連載小説
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いざ大海原へ 前編
 東の空がわずかに白み始める頃、新型戦列艦の機関部は一足早く活気に満ちていた。艦内に積み込む荷物に先立ち機関部要員の魔女達とカズヤが乗船し、機関室の開けた場所でみんなを集めた。

 「今から俺たちがこの船の眠りを覚ますときが来た。要員となってから今まで一人の落伍者も出さずこれたことに感謝する。出港予定時刻は正午、だから慌てる必要はない。確実かつ安全にやれば何の問題もない。全員掛かれ。」

 「「「お〜」」」

 可愛らしく元気な返事を発し散開していった。

 「ボイラー点火確認、昇圧します。」
 「主復水系統異常なし。」

 機関室で各員の動きを見守りながらカズヤは一安心した。風呂沸かし用のボイラーと違って、船用の大型ボイラーは規模が大きいため細心の注意を払って点火しないと爆発をする恐れがある。

 起動準備のため機関室を要員が走り回っているがそのほとんどが魔女のため何ともいえない光景ではあるが、それを任せられるだけの知識はしっかりと教え込んできたし、彼女たちもその期待に応えてくれた。

 「暖機弁を開放、暖機蒸気を供給。主機タービン暖機開始します。」
 「主蒸気管も予熱してください。」
 「了解しました、機関長。」

 「とりあえず一段落はついたようだな。」
 「あ、カズヤ先生。」

 機関長役の魔女がカズヤの元にやってきた。褒めて褒めてと言いたげな表情を向けているが、その頭上にカズヤは手刀を下ろした。

 「うう、痛いです。」
 「登山で言えばまだ入り口の前だ。全力航行試験が終わるまで気を抜くんじゃない。」
 「はい、わかりました先生。」
 「お前達の役目はこの船では一番重要なところだ。すべてを左右すると言ってもいい。」

 そう言いながらもカズヤは魔女の頭に手を置いて髪をクシャクシャとしながらも、彼女たちの動きに満足していた。

 「どれくらいで暖気は終わる。」
 「ええと、2時間後には試運転ができると思います。」

 おおよそ自分の予想と同じだ、自信たっぷりに言う姿は数ヶ月前まで涙目になりながら勉強していた同一人物とは思えないほどだ。

 「その調子で出港準備まで持っていってくれよ。」
 「はい、任せてください。」

 乱れた髪を気にもせずに満面の笑顔でそう答えると次の作業準備のため持ち場へと戻っていく。しばらくは変化がないだろうとカズヤは艦内を散策することにした。

 機関室の発電機が稼働しているため常夜灯が通路をほんのりと照らし出している。主砲の真下に当たる弾薬庫はまだ搬入されていないため広々としていた。次に艦橋へと足を運ぶと窓からは朝日が差し込み人影がみえた、

 「あら、カズヤさんじゃないですか。」
 「機関室はもういいのかい?」
 「俺が一番乗りかと思ったら更に上がいたか。」

 リョウとアヤがすでに艦橋にいるとは思わなかったが特に驚きもせず、ポケットからリンゴを出して二人に投げ渡した。

 「常夜灯がついたから始まったと思ってね、夜が明けてからでも出港時間には間に合ったんじゃないか?」
 「あいつらがどうしてもって言うからな。たたき起こされたよ。」
 「やる気にあふれていいことじゃないか。」

 「あと2時間ぐらいで試運転には持っていける。」
 「出港が早まるの?」
 「予定通りでいいかな、慌てる必要はないし。」

 朝日が完全に昇りきる頃に資材置き場に人が集まりだし、すぐに搬入作業が始まる。今回は航行試験と兵装の実射を予定しているので積み込む量はそんなに多くはない。屈強な第二次要員に混じりジャイアントアントの姿もちらほら見える。彼女たちは主に弾薬を運び込んでいた。

 「力があるのはわかっていたが、砲弾をあんなに軽々とよくも運べるものだ。」
 「弾薬の搬入に時間が掛かると踏んでいたんだけどすぐに終わりそうだね。」

 彼らがそう言っているあいだに最後の弾薬を運び込んだところだった。

 「早えな、おい。」
 「旦那、邪魔するぜ。」
 「ロゼさん。」
 「朝食まだだろ、持ってきたから一緒にどうだい。」

 両手のバスケットを掲げてそう言ったロゼと一緒に食堂へ移動し、そこで朝食を取ることにした。既に作業を終えた者達が手持ちで朝食を持ってきて食べていた。適当にあいているところを見つけてバスケットの中身を出した。

 「旦那、船の調子はどうだい?」
 「正午の出港には充分間に合うよ。」
 「いよいよだねえ。さっき、ドワーフの奴らは機関室に行ったな。」
 「風呂沸かし用のボイラーの大規模版だから気になるんだろ。問題ない、あいつらならうまく扱える。」

 「代表のバフォ様は来ないのか?」
 「業務が忙しくて無理だそうで、次回ここから出港する船団護衛の戦列艦に編成されるときには必ず来ると手紙には書いてありましたよ。」

 艦内はすでに要員であふれかえっているが、それぞれの部署には先に教育を受けた魔女達が第二次要員を案内していろいろと説明をしていた。


 最後に元100門級戦列艦の砲列甲板員達が新型戦列艦が停泊しているところに着いた。事前教育を受けていたとはいえ初めて見る実物は彼らの想像を大きく超えていた。その姿は、見慣れてきた戦列艦とは全く異なる異質の存在として彼らの目に映っていた。

 巨大なマスト群がなく、その船体の全長は100門級戦列艦の4倍にもなり、旋回砲を巨大化したような物が5基、連装のカロネードらしき物が2基、その他の小火器がいくつか確認できた。

 乗り込む際に船体側面に砲門が一つもなく、砲術担当の魔女が案内をしてくれるが、船体のほとんどが金属製で甲板も板が使われているところもあったが基本的には金属製だった。主砲と言うところの内部に案内されるが密室状態でどうやって狙いをつけるのか、これが使い物になるのかはなはだ疑問になってくる。

 「装填方法は後送式ですから尾栓を開けて砲弾を装填して装薬を詰め込みます。尾栓を閉鎖すれば発射準備完了です。」

 「カノン砲とは全く正反対だな。」
 「変わった形の砲弾だし、結構重いなこれ。」
 「運搬台車があるから何とかなるけどな。」


 「嬢ちゃん、こいつは何ポンド砲なんだ」
 「ええと、これは50口径20.3cm砲です。この艦には10門装備されています。」

 彼らにとってなじみ深い32ポンド砲ではなく、聞いたことのない規格を言われて戸惑い出すが、確かに目の前にあるのは砲身の後端部分である。

 「そ、そうか。それで最大射程はどれぐらいなんだ?」
 「最大なら3万mです。測距儀の性能上、実際は1万mぐらいを想定しているので十分だと思います。」
 「「「え?」」」

 それぞれの理解の範疇を超えすぎてあっけにとられるしかない要員達を教育役の魔女は首をかしげて見ていた。

 「機関室に行ってあいつら見てくる。」
 「もうそろそろ試運転の時間か。」
 「試運転?出港ですかい、旦那。」
 「こいつがちゃんと動くかどうかの最終チェックだ。出港の直前にすることだからあながち間違いじゃないな。」

 そう言うとカズヤはパンを一気にほおばりながら席を立つ。

 「カズヤさんがんばってくださいね。」
 「がんばってるのは俺じゃなくあいつらなんだけどな。」

 アヤに声をかけられて少し照れながらも、手を振りつつ通路に消えた。

 「そろそろ艦橋で待機しないと出港も近いので。」
 「それじゃあ旦那、港で見送らせてもらうぜ。」
 「おいしいパンをありがとうございました。」
 「そう言ってくれると家内も喜ぶよ。」

 ロゼは上機嫌に食堂を後にし、リョウが艦橋に向かう頃には食事を終えた要員が持ち場に向かっていった。
 
 「各ボイラの圧力均衡しました。」
 「主蒸気塞止弁を開放、起動弁を閉鎖。」

 カズヤが機関室についた頃には、試運転の準備が進んでいた。ドワーフたちも加わっているが本来は要員ではなく、たっての希望で試験公開に立ち会うこととなっている。カズヤは機関長を探して辺りを見回すと、部下達に指示を与えているのをすぐに発見した。

 「暖機蒸気弁及び元弁を閉鎖。暖機蒸気の供給停止します。」
 「主蒸気中間弁開放、スピニング開始。異常の有無を確認。機関各部の正常を確認したら、艦橋に連絡して試運転に移ります。」

 機関室はすべてのボイラーが暖気を終了したため他の区画よりも少し温度が高くなってきた、動き回っている魔女達の額にうっすらと汗が浮かんでいたがそれも気にせずになすべきことをこなしている。

 「艦橋から試運転了解の連絡来ました。」
 「テレグラフを前進最微速に設定。」
 「艦橋から前進最微速の返答来ました。」

 「増減速を実施して異常をチェック。」
 「各部異常なし、機関停止に設定。艦橋に試運転終了報告をします。」
 「試運転終了。指示があるまで待機してください。」

 一息ついた機関長の頭に後ろから手を置いてやるとビクッとするが、後ろを向いてそれがカズヤだとわかると笑顔になり、

 「カズヤ先生、機関部の準備は完了しました。」

 カズヤが撫でていた手を離すと、彼女は先ほどの手刀を思い出して目をつぶって身構えると再び手が置かれて少し乱暴に撫で始めた。

 「よし、まずは及第点だな。試験が終わるまで気を抜くんじゃないぞ。」
 「大船に乗った気で任せてください。」

 控えめな胸を張りエヘンとでも言いたげな得意満面なその頭に再び手刀が下ろされた。

 「あう、痛いです。」
 「言ってるそばからこれか、まあ、後は頼んだぞ機関長。」


 「試運転終了。機関準備完了。」

 リョウが艦橋に上がってから各部署の準備状況を受け、高鳴る緊張を押さえながら号令を言おうとするがなかなか声が出てこない。かなり緊張してしまっている自分を必死に落ち着かせようと悪戦苦闘していると、思いっきり背中を叩かれて咳き込んでしまう。

 「ほら、艦長。力みすぎだぞ、気楽にいこうぜ。」

 カズヤが笑顔で話しかけてくれるが、緊張は和らいだけど力の加減がなさ過ぎるのはいかがなものかと思いながらも、自分と同じくこの時を楽しみにしていた親友の心遣いに背中の痛みを感じながらも感謝した。

 「カズヤさん、力が入りすぎてませんか?」

 アヤが背中をさすってくれながらカズヤに抗議の意思がこもった視線を向けるが、カズヤに悪気がないことを悟ったアヤはそれ以上は言葉にはしなかった。
 リョウの顔をのぞき込むアヤの表情は、心配よりも子供を見守る母親のような慈愛に満ちていて、それにすっかり落ち着きを取り戻し、二人に小さく礼を言うと深呼吸をしてから、

 「出港準備、配置につけ。」

 この一言を境に艦内は要員がそれぞれの持ち場につく。艦尾にはサバトの旗が掲げられ、岸壁にいる者達は出港が近いことがわかった。

 「揚錨完了。」
 「機関準備よし。」

 もうすぐこの艦が自分の指示で動き出す。少し感慨にふけってしまいアヤに羽で叩かれて我に戻ると、艦橋の要員達からクスクスと笑い声が聞こえてきたが、特に不快な気分にはならなかった。なぜなら要員達はリョウに明るい笑顔を向けていたからだ。

 「両舷前進最微速」

 機関室からのテレグラフ表示が最微速に変わり、非常にゆっくりと艦は動き出した。艦橋内では控えめだが歓声が上がっていた。リョウは特に注意はせず進路を港の出口へと向けた。

 「ついに動き出したぞ。」
 「すげえ、ほんとに動きやがった。」

 造船所前では新型戦列艦を一目見ようと作業員や、近所の住人が集まり、動き出したとたんに大喜びで騒いでいた。建造に携わってきた魔物や人を問わず港を出るまで見送っていた。

 港に停泊している帆船の乗組員達は初めて見る異形の大型船に目を奪われて作業の手が止まってしまった。それを注意しようとした船長さえも、一緒に眺めていた。

 「右舷に漁船3隻、入港してきます。」
 「進路そのまま。」

 艦は港出口に途中で他の船の乗組員達から手を振られても、応えているのは甲板で主砲のチェックをしていた砲術要員のみ。そのほかの要員は皆初めての航海で余裕がなかったのだ。やがて港の出口が見えてくるといよいよ期待に胸が膨らんでくる。

 「まもなく港を出ます。」
 「港を出た後、両舷半速へ。」

 ついに新型戦列艦は大海原へと滑り出した。
12/01/14 01:42更新 / うみつばめ
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■作者メッセージ
前置きが長すぎるような気もしますが、やっと稼働しました。
次は大海戦バトルとは残念ながらなりません。

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