連載小説
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23.幕間:トリック☆スター、ルッチー
「ほいほ〜い。ルッチーちゃ〜ん。どこにおる〜ん?」
ルチアが目を覚ましたものと同じ神殿内に、間延びした声が響く。
「しんゆーの、トリック☆スターがあっそびに来たで〜」
だが、ここにはすでにルチアはいない。彼女は一しきり泣き続けた後、気づいたのだ。ここにいてはいつかコイツがやってくることに。
今まで、好き放題やってきた代償を払わされることはとてつも無く恐ろしいことだが、自分が幼くなってしまったことを、彼女、いや、彼だろうか、コイツに知られることはソレよりももっと堪えられない……。

「ありゃ〜ん、留守かいな?。せっかくウチが遊びに来てやったんゆーんに。ツマラン」
さも残念そうに、トリック☆スターは頬に人差し指を当てて小首を傾げる。端正な顔立ちにその仕草は似合っているような、似合っていないような。彼女は膨らんだ胸を張りながら歩き始め、乾いた足音が聖堂に向かって続いていく。軋んだ音を立てながら、聖堂の石扉が開けられる。
彼女は、人の神殿だというのにまるで自分の家であるかのようにお構いなく入り込みキョロキョロとルチアを探す。
「やっぱおら〜ん。陰険神父からミストルティンの枝が折れた、聞いて、急いで駆けつけたっちゅうのに……。全く、製作者にゴメンの一言もなしかい。ーーーーせっかく、クッソ笑うたろ思たんに〜。しゃ〜ない、ココで勝手に笑わさせてもらうで。プッヒー、ゲラゲラ〜」
相手を馬鹿にしきった嘲笑が厳かな聖堂で木霊する。聖堂はその内装を神への賛美歌をより神聖に、重厚に響かせるように装飾を設計されている。トリック☆スターの嘲笑も音には変わり無く、増幅されて、より侮蔑の度合いを深めて聖堂に響く。無遠慮に響かせられる下卑た嘲笑に、石の装飾は恥辱に震えているかのようだ。
「フゥ」
いかにも一仕事終えたとばかりに、ワザとらしく息をついたトリック☆スター。その目は笑ってはいない。パンパン。一しきり笑い終えて、平らになった胸を叩くと彼はマントを翻す。
「知っているサ。お前が神殺しに失敗したことなど。そして、幼くなったこともな」
理知的な瞳を嗜虐的に歪めて、彼は独りごちる。
「そこまで、逃げなくてもいいだろうに」
そのような表情をしながら、舌舐めずりをする男など、ルチアで無くても逃げるものだ。
「その身を晒してくれたのならば、魔弾(タスラム)でもハハキリでもくれてやったものを」
フム。唇に指を当てながら、彼女は思案する。
「ブレイブ、といったナ。新しい風、カ。かの狂女を討つとは。クッ。オモシロイ。私はオモシロイものが好きだ。あの女が血と臓物を愛しそうに、屍の杯に注ぎ続けるのを唆していたのも、単にソレが惨めで憐れで三文悲劇として滑稽だったからに過ぎない」
彼だろうか、彼女だろうか、自らをトリック☆スターと名乗ったその一柱は、その身を脂ぎった醜男に変えると、ズリズリと重たい肉を揺らして聖堂を出る。
「全く、好きな相手を蘇らせるために、無駄に死体を積み上げるなんてどうかしてるわ。好きな相手が死んだのなら、新しい相手を欲望のままに吸い尽くせばいいのに」
うっすらと笑いを浮かべる醜男の口からは、見た目とは合致しない、若い女性の声が歌っていた。





一人。荒野を歩く小さなボロ布がいた。
「これから、どこに行こうかしら……」
あてども無く彷徨う後ろ姿からは哀愁が漂っていた。
荒野には乾いた風が吹いている。幼い姿になったルチアはトリック☆スターの存在を思い出して、神殿を飛び出したのはいいものの、行き先も決めずに歩き続けていた。陽射しを遮るための木々も無く、喉を潤す川も流れていない荒野を彼女は行く。
「クッソォォ。あのガキども。今度会ったらタダじゃおかない。でも、こんな体じゃ私の方がヤられちゃうわぁ」
小さな手を改めて、ためすすがめつして動かす。ギリ、という幼女に似つかわしくない奥歯を噛みしめる音が鳴る。
「それに、トリック☆スターの奴には見つかっちゃいけない。あいつにこんな姿を見られようものなら、それこそ萌え豚の餌にされるかもしれない」
その様を想像して、ブルリと身を震わせるルチア。
「悍ましい……」
涙腺が再び緩みかけてくる。
「ちょっとぉ。も〜、……ヤダァ………」
自由にならない感情と体に、憤りも悲しみもやるせなさ、その他の感情もごった煮になって幼い体を震わせる。

ーーートリック☆スター。
もちろん偽名だ。いや、偽名というのは正しくない。いくつもある彼(彼女かもしれない)の通り名の一つ。
便宜上、彼女としておこうか。彼女の本当の名を知るものは無く、彼女の本当の姿を知るものもいない。フザケて自らを”嘘つき”と呼んだり、ニヤニヤしながら”黒ヤギさん”と言ったり、そうかと思えば、したり顔で”愛慾の伝導者”と宣うこともある。どれが本当で、嘘なのか。フラフラ、ふらふら、胡散臭く立ち回る。
それでも、確かなことは性格の悪さと、彼女が関わった事柄はすべからくロクな結末にならないということだ。敵からも味方からも疎まれる存在、それがトリック☆スター。ルチアは彼女のそういった部分を知りつつも、協力を求めていた。それは、彼女がどうしてか神殺しに連なる道具を保有していたからである。
「ーーーあいつに、壊れたと言ってちょろまかしておいた神殺しの武器はあるけれど、このナリじゃ、何も出来ない。自分の身も……、守れない」
すでに何日も彷徨い続けている。神殿に貯蔵していた魔力の塊を摂取して、なんとか空腹はしのいでいる。それでも、いつまでも彷徨うだけでは何も変わらない。
「………仕方がない」
ルチアは意を決してモノスのメンバーに連絡を取ることに決めたのだった。モノスのメンバーには彼女も含めてロクな奴がいないが、それでもまだ話せる奴というものはいる。
「あいつなら、私を無碍に扱ったりはしないはず」
幼くなった外見に精神が引っ張られがちになったとは言え、伊達に永い時間、執念を燃やし続けてきた彼女ではない。弱体化した我が身に降りかかってくるかもしれない……今までの報復を恐れてはいるものの、組み上げ続け燃やし続けてきた焔は消えず、再び苛烈に燃えがろうともがいていたーー。
16/11/03 10:15更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
短いですが、幕間として投稿します。

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