連載小説
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屋敷潜入 その7 化け物との戦い
「…素晴らしい、それでしか何も言い表すことはできない…いやできようか?」
地上の屋敷の主ロイ=ロッドケーストの目の前には、3メートルほどある大きな直方体の水のケースがある、その中には人の形をした何かが眠るようにして水の中でジッと動かない、人の形をした何かから周期的に気泡が水の中に浮かんでは消えている。
屋敷の地下奥深く、ロイがこれを完成させるためにこの空間を造り、そして膨大な設備を充実させるのに時間はかかった。それはさすがに“あの男”がいなければできなかったことだったのだが…。
「…思えば、何のために私は…いや、そんなことはもうどうでもいい…とにかく最高の芸術を完成させた!!これを世界中の人間達に見せてやりたい、この素晴らしさを!!」
ロイは元の目的を忘れていた、死んだ愛する妻と同じ病魔に侵されてしまった自身の息子、マリクを救うために毎日地下にこもり治療法を見つけ出そうとしていたのにも関わらず、一体なぜこのようになってしまったのか分からない。
ロイは目を大きく見開き、口を大きく開けてただ壊れたラジオのように狂った笑い声を繰り返す。
笑い声の最中、水のケースの中に浮かぶ周期的な気泡は、微かに周期が乱れていることをロイは気づくことはなかった。

『オ前カ…我ガ主ノ地ヲ侵ス侵入者ハ…』
体よりも大きな翼を羽ばたかせ、無数の小型蝙蝠の取り巻き達を束ねている姿は、漆黒の夜空を納める帝王の威厳そのものである。体の各所に見慣れない奇妙な装備をしている、少なくともアレンはあんな装備品を見たことが無い、どこか近未来の最先端技術で造られたもののように見える。おそらくあの生物は様々な生物を合成して人工的に造り上げたもの、声は感情のこもった肉声ではなく、無感情で作られたような不気味な声が、そうではないのかと思わせる。
「アレン様どうすれば!?」
「…お前たちはそこで隠れていろ…そこのアホトカゲのことは頼んだ…」
アレンはエレナにすぐに指示を出す。元屋敷の使用人のゴーストのエレナは、それに素直に従い仕える主である同じく、ゴーストのエミリアとエリスを部屋の隅に遠ざける。
アレンは黙って屋敷のベランダの方へ出る。
『キッ、ヒヒヒ…ソノ前ニ、コイツ等ノ処理ガ先ダ』
化け物の声を合図に、一斉に化け物の全身を取り巻いていた小型蝙蝠達は体から離れ、二本の足の鋭い刃のような長い爪に、何か二つの物体が食い込んでいる。
「お父さん…痛いよぉ…た…すけ…て…」
「やめろ…化け物、私はどうなってもいいから、早く…娘を離せ!!」
化け物につかまってしまったのだろうか、セイレーンの親子が苦しそうにもがき苦しみ化け物に何かを言っている。
『ガタガタウルサイ、ソコノセイレーンノ糞餓鬼ノ親子ハ俺様ノ縄張リヲ荒シヤガッタ!!オ前ヲ我ガ主ニ身柄ヲ渡ソウトシタガ、ドウヤラモウ必要ナクナッタラシイ…』
「痛い…体がぁ…千切れちゃ…う」
「ぐ…あっ…ぁ…」
親子の体から、爪が強く食い込んだ先からドクドクと生温かな血液が滴り落ちている、このままであればそのまま出血多量で息絶える。
『大丈夫ダ…、スグニ仲良ク楽ニシテヤル、命乞イハスンダカ?…』
「むっ…娘に手を出すなぁ!!」
『分カッタ…』
その言葉を最後に化け物は、片方の足の食い込んだ爪を緩める。
「いやああああぁぁぁ…」
「うわあああぁあぁ、なんでだぁ!?どうしてぇぇぇ…うっ、う…」
緩められた爪に食い込んでいたのは、父親の娘らしいセイレーンの少女だった。そしてそのまま地面へと叩き落とされていく。
『次ハオ前ダ、娘ノ所ニ連レテヤル!』
「あああぁぁぁぁ…」
化け物の無慈悲な所業。父親は最後の希望を打ち砕かれ、そのまま娘の元へと送りだされていった。二人はそのまま屋敷の中庭へと落ちていく、アレンはベランダの手すり越しからその光景をただ黙ってみているだけだった。
(ヒュウウゥゥ…グチャ…グチャ…)
悲鳴を上げながら地面へ真っ逆さまに落ちていく、姿小さくなりその後卵が潰れたような音がし、そこからジワリと赤黒い何かがあふれている。
『イッ、ヒヒヒヒ…ハハハハ、ドウダ面白イダロ虫ケラノヨウニツブレタロ?』
「…別にどうだと言われてもそれがどうしたとしか言いようがない、俺に関係の無い連中だからな…こんなのが楽しいのか?」
残酷で無慈悲な光景を冷静に静観するアレン。ただ口で言っていても、さすがに性質の悪い冗談に吐き気を催し不快感しか本心にはない。
アレンの反応に、化け物はつまらなそうに舌打ちをする。
『ナラ…次ハオ前ダァ!!行ケェデビロン、コイツヲ八ツ裂キニスルンダ!!』
化け物の声を皮切りに、無数の小型蝙蝠の取り巻きたちは雪崩の如く、アレンめがけて集まり始めた。
「…無駄だ」
アレンはデビロンの集団にめがけて炎の槍を無数に放つ。槍の火力は言うまでもなく、神の崇高な加護を持つ聖職者でも簡単に火炙りにできるくらいである。先頭のデビロン達は造作も無く槍に貫かれ苦痛の悲鳴を上げ、煙を上げながらそのまま上空から屋敷の中庭に落ちていく。だがしかし、それでも数は一向に減らず、デビロン達は恐れを知らずそのままアレンめがけてひたすら特攻を仕掛けてきる。
アレンはとりあえず、デビロンが炎の槍の射程距離に入れば狙いを定め、ひたすら槍をデビロンに放つ。何故こんなまどろっこいことをひたすらする理由は、相手の化け物の弱点相手がこの状況で一体どう出るのかを探る意図もあった。
それはあの化け物も同様であるようにアレンは見えた。アレンは余裕で、デビロンの軍勢をかわしているのは十分に見ていてわかることである。だが、しかし化け物は上空から一歩たりとも動かず、ただそこで張り付いた薄笑いを浮かべているだけで自身から動くことはない。化け物の目は大きなレンズのような特殊なメガネをかけていて、詳しく感情や表情を読み取ることはできない。その笑う姿は夜空を納める帝王というより、ずる賢い小悪党のようにも見えなくはない。一体その目は何を見ているのだろうかとアレンは感じる。
(…蝙蝠とはいえここまで大勢従え、そして流暢に人語を操っている…どうやら知能は相当高そうだな…やはりこれは長期戦か…)
長期戦となると雑魚にかまっている余裕はない、ただ力を無駄に浪費するだけである。
(…久しぶりに…やるか…)

デビロン達は、ひたすらに主の命令に従いアレンに特攻を繰り返しているが、何故かアレンの半径2メートルの範囲に入ると、見えない壁のようなものに弾かれ、体が身を引き裂くほどの炎に包まれていった。だが、それでも馬鹿の一つ覚えのように特攻を繰り返すのが非常に滑稽である。
見えない壁の中でアレンは、とても涼しげな余裕を持った表情を浮かべている。その表情が崩れる気配は全くない。
(…そろそろ…か)
「散れ…」
アレンの号令の元、見えない壁の中のアレンはいきなり爆発した。デビロン達はその爆風に巻き込まれ、あっけなく黒々と焼け焦げてその場に塵の山ができていた。どうやら見えない壁の中のアレンは幻影であった。
アレンはエミリアの隣の部屋の窓から出てくる。
(…成功か)
敵を一気に一掃して爽快感にかられるのが普通、だがまだ終わっていない。
(ん…奴は?奴はどこへ…)
屋敷の中庭を囲むベランダの、長い廊下のような回廊をひっそりと進むアレン。デビロン達は焼け死に、いつの間にか化け物の姿は消え、大きな満月はもわもわとした雲達により顔を隠され、地上はさらに気味の悪い闇のまどろみや静寂につつまれていく。
ふいに満月が遠目から顔を出す。
「うっ、わああああぁぁぁ…」
その瞬間、いきなり上空から“何か“がアレンに体当たりをしてきた。アレンはそのままベランダの手すりから派手に放り出され下の屋根へと放り出される、いきなりの奇襲にアレンは受け身をとることができず、そのまま屋根から地上へと落ちかけあわや転落死する寸前になった。
「くっ、くそ…腕がぁ…」
『キッ、ヒヒヒ…今カラ楽ニシテヤロウ、オ遊ビハココマデダ!!』
化け物は大きく翼をはばたかせ、上空から真っ直ぐにアレンの元へと下降していく。化け物の両手の細長く鋭い刃のような爪はアレンを完全に捉えていた。アレンは必死に屋根にしがみ付き、抵抗どころか身動きすらできない。
「もはや…ここまでか…」―アレンは潔く悟る。腕が悲鳴をあげている、体がズルズルと下へ落ちていく感覚がする。
(俺は独りだ、いつも永遠に…だからどうにでもなれ…死ぬことなんか、死ぬこと…なんかこんなことで死ぬのはいささか心残りだが…)

「…もうあきらめるのかアレン?」

(ん…こんな時に幻聴か?…)
『ウ、ギャアアァァァァ…腕ガァ…腕ガァアア!!』
一瞬フワリと風がアレンの服をなびかせる、その瞬間化け物から激しい苦痛の声が聞こえ始めた。いくら待っても化け物の痛恨の一撃はやってこない。
「…!?これは?」
それは一瞬のこと、化け物の右腕から下がきれいさっぱり無くなり、そこから大量の血液を撒き散らしている。化け物は体中がボロボロに獣に引き裂かれたかのような状態になり、その場でもがき苦しんでいた。
「まだこうしても生きているのか、じゃあこれで最後だ…」
それは聞き覚えのある懐かしい声、さっきアレンがいたベランダの所から一陣の鋭い刃のような風が、化け物の体をいとも簡単に千切りにしていく。
『馬鹿ナァ…マサカ仲間ガ居タノ…』
それはほんの数分の出来事、化け物はそのまま屋敷の中庭へと落ちていきその姿はだんだん小さくなっていく。なんともあっけない最期であった。
「…待たせたな」
不意に見覚えのある手がアレンに差し出される。
「ありえない…どういうこと…だ?」

「…お前いつの間に…」
「ふっ…さぁいつだったかなぁ?」
エリスは得意げに楽しそうに笑う。自分が苦戦したあの化け物を、ほんの数分で簡単に片づけたことに、アレンはにわかに信じられなかった。
「正直言えば、相手がアレンばかりに気を取られていたから、だとしてもとても簡単に事は進んで予想外だったな、まぁなにより助かってよかったなアレン」
エリスはそう言ってアレンを優しく微笑する、とても余裕そうに語っていたため、アレンは何故か腹の虫が好かなかった。
(…何だ、このおいしいところを持っていかれた感は…)
「アレン様ご無事で何よりです、アレン様が窮地に追いやられた際に、エリス様を起こすためにどれほどの苦労を…」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
エレナとエミリアがフワフワと心配そうにアレンの元へと駆け寄ってくる。アレンはエミリアの自室のベッドに寝かされている状態である。
「いや…なんともない…」
アレンは自身の体のあちこちに軽く触れる、あの化け物の突然の奇襲で弱冠右腕のあたりが掠り傷になっているくらい、あと屋根へと放り出された時の屋根に体を強く叩きつけられ背中が妙に痛いくらいだ。
「ええっ、そんなことはないもん!じゃあ私が見てあげるね!!」
「…お前何をするつもりだ?」
エミリアは頬を赤く紅潮させ、何故か息を荒々しくしながらアレンに迫ってくる。(魔物の本能でもう自制が利かなくなってしまいアレンを食べようとしている勿論性的な意味で)
「…お嬢様、もう少し空気をお読みになってくださっ…自重してください」
「ん!?馬鹿者、アッ、アレン…お前そんな子供にふしだらなことを…お前という奴はぁ!」
エリスは顔を真っ赤にし、口をまくし立てるようにアレンに迫っている。アレンの話を詳しく聞くそぶりは毛頭なさそうに見える。
「…もうどうにでもなってくれ…」
思わず頭を抱えたくなってしまうアレンだった。
10/11/21 20:18更新 / 墓守の末裔
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■作者メッセージ
虚実…アレンが使う技の一種でめったに使うことはない。その名の通り自身の幻影を見せて敵を欺く技、その幻影を爆発させて敵にダメージを与えることができる。とても便利な技。
壁…アレンが使う技の一種でめったに使うことはない。バリアのようなものであらゆる敵の攻撃を跳ね返す技、バリアとバリアをサンドウィッチのように敵をはさんでしまったりもできないことはない…。

かまいたち…エリスが使った技。風の力で鋭い刃で敵を切り裂く。力は技を使う人物の腕次第で強力なものとなる。

Hangedman(ハングドマン)吊るされた男
type-041←(制作番号)
ロイが制作した化け物。顔に暗視スコープ、体の各所にプロテクターを装備している蝙蝠型のモンスター。(素材は人やハーピーなど多種にわたる生物でつくられている)人語を使ったり小型蝙蝠(デビロン)を従えたりと、知能は非常に高い。通常攻撃は鋭利な爪でひっかき攻撃。とても素早いためハングドマンに攻撃は当たりずらい、当たっても大きな翼で体を防御する。作中でセイレーン親子を無残に殺害するあたり性格は残忍、主人であるロイに忠誠心がある。なおハングドマンが死亡するとデビロンも生命活動を停止し死亡する。
夜な夜な街を襲撃していた理由は、ロイ=ロッドケーストの命令でロイの実験に必要な非検体を集めるため。(セイレーン親子はその犠牲になり、最期はハングドマンによって弄ばれたあげく、無残に上空から落されてしまう)
最期―アレンをあわや死亡するまで追い詰めていたものの、エリスという伏兵に気付かずあっけなく死亡した。ちなみに弱点は翼以外の体。

エリスどうしてこうなった!!(なんで最後でいいとこどりを…)
戦闘シーンが適当だったということは言わない約束ということでお願いします…。(これでも頑張ったんです。ない頭を絞りに絞って…アレンがよくしゃべるようになったのもなんかの気のせいだと思います!!)
次は屋敷の地下へとロイを探して三千里の旅へ…。

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