本編
「お久しぶりです、春人さん」
俺、吉高春人が田舎の実家に帰れば、見ず知らずの可憐な女性に出迎えられた。可憐と言うかなんと言うか、彼女は蝶だった。
頭には虫の触覚が生えているし、背中からは大きな蝶の羽根が生えている。お尻からは虫の腹部。まるで絵本の中のメルヘン界から飛び出してきたような女性。
確か、パピヨンと言う種族だったと思う。
柔和に、穏やかな春のような微笑みを浮かべる彼女に見つめられて、固まってしまった。
彼女が可憐で美しいーー可愛いと言っていいかもしれないーー女性であると言うことはもちろんだし、それだけではなく、何より俺のどストライクだった。
何度もお世話になった、秘蔵のエロコレクションから飛び出してきたかのような……。
サラサラと、まるで蜂蜜で出来ているかのような肩まで届く髪。豊満な胸はぎゅむぎゅむと縦セーターを押し上げて、慎ましやかなロングスカート。まさしく童貞を殺す服。確かに俺は童貞だけれども、童貞じゃなくても殺せると思う。
そんな女性に見つめられて、言葉が出なくても、仕方がない。
無言で思わず家の外に出て、表札を確認する。吉高と書いてある。家の外観だって、周りの田んぼ、少し離れたところにある森だって昔のままだ。高校に出てから社会人になるまで、一度も帰省したことはなかったが、ここはまるで時が止まったかのように当時のまま。
なんとか深呼吸して玄関に戻れば、やはり先ほどの女性が先ほどのままで微笑んでいた。
「どうかされましたか、春人さん」
「い、いや……」
その口ぶりに、彼女は俺のことを知っているのだとは思うがーーパピヨンに変態するのはグリーンワームと言う種族だ。確かに、昔グリーンワームの同級生は何人かいたがーー俺の記憶には、彼女につながる人物は思い出せなかった。
「す、すいません。……どちら様でしょうか?」
たいへん失礼極まりないが、そう尋ねるしかなかった。下手に嘘をついて、こじれる方がマズイ。
ハラハラと、固唾を飲んで彼女の返答を待っていれば、
「まあ、」彼女はやはり柔和に微笑んで、その豊満な胸に手を当てた。ふにゅんと音が聞こえてきそうなほどに柔らかそう。彼女の胸から目が離せなかった。
「ふふ、私、そんなに変わりましたか? 春くん」
その響きに、何か、記憶が刺激された。その声音で俺のことを呼んだ少女がいたはずだ。
そうしてまさか、と思う。
その髪には、見覚えのある花のヘアピン。
「…………みゆきちゃん?」
「はい」
それは、花開くような笑顔だった。
/
信じられなかった。
みゆきちゃん。
蝶野みゆきと言えば、ワンパクが形になったようなグリーンワームだった。よく俺に懐いていて、花の蜜をぶっかけられたり、川に突き落とされたり、触覚からクッサい液をかけられたり、木から降りられなくなった彼女に降ってこられたこともあった。
うん、ロクな思い出がねぇ……。
しかし、彼女を可愛らしいと思ったこともあった。
それは、彼女の誕生日プレゼントに、その花のヘアピンを送った時のことだった。
正直なことを言えば、心を込めた贈り物なんかじゃなくて、ワンパクな彼女にそれを送って、ガサツなお前には似合わねーよ、とからかおうと思っただけだった。
だと言うのに、彼女は嬉しそうな顔をして、すぐに髪をとめると、「ありがとっ」と、はにかむような顔で笑ってきたのだ。
それはたいへんに破壊力があった。
からかうことなんて出来なかったし、何よりも、送ったプレゼントを女の子が喜んでくれると言うことが、こんなにも嬉しいことだと、初めて知った。
俺が高校にあがるために上京する時、それを告げられた彼女は、
「春くんのバカーッ! 二度と帰ってくるな、このおたんこなーす!」
と、涙ながらに吐き捨て、見送りにも来てはくれなかった。
当時の俺は、別に付き合っていたわけでもないし、これが今生の別れになるというわけでもないので、大げさな、とか言っていた程度だったと思う。
それ以降彼女とは手紙も、メールやSNSのやり取りもなく、今に至っていた。
そんな彼女が、今や昔の面影がないくらいの可憐な女性となってーー俺のドストライクな女性となって、隣ににこやかに座ってお酌してくれていると言うのだから驚きだ。
と言うか、彼女が気になって、料理の味も酒の味もわからない。
「春人ー、どう? みゆきちゃん綺麗になったでしょう」母が聞いてくる。
「あ、ああ……」
「ありがとうございます」
ふわっと至近距離で微笑まれて、思わず口から酒が溢れていた。
「あっ、しまった……」
「仕方ないですね、春人さんは」
くすくす笑いながら、ハンカチで口を拭ってくれた。両親の前で恥ずかしいと言うのもあるし、何よりも、ドストライクな女性にそんなことをされて、まるで花のような彼女の香りを感じてしまって、股間が反応していた。
「……………」
「どうかされました?」
「な、何でもない」
そんなやり取りをしていれば、両親の生暖かい視線を感じた。
「なんだよ」
「いえ、何にも。春人ー、あんた彼女いるの?」
「どうせいないんだろ」
ぐっ、やっぱりこの流れになるのか……。
「いない」
「ふーん」
母の目つきにはムカつくが、隣をチラリと見れば、何やら嬉しそうな顔をしているみゆきちゃんがいて、ドキリとしてしまう。
しかし、期待してはいけなかった。
何せ、彼女はパピヨンなのだ。
グリーンワームから蛹を経て大人になった魔物娘。
その蛹は、夫となる男といっしょに交わりながらなるものだと聞いている。
別のグリーンワームからそう聞いた。
いくらこうして恭しくかしずいていても、パピヨンであるからには、彼女は人妻に違いない。
ドストライクな人妻。
それには昏い情欲を抱かなくもないが、寝とる度胸もないし、こんな田舎で寝取りなんてしてしまえば、きっと滝壺に落とされたり、山に捨てられて獣の餌になるか、土に還るかまでが流れだろう。
そう思っていたのだが、
「じゃあ、みゆきちゃんと付き合えば良いじゃない」
「ブハッ」
吹いた。盛大に吹いた。
「ちょっとー汚いわねー、いくらみゆきちゃんに拭いて貰いたいからって、そんなことしたら嫌われるわよー」
「母さんがおかしなことを言うからだろ。俺はそんなこと思っていない」
「拭かせてはいただけませんか?」
ぐっ、上目遣いでそんな風に言われたら、断れるわけがない。
「お、お願いします」
「はい」
にっこり微笑まれて、ドギマギする。
おい、だから、バカ親ども、そんな顔で見るんじゃない。
「そんなことを言われたら、みゆきちゃんだって迷惑だろ」
彼女、人妻なんだろうし。
「迷惑じゃありませんよ」
「え……?」
と、甲斐甲斐しく拭いてくれているみゆきちゃんを見てしまう。
いや、待った。その場所は危ない。
彼女は俺の股間の膨らみの近くを拭いてくれていた。両親からは角度的には見えないが、それはたいへんによろしくない。そして、股間のテント張りは止められない。
ちょん、と突かれた。
ちょっ……とも声をあげられない。
何せここは、両親同伴なのだから。
まさか、人妻に誘われている?
そんなことを考えて、テントは立派に張られていた。
みゆきちゃんはもう拭き終わったと言うのに、股間に指を這わせている。
ドストライクな上に、ホームランだった。
何を言っているか、もうわからない。
「春人、みゆきさんは迷惑じゃないと言っているぞ」
親父、今はそれどころじゃないんだよ。
俺も迷惑じゃないけれど、彼女の指は張られたテントを張って張ってまさぐって……。。
「付き合っちゃいなさいよ。この料理だって、みゆきちゃんが作ったんだし。おいしかったでしょ」
「それはもちろん」
「わあ、ありがとうございます」
花開く笑顔。だと言うのにその手は巧みに俺のムスコをいじっている。
これが人妻のテクなのかは知らないが、彼女はズボン越しだと言うのに、亀頭の割れ目を見つけ出して、そこを的確につついて来られていらっしゃる。
いくら童貞だと言っても、こうまで誘われては、思わず押し倒してしまう。ただし、一人の部屋ならば。残念ながら、ここには両親がいた。
「春人、みゆきちゃんのこと気に入らないの?」
「いや、そんなことはない」
あふぅ……。
くにゅんと強い刺激が与えられた。
「何変な顔してるのよ。二人とも、今付き合っている人いないんでしょ」
「はい」
思わず、みゆきちゃんの顔を見た。
「え、もう結婚してるんじゃないの?」
くぉうッ!
ズボン越しにつままれた。
彼女はくにくにとペニスを巧みに刺激しながら、言葉をつむぐ。
「結婚なんて、してませんよ。男の人とお付き合いしたことだって……だって、私はずっと、春人さんを……」
まさか、これは人妻テクではなく、ただの痴女テクだったとでも言うのか……!?
チラリとみゆきちゃんに見られた両親は、したり顔を浮かべる。
おい、何だよその顔は、その生暖かい視線は。
俺、にやけた顔とかしてないよな……?
すると、母親はトンデモナイことを言い出してくる。
「ああ、そうそう。春人、私たち、今夜はおばあちゃんの様子を見て、そのままそっちで泊まるから」
「え、ばあちゃん、調子悪いのか?」
そんなこと初めて聞いた。
「それなら俺も……」
「大丈夫よ、徹夜で麻雀やろうって誘われてるだけだから」
「元気だなぁババア!」
思わず暴言を吐いてしまった。
それも仕方ない。
何せ、両親ともに、
「その方がいいだろ。後は若い二人に任せて」
と言って、みゆきちゃんもコクンと頷いていたのだから。
マジで……?
そこまでして俺らをくっつけようとしてんの?
恐る恐るみゆきちゃんの顔を見る。相変わらずドストライクホームランな微笑み。
しかしその裏に、外堀をミキサー車で埋められてしまったかのような、何やら恐ろしいものを感じずにはいられなかった。
/
食事の片付けを手伝おうとしたら、春人さんはお疲れでしょうから部屋で休んでいてくださいと言われた。言葉に甘えると言うか、断ると言う甘えを許されなかったと言うか、部屋に戻った。
昔のアルバムを引っ張り出す。
そこにはまだグリーンワームだった頃のみゆきちゃんが写っていた。
ワンパクで悪戯っ娘(こ)の顔をしたみゆきちゃん。
これがああなるとは、誰にもわからないだろう。
まさしく、イモムシが蝶になった。
と言っても、グリーンワームだった時も、こうして今見ると、十分に可愛らしい少女だったことに気づかされる。
魔物娘って、可愛い子しかいないもんな……。
その彼女は今や可憐なパピヨンとなり、そして俺の股間を両親の前で痴女るくらいには狙っているようだった。
彼女はもちろんドストライクでホームランだ出し、そんな子と付き合えるのは願ってもないことだ。しかし、好色で一途な彼女たちのことだから、一度手を出したり付き合ったりなどすれば、それはすなわち結婚まで行くと言うことで、彼女と結婚することはもちろんやぶさかではないのだが、結婚するとなると、彼女を養うことになる。
「今の給料じゃあ、無理だよなァ……」
今の会社はそれなりにブラックで、就業時間の割に給料は少ない。この帰省だって、友人から、ちょっと一度実家戻っとけ、取り返しの付かなくなる前に、と言われて戻ってきたものでもあった。
そんな自覚なんてないのに。
それなりに仕事は出来ているから、出来る仕事をするのは当然だ。それに、俺にしか出来ない仕事でもあるのだから。
有給を取れば、もちろん嫌な顔をされた。それでも何とかこの休みを取ることが出来た。
そんな俺が、簡単に彼女に手を出して、結婚までいったところで、そんな甲斐性などない。
「ちょっと、ヌいとこ」
そう思った。
ヌいて、ちょっとでも性欲を押さえておけば、たとえ彼女に襲われたとしても、なし崩しにセックスしてしまうこともないだろう。それに、数発ヌけば、そもそも立たなくなる。
それなら、善(?)は急げと押入れを開けて、秘蔵のコレクションを探すことにした。
「あれ? ……ない」
それは見つからなかった。
「おかしいな。お世話になった方々だから、丁寧に隠して置いたはずなのに、隠し場所違ってたっけ?」
久々に実家に帰ったのだから、久しぶりにデジタルではなくアナログでヌくのもオツなものだと思ったのだが、見つからないのなら仕方がない。しかし、このままスマホでエロ画像を拾うのもな、と思っていれば、ベッドの上で広げられたままになっているアルバムが目に入った。
そこには、可憐な女性になる前の、まだ悪戯っ娘のみゆきちゃんの写真……。
ゴクリと唾を飲み込んだ。
俺にそんな少女趣味はなかったが、成長したみゆきちゃんの手の動きを思い出して、その写真を見ながら、あの手の動きでヌいてみようと思った。
倒錯的な背徳感。
そんなものを存分に感じたのかもしれない。
それはーーいっぱいヌけた。
使い終わったティッシュをゴミ箱に放る時、なぜか悪寒を感じた気がしたが、それは気のせいだと思うことにしておいた。
/
祖母の家に行く両親を見送り、部屋に戻れば、身を竦ませた。
何故って、さっきの使用済みティッシュを床に並べ、出しっ放しのグリーンワームみゆきちゃんの写真と見比べる、パピヨンみゆきちゃんがいらっしゃったからだ。
羽をピィンと大きく伸ばして、威嚇されているようだった。
お互いに無言だった
無言で、まるで果物ナイフを突きつけられているかのような緊張感だった。
「春くん?」
「はい……」
「正座」
「はいッ」
有無を言わせぬ強制力で、俺は綺麗な正座をした。
「これはどう言うことなのかなー、……なのでしょうか?」
「…………」
「シたいなら、私がしてあげ……ましでしたのに」
何か、バケの皮が剥がれ始めているようだった。
「えっと、無理しなくていいよ。昔のような話し方で……」
「でも、こう言う子が春く……春人さんは好きではないですか?」
「間違ってはいないけど、無理させるのは嫌だな」
「…………わかった」
みゆきちゃんは吸うと息を吸い込んで、キッと睨みつけてきた。
再会してから、可憐で柔和な微笑みしか見ていなかった彼女のそんな顔には、果物ナイフで刺されたかのような罪悪感を覚えた。
「どうしてこんなことしたの? シたいなら私を抱けばいいじゃない。しかも、私の昔の写真でヌくなんて、今の私よりも昔の私の方が良かったの?」
何やら今にも泣きそうな顔をしていた。
「いや……。昔と今を比べたら、もちろん今の方が俺の好みのドストライクだけど……」
まるで俺の好みに合わせて作り直されたかのような、彼女の姿だった。
「だったら……。抱いてよ」
「……そんな、それは俺たちは再会したばかりだし」
「でも、私はずっと春くんに抱かれたくて待ってたのに……」
きゅうんと来た。
しかし、
「それは嬉しい。でも、みゆきちゃんに手を出したら、結婚まで考えなくちゃいけないだろ。そんな甲斐性、今の俺にはないし……」
そう、手を出すわけにはいかなかった。
しかし、そう言えば、みゆきちゃんはちょっと驚いた顔をして、それから微笑んで来た。
「へー、そこまで考えてくれてたんだ。手を出して味見して終わり、とか、遠距離で付き合う、とかじゃなくって、結婚を前提に……って、うふふ」
何か、盛大な墓穴を掘った気がした。
「うふふ、うふふ。そっかー、春くんは、再会したばっかりの私に、そんなことまで考えてくれてたんだー」
ニマリと笑う悪戯っぽい顔は、確かにグリーンワームだったころの彼女の面影があった。
そして、俺の記憶は、それはロクでもないことに繋がると警戒信号を発していた。
「だったら、なおさら手を出してもらわないとー」
するすると手をついて寄ってくるみゆきちゃん。
「ま、待った。ちょっと落ち着こう」
「何を?」
「だから……ナニを……」
ドストライクな彼女に近づかれて、男が抗えるわけなどない。
先ほどヌいたばかりだとは言え、股間は再びテントを張り始めている。
衰えない精力に、もしかしてさっきの食事に何か入っていたのではないか、と思ってしまう。それか、彼女から漂ってくる、この甘く、春の陽気のような香りに、俺の方が、虫のように誘われているのかもしれない。
期待を込めて身を竦めていると、
ポスン、と彼女は俺の膝に頭を寄せて横になった。
これは、グリーンワームだった頃の彼女のお気に入りだった。
羽根と触覚が、ご機嫌そうに、パタパタピコピコと動いていた。
「えっと、襲わないのか?」
「襲わないよ。春くんが望んでいないなら、やらない。だって、私はもう、グリーンワームじゃなくて、パピヨンだもん。やっと会えて嬉しくて触っちゃったりしたけど、今も昔の私でヌいたのを見てカーッとなっちゃったけど、春くんがそこまで考えてくれていたのを知って、落ち着いたもん」
膝に頬を擦りつける彼女に、拍子抜けしてしまう。
グリーンワームだった時にも、こうしてずっとまとわりつかれていたが、襲われたことはなかった。その時の彼女だったら、そこまでカーっとなっていれば、きっと噛みついたり、押し倒してそのまま跨って来たかもしれないが、今の彼女はまるで毒気が抜けたかのように、膝に頭を乗せて穏やかだった。
「それとも、春くんは襲って欲しかったのかな?」
「それは……」
もちろん、はい、だった。
「うふふ、いいよ。でも、襲うのは春くんからね。いいよ、したかったら。私は、それを聞いたら安心しちゃって、こうしていられればーー満足。うふふー」
頬をすり寄せる彼女に、ゴクリと唾を飲み込む。
彼女の体から漂う甘い香りは脳を眩々(くらくら)と痺れさせ、微かな吐息で揺れる、そのおっぱいに視線は吸い寄せられる。
「やっぱり、おっぱい好きなんだ」
ギクッと身を硬ばらせる。
「は、ははははは、何をおっしゃるみゆきさん」
「だって、押入れに隠してあったエッチな本、みんなおっぱい大きかった」
「な……みゆきさん!?」
まさか、あの恩人たちを連れ去ったのは彼女?
「春くん、私、寂しかったんだよ」ちょっと拗ねた声。「春くんが都会に行っちゃって、ずっと泣いてたの」
「…………」
「でもね、お義母さんに春くんの部屋を見せてもらって、押入れの中のあの本を見つけて決意したの」
何してんだよ。あのババァ……。
「春くんがこんな女の人が好きなんだったら、私もそうなろう。そうして次に会った時、春くんをびっくりさせよう。びっくりさせて、襲ってもらおう、って。料理だって頑張った。そうしてたらいつの間にか蛹になって……、ごめん、あの本は食べちゃったけど、羽化したらこんな風になってた。春くん好みの女の子になれてるかなぁ」
グッジョブ! お母さま。
俺の恩人たちは彼女の恥肉……ゴホン、血肉になったのか……。
「ああ……ドストライク過ぎて我慢するのが難しい」
それに、自分の姿を変えてしまうまで俺を好きでいてくれただなんて……。
「…………」
「なのに、私の昔の写真を使って……私がどれだけショックだったかわかる?」
「ごめんなさい」
「いいよ。許してあげる。膝枕してくれてるし、ドストライクだって言ってくれたから。うふふ」
すりすり膝を撫でて甘えてくる彼女。
えっと、俺の理性(ライフ)はガリガリ削られているんだが……。
「それに、なんか、春くん元気がなさそうだったから……少し怖かった」
「…………」
「でも、昔と変わっていない。私の大好きな春くんのままで良かった。ん〜〜」
グリグリ頬をくっつける彼女。
あれ、どうして俺、彼女を襲わないでいられるんだろう。
いや、そんなことわかっている。何か、頬を伝っているものがあった。
あれ? なんだこれ?
それは顎から滴って、彼女の髪に落ちていたけれども、彼女は何も言わなかった。
そう言えば、こんな風に、誰かにただ求められると言うのは、いつぶりだろうか。俺しか出来ない仕事を俺がするのは当たり前で、出来なければもちろん怒られた。
凍えたいたらしい心に、まるで春の陽気のような暖かさが、染み入ってきていた。
そっか、俺、辛かったのかもな。
もしかすると、彼女が暖か過ぎたのかもしれないけれど……。
「春くん、何か嫌なことでもあったの?」
「あったのかもしれないな」
「そう。…………こっちに戻ってくることは出来ないの?」
「…………こっちには仕事もないだろ」
「あるよ。私を幸せにする仕事」
…………そんな幸せな仕事は、仕事とは呼ばない。ただの幸せとしか呼ばない。
「私ね、花の蜜を集めて売ってるの、私はちょっと蜜を食べるだけで大丈夫だから、それでお金は増えるばっかりで」
「なんだそれ。羨ましいな」
「だから、……気分を悪くしたらごめんね。春くんくらい養えるよ」
「さすがにそれは、男として……」
「ふぅん、春くんって、やっぱりお堅いね。じゃあ、こう言います。都会への販路拡大のために、春くんを雇います。それだったらいいでしょ。今まで都会で働いていた春くんには、それが出来るんじゃない?」
非の打ち所のない提案だった。
「あ、魅力的に感じてる」
彼女はくるんと仰向けになって、俺をまっすぐに見てきた。
その瞳はやっぱり悪戯っ娘だった彼女を思い起こさせるもので、したたかでも、微笑み返さずにはいられないものだった。
「えーっと、じゃあ、お願いします」
「お願いされました」
にこっと笑う彼女に、これは尻に敷かれるな、と思った。
後で聞いたところによると、パピヨンである彼女は、自分から男を襲ったり誘惑したりすることはないそうだがーー献身的で、温厚とあるーーこうやってただ幸せそうに微笑んでいるその姿をして、どこが誘惑していないと言えるのだろう。
どうして尻に敷かれないと言えるのだろう。
彼女を幸せにせずにはいられない。そのまま、微笑んでいて欲しいと願わずにはいられない。
彼女の甘い香り。
それは花の蜜のようで、蝶で、虫の魔物娘であるのは彼女の方だと言うのに、その実誘われているのは俺の方だった。
幸せそうな蝶が飛び交う春の陽気。
秘密の花園に誘い込まれてしまった俺は、もう出ることが出来ないーー。
パタパタとご機嫌そうに羽を揺らす彼女の髪を、自然と撫でて、その温もりを感じていた。
/
そこでそのまま彼女を抱いた、なんてことはなく、グッとこらえて、実家滞在を終えると、都会へと戻った。身辺整理をして、上司に辞表を叩きつけた。
何を言われたって、耳に入ってきやしなかった。
実家へ戻るように勧めてくれた友人は、祝福してくれた。
結婚式には、ぜひ彼も呼ぼうと思う。
そうして俺は帰るのだ。
彼女と言う蝶が舞う、秘密の花園へーー。
俺、吉高春人が田舎の実家に帰れば、見ず知らずの可憐な女性に出迎えられた。可憐と言うかなんと言うか、彼女は蝶だった。
頭には虫の触覚が生えているし、背中からは大きな蝶の羽根が生えている。お尻からは虫の腹部。まるで絵本の中のメルヘン界から飛び出してきたような女性。
確か、パピヨンと言う種族だったと思う。
柔和に、穏やかな春のような微笑みを浮かべる彼女に見つめられて、固まってしまった。
彼女が可憐で美しいーー可愛いと言っていいかもしれないーー女性であると言うことはもちろんだし、それだけではなく、何より俺のどストライクだった。
何度もお世話になった、秘蔵のエロコレクションから飛び出してきたかのような……。
サラサラと、まるで蜂蜜で出来ているかのような肩まで届く髪。豊満な胸はぎゅむぎゅむと縦セーターを押し上げて、慎ましやかなロングスカート。まさしく童貞を殺す服。確かに俺は童貞だけれども、童貞じゃなくても殺せると思う。
そんな女性に見つめられて、言葉が出なくても、仕方がない。
無言で思わず家の外に出て、表札を確認する。吉高と書いてある。家の外観だって、周りの田んぼ、少し離れたところにある森だって昔のままだ。高校に出てから社会人になるまで、一度も帰省したことはなかったが、ここはまるで時が止まったかのように当時のまま。
なんとか深呼吸して玄関に戻れば、やはり先ほどの女性が先ほどのままで微笑んでいた。
「どうかされましたか、春人さん」
「い、いや……」
その口ぶりに、彼女は俺のことを知っているのだとは思うがーーパピヨンに変態するのはグリーンワームと言う種族だ。確かに、昔グリーンワームの同級生は何人かいたがーー俺の記憶には、彼女につながる人物は思い出せなかった。
「す、すいません。……どちら様でしょうか?」
たいへん失礼極まりないが、そう尋ねるしかなかった。下手に嘘をついて、こじれる方がマズイ。
ハラハラと、固唾を飲んで彼女の返答を待っていれば、
「まあ、」彼女はやはり柔和に微笑んで、その豊満な胸に手を当てた。ふにゅんと音が聞こえてきそうなほどに柔らかそう。彼女の胸から目が離せなかった。
「ふふ、私、そんなに変わりましたか? 春くん」
その響きに、何か、記憶が刺激された。その声音で俺のことを呼んだ少女がいたはずだ。
そうしてまさか、と思う。
その髪には、見覚えのある花のヘアピン。
「…………みゆきちゃん?」
「はい」
それは、花開くような笑顔だった。
/
信じられなかった。
みゆきちゃん。
蝶野みゆきと言えば、ワンパクが形になったようなグリーンワームだった。よく俺に懐いていて、花の蜜をぶっかけられたり、川に突き落とされたり、触覚からクッサい液をかけられたり、木から降りられなくなった彼女に降ってこられたこともあった。
うん、ロクな思い出がねぇ……。
しかし、彼女を可愛らしいと思ったこともあった。
それは、彼女の誕生日プレゼントに、その花のヘアピンを送った時のことだった。
正直なことを言えば、心を込めた贈り物なんかじゃなくて、ワンパクな彼女にそれを送って、ガサツなお前には似合わねーよ、とからかおうと思っただけだった。
だと言うのに、彼女は嬉しそうな顔をして、すぐに髪をとめると、「ありがとっ」と、はにかむような顔で笑ってきたのだ。
それはたいへんに破壊力があった。
からかうことなんて出来なかったし、何よりも、送ったプレゼントを女の子が喜んでくれると言うことが、こんなにも嬉しいことだと、初めて知った。
俺が高校にあがるために上京する時、それを告げられた彼女は、
「春くんのバカーッ! 二度と帰ってくるな、このおたんこなーす!」
と、涙ながらに吐き捨て、見送りにも来てはくれなかった。
当時の俺は、別に付き合っていたわけでもないし、これが今生の別れになるというわけでもないので、大げさな、とか言っていた程度だったと思う。
それ以降彼女とは手紙も、メールやSNSのやり取りもなく、今に至っていた。
そんな彼女が、今や昔の面影がないくらいの可憐な女性となってーー俺のドストライクな女性となって、隣ににこやかに座ってお酌してくれていると言うのだから驚きだ。
と言うか、彼女が気になって、料理の味も酒の味もわからない。
「春人ー、どう? みゆきちゃん綺麗になったでしょう」母が聞いてくる。
「あ、ああ……」
「ありがとうございます」
ふわっと至近距離で微笑まれて、思わず口から酒が溢れていた。
「あっ、しまった……」
「仕方ないですね、春人さんは」
くすくす笑いながら、ハンカチで口を拭ってくれた。両親の前で恥ずかしいと言うのもあるし、何よりも、ドストライクな女性にそんなことをされて、まるで花のような彼女の香りを感じてしまって、股間が反応していた。
「……………」
「どうかされました?」
「な、何でもない」
そんなやり取りをしていれば、両親の生暖かい視線を感じた。
「なんだよ」
「いえ、何にも。春人ー、あんた彼女いるの?」
「どうせいないんだろ」
ぐっ、やっぱりこの流れになるのか……。
「いない」
「ふーん」
母の目つきにはムカつくが、隣をチラリと見れば、何やら嬉しそうな顔をしているみゆきちゃんがいて、ドキリとしてしまう。
しかし、期待してはいけなかった。
何せ、彼女はパピヨンなのだ。
グリーンワームから蛹を経て大人になった魔物娘。
その蛹は、夫となる男といっしょに交わりながらなるものだと聞いている。
別のグリーンワームからそう聞いた。
いくらこうして恭しくかしずいていても、パピヨンであるからには、彼女は人妻に違いない。
ドストライクな人妻。
それには昏い情欲を抱かなくもないが、寝とる度胸もないし、こんな田舎で寝取りなんてしてしまえば、きっと滝壺に落とされたり、山に捨てられて獣の餌になるか、土に還るかまでが流れだろう。
そう思っていたのだが、
「じゃあ、みゆきちゃんと付き合えば良いじゃない」
「ブハッ」
吹いた。盛大に吹いた。
「ちょっとー汚いわねー、いくらみゆきちゃんに拭いて貰いたいからって、そんなことしたら嫌われるわよー」
「母さんがおかしなことを言うからだろ。俺はそんなこと思っていない」
「拭かせてはいただけませんか?」
ぐっ、上目遣いでそんな風に言われたら、断れるわけがない。
「お、お願いします」
「はい」
にっこり微笑まれて、ドギマギする。
おい、だから、バカ親ども、そんな顔で見るんじゃない。
「そんなことを言われたら、みゆきちゃんだって迷惑だろ」
彼女、人妻なんだろうし。
「迷惑じゃありませんよ」
「え……?」
と、甲斐甲斐しく拭いてくれているみゆきちゃんを見てしまう。
いや、待った。その場所は危ない。
彼女は俺の股間の膨らみの近くを拭いてくれていた。両親からは角度的には見えないが、それはたいへんによろしくない。そして、股間のテント張りは止められない。
ちょん、と突かれた。
ちょっ……とも声をあげられない。
何せここは、両親同伴なのだから。
まさか、人妻に誘われている?
そんなことを考えて、テントは立派に張られていた。
みゆきちゃんはもう拭き終わったと言うのに、股間に指を這わせている。
ドストライクな上に、ホームランだった。
何を言っているか、もうわからない。
「春人、みゆきさんは迷惑じゃないと言っているぞ」
親父、今はそれどころじゃないんだよ。
俺も迷惑じゃないけれど、彼女の指は張られたテントを張って張ってまさぐって……。。
「付き合っちゃいなさいよ。この料理だって、みゆきちゃんが作ったんだし。おいしかったでしょ」
「それはもちろん」
「わあ、ありがとうございます」
花開く笑顔。だと言うのにその手は巧みに俺のムスコをいじっている。
これが人妻のテクなのかは知らないが、彼女はズボン越しだと言うのに、亀頭の割れ目を見つけ出して、そこを的確につついて来られていらっしゃる。
いくら童貞だと言っても、こうまで誘われては、思わず押し倒してしまう。ただし、一人の部屋ならば。残念ながら、ここには両親がいた。
「春人、みゆきちゃんのこと気に入らないの?」
「いや、そんなことはない」
あふぅ……。
くにゅんと強い刺激が与えられた。
「何変な顔してるのよ。二人とも、今付き合っている人いないんでしょ」
「はい」
思わず、みゆきちゃんの顔を見た。
「え、もう結婚してるんじゃないの?」
くぉうッ!
ズボン越しにつままれた。
彼女はくにくにとペニスを巧みに刺激しながら、言葉をつむぐ。
「結婚なんて、してませんよ。男の人とお付き合いしたことだって……だって、私はずっと、春人さんを……」
まさか、これは人妻テクではなく、ただの痴女テクだったとでも言うのか……!?
チラリとみゆきちゃんに見られた両親は、したり顔を浮かべる。
おい、何だよその顔は、その生暖かい視線は。
俺、にやけた顔とかしてないよな……?
すると、母親はトンデモナイことを言い出してくる。
「ああ、そうそう。春人、私たち、今夜はおばあちゃんの様子を見て、そのままそっちで泊まるから」
「え、ばあちゃん、調子悪いのか?」
そんなこと初めて聞いた。
「それなら俺も……」
「大丈夫よ、徹夜で麻雀やろうって誘われてるだけだから」
「元気だなぁババア!」
思わず暴言を吐いてしまった。
それも仕方ない。
何せ、両親ともに、
「その方がいいだろ。後は若い二人に任せて」
と言って、みゆきちゃんもコクンと頷いていたのだから。
マジで……?
そこまでして俺らをくっつけようとしてんの?
恐る恐るみゆきちゃんの顔を見る。相変わらずドストライクホームランな微笑み。
しかしその裏に、外堀をミキサー車で埋められてしまったかのような、何やら恐ろしいものを感じずにはいられなかった。
/
食事の片付けを手伝おうとしたら、春人さんはお疲れでしょうから部屋で休んでいてくださいと言われた。言葉に甘えると言うか、断ると言う甘えを許されなかったと言うか、部屋に戻った。
昔のアルバムを引っ張り出す。
そこにはまだグリーンワームだった頃のみゆきちゃんが写っていた。
ワンパクで悪戯っ娘(こ)の顔をしたみゆきちゃん。
これがああなるとは、誰にもわからないだろう。
まさしく、イモムシが蝶になった。
と言っても、グリーンワームだった時も、こうして今見ると、十分に可愛らしい少女だったことに気づかされる。
魔物娘って、可愛い子しかいないもんな……。
その彼女は今や可憐なパピヨンとなり、そして俺の股間を両親の前で痴女るくらいには狙っているようだった。
彼女はもちろんドストライクでホームランだ出し、そんな子と付き合えるのは願ってもないことだ。しかし、好色で一途な彼女たちのことだから、一度手を出したり付き合ったりなどすれば、それはすなわち結婚まで行くと言うことで、彼女と結婚することはもちろんやぶさかではないのだが、結婚するとなると、彼女を養うことになる。
「今の給料じゃあ、無理だよなァ……」
今の会社はそれなりにブラックで、就業時間の割に給料は少ない。この帰省だって、友人から、ちょっと一度実家戻っとけ、取り返しの付かなくなる前に、と言われて戻ってきたものでもあった。
そんな自覚なんてないのに。
それなりに仕事は出来ているから、出来る仕事をするのは当然だ。それに、俺にしか出来ない仕事でもあるのだから。
有給を取れば、もちろん嫌な顔をされた。それでも何とかこの休みを取ることが出来た。
そんな俺が、簡単に彼女に手を出して、結婚までいったところで、そんな甲斐性などない。
「ちょっと、ヌいとこ」
そう思った。
ヌいて、ちょっとでも性欲を押さえておけば、たとえ彼女に襲われたとしても、なし崩しにセックスしてしまうこともないだろう。それに、数発ヌけば、そもそも立たなくなる。
それなら、善(?)は急げと押入れを開けて、秘蔵のコレクションを探すことにした。
「あれ? ……ない」
それは見つからなかった。
「おかしいな。お世話になった方々だから、丁寧に隠して置いたはずなのに、隠し場所違ってたっけ?」
久々に実家に帰ったのだから、久しぶりにデジタルではなくアナログでヌくのもオツなものだと思ったのだが、見つからないのなら仕方がない。しかし、このままスマホでエロ画像を拾うのもな、と思っていれば、ベッドの上で広げられたままになっているアルバムが目に入った。
そこには、可憐な女性になる前の、まだ悪戯っ娘のみゆきちゃんの写真……。
ゴクリと唾を飲み込んだ。
俺にそんな少女趣味はなかったが、成長したみゆきちゃんの手の動きを思い出して、その写真を見ながら、あの手の動きでヌいてみようと思った。
倒錯的な背徳感。
そんなものを存分に感じたのかもしれない。
それはーーいっぱいヌけた。
使い終わったティッシュをゴミ箱に放る時、なぜか悪寒を感じた気がしたが、それは気のせいだと思うことにしておいた。
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祖母の家に行く両親を見送り、部屋に戻れば、身を竦ませた。
何故って、さっきの使用済みティッシュを床に並べ、出しっ放しのグリーンワームみゆきちゃんの写真と見比べる、パピヨンみゆきちゃんがいらっしゃったからだ。
羽をピィンと大きく伸ばして、威嚇されているようだった。
お互いに無言だった
無言で、まるで果物ナイフを突きつけられているかのような緊張感だった。
「春くん?」
「はい……」
「正座」
「はいッ」
有無を言わせぬ強制力で、俺は綺麗な正座をした。
「これはどう言うことなのかなー、……なのでしょうか?」
「…………」
「シたいなら、私がしてあげ……ましでしたのに」
何か、バケの皮が剥がれ始めているようだった。
「えっと、無理しなくていいよ。昔のような話し方で……」
「でも、こう言う子が春く……春人さんは好きではないですか?」
「間違ってはいないけど、無理させるのは嫌だな」
「…………わかった」
みゆきちゃんは吸うと息を吸い込んで、キッと睨みつけてきた。
再会してから、可憐で柔和な微笑みしか見ていなかった彼女のそんな顔には、果物ナイフで刺されたかのような罪悪感を覚えた。
「どうしてこんなことしたの? シたいなら私を抱けばいいじゃない。しかも、私の昔の写真でヌくなんて、今の私よりも昔の私の方が良かったの?」
何やら今にも泣きそうな顔をしていた。
「いや……。昔と今を比べたら、もちろん今の方が俺の好みのドストライクだけど……」
まるで俺の好みに合わせて作り直されたかのような、彼女の姿だった。
「だったら……。抱いてよ」
「……そんな、それは俺たちは再会したばかりだし」
「でも、私はずっと春くんに抱かれたくて待ってたのに……」
きゅうんと来た。
しかし、
「それは嬉しい。でも、みゆきちゃんに手を出したら、結婚まで考えなくちゃいけないだろ。そんな甲斐性、今の俺にはないし……」
そう、手を出すわけにはいかなかった。
しかし、そう言えば、みゆきちゃんはちょっと驚いた顔をして、それから微笑んで来た。
「へー、そこまで考えてくれてたんだ。手を出して味見して終わり、とか、遠距離で付き合う、とかじゃなくって、結婚を前提に……って、うふふ」
何か、盛大な墓穴を掘った気がした。
「うふふ、うふふ。そっかー、春くんは、再会したばっかりの私に、そんなことまで考えてくれてたんだー」
ニマリと笑う悪戯っぽい顔は、確かにグリーンワームだったころの彼女の面影があった。
そして、俺の記憶は、それはロクでもないことに繋がると警戒信号を発していた。
「だったら、なおさら手を出してもらわないとー」
するすると手をついて寄ってくるみゆきちゃん。
「ま、待った。ちょっと落ち着こう」
「何を?」
「だから……ナニを……」
ドストライクな彼女に近づかれて、男が抗えるわけなどない。
先ほどヌいたばかりだとは言え、股間は再びテントを張り始めている。
衰えない精力に、もしかしてさっきの食事に何か入っていたのではないか、と思ってしまう。それか、彼女から漂ってくる、この甘く、春の陽気のような香りに、俺の方が、虫のように誘われているのかもしれない。
期待を込めて身を竦めていると、
ポスン、と彼女は俺の膝に頭を寄せて横になった。
これは、グリーンワームだった頃の彼女のお気に入りだった。
羽根と触覚が、ご機嫌そうに、パタパタピコピコと動いていた。
「えっと、襲わないのか?」
「襲わないよ。春くんが望んでいないなら、やらない。だって、私はもう、グリーンワームじゃなくて、パピヨンだもん。やっと会えて嬉しくて触っちゃったりしたけど、今も昔の私でヌいたのを見てカーッとなっちゃったけど、春くんがそこまで考えてくれていたのを知って、落ち着いたもん」
膝に頬を擦りつける彼女に、拍子抜けしてしまう。
グリーンワームだった時にも、こうしてずっとまとわりつかれていたが、襲われたことはなかった。その時の彼女だったら、そこまでカーっとなっていれば、きっと噛みついたり、押し倒してそのまま跨って来たかもしれないが、今の彼女はまるで毒気が抜けたかのように、膝に頭を乗せて穏やかだった。
「それとも、春くんは襲って欲しかったのかな?」
「それは……」
もちろん、はい、だった。
「うふふ、いいよ。でも、襲うのは春くんからね。いいよ、したかったら。私は、それを聞いたら安心しちゃって、こうしていられればーー満足。うふふー」
頬をすり寄せる彼女に、ゴクリと唾を飲み込む。
彼女の体から漂う甘い香りは脳を眩々(くらくら)と痺れさせ、微かな吐息で揺れる、そのおっぱいに視線は吸い寄せられる。
「やっぱり、おっぱい好きなんだ」
ギクッと身を硬ばらせる。
「は、ははははは、何をおっしゃるみゆきさん」
「だって、押入れに隠してあったエッチな本、みんなおっぱい大きかった」
「な……みゆきさん!?」
まさか、あの恩人たちを連れ去ったのは彼女?
「春くん、私、寂しかったんだよ」ちょっと拗ねた声。「春くんが都会に行っちゃって、ずっと泣いてたの」
「…………」
「でもね、お義母さんに春くんの部屋を見せてもらって、押入れの中のあの本を見つけて決意したの」
何してんだよ。あのババァ……。
「春くんがこんな女の人が好きなんだったら、私もそうなろう。そうして次に会った時、春くんをびっくりさせよう。びっくりさせて、襲ってもらおう、って。料理だって頑張った。そうしてたらいつの間にか蛹になって……、ごめん、あの本は食べちゃったけど、羽化したらこんな風になってた。春くん好みの女の子になれてるかなぁ」
グッジョブ! お母さま。
俺の恩人たちは彼女の恥肉……ゴホン、血肉になったのか……。
「ああ……ドストライク過ぎて我慢するのが難しい」
それに、自分の姿を変えてしまうまで俺を好きでいてくれただなんて……。
「…………」
「なのに、私の昔の写真を使って……私がどれだけショックだったかわかる?」
「ごめんなさい」
「いいよ。許してあげる。膝枕してくれてるし、ドストライクだって言ってくれたから。うふふ」
すりすり膝を撫でて甘えてくる彼女。
えっと、俺の理性(ライフ)はガリガリ削られているんだが……。
「それに、なんか、春くん元気がなさそうだったから……少し怖かった」
「…………」
「でも、昔と変わっていない。私の大好きな春くんのままで良かった。ん〜〜」
グリグリ頬をくっつける彼女。
あれ、どうして俺、彼女を襲わないでいられるんだろう。
いや、そんなことわかっている。何か、頬を伝っているものがあった。
あれ? なんだこれ?
それは顎から滴って、彼女の髪に落ちていたけれども、彼女は何も言わなかった。
そう言えば、こんな風に、誰かにただ求められると言うのは、いつぶりだろうか。俺しか出来ない仕事を俺がするのは当たり前で、出来なければもちろん怒られた。
凍えたいたらしい心に、まるで春の陽気のような暖かさが、染み入ってきていた。
そっか、俺、辛かったのかもな。
もしかすると、彼女が暖か過ぎたのかもしれないけれど……。
「春くん、何か嫌なことでもあったの?」
「あったのかもしれないな」
「そう。…………こっちに戻ってくることは出来ないの?」
「…………こっちには仕事もないだろ」
「あるよ。私を幸せにする仕事」
…………そんな幸せな仕事は、仕事とは呼ばない。ただの幸せとしか呼ばない。
「私ね、花の蜜を集めて売ってるの、私はちょっと蜜を食べるだけで大丈夫だから、それでお金は増えるばっかりで」
「なんだそれ。羨ましいな」
「だから、……気分を悪くしたらごめんね。春くんくらい養えるよ」
「さすがにそれは、男として……」
「ふぅん、春くんって、やっぱりお堅いね。じゃあ、こう言います。都会への販路拡大のために、春くんを雇います。それだったらいいでしょ。今まで都会で働いていた春くんには、それが出来るんじゃない?」
非の打ち所のない提案だった。
「あ、魅力的に感じてる」
彼女はくるんと仰向けになって、俺をまっすぐに見てきた。
その瞳はやっぱり悪戯っ娘だった彼女を思い起こさせるもので、したたかでも、微笑み返さずにはいられないものだった。
「えーっと、じゃあ、お願いします」
「お願いされました」
にこっと笑う彼女に、これは尻に敷かれるな、と思った。
後で聞いたところによると、パピヨンである彼女は、自分から男を襲ったり誘惑したりすることはないそうだがーー献身的で、温厚とあるーーこうやってただ幸せそうに微笑んでいるその姿をして、どこが誘惑していないと言えるのだろう。
どうして尻に敷かれないと言えるのだろう。
彼女を幸せにせずにはいられない。そのまま、微笑んでいて欲しいと願わずにはいられない。
彼女の甘い香り。
それは花の蜜のようで、蝶で、虫の魔物娘であるのは彼女の方だと言うのに、その実誘われているのは俺の方だった。
幸せそうな蝶が飛び交う春の陽気。
秘密の花園に誘い込まれてしまった俺は、もう出ることが出来ないーー。
パタパタとご機嫌そうに羽を揺らす彼女の髪を、自然と撫でて、その温もりを感じていた。
/
そこでそのまま彼女を抱いた、なんてことはなく、グッとこらえて、実家滞在を終えると、都会へと戻った。身辺整理をして、上司に辞表を叩きつけた。
何を言われたって、耳に入ってきやしなかった。
実家へ戻るように勧めてくれた友人は、祝福してくれた。
結婚式には、ぜひ彼も呼ぼうと思う。
そうして俺は帰るのだ。
彼女と言う蝶が舞う、秘密の花園へーー。
18/03/22 13:06更新 / ルピナス
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