屋敷潜入 その6化け物の登場
「お前は一体…誰だ?」
今アレンの目の前には、青白い浮遊体がフワフワと不気味に浮かんでいる。顔はよく分からない、だが全体的に細身で出るところは出ているため女性であることは分かる。人のように見えるがあるはずの足が無い、長いロングスカートに使用人のような長袖の見るからに暑そうな服装で、頭にカチューシャを付けている。
『私は…この屋敷で旦那様に仕えていた使用人のエレナという者です』
エレナと名乗った浮遊体は丁寧に一礼をしてみせる、その一礼を見て使用人とは思えないような気品に満ち溢れていた。
(こいつはゴースト…?)
ゴースト 死んで肉体が滅んだ人間の魂が、魔族の王の力により生まれ変わったもの。魔物娘のように非常に好色で、気に入った男に取り憑き自分が考えている『妄想』を、男の頭の中に流し込みやがて自身しか考えられないように虜にし、少しずつ精を奪い実体化していく。
「お前はいつからここにいる?」
とりあえず冷静に話題を吹っ掛けることからアレンは始める。すぐ傍で目を渦巻にしながらぶっ倒れている阿呆トカゲ(エリス)を尻目に。
『あなた方がこの屋敷へ入った時すぐです。ずっとあなた達の様子を見ていました』
「ずっと?まぁいいか…ところでこの屋敷で一体何があったんだ、人もいない何もいない時間が止まったように佇むこの不気味な屋敷で、街は今化け物騒ぎで混乱状態にある。まさかお前達が化け物の正体か?」
アレンは言い出してキツイ口調になっている、使用人のゴーストのエレナは少し恐縮している、まだ幼さが残る顔に不安げに眉がハの字を書いている。
(まずい…)
「…言い過ぎた」
『いえ…』
その後に何とも言えない沈黙が二人の間にはびこる。
『と…とりあえず、あなたに会っていただかなければならない人がいます。そちらでのびてしまっている御方も、そういえばあなたのお名前を聞いていませんでした…』
(やっぱりこいつ(エリス)を連れて行かなければいけないのか、全くこいつは本当に足手まといの女だ、くそ、やっかいなのを連れてきやがってフランクの奴…)
アレンは心底嫌そうに、エレナの耳に聞こえないように舌打ちをする。一人ならばこんなことには決してなってない、やはり人と馴れ合うことはアレンにとっては苦手であった。
「…アレンだ」
「アレン様ですか…そうですね、何から話せば…」
エレナは遠い目をして、何もない天井の虚空を見つめていた。
ポツポツと小さな雨粒が屋敷の窓を打つ、今日この日は屋敷の使用人であるエレナにとっては、生まれて初めて辛い一日だった。自身の仕える主人であるロイ=ロッドケーストの妻であるメアリーが、昨日未明に亡くなったのである。
エレナにとってロイの妻メアリーは、自身の救世主だったからである。元々エレナは、両親が早死にし常に働き盛りの日々で、学を学ぶこともできずそんなことを学ぶ暇もなかったが故、字の読み書きができずにいて、世の中辛い境遇の上に立つ人間の一人であった。そんな中、一般教養を受けていないためロクな職に就けずにいたエレナは、偶然メアリーと出会いメアリーから『家の使用人として働かないか』と持ち掛けられた。
メアリーは優しい女性だった、一般教養ない貧しい人間や身分の低い人間達を使用人として雇っていた、メアリーの夫であるロイもまたそんな人間達を快く迎え入れていた。
「どうして…どうしてなんだ、メアリー……なぜ私を残して逝ってしまうんだ…」
エレナの目の前には、メアリーが眠る棺を抱いて静かに泣きじゃくる夫のロイ=ロッドケーストの姿があった。エレナは視線を反らしたくなる。夫のロイはとても妻のメアリーを溺愛しお互いに相思相愛だった、それはエレナの目から見てもわかることで、正直に言えば二人の仲がとてもうらやましいくらいだった。
「うっ…ううう……」
「ねぇ…お父さん、お母さんどうなったの…」
「お父様…どうしたの?」
泣きじゃくるロイのすぐ傍には、ロイとメアリーとの間に生まれた子供たちが、状況を把握しきれず不安げな目でロイの姿をジッと見ていた。
「さぁ…坊ちゃま、お嬢様こちらへ…」
エレナは無意識に二人の子供たちをロイから離れさせる、エレナはこの残酷な現実の中に子供達を居させてはいけないと思った。
「ふぅ…」
窓越しから外を見ると、いつの間にか降っていた止みそうにないと思っていた雨は止み、空に何事もなく太陽が顔を出していた。庭の方では二人の子供達の楽しそうな笑い声が聞こえ、またいつもの日常を思わせた、だがその視線を屋敷の中へと戻すと不思議なことに屋敷全体が真っ暗な闇に包まれたように、妙に重たい空気が流れ周囲を圧迫する。とても息苦しく、何も考えられなくなる脱力感と絶望に襲われる嫌な現実に戻される。
(コツ、コツ…)
「えっ?」
誰なのだろうか、葬儀もすでに終わり、ロイと共に葬儀の参列をしていた人間達はほとんどすでにこの屋敷から帰っている、主人のロイはずっと書斎の中に閉じこもり、そこから出てくる気配は全くない。他の使用人の人なのか?
「あっ…」
エレナの目の前を、黒い服を着た男が通り過ぎようとした。
背格好からして、一瞬葬儀の参列者に見えそうにもなかったが、よく見るとそれはどこかの国の軍服のようで、体格も肩幅がかなりありがっちりとしている、顔は若々しく見えるが目付きの鋭さを見るとさほど若そうには見えなかった。おそらくロイと同年齢くらいに見える。服に汚れなんてない、靴を見れば黒いブーツは光に反射して眩しいくらいに磨きあげられていて、貴族のようにある種の気品があり、軍の中でも相当の高い地位にいる人物に見える。
エレナは慌てて自分が着ている服の埃を払うと男に会釈をする。
男はエレナの存在に気付き立ち止まると、丁寧にお辞儀をするとその場を後にした。
「はぁ…びっくりした…」
エレナは男を見た瞬間何とも言えない威圧感に見舞われる、男はかなり高い身長でなおかつ丁寧にお辞儀をした。背の高い人間がお辞儀をするとかなりの迫力がある。
エレナはチラリと男の方を見ると、どうも行き先がロイの書斎へと向かっているように見えた。
(あれ…あそこは旦那様の書斎、あのお方は一体誰なのかしら?)
「ここはどこの部屋だ?」
アレンの両手は、ゴースト化したエレナを見て間抜けに失神しているリザードマンのエリスによって塞がれている。ちなみにここは屋敷の2階のとある回廊で、エリスを両手で抱えながらエントランスへと戻り2階へと素早く階段を上がっていったのだ。アレンの両腕は、すでに悲鳴を上げそうになっている。
(…この、アホトカゲが!!いつまでそうしているつもりだ…)
アレンはエリスを抱えていていると、何故かある部分にどうしても視線が集中して仕方がなかった。ある部分、それは女性特有の出るところは出る部分、エリスの場合ロケットのような感じで突き出てそれが左右にユラユラと揺れそうになるのだ…。
(くそぉ…次から次へと何だこの煩悩はぁ…脳髄が痛む…)
「こちらはお嬢様のお部屋です、お嬢様のベットにお連れの方を寝かせていただければ良いかと思いまして、ちなみにお部屋にその方はいらっしゃります」
「フン…」
アレンは塞がった両手を器用に伸ばしてドアノブに手を付け扉を開く。
「…あれは?」
「あちらの方が例の方です。この屋敷の主人ロイ=ロッドケーストの娘でいらっしゃる、エミリア=ロッドケースト様です」
部屋の奥で、薄い紫色の浮遊体がフワフワと浮かんでいる。部屋は暗いためよく見た目が分かる、フリルのついた上質そうなドレスに身を包んでいて、いかにもお嬢様という雰囲気をさも出している。肩まである長い髪に赤い大きな瞳、肌色は完全に幽霊そのものの青白く不気味に光っている、全体的に細く幼げに見えるためある趣味の人間は歓喜するだろう。
「!?」
アレンめがけてエミリアの浮遊体がこちらへ突然接近し始め、アレンは思わず横へそれを避ける。
「あっ、エレナが例のお客さん連れて来た!やっぱり黒髪のお兄ちゃんかっこいいよぉ、あ…例のリザードマンさんもいたんだ…」
エミリアはエリスの姿を確認すると肩を少しすくめて溜息をついた。
「…エレナ例の話をしてくれ」
「……分かりました」
「あれ?二人とも遊ばないの?エミリアつまんないよぉ〜」
「お嬢様、お遊びじゃなくて話をするために、アレン様をここまで案内をしたのですよ、これで旦那様が…」
(…旦那様?)
アレンは、エミリアが使っていたベットにエリスを寝かせた、やはり金持ちのお嬢様の部屋で、高価なアンティークの調度品や高価な玩具などがある、ベッドのシーツも上質なものだ。エリスを寝かせるとき、アレンはどこからか異様な殺気の視線を感じたが、気のせいだと判断する。(特にエミリア辺りから)
「…なるほど、ロイ=ロッドケーストは妻であるメアリーが死んだ後からおかしくなったのか」
「はい…旦那様はあの後四六時中ずっと、書斎に引き籠られまして外から一歩もでることはありませんでした、最初のうちは仕方がないと思っておりました。が、それが何カ月も続きさらには、私どもがお運びしているお食事も手を付けない状態が続き、私ども使用人の声を聞いてくれませんでした。そしてあの日、旦那様が跡取りとして大事に育てられていた子息のマリク=ロッドケースト(坊ちゃま)が、奥様と同じ病で倒れてしまった時、旦那様は坊ちゃまを連れて突然地下室に閉じこもられ…その後の記憶はありません…あるのはその後屋敷中が血まみれだったことだけで…」
「…分かったもういい…それ以上何も話すな…」
アレンは思案顔をする。悲劇が立て続けに続き、彼は大きなショック故に人格を大きく変えてしまった、あの資料室で見つけた生と死に関する書物。自身の息子が病に倒れた後の行動、そして屋敷中でなにやら惨劇があったということ、まさか…そんなはずは…ない、考えすぎだ。
「ん…外がやけに騒がしいな…」
アレンは部屋のベランダをジッと見つめる、ベランダの外から何やらバサバサと何かが羽ばたいている嫌な音が聞こえる。もう時間帯は深夜だ、鳥の割には大きな羽音、それに無数のうるさい蝙蝠のような鳴き声が聞こえてくる。
「…なんだ…あれは?」
「あれは…アレン様隠れてください!!」
「どういうことだ!?あいつは…馬鹿な?」
ベランダの外には、黄色い大きな満月を真っ二つに引き裂くほどの巨大な人型の蝙蝠のような化け物が、無数の取り巻きを従えながらその場で羽ばたいている姿だった。
今アレンの目の前には、青白い浮遊体がフワフワと不気味に浮かんでいる。顔はよく分からない、だが全体的に細身で出るところは出ているため女性であることは分かる。人のように見えるがあるはずの足が無い、長いロングスカートに使用人のような長袖の見るからに暑そうな服装で、頭にカチューシャを付けている。
『私は…この屋敷で旦那様に仕えていた使用人のエレナという者です』
エレナと名乗った浮遊体は丁寧に一礼をしてみせる、その一礼を見て使用人とは思えないような気品に満ち溢れていた。
(こいつはゴースト…?)
ゴースト 死んで肉体が滅んだ人間の魂が、魔族の王の力により生まれ変わったもの。魔物娘のように非常に好色で、気に入った男に取り憑き自分が考えている『妄想』を、男の頭の中に流し込みやがて自身しか考えられないように虜にし、少しずつ精を奪い実体化していく。
「お前はいつからここにいる?」
とりあえず冷静に話題を吹っ掛けることからアレンは始める。すぐ傍で目を渦巻にしながらぶっ倒れている阿呆トカゲ(エリス)を尻目に。
『あなた方がこの屋敷へ入った時すぐです。ずっとあなた達の様子を見ていました』
「ずっと?まぁいいか…ところでこの屋敷で一体何があったんだ、人もいない何もいない時間が止まったように佇むこの不気味な屋敷で、街は今化け物騒ぎで混乱状態にある。まさかお前達が化け物の正体か?」
アレンは言い出してキツイ口調になっている、使用人のゴーストのエレナは少し恐縮している、まだ幼さが残る顔に不安げに眉がハの字を書いている。
(まずい…)
「…言い過ぎた」
『いえ…』
その後に何とも言えない沈黙が二人の間にはびこる。
『と…とりあえず、あなたに会っていただかなければならない人がいます。そちらでのびてしまっている御方も、そういえばあなたのお名前を聞いていませんでした…』
(やっぱりこいつ(エリス)を連れて行かなければいけないのか、全くこいつは本当に足手まといの女だ、くそ、やっかいなのを連れてきやがってフランクの奴…)
アレンは心底嫌そうに、エレナの耳に聞こえないように舌打ちをする。一人ならばこんなことには決してなってない、やはり人と馴れ合うことはアレンにとっては苦手であった。
「…アレンだ」
「アレン様ですか…そうですね、何から話せば…」
エレナは遠い目をして、何もない天井の虚空を見つめていた。
ポツポツと小さな雨粒が屋敷の窓を打つ、今日この日は屋敷の使用人であるエレナにとっては、生まれて初めて辛い一日だった。自身の仕える主人であるロイ=ロッドケーストの妻であるメアリーが、昨日未明に亡くなったのである。
エレナにとってロイの妻メアリーは、自身の救世主だったからである。元々エレナは、両親が早死にし常に働き盛りの日々で、学を学ぶこともできずそんなことを学ぶ暇もなかったが故、字の読み書きができずにいて、世の中辛い境遇の上に立つ人間の一人であった。そんな中、一般教養を受けていないためロクな職に就けずにいたエレナは、偶然メアリーと出会いメアリーから『家の使用人として働かないか』と持ち掛けられた。
メアリーは優しい女性だった、一般教養ない貧しい人間や身分の低い人間達を使用人として雇っていた、メアリーの夫であるロイもまたそんな人間達を快く迎え入れていた。
「どうして…どうしてなんだ、メアリー……なぜ私を残して逝ってしまうんだ…」
エレナの目の前には、メアリーが眠る棺を抱いて静かに泣きじゃくる夫のロイ=ロッドケーストの姿があった。エレナは視線を反らしたくなる。夫のロイはとても妻のメアリーを溺愛しお互いに相思相愛だった、それはエレナの目から見てもわかることで、正直に言えば二人の仲がとてもうらやましいくらいだった。
「うっ…ううう……」
「ねぇ…お父さん、お母さんどうなったの…」
「お父様…どうしたの?」
泣きじゃくるロイのすぐ傍には、ロイとメアリーとの間に生まれた子供たちが、状況を把握しきれず不安げな目でロイの姿をジッと見ていた。
「さぁ…坊ちゃま、お嬢様こちらへ…」
エレナは無意識に二人の子供たちをロイから離れさせる、エレナはこの残酷な現実の中に子供達を居させてはいけないと思った。
「ふぅ…」
窓越しから外を見ると、いつの間にか降っていた止みそうにないと思っていた雨は止み、空に何事もなく太陽が顔を出していた。庭の方では二人の子供達の楽しそうな笑い声が聞こえ、またいつもの日常を思わせた、だがその視線を屋敷の中へと戻すと不思議なことに屋敷全体が真っ暗な闇に包まれたように、妙に重たい空気が流れ周囲を圧迫する。とても息苦しく、何も考えられなくなる脱力感と絶望に襲われる嫌な現実に戻される。
(コツ、コツ…)
「えっ?」
誰なのだろうか、葬儀もすでに終わり、ロイと共に葬儀の参列をしていた人間達はほとんどすでにこの屋敷から帰っている、主人のロイはずっと書斎の中に閉じこもり、そこから出てくる気配は全くない。他の使用人の人なのか?
「あっ…」
エレナの目の前を、黒い服を着た男が通り過ぎようとした。
背格好からして、一瞬葬儀の参列者に見えそうにもなかったが、よく見るとそれはどこかの国の軍服のようで、体格も肩幅がかなりありがっちりとしている、顔は若々しく見えるが目付きの鋭さを見るとさほど若そうには見えなかった。おそらくロイと同年齢くらいに見える。服に汚れなんてない、靴を見れば黒いブーツは光に反射して眩しいくらいに磨きあげられていて、貴族のようにある種の気品があり、軍の中でも相当の高い地位にいる人物に見える。
エレナは慌てて自分が着ている服の埃を払うと男に会釈をする。
男はエレナの存在に気付き立ち止まると、丁寧にお辞儀をするとその場を後にした。
「はぁ…びっくりした…」
エレナは男を見た瞬間何とも言えない威圧感に見舞われる、男はかなり高い身長でなおかつ丁寧にお辞儀をした。背の高い人間がお辞儀をするとかなりの迫力がある。
エレナはチラリと男の方を見ると、どうも行き先がロイの書斎へと向かっているように見えた。
(あれ…あそこは旦那様の書斎、あのお方は一体誰なのかしら?)
「ここはどこの部屋だ?」
アレンの両手は、ゴースト化したエレナを見て間抜けに失神しているリザードマンのエリスによって塞がれている。ちなみにここは屋敷の2階のとある回廊で、エリスを両手で抱えながらエントランスへと戻り2階へと素早く階段を上がっていったのだ。アレンの両腕は、すでに悲鳴を上げそうになっている。
(…この、アホトカゲが!!いつまでそうしているつもりだ…)
アレンはエリスを抱えていていると、何故かある部分にどうしても視線が集中して仕方がなかった。ある部分、それは女性特有の出るところは出る部分、エリスの場合ロケットのような感じで突き出てそれが左右にユラユラと揺れそうになるのだ…。
(くそぉ…次から次へと何だこの煩悩はぁ…脳髄が痛む…)
「こちらはお嬢様のお部屋です、お嬢様のベットにお連れの方を寝かせていただければ良いかと思いまして、ちなみにお部屋にその方はいらっしゃります」
「フン…」
アレンは塞がった両手を器用に伸ばしてドアノブに手を付け扉を開く。
「…あれは?」
「あちらの方が例の方です。この屋敷の主人ロイ=ロッドケーストの娘でいらっしゃる、エミリア=ロッドケースト様です」
部屋の奥で、薄い紫色の浮遊体がフワフワと浮かんでいる。部屋は暗いためよく見た目が分かる、フリルのついた上質そうなドレスに身を包んでいて、いかにもお嬢様という雰囲気をさも出している。肩まである長い髪に赤い大きな瞳、肌色は完全に幽霊そのものの青白く不気味に光っている、全体的に細く幼げに見えるためある趣味の人間は歓喜するだろう。
「!?」
アレンめがけてエミリアの浮遊体がこちらへ突然接近し始め、アレンは思わず横へそれを避ける。
「あっ、エレナが例のお客さん連れて来た!やっぱり黒髪のお兄ちゃんかっこいいよぉ、あ…例のリザードマンさんもいたんだ…」
エミリアはエリスの姿を確認すると肩を少しすくめて溜息をついた。
「…エレナ例の話をしてくれ」
「……分かりました」
「あれ?二人とも遊ばないの?エミリアつまんないよぉ〜」
「お嬢様、お遊びじゃなくて話をするために、アレン様をここまで案内をしたのですよ、これで旦那様が…」
(…旦那様?)
アレンは、エミリアが使っていたベットにエリスを寝かせた、やはり金持ちのお嬢様の部屋で、高価なアンティークの調度品や高価な玩具などがある、ベッドのシーツも上質なものだ。エリスを寝かせるとき、アレンはどこからか異様な殺気の視線を感じたが、気のせいだと判断する。(特にエミリア辺りから)
「…なるほど、ロイ=ロッドケーストは妻であるメアリーが死んだ後からおかしくなったのか」
「はい…旦那様はあの後四六時中ずっと、書斎に引き籠られまして外から一歩もでることはありませんでした、最初のうちは仕方がないと思っておりました。が、それが何カ月も続きさらには、私どもがお運びしているお食事も手を付けない状態が続き、私ども使用人の声を聞いてくれませんでした。そしてあの日、旦那様が跡取りとして大事に育てられていた子息のマリク=ロッドケースト(坊ちゃま)が、奥様と同じ病で倒れてしまった時、旦那様は坊ちゃまを連れて突然地下室に閉じこもられ…その後の記憶はありません…あるのはその後屋敷中が血まみれだったことだけで…」
「…分かったもういい…それ以上何も話すな…」
アレンは思案顔をする。悲劇が立て続けに続き、彼は大きなショック故に人格を大きく変えてしまった、あの資料室で見つけた生と死に関する書物。自身の息子が病に倒れた後の行動、そして屋敷中でなにやら惨劇があったということ、まさか…そんなはずは…ない、考えすぎだ。
「ん…外がやけに騒がしいな…」
アレンは部屋のベランダをジッと見つめる、ベランダの外から何やらバサバサと何かが羽ばたいている嫌な音が聞こえる。もう時間帯は深夜だ、鳥の割には大きな羽音、それに無数のうるさい蝙蝠のような鳴き声が聞こえてくる。
「…なんだ…あれは?」
「あれは…アレン様隠れてください!!」
「どういうことだ!?あいつは…馬鹿な?」
ベランダの外には、黄色い大きな満月を真っ二つに引き裂くほどの巨大な人型の蝙蝠のような化け物が、無数の取り巻きを従えながらその場で羽ばたいている姿だった。
10/11/21 17:06更新 / 墓守の末裔
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