【お面】
「なあなあ、おにーさん一人?」
人気マスコットのお面をつけた少女が男性に声をかける。
「そうだけど、何?」
「そうなんだー」
訝しげな男性とは対照的に少女の声には嬉しそうな響きがある。
なんだろう、こいつ。顔も知らない俺に話しかけてくるなんて怪しい。
可愛い子ぞろいの魔物娘だったら、お面なんてしないで声をかけてくるだろう。もしかしたら魔物娘のふりをした人間の美人局かもしれない。
「よければあたしと一緒にお祭り回らない?」
「断る」
男性は警戒心をあらわにして少女の申し出を断った。
そのまま立ち去ろうとする男性の後を少女は慌てて追いかける。
「ちょっと待ってよ。一人なんでしょ。だったら一緒に回ろうよ。その方が絶対楽しいって」
「断るって言ってるだろ。どうしてお前みたいな怪しいやつと回らなくてはいけないんだ。それにお前、俺の素性も知らないだろ」
「知らないけどさー、でもあたしなんとなく思ったんだよね。この人いい人だって」
きししし、と少女は笑う。
騙しやすそうな、ということだろうか。
男性は少女を無視して足を速める。
「ちょっと待ってってば、相手くらいしてよ」
少女はなおも追いすがる。
「正直なこと言うと、あんたからはあたしと同じ匂いがしたんだよ」
今までの軽い口調と違い、恥じらいが混じったような少女の声音に男性は足を止めた。
祭りの喧騒から少し離れて森に差し掛かるくらいの場所まで彼女はついてきた。
「同じ匂い?」
「そう。あんた、自分に自信がないだろう。だから、自分に声をかける女がいたら、それは全部何か裏があってのことだろうってね。私も場合もそう。寄ってくる男はみんな罰ゲームとかふざけた理由の奴ばっか」
「お前の境遇には同情するけど、人のことを勝手に決めつけないでくれ」
男性は少女の言葉に呆れる。自分に好意を持つ女性が現れないのは、自分に自信がない以前の問題だ。
こんな自分を好きになる、好きになれる女性なんているわけがないだろう。
「はっきりと聞いておくけど。君は僕に好意を持ってるのか?」
「うええ!?」
男性の言葉にあからさまに慌てる少女。その仕草だけを見れば、お面の下の素顔は赤面していそうだが、見えない状態では演技ということもあり得る。
「好意って、そ、そんな。あたしがあんたを好きかどうかってこと!?」
「それ以外ないだろ。先に忠告しておくけど、興味本位ならやめとけ。後悔するぞ。本気ならもっとやめとけ。現実を見せてやる」
男性の真剣な言葉に少女は一瞬固まるが、その真剣な様子を見て彼女にも思うところがあったようだ。
「あんた、やっぱりあたしが思った通りのいい人じゃないか。あたしが後悔しないように、傷つかないように心配してくれてるじゃないか」
お面の下でどんな顔をしていたのだろうか。知ることはできないし、知られることもない。
少女は何かを決意した様子で男性に向かって口を開く。
「うん。あたしはあんたが好きみたいだ。興味本位じゃない。だから、その現実ってやつを見せてみなよ」
「そこまで言うなら見せてやるよ。後悔すればいい」
そう言って男性は自分のお面を外す。そこにあったのは火傷で崩れた顔。
顔の右半分の皮膚はただれて萎縮し変色している。右目は白濁して見えてはいないだろう。お化け屋敷のお化けがかわいらしく思えるほどだ。
男性は彼女が悲鳴を上げて逃げて行ってくれることを予想していた。
だが、彼女からは悲鳴どころか息をのむ気配さえ感じられない。
「きしししし。そっか。そんなところまで似てたのか」
男性の顔を見て彼女は怖がったり気味悪がったりすることもなく、むしろ嬉しそうな声音で笑った。
少女が自分のお面を外す。
そこにあったのは顔に大きく嵌った単眼。
「ゲイザー…」
少女の顔を見た男性の声にも忌避感はなかった。
「な、なあ。大きさは違うけど、一つ目同士。つ、付き合ってくれないか」
男性をおずおずと見つめる一つの大きな目。
その目は男性の素顔をみて不安に思っている目ではなく、自分を受け入れてもらえるかどうかという不安に揺れる乙女の目だった。
自分が今までに向けられたことのない種類の目を見ていると、自分が先ほどまで抱いていた不信感が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「ぶふっ」
男性は堪らず吹き出してしまった。
「お、おい。お前、何笑ってるんだよ」
顔を赤らめて怒り出す彼女を男性は抱きしめる。
「ひゃああ。何するんだよ!」
慌てふためく彼女にお構いなしで、男性は彼女の頭をワシャワシャと撫でる。
「ふ、ふぁぁぁぁぁ」
気持ちが良いのか、混乱してしまっているのかわからない声を上げて、忙しく入れ替わる自分の感情に振り回される彼女。
男性は自分の腕の中でころころと表情を変える彼女を見て思った。
こんな彼女に見つめられる日々を過ごせるのならば、自分も彼女同様に様々な顔で、素顔で、過ごせるに違いないと。
◆
「おっ、来た来た」
少年のもとに駆け寄っていくのは中身のない鎧。これだけ見ればホラーでしかないが、魔物娘の存在を知っている者にとっては普通の光景だ。
リビングアーマー。彼女たちの本当の姿は夫にしか見えない。
少年はまだ彼女の夫ではないので、彼女の姿を見たことは無かった。
「ん、何それ。お面、か?」
少年の言葉に鎧のヘルムが頷く。
彼女は顔に当たる部分に喜びの顔のお面をつけた。
「お、それは嬉しい、ってこと?」
ヘルムが嬉しそうに頷く。
「いいな。本当はお前の顔を見てみたいけど、それがあると便利だなー」
少年の言葉に喜面が揺れる。
「よし。じゃあ、回ろうぜ」
少年と喜面をつけたリビングアーマーが一緒に屋台を回る。
「おっ、お嬢さん。嬉しいお面か、いいねー」
「へー、彼氏くん。そのお面外させちゃダメよ〜」
「それ以外のお面持ってるのかい?。持つ必要ないか。はっはっは」
彼女を見て投げかけられる声に、だんだんと少年は居づらさを感じてきた。
「な、なあ。それもう、外してくれないか。なんか、俺が恥ずかしくなってきた」
少年の言葉にリビングアーマーはがっかりした雰囲気を見せる。
慌てて気づいて、哀しい顔のお面をつける。
「おいおい、そんな顔のお面をつけさせるなよー、少年」
「あらあらー、うふふ」
外野からかけられる声にますます少年は居心地が悪くなる。
「だから、どんなお面もつけるなって言ってるんだよ」
思わず声を荒げてしまう少年。
少年の言葉にお面を外して、リビングアーマーはしょんぼりとしてしまう。
彼女の様子を見て、さすがに罪悪感を感じてしまった少年は恥ずかしがりながらも言う。
「さっきは俺もお面があると便利だって言ったけど、やっぱりそんなお面必要ないだろ。そんなもの使わなくたって、お前が何を思っているかくらいわかるんだから」
顔を赤らめる少年を見て、リビングアーマーは再び喜面を取り出してつけようとするが、お面の表情をみてふと止まる。
「こんなお面じゃ表現できないくらい嬉しい、だろ」
少年が得意そうに言う。
リビングアーマーはハッとしたような様子を見せて、誰にも見えはしないが本当に幸せそうに笑った。
それを見て、少年も嬉しそうに笑う。
「若いっていいわねー、いいもの見せてもらったから、はい、これサービス」
先ほどから二人を見ていた屋台のキキーモラが少年にコーラを渡してくれた。
コーラを手渡すために近づかれた時に、彼女のいい匂いがして、その柔らかい笑顔にも少年はドギマギとしてしまった。
途端に膨れ上がるリビングアーマーの怒りの気配。
「わ、悪い。けど、不可抗力だって」
思わず弁解する少年の前でリビングアーマーはおもむろに怒りの顔のお面を取り出して装着する。
「ちょっと待って、そのお面。今までのやつよりすごいリアルだし、むちゃくちゃ怖いんだけど!?。お前も実際に怒ってるけど、そのお面の怒りは2倍くらいになってないか!?」
質感も含めてとことんまでのリアルさとそれ以上の迫力を追求した一反木綿の匠の技がそのお面には詰まっていた。さながらデスマスク。
怒りのお面をつけてリビングアーマーが少年にじりじりと近づいていく。
「いやいやいやいや、怖い怖い怖い怖い。やめて来ないで。う、わああああああ!」
ガバッと少年に襲いかかって体内に収納して森に向かって走っていく、中身の入ったリビングアーマー。
少年が彼女の本当の姿を見られるようになったのは言うまでもない。
◆
「どうしよう、このままじゃ…。あ、そうだ」
「ごめんごめん。お待たせ。やっぱりトイレも混んでたねぇ。って、お面?。君ってそんなのつけるタイプだったっけ」
「今日はお祭りです。私がお面をつけてはおかしいですか?」
「いやいや、おかしくはないよ。あはは」
可愛らしいお面をつけていても、いつも通りのキツめの口調で話す彼女に男性は思わず笑ってごまかしてしまう。
ようやくグラキエスさんとデートに来られたというのに、ダメだなぁ。なかなか心を開いてくれない。
「何を浮かない顔をしているのですか。私を誘ったことを後悔でもしているのですか」
「そ、そんなわけないじゃないか。今だって飛び上がりそうなくらいに嬉しいさ」
「口だけではなんとでも言えますね」
男性をピシャリとはねのけるグラキエス。彼女はそう言いながら、顔にかぶったお面を撫でた。
「そのお面のキャラクター、好きなんですか?。僕は好きですよ。あはは」
「いいえ、このキャラクターが何なのか、私は知りません。あなたはこういったものが好きなのですか」
「い、いえ。そういうわけではなくて、そんな感じの可愛らしいものが実は好きということでして。あはは」
彼女の追求に男性はしどろもどろになってしまう。
「あなたが何を好きだろうと構いません。それに何故毎回笑うのですか」
「そ、それはあなたと一緒にいるのが嬉しいからですよ。あはは」
「そうですか」
本音半分、誤魔化し半分で答える男性から、グラキエスはフイと視線を切って歩き出す。
彼女はまたお面を撫でていた。
一緒に歩きながら男性はなんとか話題を振るが、彼女から返ってくるのは素っ気ない返事やトゲトゲしく感じられる言葉ばかり。
はぁ、せっかくデートに誘ったというのに、これは脈なしかぁ。お面をつけたのだってもしかしたら僕に顔を見られたくないからだったりして、はは。
彼女はさっきから事あるたびにお面を撫でている。
虫刺されとかで顔を見られたくない、だったらまだ脈はあるのかなぁ。
「どうしたのですか。急に黙ってしまって。やはり私を誘って後悔しましたか?」
「いいや、僕が後悔することはないけど、君は後悔しているのだろう」
ネガティブな考えから、男性は思わず尋ねなくてもいいことを尋ねてしまう。
「何を言っているのですか。逆はあってもそれはないでしょう」
「だって、本当は僕に顔を見られたくなくてお面をつけたんだろう。僕は君の綺麗な顔を見たかったのに」
「綺、きれっ」
彼女にしては珍しく声が上ずっていたような気がしたが、図星を指されて動揺したということだろう。
脈がないのはわかっているのだから、どうせフられるのならばちゃんと彼女の顔を見てからフられたい。
だから、嫌われてしまってもいいから、彼女のお面を外してやろう。
男性は彼女の様子を気にせずに、そのお面に手をかける。
「ダ、ダメ!?。今、顔を見られると」
「え?」
男性は信じられなかった。お面の下から出てきたのは、すました顔しか見たことがなかった彼女が必死ににやけるのを堪えている顔。
「だ、だから、言ったのにぃ〜」
かなりの勢いで男性からお面をひったくって付け直すグラキエス。
「もしかして、お面をつけていたのって」
「そうですよ。あなたに話しかけられるだけで顔がにやけてしまうので、仕方がなく」
あなたのせいです。彼女はお面を顔に押し付ける。
その手を引き剥がして、彼女のにやけ顏を見たいという衝動を男性はなんとか抑える。
「そ、それじゃあ。僕のこと嫌ってたりとかはなかったと」
「当たり前です。こんな仏頂面の女を誘ってくれたあなたを嫌いになんてなれるわけないじゃないですか」
ホッとする男性に彼女はまくしたてる。
「こ、こんなことを言わせないでくださいよ〜」
口調まで幾分柔らかくなった彼女。
いつか、そのにやけ顏もとろけ顏もじっくり見てやろうと男性は決意するのだが、実際に見られてしまうのはどちらになったのだろうか。
人気マスコットのお面をつけた少女が男性に声をかける。
「そうだけど、何?」
「そうなんだー」
訝しげな男性とは対照的に少女の声には嬉しそうな響きがある。
なんだろう、こいつ。顔も知らない俺に話しかけてくるなんて怪しい。
可愛い子ぞろいの魔物娘だったら、お面なんてしないで声をかけてくるだろう。もしかしたら魔物娘のふりをした人間の美人局かもしれない。
「よければあたしと一緒にお祭り回らない?」
「断る」
男性は警戒心をあらわにして少女の申し出を断った。
そのまま立ち去ろうとする男性の後を少女は慌てて追いかける。
「ちょっと待ってよ。一人なんでしょ。だったら一緒に回ろうよ。その方が絶対楽しいって」
「断るって言ってるだろ。どうしてお前みたいな怪しいやつと回らなくてはいけないんだ。それにお前、俺の素性も知らないだろ」
「知らないけどさー、でもあたしなんとなく思ったんだよね。この人いい人だって」
きししし、と少女は笑う。
騙しやすそうな、ということだろうか。
男性は少女を無視して足を速める。
「ちょっと待ってってば、相手くらいしてよ」
少女はなおも追いすがる。
「正直なこと言うと、あんたからはあたしと同じ匂いがしたんだよ」
今までの軽い口調と違い、恥じらいが混じったような少女の声音に男性は足を止めた。
祭りの喧騒から少し離れて森に差し掛かるくらいの場所まで彼女はついてきた。
「同じ匂い?」
「そう。あんた、自分に自信がないだろう。だから、自分に声をかける女がいたら、それは全部何か裏があってのことだろうってね。私も場合もそう。寄ってくる男はみんな罰ゲームとかふざけた理由の奴ばっか」
「お前の境遇には同情するけど、人のことを勝手に決めつけないでくれ」
男性は少女の言葉に呆れる。自分に好意を持つ女性が現れないのは、自分に自信がない以前の問題だ。
こんな自分を好きになる、好きになれる女性なんているわけがないだろう。
「はっきりと聞いておくけど。君は僕に好意を持ってるのか?」
「うええ!?」
男性の言葉にあからさまに慌てる少女。その仕草だけを見れば、お面の下の素顔は赤面していそうだが、見えない状態では演技ということもあり得る。
「好意って、そ、そんな。あたしがあんたを好きかどうかってこと!?」
「それ以外ないだろ。先に忠告しておくけど、興味本位ならやめとけ。後悔するぞ。本気ならもっとやめとけ。現実を見せてやる」
男性の真剣な言葉に少女は一瞬固まるが、その真剣な様子を見て彼女にも思うところがあったようだ。
「あんた、やっぱりあたしが思った通りのいい人じゃないか。あたしが後悔しないように、傷つかないように心配してくれてるじゃないか」
お面の下でどんな顔をしていたのだろうか。知ることはできないし、知られることもない。
少女は何かを決意した様子で男性に向かって口を開く。
「うん。あたしはあんたが好きみたいだ。興味本位じゃない。だから、その現実ってやつを見せてみなよ」
「そこまで言うなら見せてやるよ。後悔すればいい」
そう言って男性は自分のお面を外す。そこにあったのは火傷で崩れた顔。
顔の右半分の皮膚はただれて萎縮し変色している。右目は白濁して見えてはいないだろう。お化け屋敷のお化けがかわいらしく思えるほどだ。
男性は彼女が悲鳴を上げて逃げて行ってくれることを予想していた。
だが、彼女からは悲鳴どころか息をのむ気配さえ感じられない。
「きしししし。そっか。そんなところまで似てたのか」
男性の顔を見て彼女は怖がったり気味悪がったりすることもなく、むしろ嬉しそうな声音で笑った。
少女が自分のお面を外す。
そこにあったのは顔に大きく嵌った単眼。
「ゲイザー…」
少女の顔を見た男性の声にも忌避感はなかった。
「な、なあ。大きさは違うけど、一つ目同士。つ、付き合ってくれないか」
男性をおずおずと見つめる一つの大きな目。
その目は男性の素顔をみて不安に思っている目ではなく、自分を受け入れてもらえるかどうかという不安に揺れる乙女の目だった。
自分が今までに向けられたことのない種類の目を見ていると、自分が先ほどまで抱いていた不信感が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「ぶふっ」
男性は堪らず吹き出してしまった。
「お、おい。お前、何笑ってるんだよ」
顔を赤らめて怒り出す彼女を男性は抱きしめる。
「ひゃああ。何するんだよ!」
慌てふためく彼女にお構いなしで、男性は彼女の頭をワシャワシャと撫でる。
「ふ、ふぁぁぁぁぁ」
気持ちが良いのか、混乱してしまっているのかわからない声を上げて、忙しく入れ替わる自分の感情に振り回される彼女。
男性は自分の腕の中でころころと表情を変える彼女を見て思った。
こんな彼女に見つめられる日々を過ごせるのならば、自分も彼女同様に様々な顔で、素顔で、過ごせるに違いないと。
◆
「おっ、来た来た」
少年のもとに駆け寄っていくのは中身のない鎧。これだけ見ればホラーでしかないが、魔物娘の存在を知っている者にとっては普通の光景だ。
リビングアーマー。彼女たちの本当の姿は夫にしか見えない。
少年はまだ彼女の夫ではないので、彼女の姿を見たことは無かった。
「ん、何それ。お面、か?」
少年の言葉に鎧のヘルムが頷く。
彼女は顔に当たる部分に喜びの顔のお面をつけた。
「お、それは嬉しい、ってこと?」
ヘルムが嬉しそうに頷く。
「いいな。本当はお前の顔を見てみたいけど、それがあると便利だなー」
少年の言葉に喜面が揺れる。
「よし。じゃあ、回ろうぜ」
少年と喜面をつけたリビングアーマーが一緒に屋台を回る。
「おっ、お嬢さん。嬉しいお面か、いいねー」
「へー、彼氏くん。そのお面外させちゃダメよ〜」
「それ以外のお面持ってるのかい?。持つ必要ないか。はっはっは」
彼女を見て投げかけられる声に、だんだんと少年は居づらさを感じてきた。
「な、なあ。それもう、外してくれないか。なんか、俺が恥ずかしくなってきた」
少年の言葉にリビングアーマーはがっかりした雰囲気を見せる。
慌てて気づいて、哀しい顔のお面をつける。
「おいおい、そんな顔のお面をつけさせるなよー、少年」
「あらあらー、うふふ」
外野からかけられる声にますます少年は居心地が悪くなる。
「だから、どんなお面もつけるなって言ってるんだよ」
思わず声を荒げてしまう少年。
少年の言葉にお面を外して、リビングアーマーはしょんぼりとしてしまう。
彼女の様子を見て、さすがに罪悪感を感じてしまった少年は恥ずかしがりながらも言う。
「さっきは俺もお面があると便利だって言ったけど、やっぱりそんなお面必要ないだろ。そんなもの使わなくたって、お前が何を思っているかくらいわかるんだから」
顔を赤らめる少年を見て、リビングアーマーは再び喜面を取り出してつけようとするが、お面の表情をみてふと止まる。
「こんなお面じゃ表現できないくらい嬉しい、だろ」
少年が得意そうに言う。
リビングアーマーはハッとしたような様子を見せて、誰にも見えはしないが本当に幸せそうに笑った。
それを見て、少年も嬉しそうに笑う。
「若いっていいわねー、いいもの見せてもらったから、はい、これサービス」
先ほどから二人を見ていた屋台のキキーモラが少年にコーラを渡してくれた。
コーラを手渡すために近づかれた時に、彼女のいい匂いがして、その柔らかい笑顔にも少年はドギマギとしてしまった。
途端に膨れ上がるリビングアーマーの怒りの気配。
「わ、悪い。けど、不可抗力だって」
思わず弁解する少年の前でリビングアーマーはおもむろに怒りの顔のお面を取り出して装着する。
「ちょっと待って、そのお面。今までのやつよりすごいリアルだし、むちゃくちゃ怖いんだけど!?。お前も実際に怒ってるけど、そのお面の怒りは2倍くらいになってないか!?」
質感も含めてとことんまでのリアルさとそれ以上の迫力を追求した一反木綿の匠の技がそのお面には詰まっていた。さながらデスマスク。
怒りのお面をつけてリビングアーマーが少年にじりじりと近づいていく。
「いやいやいやいや、怖い怖い怖い怖い。やめて来ないで。う、わああああああ!」
ガバッと少年に襲いかかって体内に収納して森に向かって走っていく、中身の入ったリビングアーマー。
少年が彼女の本当の姿を見られるようになったのは言うまでもない。
◆
「どうしよう、このままじゃ…。あ、そうだ」
「ごめんごめん。お待たせ。やっぱりトイレも混んでたねぇ。って、お面?。君ってそんなのつけるタイプだったっけ」
「今日はお祭りです。私がお面をつけてはおかしいですか?」
「いやいや、おかしくはないよ。あはは」
可愛らしいお面をつけていても、いつも通りのキツめの口調で話す彼女に男性は思わず笑ってごまかしてしまう。
ようやくグラキエスさんとデートに来られたというのに、ダメだなぁ。なかなか心を開いてくれない。
「何を浮かない顔をしているのですか。私を誘ったことを後悔でもしているのですか」
「そ、そんなわけないじゃないか。今だって飛び上がりそうなくらいに嬉しいさ」
「口だけではなんとでも言えますね」
男性をピシャリとはねのけるグラキエス。彼女はそう言いながら、顔にかぶったお面を撫でた。
「そのお面のキャラクター、好きなんですか?。僕は好きですよ。あはは」
「いいえ、このキャラクターが何なのか、私は知りません。あなたはこういったものが好きなのですか」
「い、いえ。そういうわけではなくて、そんな感じの可愛らしいものが実は好きということでして。あはは」
彼女の追求に男性はしどろもどろになってしまう。
「あなたが何を好きだろうと構いません。それに何故毎回笑うのですか」
「そ、それはあなたと一緒にいるのが嬉しいからですよ。あはは」
「そうですか」
本音半分、誤魔化し半分で答える男性から、グラキエスはフイと視線を切って歩き出す。
彼女はまたお面を撫でていた。
一緒に歩きながら男性はなんとか話題を振るが、彼女から返ってくるのは素っ気ない返事やトゲトゲしく感じられる言葉ばかり。
はぁ、せっかくデートに誘ったというのに、これは脈なしかぁ。お面をつけたのだってもしかしたら僕に顔を見られたくないからだったりして、はは。
彼女はさっきから事あるたびにお面を撫でている。
虫刺されとかで顔を見られたくない、だったらまだ脈はあるのかなぁ。
「どうしたのですか。急に黙ってしまって。やはり私を誘って後悔しましたか?」
「いいや、僕が後悔することはないけど、君は後悔しているのだろう」
ネガティブな考えから、男性は思わず尋ねなくてもいいことを尋ねてしまう。
「何を言っているのですか。逆はあってもそれはないでしょう」
「だって、本当は僕に顔を見られたくなくてお面をつけたんだろう。僕は君の綺麗な顔を見たかったのに」
「綺、きれっ」
彼女にしては珍しく声が上ずっていたような気がしたが、図星を指されて動揺したということだろう。
脈がないのはわかっているのだから、どうせフられるのならばちゃんと彼女の顔を見てからフられたい。
だから、嫌われてしまってもいいから、彼女のお面を外してやろう。
男性は彼女の様子を気にせずに、そのお面に手をかける。
「ダ、ダメ!?。今、顔を見られると」
「え?」
男性は信じられなかった。お面の下から出てきたのは、すました顔しか見たことがなかった彼女が必死ににやけるのを堪えている顔。
「だ、だから、言ったのにぃ〜」
かなりの勢いで男性からお面をひったくって付け直すグラキエス。
「もしかして、お面をつけていたのって」
「そうですよ。あなたに話しかけられるだけで顔がにやけてしまうので、仕方がなく」
あなたのせいです。彼女はお面を顔に押し付ける。
その手を引き剥がして、彼女のにやけ顏を見たいという衝動を男性はなんとか抑える。
「そ、それじゃあ。僕のこと嫌ってたりとかはなかったと」
「当たり前です。こんな仏頂面の女を誘ってくれたあなたを嫌いになんてなれるわけないじゃないですか」
ホッとする男性に彼女はまくしたてる。
「こ、こんなことを言わせないでくださいよ〜」
口調まで幾分柔らかくなった彼女。
いつか、そのにやけ顏もとろけ顏もじっくり見てやろうと男性は決意するのだが、実際に見られてしまうのはどちらになったのだろうか。
16/06/26 01:40更新 / ルピナス
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