連載小説
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14.骸の上に立つ者
亡者の群れが進軍する。
自らを亡者にたたき落とし踏みにじった、輝かしい光の存在を引きずり下ろすため。
皮もなく肉もない骨の咽頭を通る乾いた風の音、冷たい体の中で魂が熱を上げる。
目が残るものならば刮目して見よ。
我ら逆襲の刃を握り、黄泉路を遡るもの。
万軍を以って輝ける戦乙女へと駆け上ろう。

骨と骨がぶつかり合う音が白昼の街中に響く。大小様々な骨が重なり合いながらルチアを目指す。
彼らの血肉をその肢体に浴びた狂ったヴァルキリー。

「私ってばモッテモテー♡」
ルチアは手に持った細身のロングソードで骸の群れを砕く。
己を呪い、己を憎みながらせまる骸の大群を嬉々として迎え撃つ。
光景だけを目にしたのならば、輝く翼と美貌をもった清廉のヴァルキリーが呪われた亡者の群れと戦う、絵画で讃えられるようなものだろう。
だが、この亡者の群れを作り出したのは彼女自身だ。

やはりルチアを数で押し切ることはできない。ごめんなさい。
私は心の中で謝りながらキューブを高速で組み替えます。

亡者の群れが互いに互いの体を組んで巨大化する。
骨で編み上げられた巨人の剛腕がルチアに振り下ろされる。
「大きければいいってもんでもないわよ?」
ルチアはそれを片手で軽々と受け止める。
「リストカットぅ」
ロングソードで巨大骸骨の手首を切り落とす。
制御を失った骨がルチアに降り注ぐ。
「あっはぁぁ」
骨を被りながらルチアが恍惚とした表情を浮かべていた。
「この、化け物」

”カースデッドストリーム”
私は先ほどキューブを組み替える際に同時に組み込んでいた魔法を発動させた。
黒の濁流をルチア目掛けて叩き込む。一方で濁流は亡者たちに活力を与えて、さらにルチアに追いすがる。

亡者たちでルチアの姿が見えなくなった時。
バヂィッ!
激しい光で濁流も亡者たちも弾き飛ばされた。

「なぁに、魔法なんて使ってんのよ。あの方が作り上げた法則を勝手に書き換えるんじゃないっ!」
怒鳴りながらルチアが宙に飛び上がる。日の光を背に受けて輝く彼女は本当に美しい。

”御身の恩寵は遍く全てに与えられ、遍く全てを照らし出す”

ルチアの詠唱が響く。
「いけないっ!」
私は高速でキューブを組み替えて、ルチアの周囲の空間を操作します。
ルチアにかかる重力を倍加させる。ルチアに集まる魔力を遮断する。展開される術式を阻害する。

「無駄ァっ!」

”ホーリー・レイ”
ルチアの手のひらから無数の閃光が放たれる。
亡者たちを焼き滅ぼす神聖な光。無慈悲なそれが降り注がれる。

私は骸が重なって盾となってくれたことで助かりました。
まだまだこちらの戦力は大勢いるが、ルチアに傷を負わせることが出来るのだろうか。

「お姫様は守られてばっかりで、羨ましいわぁ」
クスクスと心底楽しそうに彼女が笑う。
「でも、魔法なんて邪道なものまた使ったりしたら、ホントに首、はねちゃうわよ?。自分を書き換えるのは自由だけど、あの方が作った法則を書き換えるだなんて許せない。あなたは知ってたでしょ。私の性格も。ちょっと調子に乗っちゃった?」
「ええ、知っています。でも、これは聞いたことはありませんよね。あなたにとって主神、最初の主神とは何なのです?」
私はなんとか攻略の糸口を見つけようと彼女に問いを投げかけます。
キューブ・アトモスフィアにはまだまだ他の手もありますが、ただ使うだけでは彼女を倒せそうにはありません。
「あれ?。それも知ってなかったっけ。大事で唯一の絶対の存在。あの方が生きていれば魔物なんかに押されるなんてことはあり得ない」
ルチアがキョトンとした表情を浮かべる。小首を傾げる姿は艶めかしくもある。
「それは知っています。私が聞きたいのはあなた個人が抱いている思いです。そこまで固執するなんて、ただあるべき姿に、という思いだけではないように思います」
まるで思慕が憎悪に変わったかのような。彼女に対して言いたくはありませんが、ヤンデレみたいな。
「んぅ?。あなたまさか、私のことを恋する乙女みたいに見ちゃってなぁい?」

ぷっ、あっははははは!!
ルチアは堪らないとばかりに笑い出す。人を馬鹿にした笑いや嗜虐的な笑いでもなく、楽しそうな笑いでもない。
楽しかったことを思い出したような笑い方だった。

「ばっ、馬鹿らしい。あははははは。私があの方に恋?。そんなことあるわけがないでしょ。絶対者であるあの方に対して、作られただけの私が恋?。そんな馬鹿げていておこがましい事あるはずないでしょう」
ルチアは堪らないとばかりに、狂ったように笑い続ける。
ルチアは否定していますが、彼女の言動から私は自分の疑惑が正しかったのではないかと思えてしまいます。
「ルチア、あなたはやはり」
「あなたたちの尺度で測らないでもらえるかしら、とっても不愉快」
ルチアの手から再び閃光が放たれて亡者の一角を焼き飛ばします。

骨が焼けるすえた匂いが漂ってきます。
「まあ、確かに。あなたたち風に言えば私は恋をしていたのかもしれない。あの方を愛していたのかもしれない。だからこそあの方がいなくなった世界が憎い、憎くて愛しくて無茶苦茶にしてやりたくなる。そう考えれば辻褄は合うわねぇ」
ルチアが妖艶な笑みを浮かべます。
「でもね、ヴィヴィアン。私は何より今が一番楽しいの。誰かの苦しむ顔が、恨みの篭った眼差しが心地いいの。それこそ絶頂を覚えるくらいに。もちろん当初の目的は忘れていないわ。あの方が第一。でも、その間にナニをして快感を覚えるのは自由じゃない。快楽に敏感なあなたたち魔物娘ならば分かるでしょう」
「そんなことは分かるはずもないし、分かりたくもありません。あなたは本当に救えないのですね」
「あら、私を救うつもりでいたの?。ありがとう。その優しい心に、かんぱーい♪」
グラスを合わせる演技をする。その様を亡者たちの虚ろな眼窩も見つめている。

「それとメメント・モリ、だっけこれ。死を忘れるな、って何を今更って感じ。今だって耳をすませば聞こえてくるわ。こっちに来いって言って呻く。私が殺した同胞たちの呼び声」
「同胞。まさか、あなたはヴァルキリーたちも殺したと言うのですか!?」
「ええ、そうよ。それが私の”ロストヴァージン”。あの方が主神の代替わりを宣言して御隠れになった後。あの方の側近だった私に、新しい主神が自分の女になれって言ってきたの。私がそれを拒絶したら、今度は私が天界の住人たちに拒絶された。だから、最初の主神を信奉していた者たちを率いて反乱を起こしたの。天界の3分の2は私についてくれたんじゃないかしら。とは言っても、ちゃあんと前の主神から権限を移譲されていた、それなりに正しい主神の力は絶大で私たちは負けちゃった。私も殺されたはずだったんだけど、気がついたらこの体になってた。だから、私はもともとヴァルキリーではなかったし”明けの明星”なんて呼ばれていたのよ。残念ながら、力は大分落ちちゃったんだけど」
ルチアが残念そうに付け加える。
「そんな」
それが本当であるならば私程度では勝つことなどは出来ず、それこそお父様かお母様を呼ばなければ太刀打ちできないのではないでしょうか。

「あははっ。やっと悲しそうな顔をしてくれたわね。あなたはそっちの顔の方がお似合いよ」
ルチアが嫌らしく舌舐めずりをする。

ルチアが艶めかしくも自身の体のラインをなぞりながら告げる。
「あなたがいくら悲しくて可哀想な魂を集めようとも私に届くことはない。なぜなら、この身はすでに怨嗟と悲哀と憎悪によって鋳造されている。この翼は羽毛の一本一本に至るまで血と嘆きに浸って吸いあげた。私の立つ場所ははとうの昔から神々をも含めた骸と亡者の頂。たかだか数千、数万の人や魔物の魂や嘆きを集めたところで足りるわけがない。あなたはこれから何を積み上げれば私に届くのでしょうねぇ」

ルチアの耳障りな哄笑が響き渡る。

勝てない。そんな考えが私の頭の中によぎる。
でも、膝を降りそうになった私の心に燃え続けるのは一つの炎。

ブレイブ。
私はあの子を見つけた。
今はまだ膝を折るわけにはいかない。私はすんでのところで踏みとどまります。
「必要なものはなんでも積み上げましょう。でも、それは嘆きや絶望ではない。希望と愛を積み上げます。その切っ先は必ずあなたに届く」

「ふーん。まだ折れないんだ。そんな不確かなものに縋り付くなんて虚しいと思わないの?」
あ、とルチアが何かを思いついた顔をします。
「あの子か。あの小ちゃい勇者様。あんなのに何か期待してるの?。自分で考えてて頭オメデタイと思わないのかしら」
ルチアがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべます。
「いいわ。あの子を先に殺してあげる。そうすればあなたの心もポッキリと折れてくれるでしょう。いたぶってから殺そうと思ってたけど、スパッと花を摘み取るように無慈悲に他愛なく殺してあげた方が、希望の消え方としてはふさわしいかもしれないわね」
ルチアが嗜虐的な笑みを深めていく。三日月に歪んだ瞼の奥の瞳が不気味に揺らめいています。

「そんなことさせるわけがありません」
私はキューブに全魔力を注ぎ込みます。効くか効かないかではなく、もう何が何でもこの攻撃は届かせなければなりません。
「だからぁ。無駄なことはするだけホント無駄なのよ!」
ルチアがロングソードを振りかぶって降りてきます。

ありったけの魔力を注ぎ込まれたキューブが唸りを上げながらひとりでに組み変わっていく。
組み替えられるごとに、亡者たちの体が溶けて混ざり合い一つの塊となっていく。
「何しても無駄だってぇ!」
ルチアが突っ込んでくる。

間に合え。そして、通れ。
魂の塊は巨大なエネルギーとなって放たれる。

”冥王の抱擁(プルート・ハグ)”

巨大なエネルギーがルチアを包み込んで収束する。
空間ごと飲み込んで巨大なエネルギーが炸裂する。

結果として、それはルチアに届いた。
だが、届いただけだけに過ぎなかった。

「やるじゃない。私の肌を焼くだなんて。いつぶりかしら。痛みを感じるなんてもう忘れちゃったかと思ってた。で、次はどうするの。見たところもうすっからかんじゃない」
ルチアが至近距離に近づいてきます。
「ねぇ」
私の腹を蹴り上げました。
「ぐぅぅっ」
あまりの痛みに私は悶絶してしまいます。
「これでいつも通りになったわねぇ。でも、安心して。あなたは殺さない。もっともっともぉ〜〜〜っと私を楽しめてもらわなくちゃいけないのだから」
そのままルチアは私を掴んで飛び上がりました。
「さぁ、一緒にいきましょう?。愛しい愛しい彼に、お別れを告げに」

私はルチアに吊り下げられながらそのまま運ばれていきました。





「そのまま大人しくしていてください」
ヴェルメリオが作り出した炎の檻に角のある王は捕らわれ、さらに炎の鎖で縛り付けられていた。

自分の戦いを終わらせたヴェルメリオは次の戦いの助成に向かおうと空を見上げた。
ヴェルエリオの目はルチアに吊り下げられているヴィヴィアンの姿が見えた。
ヴェルメリオは怒りで猛然とした速度で空に飛び上がる。

「ヴィヴィアンっ!」
ヴェルメリオがルチアの前に立ちはだかる。
「ごめんなさい、ヴェルメリオ。私、彼女に勝てませんでした」
ヴィヴィアンの目から涙が溢れて彼女はしゃくりあげる。
「いいわぁ。その顔。永久保存したいくらい」
「ルチア。その手を放せ」
「あら、あなた王様を捕まえたのね。やるじゃない」
ヴェルメリオの勢いを気にも止めず、捕らえられた角ある王を視界に収めて感心した声をあげる。
「王様にひどいことするわね。でも、私もお姫様捕まえたからおあいこかなー」
掴んだヴィヴィアンを振り回す。

「貴様ぁ」
ヴェルエリオの瞳が怒りで燃え上がる。
「いいわよ。こんな荷物はあなたが運んでちょうだい」
ルチアがヴィヴィアンをヴェルメリオに向かって投げつける。

「なっ!」
ヴェルメリオは人型に戻って、ヴィヴィアンを受け止めるとお姫様抱っこで抱き上げる。
ヴィヴィアンの後をルチアのホーリー・レイが追いかけてきていた。

「はあっ!」
裂帛の気合いとともに細く収束させたブレスをヴェルメリオが放つ。
白と赤の閃光がぶつかり合って弾け飛ぶ。
その様は空に亀裂が走ったようだった。

「やっるぅ。しょーじき、大して期待してなかったのだけど。これならちょっとは期待してもいいのかな」
ルチアが不敵に微笑む。
「期待?。これから叩きのめされることをですか。いい趣味をしていますね」
「あっははは。私、あなたたたちのパーティで一番あなたと気が合いそうねぇ」
「それは全然嬉しくない評価です」
ルチアと言葉を交わしながら、ヴェルメリオは自然な動作でヴィヴィアンの涙を拭う。
ヴィヴィアンは悔しさよりもなんだかモヤモヤとした。
「もっと嬉しがってよう。せっかく出会えたのだから」
ルチアにとろけるような表情が浮かぶ。

「ヴィヴィアン。すいません」
「え、何を?」

”炎の揺籠”

ヴェルメリオが回復と防御の効果を持つ炎をヴィヴィアンに吹きかける。
イケメンが美女の首筋に息を吹きかけるというなんとも言えない絵面であり、ヴェルメリオの睫毛を数えられるほどに顔を近づけられたヴィヴィアンはドギマギしてしまう。こうして何人もの女の子を落としたのですね。今いる場所も忘れてそんなことを考えながらヴィヴィアンはポーっとしてしまう。

守りと癒しの炎を身にまとったそんなヴィヴィアンをヴェルメリオは地上に向かって投げた。
「ちょっと、何するのー!」

ぎゃああああああああああーーーーーーーっ!、バカー!、酔っ払い、イケメン、メストカゲー!
罵詈雑言を上げながら、地上に落ちていくヴィヴィアンの声が小さく遠くなっていく。

「あの様子なら大丈夫でしょう」
ヴェルメリオはいつもの様子を取り戻したヴィヴィアンからルチアに目を向ける。
「すっごい。これって天然ジゴロとか言うのかしら。私も気をつけなきゃ、視線だけで妊娠させられるー」
「何を言っているのか意味はわかりませんが、そんな風にふざける為にここにいるわけではないのでしょう」
「いいえ、私はいつだって大真面目よ。いいわ、私とデートしよっか。刃と刃をこすり合わせて、私を愉しませて」
「言われるまでもありません。楽しさを通り過ぎて、泣かせてあげましょう」
「うふふ。楽しみ」

ルチアは白銀のロングソードをヴェルメリオは真紅の槍を構える。
青い空の中で白銀の閃光と真紅の炎が衝突する。
16/06/13 20:59更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
対ルチア 第二ラウンド開始…。

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