連載小説
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いざ大海原へ 後編
 艦内部へ入るハッチのところでリョウ達は医療班とシービショップに会った。そして、日当たりのいい甲板上で簡易ベッドをいす代わりに話をすることに。

 「私たちを助けていただいてどうもありがとうございました。」

 深々と頭を下げるシービショップにリョウ達は慌てて、

 「こちらの不手際で多大な迷惑をかけてしまい、感謝される資格はありません。」

 頭上に「?」が並んでいてもおかしくない表情でシービショップがこちらを見ているが、リョウはことに至った経緯をこの艦のことはできる限り伏せて説明するとやっと納得したようで、それでもこちらを攻める様子は一切なく、

 「けが人が出なかったのはポセイドン様のご加護のおかげです。」
 「でも、めでたいはずの婚礼の儀がこんなことになってしまったのはお詫びのしようがありません。」
 「このあたりが海賊などに襲われることのない好条件の場所と聞いていた物ですから。」

 実弾射撃の場所として選んだ理由とほぼ一緒ということで、本当にこれは不慮の事故としか言いようがない出来事であったが、幸いにも死者が出ていないこともあり、甲板上は和やかな雰囲気であった。

 ほとんどのマーメイドが意識を取り戻し、式を終えた後の披露宴状態となっていた。近くの医療班員や砲術班員に帆船とは全く構造の違う艦について質問攻めにしていたり、たわいもない世間話をしている者もいる。

 「前部甲板が披露宴会場になってるぜ。会食できるだけの材料は積んでないぞ。」
 「あなたが海に飛び込んで捕まえてくればいいじゃない。」

 気が楽になったのかカズヤの冗談にアヤが突っ込みを入れるとシービショップもクスクスと笑いだす。そんな表情を見てリョウは本当に女神様みたいだなと思ってると背後から突き刺すような何かを感じた。

 振り向かずとも情景は想像にたやすくカズヤが耳元で「振り向いたら負けだ。」と言うので振り向くと、案の定アヤの表情が予想通りだったが、ただ目に涙を浮かべているのを見るとすごい罪悪感に襲われてしまう。

 「もう少し出会いが早かったら求婚してしまいますね。」

そう言いながらアヤを思いっきり抱きしめると周りには聞こえないほどの声で「バカ」と言うのが聞こえたのでそのまま頭を撫でた。

 「なんだ、お前らできてたのか。」

 カズヤがわざとおどけた口調ではやし立てると、

 「あなたなんかと違って……」

 アヤが顔を真っ赤にしながら最後は口ごもるがそばにいるリョウにはすべて聞こえていたわけで、アヤに負けないぐらい真っ赤になっていた。

 「とても中がよろしいのですね。」

 シービショップが微笑みながら和気藹々とした雰囲気でいると、

 「艦長!!商船が海賊船に襲われてるのを発見したそうです。」

 見張り台からセイレーンが飛び降りてきてリョウ達に報告する。

 「海賊船だと。」
 「彼我の距離は?」
 「1万2千、主砲の有効射程内と言うことで主砲発射準備にはいってます。」
 「今の状況で前部主砲をぶっ放したらただじゃすまないぞ。」
 「艦内に退避してもらいますか。」
 「それなら食堂がいいんじゃない?」

 リョウはシービショップにマーメイド達のまとめ役をお願いして、そばの医療班員に食堂へ案内するように伝えると急いで艦橋へと駆け出した。

 「4.5番砲塔発射準備完了。」
 「1.2.3番砲塔は装填完了ですが、甲板上にいる人たちの退避が終わるまで指向できません。」

 射撃指揮所では後部の4.5番砲塔を連動させて目標に指向している。前部砲塔はまだ甲板上に人がいるために目標への指向を行ってはいない。

 「後部主砲だけですぐに撃てないのか。」
 「艦長からの許可があるまではこのまま待機です。」
 「くそっ」

 焦りを押さえきれない男を砲術長の魔女がなだめる。識別した彼にとっては苦い思い出のある船なんだろうと予想する。あの決算報告にあった大艦隊による襲撃時に沈んだ戦列艦の乗組員ならなおさら。

 「今はまだ商船に有効弾が命中する可能性は皆無です、商船の方が速度が若干速いことと艦首砲の射程に入るまでにはかなりの時間を要しそうですから。」
 「そんなこともわかるのか。」
 「測的をした結果分かったことです、それにむやみに撃ってこちらの存在を知らせるのはあまりいいことじゃないと。」

 男は甲板上で移動を開始した集団を見つめ、焦ってもしょうがないかと一息つくと砲術長の魔女が笑顔をこちらに向けていた。

 「あの商船は絶対に助けますから、艦長とこの艦を信じてください。」


 
 「商船2隻がフリゲート1隻とコルベット2隻に追撃を受けてます。」
 「4.5番砲塔は目標へ指向。」
 「前部甲板は退避中です。」

 艦橋に上がるといろいろと報告が入り慌ただしくなっていた。

 「いきなり実戦か、教育の成果が早くも拝めるなんてな。」
 「向こうはこちらには気づいてないようだけど。」
 「向こうから見たらこの島と重なってるからな。目立つ真っ白な帆も無い、艦の色もなおさら目立たないだろ。」

 リョウが甲板を見下ろすとあらかたの人員は退避し残りはあとわずか。特に早く退避してくれという焦りはなかった、主砲の有効射程から離れるまでにはまだまだ時間があり商船の方もまだ追いつかれることはまだ無いと射撃指揮所からの報告は受けていた。

 「このあたりはどこかの組織の縄張りだったかな。」
 「有名なマフィアの勢力圏だ、親魔物側のな。」
 「後始末は彼らにやってもらおうか。」
 「おお、こわいこわい。」

 カズヤがニヤッとするがそれにつられながらも甲板を見下ろすと退避は完了していた。

 「前部甲板の退避完了しました。」
 「左舷砲撃戦用意、撃ち方はじめ!」

 号令と同時に後部砲塔が発射し、前部砲塔が目標に向けて指向を始めていた。

 「おい、あいつら張り切りすぎだぞ。」

 さすがにカズヤも号令とほぼ同時の発射には驚きを隠せなかった。それとは対照的に旋回を終えた前部主砲はまだ沈黙したままだ。


 艦橋からの「撃ち方はじめ」の命令からすぐに照準を続けていた砲手が引き金を引くと後部主砲の片側の砲身から発射される。

 「1.2.3番砲塔指向完了。」
 「弾着、近弾2。目標健在…、待ってください、目標沈みました。」

 「よっしゃー。」
 「奴ら度肝を抜かれてるぞ、その間に逃げてくれよ。」
 「目標フリゲートに変換、測的急いで。」

 射撃指揮所では歓声に沸くとともに、射手は次の目標へと照準を開始する。敵船が照準望遠鏡の中で上下左右に揺れ、船影が上下左右の中心に合ったタイミングで引き金を引いて主砲を発射する。今度は前部甲板の主砲からも発射された。



 「くそ、もう少しで着くというのに。とんだ厄日だ。このあたりは海賊のいない安全な航路じゃなかったのか。」
 「船長、奴ら近づいてきますぜ。」
 「親魔物領と取引するのがそんなに憎いのかよ。」

 新魔物領へ取引のために航行していた2隻の商船は、運悪く反魔物国家の私掠船に見つかってしまい追われていた。幸いにもこの2隻の商船は比較的快速を誇るためすぐには追いつかれることはなかったが、私掠船もコルベットとフリゲートの快速を誇る物だったために容易に引き離すことができなく、コルベットが艦首砲を撃ってくる有様。
 艦首砲の射程はたかがしれてるとはいえ、砲撃に慣れていない商船の船員達は恐怖に駆られながら必死になって風を捕まえようと躍起になっていた。

 「こんなことならあのサバトからフリゲートでも借りればよかったぜ。」
 「この快速船ならどんな船も追いつけないなんて言ってたじゃありませんか…。」
 「また撃ってきやがった。」

 後ろにいるコルベットに目を向けると彼らの目には信じられない光景が見えた。コルベットの右舷付近に海底火山が噴火したような水柱が勢いよくあがり、その勢いで船体が浮き上がり転覆してしまった。

 「何が起こったんだ?」

 商船の乗員が辺りを見回すが、どこにも戦列艦の姿は見えず、見えるのは少し大きな無人島ぐらいしかない。



 「どういうことだ。」

 信じられない物を見たのは私掠船の者も同じであった。先頭のコルベットが砲撃を受けて転覆したらしいとしか認識できなかった。しかし、どう見てもこれは36ポンド砲の砲撃によるものとは思えず、辺りを見回すが戦列艦の姿はなく、商船と同様に無人島ぐらいしか見えない。

 「まさかあの島に長距離砲があるとでも言うのか。」
 「いくら何でもそれはないかと。」

 フリゲートの艦長はもう少しで商船を追い詰める手前までの出来事。追撃を中止して引き返すか、このまま続行するかを判断しかねていた。風向きや潮の流れを判断した結果。

 「かまわん、このまますs」



 「弾着、近近遠近遠、夾叉。メインマスト、船尾損傷。」

 砲術長の魔女が照準望遠鏡で確認しながら艦橋への報告を行っている。

 「コルベットが白旗を掲げました。」
 「いきなり2隻やられちまったらそうするしかないわな。」
 「こちらには全く気づいてないようですけどね。」



 「おい、嘘だろ。」
 「俺たちは幻でも見てるのか。」

 前を航行していたコルベットが謎の砲撃で転覆して、今度は後ろのフリゲートの周りにさっきよりも多くの水柱が上がり、それが静まるとそこにはマストは半分からへし折られ船尾は大きく粉砕された無残な姿にされていた。
 乗組員は我先にと海に飛び込んでいった。ほぼ無力化されたとはいえ、まだ浮いてるのだからとどめを刺すことはほぼ間違いないと。

 「今度は俺たちがああなるぞ。」
 「くそ、どこから撃ってるんだ。」
 「どこにいるのか分からないと逃げようがないじゃないか。」

 残されたコルベットでは、転覆した船の乗組員達を収容し今度はフリゲートの乗組員達の収容を始めたが、ただ浮いているだけのフリゲートから離れないと危険だというのは総員の一致した考えだった。

 「し 白旗を掲げるんだ。」
 「白旗ってどこに相手がいるのか分からないのにか。」
 「向こうはこっちが手に取るように見えてるんだよ、でなきゃあんなことができるか。」
 「まだ船に直撃されてない分、降伏すれば見逃してくれるかもしれない。」
 「商船も遠くに行っちまったから、降伏すれば情けはかけてくれるかもしれない。」
 「そのときはそのときだな。」

 フリゲートの乗組員達を収容している間に、マストには白旗がはためいていた。全員を収容した後、反転するが何もこないので急いでこの海域からの離脱を始めた。



 射撃指揮所からの報告を受けて艦橋内では歓声が上がるが、

 「撃ち方やめ。」

 艦橋内のみんなはあと1隻なのにという表情をしてリョウを見ているが、あえてカズヤはリョウに質問してみる。

 「全部沈めるんじゃないのか?」
 「白旗を掲げていると報告があったからこれ以上撃つつもりはない。」
 「一応降参してるのを撃つと奴らと同じことだからな。」

 「彼らを全員海の藻屑にして後で大艦隊が来ても困るし、生きて返せばここに来ようなんてまともな頭を持っていればいないよ。」
 「そうだな、あっという間に2隻がやられたんだ、どこにいるのか分からない相手に対して白旗掲げているのを見ると、相当動揺しているんだろうな。」

 艦橋の者達はこの会話を聞いて納得したのか誰も不満を言うことなく持ち場に着いていた。さらに、射撃指揮所からコルベットが反転、海域より離脱を開始したという報告によって試験航海のはずが実戦まで行ってしまったが問題も無く終わったということで、港に帰ることとなった。

 この後、マーメイド達を海へと帰すこととなるが、艦内とはいえ砲撃の衝撃と音は初めてのことで多少パニックになっていたらしいが、シービショップや戦列艦乗りの新郎が何とかしてくれたことに感謝しつつ全員を見送った。

 「さて、おうちに帰りますかね。」
 「反転180度これより帰投する。」
 「艦長、砲術班長よりご褒美はないのかときてますが。」
 「自分の旦那からたっぷりと貰えと言っておけ。」

 カズヤが代わりに伝えると艦橋内でクスクスと笑い声が聞こえてくる。リョウはため息をつくが、

 「いきなりの実戦で好成績を残してくれたからスイーツや酒ぐらいは振る舞ってあげないといけないか。」
 「すぐ調子に乗りやがるが、その実力と努力は認めてやらないとな。」
 「必要経費として落とせると思う?」

 財布の最軽量化を心配しながら灯台が見え、港までもうすぐというところでアヤがふとした疑問からリョウに尋ねた。

 「ところでこの艦の名前はなんていうの?」
 「あ、」
 「あ、じゃねえだろ。」

 艦橋のみんなも、まだ名前無かったんですか、とかグレートバフォメットだと思ってましたとか賑やかになる始末。

 「今度の出港までには考えておくよ。」
 「強そうな名前にしないとね。」
 「グレートなんとかは勘弁してくれよ。」

 そんなカズヤの言葉に艦橋は大爆笑。危うく漁船を踏みつぶしてしまいそうになってしまうが、それは避けられた。

 造船所の接岸場所に着くと港ではある噂で持ちきりとなっていた。

 [あの無人島のある海域で海賊行為を働くとポセイドンの怒りの鉄槌が空から降り注ぐらしい。]

 これはあの2隻の商船の乗組員達が港に着いた際に、不思議な体験として話したのが尾ひれがついておまけに頭まで付いてしまった結果こうなってしまったのだ。艦長をはじめとした新型戦列艦の乗員はもしかしてと思いつつも、面白いからそのままにしようという意見が多数を占めたため、特に訂正をすることはなくそれぞれの家路についた。

 今度の出港は戦列艦隊の一員として本格的な航海に出ることとなるために、休めるときにはゆっくりと休んで貰うことにした。
 これからの過酷な航海となることが予想される航路を行くことを事前に知らされていたためだった。そして、最も重要なことが頭をよぎる。

 「艦の名前、考えないとな。」
 「わたしも一緒に考えてあげるから、ベッドで。」
12/01/30 05:14更新 / うみつばめ
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■作者メッセージ
 大海戦バトルの前哨戦ということで、さすがに轟沈はまずいと思って無力化に振ってみました。
 次回は大赤字の元凶との対決となるか

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