連載小説
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13.キリングフィールド
「はああっ!」
カーラの剛剣がザキルに向かって振り下ろされた。剣圧だけでも恐怖せずにいられないそれをザキルはまるで涼風のように避ける。
袈裟、横薙ぎ、切り上げ、突き。様々な角度から真っ直ぐに放たれるカーラの剣はいくら真っ直ぐといえども圧倒的な速度と力を持つ。防御の上から叩き斬り、避けても衝撃が追いかけてくるような代物だ。
それなのに、ザキルは避ける、避ける、避ける。

「はっは。まるで嵐のようだ」
余裕の笑みを浮かべながら、彼は飛びすさってカーラから距離を置いた。

妙だ。
カーラは10合に満たない攻防から、既にザキルの動きに対する違和感を読み取っていた。
こいつは強いだけでななく、何かがおかしい。

「それでは、今度はこちらから行きましょう。あっさりと死んでしまわないでくださいね」
楽しみましょう、と神父はカソックの下から鞭を取り出してカーラに振るった。
先端の速度は音速を超える鞭の連撃をカーラは音で予測して弾く。
そう。カーラの剛剣をもってしても、ザキルの鞭を切断することはできず、弾くのみにとどまっている。

金属の糸を編んだ鞭?。違う。この手応えはもっと別のものだ。
だが、そんなことはどうでもいい。切れないのならば、と踏み込んで本体に攻撃する。
カーラは強く地面を蹴り、鞭の軌道をすり抜けながらザキルに肉薄しようとした。

「迂闊に飛び込んでは危ないですよ」
ザキルの鞭を持っていない左手にはいつの間にか槍が握られており、カーラの心臓めがけて打ち出された。

「何っ?!」
カーラは咄嗟に体を仰け反らせてその槍を避ける。カーラの胸部の鎧を掠めて槍が飛んで行く。
槍にかけていた突進力をそのまま維持したまま、突き出した手を基点にして体を縦回転させてザキルはかかと落としを放った。
あびせ蹴り。
「ぐふっ」
カーラの鳩尾にザキルのかかとがめり込み、口から血が吹き出す。カーラの背が地面に着く前に逆の足で踏みつけの連撃が迫る。

「おおぉっ!」
気合を吐きながら、次の踏みつけは小手で防ぎ右手の剣でザキルの首を狙う。
カーラに体重を預けていたザキルは避けられず、左腕を立てて防御する。

金属音が響いてザキルはカーラの大剣を受けた。しかし、空中という踏ん張りようがない場所ではカーラの剛力を耐えきることはできない。斬撃の勢いそのままに吹き飛ばされていった。
ザキルが激突した衝撃で家屋は崩れ、砂煙が巻き上がる。

今の手応えでは対した傷は与えられていないだろう。だが、今の感触。鞭を叩いた時と同じ感触ではなかったか。
「お前、一体何をしている?」
カーラは砂煙りの向こうに尋ねる。
「そんなこと教えるはずがないでしょう」
砂煙りの向こうから返ってくる声は相変わらず涼やかだ。現れたザキルは無傷。さらにカソックにも傷ひとつない。

ただの力押しではこいつを倒すことはできない。
カーラは考え、戦略を練る。

そんなカーラを嘲笑うように、ザキルは次の武器を取り出す。どこにそんな武器を隠していたのか。
魔法を使っている様子はない。ましてやルチアが魔法を嫌っているというのならばなおさらだろう。
ぞろりと、ザキルが取り出した武器が展開される。
まるで鋸のような刃が何枚も重ねられた二振りの大剣。

「さあ、ぐずぐずしていると、タネが分かる前に殺されてしまいますよ」
ザキルがその一本を横薙ぎに払う。
備わっていた刃が飛び出してカーラに襲いかかる。
降り注ぐ刃の雨。
一本一本払っていてはキリがない。ザキルの手にはもう一振りの同じ形状の大剣。払っている最中に使われ、さらにザキルに踏み込まれて仕舞えば強烈な一撃をもらってしまいかねない。

カーラは。
”ブラッディシールド”
右手の大剣を一度血に戻し、盾の形状に変化させた。

「ほう」
ザキルが感心したような声を上げる。
刃の雨は盾に弾かれてカーラを傷つけることはなかった。

「初めて試してみたが、うまくいくものだな」
これならば他の形状も試してみる価値はある。私の全身を覆っている鎧も同じモノなのだから。
カーラはそのまま盾をぶん投げる。
円盤型の盾は風を切ってザキルを襲う。金属音を立てながらザキルの持っていた剣と盾がぶつかって、どちらも砕け散った。
「乱暴ですねぇ」
ザキルは再び懐に手を入れる。
「ですが、面白くなってきました」
爬虫類が笑みを浮かべたらこのようになるのだろうか。ザキルの笑みの種類が変わる。懐から取り出した手には先ほどの剣と同じ形状だが、ふた回りも大きい大剣が握られていた。

ザキルは大剣を振るう。
もはや雨ではなく濁流となって刃の群がカーラに襲いかかる。その中にカーラは突っ込む。
両手に大剣。それもザキルの振るった大剣をと同じような形状。
「猿真似ですねぇ」
響くザキルの呆れた声。
「なんとでも言え。これはお前に届くぞ」
カーラの剛力を持って、暴力の嵐が解き放たれる。
ザキルの刃の濁流を血刃の嵐が押し流す。嵐はそのままザキルを吹き飛ばす、ことはできなかった。
ザキルは腰を落として、裂帛の気合いとともに拳を打ち出す。その拳に呼応するかのようにザキルの服から放たれた礫が刃に向かう。

刃と礫はぶつかり合い、何合もの音を重ねながら弾け飛んで行く。
激しい衝突の向こうで、カーラは消えていた。ザキルがそれに気づいて反応するよりも彼女は速い。
ザキルの死角からカーラの刺突が繰り出される。狙うは首。大剣の幅を考えるのならば、今からでは避けようもない。
必殺の剣。

とった。
カーラは避けようのない攻撃に勝ちを見る。

しかし、ザキルは体を流体と化し避けたのだった。
身につけていた服も武器も流体となって動く。
「お前、その体?」
驚くカーラに流体の腕が振るわれる。
骨や肉といった動きを妨げるようなものがない腕が遠心力を十二分に利用して先端に力を集結させる。

「ごおぁぁぁぁっ!」
振るわれた腕がカーラの鎧を砕き肉体に損傷を与える。
激しい衝撃は胸骨を折り、内臓にまで損傷を届かせた。
吹き飛ばされ地に伏すカーラの視界の中で流体が再びザキルの形を取る。
「お、前ぇ。インキュバス。しかもその体、相手はショゴスか」
がはっ。カーラの口に血がこみ上げて噴き出す。
「ご名答。その通りです。便利な体でしょう」
ザキルの顔に得意げな笑みが浮かぶ。

ザキルと戦う中でカーラが感じていた違和感の正体はこれだった。
カーラの振るう剛剣の衝撃波を耐えることもせず、受け流す様子も見せずにものともしなかった。それもそうだ、体が流体ならば受け流す態勢を取らずとも勝手に体がを流れていってくれる。もちろん力を止めないように動く必要はあるが、ザキルの力量をもってすれば容易いことだ。
他にも、通常の人体ならば骨格があって反応できないような場面でも対応されていた。明からさまな場面はなかったものの、カーラには違和感として感じ取っていた。

しかし、今までの謎が解けたことよりもカーラの心は新たな疑念によって占められていた。
「貴様。魔物娘を、妻としたのならば、なぜあんな奴に手を貸しているっ!」
「何故、とは。どういったことでしょうか?」
「どうしたもこうしたも、ない」
よろよろとカーラが立ち上がる。
「魔物娘と交わったのならばわかるはずだ。私は魔物娘になってまだ日も浅いが。インキュバスとなり、体がショゴスのそれになるほどまでに交わったお前ならばわかるだろう。私たちは男女の愛で生きている。お互いの間の愛だけではなく、淫らに蕩けるような全体の幸せを望んでいる。それなのに、貴様はみなの幸せを奪うルチアに組している。それを分かれるはずがないだろうっ!」
カーラはザキルに自らの叫びを叩きつける。
カーラの真っ直ぐな意志を向けられたザキルの顔に初めて笑み以外の表情が浮かんだ。

「くだらない。愛とはそれほどまでに大切なものでしょうか。そんなものがあるから人は苦しむのですよ」
ザキルは忌々しそうに吐き捨てる。
「愛なんて絵空事を信じているあなたに教えてあげましょう。私がこの体になったのはですね。教会の”超人化計画”の一環だったのです。捕らえてきた魔物娘と交わりインキュバスとなって魔物娘の力を受け取る。そうなっても魔物娘を殺すという意志を保って行動する超人たちを作り出す計画です」
「そんな。なんと悍ましい。だが、無駄だ。魔物娘と交わったならば嫌が応にも愛に目覚める。魔物娘を殺そうなんて思いは起こらないだろうさ」
「ええ、そうです。よくわかっていらっしゃる。だから、教会は計画の最終段階として妻となった魔物娘を殺させたのです。無理矢理ね」
「まさか、お前も」
「もちろん殺しましたよ。我が妻であったショゴスを。そうしなければ私が殺されていました。私の身を案じて彼女は私に殺されてくれました。私の腕の中で生き絶える彼女。私の腕の中で冷たくなっていく体温。私は恨みました。教会を主神を。なぜ私たちは魔物娘と敵対しなくてはならないのか。なぜ私を愛してくれた彼女を主神は殺せと諭すのでしょう」
ザキルの告白は大きな身振りを伴って演劇のようにも見える。

「こんなにも苦しむのならば愛なんていらなかった。私は嘆きました。あんまりにも悲しかったので、思わず研究施設を壊滅させてしまいました。こんなにも簡単に壊せるのならば、彼女と手を取って教団を去ればよかったのだと後で思ったのですが、彼女を手にかけるまで私はそれに思い至ることも出来なかった」
洗脳でもされてたのですかねぇ。ザキルの顔にまた穏やかな笑みが張り付いた。
「そんな私の前にルチアは降り立ちました。美しかったですよ。彼女は。崩壊した研究施設の中で佇んでいた私の前に降りてきた彼女。本当に光り輝く救い主のようでした。そこで彼女から教えられたのです。今の主神は正しくない。だから、一緒に正しい主神を復活させよう。魔物との間に愛なんてものが生まれる間違ったこの世界を正そう、と」
思い出しながら、くつくつとザキルは笑う。
「もちろん私は迷いなく彼女の手を取りました。そして、世界から愛なんて余分なものを消し去るために協力しているのです」

「ザキル。それは、本当のお前の願いだったのか?」
「そうですよ。疑問を挟むところなどないでしょう」
ザキルは穏やかな顔でカーラを見る。
「いや、ある。お前は逃げているだけだ。今、自分でも言ったではないか。本当はその相手と生き延びたかったはずだ。愛に生きたかったはずだ。それなのに自分の命惜しさに彼女を殺した。お前は逃げ出したんだ。だから、後ろめたくて、羨ましくて仕方がないんだ。そして、愛を全て消し去ろうとした。お前は弱い」
カーラの言葉にザキルはうろたえもせずに答える。
「そう、かもしれませんねぇ。でも、そんな些細なこと、もう忘れました」
その顔はいっそ朗らかでさえある。
「確かに、私は逃げたかもしれません。確かに、私は弱かったかもしれません。確かに、確かに。くっくっ。でも、私はルチアに出会ったのですよ。彼女に拾われてしまった。今、大事なことはそれだけです。それに」
ザキルは口の端を釣り上げながら告げる。
「大切な人を守れもしないあなたに言われたくはありませんね」

ザキルが右手を握りしめた。
カーラは嫌な予感を感じてとっさにブレイブたちを閉じ込めている部屋を見た。
岩できたその部屋が中にいるブレイブたちを押し潰そうと、縮み始めた。

「貴様っ、止めろ。今すぐに止めるんだ」
「私が素直にそれを聞くとでも?」
ザキルの返答を聞く前にカーラは走り出す。折れた胸骨は再び覆った鎧で固定した。
体の内側から鈍痛が響いてくるが、ブレイブを失う痛みに比べれば無いに等しい。
「おおおっ!」
カーラの剛剣が唸りを上げる。
ザキルは体を流体と化して苦もなく避ける。
「そろそろ大人しくなっていただきましょう。絶望に絶望を重ねて塗りつぶしてやろう」
ザキルの体が武器を形どっていく。今までの武器もその実彼の体から構成されたものだったのだろう。
剣が鞭が鎖が槌が矢が、ありとあらゆる武器が作り出される。千の狂気がカーラに向かって鎌首をもたげた。

「叩き伏せてやる!」
カーラは獰猛に歯を向きながら、ザキルに向かうのだった。





「ぐぅっ。さすがに重い」
ヴェルメリオはドラゴンの巨体で、角ある王の突進を受け止める。
白くのっぺりとした巨腕と紅い鱗に覆われた巨腕が掴み合う。巨大な力のぶつかり合いに地面は耐えられずひび割れて沈む。

「ヴォオオオオオ!」
巨人が角の生えた頭を振るう。
「ああああああっ!」
ヴェルメリオも負けずにドラゴンの角で受け止める。振動だけで周囲の空気が震え家々が軋む。彼女たちの周りはすでにクレーターのような有様となっていた。ひび割れた大地の上、瓦礫の上で巨人と竜が力で押し合う。
両者の力は拮抗してどちらも動かない。いや、ヴェルメリオは動けなかった。
なぜなら、彼女の目には巨人の内部に埋まったケルンが映っていたからだ。
巨人を倒してしまうのであれば、至近距離からドラゴンのブレスを放てばいい。森に属する角ある王に対して炎は絶大な効果を与えるだろう。だが、この巨体を沈めるほどの炎を放ってしまえば、ケルンもただでは済むまい。

厄介ですね。それに私には神殺しの属性はないとはいえ、ケルン以外の体の部分を吹き飛ばしていいものかもわかりません。
ヴェエルメリオは迷う。
それを見て取ったのか巨人の体が光り出す。
ヴェルメリオが反応する前に巨人の体の表面から、地面からも蔦が伸びてヴェルメリオに絡みついてくる。
押しあったままでは、蔦を払うことはできない。
「舐めないでもらいたい」
ヴェルメリオは巨人を蹴り飛ばし、鱗から火花を散らしながら体を回転させて蔦を払う。蔦が引きちぎられて燃える。
「余計なことを考えていて戦える相手ではありませんね。ケルンには申し訳ないが、大人しくしてもらうために少し激しく行かせてもらいます」
”バーンエッジ”
ヴェルメリオが炎をまとわせた爪を振るう。五条の炎爪が巨人の体に刻みつけられる。
「ゴォオオオオオオオオ!」
巨人が咆哮する。地響きを立てながら巨人が倒れこむ。
ヴェルメリオは押さえ込もうと近づくが、巨人の目は激しく輝きより憎悪を深めていくのだった。





「あっちもそっちも、みぃんな楽しそう。あなたもちゃあんと私を楽しませてくれるのよね。ダック・ミーミル。でも、そもそもあなたは頭だけで弱っちいんだから前に出てきちゃダメでしょう」
ルチアが嘲りの瞳で私を見ています。
「確かにそうですね。今までは」
私は手のひらの上に私の武器を取り出して浮かべました。
ルービックキューブのような形状のそれ。
「なぁに、それ?。今まで出したことなかったじゃない」

”キューブ・アトモスフィア”

これが私の武器です。ブレイブと出会って精液をもらって、魔力が跳ね上がってやっと使えるようになった私の武器。
もっとも使った後はまたブレイブに魔力を補給してもらわなくてはいけませんが。そのことを考えるだけで私の下腹部は熱くなってしまいます。
「不愉快な顔ね」
ルチアが私の顔を見てその美貌を歪めました。
私はどんな顔をしていたのでしょうか。ルチアを前にしてこんなことを考えてしまったのも初めてです。ルチアを直接前にして次の日のことを考えるなんて。
私は不思議な高揚感に包まれています。私の口を開けたのは私なのか、それとも今まで託されてきた想いなのか。

「覚悟してくださいルチア。今こそあなたが踏みにじってきた者たちの報いを受ける時です」

「だから口と頭を動かすだけじゃなくて手を動かしなさい。そんなんじゃ私、楽しくないわよ。頭でっかちの体なし(ダック・ミーミル)?」
私はキューブに魔力を注ぎ込んで起動させます。
励起したキューブが動き出します。それこそルービックキューブのように組み代わり、世界を巻き込んで術式を起動させます。
「これは、魔法?、魔術?」
私を中心として幾何学文様の魔法陣が浮かび上がります。魔法陣にはいくつもの円が複雑に組み込まれています。
それはまるで別のところにつながった穴のようでもある。

「ああ。これは魔術ね。いくつもの魔術を重ね合わせて魔法と見まごうほどに変質している。これほどまでの魂を重ねて利用するだなんて、なんて残酷で、なんて思いやり深いのでしょう。褒めてあげるわ、パチパチー」
ルチアがやっと面白くなってきたとばかりに手を叩いてはしゃぎます。
そんな余裕を見せていられるのも今のうちです。文字通り、あなたが踏みにじった命からの逆襲を受けなさい。

私は魔法陣を、みなで作り上げた無念の束を発動させます。
”メメント・モリ”
魔法陣に備わった円から這い出てくる無数の骨、骨、骨。
みなルチアに殺されたものたちです。今まで積み上げられてきた怨嗟と呪詛の声がルチアに向かいます。
でも、私は魔物娘、彼らも望むのは復讐ではない。新しい骸が加わるのを防ぎたい。踏みにじられる命を救いたい。
ルチアはここで倒します。
無数の骸がルチアと対峙します。
それでもルチアは何も変わらないとばかりに、相変わらず嬉しそうな表情を湛えていました。
16/06/13 13:36更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
あれ、巻きで行きたい。巻きで行きたいのに進まないぞ。
バトルが遅々として進まないというジャンプ脳の弊害か!?

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