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「……ここは……?」 ぼやけたまま意識を取り戻した彼は、瞳を開いた時に映る景色を眺め、こう呟いていた。 教会で聞かれるような楽園の地、そう評することが出来そうな程にその風景は、風景自身が躍動しそうな程に精気に満ちあふれていた。 名を知る花、名も知らぬ花も分け隔てなく大地に咲き誇り、それでいて調和の取れた色合いを保っている。 暖かな風は優しく、柔らかい花の香りを運んでくる。それにつられて花達が、まるで歌うようにその体を靡かせる。 ゆっくりと、太陽に似た球体が天を動き、柔らかな光を地上に投げ掛ける。間違いなく、今まで居た世界ではないだろう。 だが……。 「ここは〜『ようせいのくに』だよ〜♪」 「妖精の……国……」 頭上から舞い降りてくる、桜の花を象ったような服を着た妖精が、彼に話しかける。 妖精の国……と言うことは、俺は回答を間違えてしまったのか……頭の片隅に浮かんだ、どこか残念そうな感情、だがそれすら、彼にとってどうでもいい物になっていた。 今、こうしてここにいるだけで、教会に属して魔物を狩っていたときよりも、暖かくて満たされた気持ちになっているのだから……。 「……そうか……」 知らず、安らかに微笑んでいた彼の肩を、別の妖精がゆっくりと叩く。ぼそぼそと何か呟いているが、彼の耳には上手く届かなかった。 「……?」 流石に気になって、ゆっくり振り向いてみると……? 「……マブカお兄ちゃん……」 「……ナノ……コ……?」 普通なら自らの目を疑うだろう。何故、自らが幼き頃殺めたはずの相手が、ここにこうして生きているのかを。彼自身も、ぼんやりと、これは夢ではないかと考えてこそいた。 「そうだよ……マブカお兄ちゃん♪」 マブカは、確かにナノコにこう呼ばれていた。その愛くるしい笑顔と共に。外見も、昔のナノコの姿をそのまま成長させたようななりをしていた。 「……これは……夢じゃ……んんっ!?」 にわかには信じられないでいる彼の唇を塞ぐように、妖精の柔らかなそれが触れた。幽かに花の蜜の香りがする唇が、これ以上の言葉は必要ないとばかりに押しつけられ、綿毛のように柔らかい感触を伝えていく。 そのまま差し出された舌を、彼は受け入れ、絡ませていった。自然と彼の手は彼女の背に伸び、羽根に通る神経をなぞっていく。その刺激に体をくねらせつつ、彼女は舌でゆっくりと彼の存在を確かめていった……。 「……っ♪」 やがて二人の唇が離れ、ナノコは説明する。何故彼女が妖精の国で生きているのかを。 子供を産んでいない妖精は、死んでもある程度の時が経てば、同じ花の精として転生するという。 焼け野原にされた花壇。だが、そこに種や球根は残っていたのだ。人知れず咲いた花の中で、彼女はまた生まれ、そして今日この日までずっと、妖精の国に居たのだ。 そして――彼が自分を殺したことを、仕方がないと言って許していた。 ――それを聞いたとき、彼の瞳から知らず零れた光の筋が、頬を伝って草花に降り注いでいた。 彼は彼女を豹変させた魔王を憎んでいた。友を連れ去ったナノコを、どうしても憎むことが出来ず、行き場のない憎しみは魔物達に向かっていた。 同時に、彼女に手を掛けたことを、彼自身悔やんでもいた。仕方のないことではあったが、親しくしていた相手を自ら手に掛ける気持ちは如何程のものだったろうか。 その殺めた彼女が、自分のことを許してくれている――! 長年の心の痼りが、涙と共に流されていく。そして空っぽになった場所を、妖精の国の優しさが、ナノコの存在が、じわじわと埋めていく……。 今、間違いなく彼は幸せであった。ケサランパサランの力ではない。彼自身、心の底から幸せだと感じていた。 ナノコもまた、幸せだった。一緒にいた人間達の中で、特に自分と話してくれた相手……それが今、自分の側にいてくれることが……。 「……マブカおにいちゃん」 「……ナノコ」 二人は互いに名前を呼び合うと……再び、ゆっくりと口付けを交わしたのだった……。 「……にゃはははは……ん〜、フェアリーが正直者なのは正解だよ……くすすっ。 まっ♪誠の解釈が違ったって事かな♪彼女達にとって誠の入り口は、妖精の国への扉……けららららっ♪」 ENEMY:12(-1)
10/04/27 21:37 up
その後、彼の行方を知るものはいない……。 けれど、彼にとってそれは些事なのだろう。 彼は、幸せな生を送る事が出来るのだから……。 物語はまだまだ続きます……と、質問。 どの場所にいる人を先に読みたいですか?(脱落者以外) 因みに今は『B』を書き進めております。 初ヶ瀬マキナ
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