19.一つの別れ
宴が終わり、満天の星空の下で皆は雑魚寝をしていた。
ここに集まっているのはブレイブたちと今回生まれた魔物娘たちだけではなく、戦闘が終わったことを見て戻ってきた街の住人たちもいる。
もともとこの街には人間の方の割合が少なかったのだが、拡散した魔力の影響でもれなくめでたくすべての人間が魔物娘やインキュバスと化していた。
すでにバーダン周辺は明緑魔界と化している。
そんな中で宴を開こうものならば、一言で言えばひどかった。
万魔殿もかくやといった有様で、もともとのカップルはもちろん、新しくできたカップル、元夫婦で百合カップルになったものも、みんなギシアン音が絶えないのだった。
ブレイブたちも例にもれず、と言いたいところだが。
英雄様の取り合いになってしまい、それどころではなかった。
ロリカーラの無双乱舞に始まり、ヴェルメリオ親衛隊の鉄壁の防御。
抜け駆けしようとするヴィヴィアンをかつての仲間たちが捕まえて醜いキャットファイト。
結局、みんな疲れ果てて倒れ伏し泥のように眠ることになったのだった。
この中で唯一の得をしたのは、アンと白衣であることは言うまでもない。
◆
「綺麗だなぁ」
夜中に目を覚ましたブレイブが呟く。
彼の目には夜空の星々が写り込んでいる。
周りでは惨憺たる有様で眠る魔物娘たち。
今日は怖くて痛いこともあったけど、最後はみんな楽しそうでよかった。
あのお姉さんもみんなと仲良くできれば良かったのに。
ルチアの壮絶な最期を思い出してしまっては吹き飛ばすように頭をふるふると振る。
時折、流星が落ちる夜空を見上げていたブレイブだったが、夜風に当たり続けていて尿意を催した。
「うう、おしっこ」
ごちゃごちゃと眠る魔物娘たちを踏みつけないように気をつけながら森に入る。
「ふう」
用を足して戻ろうとするブレイブの耳に何かが風を切る音が聞こえてきた。
「何だろう」
そろそろと、音のなる方に近づいて行った。
森の中のちょっとした広場。
そこでヴェルメリオが一心不乱に槍を振っていた。
静かな森の中、風を切る槍の音、星明かりの下で清廉な音が静寂を切る。
彼女の槍捌きは見惚れるほどに流麗で澱みなく流れる清流のようだ。
無駄な力は入らず、流れるように続く。
宴の時はいたはずだが、いつからこうしていたのだろうか。
ひんやりとした夜の森の中、彼女の額には玉のような汗が浮いていた。
ブレイブは彼女の姿から目を放すことが出来ないでいた。
その姿は麗美で、強健で、しかし必至が滲んでいた。
「こんなところでどうしたのですか、ブレイブ」
ヴェルメリオの声にブレイブは軽く驚く。
「ヴェル姉さんこそ。気づいてたの?」
「ええ」
ブレイブが出て行くと、彼女は振るっていた槍を止めた。
「すごく綺麗でかっこよかったよ」
「そう、ですか」
ブレイブの賞賛に彼女は浮かない顔だ。
「そんな槍でもあなたを守ることが出来ず、痛い思いをさせてしまった」
ヴェルメリオの顔には悔恨が浮かんでいる。
「ぼ、僕なら大丈夫だよ」
ブレイブは手を振ってみせる。彼の傷は周りの娘たちのおかげで跡もなく消えている。
「ですが、私が許せない」
ヴェルメリオは歯を噛みしめる。
「ヴェル姉さん」
「呼び捨てにしてもらって構わない。あなたはもう、ただの子供じゃない」
「あれはみんなが力を貸してくれたから」
「そうですね。それでも、その力をまとめることが出来たのはあなただったからです。私はあなたを誇りに思いますよ。ブレイブ」
「でも」
「でも、などとは言わずに胸を張りなさい。あなたは立派な英雄だ。だから、あなたには呼び捨てにされたい」
彼女にしては珍しく、はにかむような声。
「う、うん。ヴェル」
「はい。ありがとう」
ヴェルメリオは柔らかい微笑みを浮かべる。
「この数日間で様々なことがありました。カーラと戦うだけの日々しか送っていなかった私が久方ぶりに人の姿をとりあなたたちと旅をした。こんなに楽しかった日々はもしかしたら初めてかもしれません」
もちろんカーラとの日々も楽しかったのですが。ヴェルメリオは付け加える。
「しかし、私は負けた。私ではその楽しい日々は守れなかった。最強と言われる種族とあろうものが情けない」
「ヴェル?」
「だから、ブレイブ。私はここで、さよならです」
「え?」
「本当はもう少し後にしようと思っていたのですが、今あなたの顔を見たことで決心しました。私はここから別行動をとらせていただきます」
「そんな、ヴェル。僕、ヴェルと離れたくないよ」
驚くブレイブをヴェルメリオは優しく抱きしめる。
「ごめんなさい。でも、決めたことです。行かせてください。そして、約束します。私はまたあなた達、ブレイブのところに帰ってきます」
「………」
「あなたたちを守れるくらいに強くなって。だから、あなたももっと強くなってください。まだ胸を張って誇ることができないと言うのならば、出来るくらいに強く。そして、戻ってきた私を倒してしまってください」
ヴェルメリオはブレイブの顔をみて、悪戯っぽく笑う。
「それでその時は」
そこでふと自分の口走ろうとしていたことに気づくと、顔を真っ赤にしてしまう。
「い、いえ。なんでもありません」
彼女は慌ててブレイブから離れる。
私は今何を口にしようとしていた?。
彼は子供。しかし、私と再会する頃にはどんな。甘く仄かに疼く下腹部。
なぜ私はブレイブに会って離れることを決心した。それはもしかしたら我慢が。
いけない。この思考から離れなくては。
ヴェルメリオは頭を振って、その思考を振りほどく。
「また会える時を楽しみにしています」
「ヴェル」
ブレイブは名残惜しそうにヴェルメリオの顔を見るが。
「わかった。僕も頑張るよ」
屈託のない顔で笑った。
「そのいきです」
ヴェルメリオは満足そうに手を差し出す。
ブレイブはその手を握る。
「みんなに挨拶はしなくていいの?」
「ええ。名残惜しくなってしまいますから。ブレイブから伝えておいてください」
「うん、わかった。でも」
そこでブレイブが申し訳なさそうな顔をする。
ヴェルメリオは怪訝そうな顔を浮かべたが、握手をしているブレイブの手首をみて固まる。
そこには黒いブレスレットがはまっていて。
「ま、さか」
ヴェルメリオの頬を嫌な汗が伝う。
「ふっ、ふははははー!」
ブレスレットがロリカーラになって飛び出してきた。
「カッ、カーラ。あなた今の話聞いて」
「ああ、もうバッチリとな」
ワナワナと震えるヴェルメリオには勝ち誇ったようなカーラ。幼女が偉そうにぺったんこの胸を張る。
「戻ってきた私を押し倒してください。それでその時は、だったか?」
カーラがヴェルメリオの声音を真似る。意外と似ている。
「そんなこと言っていません!」
思わず怒鳴ってしまうヴェルメリオ。
「私の耳にもそう聞こえたわね」
「ヴィヴィアン、白衣に、アンも!?」
次々と現れる仲間たち。
そして、どんどん真っ赤になるヴェルメリオ。
「気配なんて感じませんでしたよ!?」
「私の結界のおかげです」
白衣がクスクスと笑う。
「結界なんて、そんな。そんな力もあるのですね」
ヴェルメリオの顔に寂しそうな色が浮かぶ。
「ヴェルちゃん。そんなに気に病まなくてもいいのよ。私だって役に立てなかったんだし」
「「そうですね」」(コクコク)
「ちょっと!。アンちゃんまで?。そこは否定するところじゃないの!?」
憤慨するヴィヴィアンにブレイブまで笑う。
「ひっどーい。ブレイブまで」
ヴィヴィアンも笑い出す。
森で交わされるブレイブパーティの笑い声。
「ヴェルちゃん、本当に行っちゃうの?。別に一緒にいたって強くなれると思うわよ」
「そうですね。でも、もう決めたことなので」
「決意は固いということね。私たちは魔物娘なのだから、ベッドの上で鍛錬したほうが効果的だと思うけど」
「あなたはまたそう言う。でも、それも確かなのでしょうね」
ヴェルメリオも完全には否定しない。
「確かにその方が強くなれるのかもしれません。みんなで強くなった方が。ですが、私はまず自分自身の力で行けるところまで行ってみたい」
「ヴェルメリオ」
カーラが自分の体からダガーを作り出す。
「これを持っていけ、また会う時まで私だと思ってちゃんと持っていろ。それともブレイブの何かの方がいいか?」
カーラが幼女らしからぬ、くつくつ、という笑い声をあげる。
「私は楽しみにしているぞ。強くなったと思って帰ってきたお前を簡単に叩きのめせるのをな」
幼女の顔に獣のような獰猛な笑みが浮かぶ。
「面白い」
ヴェルメリオはカーラからそのダガーを受け取り、二人は拳を合わせる。
「出来るものならやってみなさい」
「勿論だ。私は負けん」
竜の瞳と獣の瞳が視線をぶつけ合う。
「では、私は行きましょう。みなさんも元気で」
お互いに頷きあい、ヴェルメリオが飛び立とうとする。
「ちょーっと待ってくださいよ」
「私たちを」
「置いていってしまわれては」
「困ります!」
「ヴェルかブレイブきゅん。選べない!」
そこにヴェルメリオ親衛隊の面々が現れた。一人羽交い締めにされて押さえつけられているのがいるが、気にしては負けだろう。
「ヴェルさま。私たちも付いて行きますよ」
「今はヴェル様についていくための翼もあるんですから」
「戦える相手がいなくなって不貞腐れて酒びたっていた時のように。見ているだけは嫌なんです!」
「あなたたち、あの時見ていたのですか!?」
「「「「もちろん!」」」」「ヴェルを見て、萌えてた」(親指を立てている)
「あ、あ」
はあ。ヴェルメリオがため息をつきながらかたを落とした。
「ハアハア。おかずが増えていく」
こいつは連れて行ってもいいのだろうか。そうだ気にしては負けだった。
「わかりました。振り切ろうとしてもどうにかして、付いてくるでしょうね。いいですよ。賑やかなのにも慣れてきた頃です」
「「「「ありがとうございます!」」」」
「よろしくな。ヴェル」(得意げな顔)
「それでは今度こそ」
「うん、行ってらっしゃい」
手を振るブレイブに、ヴェルメリオは一瞬驚いた顔を見せるがすぐに。
「はい、行ってきます」
朗らかに笑って星空の中へ飛び立っていった。彼女の親衛隊もその後に続く。
星空を切り取りながら離れていく翼の生えたシルエット。
ブレイブ、ヴィヴィアン、白衣は手を振り、カーラはうむうむ、と頷き、アンは涙を拭うような仕草を見せていた。
こうして深紅の天災とまで言われたドラゴンは、さらなる強さを求めて旅立ったのだった。
東へと進む彼女の先には何が待っているのだろうか。
◆
「行ってしまったわね」
「ああ、寂しくなってしまうな」
「うん」
コクコク。アンも頷いている。
「これから大変になりますね」
「え、大変って、寂しくはなるけれども、パーティとしては大丈夫でしょう」
「いえ、ヴェルメリオさんがいなくなってしまったら…」
そう言って、白衣がブレイブを見る。
「誰が私たちを止めるのでしょうか」
固まったブレイブを彼女たちは一斉に見る。
そして、彼女たちはにんまりと笑ったのだった。
ここに集まっているのはブレイブたちと今回生まれた魔物娘たちだけではなく、戦闘が終わったことを見て戻ってきた街の住人たちもいる。
もともとこの街には人間の方の割合が少なかったのだが、拡散した魔力の影響でもれなくめでたくすべての人間が魔物娘やインキュバスと化していた。
すでにバーダン周辺は明緑魔界と化している。
そんな中で宴を開こうものならば、一言で言えばひどかった。
万魔殿もかくやといった有様で、もともとのカップルはもちろん、新しくできたカップル、元夫婦で百合カップルになったものも、みんなギシアン音が絶えないのだった。
ブレイブたちも例にもれず、と言いたいところだが。
英雄様の取り合いになってしまい、それどころではなかった。
ロリカーラの無双乱舞に始まり、ヴェルメリオ親衛隊の鉄壁の防御。
抜け駆けしようとするヴィヴィアンをかつての仲間たちが捕まえて醜いキャットファイト。
結局、みんな疲れ果てて倒れ伏し泥のように眠ることになったのだった。
この中で唯一の得をしたのは、アンと白衣であることは言うまでもない。
◆
「綺麗だなぁ」
夜中に目を覚ましたブレイブが呟く。
彼の目には夜空の星々が写り込んでいる。
周りでは惨憺たる有様で眠る魔物娘たち。
今日は怖くて痛いこともあったけど、最後はみんな楽しそうでよかった。
あのお姉さんもみんなと仲良くできれば良かったのに。
ルチアの壮絶な最期を思い出してしまっては吹き飛ばすように頭をふるふると振る。
時折、流星が落ちる夜空を見上げていたブレイブだったが、夜風に当たり続けていて尿意を催した。
「うう、おしっこ」
ごちゃごちゃと眠る魔物娘たちを踏みつけないように気をつけながら森に入る。
「ふう」
用を足して戻ろうとするブレイブの耳に何かが風を切る音が聞こえてきた。
「何だろう」
そろそろと、音のなる方に近づいて行った。
森の中のちょっとした広場。
そこでヴェルメリオが一心不乱に槍を振っていた。
静かな森の中、風を切る槍の音、星明かりの下で清廉な音が静寂を切る。
彼女の槍捌きは見惚れるほどに流麗で澱みなく流れる清流のようだ。
無駄な力は入らず、流れるように続く。
宴の時はいたはずだが、いつからこうしていたのだろうか。
ひんやりとした夜の森の中、彼女の額には玉のような汗が浮いていた。
ブレイブは彼女の姿から目を放すことが出来ないでいた。
その姿は麗美で、強健で、しかし必至が滲んでいた。
「こんなところでどうしたのですか、ブレイブ」
ヴェルメリオの声にブレイブは軽く驚く。
「ヴェル姉さんこそ。気づいてたの?」
「ええ」
ブレイブが出て行くと、彼女は振るっていた槍を止めた。
「すごく綺麗でかっこよかったよ」
「そう、ですか」
ブレイブの賞賛に彼女は浮かない顔だ。
「そんな槍でもあなたを守ることが出来ず、痛い思いをさせてしまった」
ヴェルメリオの顔には悔恨が浮かんでいる。
「ぼ、僕なら大丈夫だよ」
ブレイブは手を振ってみせる。彼の傷は周りの娘たちのおかげで跡もなく消えている。
「ですが、私が許せない」
ヴェルメリオは歯を噛みしめる。
「ヴェル姉さん」
「呼び捨てにしてもらって構わない。あなたはもう、ただの子供じゃない」
「あれはみんなが力を貸してくれたから」
「そうですね。それでも、その力をまとめることが出来たのはあなただったからです。私はあなたを誇りに思いますよ。ブレイブ」
「でも」
「でも、などとは言わずに胸を張りなさい。あなたは立派な英雄だ。だから、あなたには呼び捨てにされたい」
彼女にしては珍しく、はにかむような声。
「う、うん。ヴェル」
「はい。ありがとう」
ヴェルメリオは柔らかい微笑みを浮かべる。
「この数日間で様々なことがありました。カーラと戦うだけの日々しか送っていなかった私が久方ぶりに人の姿をとりあなたたちと旅をした。こんなに楽しかった日々はもしかしたら初めてかもしれません」
もちろんカーラとの日々も楽しかったのですが。ヴェルメリオは付け加える。
「しかし、私は負けた。私ではその楽しい日々は守れなかった。最強と言われる種族とあろうものが情けない」
「ヴェル?」
「だから、ブレイブ。私はここで、さよならです」
「え?」
「本当はもう少し後にしようと思っていたのですが、今あなたの顔を見たことで決心しました。私はここから別行動をとらせていただきます」
「そんな、ヴェル。僕、ヴェルと離れたくないよ」
驚くブレイブをヴェルメリオは優しく抱きしめる。
「ごめんなさい。でも、決めたことです。行かせてください。そして、約束します。私はまたあなた達、ブレイブのところに帰ってきます」
「………」
「あなたたちを守れるくらいに強くなって。だから、あなたももっと強くなってください。まだ胸を張って誇ることができないと言うのならば、出来るくらいに強く。そして、戻ってきた私を倒してしまってください」
ヴェルメリオはブレイブの顔をみて、悪戯っぽく笑う。
「それでその時は」
そこでふと自分の口走ろうとしていたことに気づくと、顔を真っ赤にしてしまう。
「い、いえ。なんでもありません」
彼女は慌ててブレイブから離れる。
私は今何を口にしようとしていた?。
彼は子供。しかし、私と再会する頃にはどんな。甘く仄かに疼く下腹部。
なぜ私はブレイブに会って離れることを決心した。それはもしかしたら我慢が。
いけない。この思考から離れなくては。
ヴェルメリオは頭を振って、その思考を振りほどく。
「また会える時を楽しみにしています」
「ヴェル」
ブレイブは名残惜しそうにヴェルメリオの顔を見るが。
「わかった。僕も頑張るよ」
屈託のない顔で笑った。
「そのいきです」
ヴェルメリオは満足そうに手を差し出す。
ブレイブはその手を握る。
「みんなに挨拶はしなくていいの?」
「ええ。名残惜しくなってしまいますから。ブレイブから伝えておいてください」
「うん、わかった。でも」
そこでブレイブが申し訳なさそうな顔をする。
ヴェルメリオは怪訝そうな顔を浮かべたが、握手をしているブレイブの手首をみて固まる。
そこには黒いブレスレットがはまっていて。
「ま、さか」
ヴェルメリオの頬を嫌な汗が伝う。
「ふっ、ふははははー!」
ブレスレットがロリカーラになって飛び出してきた。
「カッ、カーラ。あなた今の話聞いて」
「ああ、もうバッチリとな」
ワナワナと震えるヴェルメリオには勝ち誇ったようなカーラ。幼女が偉そうにぺったんこの胸を張る。
「戻ってきた私を押し倒してください。それでその時は、だったか?」
カーラがヴェルメリオの声音を真似る。意外と似ている。
「そんなこと言っていません!」
思わず怒鳴ってしまうヴェルメリオ。
「私の耳にもそう聞こえたわね」
「ヴィヴィアン、白衣に、アンも!?」
次々と現れる仲間たち。
そして、どんどん真っ赤になるヴェルメリオ。
「気配なんて感じませんでしたよ!?」
「私の結界のおかげです」
白衣がクスクスと笑う。
「結界なんて、そんな。そんな力もあるのですね」
ヴェルメリオの顔に寂しそうな色が浮かぶ。
「ヴェルちゃん。そんなに気に病まなくてもいいのよ。私だって役に立てなかったんだし」
「「そうですね」」(コクコク)
「ちょっと!。アンちゃんまで?。そこは否定するところじゃないの!?」
憤慨するヴィヴィアンにブレイブまで笑う。
「ひっどーい。ブレイブまで」
ヴィヴィアンも笑い出す。
森で交わされるブレイブパーティの笑い声。
「ヴェルちゃん、本当に行っちゃうの?。別に一緒にいたって強くなれると思うわよ」
「そうですね。でも、もう決めたことなので」
「決意は固いということね。私たちは魔物娘なのだから、ベッドの上で鍛錬したほうが効果的だと思うけど」
「あなたはまたそう言う。でも、それも確かなのでしょうね」
ヴェルメリオも完全には否定しない。
「確かにその方が強くなれるのかもしれません。みんなで強くなった方が。ですが、私はまず自分自身の力で行けるところまで行ってみたい」
「ヴェルメリオ」
カーラが自分の体からダガーを作り出す。
「これを持っていけ、また会う時まで私だと思ってちゃんと持っていろ。それともブレイブの何かの方がいいか?」
カーラが幼女らしからぬ、くつくつ、という笑い声をあげる。
「私は楽しみにしているぞ。強くなったと思って帰ってきたお前を簡単に叩きのめせるのをな」
幼女の顔に獣のような獰猛な笑みが浮かぶ。
「面白い」
ヴェルメリオはカーラからそのダガーを受け取り、二人は拳を合わせる。
「出来るものならやってみなさい」
「勿論だ。私は負けん」
竜の瞳と獣の瞳が視線をぶつけ合う。
「では、私は行きましょう。みなさんも元気で」
お互いに頷きあい、ヴェルメリオが飛び立とうとする。
「ちょーっと待ってくださいよ」
「私たちを」
「置いていってしまわれては」
「困ります!」
「ヴェルかブレイブきゅん。選べない!」
そこにヴェルメリオ親衛隊の面々が現れた。一人羽交い締めにされて押さえつけられているのがいるが、気にしては負けだろう。
「ヴェルさま。私たちも付いて行きますよ」
「今はヴェル様についていくための翼もあるんですから」
「戦える相手がいなくなって不貞腐れて酒びたっていた時のように。見ているだけは嫌なんです!」
「あなたたち、あの時見ていたのですか!?」
「「「「もちろん!」」」」「ヴェルを見て、萌えてた」(親指を立てている)
「あ、あ」
はあ。ヴェルメリオがため息をつきながらかたを落とした。
「ハアハア。おかずが増えていく」
こいつは連れて行ってもいいのだろうか。そうだ気にしては負けだった。
「わかりました。振り切ろうとしてもどうにかして、付いてくるでしょうね。いいですよ。賑やかなのにも慣れてきた頃です」
「「「「ありがとうございます!」」」」
「よろしくな。ヴェル」(得意げな顔)
「それでは今度こそ」
「うん、行ってらっしゃい」
手を振るブレイブに、ヴェルメリオは一瞬驚いた顔を見せるがすぐに。
「はい、行ってきます」
朗らかに笑って星空の中へ飛び立っていった。彼女の親衛隊もその後に続く。
星空を切り取りながら離れていく翼の生えたシルエット。
ブレイブ、ヴィヴィアン、白衣は手を振り、カーラはうむうむ、と頷き、アンは涙を拭うような仕草を見せていた。
こうして深紅の天災とまで言われたドラゴンは、さらなる強さを求めて旅立ったのだった。
東へと進む彼女の先には何が待っているのだろうか。
◆
「行ってしまったわね」
「ああ、寂しくなってしまうな」
「うん」
コクコク。アンも頷いている。
「これから大変になりますね」
「え、大変って、寂しくはなるけれども、パーティとしては大丈夫でしょう」
「いえ、ヴェルメリオさんがいなくなってしまったら…」
そう言って、白衣がブレイブを見る。
「誰が私たちを止めるのでしょうか」
固まったブレイブを彼女たちは一斉に見る。
そして、彼女たちはにんまりと笑ったのだった。
16/06/19 10:05更新 / ルピナス
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