【〇〇花火】
「たーまやー、かーぎやー」
龍神山の上空に上がる花火に人々からも魔物娘たちからも歓声が上がる。
カップルたちはお互い手に手を取りって花火を見上げている。
祭りのクライマックスを飾るにふさわしい、壮大でロマンチックな光景が広がっていた。
ドン、と打ち上げられては、パン、と散っていく。一瞬の輝きは二人の瞳に吸い込まれて永遠の輝きへと変わる。
お互いを見つめ合うキラキラとした瞳を見れば、この夜のことを忘れることなどない。
咲いては消え、咲いては消えていく色とりどりの大輪の花は、カップルたちにの心の情欲の花を育てていく。
熱情の花が満開になった二人はいそいそと森へと消えるのだろう。花の種を作るために。
夜空でも地上でもマン開の花が咲きほこる。
その中には独り身ながらも花を咲かせようとしている者たちがいた。
◆
「好きです! 付き合ってください」
プルプルと体を震わせながらナイトメアの少女が少年に告白していた。
告白された少年はバツの悪そうな顔をして頭をかいている。
「そ、…そんな」
少年のその様子を見て、ナイトメアの顔が悲しみに染まっていく。
ダッ。耐えきれなくなったナイトメアは少年に背を向けて駆け出していってしまった。
「いやっ、違うよ。そうじゃない。待って!」
少年が何かを叫んでいるが彼女にその声は届かない。少年は何とか彼女に追いつこうとするが、馬足の速さに追いつくことは出来ない。
「は、っ…。速い、ってェ。俺だって、……君のこと」
もう見えなくなってしまった彼女を彼は想う。
そう、だよね。こんな私なんて彼が好きになってくれる訳無いじゃない。
彼から逃げて入り込んだ森の中、一人、空を見上げるナイトメアの頬を涙が伝っていた。
華やかに広がる光の花弁を彼女はまるで自分への皮肉のように感じてしまっていた。
………う、うぅ〜〜、……グスッ。〜〜〜っ。
嗚咽をなんとか噛み殺すものの、溢れ出る涙は止めることができない。
散っていく花火のパラパラという音が彼女の鼓膜に繰り返し、繰り返し届く。
「やっぱり告白なんてするんじゃなかったのかな」
ため息をつきながら、自分の精一杯の勇気さえ彼女は否定してしまう。
去年も、一昨年もこの花火を見るときは彼が隣にいてくれた。それをずっと続けたくて告白したのに、彼はそれに困った顔で応えていた。
受け入れてもらえるとばかり思っていた、自分の自惚れを責められたような気もして、彼女はかなり堪えた。
「……寂しいな」
彼女は一人体を抱き締めて、花火を見上げていた。
「どこなんだよ。……っ、時間がない。早くっ、見つけなきゃ…」
彼は彼女を探して祭りの会場をひた走っていた。
道行く人々に彼女を見ていないかと尋ねては、彼女のいる方に近づいていく。
「!?」
彼女の獣の耳がピクンと動く。可愛らしい鼻もひくひくと動く。
近づいてくる彼の気配、息づかい、匂いを感じて、彼女は思わず身をすくませてしまう。
泣き腫らした顔なんてとても見せられない。
あ………。
彼に拒絶されたというのに、彼に見られる私のことを考えてしまっている自分に、彼女は赤面してしまう。
「おーい」
聞こえてくる声は自分を呼ぶ声、それはとても嬉しいものだが、彼女はそれに答えてさらに傷つくことを恐れていた。
茂みをかき分ける音。近づいてくる足音。
彼女は急いで自分の体を茂みの奥に隠したが、彼の声と匂いで嫌が応にも高鳴ってしまう胸の鼓動が外に漏れていないだろうかと気が気ではない。
「………、見つけた」
「ヒャウッ!」
緊張が高まっていたところで、急に馬体を掴まれた彼女は艶っぽい声を上げてしまう。彼の手が触れた馬体の脇腹が熱い。
「っ、そんな声だすなよ…」
その余韻に痺れていた彼女を彼の困ったような声が引き戻す。
やっぱり。……私だと、困るんだ。
茂みから体を現したものの、彼女は俯いたまま彼の顔を見ることができない。
「お前って昔からそうだよな。頭を隠したら、馬の体の方を隠し忘れることが多くてさ」
呆れるような笑い声でもやっぱりそこには温かさを感じてしまう。しかし、今は大好きな彼の笑顔こそ彼女は見たくなかった。
「今だって、早とちりして走っていくし。いつも通りで、………やっぱり変わりたくは無いなぁ」
………だから、私とは付き合え無いの?
彼女の頭の中で彼の言葉はコロコロと悪い方へと転がっていく。
「でも、さ……」
「もう、……いいよ」
彼女は彼に背を向けて去ろうとする。
「だから、話を聞けって!」
そんな彼女に対して、思わず声を荒げてしまった彼に彼女はビクリと肩を震わせてしまう。
「……ゴメン」
怯えた様子の彼女を見て彼は謝るのだが、堰を切ったかのように彼女の口から言葉は溢れ出す。
「どう、…して」
「え?」
「私を拒絶したくせにどうして今更謝ったり、そんな風に笑いかけたりすることが出来るの!?」
「拒絶って、いつ俺がそんなことをしたんだよ…?」
激昂してきた彼女を見て、彼は怪訝そうにする。
「だって、…私が勇気を出して告白したのに。そんな…、困った顔をされて……、っ」
「い、…いや。困った顔をしたのは、それは…」
やっぱり困ってたんだ。
彼女の目尻の雫はどんどん大きくなって今にも零れ落ちそうな様子。ドーンという花火の音も、楽しそうな歓声も耳障りでしかない。
彼から離れようとする彼女の手を彼は掴んだ。
「………だから、もういいよっ!!」
聞いたことのないような大きな声を出しながら、手を振り払われて彼は口をつぐんでしまう。
心地の悪い沈黙が二人の間に流れていく。
どうしてこうなってしまったのだろう。二人はお互いに思う。例年通りに約束をして、例年通りに一緒に花火を見て。
……だけど、そのままではいられなくなって。行動を起こそうとした。お互いに。
そこまで考えて、少年はハッとしながら腕時計を見た。
時間だ。このままでは台無しになってしまう。
「待ってくれ! 空を見てくれ!」
「どうして?」
彼女はもう彼に心を乱されたくないという思いから、言うことなど聞いてやるものかなどというが湧き上がってきてしまっていた。
「いいから」
「……やだ」
「上向けよ」
「絶対ヤダ」
「ーーーだからっ!」
ここで逃してしまっては全てが水の泡だ。こんなこじれる為に用意したわけではない。
ドンッ。
花火の打ち上げられる変わりのないつまらない音が響く。
ヒュルヒュルヒュル。
打ち上げられた花のつぼみは尾を引きながら夜空を駆け上がる。
少年はもうなりふり構わず彼女を抱きしめ、彼女の体を傾けさせることで空を見上げさせた。
「ふ、ェ!?」
パンッ。
驚愕に目を見開いた彼女の瞳の中で、乾いた音と共に花は開いた。
それは彼女の目の冷たい曇りを吹き飛ばして、暖かい雨を降らせるにはには十分すぎるものだった。
ナイトメア
これからもずっと一緒に花火を見よう
ケンジ
夜空に炎で描かれた手紙。
複雑な文字であっても、炎を操る魔物娘や空を飛べる魔物娘にとっては容易いこと。
なにより、愛のために彼女たちの魔法は万願を遂げる。
「そういうことだよ。ずっと一緒にいてくれ」
「うんっ、………、うんっ!」
彼はナイトメアの背中に回した手に力を入れ、ナイトメアも彼に答えて抱きしめ返す。
彼はバツの悪そうな顔を真っ赤にして、ナイトメアは嬉し涙で顔をグシャグシャにしていた。
「勘違いさせてしまってゴメン。でも、告白はこれでしたかったから」
「バカぁ、怖かったんだから……」
もう離さないとばかりに二人はきつく抱きしめあった。
どちらともなく体を解いたが、お互いの温もりはお互いの体に残っている。
まだ彼女に触れていたいと思った彼の手はナイトメアの肩に回されて、二人は花火を見つめていた。
ドン、ドン。パラパラ。夜空の花火はまるで二人のためだけの祝福の花束のようで、心地の良い時間が流れる。
「………。あひゅぅう」
突然、ナイトメアの口から空気の抜けるような音がして彼は慌てた。
「ぅえ!? どうした」
「エ、へへへェ」
緊張の糸がとけ、今の自分の状況を理解した彼女は幸せそうな顔をしながら崩れ落ちたのだ。
もともとの彼女の性格からすれば告白から今までの流れは、キャパオーバーどころではなかった。今まで倒れなかったことの方が奇跡。
「おっ、重いィィィ」
馬体も含む彼女の体重を支えきれるわけもなく彼は彼女に押しつぶされるような形で二人で倒れこむ。
空には少年のものだけでは無く、他の誰かの手紙も次々と紡がれては光の軌跡を残して消えていっている。
自分と同じようにこの夜に勇気を振り絞って託した火花のラブレター。
形には残らなくとも、灯された火がきえることなどない。
様々な願いを込めて、恋文花火は届けられる。
ファミリアちゃん
大きくなったらお嫁さんになってください
河童さん
きゅうりの潮漬けをください
スフィンクスさん
謎かけです
俺が好きなのはだーれだ
白蛇さん
もらってください
ダーリン
たどり着いた奴が娘に告白成功!
ガンダルヴァ
ゲイザーたん
幸せにします
ダークエロフさん
踏んでくださいお願いします
ワーラビットさん
不思議の国へ連れて行ってください
魔女さん
実は好きです
匿名希望
イエティ
君のかき氷が食べたかった
ダークプリーストさん
万魔殿へ連れて行ってください
稲荷さん
これからもよろしく
違うな。全部が全部ラブレターなんて綺麗なものじゃないーー。
願いも欲望も堂々と曝け出されていくのを見て、少年は苦笑する。
七夕の短冊のようになってきた花火の内容に、来年は何を書こうかと夢想した。
夜空に描かれていく花火の一瞬の光は、星の瞬きに吸い込まれて混ざっていくようだ。
幾つも幾つも落ちていく花火の一粒は願いを叶えて落ちていく流れ星。
打ち上げられた願いは全て叶ったに違いない。
「本当は一緒に見たかったんだけどな」
相変わらず幸せそうなニヤけ顏で眠っているナイトメアの髪を彼はなでる。
彼女が見逃したこの一回は、年をとってもいつまででもネタにできそうだ。
「……ぶふっ。間抜けヅラ」
涎まで垂らしている彼女を見て彼は思わず苦笑してしまう。
「来年も一緒にな……」
ドン、パラパラ。ドン、パラパラ。
花火の散り際の音は祝福の拍手に聞こえた。
いつも間にか恋文花火の配達は終わって夜空は落ち着きを取り戻してきていた。
それを打ち破るのは龍神様のお声。
「最後の大玉花火受け取れぃ!」
龍神山に響き渡る威勢の良い声と共に一際大きな花火玉が打ち上げられる。
人々の視線を一身に集めながら、龍神山の空に向かっていく花火の尾はまるで昇り竜のようだ。
夜空を裂いて、最後の花火がドドンと大輪の華を咲かせる。
一斉に上がる祭りに参加していた者たちの嘆息と歓声。
嬌声が混じっている気がするのはいつものこと。
鮮やかな輝線は何条にもなって龍神山に降り注ぐ。
消えることなく降り注ぐ色取り取りの光の粒はまだ幸せを手にしていない誰かのもとに向かっていくのではないだろうか。
誰ものもとにもその光は届きますように。
幻想的に降り注ぐ光のシャワーの中で、柄にも無くそんなことを祈った。
恋文花火・了
龍神山の上空に上がる花火に人々からも魔物娘たちからも歓声が上がる。
カップルたちはお互い手に手を取りって花火を見上げている。
祭りのクライマックスを飾るにふさわしい、壮大でロマンチックな光景が広がっていた。
ドン、と打ち上げられては、パン、と散っていく。一瞬の輝きは二人の瞳に吸い込まれて永遠の輝きへと変わる。
お互いを見つめ合うキラキラとした瞳を見れば、この夜のことを忘れることなどない。
咲いては消え、咲いては消えていく色とりどりの大輪の花は、カップルたちにの心の情欲の花を育てていく。
熱情の花が満開になった二人はいそいそと森へと消えるのだろう。花の種を作るために。
夜空でも地上でもマン開の花が咲きほこる。
その中には独り身ながらも花を咲かせようとしている者たちがいた。
◆
「好きです! 付き合ってください」
プルプルと体を震わせながらナイトメアの少女が少年に告白していた。
告白された少年はバツの悪そうな顔をして頭をかいている。
「そ、…そんな」
少年のその様子を見て、ナイトメアの顔が悲しみに染まっていく。
ダッ。耐えきれなくなったナイトメアは少年に背を向けて駆け出していってしまった。
「いやっ、違うよ。そうじゃない。待って!」
少年が何かを叫んでいるが彼女にその声は届かない。少年は何とか彼女に追いつこうとするが、馬足の速さに追いつくことは出来ない。
「は、っ…。速い、ってェ。俺だって、……君のこと」
もう見えなくなってしまった彼女を彼は想う。
そう、だよね。こんな私なんて彼が好きになってくれる訳無いじゃない。
彼から逃げて入り込んだ森の中、一人、空を見上げるナイトメアの頬を涙が伝っていた。
華やかに広がる光の花弁を彼女はまるで自分への皮肉のように感じてしまっていた。
………う、うぅ〜〜、……グスッ。〜〜〜っ。
嗚咽をなんとか噛み殺すものの、溢れ出る涙は止めることができない。
散っていく花火のパラパラという音が彼女の鼓膜に繰り返し、繰り返し届く。
「やっぱり告白なんてするんじゃなかったのかな」
ため息をつきながら、自分の精一杯の勇気さえ彼女は否定してしまう。
去年も、一昨年もこの花火を見るときは彼が隣にいてくれた。それをずっと続けたくて告白したのに、彼はそれに困った顔で応えていた。
受け入れてもらえるとばかり思っていた、自分の自惚れを責められたような気もして、彼女はかなり堪えた。
「……寂しいな」
彼女は一人体を抱き締めて、花火を見上げていた。
「どこなんだよ。……っ、時間がない。早くっ、見つけなきゃ…」
彼は彼女を探して祭りの会場をひた走っていた。
道行く人々に彼女を見ていないかと尋ねては、彼女のいる方に近づいていく。
「!?」
彼女の獣の耳がピクンと動く。可愛らしい鼻もひくひくと動く。
近づいてくる彼の気配、息づかい、匂いを感じて、彼女は思わず身をすくませてしまう。
泣き腫らした顔なんてとても見せられない。
あ………。
彼に拒絶されたというのに、彼に見られる私のことを考えてしまっている自分に、彼女は赤面してしまう。
「おーい」
聞こえてくる声は自分を呼ぶ声、それはとても嬉しいものだが、彼女はそれに答えてさらに傷つくことを恐れていた。
茂みをかき分ける音。近づいてくる足音。
彼女は急いで自分の体を茂みの奥に隠したが、彼の声と匂いで嫌が応にも高鳴ってしまう胸の鼓動が外に漏れていないだろうかと気が気ではない。
「………、見つけた」
「ヒャウッ!」
緊張が高まっていたところで、急に馬体を掴まれた彼女は艶っぽい声を上げてしまう。彼の手が触れた馬体の脇腹が熱い。
「っ、そんな声だすなよ…」
その余韻に痺れていた彼女を彼の困ったような声が引き戻す。
やっぱり。……私だと、困るんだ。
茂みから体を現したものの、彼女は俯いたまま彼の顔を見ることができない。
「お前って昔からそうだよな。頭を隠したら、馬の体の方を隠し忘れることが多くてさ」
呆れるような笑い声でもやっぱりそこには温かさを感じてしまう。しかし、今は大好きな彼の笑顔こそ彼女は見たくなかった。
「今だって、早とちりして走っていくし。いつも通りで、………やっぱり変わりたくは無いなぁ」
………だから、私とは付き合え無いの?
彼女の頭の中で彼の言葉はコロコロと悪い方へと転がっていく。
「でも、さ……」
「もう、……いいよ」
彼女は彼に背を向けて去ろうとする。
「だから、話を聞けって!」
そんな彼女に対して、思わず声を荒げてしまった彼に彼女はビクリと肩を震わせてしまう。
「……ゴメン」
怯えた様子の彼女を見て彼は謝るのだが、堰を切ったかのように彼女の口から言葉は溢れ出す。
「どう、…して」
「え?」
「私を拒絶したくせにどうして今更謝ったり、そんな風に笑いかけたりすることが出来るの!?」
「拒絶って、いつ俺がそんなことをしたんだよ…?」
激昂してきた彼女を見て、彼は怪訝そうにする。
「だって、…私が勇気を出して告白したのに。そんな…、困った顔をされて……、っ」
「い、…いや。困った顔をしたのは、それは…」
やっぱり困ってたんだ。
彼女の目尻の雫はどんどん大きくなって今にも零れ落ちそうな様子。ドーンという花火の音も、楽しそうな歓声も耳障りでしかない。
彼から離れようとする彼女の手を彼は掴んだ。
「………だから、もういいよっ!!」
聞いたことのないような大きな声を出しながら、手を振り払われて彼は口をつぐんでしまう。
心地の悪い沈黙が二人の間に流れていく。
どうしてこうなってしまったのだろう。二人はお互いに思う。例年通りに約束をして、例年通りに一緒に花火を見て。
……だけど、そのままではいられなくなって。行動を起こそうとした。お互いに。
そこまで考えて、少年はハッとしながら腕時計を見た。
時間だ。このままでは台無しになってしまう。
「待ってくれ! 空を見てくれ!」
「どうして?」
彼女はもう彼に心を乱されたくないという思いから、言うことなど聞いてやるものかなどというが湧き上がってきてしまっていた。
「いいから」
「……やだ」
「上向けよ」
「絶対ヤダ」
「ーーーだからっ!」
ここで逃してしまっては全てが水の泡だ。こんなこじれる為に用意したわけではない。
ドンッ。
花火の打ち上げられる変わりのないつまらない音が響く。
ヒュルヒュルヒュル。
打ち上げられた花のつぼみは尾を引きながら夜空を駆け上がる。
少年はもうなりふり構わず彼女を抱きしめ、彼女の体を傾けさせることで空を見上げさせた。
「ふ、ェ!?」
パンッ。
驚愕に目を見開いた彼女の瞳の中で、乾いた音と共に花は開いた。
それは彼女の目の冷たい曇りを吹き飛ばして、暖かい雨を降らせるにはには十分すぎるものだった。
ナイトメア
これからもずっと一緒に花火を見よう
ケンジ
夜空に炎で描かれた手紙。
複雑な文字であっても、炎を操る魔物娘や空を飛べる魔物娘にとっては容易いこと。
なにより、愛のために彼女たちの魔法は万願を遂げる。
「そういうことだよ。ずっと一緒にいてくれ」
「うんっ、………、うんっ!」
彼はナイトメアの背中に回した手に力を入れ、ナイトメアも彼に答えて抱きしめ返す。
彼はバツの悪そうな顔を真っ赤にして、ナイトメアは嬉し涙で顔をグシャグシャにしていた。
「勘違いさせてしまってゴメン。でも、告白はこれでしたかったから」
「バカぁ、怖かったんだから……」
もう離さないとばかりに二人はきつく抱きしめあった。
どちらともなく体を解いたが、お互いの温もりはお互いの体に残っている。
まだ彼女に触れていたいと思った彼の手はナイトメアの肩に回されて、二人は花火を見つめていた。
ドン、ドン。パラパラ。夜空の花火はまるで二人のためだけの祝福の花束のようで、心地の良い時間が流れる。
「………。あひゅぅう」
突然、ナイトメアの口から空気の抜けるような音がして彼は慌てた。
「ぅえ!? どうした」
「エ、へへへェ」
緊張の糸がとけ、今の自分の状況を理解した彼女は幸せそうな顔をしながら崩れ落ちたのだ。
もともとの彼女の性格からすれば告白から今までの流れは、キャパオーバーどころではなかった。今まで倒れなかったことの方が奇跡。
「おっ、重いィィィ」
馬体も含む彼女の体重を支えきれるわけもなく彼は彼女に押しつぶされるような形で二人で倒れこむ。
空には少年のものだけでは無く、他の誰かの手紙も次々と紡がれては光の軌跡を残して消えていっている。
自分と同じようにこの夜に勇気を振り絞って託した火花のラブレター。
形には残らなくとも、灯された火がきえることなどない。
様々な願いを込めて、恋文花火は届けられる。
ファミリアちゃん
大きくなったらお嫁さんになってください
河童さん
きゅうりの潮漬けをください
スフィンクスさん
謎かけです
俺が好きなのはだーれだ
白蛇さん
もらってください
ダーリン
たどり着いた奴が娘に告白成功!
ガンダルヴァ
ゲイザーたん
幸せにします
ダークエロフさん
踏んでくださいお願いします
ワーラビットさん
不思議の国へ連れて行ってください
魔女さん
実は好きです
匿名希望
イエティ
君のかき氷が食べたかった
ダークプリーストさん
万魔殿へ連れて行ってください
稲荷さん
これからもよろしく
違うな。全部が全部ラブレターなんて綺麗なものじゃないーー。
願いも欲望も堂々と曝け出されていくのを見て、少年は苦笑する。
七夕の短冊のようになってきた花火の内容に、来年は何を書こうかと夢想した。
夜空に描かれていく花火の一瞬の光は、星の瞬きに吸い込まれて混ざっていくようだ。
幾つも幾つも落ちていく花火の一粒は願いを叶えて落ちていく流れ星。
打ち上げられた願いは全て叶ったに違いない。
「本当は一緒に見たかったんだけどな」
相変わらず幸せそうなニヤけ顏で眠っているナイトメアの髪を彼はなでる。
彼女が見逃したこの一回は、年をとってもいつまででもネタにできそうだ。
「……ぶふっ。間抜けヅラ」
涎まで垂らしている彼女を見て彼は思わず苦笑してしまう。
「来年も一緒にな……」
ドン、パラパラ。ドン、パラパラ。
花火の散り際の音は祝福の拍手に聞こえた。
いつも間にか恋文花火の配達は終わって夜空は落ち着きを取り戻してきていた。
それを打ち破るのは龍神様のお声。
「最後の大玉花火受け取れぃ!」
龍神山に響き渡る威勢の良い声と共に一際大きな花火玉が打ち上げられる。
人々の視線を一身に集めながら、龍神山の空に向かっていく花火の尾はまるで昇り竜のようだ。
夜空を裂いて、最後の花火がドドンと大輪の華を咲かせる。
一斉に上がる祭りに参加していた者たちの嘆息と歓声。
嬌声が混じっている気がするのはいつものこと。
鮮やかな輝線は何条にもなって龍神山に降り注ぐ。
消えることなく降り注ぐ色取り取りの光の粒はまだ幸せを手にしていない誰かのもとに向かっていくのではないだろうか。
誰ものもとにもその光は届きますように。
幻想的に降り注ぐ光のシャワーの中で、柄にも無くそんなことを祈った。
恋文花火・了
16/07/27 00:17更新 / ルピナス
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