おまけ（ローパー注意！）
〜とある悪者の末路〜
――何があったのだったか。
此処はどこだろうか。
自分は、どうなったのだ…？
目を覚ました、しかしそれでもまだまどろみの中からは完全に脱け出せない男は、今の状況とここに至る過程を整理しようとする。
が、上手くいかない…
すぐに思考が霧散し、気を抜くとまたまどろみの中へ帰ろうとしてしまう。
体はまるで全身の骨格筋が溶けて無くなってしまったかのように一切の力が入らない。
ただひたすらに、心地よい安らぎが彼を包んでいた。肌に触れる柔らかな感触のそれは人肌程度に温かく時折しゅるしゅるむにゅむにゅと蠢きながら、全方向から彼の体を包み込んでいた。
ふと、自分の体に触れるものの肌触りから、自身が一糸纏わぬ姿でいることを理解する。しかし何も問題はない。体を包むこの温かなものは寒さなど全く感じさせず、むしろこれとの間を阻む衣類など邪魔なだけであるように思えた。
眠い頭でそこまで何とか整理を付けると、再び至福の眠りの中へ帰ってゆく…
「そろそろ…かな？」
そんな声が頭の上から微かに聞こえた気がした。
…ああ、なんだかぬるぬるしてきた。
…ぬるぬる？
…？
どういうことなの…。
「気分は如何？」
頭上から降ってきたその言葉に急激に意識が覚醒してゆく…。体に力が戻ってくる…。今自分が顔を埋めている、柔らかくぬめる何かから急いで抜け出そうとするが、上体を起こそうと『それ』を手で押そうとしてもぬるりと滑ってその後ろの、自分を背後から包んでいるのと同じ柔らかな素材に腕まで突っ込んでしまう。
そして両足は…感覚が無かった。
(え…？)
男は急に恐ろしくなった。自分の体か今どうなっているのか、ここは何処なのか、とにかく確認したかった。自由にならない体でじたばたと無様にもがき始める。
すると後頭部に何かが触れ、前方へ引き寄せられた。男の頭が更に埋まる。そしてそのまま上へと滑らされ、
「おはよ♪良く眠れた？」
目を開けるとそこにはやたらと綺麗な女性の顔があった。どうやらさっきまで自分は彼女の胸に顔を埋めていたらしい。今はちょうど二人を包むこの柔らかな空間で抱き合いながら向き合うようにして横たわっている状態だ。
…それにしてもぬめる。
「お前は誰だ、ここは何処だ、私はどうなったッ!?」
まだ混乱が抜けない男は捲し立てる。
「わたしはエクメア、しがないローパーよ、ただし堕神教徒の。ここは万魔殿の中の一室、わたしと貴方のために与えられた部屋。そして貴方は…」
ここで一旦言葉を切り、続けた。
「…死んだの。」
「なん…だと…」
「そう言ってしまうと正確には語弊があるんだけど、貴方のいた世界ではもう死んだに等しいという事。なぜなら…貴方はもうあそこには帰れないのだから、というより私が帰さない。」
いつの間にか後頭部にあった感触は背中に回されていた。どうやら彼女の手だったようだ。そして彼女は男を強く抱き締めた。妙にぬめる大きな胸が男の胸板でつぶれ、滑る。
「どういうことだ…、俺に何をした。」
「覚えていない？あちらの世界で堕神の使途に会わなかった？彼女によって貴方はここに送られたの。そして私が引き取った…」
「ずいぶん悪いことをして生きてきたみたいね、貴方の背負った怨みや憎しみの重さに皆引いててなかなか貰い手が現れなかったみたいよ？感謝してね？私が引き取らなければ、そのまま只の餌として愛も無く永遠に貪られ続けるだけの存在となってたんだから…
あ、そろそろいいかな…？」
そう言うと、彼女の目が男の下半身へ向く。
そこで男は思い出した。先ほど感じた体の違和感…今この瞬間も膝から下の感覚が無いのだ。…いや、足は確かにある。今はもう足の指を動かす事も出来るし、周囲の温度も感じる。しかし、何かに触れている感触が無い。まるで膝から先が無風の空中に突き出ているかのように触覚だけが欠如していた。
男は恐る恐る視線を下へ向ける。
奇妙なものがあった。
黒い、極太のチューブのようなものが２本、その先端がチューリップのように開きそれぞれ片方ずつ男の足を呑み込んでいる。
「なんだこれ…」
「私の触手。」
２本のそれは彼女の腰から生えているようだ、…そういえばローパーだと言ったか。…よく見ると足を呑み込んでいる口の端からピンク色の紐のように細い触手が幾つかはみ出し動いている。黒い筒の中にはあれが大量に詰まっているのだろうか？
しかし…
「足の感覚が無い事なら心配ないわ。今その中で強力な麻酔が分泌されてて触覚を鈍らせているの。空気に触れるとすぐに効果が抜けるからそこから脚を抜けば戻るよ。」
「何をしているんだ？」
「今に分かるわ。」
そしてずるりと触手が下へ引っ込み脚が抜ける。
その直後の男の行動は速かった。上半身を捻る力で体を回転させ、エクメアの上から離れると自由になった脚で床を蹴った。その脚は異様に柔らかな白い床に沈み込む、が、両手ともう片方の脚全部を使い体を沈ませながらも彼女から離れようと進む。今まで何かに包まれていると感じたのは二人でこの床に横たわり沈んでいたためだ。一体何で出来ているのか、どこか有機的な温かさと異様な柔らかさを持つその謎の白い素材は、硬い手足で移動する動物の動きを徹底的に妨害する。
「あーあー……」
この展開は予想していなかったのか「あちゃー…」といった表情でエクメアはその様子をただ見ていた。
―実際、男の判断力は優れていた。自分の脚が自由になった瞬間、得体の知れない目の前の魔物から距離をとろうとしたのだ。事実、生前の男の人生においてこのような迅速な判断が何度も自身の窮地を救ってきたのだ…
しかし、今回ばかりはそれが裏目に出る事となる…
「ぅえ…？うがああああ!!!?」
エクメアの先程の言葉の通り、触手の中から抜けてすぐに脚にかけられた麻酔の効果は抜け始めた。そして再び触覚を取り戻した両足が伝える感覚に、彼はのたうち回る。
……それは強烈な快感だった。床に沈み込む両足の膝から下の皮膚が全て性感帯となり、そのすべすべとした床の素材の感触に攻めなぶられている。あまりにも柔らかな床故に体は思うように動かせず、それでもなんとか脚を床から離そうとジタバタともがき続ける。床から足を引き抜こうにもそのために突っ張る別の手足が先に沈んでしまうのだ。そしてその際の足と床との摩擦による刺激で男の腰が砕ける。しかし脱力して突っ伏していればどんどんと体全体が沈んでゆき再びこのよく分からない物体に包み込まれてしまう。今の状態のこの男にとって、この特殊な部屋の構造は非常に意地悪く出来ていた…。
「…ひ、ひぃ…ぃっ、」
やっとのことで沈む床に背中を預け(全裸で)、両手で迫る床を両側に掻き分けながら(全裸で)両足を真上に持ち上げる情けない格好をとることに成功した頃には、男の周囲には脚への刺激だけで何度も漏らした精液が飛び散り、その顔は涎と涙にまみれた無様なものとなっていた。
男の動きが落ち着くと同時に、しゅるしゅると一本の触手が伸びてきて先端に開いた口？で床についた精液を吸い取り始める。
「…人の話を聞かないから、でもこれで分かったかしら？」
触手の動きを追うようにエクメアは近付いて来る。地面を這うローパーの足ならば、この柔らかな床の上でも不自由無く動き回れるようだ。
「貴方の脚を呑み込んでいたこの触手は内部で強力な媚薬を分泌するの、触れた所を快楽しか感じない性感帯にしてしまうタイプの。」
そう言って先程の黒い大型触手を男の目の前にかかげその先端をぐぱっと開いて見せた。まるで花のように八つに裂けた先端の内部を至近距離で見せられ男は小さく悲鳴を上げる。男の想像した通り、そこには大小の肉紐が無数に蠢いていた。
「さっきまでこの中でそれを入念に貴方の両脚に擦り込んでいたという訳。麻酔をかけていたのはその状態の脚をここに突っ込んでいたらすぐに気が狂ってしまうから。感覚の鋭敏化ではなく体組織の構造自体を変えてしまうものだから貴方の脚はもう一生そのまま…永遠に走る事はおろか自分の脚で立つ事すら満足に出来ないのよ。理解できた？」
男の顔が絶望に歪む。
それを見てエクメアは男を安心させるように優しく微笑んだ。
「…でも心配ないわ。ここでは飢えることも老いることもなく生きるために何かをする必要なんてない。だから足なんか無くたって何も困ること無いのよ。貴方がして欲しいことはみんな私がやってあげるから…
…ただその対価として貰うものは貰うけど…」
そう言って無防備にさらされた男のモノに手を伸ばす。…その目は淫靡に笑っていた。
「もう悪いことなんて考えられなくなるように頭の中を快楽で洗い流してあげる…そしてまたいつか人を愛する事が出来るように、私が全力で貴方を愛してあげるわ。」
突然、男のものを軽く握る手の平からぞわりと無数の微細な触手が生え出した。その状態のまま、手首のスナップを効かせるように手首を回転させながら握り込んだ陰茎を揉み回す。
「ッ…!!…ッ!?」
先程不用意にイキまくったばかりの性器に加えられる強烈な刺激に、男は為す術も無く翻弄される。あまりの快感に息が詰まり、悲鳴を上げる事も出来ないまま手の中に精を漏らした。
手の動きが止まっても掌の触手の蠢きは休む事無しに、射精中のモノを容赦無く舐めしゃぶりながら男が吐き出す純白の甘露を吸収していく…。
その刺激が男に萎える事を許さず、射精が終わると同時に再開される手の動きがまた次なる精を捧げさせた。男の呻くような悲鳴を掌で奏でながら、その無慈悲なループは繰り返される。
その心地よい調べにうっとりと聞き入りつつそれを更に甘美なモノへと近づけるべく、エクメアは手の動きと指使いに技巧を凝らしていった。肉紐が密集した手のひらで先端をぐりぐりと撫で回し、更に細い繊毛のような触手を毛の如く生やした指を雁首に絡ませ擽った、かと思うと時折手を筒の形に握り肉棒全体を扱き上げた。
責めの手は時に袋やその裏、尻穴にまで及び、より効率的に快楽を与え精を搾り出すものへと進化してゆく。
足の自由を奪われた男はただ一方的に蹂躙される他なかった…。
「どう？気持ちいい？」
男に言葉を返す余裕など無い。返事が無いことにムッとした表情を浮かべるとエクメアは次の手を試す。
「ダメ？じゃあこれは？」
繊毛触手を一面に生やした親指で尿道口を押さえ、残りの指で竿を握る。そのまま手を動かす事無く触手の動きのみを加速させた。意味ある言語を紡げない男は替わりに反応を以て返す、―即ち悲鳴と射精によって。
「あは♪これイイんだ♪じゃあこれは？これは!?」
男の反応を見ながら次々と責めの手を変え、弱点を探りながら試行錯誤を繰り返す。いざとなれば先程の媚薬で弱点などいくらでも作ってしまえばいいのだが、やはり魔物としてはこの作業が楽しいのか新たな責めを試す彼女の顔はどこかイキイキとしていた。
しかし…
「…あれ、もうおしまい？」
掌で感じる精の味が段々と薄くなり、ついに何の味もしなくなった所でようやく手を離す。その際最後に一際強く触手群が肉棒に吸い付き、男の体がビクンと震えた。実際時間にすればそれほどではなかっただろう、まだ人間であるこの男から搾れる精の量などたかが知れている。しかし責めを受けた本人にとっては、それこそ永遠に続くのではないかと恐怖させる程に長く感じた。この人間の身には過ぎた快楽もいづれ彼がインキュバスとなれば普通に楽しめるものになるのかもしれないが…
…そうは問屋が卸さない。
満身創痍、肩で荒い息をつく男に向けてエクメアは残酷な事実を告げた。
「…本来魔物と交わっていると…特にここのような魔力の濃い場所なら比較的早く…人間の方がそれに適応して魔物との性交に耐えられる体へと進化するのだけど……、
…残念、貴方は当分無理だそうよ？少なくとも貴方に向けられた怨みや憎しみの感情が精算され貴方が不幸にした人間全てが救済されるまでは…それが神様の与えた罰だって。」
…それを聞いて、男の心にまだ微かに生きていた反発心が最期の足掻きを見せる。
「…ッ、…違うっ!!俺はッ、…、勝ったんだ!…ッ、奴らに!!どいつもこいつも…、自分の無能を…ッ、落ち度を、棚に上げてッ、それで他人を恨むなどッ…、」「御門違いだとでも？」
ペタリ。
「ぁぎゃあああああッ!!!!」
エクメアが男の足の裏に、先の方が楕円に平たく潰れた形の…烏賊の触腕のような触手を貼り付けた。
「貴方の謂う正しさなんかに価値は無いのよ、そんなものは時代によっても立場によっても変わるもの。『神』が評価なさったのは貴方が幸福にした人間と不幸にした人間の数、そしてその身に受けた感謝と怨嗟の量、それだけ。」
「…ついでに言えば、正論というのは常に、正義から最も遠い所にあるものよ。」
そう諭すように言いながら触手の表面に幾つも形成された吸盤をきゅぽきゅぽと足の裏に吸い付かせる。その刺激により、一般的な人間より少しタフだった男の意識はついに闇に飲まれた。
……。
…。
…自分の目の前でのびている男を見下ろし、彼女は感慨にふける。この男を婿に貰うと言ったときの周囲の魔物の表情を思い出していた。
…確かにどうしようもない男である。自分の行いによって他人がどうなろうが一片の罪悪感も持たず、それどころか強者の立場で自分を正当化し、粗捜しをしては相手の責任と割り切った。
…情も善意もなく、ただ真面目に、他人を踏みつけて生きてきた罪深い男…
しかし、そうなるに至った彼の人生にも確かに同情の余地はあるのだ…。ならばこの男をもう一度、今度は自分が愛するに足る人間に育て直すのもまた一興と、彼女は考えた。
…ここは時間の流れから隔絶された世界、その特異性がこの男の体にも適用され、死ぬ事も老いる事も…ついでに快楽に慣れる事もない。
時間はいくらでもある。
男が目を覚ましたら今度はどの様に愛してあげようかと考えをめぐらす彼女の顔は、愉し気に微笑んでいた。
――何があったのだったか。
此処はどこだろうか。
自分は、どうなったのだ…？
目を覚ました、しかしそれでもまだまどろみの中からは完全に脱け出せない男は、今の状況とここに至る過程を整理しようとする。
が、上手くいかない…
すぐに思考が霧散し、気を抜くとまたまどろみの中へ帰ろうとしてしまう。
体はまるで全身の骨格筋が溶けて無くなってしまったかのように一切の力が入らない。
ただひたすらに、心地よい安らぎが彼を包んでいた。肌に触れる柔らかな感触のそれは人肌程度に温かく時折しゅるしゅるむにゅむにゅと蠢きながら、全方向から彼の体を包み込んでいた。
ふと、自分の体に触れるものの肌触りから、自身が一糸纏わぬ姿でいることを理解する。しかし何も問題はない。体を包むこの温かなものは寒さなど全く感じさせず、むしろこれとの間を阻む衣類など邪魔なだけであるように思えた。
眠い頭でそこまで何とか整理を付けると、再び至福の眠りの中へ帰ってゆく…
「そろそろ…かな？」
そんな声が頭の上から微かに聞こえた気がした。
…ああ、なんだかぬるぬるしてきた。
…ぬるぬる？
…？
どういうことなの…。
「気分は如何？」
頭上から降ってきたその言葉に急激に意識が覚醒してゆく…。体に力が戻ってくる…。今自分が顔を埋めている、柔らかくぬめる何かから急いで抜け出そうとするが、上体を起こそうと『それ』を手で押そうとしてもぬるりと滑ってその後ろの、自分を背後から包んでいるのと同じ柔らかな素材に腕まで突っ込んでしまう。
そして両足は…感覚が無かった。
(え…？)
男は急に恐ろしくなった。自分の体か今どうなっているのか、ここは何処なのか、とにかく確認したかった。自由にならない体でじたばたと無様にもがき始める。
すると後頭部に何かが触れ、前方へ引き寄せられた。男の頭が更に埋まる。そしてそのまま上へと滑らされ、
「おはよ♪良く眠れた？」
目を開けるとそこにはやたらと綺麗な女性の顔があった。どうやらさっきまで自分は彼女の胸に顔を埋めていたらしい。今はちょうど二人を包むこの柔らかな空間で抱き合いながら向き合うようにして横たわっている状態だ。
…それにしてもぬめる。
「お前は誰だ、ここは何処だ、私はどうなったッ!?」
まだ混乱が抜けない男は捲し立てる。
「わたしはエクメア、しがないローパーよ、ただし堕神教徒の。ここは万魔殿の中の一室、わたしと貴方のために与えられた部屋。そして貴方は…」
ここで一旦言葉を切り、続けた。
「…死んだの。」
「なん…だと…」
「そう言ってしまうと正確には語弊があるんだけど、貴方のいた世界ではもう死んだに等しいという事。なぜなら…貴方はもうあそこには帰れないのだから、というより私が帰さない。」
いつの間にか後頭部にあった感触は背中に回されていた。どうやら彼女の手だったようだ。そして彼女は男を強く抱き締めた。妙にぬめる大きな胸が男の胸板でつぶれ、滑る。
「どういうことだ…、俺に何をした。」
「覚えていない？あちらの世界で堕神の使途に会わなかった？彼女によって貴方はここに送られたの。そして私が引き取った…」
「ずいぶん悪いことをして生きてきたみたいね、貴方の背負った怨みや憎しみの重さに皆引いててなかなか貰い手が現れなかったみたいよ？感謝してね？私が引き取らなければ、そのまま只の餌として愛も無く永遠に貪られ続けるだけの存在となってたんだから…
あ、そろそろいいかな…？」
そう言うと、彼女の目が男の下半身へ向く。
そこで男は思い出した。先ほど感じた体の違和感…今この瞬間も膝から下の感覚が無いのだ。…いや、足は確かにある。今はもう足の指を動かす事も出来るし、周囲の温度も感じる。しかし、何かに触れている感触が無い。まるで膝から先が無風の空中に突き出ているかのように触覚だけが欠如していた。
男は恐る恐る視線を下へ向ける。
奇妙なものがあった。
黒い、極太のチューブのようなものが２本、その先端がチューリップのように開きそれぞれ片方ずつ男の足を呑み込んでいる。
「なんだこれ…」
「私の触手。」
２本のそれは彼女の腰から生えているようだ、…そういえばローパーだと言ったか。…よく見ると足を呑み込んでいる口の端からピンク色の紐のように細い触手が幾つかはみ出し動いている。黒い筒の中にはあれが大量に詰まっているのだろうか？
しかし…
「足の感覚が無い事なら心配ないわ。今その中で強力な麻酔が分泌されてて触覚を鈍らせているの。空気に触れるとすぐに効果が抜けるからそこから脚を抜けば戻るよ。」
「何をしているんだ？」
「今に分かるわ。」
そしてずるりと触手が下へ引っ込み脚が抜ける。
その直後の男の行動は速かった。上半身を捻る力で体を回転させ、エクメアの上から離れると自由になった脚で床を蹴った。その脚は異様に柔らかな白い床に沈み込む、が、両手ともう片方の脚全部を使い体を沈ませながらも彼女から離れようと進む。今まで何かに包まれていると感じたのは二人でこの床に横たわり沈んでいたためだ。一体何で出来ているのか、どこか有機的な温かさと異様な柔らかさを持つその謎の白い素材は、硬い手足で移動する動物の動きを徹底的に妨害する。
「あーあー……」
この展開は予想していなかったのか「あちゃー…」といった表情でエクメアはその様子をただ見ていた。
―実際、男の判断力は優れていた。自分の脚が自由になった瞬間、得体の知れない目の前の魔物から距離をとろうとしたのだ。事実、生前の男の人生においてこのような迅速な判断が何度も自身の窮地を救ってきたのだ…
しかし、今回ばかりはそれが裏目に出る事となる…
「ぅえ…？うがああああ!!!?」
エクメアの先程の言葉の通り、触手の中から抜けてすぐに脚にかけられた麻酔の効果は抜け始めた。そして再び触覚を取り戻した両足が伝える感覚に、彼はのたうち回る。
……それは強烈な快感だった。床に沈み込む両足の膝から下の皮膚が全て性感帯となり、そのすべすべとした床の素材の感触に攻めなぶられている。あまりにも柔らかな床故に体は思うように動かせず、それでもなんとか脚を床から離そうとジタバタともがき続ける。床から足を引き抜こうにもそのために突っ張る別の手足が先に沈んでしまうのだ。そしてその際の足と床との摩擦による刺激で男の腰が砕ける。しかし脱力して突っ伏していればどんどんと体全体が沈んでゆき再びこのよく分からない物体に包み込まれてしまう。今の状態のこの男にとって、この特殊な部屋の構造は非常に意地悪く出来ていた…。
「…ひ、ひぃ…ぃっ、」
やっとのことで沈む床に背中を預け(全裸で)、両手で迫る床を両側に掻き分けながら(全裸で)両足を真上に持ち上げる情けない格好をとることに成功した頃には、男の周囲には脚への刺激だけで何度も漏らした精液が飛び散り、その顔は涎と涙にまみれた無様なものとなっていた。
男の動きが落ち着くと同時に、しゅるしゅると一本の触手が伸びてきて先端に開いた口？で床についた精液を吸い取り始める。
「…人の話を聞かないから、でもこれで分かったかしら？」
触手の動きを追うようにエクメアは近付いて来る。地面を這うローパーの足ならば、この柔らかな床の上でも不自由無く動き回れるようだ。
「貴方の脚を呑み込んでいたこの触手は内部で強力な媚薬を分泌するの、触れた所を快楽しか感じない性感帯にしてしまうタイプの。」
そう言って先程の黒い大型触手を男の目の前にかかげその先端をぐぱっと開いて見せた。まるで花のように八つに裂けた先端の内部を至近距離で見せられ男は小さく悲鳴を上げる。男の想像した通り、そこには大小の肉紐が無数に蠢いていた。
「さっきまでこの中でそれを入念に貴方の両脚に擦り込んでいたという訳。麻酔をかけていたのはその状態の脚をここに突っ込んでいたらすぐに気が狂ってしまうから。感覚の鋭敏化ではなく体組織の構造自体を変えてしまうものだから貴方の脚はもう一生そのまま…永遠に走る事はおろか自分の脚で立つ事すら満足に出来ないのよ。理解できた？」
男の顔が絶望に歪む。
それを見てエクメアは男を安心させるように優しく微笑んだ。
「…でも心配ないわ。ここでは飢えることも老いることもなく生きるために何かをする必要なんてない。だから足なんか無くたって何も困ること無いのよ。貴方がして欲しいことはみんな私がやってあげるから…
…ただその対価として貰うものは貰うけど…」
そう言って無防備にさらされた男のモノに手を伸ばす。…その目は淫靡に笑っていた。
「もう悪いことなんて考えられなくなるように頭の中を快楽で洗い流してあげる…そしてまたいつか人を愛する事が出来るように、私が全力で貴方を愛してあげるわ。」
突然、男のものを軽く握る手の平からぞわりと無数の微細な触手が生え出した。その状態のまま、手首のスナップを効かせるように手首を回転させながら握り込んだ陰茎を揉み回す。
「ッ…!!…ッ!?」
先程不用意にイキまくったばかりの性器に加えられる強烈な刺激に、男は為す術も無く翻弄される。あまりの快感に息が詰まり、悲鳴を上げる事も出来ないまま手の中に精を漏らした。
手の動きが止まっても掌の触手の蠢きは休む事無しに、射精中のモノを容赦無く舐めしゃぶりながら男が吐き出す純白の甘露を吸収していく…。
その刺激が男に萎える事を許さず、射精が終わると同時に再開される手の動きがまた次なる精を捧げさせた。男の呻くような悲鳴を掌で奏でながら、その無慈悲なループは繰り返される。
その心地よい調べにうっとりと聞き入りつつそれを更に甘美なモノへと近づけるべく、エクメアは手の動きと指使いに技巧を凝らしていった。肉紐が密集した手のひらで先端をぐりぐりと撫で回し、更に細い繊毛のような触手を毛の如く生やした指を雁首に絡ませ擽った、かと思うと時折手を筒の形に握り肉棒全体を扱き上げた。
責めの手は時に袋やその裏、尻穴にまで及び、より効率的に快楽を与え精を搾り出すものへと進化してゆく。
足の自由を奪われた男はただ一方的に蹂躙される他なかった…。
「どう？気持ちいい？」
男に言葉を返す余裕など無い。返事が無いことにムッとした表情を浮かべるとエクメアは次の手を試す。
「ダメ？じゃあこれは？」
繊毛触手を一面に生やした親指で尿道口を押さえ、残りの指で竿を握る。そのまま手を動かす事無く触手の動きのみを加速させた。意味ある言語を紡げない男は替わりに反応を以て返す、―即ち悲鳴と射精によって。
「あは♪これイイんだ♪じゃあこれは？これは!?」
男の反応を見ながら次々と責めの手を変え、弱点を探りながら試行錯誤を繰り返す。いざとなれば先程の媚薬で弱点などいくらでも作ってしまえばいいのだが、やはり魔物としてはこの作業が楽しいのか新たな責めを試す彼女の顔はどこかイキイキとしていた。
しかし…
「…あれ、もうおしまい？」
掌で感じる精の味が段々と薄くなり、ついに何の味もしなくなった所でようやく手を離す。その際最後に一際強く触手群が肉棒に吸い付き、男の体がビクンと震えた。実際時間にすればそれほどではなかっただろう、まだ人間であるこの男から搾れる精の量などたかが知れている。しかし責めを受けた本人にとっては、それこそ永遠に続くのではないかと恐怖させる程に長く感じた。この人間の身には過ぎた快楽もいづれ彼がインキュバスとなれば普通に楽しめるものになるのかもしれないが…
…そうは問屋が卸さない。
満身創痍、肩で荒い息をつく男に向けてエクメアは残酷な事実を告げた。
「…本来魔物と交わっていると…特にここのような魔力の濃い場所なら比較的早く…人間の方がそれに適応して魔物との性交に耐えられる体へと進化するのだけど……、
…残念、貴方は当分無理だそうよ？少なくとも貴方に向けられた怨みや憎しみの感情が精算され貴方が不幸にした人間全てが救済されるまでは…それが神様の与えた罰だって。」
…それを聞いて、男の心にまだ微かに生きていた反発心が最期の足掻きを見せる。
「…ッ、…違うっ!!俺はッ、…、勝ったんだ!…ッ、奴らに!!どいつもこいつも…、自分の無能を…ッ、落ち度を、棚に上げてッ、それで他人を恨むなどッ…、」「御門違いだとでも？」
ペタリ。
「ぁぎゃあああああッ!!!!」
エクメアが男の足の裏に、先の方が楕円に平たく潰れた形の…烏賊の触腕のような触手を貼り付けた。
「貴方の謂う正しさなんかに価値は無いのよ、そんなものは時代によっても立場によっても変わるもの。『神』が評価なさったのは貴方が幸福にした人間と不幸にした人間の数、そしてその身に受けた感謝と怨嗟の量、それだけ。」
「…ついでに言えば、正論というのは常に、正義から最も遠い所にあるものよ。」
そう諭すように言いながら触手の表面に幾つも形成された吸盤をきゅぽきゅぽと足の裏に吸い付かせる。その刺激により、一般的な人間より少しタフだった男の意識はついに闇に飲まれた。
……。
…。
…自分の目の前でのびている男を見下ろし、彼女は感慨にふける。この男を婿に貰うと言ったときの周囲の魔物の表情を思い出していた。
…確かにどうしようもない男である。自分の行いによって他人がどうなろうが一片の罪悪感も持たず、それどころか強者の立場で自分を正当化し、粗捜しをしては相手の責任と割り切った。
…情も善意もなく、ただ真面目に、他人を踏みつけて生きてきた罪深い男…
しかし、そうなるに至った彼の人生にも確かに同情の余地はあるのだ…。ならばこの男をもう一度、今度は自分が愛するに足る人間に育て直すのもまた一興と、彼女は考えた。
…ここは時間の流れから隔絶された世界、その特異性がこの男の体にも適用され、死ぬ事も老いる事も…ついでに快楽に慣れる事もない。
時間はいくらでもある。
男が目を覚ましたら今度はどの様に愛してあげようかと考えをめぐらす彼女の顔は、愉し気に微笑んでいた。
11/12/19 22:29更新 / ラッペル
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