連載小説
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いざ大海原へ 中編
  新型戦列艦と入れ違いに入港する漁船の漁師達は初めて見るその姿に驚いていた。
 
 「こんだけ大漁なら今日はうまい酒が飲めそうだなって、おい、なんだあれは。」
 「なんてでかさだ。」
 「このままいくとぶつかるぞ、よけろ。」

 漁船達が回避行動を取る前には既に衝突の心配がないところにまで艦は進み、速度が速くなかったのか引き波による揺れもなくそのまま入港することができた。上陸した彼らは港で作業をしている仲間にさっきの大型船のことを尋ねた。

 「あのばかでかい船は何だ?」
 「この先の造船所で建造された新型戦列艦だとさ。今日初めての出港で、向こうはかなり賑やかだったぜ。」
 「よくここに来るサバトが最近の被害に業を煮やして威信をかけて建造したとか。」

 「今度出港する輸送船の護衛戦列艦隊に加わるって話しだ。」
 「しかし、でかいだけじゃ的になるだけだろ。」
 「砲門が一切見当たらなかったからな。」


 外洋に出ると半速から原速へと増速し、公海試運転前に航行のための機材類を点検し、それ以外の部署は休憩に入ったり、実際に機材を動かしていたりする。

 艦橋の頂部にある見張り台兼射撃指揮所では周囲の見張りと、測距儀の使い方を実際に使用しながら教育していた。本当なら主砲との連動訓練もしたかったのだが、公海試運転が終わった後に実射訓練を予定しているために進路上に他の船やカリュブディスの渦がないかを見張るだけにとどまっていた。

 「速力試験準備。」
 「艦尾よりハンドログ準備完了。」
 「現在の速力を維持、計測開始。」

 艦尾では、板を海面に向かって投げ、砂時計をひっくり返して繰り出されていくロープの結び目を数える。そして、時間を見てロープを止めて板を回収する。それを数回繰り返していた。

 「艦尾より速度は12ノットです。」
 「誤差は思ったよりは少ないな。」

 艦橋に設置されている電磁ログ指示計の針はほぼ12ノットを指し示していた。

 「ハンドログを引き上げさせて、全力航行試験準備。」
 「進路上の監視を強化させます。」
 「あの、右舷にスキュラが並走していると…。」

 甲板で主砲や小火器の点検をしている砲術班の者達は右舷で並走するスキュラ達に手を振られていた。教育役の魔女も彼女たちのたくましさに「あはは」と力なく笑うしかなかった。
 艦橋では砲術班からの報告でこの艦に上ってくる様子はないということなのでそのまま全力試験準備を続行させる。

 「最大戦速へ。」

 操舵士がテレグラフを最大戦速に設定すると、機関室からのテレグラフ表示も最大戦速へと移行する。それに伴い電磁ログ指示計の針もゆっくりとだが上がっていく。

 「ああん、待ってよ〜」
 「この先の海域には近づかないでくださいね。危険ですから〜」
 「じゃあな嬢ちゃん達。気をつけて巣に帰りな。」

 煙突から真っ黒な煙が勢いよく吹き出し、顔に受ける風がどんどん強くなっていくのを感じ、速度が上がっているのがわかった。マーメイド種なら難なく着いてこれるかもしれないが、スキュラ達はじわじわと引き離されていく。
 彼女たちも必死になってついて行こうとするが速く泳げるような体構造ではないために、離れていく彼女たちを見て甲板に出ていた者達は手を振っていた。

 「最大戦速、33ノット。」
 「機関室より異常なしとの報告です。」
 「見張りより、進路上航行の支障になるものは無し。左舷11時方向にカリュブディスの渦、距離はおよそ1万5千。」
 「進路このまま、両舷一杯。」

 エンジンテレグラフを設定後、機関室からの表示が一杯になったときに艦橋に緊張が走った。最大戦速は発揮できる最大出力の9割で設定されているため常用しても問題ないが、一杯は「過負荷全力」で壊れてもかまわない状況でしか使われず、これを常用すると確実に壊れてしまうが、限界性能を知るためには実際にやってみるしかないのだ。

 「現在、36ノット。」
 「機関室より異常なし。」

 ほんの1分ぐらいの時間が1時間ぐらいに感じるほどに艦橋内は緊迫した空気が張り詰めていた。窓から見える艦首は勢いよく波を左右に切り裂いていた。

 「両舷原速へ、機関安定の後実射訓練を実施する。」

 機関室ではテレグラフ表示が原速になったのを確認すると機関出力を低下させるための操作に入った、緊張感がみなぎっていた機関室内は出力が下がるとともになくなっていき、機関室側のエンジンテレグラフを原速に設定した。

 「主機タービン原速へ移行。」
 「ボイラー、配管に異常なし。」
 「巡航用タービンに切り替え、主機タービンはスピニングで待機。」

 指示を受けて走り回っている魔女達に混ざってドワーフ達も機関部の点検を行っていた。推進装置に関する機材の制作を彼女たちがほとんどしたため、操作は魔女が、点検や修理はドワーフたちが受け持つ体制になっている。

 「さすがにこれぐらいじゃびくともしないねえ。」

 ドワーフの一人が異常がないことを知ると満足そうに機関長役の魔女に話しかけてくる。

 「最初に開発したボイラーに比べたら扱いやすさが断然違います。」
 「いや、基本設計がしっかりしてるからいろいろと改良がしやすいんだ。それに、結構耐久性重視のところもいいねえ。」
 「この船のすべてを握っていると言われるだけはありますね。」
 「あんた達がヘマをしない限り壊れることはまずない。まあ、あり得ない話だが。」



 「左舷から実射試験を行います。配置についてください。」

 砲術班員が左舷の小火器や連装高角砲2基の中に入り実際に装填をして、特に目標を指定せず発射時の衝撃と音に慣れてもらうこととなった。小火器である機銃は軽快な音を響かせながら射撃をして、元々戦列艦の砲手をしていた者にとっては特に気にするほどのものではなかった。

 「高角砲を発射しますから衝撃と音に注意してください。」

 砲身が仰角を取りしばらくしてから射撃を開始した。その音と衝撃は機銃の銃座についていた砲術班員もカノン砲と同等だと感じていた。砲弾の着弾によって揚がる水柱を見て36ポンド砲との威力の差を思い知らされていた。

 「片舷斉射に比べればたいしたことはないが、それでも結構くるな。」
 「それに射程が36ポンド砲よりかなり長いな。あんなところまで届いてるぞ。」
 「なあ、嬢ちゃん。高角砲とやらの射程はどれくらいあるんだ?」
 「最大射程は1万5千mです。主砲で対応できない小型船の対処に使用します。」
 「その半分7千ぐらいならより当てることができるって訳か。」
 「そうですね、主砲の出番はそんなにないかもしれません。36ポンド砲より弾は重いですが使い勝手はいいかも。」

 主砲を撃ったらその衝撃と音はどれくらいになるんだと元戦列艦の砲手達は主砲を眺めてほとんど同じことを考えていた。

 艦橋内では高角砲の発射音に一部慣れていない者が驚いていたが、特に混乱もなくすぐに慣れていった。

 「両舷の高角砲および機銃の実射試験終了。異常ありません。」
 「主砲発射準備、左舷方向へ指向させること。」

 発射準備が告げられた主砲内では砲弾の装填に取りかかっていた。主砲真下の弾薬庫から揚弾機によって砲弾が砲塔内に運ばれ、それを砲に装填し装薬を押し込んでから尾栓を閉鎖、装填要員は下に退避する。5基ある各砲塔でも同じことが行われ、射撃指揮所に各砲塔からの準備完了報告が集まる。

 「見張りより、左舷方向の射界に船や魔物の姿は認められず。」
 「主砲発射準備完了です。」

 艦橋ではリョウがいよいよかと計測機能付きの懐中時計を握りしめた。他の者達も左舷方向へ指向した主砲を見つめていた。

 「甲板要員への警報鳴らせ。」


 甲板の砲術要員達は動き出した主砲に見とれ、しばらく眺めていたが、主砲の動きが止まり砲身が仰角をとりだすと砲術班長の魔女が慌てて、

 「高角砲以外の配置についている人はすぐ艦内に退避してください。」
 「嬢ちゃんそんなにやばいのか?」
 「実際に体験したことがないので断言できませんが、主砲発射準備完了後にブザーが鳴ります、そして次にブザーが鳴ると発射しますので最初のブザーを聞いたらすぐに退避してください。」
 「俺たちは一応、片舷斉射の衝撃や音には慣れてるけどさ。」

 [ビ−−−−−−−−−−!]

 「「「やべえ!!」」」

 甲板上にけたたましくブザーが鳴り響くと砲術要員達は脱兎のごとく最寄りのハッチから艦内へと駆け込みハッチを閉めた。この間5秒以内である。

 「皆さん、衝撃や音に慣れているんじゃなかったんですか?」
 「いやあ、高角砲とやらであれだけだから主砲だとちょっとな。」

 そうして顔を見合わせるとどこからともなく笑いが起こり、そこにいるみんなが笑い出した。そして、二度目のブザーが鳴り響くと砲術要員達は身構え、ブザーが鳴り終わると同時に轟音と衝撃がおそった。


 「発射!!」

 艦橋内では、号令の後に主砲が発射されたが文字通り火を噴くという表現がぴったりなほどで、先ほどの高角砲とは比べものにならない音と衝撃は慣れたはずの者達、特に感覚の鋭い魔物娘達の一部が目を回していた。

 射撃指揮所では着弾時の水柱を測距儀で測定し、到達距離を求めていたが水柱の中に人影のようなものを複数確認できた。報告をしようとしたときには次弾が発射された。

 「射撃指揮所より、初弾到達距離は2万5千です。あと、人影のようなものを確認したそうです。」
 「人影?」

 報告を聞いてリョウの顔から血の気が引いてきた。この海域に魔物の巣や目撃情報は全くなかったはず。それに貿易船の航路や漁場でもない。

 「次の着弾観測で詳しく確認してくれないか。」
 「わかりました。」

 再び水柱が上がったのを窓から見てどんな報告が来るか不安になっていた。

 「到達距離は2万3千です。人影のようなものがまた確認されました。」

 一番聞きたくない報告が再び、自分の耳を疑いたくなったが紛れもない事実。艦橋内の空気がだんだん重くなってくるのをみんなは感じていた。

 「リョウ、私が詳しく見てくる。」

 アヤはそう言うと、二人ほどのセイレーンをつれて艦橋の外へ出て着弾した方向へと飛んでいった。それを見送ったリョウは自分の顔を叩いて気合いを入れて、

 「取り舵一杯、進路を着弾地点へ。」
 「左40度転針。」

 船体はゆっくりと着弾した方向へと向いていく。


 「アヤさ〜ん、待ってくださいよ〜。」
 「最速のカラステング様並みに速く飛べませ〜ん。」

 艦から飛び出した3人は一直線に着弾地点へと飛んでいるが、アヤは元々飛行速度が速い上に神通力も併用したために2人を完全に引き離してしまっていた。セイレーン達も艦にいる他のハーピー種に比べれば速いほうなのだが。

 先行しているアヤは着弾地点にさしかかったとき、海面に浮かぶものが視界に入った、高度と速度を落としてよく見るとマーメイドだった。更にあたりを回るとマーメイド達の中に人間の男性の姿も確認できた。

 「アヤさん、置いてきぼりなんてひどいよ。」
 「ちょっと、これどうなってるの。」

 辺り一面死屍累々という表現がこれほど当てはまりすぎる光景は3人にとって少なからずショックを与えていた。しかし、夥しい血の海になっているわけでもなくマーメイド達や男性の腕や足は変な方向に曲がっていたり欠けていなかったことが救いだった。

 しばらくして着弾地点の近くに艦が到着し、カッターを下ろしてマーメイド達がいる付近まで進んでいった。

 「こっちですよ。」
 「なんだこりゃ。」
 「こいつら生きてるのか?」

 流木よろしく浮かんでいるマーメイドや人間の男性を見ながら、カッターの男達は思わず口に出てしまった。

 「気を失ってるだけでケガはないようです。」
 「全員は乗せられないから、何回かに分けていこう。」

 次々とカッターにマーメイド達を引き上げ、艦の乗員に引き渡すことを数回繰り返して全員を収容した。医務室に全員収容することが無理なため前部甲板上に野戦病院よろしく簡易ベッドを並べて彼女たちを寝かせ、医療班が診察していた。

 「全員の収容が完了し、現在医療班が診ていますが目立った外傷はないとのことです。」
 「念のため、もう少し付近を捜索するように。あと気がついて話せる状態であれば話をしたいと医療班に伝えてくれないか。」

 艦橋から甲板上で動き回っている医療班やその他乗員達の姿を見ていたリョウだが、そこにいるみんなも同じ気持ちでいたために艦橋内は重い空気に包まれていた。

 「今のところ死傷者がないし、これは偶然が重なり合った事故だ。気にするなとは言わんが、お前が悪いわけじゃない。」

 カズヤがそう言ってくれるだけでも少しは気分が楽にはなってくる。これが榴弾だったら間違いなく全員原形をとどめないほどの悲惨な状態にはなっていただろう。

 「おい、あれ見ろよ。気づいたんじゃないか?」

 カズヤの言葉に甲板を見ると一人のマーメイドがベッドに腰掛けた状態で医療班と何かを話しているようだ。そして艦橋の方を見上げてこちらと目が合うと軽く頭を下げた。

 「こっちに気づいてるぜ、なんかマーメイドにしてはやけに豪華なかっこうしてるな。」
 「カズヤさん、たぶんシービショップだと思うよ。」
 「ということは、俺たちは海の巫女さんに無礼を働いた罰当たりと言うことでOK?」
 「OK?、じゃないわよ。」

 アヤがあきれ顔で突っ込みを入れてるが、当のシービショップは足を二本足に変化させて医療班に付き添われて艦橋に向かってくる。

 「話をしたいとは言ったけど、連れてこいなんて言ってないぞ。」
 「更に無礼を上塗りする前に早くこっちから行くぞ。」
 「ちょっと待って、おいてかないでよ。」

 リョウはしばらく停泊することを艦橋の者に伝えると、カズヤと一緒に甲板へ駆け下りていく。アヤはそのまま外へ出て甲板へと飛び出していった。

 そんな騒ぎの外で射撃指揮所にある見張り台では周囲を見渡しているが、近辺の捜索が終了したので遠方の監視に測距儀の操作訓練も兼ねて水平線を見渡すと船影が見えた。

 「船影5を確認しました。」
 「識別できますか?」
 「ちょっと俺に見せてくれ。」

 魔女から交代して元戦列艦員が測距儀をのぞき込む。高倍率の望遠鏡代わりに船を見るが船が上下に見えるというのは違和感があったが、識別するだけと言うことで操作はしなかった。

 「一番前にいるのは輸送船2、その遙か後方はコルベット2とフリゲート1だ。」

 輸送船の後ろには時折水柱が上がるのが見え、順番からしておかしかったが間違いなく商船が襲われていることは確定した。

 「商船の追撃に艦首砲を使ってやがる。あいつら海賊船だ。」
 「距離はわかりますか?」
 「ああ、代わりに見てくれ。」

 先ほどの魔女に変わると彼女は測距儀をのぞき込み、上下の画像を合致させ測距をする。

 「距離は1万2千、主砲の有効射程内です。」
 「主砲発射準備と艦橋への報告を。」
12/02/08 01:24更新 / うみつばめ
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■作者メッセージ
短くまとめるつもりがふくれあがってしまいました。
大海戦バトルはまだまだ先のようです。

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