牙が打たれた後、事態は収束に向かった。
部隊『キリエ』が動いていたこともその要因である。彼らは到着してから、次々とヒルドールヴを狩っていったのだ。
”子供の街”の効果であっても、勇者砲の爪痕は元どおりにはならなかった。ドルチャイの魔術式を引き裂くほどの異常な威力である。
生き延びたヒルドールヴの残党は、残らず王魔界の更生施設に送られることになった。彼らの処遇は、王魔界に委ねられている。
一部の魔物娘たちは掛け替えのない伴侶を得た。しかし、復活したとはいえ、元とは違う種族に、性別になってしまった者たちもいる。
メイは夫を屋敷に連れて帰って、彼の介抱をしている。
怨念に侵された彼の治療をメイはこれから懸命に行なっていくことになる。
ヘレンは今回使用した魔法の周知、街の事後処理に走っている。
マステマスが行なった所業は王魔界に伝えられた。
魔物の過激派がすぐに、マステマスへの強襲を提案した。だが、王魔界の情報網を以ってしても、彼の位置はすでに分からず。
いっそ、教団勢力自体を落とすことも提案されたが、全面戦争を意味するそれが推し進められることはなかった。

結局のところ、今回の戦闘で得られたものなど何もない。ただ失い、ただ失わされただけ。
したことといえば、それぞれの立場を再認識したことくらいであった。
無意味なただの無意味な闘争……。

これからも、これまで通り。
魔物娘勢力は、魔界を増やし、数を増やし、この世界を淫らな魔力で満たす。そうして、淫らに愛と性欲を求める世界を望む。
主神は、魔物をかつての形に戻し、人間と魔物が食い合う、神が管理のしやすい世界を取り戻そうとする。
教団勢力は、変わらず魔物は敵だと教える。汝の敵を殺せ、と。欺瞞と欲望の翼は、純真と希望を食んで今日も飛翔する。

それぞれが良しすることのために足掻く。
誰が、この均衡を崩すのかーーー。


◆

「残念でしたわね。マステマスさん？」
マステマスに向かって、ロリーダそっくりの少女が語りかける。
マステマスは彼女に対して、ピクリとも表情を変えずに返す。
「何が、残念なのだ？ トリック☆スター」
「だって、残念でしょう。せっかく勇者砲を実用化して、ヒルドールヴの一個分隊まで導入した。それなのに、ドルチャイもメイも落とせなかったのですから」
彼女の言葉に、マステマスは変わらない調子で返す。
「どうという事もない。まだ私はここにいる。ここにいて、次の策を練ることができる。狼煙を失ったことは、もったいないと思わなくもない。だが、牙の一本を折られたところで、もう一度作り出せば良い。何も変わらんよ。これまでも、これからも」
「ああ、つまらない男。あなたはとってもつまらない男よ。だけど、あなたの足掻きはとっても滑稽で、私は好き。次は何をするのかしら？」
「ふむ、お前を縊り殺しでもしようか？」
「あっははは、何？ 面白い冗談じゃない。あなたでも、ドルチャイの領主の姿を取られるのは我慢がならないというの？ それとも、娘の姿だからかしら？」
トリック☆スターの嘲笑に、マステマスは沈黙で返す。
「クスクス。じゃあ、こうしておこうか」
トリック☆スターの姿が、壮年の男性の姿に変わる。紳士然としているが、無精髭で、髪はボサボサだ。容姿は狼煙に似ている。
「今回のことで、王魔界がちょこっと動いたみたいだが、それも変わらないということかね」
「無論だ。全面戦争でも仕掛けてくるというのなら別だが」
「それをされては困る。長く楽しめないではないか」
トリック☆スターのの言（げん）に、マステマスはついに閉口する。
マステマスは顔に出していないが、内心では羽ペンを投げつけたいほどに、面倒臭がっている。
「くっく。ついに相手にしてくれなくなったか。一柱の神相手にそんな態度を取れる人間は珍しい。だからこそ、私は君のところに遊びに来ているわけだが。………完全に無視か。これはこれで、面白い」
嘲りをやめないトリック☆スターがソファーから立ち上がる。
「それでは、私はもう行こう。せいぜい愉快に踊ってくれたまえ。人間」
トリック☆スターがマステマスの執務室から退室していく。
彼が完全にいなくなって、マステマスは一つ、大きく息をつく。

トリック☆スター。動乱と愉悦を求める。迷惑な存在。
しかし、奴を楽しませている間は、有益なモノをもたらしてくれる。それでも、味方ではない。
魔物側の方が楽しませてくれると思ったのであれば、魔物側であろうと喜んでつくに違いない。
いや、すでについていたところでおかしくはない。
マステマスは思う。
神と言えども種々多様な存在がいる。
この身は主神という座に捧げたもの。そのために使い潰すことに躊躇いはない。
だが、もしも主神に会えたとして、彼女のなりによって自分は態度を変えるだろうか。
あまりにも馬鹿馬鹿しい問いに、マステマスは頭を振る。
そんなことはありえない。主神という座に就くこと自体正しさの証明である。
それを疑うことが不敬である。

マステマスは次の策を練る。それがどれだけ醜悪であろうとも、それこそが彼の信仰の形なのだと、ーーー固く目を瞑った。


◆

ブレイブは、ヴィヴィアンに連れられて、ドルチャイに戻ってきていた。
元通りのように見えるが、決して元通りではない街の様子に、ブレイブの顔は浮かない。
まだ幼いブレイブにとって、目にしたものは凄惨に過ぎた。
ヴィヴィアンが、そんなブレイブに尋ねる。

「ブレイブ、以前言っていた話ですが、私に協力してもらえますか？」
ヴィヴィアンはブレイブに、彼が自分の計画に加わってくれるかどうかを訪ねた。

ヴィヴィアンは、あの戦闘の後、ブレイブパーティの残りの全員を連れて、自分の城に戻った。
そこで、全員に自分の計画を話したのだ。

ーーーAIK計画。
アダム・インキュバス・カドモン計画。
ブレイブに大勢の魔物娘と交わってもらい、彼に強大な魔力を集める。そして、混沌とした魔力を宿したブレイブの精子を受け取って、リリムであるヴィヴィアンがインキュバスを産む。
ブレイブとヴィヴィアンで、初めての、初めからインキュバスである存在を生み出す。始まりの一が産まれれば、後は速い。魔物娘からインキュバスが生まれるという新しい理を以って、次々とインキュバスが生まれるだろう。そうして、世界に満ちる魔力を膨れあがらせる。
そうして、教団ではなく、主神こそを一気に落とす。
それこそがヴィヴィアンの悲願ーーー。

主神という座が無くなった世界で、愛と性欲で淫らに平和な世界を到来させる。
今も魔王と、その伴侶となった勇者が励んでいる。
ヴィヴィアンの姉妹であるリリムたちも、積極的にせよそうでないにせよ、それぞれ励んでいる。

その中で、ヴィヴィアンに何ができるか。
考えた彼女は、この方法を選んだ。インキュバスを生んだところで、主神と戦うのであれば、結局、多くの犠牲は避けられない。
それでも、インキュバスが産まれるまでの魔力が世界に満ちて、流れが変わっていれば、新しい方法も見つけられるかもしれない。
ブレイブと一緒であれば、可能だとヴィヴィアンは信じる。自分の伴侶の小さな勇者を信じたいのだ。

だから、不安と期待を込めて、ヴィヴィアンはブレイブに尋ねる。
私に、インキュバスを産ませてくれませんか？
と。

ブレイブは、ヴィヴィアンの願いに対して、快く頷く。
その答えに、ヴィヴィアンは思わずブレイブを抱きしめる。
ブレイブはヴィヴィアンの胸の中で呻く。ブレイブは顔を上げると、ヴィヴィアンの目をまっすぐに見て告げる。
「それが、あんな悲しいことを無くすことに繋がるなら、僕はヴィヴィアンに協力する。協力して、ヴィヴィアンに僕の子供を産ませてあげる」
ブレイブの言葉に、ヴィヴィアンは。ズギュゥゥゥン。と胸を貫かれたような衝撃を受ける。
そして、顔を真っ赤にして。ふ、ふふふ。危ない笑い声を上げる。
「よし、じゃあ、今すぐ私を孕ませてください。私をグチャグチャの滅茶苦茶にしてくださーい！」
興奮し出したヴィヴィアンにカーラがチョップをお見舞いする。
「いきりたつな。それは、もちろん私もだぞ。というか、進化した私の絶技の前に、ブレイブくんを虜にしてくやろう」
ふははははー、とカーラがいつもの調子で笑う。
「私もですよ。ブレイブさん」
（コクコク）
白衣とアンもブレイブにくっつく。
「私もコキ使ってくださいませ〜」
「黙れ、駄馬。……アタシも…責任取れよな…」
ビクトリアとケルンにも、ブレイブは力強く頷く。
「もちろん。僕はみんな大好きだから」
ブレイブの言葉で全員が破顔する。

彼女たちの相手をして、体が持つのだろうか……。だが、ブレイブにはメイから渡されたアレがある。ブレイブを分身させてその全てを管理できる夢のような魔道具が。無限の精製（アンリミテッド・ブレイブ・セッ自主規制）←冗談です。

これから、ブレイブたちはまだドルチャイに残って、メイやヘレンの手助けをする。
そうしたら、もう一度、ヴィヴィアンの城に向かう。
そして、王魔界へと向かう予定である。

これから、どんな出会いが待っているのか。これから、どんな困難が待っているのか。まだ分からない。
しかし、彼女たち、魔物娘が一緒であれば、最後には笑えるのではないか。
ブレイブはそう思ったのであった。

こうして、勇者になった少年は、英雄の道を志したーーー。

■作者メッセージ
ここから先の予定は、現在未定です。
そして、ここでブレイブ・サーガは一旦完結とさせていただきます。
今までお読みいただき、お付き合いいただき、ありがとうございました。

正直なところ、今の書いている感触としては、このまま続けられないと思ったためです。
それでも、ここの話までは終わらせようと、早足で進めました。
多々、お見苦しい点があったと思います。この場でお詫び申し上げます。

続きを書けると思たら、また復活させていただこうと思います。
僕のことなので、すぐに復活する可能性もなきにしもあらず……ですが。
しかし、今はここで。この物語は区切りとさせていただきます。
ありがとうございました。