「氷ツボー、氷ツボはいらんかねー」

氷ツボ？

「おい、行商人の女ァ、そいつは何なんだ」
「へいっ、よぅく聞いてくださいましたぁ。この氷ツボなるもの、伴天連（ばてれん）より伝来したとある術がかけてありまして、この中はいつでもヒンヤリしてるんでさぁ」
「ほう、まるで瓢箪のようなカタチをしているが、そこで飲み物を冷やして運ぶってぇ代物か。だが残念だな、今は冬じゃあないか。夏だったら売れただろうが、今じゃあとてもとても」

町人の平蔵がバカにするように言えば、

「いえいえ旦那ぁ、こいつの使い道はねぇ。ちょいとお耳を拝借、……ごにょごにょ」
「お、おう……」

と言われるがままに耳を貸したものの、近くで見ればこの女行商人、なかなかの美人だ。旅から旅へと遊行（ある）いているらしく、着物はそれなりに擦り切れてはいるが、なかなかどうして、どこかの遊郭から逃げてきたと言ってもおかしくはない。
しかも甘い匂いはするし耳に入ってくる息は湿っぽくってさらに甘い。

しかも彼女の話す内容と来たら……。

「おや旦那、お買い上げいただけるんで？」

彼女は眸（ひとみ）を弧にしてニマと嗤っていた。
その婀娜（あだ）っぽいこと婀娜（あだ）っぽいこと。
彼女の視線はむっくり起き上がった平蔵の股間に向けられていた。

こ、こいつ辻女か……。

この氷ツボをダシに男を引っかける……。

「い、いくらだ……？」

と平蔵が尋ねれば、

「えぇっと、これくらいで……」
「た、高いッ！ だ、だがお前を抱けるなら……」

と自分の懐とイチモツと相談し出す平蔵であるが、

「おやおや、勘違いしてもらっちゃあ困りますよ旦那さん、あっしは氷ツボを売ってるんで。それは商品が違います。それにあっしにはもう愛しい愛しい旦さんがいるんすよぉ」

サンザシのようにポッと頬を赤らめるそのさまはまるで初々しい少女のよう。

平蔵は、

「ヘン」

と鼻じらんだ。

「そんなもんいらねぇよ、それだけの金を払うんだったら本物を買うさ」
「おやおや残念、ですがあっしはしばらくこの界隈にいるんで、もしもお心変わりあればいつでも、ポンポン」

まるで狸の腹づつみのような音を口から出すと、彼女はその場を後にした。


◆

「その氷ツボなるもんはな、一人で魔羅を慰めるための道具なんだってよ、瓢箪みたいな口からいれるとな、こう冷やっこくって、しっかし中はうねうねとしてタマンねぇらしい。ちぃと興味はあったんだがな、値段が値段だ、それなら上等な辻女にかけた方がマシってもんだよ」

平蔵は酒飲み友達の次郎吉におかしな行商人の話をした。変哲もない町の長屋である。

「ま、もしかするとお前だったら買うかもな、ま、女房が出来る前の話だがな。けっ、女子を前にしたら縮こまって挙句の果てにゃあ逃げちまってたお前が……、羨ましいこった」

次郎吉とは昔っからの知り合いだが、こいつはあんな美女とどこで知り合ったのか、と思う女性を妻にしていた。色は白くて美しく、挙句の果てには床上手らしい。酒を飲ませて次郎吉に問い詰めれば、この野郎、犯されてもうやめてくれって女に言うことになるとは思っていなかった
と白状しやがった。
その場は当然次郎吉に奢らせた。

今はその女房はここにはいない。
礼儀もへったくれもない平蔵ではあるが、あんな女房の前で下世話な話をするのは憚られた。しかし彼女と出会う前は、イカとコンニャクはどちらが具合がイイかと平蔵と夜を越えて熱く議論しあった次郎吉がヤり込められてしまうほどの女房だ。話しても問題はなさそうだが、次郎吉はきっと女房が一番イイと言うに決まっている。
以前のようにイカとコンニャクの議論をすればこの野郎はそれを言い出し、平蔵は壁に穴を開けてしまったことがあった。

ああ、こいつは俺の手の届かないところにイっちまったんだなあ、とまるで通夜の席のような気持ちになっていれば、

「あの、な？ 平蔵……、それなんだよ……」

次郎吉は言ったものか言わずにおくものか、迷いながらも絞り出したようであった。

「何がそれなんだよ……意味がわかんねぇ、女房に脳みそまで吸い出されたんかお前」
「何を言いやがるんだ、そんなこと、……」
「なんだよ今の沈黙！」
「いや、そんなことはないないんだが……」

と次郎吉は辺りをキョロキョロと見回して、小さな声で話し出した。

何でも、彼の女房は、

「その氷ツボに精を注ぎまくったら女房になったんだ」

彼の言葉に平蔵はアングリと開いた口が塞がらなかった。

「お、お前、あんな女房がいるのにアヘンとかやってんだったらすぐにやめて……」
「違ぇよ！ ほ、本当の話なんだよ、お前だって聞いたことあるだろ？ ゆきおんなの御伽草子……」

何でも彼の妻はゆきおんなであり、あの行商人の氷ツボに宿っていて、彼の精を受けて彼好みの女としてカタチを持ったのだと言う。

そんなまさかぁ。

と平蔵は信じられなかったが、ゆきおんなの宿った氷ツボに精を注ぎ込み続けてゆきおんなが女房になったとは、なるほど、次郎吉が真っ当に口説いてあの女房をものにしたと言うよりはよっぽど信憑性が高い。
それに辻女を買う度胸のないこいつなら、氷ツボなるものを聞けば、自分のように比べることもなく買うに違いない。

「それで信じるだなんて……俺のことよく知ってるじゃねぇか」
「あたぼうよ！ つーかそんなんだったら信じる信じないを別にしてすぐ言いやがれ！」
「いや、だってそれは……」

と次郎吉が何かを言おうとしたが、もはやいてもたってもいられなくなった平蔵である。
「こうしちゃいられねぇ、あの行商人を探さなくっちゃならねぇ」

昨日の今日ならもういないと言うこともないだろう。

「今度会うときは俺も所帯持ちだぜ。うぉおおお！」

平蔵は引き戸をガラッと開け放ったまま外に走り出ていった。

「やれやれ」

と次郎吉はせっかちな彼に呆れたが、出て行った彼の代わりに立っていた彼女にギョッと目を剥いた。まるで雪山に投げ出されたような様子で唇まで青くなり、ガチガチガチと歯を鳴らした。

「あなた、そのことは決して言ってはいけませんと私、言いましたよね」
「は、はわわわわわわわ……」

あれ、そう言えば、ゆきおんなの話って、誰かに話したら女房が出て行くとか……。だがまあ、あれは女房自身をゆきおんなと知らずに話してって話だったから、次郎吉は大丈夫だろう。あの場には女房はいなかったし。

と女行商人を探して走り回る平蔵であったが、

「約束通り、私が孕むまで寝かせません！」
「ぎゃああああ〜〜〜〜ッ！ そんなことされちまったら死ぬ、死んじまう！」
今までにもうあれだけシていると言うのに、彼女はまだ孕んではいない。彼女が孕むまで、どれだけ子種を打てば良いと言うのか。もしかすると富くじの方がまだ当たる確率は高いのかも知れない。
「大丈夫です。話しましたよね、もうあなたは人間じゃなくなっているって、だから私と交わっていれば飲まず食わずでも、それに寝なくっても……」
「い、いやぁあああ〜〜〜〜ッ！」

ガチンガチン、
と、
次郎吉の家はまるで内側から氷漬けにされてしまったかのように開かなくなり、彼を見かけるには、春を待たなくてはならなかった。


◆

「ちっくしょう、あの行商人、足元見やがって……。何が、」

その様子、氷ツボの価値を知ってしまったようですねぇ。それじゃあこれくらいで……。

「何で三倍になってんだよッ！ おかげで蓄えはゼロだ。だ、だがこれであれだけの嫁が来てくれるのならば……」

安い買い物か。
いや、もしもスッカラカンの男に愛想を尽かして出て行くなどあればもはや目も当てられない。
それに勢いに任せはしたもののの、これが本物だと言う保証もない。

「もしも何もないんだったらふんだくられた分、次郎吉にせびってやる。ついでにあの女房も……、いや、それは流石にないか」

自分の長屋に戻った彼はブツブツ言いながら、さっそくとばかりにいそいそと着物を端折って股間のモノをいきりたたせる。
そして瓢箪型の氷ツボの口に……。

「うっ、うぉっほぉおおおおッ！ ひ、冷やっこいッ！ 冷やっこいしうねうね動くぅうッ！ おぅッ、ぉおおおおおおッ！」

瓢箪みたいなものに包まれた魔羅がビィンとなった。手を使わずに股間から瓢箪がにょっきり生えた姿は、もしも覗かれようならば社会的に死ねることは確実。
だと言うのにあまりの具合の良さに、彼は声を押さえておくことが出来なかった。

肉膚に絡みついてウネつく冷やっこい感触はまさしく女の肉壺。しかもこいつァ極上の名器だ。まるで自分のためだけにしつらえられたかのようにねっちりとハマりこんで締めつけられ絞りあげられ、平蔵は股間から瓢箪を生やしたまま顎を上げて足がビィンとなった。
しかしそいつは手を触れてもいないのに、ザワザワと冷やっこく蠢いて平蔵をこれでもかと責めた。

「い、いかんッ。も、もう我慢出来んン〜〜〜〜ッ！」

平蔵がぶるぶると震えれば、トロトロと瓢箪の角度が下がっていった。
と、

「んぬぉおおおおッ！」

ビィンッ、

と、瓢箪は再び仰角最大まで跳ね上がった。

「ま、待ってくれ、今出したばっかだから、敏感だから、一回ヌいたから一度抜かせておくれぇ……、ぬぅぉああああッ！」

平蔵が訴えようにも相手は瓢箪だ。
瓢箪に魔羅を抜かせてくれと懇願する男の何と間抜けなことか。しかし平蔵は大真面目の切羽詰まりである。
現代で言うならば、ペットボトルにハマってしまったと言うところであろうか。

「あッ、ぅおおおおおぁああッ！」

再びビィンッ、と全身が強張れば、平蔵は瓢箪の仰角とともに自身もヘタリと尻餅をついてしまった。

「す、すげぇや、こいつは凶器だ、じゃ、じゃあ一回抜いて……。んふぉおあぁあッ！」

再び瓢箪仰角最大！

うねうねと冷やっこく絡みつく氷ツボに、平蔵は気持ち良いながら背筋が寒くなってしまった。

「す、吸われる、吸い殺され……るぅううううううッ！ お、あ……」

戦慄を覚えさせられる怒涛の快楽。

「や、いやぁ、もう、許してぇ……」

いいえ、許しません、私を手に入れたのに他の女に、しかも女房に手を出そうだなんてチラッとでも考えるだなんて……、許すまじ。
大丈夫です。私は氷柱女ですから、絞り殺されるなんてありません。大丈夫、私があなた好みの体になって顕現できるまでずぅっと、いいえ、それからもずぅっとずぅっと……。

ビクッ、ビクッと震える男には、瓢箪の気持ちなど伝わらない。

「ああ、ダメ、ダメだ、気持ち良くって、死ぬ、死んじまう……。んぬぉああああッ！」

平蔵の嬌声は春が来るまで止むことはなかったのだと言う。


◆

氷ツボー、氷ツボはいらんかねー。

ゆきおんなと氷柱女、どっちが入ってるか、それともグラキエスか氷の女王か、魔羅を刺すまではわからんよーっ。
あ、四つ、お大尽さんお盛んだねぇ、はいよ、マイド！

狸印の旗を立てた女行商人が、ニンマリと笑う。

■作者メッセージ
いわゆる氷の精霊ガチャ。
氷の女王を当てるまでにいくらかかることか。
狸さんはホクホクです。