8.遭遇
バーダンに着いた私たちは、早速宿屋を見つけて馬車を預けました。
ブレイブはアンちゃんを装備したまま普通に歩けるようになっています。
でも、鎧の内側ではナニをしているかわかったものではありません。ひとまず、釘はさしてはありますが。
「それでは、確かにお預かりいたします」
私たちは宿屋のユニコーンのお姉さんに馬車を預けました。
看板娘のビクトリアさん。
ポニーテールにした絹のような金髪に優しそうな柔和な顔、楚々とした感じでとても人気が高そうです。馬体もあって体が大きいからか、胸もお尻もバインバインです。お尻は馬ですが。私とは僅差で、どっちが大きいでしょうね。
彼女はまだ未婚で彼氏もいないそうですが、ユニコーンではブレイブになびいてはくれないでしょう。残念です。
馬車を渡す時に馬の性別を聞かれ、メスと答えた時に残念そうな顔をしたのは気のせいということにしておきます。
彼女は清楚なユニコーンですし、実はいい年のようですが、まさかそんな、そんなことはありえないですよね。
それでは、次のメンバーを探すために街に出るとしましょうか。
街には騎士や傭兵の姿もちらほら見られたので、ブレイブもアンちゃんを装備したままでいいでしょう。
ブレイブについていくのは、公正なじゃんけんの結果、私、ヴェルメリオ、アンになりました。
◆
「だ、れ、に、し、よ、う、か、な。て、ん、ご、く、の、ま、お、う、さ、ま、の、い、う、と、お、り」
「何を不吉なことをいっているのですか。あなたの母親が天国に行っていたら、今頃世界は大混乱でしょう」
「確かに死んではいないけど、お父様と交わり続けて常時ヘブン状態よ」
私の答えにヴェルちゃんは呆れ顔です。呆れ顔じゃなくて、アヘ顏を見たい…。
おっと、睨まれました。邪なことを考えるとすぐにこれです。本当の怒りを買う前に私はまた物色に移ります。
「あっ、ごめんなさい」
そう思ったら、ブレイブが誰かとぶつかっていました。
私のアシストがなくても自らゴールを狙う貪欲さ、フラグビルダーの称号をあげましょう。
「いえいえ、そちらこそ大丈夫でしたか?」
相手はカソックに身を包んだ神父でした。神父です。男です。
アッーーー、ごめんなさい、はいらないのです。そんなフラグは立てないでください。私はそのフラグをぶち壊します。
「ダーリン、大丈夫ー?」
ブレイブを後ろから抱きしめます。ギュギュッと、胸に抱えて密着させます。が、アンちゃん固い!
「おやおや。そんなお年でもうリリムとお付き合いしているとは、すごいですね」
神父はただでさえ細めの目をさらに細めて微笑んでいます。
「ええ、そうよ。彼はベッドの上ではすっごいんだから」
「はっは。あなたと褥を共にできるとは、なんとも羨ましい話ですね。ですが、私では耐えられなさそうだ」
彼は私を見ていますが、私の体を見てはいませんでした。
リリムの魅了が効いていない?
「あなた方のお時間の邪魔をしてはまずいでしょうから。大事がなければ、私はこれでお暇させていただきましょう」
そう言って神父は立ち去ろうとします。
「ああ、そうそう。私の名前はザキルと言います。この街の教会の神父です。お祈りの際はぜひともおいでください」
私たちにそんな言葉をかけて、彼は去って行きました。
「何者でしょうか。あの足運びならば、ブレイブを避けられないわけがないでしょう。あなたへの対応も」
「そうですね。胡散臭い奴です」
ヴェルメリオも気がついています。ヴェルメリオには少し引っかかることがあった。
今は何を考えても変わらないでしょうから、ひとまず置いておきましょう。
では気を取り直して。
「誰にしようかな、ーーー、お前だー!!」
「んぅ、あたしがどうかした?」
私が指した先にはサテュロスの女性がいました。ワイン樽を担いで腰に角笛をくくりつけています。
大柄な体格で出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいますが、私やカーラほどではありません。いつもワイン樽を担いで運んでいるのでしょうか、二の腕ががっしりとしています。整った顔立ちは体の割には少し幼さも残っていて、思ったよりも年齢は若いのかもしれません。
目元が若干トロンとしているので、もしかしたら飲んでいるのかもしれません。
「すまない。こいつの言うことは気にしないでください。少しおかしいのです」
「ヴェルちゃん、酷い!?」
「何か用かい?。あたしの酒が買いたいんだったら大歓迎だよ」
サテュロスの女性は、にししと笑います。
「あなた、ブレイブのパーティ、もといハーレムに加わる気は無いかしら?」
まどろっこしいのは無しで、私は単刀直入に尋ねます。ヴェルちゃんの視線を感じますが気にしてはいけません。
「ブレイブ、ハーレム?」
私の言葉に彼女はキョトンと首を傾げています。
私はブレイブを抱き寄せて彼女に見せます。うう、やっぱりアンちゃんが固い。
「ええ、この子よ。こんなちっちゃくても、もう5人の魔物娘を囲ってるのよ」
「へえ、それはすごいな」
「それは私を数に数えているということでしょうか」
時間の問題なのですからいいでしょう。ヴェルちゃんから視線以外のもので突かれている気がしますが、私を突いていいのはブレイブだけです(力説)。
「確かにあたしは未婚だし。好きになった相手だったらハーレムでも構わないけど。さすがに今日知り合ったばかりの相手にほいほいとついていくことはできないよ」
苦笑いをしながら、言われてしまいました。
「そこをなんとか、先っちょ、先っちょだけでいいですから」
「先っちょ許したら、全部許すってことになるだろ」
「じゃあ、お友達から始めましょう。私はリリムのヴィヴィアン、この子はブレイブ。そこのイケメンはドラゴンのヴェルちゃん。あなたの名前は?」
「要求を下げたと思えばぐいぐいくるなぁ。いいか、減るもんじゃないし。あたしはケルン。見ての通りサテュロスさ」
「ケルンちゃん。覚えたわ。よろしくね」
私の差し出した手をケルンちゃんは握ってくれました。うん、いい子です。そして、やっぱり力強いのですね、ポッ。
「ところで、ケルンちゃんは何してるところだったの?」
「ああ、あたしは配達の途中さ。うちで作ったウィスキーのね」
「えっ、それウィスキーだったの?。私はてっきりワインだと思ってたのだけど」
「うちの家系は同族が使い終わったワイン樽でウィスキーを作ってるんだ」
「珍しいですね。バーボンやシェリー酒の樽で作るのは聞きますが、ワイン樽とは。失礼ですが、美味しいのでしょうか」
「それは樽を配達しているあたしを見ればわかるだろう。普通に作れば美味しくならないかもしれないが、ちょっと工夫があってね。もちろんそれは教えられないが、サテュロスワインならぬ、サテュロスウィスキーとして人気だよ」
その言葉にヴェルちゃんは興味を持ったようです。やっぱりドラゴンです。お酒には興味津々。武人を気取ってはいますが、財宝とお酒には目がありませんし、さらに天然ジゴロです。酒!、金!、女!に目がないなんてヴェルちゃんはやっぱり録でもないですね。
殺気?!
「口に出ているぞ、大馬鹿者ぉっ」
うっはぁぁぁぁぁぁぁぁん❤︎
刺した。本当に刺しましたよこのイケメンドラゴン。いくら魔力しか傷つけないからって、仲間を刺すなんて有り得ません。
思わずあげてしまった嬌声に、周りの男性は前かがみになっているし、女性はへたり込んでしまっている人もいます。まったく、街中でリリムを喘がせたらそうなってしまうでしょうに。
なんて非常識なんでしょう。
「おいおい。周りが酷いことになってるぞ」
「悪いのは女性を喘がせるそのドラゴンです」
「もう一度刺しましょうか?」
「ありがとうございます。もういいです」
丁重にお断りしておきます。
「あまり暴走するのはやめてください。私たちもいるのですから」
ヴェルメリオは見透かすような瞳を私に向けながら手を差し伸べてくれます。私はその手を取って立ち上がります。このジゴロドラゴンめ。
「もしよければ、あなたのウィスキーを買わせてもらいないかしら。ヴェルちゃんも興味がありそうだし」
「いいよ。この樽を配達したら家に帰るから一緒に来るといい」
「よろしいのですか?」
「ああ、せっかく友達になったんだから、家に招待するよ」
「ありがとうございます」
珍しくヴェルちゃんが乗り気です。お酒が好きなのでしょうが、飲んで忘れたいようなことでもあったのでしょうか。ストレスのため過ぎはよくありませんよ。
「ブレイブもいい?、飲まないでしょうけど」
「ヴェル姉さんとヴィヴィアンが楽しそうだからいいですよ」
「「ありがとうございます」。これで酒の肴は十分です」
ヴェルちゃんが遠い目をしています。やっぱり何か悩みがあるのでしょうか。
そうして私たちはケルンのその申し出を受けることにしたのでした。
◆
ろうそくの灯りが石畳と男を照らしていた。
「わかりました。斥候は全てやられましたか」
その部屋で一人、男が言葉を発する。言葉の内容の割には男には楽しげな様子がある。
「金で雇ったものとはいえ早い。私のつけた印もすぐに気付かれて消されましたし。なんともまぁ、用心深く鋭いことです。もっとも、そうでなければこちらもやり甲斐が無いというものです」
男は自分の影に語りかけているようでもあり、言葉は闇に吸い込まれていく。
「次の手、ですか。大丈夫です。思ったより早く彼女が到着したことは誤算ではありましたが、ルチアさんからアレを手に入れたという連絡がありました。それに、適合者もすでに見つけています。私たちがすることと言えば、彼女を見失わないようにしながらルチアさんを待つことくらいですよ」
男は椅子から立ち上がり、部屋に置かれている祭壇へと近づく。部屋の空気が動いてろうそくの灯りも揺れる。彼のカソックの下に伸びる影がその歩みにゆらゆらとついて行く。
「彼女に監視は必要ないでしょう。彼らが何を言っても、彼女にはこの街から離れられない理由がある。私たちが動くのはルチアさんと合流した後。そして、私たちが動いた時には全ては手遅れ、彼女たちになす術はありません」
彼は祭壇の下に辿り着くと、祭壇を蹴りつける。そのまま祭壇に刻まれたレリーフを踏みにじる。
顔に浮かんでいるのは嗜虐的な笑み。
「神を顕現させられれば、魔物など問題になりません」
アーメン。
彼は祭壇を足蹴にしたまま、その言葉だけは胸に手を当ててうやうやしく、神妙に唱えたのだった。
◆
ケルンちゃんの家は森の中にありました。けっこう中の方ですね。
お酒を作るのにこちらの方が都合がいいということでしょうか。
「ここがあたしの家だ。あっちは作業場、中には蒸留器がある。興味があるんだったら後で案内するよ」
「是非お願いしたいですね」
「あはは、そう言ってもらえてて嬉しいよ」
ヴェルちゃんの言葉にケルンちゃんが嬉しそうです。口説くのはやめてください。あなたたちはブレイブに口説かれる(予定)なのですから。
「こっちが家だから。どうぞ」
ケルンちゃんに促されて、私たちは家に入ります。
「おじゃまします」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
家の中はシンプルです。落ち着いた雰囲気の木で作られた調度品が置かれています。部屋の隅には暖炉もあって、素朴ながらとても落ち着く空間になっています。
「好きなところに座っててよ。今、用意するからさ」
そういってケルンは家の外に出て行きました。ウィスキー樽が保管されているという作業場へ向かったのでしょう。
「いいところだね」
「そうですね。そういえば、ブレイブのお家の雰囲気に似ていますね」
「うん。でも、ヴィヴィアンにうちの話をしたことってあったっけ?」
「い、いえ。想像ですよ想像」
私は慌てて否定します。危ない危ない。私が影ながらブレイブを見つめていたことがバレてしまいます。
正体を隠してご飯を差し入れたり、部屋を掃除したり、ブレイブの寝た布団でナニしてから洗濯したり、古くなった歯ブラシを持って行って新しい歯ブラシに変えて置いたり。私事を捨て、ブレイブを献身的に支えていたことがバレてしまうではないですか。決して叩いたら埃が出るとかではありませんよ。決して。
「はい、どうぞ」
戻ってきたケルンが私たちにウィスキーを渡してくれます。もちろんブレイブにはジュースです。楓の樹液のジュースだそうです。
「これは、素晴らしいですね」
香りを確かめていたヴェルメリオが感嘆の声をあげました。
「軽やかな麦の香りを芳醇なワインの香りが包み込んで、とても広がりのある香りです。火酒とブドウ酒の良い所を調和させている。見事の一言です」
「気に入ってくれたようで嬉しいよ。次は飲んでみて。味も保証するからさ」
ヴェルメリオは頷いて口に含んでよく味わっています。
「ええ、本当に素晴らしい。力強く奥行きのある味わいなのに、重くなくむしろ軽やかささえ感じさせてくれます。今までこの酒に出会えなかったことが悔やまれますね」
ヴェルちゃんに絶賛されてケルンちゃんは嬉しそうです。このまま二人の世界が始まってしまいそうですらあります。
しかし、よくできますね。ケルンちゃんが持ってきてくれたこのお酒は少なくとも50度以上はあります。口の中も喉も焼けるくらいにきついです。良いものだとはわかりますが、姫ですし、正直すぐに酔ってしまいそうです。
はっ、酔った勢いでというフラグか、フラグなんですね。まったくヴェルちゃんてば、素直じゃないのですから。
「ブレイブ、美味しいですか」
「はい。とても甘くておいしいです」
ブレイブがおいしそうにジュースを飲んでいます。このまま酔ったふりして私が食べたいちゃいくらいですが、ダメです。我慢です。親友のために我慢なのです。
でも、ヴェルちゃんは全然酔っている様子ではありませんね。彼女が酔うまでにはまだ時間はかかりそうです。
というか、ヴェルちゃんもブレイブのことを悪く思っているわけではないので、逆にブレイブを酔わせてヴェルちゃんにけしかければいいのではないでしょうか。流石、私、策士です。
それでは、善は急げです。
「ブレイブもお酒飲んでみませんか?」
「えっ、ダメですよ。僕はまだそんな年ではないですし。お酒の味なんてわかりませんよ」
ブレイブが、先ほどからおいしそうに飲んでいるヴェルちゃんを見ます。ソムリエ・ヴェルがむやみにハードルを上げていました。
「大丈夫よ。ちょっと味見するだけだから。もしかしたら美味しさがわかるかもしれないし」
「うーん、じゃあ、ちょっとだけなら」
ブレイブがおずおずと杯を受け取ります。
よし、ちょっとだけ、先っちょだけでも許可されてしまえば後はこちらのものです。覚悟してください、ヴェルちゃん。
ブレイブが匂いを嗅いで、顔をしかめています。アルコールが強いのでしかたがありません。
そして、恐る恐る口をつけます。
ウィスキーがブレイブの唇にあたり、舌に触れ、喉を通ります。
すると。
「ちょっとブレイブ。今、全部飲んじゃったの?」
「はい。おいしくて…」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!
ブレイブの叫び声とともに鎧が吹き飛びます。
アンちゃん大丈夫!?
鎧は吹き飛ばされたまま、小刻みに痙攣しています。視認できるほどの魔力が鎧から漏れています。
まさか、お酒を飲んだブレイブから魔力が急激に注がれたということ?
本体が見えないので確認はできませんが、強制的に絶頂させられたように鎧が痙攣しています。
アンちゃんがリビングアーマーだからいいものの、下手すると猟奇的な映像になってしまいます。
「熱い、熱いよーー!」
ブレイブはそう叫びながら、外に飛び出し森に向かって走って行ってしまいました。
「しまったーっ!。待ちなさい、ブレイブー」
私は慌ててブレイブを追いかけますが、
「ちょっとなんて速さなの?、私が追いつけない」
異常な加速を見せたブレイブはすぐに私の視界から消え去ってしまいました。
これは大変なことになりました。策士、策に溺れるとはこのことです。
私はヴェルメリオとケルンも呼ぼうとしたのですが、二人はどちらも酔っ払って、二人の世界に入っています。
今頃酔っ払うなんて、私の狙いを外した上に、なんて役に立たないクソトカゲでしょうか。
もう私が一人で追いかけるしかありません。
私はブレイブを追いかけて森の中へと入っていくのでした。
ブレイブはアンちゃんを装備したまま普通に歩けるようになっています。
でも、鎧の内側ではナニをしているかわかったものではありません。ひとまず、釘はさしてはありますが。
「それでは、確かにお預かりいたします」
私たちは宿屋のユニコーンのお姉さんに馬車を預けました。
看板娘のビクトリアさん。
ポニーテールにした絹のような金髪に優しそうな柔和な顔、楚々とした感じでとても人気が高そうです。馬体もあって体が大きいからか、胸もお尻もバインバインです。お尻は馬ですが。私とは僅差で、どっちが大きいでしょうね。
彼女はまだ未婚で彼氏もいないそうですが、ユニコーンではブレイブになびいてはくれないでしょう。残念です。
馬車を渡す時に馬の性別を聞かれ、メスと答えた時に残念そうな顔をしたのは気のせいということにしておきます。
彼女は清楚なユニコーンですし、実はいい年のようですが、まさかそんな、そんなことはありえないですよね。
それでは、次のメンバーを探すために街に出るとしましょうか。
街には騎士や傭兵の姿もちらほら見られたので、ブレイブもアンちゃんを装備したままでいいでしょう。
ブレイブについていくのは、公正なじゃんけんの結果、私、ヴェルメリオ、アンになりました。
◆
「だ、れ、に、し、よ、う、か、な。て、ん、ご、く、の、ま、お、う、さ、ま、の、い、う、と、お、り」
「何を不吉なことをいっているのですか。あなたの母親が天国に行っていたら、今頃世界は大混乱でしょう」
「確かに死んではいないけど、お父様と交わり続けて常時ヘブン状態よ」
私の答えにヴェルちゃんは呆れ顔です。呆れ顔じゃなくて、アヘ顏を見たい…。
おっと、睨まれました。邪なことを考えるとすぐにこれです。本当の怒りを買う前に私はまた物色に移ります。
「あっ、ごめんなさい」
そう思ったら、ブレイブが誰かとぶつかっていました。
私のアシストがなくても自らゴールを狙う貪欲さ、フラグビルダーの称号をあげましょう。
「いえいえ、そちらこそ大丈夫でしたか?」
相手はカソックに身を包んだ神父でした。神父です。男です。
アッーーー、ごめんなさい、はいらないのです。そんなフラグは立てないでください。私はそのフラグをぶち壊します。
「ダーリン、大丈夫ー?」
ブレイブを後ろから抱きしめます。ギュギュッと、胸に抱えて密着させます。が、アンちゃん固い!
「おやおや。そんなお年でもうリリムとお付き合いしているとは、すごいですね」
神父はただでさえ細めの目をさらに細めて微笑んでいます。
「ええ、そうよ。彼はベッドの上ではすっごいんだから」
「はっは。あなたと褥を共にできるとは、なんとも羨ましい話ですね。ですが、私では耐えられなさそうだ」
彼は私を見ていますが、私の体を見てはいませんでした。
リリムの魅了が効いていない?
「あなた方のお時間の邪魔をしてはまずいでしょうから。大事がなければ、私はこれでお暇させていただきましょう」
そう言って神父は立ち去ろうとします。
「ああ、そうそう。私の名前はザキルと言います。この街の教会の神父です。お祈りの際はぜひともおいでください」
私たちにそんな言葉をかけて、彼は去って行きました。
「何者でしょうか。あの足運びならば、ブレイブを避けられないわけがないでしょう。あなたへの対応も」
「そうですね。胡散臭い奴です」
ヴェルメリオも気がついています。ヴェルメリオには少し引っかかることがあった。
今は何を考えても変わらないでしょうから、ひとまず置いておきましょう。
では気を取り直して。
「誰にしようかな、ーーー、お前だー!!」
「んぅ、あたしがどうかした?」
私が指した先にはサテュロスの女性がいました。ワイン樽を担いで腰に角笛をくくりつけています。
大柄な体格で出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいますが、私やカーラほどではありません。いつもワイン樽を担いで運んでいるのでしょうか、二の腕ががっしりとしています。整った顔立ちは体の割には少し幼さも残っていて、思ったよりも年齢は若いのかもしれません。
目元が若干トロンとしているので、もしかしたら飲んでいるのかもしれません。
「すまない。こいつの言うことは気にしないでください。少しおかしいのです」
「ヴェルちゃん、酷い!?」
「何か用かい?。あたしの酒が買いたいんだったら大歓迎だよ」
サテュロスの女性は、にししと笑います。
「あなた、ブレイブのパーティ、もといハーレムに加わる気は無いかしら?」
まどろっこしいのは無しで、私は単刀直入に尋ねます。ヴェルちゃんの視線を感じますが気にしてはいけません。
「ブレイブ、ハーレム?」
私の言葉に彼女はキョトンと首を傾げています。
私はブレイブを抱き寄せて彼女に見せます。うう、やっぱりアンちゃんが固い。
「ええ、この子よ。こんなちっちゃくても、もう5人の魔物娘を囲ってるのよ」
「へえ、それはすごいな」
「それは私を数に数えているということでしょうか」
時間の問題なのですからいいでしょう。ヴェルちゃんから視線以外のもので突かれている気がしますが、私を突いていいのはブレイブだけです(力説)。
「確かにあたしは未婚だし。好きになった相手だったらハーレムでも構わないけど。さすがに今日知り合ったばかりの相手にほいほいとついていくことはできないよ」
苦笑いをしながら、言われてしまいました。
「そこをなんとか、先っちょ、先っちょだけでいいですから」
「先っちょ許したら、全部許すってことになるだろ」
「じゃあ、お友達から始めましょう。私はリリムのヴィヴィアン、この子はブレイブ。そこのイケメンはドラゴンのヴェルちゃん。あなたの名前は?」
「要求を下げたと思えばぐいぐいくるなぁ。いいか、減るもんじゃないし。あたしはケルン。見ての通りサテュロスさ」
「ケルンちゃん。覚えたわ。よろしくね」
私の差し出した手をケルンちゃんは握ってくれました。うん、いい子です。そして、やっぱり力強いのですね、ポッ。
「ところで、ケルンちゃんは何してるところだったの?」
「ああ、あたしは配達の途中さ。うちで作ったウィスキーのね」
「えっ、それウィスキーだったの?。私はてっきりワインだと思ってたのだけど」
「うちの家系は同族が使い終わったワイン樽でウィスキーを作ってるんだ」
「珍しいですね。バーボンやシェリー酒の樽で作るのは聞きますが、ワイン樽とは。失礼ですが、美味しいのでしょうか」
「それは樽を配達しているあたしを見ればわかるだろう。普通に作れば美味しくならないかもしれないが、ちょっと工夫があってね。もちろんそれは教えられないが、サテュロスワインならぬ、サテュロスウィスキーとして人気だよ」
その言葉にヴェルちゃんは興味を持ったようです。やっぱりドラゴンです。お酒には興味津々。武人を気取ってはいますが、財宝とお酒には目がありませんし、さらに天然ジゴロです。酒!、金!、女!に目がないなんてヴェルちゃんはやっぱり録でもないですね。
殺気?!
「口に出ているぞ、大馬鹿者ぉっ」
うっはぁぁぁぁぁぁぁぁん❤︎
刺した。本当に刺しましたよこのイケメンドラゴン。いくら魔力しか傷つけないからって、仲間を刺すなんて有り得ません。
思わずあげてしまった嬌声に、周りの男性は前かがみになっているし、女性はへたり込んでしまっている人もいます。まったく、街中でリリムを喘がせたらそうなってしまうでしょうに。
なんて非常識なんでしょう。
「おいおい。周りが酷いことになってるぞ」
「悪いのは女性を喘がせるそのドラゴンです」
「もう一度刺しましょうか?」
「ありがとうございます。もういいです」
丁重にお断りしておきます。
「あまり暴走するのはやめてください。私たちもいるのですから」
ヴェルメリオは見透かすような瞳を私に向けながら手を差し伸べてくれます。私はその手を取って立ち上がります。このジゴロドラゴンめ。
「もしよければ、あなたのウィスキーを買わせてもらいないかしら。ヴェルちゃんも興味がありそうだし」
「いいよ。この樽を配達したら家に帰るから一緒に来るといい」
「よろしいのですか?」
「ああ、せっかく友達になったんだから、家に招待するよ」
「ありがとうございます」
珍しくヴェルちゃんが乗り気です。お酒が好きなのでしょうが、飲んで忘れたいようなことでもあったのでしょうか。ストレスのため過ぎはよくありませんよ。
「ブレイブもいい?、飲まないでしょうけど」
「ヴェル姉さんとヴィヴィアンが楽しそうだからいいですよ」
「「ありがとうございます」。これで酒の肴は十分です」
ヴェルちゃんが遠い目をしています。やっぱり何か悩みがあるのでしょうか。
そうして私たちはケルンのその申し出を受けることにしたのでした。
◆
ろうそくの灯りが石畳と男を照らしていた。
「わかりました。斥候は全てやられましたか」
その部屋で一人、男が言葉を発する。言葉の内容の割には男には楽しげな様子がある。
「金で雇ったものとはいえ早い。私のつけた印もすぐに気付かれて消されましたし。なんともまぁ、用心深く鋭いことです。もっとも、そうでなければこちらもやり甲斐が無いというものです」
男は自分の影に語りかけているようでもあり、言葉は闇に吸い込まれていく。
「次の手、ですか。大丈夫です。思ったより早く彼女が到着したことは誤算ではありましたが、ルチアさんからアレを手に入れたという連絡がありました。それに、適合者もすでに見つけています。私たちがすることと言えば、彼女を見失わないようにしながらルチアさんを待つことくらいですよ」
男は椅子から立ち上がり、部屋に置かれている祭壇へと近づく。部屋の空気が動いてろうそくの灯りも揺れる。彼のカソックの下に伸びる影がその歩みにゆらゆらとついて行く。
「彼女に監視は必要ないでしょう。彼らが何を言っても、彼女にはこの街から離れられない理由がある。私たちが動くのはルチアさんと合流した後。そして、私たちが動いた時には全ては手遅れ、彼女たちになす術はありません」
彼は祭壇の下に辿り着くと、祭壇を蹴りつける。そのまま祭壇に刻まれたレリーフを踏みにじる。
顔に浮かんでいるのは嗜虐的な笑み。
「神を顕現させられれば、魔物など問題になりません」
アーメン。
彼は祭壇を足蹴にしたまま、その言葉だけは胸に手を当ててうやうやしく、神妙に唱えたのだった。
◆
ケルンちゃんの家は森の中にありました。けっこう中の方ですね。
お酒を作るのにこちらの方が都合がいいということでしょうか。
「ここがあたしの家だ。あっちは作業場、中には蒸留器がある。興味があるんだったら後で案内するよ」
「是非お願いしたいですね」
「あはは、そう言ってもらえてて嬉しいよ」
ヴェルちゃんの言葉にケルンちゃんが嬉しそうです。口説くのはやめてください。あなたたちはブレイブに口説かれる(予定)なのですから。
「こっちが家だから。どうぞ」
ケルンちゃんに促されて、私たちは家に入ります。
「おじゃまします」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
家の中はシンプルです。落ち着いた雰囲気の木で作られた調度品が置かれています。部屋の隅には暖炉もあって、素朴ながらとても落ち着く空間になっています。
「好きなところに座っててよ。今、用意するからさ」
そういってケルンは家の外に出て行きました。ウィスキー樽が保管されているという作業場へ向かったのでしょう。
「いいところだね」
「そうですね。そういえば、ブレイブのお家の雰囲気に似ていますね」
「うん。でも、ヴィヴィアンにうちの話をしたことってあったっけ?」
「い、いえ。想像ですよ想像」
私は慌てて否定します。危ない危ない。私が影ながらブレイブを見つめていたことがバレてしまいます。
正体を隠してご飯を差し入れたり、部屋を掃除したり、ブレイブの寝た布団でナニしてから洗濯したり、古くなった歯ブラシを持って行って新しい歯ブラシに変えて置いたり。私事を捨て、ブレイブを献身的に支えていたことがバレてしまうではないですか。決して叩いたら埃が出るとかではありませんよ。決して。
「はい、どうぞ」
戻ってきたケルンが私たちにウィスキーを渡してくれます。もちろんブレイブにはジュースです。楓の樹液のジュースだそうです。
「これは、素晴らしいですね」
香りを確かめていたヴェルメリオが感嘆の声をあげました。
「軽やかな麦の香りを芳醇なワインの香りが包み込んで、とても広がりのある香りです。火酒とブドウ酒の良い所を調和させている。見事の一言です」
「気に入ってくれたようで嬉しいよ。次は飲んでみて。味も保証するからさ」
ヴェルメリオは頷いて口に含んでよく味わっています。
「ええ、本当に素晴らしい。力強く奥行きのある味わいなのに、重くなくむしろ軽やかささえ感じさせてくれます。今までこの酒に出会えなかったことが悔やまれますね」
ヴェルちゃんに絶賛されてケルンちゃんは嬉しそうです。このまま二人の世界が始まってしまいそうですらあります。
しかし、よくできますね。ケルンちゃんが持ってきてくれたこのお酒は少なくとも50度以上はあります。口の中も喉も焼けるくらいにきついです。良いものだとはわかりますが、姫ですし、正直すぐに酔ってしまいそうです。
はっ、酔った勢いでというフラグか、フラグなんですね。まったくヴェルちゃんてば、素直じゃないのですから。
「ブレイブ、美味しいですか」
「はい。とても甘くておいしいです」
ブレイブがおいしそうにジュースを飲んでいます。このまま酔ったふりして私が食べたいちゃいくらいですが、ダメです。我慢です。親友のために我慢なのです。
でも、ヴェルちゃんは全然酔っている様子ではありませんね。彼女が酔うまでにはまだ時間はかかりそうです。
というか、ヴェルちゃんもブレイブのことを悪く思っているわけではないので、逆にブレイブを酔わせてヴェルちゃんにけしかければいいのではないでしょうか。流石、私、策士です。
それでは、善は急げです。
「ブレイブもお酒飲んでみませんか?」
「えっ、ダメですよ。僕はまだそんな年ではないですし。お酒の味なんてわかりませんよ」
ブレイブが、先ほどからおいしそうに飲んでいるヴェルちゃんを見ます。ソムリエ・ヴェルがむやみにハードルを上げていました。
「大丈夫よ。ちょっと味見するだけだから。もしかしたら美味しさがわかるかもしれないし」
「うーん、じゃあ、ちょっとだけなら」
ブレイブがおずおずと杯を受け取ります。
よし、ちょっとだけ、先っちょだけでも許可されてしまえば後はこちらのものです。覚悟してください、ヴェルちゃん。
ブレイブが匂いを嗅いで、顔をしかめています。アルコールが強いのでしかたがありません。
そして、恐る恐る口をつけます。
ウィスキーがブレイブの唇にあたり、舌に触れ、喉を通ります。
すると。
「ちょっとブレイブ。今、全部飲んじゃったの?」
「はい。おいしくて…」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!
ブレイブの叫び声とともに鎧が吹き飛びます。
アンちゃん大丈夫!?
鎧は吹き飛ばされたまま、小刻みに痙攣しています。視認できるほどの魔力が鎧から漏れています。
まさか、お酒を飲んだブレイブから魔力が急激に注がれたということ?
本体が見えないので確認はできませんが、強制的に絶頂させられたように鎧が痙攣しています。
アンちゃんがリビングアーマーだからいいものの、下手すると猟奇的な映像になってしまいます。
「熱い、熱いよーー!」
ブレイブはそう叫びながら、外に飛び出し森に向かって走って行ってしまいました。
「しまったーっ!。待ちなさい、ブレイブー」
私は慌ててブレイブを追いかけますが、
「ちょっとなんて速さなの?、私が追いつけない」
異常な加速を見せたブレイブはすぐに私の視界から消え去ってしまいました。
これは大変なことになりました。策士、策に溺れるとはこのことです。
私はヴェルメリオとケルンも呼ぼうとしたのですが、二人はどちらも酔っ払って、二人の世界に入っています。
今頃酔っ払うなんて、私の狙いを外した上に、なんて役に立たないクソトカゲでしょうか。
もう私が一人で追いかけるしかありません。
私はブレイブを追いかけて森の中へと入っていくのでした。
16/05/27 19:50更新 / ルピナス
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