青い空。
徐々に涼しくなって来た風が、私のゆるやかな金の髪を撫でるように通り過ぎていきます。
近所の男の子たちが遊ぶ、騒がしくものどかな声が伝わってきます。私は公園のベンチに一人座り、その光景を時折鼻から吹き出しそうになる真っ赤なリビドーを抑えつつ、見ていました。
だと言うのに、テンテンと転がってくるボール。私は何気ない風を装って、そのボールを軽く蹴り返してあげます。
「ありがとう由月お姉ちゃん」
「どういたしまして、裕太くん」
彼の屈託ない笑みに私はつとめて朗らかに笑います。彼は赤くなった顔を急いで隠すようにして向こうに戻っていきます。見ていると、それを友達にからかわれているようでした。綺麗なお姉さんにドギマギする少年を小突く少年……私は慌てず騒がずベンチに座りなおし、ハンカチを鼻に当てます。
か、かわいい……。
とうとう溢れ出した私のリビドーがハンカチを真っ赤に染めていきます。こんな姿、彼らに見せられるわけがありません。私は近所の頼れるお姉さんなのですから。そんな姿を晒してしまえば、普段読まない本を読んでいるのも無駄になってしまいます。
私が読んでいる本は『吸血鬼カーミラ』。女の子同士の絡みより、男の子同士の絡みにしてくれたら良かったのにと、私は物憂げにため息をつきます。

私はユニコーン。魔物娘です。
もちろん正体は秘密。
だから私は人間のお姉さんとしてここに座っているわけです。種族柄、私の伴侶となる男性は童貞しか認めません。しかし、こうして少年たちを愛でているのは私の趣味です。自慢の胸を張って声高に言い放ってやりましょう。
私は、ショタコンだーーッ！ だーッ、だーッ、だーッ。
いえ、もちろん本当に叫びはしませんよ。そんな事をしてしまえばせっかく近所のママさんたちからも信頼の置ける清楚なお姉さんと思われている私のキャラが崩れてしまいますから。
ふう。私はようやく治ってくれた鼻血に、ハンカチを外します。真っ赤に溢れ出したリビドーにハンカチが染まっていました。
これを彼にプレゼントしたら……。私はもたげかけた歪な思いを頭を降って振り払います。と、
「あら……」
どうやら何度も鼻血を吹き出しすぎて貧血気味になってしまったようです。
しまったな……と、揺れる頭を抑える私。

「お姉ちゃん、大丈夫かよ？」
ふと顔をあげれば、翔平くんがいました。さっきまで裕太くんたちと遊んでいましが、私の様子を気にかけてくれたようです。
ダメです。また私のリビドーが溢れ出しそうになります。私は解けた糸の最後の一本のような理性を慎重に手繰り寄せつつ、平静を装います。
「ありがとう。大丈夫よ」
翔平くん。この子は、ぶっきらぼうなオレ様に見えて、実は優しいのです。彼は私の笑顔に動じていないふりをしていますが、少しだけ耳が赤いです。
私は軽くラマーズ法を行なって、鼻血を堪えます。
ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。
「貧血かよ。ちゃんとレバーとか食えよ。女の人は血が減りやすいんだって、母さんが言ってた。どうしてかは教えてくれなかったけれど」
うふふ。それはね。
と、口を開きかけた真の私を私は無理やり飲み込みます。ダメです。私、自重。本当ならば実技を込めて見せてあげたいですが、そんなことをしたら通報されてしまいます。
「どうしたんだ？ 変な顔して。熱はないな」
翔平くんは私の額に手を当てて来ます。小さくとも少女とは違う、少年のちょっとだけ硬くなり始めた手が触れます。自分からしてきたくせに、私の前髪が触れて、少しだけしまったという顔をしたのを私は見逃してはいません。彼は誤魔化すように、
「おいおい、お姉ちゃん、だんだん熱が上がって来てるみたいだけど、……横になっていたほうがいいぜ」
彼は私の肩に手を当てると、そのままベンチに横にして来て……。

ブハッ。
私の鼻血（リビドー）が臨界点を突破しました。
「うわっ！ 大丈夫かよ！？ おい、お姉ちゃん、お姉ちゃーん」
狙撃されたように大量に鼻血を噴射して、倒れこむ私の周りに他の少年たちも駆け寄って来ます。
私を心配そうに見つめる少年たちの無垢な目、目。
天国は、ここにあったのだ……。
しかし、エンジェルちゃんとデビルちゃんの幻影を振り払いながら私は起き上がります。
「だ、大丈夫よ……。お姉ちゃん、ちょっと鼻の粘膜が弱くて。いつものことだから」
それでもさすがにハッスルしすぎたようで、足元がふらつきます。
「大丈夫じゃねぇだろ？ 家まで送るよ」
え、まさかのお持ち帰りですか？
自重しろッ！ ダークエルフさんに鞭で叩かれるさまを想像して私は自分を戒めます。少年たちにされるのならばご褒美ですが、さすがに彼女からでは私にとっては罰になります。
「おい、裕太も手伝えよ」
「う、うん」
私の心の葛藤を知らず、翔平くんと裕太くんが左右から私を支えてくれ、とどめを刺しに来ました。
彼らの身長はまだまだ私よりも低いけれど、私の腰のあたりを持って、杖のような役割をしてくれます。
ダメです。これは私、昇天してしまいます。
「だ、大丈夫だから、座ってれば一人で帰れるようになるから」
「本当に？」
慌てたように断った私を、裕太くんが心配そうに見て来ます。
「うん、そう。だから、みんなは先に帰ってていいわ。じゃないと家の人が心配するでしょ」
「そんなのラインしとけば大丈夫だから俺はお姉ちゃんが立てるようになるまでここにいる」
「翔平くん……」
「それなら僕もいるよ。僕も翔平くんと一緒でお姉ちゃんのこと心配だから」
「おい、俺は別に心配なんてしてないぞ。お姉ちゃんを送るのは男の義務なんだから」
この子たちは本気で私を殺しに来ているようです。でも、くっ、殺すくらいなら犯しなさい！ 私はあなたたちなら大歓迎です！
「あ……」
目覚めかけた真の私のせいで、またふらつきました。
「大丈夫？ うわわ。ご、ごめんなさい」
慌てて私を支えた裕太くんが私の胸に顔が当たってしまってその顔を真っ赤にさせていました。
モーマンタイ。むしろ、もっとぉ……。
いやいや、いけないいけない。
と、周りを見れば、少年たちが裕太くんを羨ましそうに見ています。翔平くんだって、あ、慌てて顔を逸らしました。少年でもみんな、ちゃんと男のなのですね。私はホウと、思わず瞳を……。

「どうしたの？ お姉ちゃん。見たことない顔をしているよ」
裕太くんが私の顔を覗き込んで来ていました。
「な、なんでもないのよ……。ちょっと貧血でボーッとしちゃっただけだから」
私は慌てて弁明します。その無垢な瞳で汚れた私の目を見続けさせるわけにはいきません。ユニコーンで処女なのにすでに汚れているってこれいかに。
「ふぅん、じゃあ、俺はもう連絡しといたから、裕太も残るなら連絡しとけよ。で、お前らは帰った帰った」
翔平くんに言われた裕太くんは慌ててスマホを取り出し、他の男の子たちはちょっと残念そうに帰っていきました。私もちょっと残念ですが、翔平くんの言い方が、俺の女の面倒は俺が見るみたいな雰囲気があって、少し……いいえ、ズドンとくるものがありました。
裕太くんと翔平くんはまるでナイトのように私に付き添って守ってくれて、ああ、私は彼らのどちらを選べばいいのでしょう。
ダメ、そんなの選べない！ だったら二人とも。……いえいえ、そんなショタを二人も囲うだなんて罰当たりなことしていいはずがありません。しかし、私を求めてこの二人が争うことになるのだったら、ああ、私はなんて罪作りな女。
「どうしたんだ。お姉ちゃん、またボーッとして」
「本当に大丈夫？ 救急車呼ぶ？」
本当に必要なのは警察です。
「だ、大丈夫ですよ。二人にお世話をしてもらって私は幸せだなって」
私はつとめて清楚なお姉さんスマイルを浮かべます。
裕太くんだけでなく、翔平くんも顔を染めてそっぽを向きました。
ぐふふふふ、と笑い出さないようにするので私は精一杯でした。

しかし……二人ともスマホを持っているのですね。
それなら……、と私はイケナイ悪戯心が持ち上がって来てしまいました。
私は彼らに話しかけます。
「じゃあ私が落ち着くまでの暇つぶしに……このアプリって知ってる？」
私はあのアプリを彼らに紹介することにしました。
「知らないな」
「知らないよ？」
彼らの反応に私は内心でほくそ笑みました。

まもむすGO。
このアプリを起動させて画面に写すと、その男性が攻略できる魔物娘である場合、魔物娘の正体が映し出されるアプリです。
この二人の攻略対象として私が表示されるかどうかも気になるところですが、うふふ。実はこれ、魔物娘側も使用できるのです。私のアプリは課金の必要な機能拡張でーー狸さんが軽蔑の視線を向けてきましたが、十分ふんだくった彼女にそんな目で見られる筋合いはありません。あれはまるで養豚場ならぬ、駄馬を見る目でした。ということはよくてーー

【お馬さんと遊ぼう】
許可した相手のアプリに自身の体と連動させた馬のアバターを登場させ、遊んでもらえるようになる機能です。（自身を攻略対象としていないアプリ使用者でも可能）

そんな素敵な機能を私は手に入れていたのです。これを使えばこの子たちに私を弄んでもらうことが、ぐふ、ぐふふふ。
「どうしたんだよ。お姉ちゃん。変な笑いをして。それによだれも垂れてるし。……って、大丈夫か」
「だ、大丈夫よ。ぐ……」ふふ、と笑いそうになって、私は咄嗟に口を抑えます。
「ぐ？」
「なんでもないのよ、……うふふ」
しまった。思わずトリップしていたようです。怪訝そうな顔をしていた翔平くんに、私は急いで口元を拭って爽やかな顔で微笑みます。しかし、
「ねえ、お姉ちゃん、手ごめって何？」
「ひゃっ！？ 」裕太くんの質問に私は飛び上がるくらいに驚きました。背筋を冷たい汗が流れています。「どうしてそんなことを聞くのかな？」私は精一杯のお姉さんスマイルで尋ねます。
「だって、ここに……」
彼が見ていたのはまもむすGOの説明画面です。

正体を隠して暮らしている魔物娘の正体を暴いて手篭めにしてしまえ。

裕太くんはちゃんと説明を読む子のようでした。
それはね。こういうことだぁー！ と、彼に飛びかかって実演を交えて教えてあげたいですが、というか交わりたいですが、ここで飛びかかってしまってはせっかくのショタハーレムが台無しになってしまいます。
私はまだ、少年たちの花園に座る一輪の百合の花でいたいのです。
「そんなことを聞いたらお姉ちゃんが困るだろ。ちょっと耳貸せよ」
どうやら翔平くんは意味を分かっているようですね。ぐふふ。こ・の、おませさん。
しかし、俺様系少年が無垢系少年に耳打ちをして、無垢な方が顔を赤らめていくのはくるものがありますね。おっといけない。これ以上鼻血を出したら、本当に運ばれるハメになりかねません。
私はまだ警察のお世話になるわけにはいきません。

「お姉ちゃん、これ、大丈夫なアプリなの？」
裕太くんが尋ねてきます。おさまれー、私の邪心おさまれー。
私は爽やかな笑顔で、
「大丈夫。別にこれはただのお遊びのアプリだから、……エッチなことなんてないわよ」
私の言葉に裕太くんだけでなく翔平くんも耳を赤くしていました。
私は息が荒くなるのを抑えつつ、
「でも、お姉さんを写すと、腰から下がお馬さんになってるよ」
「俺のもだ。どっちの画面にも『get me』って出てるな」
なん……だ、と……！？
静まれ、俺の邪心おさまれッ！

「お、お姉ちゃん？ なんか、今すごい顔してたよ」
いけません、二人とも引いていました。きっと私、もしも漫画だったら劇画調の絵柄に変わっていたはずです。私はなんとか平静を保ちます。
ショタハーレムを立ち上げ、今まで誰にも手を出さずにきた私の精神力を舐めるなよ。……って、誰に言っているのかわかりませんが。
「大丈夫よ。持病の癪が……」
「持病って、だから鼻血を出したり……」
本気で心配してくれる彼ら。そんな彼らに私は私を辱めようとさせているだなんて……。たまりません。
「そんな酷いものじゃないのよ。もう少し静かにしていれば大丈夫だから……それより招待したから、承認してもらってもいいかしら？ お姉さんと、遊びましょう？」

あれ？
反応が返ってきません……。
どうしたのでしょう。
彼らを見れば、顔を真っ赤にしていました。
「なんか、お姉ちゃんの言い方……ちょっとエッチだった」
裕太くんが言いました。
「……………」
ハッ！ 危ない。今私、襲いかかろうとしていませんでした？
セーフです。
二人との距離が若干開いていますがまだ大丈夫……ですよね？
私はいつも通りの笑みを浮かべます。
「一緒に遊ぼ？」
何気ない風を装って言えば、彼らはホッとしたようでした。一番ホッとしているのは私です。

さて、今、彼らの画面には下半身が馬であるユニコーンの私ではなく、本物の馬ーーといってもリアルな馬ではなくゲームの馬ですーーが、映っています。
「このゲームはね。お馬さんのレースなの。画面に映っているお馬さんの体を撫でてあげると、お馬さんの速さが上がって、先にゴールした方が勝ち。触る場所や触りかたによってお馬さんの速くなりかたが違うから、いろいろ試してあげてね」
頷きながら、ゲームを始めたくてうずうずしている裕太くんに、興味ないふりをしつつやる気満々な翔平くん。二人は私がスタートのタップをするのを今か今かと待っています。
私？ 私ですか？
私は、今から二人に嬲られることを期待してーーああ、この字、男二人に女が挟まれている。この状況を表すのにぴったりの感じではないですかーー私はすでに感じてお股がむずむず、興味ないふりをしつつヤられる気マンマンです。
「そ、それじゃあイいくわよ。先にイかせた方の勝ち」
「お姉ちゃん、お馬さんが行くのは分かってるよ」
「先にゴールさせた方が勝ちだろ？」
「そうね昇天（ゴール）させた方の勝ちね」
私はゴクリと唾を飲み込んで、
「それじゃあ、よーい、スタート！」

「行っけぇええ！」
二人はためらいなく画面のお馬さんをタップしました。

イっくぅううう！
そ、そんな裕太くん、大人しいふりして始めっからかそんなに強くお尻を叩くだなんて。
ぅうっ！
翔平くん、冷静に擦っているけれど、そこ、私のお股なの。ああ、そんなもう焦ったく……。
ひ、ひぃんん！
裕太くん、またそんなに強く。
「あれ？ こっちを擦っても速くなるぞ」
翔平くん！ そこは乳首！ なんでそんなにピンポイントで探り当てられるの！？
二人は早くゴールさせようと、画面の馬をタップします。
彼らのヤり方は二人それぞれで、直接触られているわけではないのに、まさに二人の少年に弄ばれる私は、快楽の鞭で尻を叩かれるメス馬。
もっと、もっとその鞭をください。
「あ、夢中になって汗がついちゃった」
そんな、液体の感触がぁ！
「もうちょっとでゴールだ」
「負けねぇ」
翔平くんのタップがねちっこくなりました。
ダメ、ダメェ！ もう何度もイッてるからぁ……。このままされたら私壊れ（ゴールし）ちゃう。

「よーし、勝った」
「くそー！ 翔平くん、最後の追い上げすごかった。ね、ね。もう一回やろう。いいでしょ」
「お前負けず嫌いだな」
「翔平くんに言われたくないよ。あ、でもこれもう一回やるにはお姉ちゃんの許可がいるみたい。ね、柚月お姉ちゃんもう一回やらせ、……て？」
ふふふ。裕太くん。もう一回と言わずに何度でもやらせてあげたいところなのですけれど、私、もうダメみたいです。
「柚月お姉ちゃん！？」
「おい、急いで救急車！」
翔平くんがスマホを耳にあてています。
私は空中から、鼻血を垂れ流しつつイイ顔で果てている私と、私に駆け寄って揺さぶる二人の少年を見ています。どうやら私は限界以上の鼻血を出してしまったようです。
ああ、天から降りてくるエンジェルと、地面から現れてきたデビルが、お互いにどちらが私を連れて行くかでもめています。どちらも私を連れて行きたくはないようです。失礼ですね。
そのうちに救急車が到着して、浮いている私は引きずられるようにしてついて行きます。まるで風船が風にたなびくように。

救急車に一緒に乗り込んだ少年たちの涙が触れるのを感じました。彼らは私のために泣いて、私の体の上に涙が落ちたのでしょう。それから彼らの声が私の耳に届きます。
「お姉ちゃん、ぼく、お姉ちゃんをお嫁さんにしたかったのに」
「俺だって……」
「本当！？」
私はガバッと起き上がることができました。
「お姉ちゃん！」「お姉ちゃん！」
二人が私に抱きついてきます。私は根性で鼻血を抑えます。
せっかく輸血されているというのに、鼻血で出してしまっては、怒られてしまいます。ですが、輸血……。よくすぐに適切な処置をすることができましたね。
私はチラリと救急隊員を見ました。
女性です。
彼女の口元からは牙が見えます。
彼女は呆れた顔をして、私にスマホを見せました。それは私のスマホです。
「あ、それ、緊急だから押せって、アイテム屋の狸さんが……」
裕太くんの声に私、は今度は血の気が引きました。

課金【緊急蘇生】
白澤の知識を使って適切な処置を導き出し、バフォメットの魔術によって必要な機材を運搬する。我が社のもてる最高の技術で蘇生させる。

値段は後日請求します。

ピコンと狸さんの顔が浮かびます。
とってもいい笑顔でした。上級魔物娘をわざわざ働かせなくとも、他に手はあったに違いありません。魔物娘にそれができないわけがないのです。
いくら請求されるのか、もしかすると、ショタハーレムで戯れることができなくなるくらいに
労働に従事させられることになるのかもしれません。きっと地下労働施設のような場所で……。
私はフッと意識を手放しました。
「お姉ちゃん！？」「お姉ちゃーん！」
少年たちの声が救急車のサイレンよりも大きく聞こえたのでした。

◆

幸い、払えない額でなくて助かりました。資産家の財産をなめないでください。
私はショタハーレムで、数人の少年に【お馬さんと遊ぼう】をやらせている、私の姿をまた空中から見ています。
もしかすると、私の財産が尽きるのもそう遠い日ではないのかもしれません。

かしこ