12.戦闘開始
「そんなことが可能なのですか!?」
「ええ、彼女たちは実際に可能にしました」
私の説明にヴェルメリオが何度目か分からなくない驚いた顔をしました。
神を降ろすには条件を整えてやればいい。
必要なものは、降ろしたい神にまつわる聖具、その神の寄坐(よりまし)になり得る適合者、そして祭壇。
それらの条件を満たせば満たすほど、その神を現す記号を備えれば備えるほど、神が顕現する確率は高まり任意の神を顕現させやすくなる。
彼女たちはそれを調べに調べて整えた。気の遠くなるほどの過程をただひたすら執念のみでひた走る。
今回、森の王冠を奪ってケルンを攫ったことから、おそらくケルンを適合者としてあの神を顕現させるのでしょう。
ケルンはサテュロスなのでバッカスを顕現させそうですが、バッカスの顕現に必要な”最初のブドウ酒”は去年の私の誕生パーティーで空けてやりました。
ざまあみろです。
それに、バッカスの顕現には森ではなく大地に関連する祭壇が必要です。森の中の町であるバーダンでは条件を満たすには弱いです。
そして、神を殺すにも記号を揃えてやればいい。
例えば神殺しの逸話を持つ槍や弾丸など。神殺しの概念を相手に叩き込む。寄坐に降ろされ肉をもった御身を殺すことで、槍の毒は神域に届く。
もちろんそれを使いこなすだけの適性と力量は必要にはなるが、ルチアもモノスのメンバーもそれは備えている。
神殺しは言うまでもなく、禁忌の一つ。行ったものにはすべからく罰が下される。しかし、彼らにとってはそれは誉であり、なんら枷になるものではなかった。
彼女が持っていたのはミストルティンの枝。
かつて光の神を唯一傷つけ殺したヤドリギで出来た槍のレプリカ。
それは神殺しの性質だけでなく、ご丁寧に”世界が滅びた後”にその光の神が復活するという、彼女たちにとって都合のいい性質まで備えている。
しかも彼女たちはそれを複数保有していた。ルチアが仄めかした話から集めただけではなく作ったということ。レプリカであろうとも神殺しの宝具なんて人間や魔物にも作れない。
それが意味するのは、レプリカを作成するためのオリジナルを保有しているだけでなく。
彼女たちの後ろには、神がいる。
地上だけでなく、天界もドロドロです。
◆
「ブレイブさんが捕らわれているのはあの教会です」
私たちは白衣の案内でブレイブが捕らえられている教会に着きました。
街中にある普通の教会です。こんな場所にルチアが陣取っているなんて。もしもルチアとの戦いが長引けば大変です。
私は部下に命じて、私たちが侵入し次第に付近の住人を避難させるように指示を出しています。
戦いになれば、ルチアは周囲のことなんて考えません。むしろ嬉々として被害を大きくするでしょう。
「それでは手筈通りに」
私たちは頷きあって二手に分かれます。
ブレイブ救出チームは、オブシディアン(忘れられていないでしょうかアンの本名です)、白衣。
対ルチアチームは、私ヴィヴィアン、カーラ、ヴェルメリオ。
ブレイブの位置がわかっている白衣が先導してアンとともにブレイブの元にたどり着いたら、ブレイブにアンを装備させて脱出する。その間、私たちはルチアを足止めする。もしかしたら、ルチア以外にもモノスのメンバーが潜んでいるかもしれません。
ここまでくれば白衣の探査魔法でブレイブの周囲の様子もある程度探れるようで、現在ブレイブの周りに人はいないそうです。
もしかすると、ケルンに何かしているのかもしれません。
それならルチアの元に向かえばケルンもいるはずです。対ルチアチームはそのままケルン救出チームも兼ねています。
もし殺されるとしてもそれは神を呼び出した後で最後になりますが、大丈夫とは言えません。彼女も早く助けださなくてはいけません。
白衣とアンは先行して裏口から入って行きました。
白衣の探査魔法を駆使すれば、相手にバレることなく進むことができるでしょう。自分の体を解いて探査糸にするなんて荒技よくやります。
白衣の体を解いた糸が一本、私たちの元には残されています。
ブレイブの元へたどり着いたもしくは敵に見つかった場合に合図が送られ、糸が反応するようになっています。
合図が来たら、私たちは教会に真正面から突入して相手の注意をこちらに向かわせます。ケルンの救出に向かえば、ルチアはこっちに来ざるを得ません。もしもブレイブの所へ向かうとしても、白衣は自分だけならば絶対にブレイブの元にたどり着けると言っていたので、私たちがたどり着くまでは時間を稼げるはずです。
白衣が絶対というならば、絶対と言える方法があるのでしょう。
私たちは白衣の合図を待ちます。
これはブレイブの元にたどり着いたという合図。
上手くいったようです。
私たちは少しホッとしつつ、教会正面から乗り込もうとしました。
ドゴォォォォン!!
「何?!」
その時、激しい轟音が鳴り響きながら教会正面の壁が崩れ落ちました。
そこから現れたのは角のある王。
かの神が悠々たるその巨躯を現したのでした。
◆
「ブレイブさん!」
白衣とアンはブレイブが捕らわれていた牢にたどり着いた。
ブレイブに目立った外傷はないようで、白衣もアンもホッと胸を撫で下ろした。
「よくご無事で、怪我はありませんね」
それでも心配して白衣は尋ねる。
「はい、大丈夫です。助けに来ていただいてありがとうございます。捕まってしまって、すいません…」
「いえいえ、それには及びません。ブレイブさんが無事ならば全然構わないのです。無事でさえあれば、どこにだって助けに行きます」
アンも頷いている。
「二人とも…」
「さて、それでは脱出しましょうか。まずはアンさんを装備してください」
白衣はそう言いながら、牢の隙間をくぐり抜けてまずブレイブの元に行った。ブレイブに巻き付いたところで、ヴィヴィアンたちに合図を送った。
「ちょっと、白衣さん。くすぐったいです」
次にアンが牢に手をかけてこじ開けようとして、金属の棒に手をかけた時、
「困りますね。このような所にいらっしゃってしまっては」
男の声が牢に響いた。
「えっ!」
ブレイブが驚く中、白衣は警戒し、アンは急いで牢をこじ開けブレイブの元にたどり着いて自身をブレイブに装備させた。
誰のものの気配も現れないまま声だけが響く。
「乱暴ですねぇ。人の体をこじ開けて入ってくるなんて。でも、これであなたたちは文字通り私の腹の中です。最後まで大人しくしていてください」
男の言葉に牢が動き出す。まるで軟体生物のように蠢き形状を変える。アンが先ほどこじ開けた金属の棒の部分は元どおりになって、さらに膨らんで隙間もなく埋まった。その後、牢の前面部がまるで透明になり外が見えるようになったと思うと部屋全体が動き出した。
「さて、あなた方はこちらに来ていただきましょうか。楽しい見世物を特等席でご覧に入れてあげましょう。神殺しなんて、そうそう見られるものではありませんよ」
上機嫌な男の声が部屋に響く。まるで部屋全体から声が発せられているかのようだった。
◆
「鼠が入り込んだようです。しかも、牢に入られるまで気がつきませんでした」
ミストルティンの枝を構えていたザキルが感心したようにルチアに言った。
ザキルの言葉にルチアは素直に驚いた。
「へー、やるじゃない!。あのドラゴンとリビングアーマー以外にも仲間がいたのかしら。あの子達じゃ牢屋に入る前に気づかれたでしょう」
「ほう。あちらには一反木綿とリビングアーマーがいるようですよ」
「ああ、ぺらっぺらなんだ。じゃ、しょーがないかー。でも、もちろん捕らえたのよね」
「はい。こちらに向かっていただいている最中です」
「オッケー。じゃあ、そっちは大人しく見物していてもらうとして」
ルチアは舌舐めずりをしながら、愉しそうに笑う。
「もっちろん、来てるのよねヴィヴィアン。来てないはずがない。あなたはいつもいつも自分が傷つくって、私に勝てないって分かっているのに来てくれる。嬉しいわぁ。そういうところ大好き。望み通り、甚振ってあ・げ・る♡」
「ですが、今回は仲間にドラゴンもいたのでしょう。少しはやるのではないのですか?」
「なんだっけ。前に器と使おうとしてたヴェ、なんとかだっけ。大袈裟な二つ名がついてた」
「深紅の天災ヴェルメリオ」
「そうそう、それ。たかが千年ぽっち生きて、人間や魔物程度が勝てないからってご大層な名前つけちゃって。確かにちょっとはやるのかもしれないけど、私とは年季が違うわー」
「頼もしいことですね。それなら私が手を出す必要はありませんか」
「そうね。手を出した方が楽しそうだったらいいけど」
ルチアはそこで言葉を切り、何かを思いついたようだった。
「面白いことといえば、王様に民を襲ってもらったら面白くなるんじゃない?」
「くっく。確かにそれは楽しそうだ」
ザキルの言葉を聞き終える前に、ルチアは角のある王の鎖を解き放つ。与えた怨嗟と苦痛はそのままに。解き放たれた王はもがき、地下聖堂の天井を壊して地上に出る。
そして、轟音をたてながら、教会から空の下にその姿を現したのだった。
◆
「何ですか、あの巨人は」
「あれは、デカイな」
ヴェルメリオもカーラも、もちろん私も現れた巨人に驚きを隠せません。
身の丈は6メートルはあるでしょうか。広がった頭の角だけでも2メートルはあります。
それでも、体の表面に刻まれた紋様は痛ましく、目には憤怒と悲哀があふれていました。
「苦しんでる」
その姿を見て私は悲しみと怒りがこみ上げてきます。
「ルチア」
許せません。私は思わず歯を噛みしめてしまいます。
「はぁい♡。呼んだー?、ハロハロ、おっひさー。ヴィヴィアン。あなたと相思相愛のルチアよー」
人を馬鹿にしながらルチアが現れました。金に輝く髪に光り輝くような美貌、しかしその目は血に染まった深紅。輝くばかりの麗しの唇からは下衆な言葉が溢れだします。
「ねぇねぇ。気に入ってくれたかしら?。この角とか体の模様、私が考えて飾り付けたの。可愛いでしょー。ここのところなんて苦労したのよ」
王の脇腹あたりの模様を指差しながら、ケラケラと笑っています。
「ブレイブは何処だ!」
カーラがルチアに怒鳴ります。
「なぁに。人がせっかく気持ちよく自慢してたのに。あなた空気読めないって言われなーい?」
「よく言われる」
「うっわぁ。面倒くさい、真正だ」
ルチアが鬱陶しそうに言います。
「いいわ。あなたみたいなのをほっとく方がめんどーだから、先に会わしたげる。優しいルチアさんに感謝しなさい?」
ザキル、とルチアが声をかけると。
「わかりました」
以前、街でブレイブとぶつかった神父が現れました。
「またお会いできて光栄ですよ。美しい方」
ザキルが手を振ると地面から四角の岩の塊が現れました。前面が透明になっています。
中にはアンを装備したブレイブにさらに白衣がまるでマントのように巻き付いていました。
「「ブレイブ!」」
私たちにブレイブは無事だとばかりに手を振ってくれます。今のところ大丈夫そうですが、あの部屋は普通の部屋ではなさそうです。アンや白衣がいるのに出られないなんて。早く助けないといけなさそうです。
「ルチアと言ったな。すぐにブレイブを出せ」
「さーんねーん!。その部屋を作ってるのは私じゃないのよう。そこにいるザキルっていう神父がその部屋を作ってるの。私と違って彼は陰険だから、お願いしてもだしてもらえないかもー」
「いえいえ。ちゃんとお願いしていただければ、もちろん出しますよ。生きてかどうかは保証しかねますが」
くつくつと神父は笑いました。
「ほーら、陰険でしょー」
リリムの私、ドラゴンのヴェルメリオ、元勇者のカースドソードであるカーラ。私たちを目の前にしながら、二人は余裕を崩しません。
「そうか。ならば、お前を倒せばあの部屋は開くのか?」
「さあ、どうでしょう。試してみてはいかがでしょうか。あなた程度ではできないと思いますが」
「ふっ、舐められたものだ。では、体に直接教え込んでやろう!」
「どうぞご随意に」
あくまで楽しそうに、微笑みを浮かべながら神父は答えました。
カーラの手にはすでに剣が展開され、体も全て覆われたフルアーマー状態です。その上、普通の人なら倒れてしまうほどの覇気を漲らせています。
それなのに、この神父の余裕はどこから来るのでしょうか。
「カーラ、気をつけてください」
ヴェルメリオの声に軽く手を振って、カーラはザキルの方へ向かいました。
「ああ、よかった。あんな面倒な子がこっちにいると、あんまり面倒臭くてすぐに殺しちゃいそうだったから、餌をあげてザキルが受け持ってくれたから助かるわー」
「それは私たちに三人を相手取っては分が悪いということでしょうか」
「言うじゃない。バンビーナ。そーゆうの、嫌いじゃないわぁ。そういうやつが結局殺される時って、良い顔するもの」
挑発に挑発で返します。
「でも、あなたは王様と遊んでて。私はヴィヴィアンで遊ぶから」
ルチアが嗜虐的な光を浮かべて私を見ます。
「角ある王があなたの言葉に従うとは思えませんが」
「そうね。私の言葉には従わないでしょう。憎くって、恨めしい私の言葉には。でもね、そんなに憎くて恨めしかったらさぞ暴れたいことでしょう?」
「まさか」
「そう。そのまさか。王様が暴れたら民が傷つく。だから、あなたは止めなくちゃいけない。ちゃあんとお勉強してみんなを避難させたようだけど、この巨体だもの。すぐに追いついて、みっな殺し」
「卑劣な」
ヴェルメリオが憤ります。
「それじゃあ、いっけー!」
ルチアの言葉に王が走り出します。
「くっ!」
ヴェルメリオが追いかけ、ドラゴンの姿で押しとどめます。その衝撃で大地は揺れ、近くの家々は吹き飛びます。
「わーお。怪獣大決戦。おっもしろーい!。おいトカゲ、火吹け火。だ・け・ど、助けるべきお姫様は今から弄ばれちゃうのでした」
ルチアが私の前に降りたちます。女の私でも惚れ惚れしてしまうほどの美貌です。でも、中はドロドロのぐちゃぐちゃで腹黒なんて言葉では全く足りていません。
「じゃあ、あっそぼうか」
「今までの私とは思わないことですよ」
彼女を前にして震えだしそうになる体を必死で抑えます。
そうです。私は今までの私とは違います。ブレイブに出会った。あの子の中に勇者の光を見た。
そのブレイブから精液、もといたっぷりの魔力を注いでもらったおかげで、私は今までになく力があふれています。
魔物娘は愛によって強くなって、愛のために強くなるのです。
世界のためなんて、ましてや神々のためなんて言いません。
ブレイブのために、ブレイブを助け出すために私は戦って、ルチアに勝ちます。
「行きます。私はあなたを止めて見せます」
「そんなこと言えるようになったんだ。いいわ、やってみなさいよ。淫売」
そうして、三者三様の戦いが幕を開けたのでした。
「ええ、彼女たちは実際に可能にしました」
私の説明にヴェルメリオが何度目か分からなくない驚いた顔をしました。
神を降ろすには条件を整えてやればいい。
必要なものは、降ろしたい神にまつわる聖具、その神の寄坐(よりまし)になり得る適合者、そして祭壇。
それらの条件を満たせば満たすほど、その神を現す記号を備えれば備えるほど、神が顕現する確率は高まり任意の神を顕現させやすくなる。
彼女たちはそれを調べに調べて整えた。気の遠くなるほどの過程をただひたすら執念のみでひた走る。
今回、森の王冠を奪ってケルンを攫ったことから、おそらくケルンを適合者としてあの神を顕現させるのでしょう。
ケルンはサテュロスなのでバッカスを顕現させそうですが、バッカスの顕現に必要な”最初のブドウ酒”は去年の私の誕生パーティーで空けてやりました。
ざまあみろです。
それに、バッカスの顕現には森ではなく大地に関連する祭壇が必要です。森の中の町であるバーダンでは条件を満たすには弱いです。
そして、神を殺すにも記号を揃えてやればいい。
例えば神殺しの逸話を持つ槍や弾丸など。神殺しの概念を相手に叩き込む。寄坐に降ろされ肉をもった御身を殺すことで、槍の毒は神域に届く。
もちろんそれを使いこなすだけの適性と力量は必要にはなるが、ルチアもモノスのメンバーもそれは備えている。
神殺しは言うまでもなく、禁忌の一つ。行ったものにはすべからく罰が下される。しかし、彼らにとってはそれは誉であり、なんら枷になるものではなかった。
彼女が持っていたのはミストルティンの枝。
かつて光の神を唯一傷つけ殺したヤドリギで出来た槍のレプリカ。
それは神殺しの性質だけでなく、ご丁寧に”世界が滅びた後”にその光の神が復活するという、彼女たちにとって都合のいい性質まで備えている。
しかも彼女たちはそれを複数保有していた。ルチアが仄めかした話から集めただけではなく作ったということ。レプリカであろうとも神殺しの宝具なんて人間や魔物にも作れない。
それが意味するのは、レプリカを作成するためのオリジナルを保有しているだけでなく。
彼女たちの後ろには、神がいる。
地上だけでなく、天界もドロドロです。
◆
「ブレイブさんが捕らわれているのはあの教会です」
私たちは白衣の案内でブレイブが捕らえられている教会に着きました。
街中にある普通の教会です。こんな場所にルチアが陣取っているなんて。もしもルチアとの戦いが長引けば大変です。
私は部下に命じて、私たちが侵入し次第に付近の住人を避難させるように指示を出しています。
戦いになれば、ルチアは周囲のことなんて考えません。むしろ嬉々として被害を大きくするでしょう。
「それでは手筈通りに」
私たちは頷きあって二手に分かれます。
ブレイブ救出チームは、オブシディアン(忘れられていないでしょうかアンの本名です)、白衣。
対ルチアチームは、私ヴィヴィアン、カーラ、ヴェルメリオ。
ブレイブの位置がわかっている白衣が先導してアンとともにブレイブの元にたどり着いたら、ブレイブにアンを装備させて脱出する。その間、私たちはルチアを足止めする。もしかしたら、ルチア以外にもモノスのメンバーが潜んでいるかもしれません。
ここまでくれば白衣の探査魔法でブレイブの周囲の様子もある程度探れるようで、現在ブレイブの周りに人はいないそうです。
もしかすると、ケルンに何かしているのかもしれません。
それならルチアの元に向かえばケルンもいるはずです。対ルチアチームはそのままケルン救出チームも兼ねています。
もし殺されるとしてもそれは神を呼び出した後で最後になりますが、大丈夫とは言えません。彼女も早く助けださなくてはいけません。
白衣とアンは先行して裏口から入って行きました。
白衣の探査魔法を駆使すれば、相手にバレることなく進むことができるでしょう。自分の体を解いて探査糸にするなんて荒技よくやります。
白衣の体を解いた糸が一本、私たちの元には残されています。
ブレイブの元へたどり着いたもしくは敵に見つかった場合に合図が送られ、糸が反応するようになっています。
合図が来たら、私たちは教会に真正面から突入して相手の注意をこちらに向かわせます。ケルンの救出に向かえば、ルチアはこっちに来ざるを得ません。もしもブレイブの所へ向かうとしても、白衣は自分だけならば絶対にブレイブの元にたどり着けると言っていたので、私たちがたどり着くまでは時間を稼げるはずです。
白衣が絶対というならば、絶対と言える方法があるのでしょう。
私たちは白衣の合図を待ちます。
これはブレイブの元にたどり着いたという合図。
上手くいったようです。
私たちは少しホッとしつつ、教会正面から乗り込もうとしました。
ドゴォォォォン!!
「何?!」
その時、激しい轟音が鳴り響きながら教会正面の壁が崩れ落ちました。
そこから現れたのは角のある王。
かの神が悠々たるその巨躯を現したのでした。
◆
「ブレイブさん!」
白衣とアンはブレイブが捕らわれていた牢にたどり着いた。
ブレイブに目立った外傷はないようで、白衣もアンもホッと胸を撫で下ろした。
「よくご無事で、怪我はありませんね」
それでも心配して白衣は尋ねる。
「はい、大丈夫です。助けに来ていただいてありがとうございます。捕まってしまって、すいません…」
「いえいえ、それには及びません。ブレイブさんが無事ならば全然構わないのです。無事でさえあれば、どこにだって助けに行きます」
アンも頷いている。
「二人とも…」
「さて、それでは脱出しましょうか。まずはアンさんを装備してください」
白衣はそう言いながら、牢の隙間をくぐり抜けてまずブレイブの元に行った。ブレイブに巻き付いたところで、ヴィヴィアンたちに合図を送った。
「ちょっと、白衣さん。くすぐったいです」
次にアンが牢に手をかけてこじ開けようとして、金属の棒に手をかけた時、
「困りますね。このような所にいらっしゃってしまっては」
男の声が牢に響いた。
「えっ!」
ブレイブが驚く中、白衣は警戒し、アンは急いで牢をこじ開けブレイブの元にたどり着いて自身をブレイブに装備させた。
誰のものの気配も現れないまま声だけが響く。
「乱暴ですねぇ。人の体をこじ開けて入ってくるなんて。でも、これであなたたちは文字通り私の腹の中です。最後まで大人しくしていてください」
男の言葉に牢が動き出す。まるで軟体生物のように蠢き形状を変える。アンが先ほどこじ開けた金属の棒の部分は元どおりになって、さらに膨らんで隙間もなく埋まった。その後、牢の前面部がまるで透明になり外が見えるようになったと思うと部屋全体が動き出した。
「さて、あなた方はこちらに来ていただきましょうか。楽しい見世物を特等席でご覧に入れてあげましょう。神殺しなんて、そうそう見られるものではありませんよ」
上機嫌な男の声が部屋に響く。まるで部屋全体から声が発せられているかのようだった。
◆
「鼠が入り込んだようです。しかも、牢に入られるまで気がつきませんでした」
ミストルティンの枝を構えていたザキルが感心したようにルチアに言った。
ザキルの言葉にルチアは素直に驚いた。
「へー、やるじゃない!。あのドラゴンとリビングアーマー以外にも仲間がいたのかしら。あの子達じゃ牢屋に入る前に気づかれたでしょう」
「ほう。あちらには一反木綿とリビングアーマーがいるようですよ」
「ああ、ぺらっぺらなんだ。じゃ、しょーがないかー。でも、もちろん捕らえたのよね」
「はい。こちらに向かっていただいている最中です」
「オッケー。じゃあ、そっちは大人しく見物していてもらうとして」
ルチアは舌舐めずりをしながら、愉しそうに笑う。
「もっちろん、来てるのよねヴィヴィアン。来てないはずがない。あなたはいつもいつも自分が傷つくって、私に勝てないって分かっているのに来てくれる。嬉しいわぁ。そういうところ大好き。望み通り、甚振ってあ・げ・る♡」
「ですが、今回は仲間にドラゴンもいたのでしょう。少しはやるのではないのですか?」
「なんだっけ。前に器と使おうとしてたヴェ、なんとかだっけ。大袈裟な二つ名がついてた」
「深紅の天災ヴェルメリオ」
「そうそう、それ。たかが千年ぽっち生きて、人間や魔物程度が勝てないからってご大層な名前つけちゃって。確かにちょっとはやるのかもしれないけど、私とは年季が違うわー」
「頼もしいことですね。それなら私が手を出す必要はありませんか」
「そうね。手を出した方が楽しそうだったらいいけど」
ルチアはそこで言葉を切り、何かを思いついたようだった。
「面白いことといえば、王様に民を襲ってもらったら面白くなるんじゃない?」
「くっく。確かにそれは楽しそうだ」
ザキルの言葉を聞き終える前に、ルチアは角のある王の鎖を解き放つ。与えた怨嗟と苦痛はそのままに。解き放たれた王はもがき、地下聖堂の天井を壊して地上に出る。
そして、轟音をたてながら、教会から空の下にその姿を現したのだった。
◆
「何ですか、あの巨人は」
「あれは、デカイな」
ヴェルメリオもカーラも、もちろん私も現れた巨人に驚きを隠せません。
身の丈は6メートルはあるでしょうか。広がった頭の角だけでも2メートルはあります。
それでも、体の表面に刻まれた紋様は痛ましく、目には憤怒と悲哀があふれていました。
「苦しんでる」
その姿を見て私は悲しみと怒りがこみ上げてきます。
「ルチア」
許せません。私は思わず歯を噛みしめてしまいます。
「はぁい♡。呼んだー?、ハロハロ、おっひさー。ヴィヴィアン。あなたと相思相愛のルチアよー」
人を馬鹿にしながらルチアが現れました。金に輝く髪に光り輝くような美貌、しかしその目は血に染まった深紅。輝くばかりの麗しの唇からは下衆な言葉が溢れだします。
「ねぇねぇ。気に入ってくれたかしら?。この角とか体の模様、私が考えて飾り付けたの。可愛いでしょー。ここのところなんて苦労したのよ」
王の脇腹あたりの模様を指差しながら、ケラケラと笑っています。
「ブレイブは何処だ!」
カーラがルチアに怒鳴ります。
「なぁに。人がせっかく気持ちよく自慢してたのに。あなた空気読めないって言われなーい?」
「よく言われる」
「うっわぁ。面倒くさい、真正だ」
ルチアが鬱陶しそうに言います。
「いいわ。あなたみたいなのをほっとく方がめんどーだから、先に会わしたげる。優しいルチアさんに感謝しなさい?」
ザキル、とルチアが声をかけると。
「わかりました」
以前、街でブレイブとぶつかった神父が現れました。
「またお会いできて光栄ですよ。美しい方」
ザキルが手を振ると地面から四角の岩の塊が現れました。前面が透明になっています。
中にはアンを装備したブレイブにさらに白衣がまるでマントのように巻き付いていました。
「「ブレイブ!」」
私たちにブレイブは無事だとばかりに手を振ってくれます。今のところ大丈夫そうですが、あの部屋は普通の部屋ではなさそうです。アンや白衣がいるのに出られないなんて。早く助けないといけなさそうです。
「ルチアと言ったな。すぐにブレイブを出せ」
「さーんねーん!。その部屋を作ってるのは私じゃないのよう。そこにいるザキルっていう神父がその部屋を作ってるの。私と違って彼は陰険だから、お願いしてもだしてもらえないかもー」
「いえいえ。ちゃんとお願いしていただければ、もちろん出しますよ。生きてかどうかは保証しかねますが」
くつくつと神父は笑いました。
「ほーら、陰険でしょー」
リリムの私、ドラゴンのヴェルメリオ、元勇者のカースドソードであるカーラ。私たちを目の前にしながら、二人は余裕を崩しません。
「そうか。ならば、お前を倒せばあの部屋は開くのか?」
「さあ、どうでしょう。試してみてはいかがでしょうか。あなた程度ではできないと思いますが」
「ふっ、舐められたものだ。では、体に直接教え込んでやろう!」
「どうぞご随意に」
あくまで楽しそうに、微笑みを浮かべながら神父は答えました。
カーラの手にはすでに剣が展開され、体も全て覆われたフルアーマー状態です。その上、普通の人なら倒れてしまうほどの覇気を漲らせています。
それなのに、この神父の余裕はどこから来るのでしょうか。
「カーラ、気をつけてください」
ヴェルメリオの声に軽く手を振って、カーラはザキルの方へ向かいました。
「ああ、よかった。あんな面倒な子がこっちにいると、あんまり面倒臭くてすぐに殺しちゃいそうだったから、餌をあげてザキルが受け持ってくれたから助かるわー」
「それは私たちに三人を相手取っては分が悪いということでしょうか」
「言うじゃない。バンビーナ。そーゆうの、嫌いじゃないわぁ。そういうやつが結局殺される時って、良い顔するもの」
挑発に挑発で返します。
「でも、あなたは王様と遊んでて。私はヴィヴィアンで遊ぶから」
ルチアが嗜虐的な光を浮かべて私を見ます。
「角ある王があなたの言葉に従うとは思えませんが」
「そうね。私の言葉には従わないでしょう。憎くって、恨めしい私の言葉には。でもね、そんなに憎くて恨めしかったらさぞ暴れたいことでしょう?」
「まさか」
「そう。そのまさか。王様が暴れたら民が傷つく。だから、あなたは止めなくちゃいけない。ちゃあんとお勉強してみんなを避難させたようだけど、この巨体だもの。すぐに追いついて、みっな殺し」
「卑劣な」
ヴェルメリオが憤ります。
「それじゃあ、いっけー!」
ルチアの言葉に王が走り出します。
「くっ!」
ヴェルメリオが追いかけ、ドラゴンの姿で押しとどめます。その衝撃で大地は揺れ、近くの家々は吹き飛びます。
「わーお。怪獣大決戦。おっもしろーい!。おいトカゲ、火吹け火。だ・け・ど、助けるべきお姫様は今から弄ばれちゃうのでした」
ルチアが私の前に降りたちます。女の私でも惚れ惚れしてしまうほどの美貌です。でも、中はドロドロのぐちゃぐちゃで腹黒なんて言葉では全く足りていません。
「じゃあ、あっそぼうか」
「今までの私とは思わないことですよ」
彼女を前にして震えだしそうになる体を必死で抑えます。
そうです。私は今までの私とは違います。ブレイブに出会った。あの子の中に勇者の光を見た。
そのブレイブから精液、もといたっぷりの魔力を注いでもらったおかげで、私は今までになく力があふれています。
魔物娘は愛によって強くなって、愛のために強くなるのです。
世界のためなんて、ましてや神々のためなんて言いません。
ブレイブのために、ブレイブを助け出すために私は戦って、ルチアに勝ちます。
「行きます。私はあなたを止めて見せます」
「そんなこと言えるようになったんだ。いいわ、やってみなさいよ。淫売」
そうして、三者三様の戦いが幕を開けたのでした。
16/06/13 11:34更新 / ルピナス
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