連載小説
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初陣、勝利
「は〜いみんな〜、これから人間を『解放』しに行くけど…今回の相手はいつもとは違うから皆注意してね〜。…これは、命令よ…」
と、最後はいつもとは重い雰囲気でデルボラが締めを括ったのがつい4時間前。現在、先方を任されたメルセの隊が問題の土地へさしかかっていた。

「…どうだ、何か見えたか?」
「…いえ、未だ何も」
隣の部下に聞いても芳しい答えが得られない。
つい先程から張り詰めた緊張感は今までに無いほど膨れ上がっている。
もしや撤退したのでは、という願望とも予測とも取れる考えがメルセの胸をよぎった時…
「!前方!敵と思しき人影が数名!」
途端に各部署に伝令が送られ、後ろのプリメーラ率いる対遠距離部隊とデルエラ率いる本隊もとばされる。
「…他には?」
「…いませんあれだけのようです。偵察でしょうか?」
分からない、心中だけで答えてメルセは敵兵を見続ける。
こちら側は魔族、人間の視界に収まるはるか前に物を見分けることができるのでその時点でかなり人間と差がついている。
いつもならここでさっさと急襲するのだが、
「今回はプリメーラ隊にも準備を、と伝えろ」
「ハ」
念を入れて、さらに遠くを狙えるように隊を配置する。
単純な陸戦においてはこちらが勝つだろう、ということは日々の経験から確信している。
メルセの率いる隊は、自分と同じエキドナやメドゥーサなど陸戦に長け、速い種族で構成されているために急襲や強襲おいて右に出る者はいないのだ。
ちょうど部隊が散開して陣を敷いたところにプリメーラ隊からも準備完了の合図が届く。
「…よし、行くぞ!!」
その言葉で瞬時に部隊が走る、というより飛び掛っていく。

「?うわっ!」
最初に気づいた者が声を上げた。が、そこまでだった。
一匹のエキドナに縛られ、身動きができなくなる。最初に気づいた者でさえこれなので、後の敵も一瞬で捕らえられた。
普段はその場で未婚者達が夫探しを始めるのだが、今回は特別なのか、ただ縄で手早く縛っただけであった。
ちょうど最後の人を縛り上げたとき、右手の丘の中腹が光り、その後一瞬もさらずに轟音が聞こえた。
「魔導砲だ!退け!!」
しかし流石はエキドナの部隊、音を聴いた瞬間から去っていく。
その際ちゃんと人間を確保していくのも素晴らしいが仁義のためか、それとも婿探しのためか……それはともかく、
「味方がいやがるのに撃ってくるとは…」
魔族になってから、いやなる前も人間の身勝手さを感じていたメルセだが、やはり今回は驚くようだ。
そんなメルセにはお構いなくだんだんと着弾が前に伸びてくると…

ファファファン

上空を魔力が溜まり青く光っている紙人形が十数丘に向かって飛んでいった。

…ドドドオオオオン!!

しばらくして丘から煙があがり、魔力弾も上がらなくなった。
「ヒュウ〜」
おそらく今宵の術だろう、と独特の攻撃から判断する。
「よし!あたし達はこれからあそこの中腹でまだ気力のある奴らを潰して村へ仕掛ける。後ろが人間の回収と魔導砲の回収はしてくれるはずだ!遅れるなよ!」
そうして勢いよく将軍自ら飛び出した。
それに続き部下も続々と動く。
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丘の中腹を占拠し、村の周辺に進行するための小会議が開かれた。
「…で、どんな感じ?」
「はい、村のほうは各国の教団兵が集まり、周りの森には小さいながらもトラップが。後、これはあまり問題ないかもしれませんが、村を中心に法陣が途中まで描かれています。しかし今は事態が急変したのでまだ始めたばかりなのに投げた、と見れますね」
「ふ〜ん。じゃあ残りの魔導砲のほうは?」
「それはもうすでに占拠しました」
「あら?速いわね」
「はい、あいつら、そのまま味方を撃つような奴らですから村を撃てる位置にあるんだろうなと予測していましたが案の定、3里程離れた南北の2地点にありました。もちろん、伝令も全員捕らえています。」
「そう。流石はメルセね。今度休暇をあげるわ、子供達と旦那と一緒に休んできなさい」
「あ、ありがとうございます」
途端に不満の声が漏れる。
「私だって先陣を任されていれば…」
「そんならウチは魔導砲潰したんやで!」
「はいはい、そう怒らない。どうあれ、今回メルセの部隊が一番活躍したでしょ?それに子供もいるんだしたまにはサービスしなきゃ」
「…私も…早く子供が欲しいです…」
ポツリとサーシャが言った事によりどんよりとした空気が重なる。…デルボラとメルセ以外。
「…さて、今後の事だけどまだチャンスはあるわ。休暇は無理でも一日『彼』の所有権を認めてあげる。もちろんカザムも断らないでしょうしね」
「…はい」
だがいつもならば率先して手を挙げるはずのウィルマリナは心ここにあらずといった風だ。余程子供が欲しいのだろう。
(…重症ね…)
このままではまずい、とデルエラは思う。
おそらくこの状態で戦闘に移っても勝てるだろうが、やはりこの空気は気になる。
「ほらほら、もう結婚しちゃってるあなた達がそんなことでどうするの。私を含めてまだ世の中には結婚、もっと言えば伴侶さえ見つけていない娘達もいるのよ。その点あなた達は天国じゃない」
「…そうですね」
「それは…」
しかしまだ奮わない。
流石のデルエラも少しカチンときたのか
「あっそ。じゃあ次もメルセが主役でまた褒章ね。それまでずっとおあずけになっちゃうけど仕方ないわよね?1ヶ月ぐらい伸ばしちゃおうかな〜」
若干怒気が含まれているので本気になっている可能性もある。
そのためかみるみると皆が現実に戻ってきた。
「くす。それじゃあ皆、がんばってくれる?一番と私が思った人には約束どおり褒美を与えるわ。私はフェアなの」
「「「「「「「ハッ!」」」」」」」
すでにやる気は満々で、準備は整った。

「では、全体に通達する!此度の戦は森の中なので作戦はなし、いつもどおり飛び掛る事!すでに魔導砲は制圧している、ただし油断は禁物!いいか!では…進行!」
ウィルマリナの鼓舞により全軍が進む。
既に村を囲む森ごと包囲した。人間に逃げ場はない。
先日の村が襲撃された時の事を丸々逆に思わせる陣容である。
森の中へと進み始めると、数々の罠が待ち伏せていた。
対魔族用に作られた罠、その敷設は完璧だ。
だが魔族も甘くは無い。個々の能力が高い上に、今は一個集団として統一されているのだ。カバーに回る側、進行に徹する側、探知専門の側が混ざり順調に進んでいく。
ちょうどデルエラが森の中頃に差し掛かったとき、先方が人間の部隊と交戦し始めた。
「始まったようね。さあ、私達も急ぐわよ!」
こうして戦が始まった。
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結果から言えば案の定、魔族側の勝利であった。それも大勝利である。
いつもとは大分時間がかかったが、本格的な戦闘と考えると速い方だ。
敵数総勢三千。大軍とはいえないが、小競り合いと呼ぶにしては少し多い数だろう。それを四千、正確には先鋒隊五百でほとんど捕縛したので驚異的な実力である。
通常であればここで人間を『解放』するのだが今回は戦闘が終わった後もなにやら興奮している。いや、激昂しているという方が正しいか。
「今回は許せません!殺す許可を!」
「そうです!」
「許せん!!」
数々の声が捕縛され、罪人輸送用の檻車に乗せられている人間達に向けられている。
「…」
デルエラもいつもとは考えられない苦汁を舐めたかのような顔をしている。
チラ、と遠くで一心に祈っているサーシャとダークプリーストの軍団に目を向け、ますます顔を歪める。
そのサーシャらの足元には広い穴が掘られており、その中には山が盛り上がっていた。
死体でできた山が。
そこには村で生活していた魔族の死体が積み重ね上げられていた。いや、積んでいるといってはおこがましい。放り捨てていたという方が正しいか。
無造作にされた同族の死体を見て憤らない方がおかしい。
現在魔族軍の大半が殺すことを強く主張しているのはこのためである。
死体発見当初はそれこそ大騒ぎだった。
村の生き残りも勿論仇討ちと付いてきていたので、そのショックは甚大だった。特にミルなどの幼い子供たちに気づかれたのが一番の失態だった。
今でもミルは木にもたれながら泣いている。その横では兄と兄嫁がなんとかあやそうとしているがこの二人も元気が無い。
村のほとんどの大人、つまり親が殺されたのだ。
心中では悲しみ、そして怒りが渦巻いていることだろう。
「殺せ!」
「こやつ等だけは許せぬ!」
特に激しいのはプリメーラとメルセの部隊だ。
メルセは現在残党狩りに出かけているが、プリメーラがいるのでなんとか2部隊を落ち着かせようとしている。
ウィルマリナも手を割きたいのはやまやまだが、ミミルが一度吐いてしまいこちらも2部隊を指揮しているのだ。愛する『彼』だけしか頭に無いが、目に入ることと頭に無いことは違う。理解はできるのだ。
そんな罵声が渦巻く中、デルエラはどうしようかと悩んでいた。
(流石にダークプリースト達は僧侶であっていやな顔をしても殺しを許可はしないわね…。こっちはおいて置くとして、まずはメルセとプリメーラの部隊ね。…でもさっきから私の一喝も効果がないのよねえ……強硬手段に出るしかないかしら。気は進まないけどね…)
そう判断し魔力を最大限に練り上げようとしたそのとき、

「だ〜か〜ら〜まじで亀甲縛りだけはやめてくれって、な!まじで」
「何がだ〜か〜ら〜だ。そもそもお前はただ後ろでに縛られてるだけだろうが!」
残党狩りに向かったメルセと聞いたことのない男の声がした。逃げ遅れた残党だろうか。
「いやでもさ、普通聞くんじゃない?自分がどう縛られるか考えるんじゃない?」
「考えねえよ!…ああああ!なんかムカついてきた!お前とさっきから会話してるとなんかムカついてきたあああ!」
だんだん声が大きくなる二人に対して先程まで罵声を上げていた魔族や人間が少しずつ二人に注目していく。
「なに?ムカついてんの?そんな短期で世の中生きていけると思ってんの?」
「ああ!?お前がさっきから変な問答してくるからじゃねえか!」
「なに?怒ってんの?そんなんじゃあ世の中生きていけねえぜえ」
「…ああ、そうだな生きていけねえかもな」
「そうそう」
「…そんな生きていけねえ奴に命とられてんの理解してんのかてめえええ!」
ギュウウウウ!
「ぎゃあああ!あ!ちょっと!もっとやさしく!アウ!」
メルセに巻きつかれたのだ。それもかなり本気で…。
「あばばばあああ!ちょっとお姉さんお姉さん!やめてやめてええ!このままじゃあ折れるうう!いや、何か飛び出…ウブッ!」
「うるせええええ!生きていけねえやつなんだろおおお!」
「冗談冗談冗だんんん!まじでじょうだあああんん!」
「…フン!」
大人気ないと思ったのかそのままポイッと投げ捨てる。
ドサ!「アウ!」
  一回
ドス!「オウ!」
  二回
ドザン!「うごううう!」
三回バウンドしようやく落ち着いた。…デルエラの前に。
「うむむむいてええってって……ん?」
そこでようやく顔がみれた。
どちらかといえば普通の顔、まだ青年のようだが黒目は輝かずすこし鈍く光っている。髪はと言うとボサボサでわざとか天然パーマか分からないくらいだ。
その他背も体格も一般的なそこらの兵と変わらない風情。
「…誰?あなた」
「…つか、あんたこそ誰?」
ピシイッと空気が凍りついた。
誰もが一触即発を予期していたが、一つの声がその空気を裂く。
「ぁ……変な人…」
いつの間にか事態を傍観していたミルが呟いた。
その声に気づき男はミルを見ると、
「お、あん時の宝箱マニアの少女じゃん」
再び空気が凍りついた。今度は違った意味で。
「え、ええ?」
「あれ、違った?…ああ、じゃああっちの方か。宝箱を両足で押しつぶそうとしたら勢いあまって突き破ってしまってはまったってパターンか!いやあわりいわりい!ちょっと失礼だったな」
…とりあえずその場の全員が思ったこと。
宝箱を突き破ったパターンってどんなパターンだ。まずあきらかにどちらの場合も初対面に対して失礼だ。
そして最後に……というより、どちらもまず間違っている…。
ある者は上品に、ある者は言葉足らずに、ある者は男勝りにそう思った。

だが、とりあえずこの男によりもうそれ以上処刑を望む声はほとんどでなくなったことは幸いである。
11/11/02 22:59更新 / KANZUS
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