性が居た。それも、この辺りでは見ない可憐な女性だ。
「ふぉほ・・、こんな別嬪な御嬢ちゃんが・・ワシャのようなじじぃ触っても嬉しくないじゃろ〜」
そんな事を言う源一郎に女性は「深い愛情と深い人生が刻み込まれた体が大好き」と言ってくれる。
源一郎は多少照れながらも感謝すると、その女性は源一郎の手の甲、そして頬に軽く触れるようなキスをした。
「ほほっ・・・!冥土の土産に・・いいもん貰ったわい・・」
婆さんに嫉妬されないよう、と言われたがその嫉妬してくれる婆さんも既に他界している。
「ふぉふぉふぉ・・。それじゃあ・・久しぶりに打ってみるかのぉ〜・・・」
源一郎は一万円札を投入するとのんびり玉が出てくるのを待つが中々出てこない。
「ん〜・・?・・あぁ・・そうじゃった・・。今のパチンコは・・このボタンを押すんじゃったな・・」
ボタンを押すと馴染みのある音と共に流れ出てくる銀玉。便利になったもんだと感心しながら振るえる手でハンドルを掴む。小気味良い音を放ちながら打ち出される銀玉を源一郎は何かを懐かしむ目で追いかける。
そんな源一郎が座った台の名は・・・『First Love』
画面にはどこかの公園だろうか、中央に噴水とベンチが見える。源一郎は昔を懐かしむように画面の中の公園を見つめた。他界して此の世を去ってしまった花形 皐月と出逢った場所に似ていたからだ。
「ふぉふぉ・・、これも何かの縁かのぉ。やはり、婆さんが呼んでたのかの・・」
昔を懐かしみながら玉を打ち出す。小刻みに振るえる手に力を入れてしっかりとハンドルを握る源一郎。一玉一玉打ち出される毎に源一郎の顔が綻ぶ。
「昔は月に一回こっそり打って・・婆さんを怒らせたもんだの」
こっそり打って負けては怒られ、勝っても怒られた懐かしい日々を思い出す。今はもう叱ってくれる相手も居ないが、この台を打っていると『アナタ!また打ってたのですか!』と言われてるような気分になってくる。源一郎は顔を綻ばせながら打っていると画面中央の噴水前にネコミミを生やした栗毛の女の子がひょっこり顔を出す。
「・・・・・これなんじゃったかいの〜・・。おお、そうじゃ・・わー・・・にゃんこじゃったか・・?」
日本がピンク色の霧に染まってからは魔物娘が認識されるようになって源一郎のような老人でもそれなりには魔物娘はわかるような世界になった。ただ、きっちり憶えているかは別として。
「・・・?・・・わー・・わー・・・にゃんこ・・じゃな」
画面の中のワーキャットは噴水前のベンチで誰かを待っているかのようにソワソワと尻尾を忙しなく動かす。その姿は源一郎宅の隣で飼われている猫そっくりだった。
「おお・・、そうじゃ・・・マロンじゃったな・・」
全く見当違いな答えを出し納得する源一郎だった。
「ほぉほぉ・・・、どうなると当たるのじゃ・・・?」
画面の中のワーキャットは反対側から現れた男性に飛び付き腕を絡ませるとどこかに二人して去っていってしまった。
「なんじゃ・・?どっか行ってしまったわい・・」
またもや無人になる噴水前。時折、教会のシスターのような女性が休憩していたり小さな人形が座っていたり、時には純白のヴェールを被った下半身が馬の女性が物思いに耽っていたりする。
「ふぉ〜〜・・・。これが魔物娘っちゅうもんか〜・・」
一応の知識はあるものの実物を全く見た事が無い源一郎は画面を見ながらしきりに頷く。だが、楽しい一時も終わりが近づいてくる。残金が千円になろうとしていたからだ。
「ほっほっ・・、楽しい時間はすぐ終わるもんじゃな・・」
源一郎は最後の千円分の玉を購入し残金が0になったのを確認すると最後の一時を楽しむ。
「中々おもしろいもんじゃの・・、・・・・??」
誰も居ない噴水前に若い女性が歩いてくる。その女性は噴水前のベンチに腰掛けると源一郎に向かって手を振り始めた。
「・・・・おぉぉぉ・・・、さ、皐月・・。・・いゃ・・皐月に似た女性じゃのう・・・」
源一郎が知っている妻の皐月は5年前に亡くなったのだ。だから、こんなに若い訳が無い、と。だが画面の中から手を振っている女性は若き日の皐月にそっくりだった。
「本当に・・・あいつそっくりじゃのぅ・・・」
若き日の皐月との一時を思いだしながら打っていると女性がこちら側に歩いてくると一言だけ残し去っていった。
<また、逢いましょう>
その言葉と同時にリーチが掛かる。止まった絵柄は皐月に似た女性だが下半身というか股下から下が一つにくっついたような一言で表せば【幽霊】のような雰囲気を纏った女性だった。
「ああ・・・、こんな所で逢えるとはの・・待っておれ・・。すぐにワシも行くからのぅ・・」
源一郎が画面に釘付けになっていると皐月に似た若き女性が現れ他のキャラクターを見えないように一個ずつ消していく。そして最後の邪魔な一つも消し去ると若き女性は嬉しそうに微笑む。
<アナタは私だけの大切な人・・・>
当たった事に対する喜びか、それとも若き日の妻に似た女性を見れたからか源一郎の頬に一筋の涙が零れた。
「ワシも後少しだけ楽しんだら・・そっちに行くからの・・のぉ・・皐月や・・」
残り少なくなった玉を入賞口に入れていく源一郎だったが玉が出ない事に気付き店員を呼ぼうとするが、玉が無くなったと同時に弾き出された一枚の銀貨を見て店員を呼ぶのを止める。
「・・・これはなんじゃ?・・!おお・・皐月が・・皐月が彫られておる」
源一郎は店員を呼ぶ事を完全に忘れ、弾き出された一枚の銀貨を見つめた。源一郎が我を忘れ銀貨に魅入っていると後ろから誰かが肩を軽く叩いてくる。
「お爺さん♪幸せの銀貨の獲得おめでとう♪」
肩を叩いていたのはあの可憐な店員だった。
「ほぉ〜ほぉ〜・・・、こりゃぁ・・・銀貨じゃったのか・・。これは・・貰えるのかのぅ・・」
「もちろんよ♪これは御爺さんだけの大切な銀貨。世界で一つしか無い宝物なの♪」
「そうかそうか・・・、それじゃぁ・・貰っていくかのぅ・・」
源一郎はそれだけを言うと杖を握り締め入り口へとおぼつかない足取りで歩く。その後ろ姿を見送った店員は笑みを零した。
「クスッ♪頑張ってね、御爺さん。次はいつ逢えるかな♥」
源一郎はどうやってパチンコ店まで来たのかわからなかったが、何故か帰り道は知っていた。まるで導かれるように自宅へと戻る。
「親父!!」「じいちゃん!」
帰宅した途端に息子と孫に大声を出され源一郎は驚くが居ない間に何かあったんだろうかと考え込む。
「親父!一体今までどこに行ってたんだよ!もう少しで捜索願い出すとこだったんだぞ!」
「じいちゃん!何かあったのか!?」
「ほぉ〜〜??何をいっとるんじゃ・・?」
「何を?じゃない!もう22時なんだぞ!心配するに決まってるだろ!」
源一郎が玄関に置いてある置時計を見ると確かに針は22時を指し示していた。
「・・・・どういう事じゃ・・?わしゃ〜・・確か・・昼前に・・?」
「ま、まぁ・・。大事にならなくて良かったよ・・」
「・・・・ん?じいちゃん何握ってんの?」
孫が源一郎の手を見て何かに気付く。
「おお、・・そうじゃそうじゃ・・・婆さんが居るんじゃ!」
源一郎が手を開くとそこには一枚の銀貨があった。その銀貨を見た孫は驚きのあまり大声で叫ぶ。
「じ、・・じいちゃん!これもしかして!!」
「なんじゃぁ〜〜?知っておるのか〜・・?」
「こ、こ、これって・・・もしかして・・噂の魔界銀貨じゃないの!?俺、何かの雑誌でこれに良く似た銀貨を見た事あるんだよ!」
源一郎は知らなかったが、魔物娘が認識されるようになってからこちら側に持ち込まれた銀貨が握られていた銀貨と酷似していたのだ。
「うおお〜〜〜〜!すっげぇよ・・じいちゃん!これどこで手に入れたの!?」
「んぉ〜〜・・・?はて・・わしゃあ・・パチンコ打ってただけじゃが?」
「ぇ?ぱ・・パチンコ・・・。パチンコから魔界銀貨・・・??なんか昔に聞いた事があるような・・・??」
訳が解らず困惑する息子と孫を玄関に残し源一郎は風呂に入る。もちろん銀貨も一緒だ。いつもなら誰かの介護が必要なのだが、今日だけは誰の手も借りずに一人で体を洗う。
「婆さんと逢うのに・・汚いままではいかんからの〜」
銀貨を見つめながら湯船に浸かる。源一郎は長風呂を楽しむと一人でのんびりと体を拭き、寝間着を着て自室に入る。源一郎は皐月が彫られた銀貨を仏壇の前に置くと軽く手を合わせてから就寝した。
そして源一郎は目を覚ます。だがこれは夢の中で起きているのだ。何故ならば源一郎の姿が若かりし頃の姿だったからだ。
「おお、・・・これは・・・」
夢の中の源一郎の姿は二十代後半といった感じだ。肉体の全盛期時代でもあった体付き。若々しく張りのある体、腕を曲げれば筋肉が膨れ、右足を上げれば体に掛かる重さに対抗しようともう片方の左足の筋肉が強張る。源一郎は夢の中で若く瑞々しい肉体をひたすら思い付く限り動かしてみる。
「ふぉほっ・・、こんな夢を見るということは・・お迎えが来たんかの・・」
「・・・いいえ、御迎えではありません。・・・源一郎さん・・・」
懐かしい声に驚きつつもそっと後ろを振り返ると、そこには源一郎と同じく若かりし頃の姿で立っている皐月の姿があった。
「お、・・お・・・おぉ・・、皐月・・・・やはり迎えに来てくれたんじゃな・・」
「違いますよ、源一郎さん・・。私達はもう一度・・出逢うのです」
「もう一度・・出逢う・・・?」
「はい♪私達はもう一度出逢えるのです・・・・♥」
その言葉を残し皐月は消えてしまった。
翌朝6時、いつもの時間に起床する源一郎。そしていつものように孫がおはようの挨拶と共に襖を開ける。
「おはよー、じいちゃん」
「おお・・おはよ〜・・」
「ほら、じいちゃん。立てるか?」
いつもの如く手を差し出してくる孫の手を掴もうとして、源一郎は膝に手をあて『よっこらしょ』と無意識に立ち上がる。
「……。・・ぇ・・・?じ、じいちゃん・・今・・一人で立った・・!?」
「何をいっとるんじゃ〜・・・?・・・ありゃ・・?わしゃぁ・・今・・一人で立ったのかの・・?」
僅かに体を震わせながらもしっかりと立ち上がった源一郎を見て孫が驚いた。
「う、嘘だろ・・・。なんで急に・・」
「なんかよ〜わからんが・・飯でも食うかのぅ・・」
源一郎は杖も持たずひょこひょこと居間に入ると息子夫婦も驚きの顔を見せる。
「親父!?杖持ってないと危ないだろ!」
「そうですよ、御父さん!杖はどうしたのですか!?」
息子夫婦が驚きそう叫ぶと、孫が呆然とした顔で居間に入ってきて両親にさきほどあった出来事を話した。
「・・・父さん・・、さっき・・じいちゃんが・・・一人で立ったよ・・」
「は!?そんなわけないだろ!親父の足は!」
息子夫婦が源一郎の足を見れば、そこには僅かながらも薄い筋肉と脂肪が付いていた。
「え・・?なんで親父の足に・・筋肉が・・」
「昨日頑張って歩いたからかのぉ〜・・??」
それだけを言うと源一郎は朝飯を食い始める。昨日までの源一郎なら間違いなく半分ほどで箸を置くはずだったのに、今朝は完食していた。
「久しぶりに美味かったの・・」
全てを平らげた源一郎は自室に戻ると、昨日手に入れた銀貨をお守り袋に仕舞い込み散歩に出掛ける。
「わしゃぁ・・ちょっと行ってくるでのぅ」
「・・・あ、あぁ・・・、いってらっしゃい・・」
皆が皆、呆然とした顔をしながら源一郎を送り出す。杖を持たず真っ直ぐ歩く源一郎の姿に驚いて何も言えないのだ。
「…もしかして・・あれなのか・・」
「どうしたの、父さん?」
「・・ほら・・あるだろ。亡くなる直前に急に元気になったりするやつ・・・」
「…そうじゃないと思うよ、・・だって・・爺ちゃんの体さ・・」
「ん?体がどうした?」
「・・・どう見てもさ・・・若返ってる気が・・するんだ・・」
「「・・・・・・・・・・・」」
あまりにも不可解な出来事。若返りなんてあるわけがない。若返りと言えば、最近噂になってるサバトぐらいしか思いつかないが、サバトはこの街には無い。息子夫婦と孫が悩んでる最中、源一郎はパチンコ画面の中に見た、あの噴水広場へと歩いてゆく。家から徒歩20分ほどの距離にある噴水広場は源一郎と皐月が初めて出逢った場所。あのベンチでは遠い昔に皐月と語らい、励ましあい、時には食事に誘ったりと色々な逢瀬があった場所。そのベンチに座り、一息休憩を入れる源一郎。
「懐かしいのぅ・・、婆さんと初めて出逢ったのも此処じゃったのー・・、確か・・あの時は・・」
「源一郎さん♪今日はどこに行きましょうか?」
「そうだな、…そうだ。今から映画でも見に行きませんか?」
「ふふっ…、源一郎さんは顔に似合わず恋愛映画が好きでしたね♥」
「うっ・・、それは・・言わないでくれ・・」
「そ・れ・に ♥ココもお好きでしたよね?」
そういうと皐月は源一郎の手を取り、そっと自らの乳房に運び優しく宛がう。
「えっ?さ!皐月さん!いつのまに裸に!?・・・あっ!お、俺の・・服が・・!」
気付けば源一郎の姿も裸になっている。慌てふためく源一郎の口にそっと指を宛がい『静かに…』と目で訴える皐月。顔を真っ赤にし、静かに頷く源一郎を見た皐月は軽い笑みを零すとゆっくりとした動きで源一郎と口付けを交わす。
「んっ、…。んん・・ふぅ・・・・」
「んん・・・、んぅ・・・・・さ・・つき・・」
源一郎の手が知らず知らずの内に皐月の柔らかい乳房を揉む。その姿はまるで初夜を迎える夫婦のようなたどたどしい手付きだ。それでも皐月は触れてもらえた嬉しさからか、源一郎の為すがままにされる。
「んぅ・・、ああ・・源一郎さん・・。早く・・・早く私に子種を・・」
「・・・・ふぉっ!!・・・・ゆ、夢じゃったか・・・。妙な夢を見てしもうたわい・・・」
衝撃的すぎる夢を見たせいか源一郎は周囲を見渡し皐月が居るのか確認するが、通勤中のサラリーマンやOL、それに子供連れの主婦が居るだけだった。
「…そうじゃな・・・向こうで待ってるんじゃったな・・」
そう寂しく呟くと源一郎は元来た道を引き帰す。この時、源一郎は気付いていなかった。お守り袋の中で妖しく光る銀貨の事に。
家に戻った源一郎は昼飯も全て平らげ自室に篭ろうとするが体は外へ出掛けようとする。
「…なんだか出掛けたい気分じゃのぅ・・」
源一郎は朝と同じく外出し、皐月との思い出の場所を探し出しては感傷に浸る。
「ここも懐かしいの〜…、妊娠中にあいつが無理言いおって・・」
源一郎の息子がまだ皐月の腹に居た頃、身重の体だというのにどうしても夜景が見たいと言い出して無理に高台まで来た事があったのだ。
「あの時は驚いたのぉ・・。あいつもムチャしおってからに・・」
そして繋がる記憶。
「そうじゃそうじゃ・・あいつは確かここで・・」
「ねぇ、源一郎さん。男の子だと思う?それとも女の子かな♪」
「ははっ、俺は男でも女でも構わないぞ!お前との大事な子なんだからな」
「もぅ、…源一郎さんったら・・♥」
「そ、そんなに赤くならないでくれ・・。俺も恥ずかしいじゃないか・・」
「・・・・ねぇ、源一郎さん・・」
「ん、どうしたんだ?」
「私ね・・、もう母乳が出るのですよ♪」
「…え?も、・・・もう出る・・のか・・?」
「ええ♪…源一郎さん・・。先に・・ちょっとだけ味わってみませんか・・?」
「ちょ、ちょっと待て!こんな所で胸を出さないでくれ!誰かが来たらどうするんだ!」
「大丈夫ですよ♥此処には・・誰も来ませんし、入ってこれませんから♪」
皐月は此処に誰も来ないと言って母乳でパンパンに膨れた乳房を曝け出し軽く乳首を摘んで母乳が出るのを源一郎に見せ付ける。
「お、おい!こんな所で!・・・って、・・何で誰も居ないんだ・・?」
「ね、言った通りでしょう♪此処には私達しか居ませんから・・だから・・・今だけでも・・吸って・・・みませんか・・?」
皐月の言葉に誘われるまま源一郎は乳房へと顔を近づけ出たばかりの母乳に吸い付いてしまう。
「ぁ、・・んふぅ・・そこ・・もっと舐めて・・♥」
「・・ん、・・なんだか甘いな・・少し薄い感じがするが・・」
そう感想を漏らしながら再度乳首に吸い付く。舌で優しく乳首を舐め、時には転がし甘い一時を愉しむ。
「んふ♪源一郎さんったら・・甘えん坊さんですね♪」
「こんな魅力的な胸があるのが悪いんだぞ・・」
そう答えた源一郎は何かに取り憑かれたかのように執拗に母乳を吸い出そうとする。
「ぁん♥ダメですよ・・これ以上吸ったら・・赤ちゃんの分が・・あぁん♪」
嬌声を上げながら体を仰け反らせる皐月を抱き寄せ満足するまで吸い続ける。
「・・・・ふぉっ!!・・なんじゃ今のは・・。わしゃあ・・あんな事した憶えが無いのにのぉ・・・??」
思い出の場所で過去を懐かしんでいた源一郎の脳内に皐月の裸体が何度も浮かんでは消え、消えてはまた浮かぶ。
「・・・・これは一体どういう事じゃ・・?」
全く違う記憶が浮かんできた源一郎は困惑した表情のまま訳もわからず帰宅する。
「今帰ったわぃ」
「ああ、爺ちゃんおかえ・・り・・ヒィッ!!」
「・・・なんじゃぁ〜・・わしゃの顔見るなり驚きおって?」
「・・・じ、じいちゃ・・・ん。ああ・・あた・・あたあた・・・」
「・・あた?あたって何じゃ?」
「爺ちゃんの頭・・・毛・・毛が・・・」
出迎えた孫が玄関で腰を抜かしている。見れば源一郎の頭に僅かだが毛が生えていた。源一郎の髪は80代後半に全て抜け落ちたはずなのに毛が薄らとだが生えていたのだ。
「ん〜〜??どれどれ・・?・・・!な、なんじゃ!?わしゃの頭に毛が!!」
自らの頭をベタベタと触り毛の感触を確かめる。確かにそこには薄いながらも毛の感触がある。
「こ、これは・・一体何じゃ・・・。わしゃあ・・変な病気になってしもうたんか・・!」
「爺ちゃん・・まさかとは思うけど・・、サ・・サバト・・とかに行ったのか・・?」
「何じゃそれは?鯖兎って何じゃ??」
「だって、爺ちゃん・・どう見ても・・・若返ってるとしか・・。そんな事出来るのはサバトぐらいだって聞いてるし・・」
意味がわからないまま源一郎は頭を撫で考え込んだ。
「わからんのぉ・・、確かにわしゃあ杖無しで歩けるようになったが・・その鯖兎とやらは知らんのぉ・・?」
「・・・あっ!じいちゃん!もしかして魔物娘と何かしたのか!?」
「何するんじゃ??」
「前にニュースで見たのを思い出したよ!確か魔物娘と結婚すると若い頃に体が戻る人も居るって聞いたんだよ!」
「ふぉぉ〜〜・・・?知らんのぉ・・・?」
孫の説明を聞いても意味が理解出来ない源一郎は玄関を上がりいつも通りに風呂に入り飯にありつく。だが、奇妙な事はこれで終わらなかった。
翌日から目に見えて源一郎の体が若返っているのだ。本当に僅かずつだが骨と皮だけだった腕に足に手に腰にと肉が盛り上がってきているのだ。その姿はまるでもう一度人生を取り戻そうとするかのように再生しているようだった。
こんな奇妙な事が続いたせいでご近所にも噂が広まり奇異の目で見られるようになったが、こちら側に来ている魔物娘達にはわかっていた。
『番が現れたのだ』と。
源一郎が若返りを起こしてから一ヶ月。肉体が安定し始めて若返らなくなってしまったが、その姿はどう見ても30代前半あたり。孫とあまり変わらない年齢まで若返ってしまった源一郎。
「・・・なんだかのぉ〜。変な感じじゃのぅ・・?」
「それは俺が言いたいよ・・親父・・。俺より若くなってしまって・・」
「御父様って、若い頃は結構カッコいいのですね♥」
「…爺ちゃん・・俺と兄弟って言っても通じるよね・・」
息子は自分の年齢より若返ってしまった父である源一郎の姿に落ち込み、息子の妻は源一郎の若かりし頃の姿に見惚れている。孫は孫でずっと溜息を吐きっぱなしだ。
「やっとなんとか止まったわい・・。このまま赤子まで戻ってしまうんじゃないかとひやひやしたわい・・」
これ以上は若返る事が無いと悟った源一郎は普段から首に掛けてる御守りを握り締め感謝する。
「婆さんが・・もう一度生きてくれ、と願ったんかのぅ・・」
そしてふと思いだしたのか、御守りの中に入れておいた銀貨を摘み出し感謝の言葉を送る。
「皐月や、…本当に有難うな・・」
「いえいえ、どういたしまして♪」
「「「「!!」」」」
「えっ!?今の声は!さ・・皐月なのか!?」
「へっ?か、母さん・・・?」
「婆ちゃんの声なわけないだろ父さん!!」
全員がパニックに陥る中、源一郎が手にしていた銀貨がドロリと溶けた。
「あ!皐月が・・・皐月が溶けていく・・・!」
溶けだした銀貨はポタリポタリと床に落ちていくと蒸発して煙となっていく。そして源一郎の手に僅かに残った銀の液体も指先から逃げるように床に落ちてしまうと完全に消えてしまった。
「おおぉぉぉ・・・皐月が・・皐月が・・消えてしもうた・・」
源一郎は膝を折り、そこに銀貨が垂れたであろう床を悲しい瞳で凝視するが、その両肩に乗っかるようにして若かりし頃の皐月が現れる。
「あ・な・た♪お久しぶりね♥」
「・・・えっ・・?」
源一郎が肩越しに振り向くとそこには皐月が居た。それも今の源一郎と同じぐらいの年齢の姿で・・・。
「うわわわわわわわっわわわわ・・・かかっかか・・・母さん・・!」
「ええっ!?この人が御母様なの!?」
「え?なに?なんなの!?この美人な人って婆ちゃんなの!?」
「やだぁ、もぅ〜・・♪美人だなんて♪」
息子夫婦と孫がパニックの最中、源一郎はもう一度逢えた事に感激し皐月を抱き寄せる。
「ぁぁ・・皐月・・逢いたかった・・。夢の中で何度逢いたいと願った事か・・・」
「んふふ♪源一郎さんったら・・泣き虫さんですね♥」
源一郎は逞しく若返った体で皐月を抱き締め長い長い口付けを交わす。その様子を見ていた息子夫婦達は傍で唖然としている。
「んん・・・ん?なんじゃ?どうしたんじゃ?」
「何かあったのかしら??」
源一郎と皐月は唖然としている息子達に声を掛けるが3人共固まったまま動こうとしない。
「どうしたんじゃ?ほれ、皐月婆ちゃんじゃぞ?」
「・・・お・・親父・・母さんの足・・足・・・・・」
「足がどうしたんじゃ?」
源一郎がチラリと皐月の足を見ると、そこにあるはずのものが無く代わりにゆらゆらと揺れる何かがあった。
「ぁ、いけない!私、ゴーストだって言うの忘れてました♪」
「・・・・・・・・」
両足があるはずの部分を見つめたまま動かない源一郎に申し訳なさそうな顔で呟く皐月。
「ご、ごめんなさい・・源一郎さん。もしかして・・迷惑・・でしたか・・」
「・・いや、迷惑なんて思っとりゃせんよ。例え幽霊でも・・皐月はここに帰ってきてくれたんじゃ!感謝すれど迷惑なんぞ思わんわい!」
「あ・・・あなたぁぁぁーーーー♥」
御互いの体を思う存分抱擁する二人に何も言えない息子夫婦達。
そして、この事がキッカケと成りパーラーI☆ZA☆NA☆Iの事が世間に明るみに出るが誰一人として見つける事は出来なかった。
「フフ♪…御爺ちゃん、またいつか・・・逢いましょうね♪」
13/11/03 20:30更新 / ぷいぷい
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