連載小説
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変な人 捕獲される
辺りには天幕が張り巡らされ、松明が闇を追い出している。
魔族の軍は人間の策、及び再進行を考慮してかつての村から近い位置に野営することになった。
現在兵はそれぞれ歩哨以外自由時間を満喫している。ただし、人間の檻には食事係りと見張り以外近づかないことを条件として。
そんな中で一際大きく少し上質な布でできている天幕からは自由時間にしては多くの影が明かりに浮かび上がっていた。

「それで、どこで彼を見つけたの?」
デルエラがメルセに昼のことを聞いているようだ。もちろん、あの『変な男』についてだろう。同じくその場所には他の将軍たちも控えている。
そして特別な計らいだろうか。ミルやその兄達も同席していた。
「ハ。それが……少し…何と言うか特殊な状況で…」
いつもは饒舌にしゃべるメルセがここまで言葉を迷うとは珍しいことだ。
その分デルエラ達もどんな話が出るか期待しているようである。
「…まず、私と十数の部下が村より北、少し盆地、といってもほんの少し気が生えていない平らな土地に差し掛かった所にあいつはいました…

「…!」
スッと右手をあげ部下に注意を促す。
(気のせいではないはずだ)
間違いなく人がいる、と目を凝らす。
部下たちもそれに従いメルセの視線を追っていくとそこには、
死体が積まれていた。

サワ

後ろの部下達から殺気があふれ出る。
またもやメルセが手を挙げて注意する。
(…無理も無いか)
先に見てきた死体より数は少ないとはいえそれが無造作に積まれているのだ。憤りもするだろう。
(だが…)
だがここは戦場だ。殺気を気づかれるとどんな事が起こるか分からない。
長年の戦闘により培って叩き込まれた考えであり、癖である。
(さて、問題は人間…ん?)
今、死体の山が動いた気がする。
まさか生存者でもいるのか、と近づいていく。
すると、人間がいた。…しかし、何か行動が奇妙だ。
穴を掘っている。…いや、今は埋めているのか。
(何をしているんだ)
興味を持ちより近くに、しかし気づかれないように回り込む。
そして人間が穴を埋めている先を見ると…
(…何だと?)
横で部下が息を呑むことが伝わった。他の者達も目を見張っている。
そこには襲撃された同族が横たわっていた。だが無造作に横たわっているのではない。今穴の中で横たわっているのはおおなめくじの種だがちゃんと腕を丁寧に胸の前に曲げ、胴体の部分も平らに、しかし真っ直ぐに横たえられている。魔物は種によって葬儀に仕方が違い、それこそ人間型から離れる場合は人が考えている葬儀とはまったく違う。しかしそれでも。
しかしそれでも、やはり無造作に捨て置かれているのと埋められているものとでは何かが絶対的に違う。それをメルセ達は実感したのだ。

ザッ

ハッと我に返ったのは、土がおおなめくじの顔の周辺にまで達したときだった。
(!何をしてるんだあたしは…)
「おっ!」

!!

(気づかれたか!?だがこの数なら)
メルセが言うより先に部下達が飛び出そうとする、が、
「忘れてた忘れてた」
と言ってまだ青年と言っていい風の男は屈んだ。
途端に硬直した筋肉が緩むのが分かる。隣を見ると部下達も安堵した模様だ。
(…ん?なんで安堵してるんだ?別にさっさと片付けりゃぁいいじゃねえか!)
当たり前のことに気づいてしまったことがより一層恥ずかしい。
そうして動こうとしたとき…
「あったあった」
またもや動きを封じられた。というより、体を止めてしまった。
(…なんでだ…)
イレギュラーなことで調子が狂っているわけではない。
だが、なぜか今出て行くのはためらう。…好奇心のせいか、それとも単純に興が削がれてしまったためか。
そんな見られているとは思ってもいないような泰平な空気を纏った男はおおなめくじの首にかけられていたペンダントを取っている。
「…盗みをするためでしょうか」
「分からん」
分からない、が、もしこのような事をしてくれた者ならそんな真似はしないで欲しいとも思う。
そんな空気を知って知らずか男はペンダントをじっと見て、呟いた。
「ロコマ…ロコマ、か」
そうしてまた屈んだかと思うと元の位置にペンダントを戻し、そのまま死体の山に近づいていった。よく見ると、その山の横に小さく切られた木の板の山が積まれている。男はその中の一個をとり、胸から取り出したナイフで削りだした。

シャガシャガシャガシャガ…シャッ…シャッ…

しばらく木を削る音だけが森に響く。それは例え朝日を浴び、動物の声が辺りを震わしても何かが足りない、生命が営みをしているという証が足りない森に突如力を補ったかのような音だった。
やっと音が止み、男は片手に出来上がった木の板を持ったまま残りの土をかけて埋葬すると、辺りの土をさらに小さく盛りあげそこに木の板を刺した。

「ロコマ ここに眠る」

ただそれだけ。しかしただそれだけ書かれてあるということがどれ程メルセ達に、何より死んだものに影響を与えたかは計り知れない。
実際、先程死体の山を見て荒ぶっていたメルセの心は静かに、洗われた、確かにそう感じた。
「ま、…名前が違ったとしても許してくれや…。……。」
その後は何も言わずに目を閉じ、合掌する。
なんというスキ。戦場においては決してしてはいけない事であり、またする必要も時間も無いこと。もしかするとこの男は戦場になっているか知らないのでは、とメルセは本気で思う。
死者への供養が済むと、男は穴を少し距離を開けて穴を掘り始めた。
もしや、と思いメルセは辺りを注意深く観察する。すると案の定、そこかしこに小さく盛られた土の上に木の板が刺さっている。

ハズソ、タソン、シッミー、ベンソン……

中には空白の板もあるが、その意味は考えるまでも無いだろう。遺留品が見つからなかったのか…。
(…まさか…)
もっと辿ると自分の視界には入りきらないところまであるようだ。
(この数を…一人で?…)
木々に邪魔されて見にくいとはいえ、魔族の視力を持ってしても視界に入りきらないほど埋葬するとは…。
これだけの数を殺したことに怒るべきか、それともこれ程の数を掘ってくれた男に感謝するべきか、分からなかった。
(…だが、人間、それも敵軍であることに変わりはない)
意を決して前に出る。部下達もその後に続く。

ちょうど掘り終わった男は次の死体を持ってこようとちょうど後ろを向いていた。
「動かないでもらおうか」
ピタッと男の動きが止まる。
「…魔族か?」
「そうだ、…武器を落とせ」
スッと男は腰に下げていた剣を置く。
続いて胸のナイフも…と言おうとしたところで男はすでにそれも落とした。
(なんだ、素直だな…)
一応部下に身体検査をさせる。
「いやあ、もうここまで来ちまったのか。はええな。」
「まあな」
緊張しているのかしていないのか、よく分からない。
「む?なんだこれは?」
部下の一匹が何やら木の棒のようなものを持っている。
(…なんだそれは)
「ああ、それ?ホドントの木の根っこだ」
「…ホドントの木?」
一般的な木の名前だがなぜその根を持っているのか疑問だ。
「何に使うのだ」
「お昼に」
「………」
「………」
「………」
「…で?」
「いやだからお昼に」
「だからお昼の何に使うんだ!」
「弁当だよ」
(弁当?何かに使うのか?まさか香材ではあるまいし…)
部下に目で問いかけるがこちらもよく分からない、という顔をしていた。
「弁当の何に使うんだ?」
「だから弁当だよ」
「だから!弁当の何に使うんだ!」
「だから弁当だっつってんだろ!しつけえぞ!」
「ああ!お前がちゃんと答えないからだろうが!」
「答えんてんだろうが!」
(この野郎…)
戦場時に捕虜になっても罵詈雑言をとばすやつはいるが、ここまで聞き分けの無い奴は初めてだ。
そんなことを思っていたところ、
「あの…ひょっとしてそれ、食べるん…ですか?」
(まさか、そんなわけ「ああ、そうだぜ」

「「「「「「「えっ!!?」」」」」」」」

思わず声が出てしまった。
「た…食べるのか、これを?」
「ああ。…ああ成る程ね。はいはい悪かったよ。つい同僚に言ってるのが慣れちまってさ。そうだぜ、それを食べるんだ」
一気に引いたことは言うまでも無い。
身体検査を命じられていた者でさえも、2歩分退いてしまった。
「…おいおい、別に俺も好きで食べてるわけじゃねえぞ。ここら辺りはあんま食用の木の実がなかったからだ」
確かにこの辺りにはないが…。
「配給用があるだろう」
「ん、俺にはねえんだよ」
「何故だ?」
「働かざるもの食うべからず、ってさ。冗談じゃねえよ、何も働いてねえわけじゃねえっつうの」

…………

しばらく辺りを静寂が包む。
「…オホン。あ〜えっと…、おい、身体検査は何も無かったか?」
「あ、はい」
やっと空気が動いた。
「よし、あ〜まあなんだとりあえずそこのお前、捕虜になったのは分かるよな?」
「ああ」
「よし、なら悪いが縛らせてもらうぞ」
合図を送り、手を後ろでに縛らせる。
「うむ。……ここはほとんど森の北端だ。それにもうこんなに時間が空くと狩りも無意味だろう。これより、本隊へ帰還する」
「「「「「「ハッ!!」」」」」
そうして私達は捕虜を連れてもと来た道を戻った。
         ・
         ・
         ・
「あっ!!」
「!なんだ!」
今まであまり会話をしていないのでやけに声が大きく声が聞こえる。
「どうした!」
男の声だったので捕虜であることは間違いない。
後ろの部下も軽く驚いた風だ。
「俺の昼飯!あれ!?どこだ!」
「昼飯?」
ああ、……あれのことか。
「おい、さっきの木の根はどうした?」
体を検査した部下に聞く。
「えと…そのまま捨てましたが」
「だそうだ」
「ノオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
バサバサ
辺りの鳥が堪らずに飛んでいく。
「〜〜…うるさい!」
バシッ
思わず部下にやるように頭をはたく。
「うげっ。……ノオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「まだやるかあああ!!」
ボカッボカッ!
今度は真剣に叩いた。
「あだだ。……ちくしょおおお、どうしてくれんだ俺の昼飯!」
「一食ぐらい我慢しろ!」
「一食じゃねえよ五食だよ!」
「それがどう……五食…?」
「ああそうだよ!俺は隊でつまはじき者だからな!いっつも残り飯だけだったんだ!それが一昨日はよお、ちょっと遅れただけで飯抜きだぜ!この成長時代に残り飯だけで生きてるってだけで奇跡なのにこれで一食でも抜かれたら俺は死ぬね!、そう考えたわけよ!それでこっそり夜に食料庫に忍び込んでたらふく食ったんだ。それも肉をだぜ!」
「…いいじゃねえか」
「ところがだ!次の日なんか体の調子がおかしいな〜、と思って辺りを歩いていたら飯炊きのやろうがこんなこと言ってたんだ。

『あれ?ここの肉どこやった?』『誰か食べたんじゃないのか?』『それはないだろう、生だったし間違って持っていくことはない』『誰か盗んだので?』『…それはますますまずいな』『どうしたんだ』『その肉、もう四日経ってるんだ』『四日もか?!』『ああ、片付ける暇がなくてな』『…まあ、大丈夫だろう。それに、どこに遠征中に勝手に食料を持ち出す奴がいるんだ。盗賊集団ならまだしも、我々神の軍にそのような者はいない。きっと誰かが捨てたんだ。仮にいたとしても火の跡が見つかったという報告がないから大丈夫だ。どこの世界に肉を生を食う奴がいる。蛮族ならいるかもしれんがな』

いるんだよおおおおおお!!!そんな人間がああああ!はみだされて飯もろくに食えない人間があああああ!その後からどんどん腹がおかしくなってきやがったんだ!でもな!耐えたんだぜ!必死で耐えたんだぜ!!でもな…無理だった。ちょうど急襲作戦が始まった頃だしな。道行く奴らは皆俺を見捨てていきやがった!まあなんとか優しい優しい変なガキに会えて何とか助かったがな。けど!雑菌が消えたのは今日の朝!分かるか!?今日の朝だ!つまり、まともな食事は昼だったんだよ!楽しみにしてたんだよ!それが根っこでもだ!必死で見つけたんだぞ!分かるか!ホントに必!死!だったんだぞ!!」
どうやらそこで世にも長い腹痛の話が終わったらしい。
優しい変なガキってなんだ、とメルセは思った。
周りを見ると呆れている者、笑うまいとしている者の二つに分かれている。
(私は呆れているな…)
ともかく、お互いが目で語り合った結果、この男に対する評価が満場一致で決まった。

           …この男は…変だ…


「あっはっはっはっはっはっはっ!!」
楽しげに笑っているのはデルエラだ。
他の幾人も少しだが笑っている。
ミルに至っては涙すら出ていた。
「何それ?!あっはっはっはっはっはっは!」
ひとしきり笑っていたデルエラだったが、笑いが引くと突然
「…でも、その男に私達は恩を売られたようなもんね」
真剣な口調で言った。
「?どういうことですか?」
ウィルマリナがいぶかしむ。
「考えて見なさいよ。敵とはいえお墓を作ってくれたのよ。それだけでも感謝すべきじゃない」
「馬鹿な!その男が殺したのかもしれないのですよ!」
「う〜んでもねえ、私の勘ではその男、自分から害をなす存在にはならないようなきがするのよねえ」
「そんな…」
「ミルも…」
ポツリと端に座っていたミルが呟き、注目されたためか恥ずかしげに頬を染めながら続ける。
「ミルもそう思う」
「「「「「「……」」」」」」
「そうよねえ。何しろミルちゃんに何の危害も与えなかったもんねえ」
「ですが、それも腹痛の…ウフン。腹痛のためかと思えばしっくりくるかと」
腹痛の話が面白かったのかやや空咳を交えて話した。
「もう、ウィルマリナったら。もう少し子供に気を使ってあげなさいよ」
ミルのことを言っているのだと気付くと、
「あ、申し訳ありません」
「ま、いいけど」
「それじゃあ、この後は…」
「失礼します」

サッと天幕を払い入ってきたのはやや熟年のダークプリーストだった。
「炊事長のエリザと申します」
「ええ。どうしたの?」
「捕虜の一人が、食事をとの要求をしたので、どうすればよいかと」
「捕虜が?ふてぶてしい奴ね!」
プリメーラにはカチンとくる話のようだ。
「まあまあ、いいんじゃないの?ちなみに、その捕虜って昼間の男?」
「ハイ。遠目からしか見ていませんでしたが、あの髪型は間違えないかと」
「ふ〜ん。今のところその男だけが要求しているのね?」
「はい」
「いいわ、好きにあげなさい」
「デルエラ様!」
「まあまあいいじゃない。それに堕ちたとはいえプリーストは頼みはほっとけないんじゃないかしら?」
チラ、とエリザを見、サーシャを見る。
「はい。私達は僧侶。困った人がいれば助ける性ですから。…ありがとうございます。それではエリザ、準備して差し上げてください」
「はい。喜んで」
「あ、媚薬は入れないようにしてね」
「はい。元々今回の戦は特別だそうで、持ってきてはおりません」
「そう?優秀ね。それじゃお願い」
ペコッとお辞儀し出て行く。
「…ハア。しかし、よくその男だと分かりましたね」
「簡単な話よ。ね、プリメーラ。あなたが敵に捕まると食料って頼む?」
「…いいえ」
「どうして?」
「それは…敵が何を入れるか分からないから…」
「そうよね、でも今頼んできた人がいる」
「…お腹が空いていたからじゃあ」
「そうよね。それじゃあさっきの男に当てはまるじゃない」
「ああ、確かに」
「それに…」
「それに…なんですか?」
「メルセ、あなたはお腹が空いてても敵がくれるご飯に手をつけるかしら?」
「…いいえ、死んでも食べません。何が入ってるのか分からないので」
「そうね。普通はそうよ。たぶん兵士じゃなくてもそうするわ。慣れない環境、慣れない周りの魔族達、捕虜というストレス。でも、そんな中で食べ物を要求するなんてその男しかいないと思ったのよ」
「はあ、確かに」
「けど、精神が弱すぎるからっていう線もあるんやないですか?もしくは、道具を脱獄に使うか」
今宵が口を挟む。
「そうね。でも…」
「…でも?」
「…どちらにしろ面白いことに違わないわ。もしかするともっととんでもない理由かも」
あの妖艶なデルエラが夢見るように言う。
「…確かに、あの男ならありえそうですね」
「あら、メルセ。分かってくれるの?」
「ええ。じかに会ってますからね。……あいつは、変でしたからね」
「そう」
そうして乙女のようにうっとりとした顔でデルエラは
「名前は何ていうのかしら?」
と呟くのだった。
そんなデルエラを見る将軍、賓客達は皆唖然とするのであった。
11/11/03 20:24更新 / KANZUS
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■作者メッセージ
なんとか書き上げれました。
ちょっとしつこいような感じがしなくもないですが、どうか大目に見てやってください。

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