連載小説
[TOP][目次]
特殊機能:天の声(上)
ーー僕はあの子の秘密を知っている。

「今日は、黒です……」
彼女は僕の横を通り過ぎる時、耳元でそう言った。
僕は彼女の言葉が聞こえなかったふりをして、キョトンとした顔を浮かべる。白い頬を赤く染めて、彼女は逃げるように立ち去っていく。彼女の美しい金髪が、腰元で揺れていた。
正直僕の心臓は、口から飛び出そうになるくらいにバクバクと脈打っている。
彼女、今日はそんなパンツをはいてるんだ……。
そう、彼女が教えてくれたのは、今日の下着の色。
どうしてそんな事を彼女が教えてくれたのかというとーー。

私立御伽学園。僕はこの学園の二年生。
あの子というのはこのクラスの委員長リーナ・ウェザー。北欧出身だという彼女は、綺麗な金髪に、湖のように澄んだ瞳、輝く白い肌。僕なんかじゃ、その姿を見るだけで目が眩んでしまうような、高嶺の花という言葉じゃ足りない、文武両道でフェンシング部のエース。有り体に言って別次元の存在。
そんな彼女の秘密を、僕は知ってしまった。

それと言うものもこのアプリ、『まもむすGO』をインストールしてしまったからだ。
何でも、この世界には魔物娘という存在が、その正体を隠して人間社会で暮らしているらしい。彼女たちは魔物が人間になった異形の姿をしているという。そしてこのアプリを使えば、彼女たちのうちで、嫁にするため攻略できる相手が表示される。
何て夢のあるアプリだろう。
僕は半信半疑で始めてみた。

しかし、アプリを起動させた僕は、まず愕然とした。
この学園、魔物娘反応が半端じゃない……。誰が魔物娘で、その魔物娘がどの種族かは分からないけれど、少なくとも女子の半分以上は魔物娘らしい。僕のすぐ隣、というか僕の学校がすでに別の世界みたいになっていた。
だけど、今は置いておこう。
彼女たちが魔物娘だと分かったところで、僕と彼女たちの距離は変わらない。彼女たちは僕の攻略対象ではなかった。
僕の攻略対象はーー。

別次元の存在どころか、人間じゃなかった委員長リーナ・ウェザー。
彼女は……ヴァルキリーだった。

教室で僕は何食わぬ顔でアプリを起動させ、何気ないフリを装って彼女を画面に写す。そこには神々しいまでのヴァルキリーの姿が写っている。こんなーーエッチィことはいけません、なんて素で言いそうな彼女が黒の下着を身につけている。
しかも、それをはかせたのは僕だというのだから堪らない。
僕は、仄暗い情欲に身を焦がしながら、画面の彼女をつついてみる。

「……やっぱりダメか」
このアプリ、画面の中の彼女にタッチすれば、現実の彼女にも同じ刺激を与えられるらしいのだけど、彼女にそうはいかなかった。僕が突つくと、バリアーみたいなのがでて弾かれている。まるでATフィールド。僕のDT(童貞)フィールドで中和してみたいけど……言ってて悲しくなってきた……。
彼女のステータスを見れば、横にはDP(ディフェンス値)が表示されている。なんでも、アイテム屋の狸さんの説明によれば、これは彼女に備わった加護だそうで、この値がある限り、このアプリによるお触りは厳禁らしい。
このままでは彼女を攻略する事は出来ない。といっても、正攻法で僕が彼女にアプローチすればいい話なのだが、「そうさせてしまっては運営の名折れ、いつもはこんな事しないのだが、特別の特別の特別に」と。何度も何度も、恩着せがましいように言いながら(これ、仕様なんだよね? リアルタイムで何処かに繋がってたりしないよね?)、僕のアプリに一つの機能を追加してくれた。
それが

特殊機能【天の声】
信仰心の篤いヴァルキリーに有効。あなたの声を天の声として届けられるようになる機能です。マイクに話しかければ彼女の脳内に話しかける事が可能です。使用中は彼女の声を受け取る事も可能。

僕はこれを使って彼女を攻略すればいいらしい。
天の声ならぬ僕の声は、彼女に話しかけ、今はエッチなフィールドにまで踏み込んできていた。
とは言っても、チキンな僕は、彼女の下着を指定したり、その色を僕に教えさせたりするくらいで(もちろん天の声が僕だとは気がつかれていない)、それ以上の事は出来ていないのだけど……。その命令だって、狸さんのアドバイスを受けて、である。

僕は彼女のステータスを閲覧する。スリーサイズなんてものも載っていてドキドキするが、
「…………また数値が変わっている。でも、これはなんの数値なんだろう」
彼女のステータスにはDPだけでなく、他の数値も記されている。K値と書かれている。それはマイナスで表示されていて、前回見た時よりも幾分数値が上がってゼロに近づいている。
数字部分が減っていく様は、カウントダウンじみていてーー少し怖い。

「もしかして、これって……これがゼロを越す前にDPを削りきれ、とか。彼女を落とせって事なのだろうか……でも、彼女を落とすためにはーー」
もっとエッチな事をさせなくちゃいけないのだろうか……。狸さんのアドバイスも、「もっと本気を出せよー!」と、だんだん僕を煽るようになって来ている。で、でも……。
僕はチラッと目を向けただけだったのに、振り返った彼女と目があって、思わず顔を伏せたのだった。



私の朝は、主への祈りから始まります。
起きて顔を洗い、歯を磨き、身だしなみを整えて、跪く。

ーー 天にいます主よ。
ーー今日も淫らの魔の手から我が身を守る、加護をお与えください。

主は私の祈りを聞き届けられ、私に加護をお与えになります。これで、私に対する性的な接触は弾かれます。この加護のおかげで、私は不埒な男性の手からこの純潔を守れています。
以前私に痴漢を犯そうとしてきた不埒者がおりましたが、この加護のおかげで彼の手は弾かれ、私は彼を痴漢として告発出来ました。
エッチィことはいけません。魔物娘の友人から言えば(人間の友人からも)、病的と揶揄されるほどに、私はそうした事柄を否定します。
それと言うのもーー、

「お二人ともッ! 娘の前でそのような事はやめてください」
階段を降りた私は目にしたものに思わず叫びました。
「そのような事ってどんな事かしらー?」
「私たちは咎められる事などしていないが」
甘ったるい声を返すのは私の母親のダークヴァルキリーで、生真面目そうな声は父親のインキュバスです。彼らは朝っぱらだと言うのに……。
「お母さま、お父さまの膝から降りてください」
彼女はあろう事か、お父さまの膝の上に乗って食事を食べさせてあげているのです。な、なんという破廉恥な……。え、服はどうかって? 着ているに決まっています。私はあまりの痴態に顔を真っ赤にして、目を背けます。あまりの熱に体がワナワナと震えてしまいます。
「もぅ、これでもダメなの? あなたが言うから口移しはしてないって言うのに……」
「く、くちッ、チュチュチュ……」
あまりの発言に私の頭からは蒸気機関車のように湯気が立ち、ヘナヘナと崩折れてしまいました。
「あらあら、初心ねぇ……。やっぱりこれは、あれに登録しておいて正解ね……結婚してもなかなか素直になれなかった私を助けてくれた、アレ」
母が何か言っているようですが、私の耳には届きませんでした。

昔はこうではありませんでした。
昔の母はそれはもう凛々しくて、 私の憧れでした。しかしある時を境に彼女はダークヴァルキリーに変貌しました。それと言うのも自分の本当の気持ちに気がついたから、だとか。
その本当の気持ちが何なのかは知りませんが、今の様子を見ているにエッチィことに違いありません。
私はッ、絶対にッ、母のようにはなりませんッ!
私はそう誓っているのです。そうして清廉潔白なヴァルキリーであり続けてきた私だからこそ、主はお声を直々にかけてくださったのでしょう。私はついに先日、主の声が聞こえるようになったのです。

部屋に戻った私が再び跪き、主の言葉を待っていると、
「おっはようございま〜〜す! 天の声で〜す(C.V.朝の天の声)」
「おはようございます。主よ、今日はどのような下着をご所望でしょうかは。私はあなたが望まれるのならば、私はどのような下着でも身につけましょう」
一昨日は黒でした。昨日は紫。その色をクラスのある男子生徒に告げなくてはいけない事も含め、私は羞恥で破裂しそうなのですが、主が乗り越えられない試練をお授けになるわけがありません。最近では彼に告げない方がもどかしく思えるようにもなりました。これはきっと、私が淫らに落ちないようにするための訓練なのであり、私が見事に順応してきている証に違いありません。

「うん、そうだね〜」
主は少し緊張されたような声を出されました。私は何か、主が躊躇われるようなお告げをされるのか、と身構えます。
はじめは想像していた主の声とは違って、まるで自分が誰かをバレないように必死で作っているような声だとも思いましたが、今となってはもう自然に聞こえます。主は私の信仰心を試され、私はそれを見事に乗り越えたのです。しかし、
「じゃあ今日はーーーーー」
「え? しゅ、主よ、本気、なのですか……」
思わず私は耳を疑いました。
「ほ、本気だよ〜。リーナはぼ……私の言葉を疑うと言うのかな〜」
「い、いえ!」私は大慌てで首を振ります。そして、
「主の御心のままに……」
と、羞恥心を堪えて深くこうべを垂れたのでした。

主が望むのであるのなら、私は従うまでです。しかし、この下腹部に感じた疼きは何なのでしょうか? 私は不安とも期待とも取れない気持ちとともに、主の言葉に従ったのでした。



「はいてない……です」
すれ違った彼女から告げられた言葉に、僕は思わず前かがみになった。
ほ、本当に……? 思わず僕は振り向いて、ヒラヒラと防御力の低そうな彼女のスカートを目で追ってしまった。僕の視線に気がついたらしい彼女は、羞恥で真っ赤に染まった顔で僕を睨みつけて来て、唇をツンと尖らせている様子に、僕は開いてはいけない扉が開き始めた気がした。
た、狸さん……僕、本気、出ちゃうかもしれません。

昼休みになって、僕は早速校舎裏でアプリを起動させた。
そしてゴニョゴニョと彼女に向かって指令を告げる。
ーー証拠を見せてあげなさい、と。
放課後、僕は彼女に呼び出された。

誰もいない教室。
僕は彼女と二人っきり。
「ど、どうしたの、リーナさん……僕に用事って……」
僕は精一杯、なぜ彼女に呼び出されたか分からない、というクラスメイトを装う。
彼女が僕に何を見せてくれようとしているか、僕は知っている。僕の心臓はドキドキで、これから目にするであろう彼女のスカートの中身を想像してしまって、僕はもう、カバンをバリケードのように股間の前に置いている。
彼女の白い肌は羞恥で真っ赤に染まって、モジモジとするその様子だけで、僕はトイレに駆け込みそうになってしまう。

「私は、主の敬虔な使徒……です」
尻すぼみの言葉で、彼女は言った。
「主に、……私の祈りが通じ、主は私に試練をお与えになりました……」
「試練……」
僕はなるべく神妙に言う。
普段ならきっと、賢明な彼女が、そんな言い分をすんなり受け入れる僕を不審に思わないわけがない。でも、彼女はいっぱいいっぱいで、そんな事にも気が回らないようだった。
「はい、あ、……あなたに、私……がは、いていない事を証明しろ……と」
「な、何……を?」
「……です(ボソッ)」
「え?」「……ツです」「え?」「パンツ、です(ボソボソ)」「え?」
聞こえたけど、僕はワザと、聞こえないふりをしてみる。
すると彼女は更に顔を真っ赤にさせて、モジモジ、手をブンブン。この人、テンパると仕草が可愛らしいよう。そして意を決したように、
「だから! 私が……パンツをはいていないのをあなたに見せなければならないのです!」
よく出来ました!
と、叫ばなかった僕を僕は全力で褒めてやりたい。

彼女はゼーゼーと肩で息をして、もう爆発してしまうのではないか、と思うほどに真っ赤っか。
「勘違いしないで下さい。私は決して痴女ではありません。こんな趣味などありません。これは主が私に使わされた聖なる試練なのです。私が淫らの魔の手から自分自身を守れるようになる、という……。だ、だから、大人しく私のノーパンを見なさい!」
まくしたてるように彼女は言ったが、無いものを見ろとはシャレが効いている。
「て、手早く済ませてしまいます。だから、その目に私を焼き付けてください」
彼女はノーパンを隠しているスカートに手をかける。そしてソロソロと持ち上げていく。
彼女自身は焦らしているつもりは全くないのは知っている。でも、それは僕を誘う痴女そのものでしかない。
ああ、僕はここで、生まれて初めて女の子の大事なところを生で見るのか……。しかも高嶺の花どころでは無いリーナさんのを。あそこの毛も髪と同じ金色なのだろうか、とか。向こうの人って剃るって聞いたことがあるから、彼女もそうなのだろうか、とか。僕の妄想は止まない。
しかも、普段みんなで勉強をしている教室。こんな状況が現実になるなんて、妄想はしても期待した事などなかった。
狸さん、ありがとうございます。僕はアプリを起動させて狸さんに全力で感謝の意を表したい、ところだったけれど、まずは彼女のものを拝ませてもらってからにしよう。

そしてついに、僕の前に、金色に輝くーー。

『フラッシュ』秘伝の閃光が走った。
「ぎゃああああああああああ! 目がぁあああ! 目がぁあああ!」
僕は彼女のスカートの中から放たれた目も眩む閃光によって視界を奪われた。僕は真っ白になった世界でのたうつ。本当に僕の目はあまりの光で焼き尽くされた。
ホラ、よくヒロインの大事なところを泡で隠すとか湯気で隠すとかあるじゃない。でも、今のはそんな生易しいものじゃなかった。本当に僕の視力を奪うんじゃないかってほどの光量だった。
なんで!? 彼女のおま○こは光学兵器だったとでもいうのか!? それか実は備わっていたネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲が火を吹いたとでも言うのか!?
焚き火に寄って行って焼き尽くされた虫の気分の僕に、
「だ、大丈夫ですか……」と彼女が近づいてきた。しゃがみ込んだらスカートの中身があらわになって、
「ぎゃああああああああああ!」
僕は再び悶絶する事になるのだった。



「ご、ごめんなさい……。まさか、主の加護がそのように作用するとは思っていませんでした」
「うぅ……、まだチカチカする」
「ごめんなさい……」
だんだんと視力が戻ってきた僕は、彼女に付き添われて家路を歩んでいた。自分が悪いのだから、と、彼女は僕を家まで送ってくれていた。いや、本当に悪くて一番救えないのは僕だ。というか、狸ェ……。
さっきチラッとアプリを起動させたら、笑い転げていたのが目に入った……。ご丁寧にも吹き出しには『バルス』と。僕は液晶を叩き割りそうになった。
狸さんの言う事を鵜呑みにするとまずいらしい。

しかし、近い。
自分が悪いと思っている彼女は、献身的に僕の手を握って導いてくれている。あんなにフェンシングで凛々しい姿を見せていると言うのに、彼女の手はスベスベで柔らかかった。
「そこ、段差があるから気をつけて下さい」と、彼女はよく気がついて僕に注意を促してくれたし、狭い道で車がやってきた時には、車道側で僕を守るように立ってくれた。少し、体が押し付け気味になった時なんて、彼女の甘くていい匂いがした。
正直、完全に惚れてしまった。
そして、今までの事を思い出した僕の心に罪悪感が浮かび上がってきた。彼女が僕の攻略対象の魔物娘だと知って、僕はどうにも舞い上がってしまっていたらしい。だから僕は、天の声なんてものに頼らずに、正攻法で彼女に告白してみようと思った。
狸さんの衝撃を受けた顔が浮かんで、僕はざまあみろ、と思った。

「リーナさん…… 」
家の前に辿り着いた時、僕は彼女に呼びかけていた。
「はい、何でしょうか?」
彼女の美しい顔がすぐ近くにある。
僕はゴクリと唾を飲み込む。
「好きです。付き合って下さい」
僕に気取ったことなんて言えない。伝えられる言葉といったらこれくらい。
彼女の顔はーー真っ赤になっていた。
だけど、すぐに困ったような、難しい顔をした。
その顔に、僕は早まったと思った。
優しくされたらすぐに惚れてしまうような、そんな惚れっぽい男と思われたかもしれない。ここで断られたなら、僕はどうしてしまうのだろう。
天の声で僕と付き合うように言う? 彼女はきっと、それに従うだろう。
でもそんな事は、今の僕には言えそうにない。彼女の優しさも、彼女の律儀さも可愛さも。僕は知ってしまった。だから、僕は……。

「え、っと……」
「ごめんなさい」
そんな言葉が返ってきて、僕は呆然としてしまう。だけど、僕の様子を見て彼女は慌てる。
「ち、違うんです……。あなたが嫌と言うわけではなくて……。私はまだ、あなたの事を知らないから……」
その言葉に僕は希望を持つ。
「じゃ、じゃあ……僕の事を知ったら、付き合ってくれるかもしれないと言う事ですか?」
「……そ、それは」
彼女にしては煮え切らない。でも、これは十分に脈があると僕は思う。だって、彼女に告白して玉砕した男子の話を聞くと、彼女は全て「ごめんなさい、恋愛なんて考えられないです」と断るのだそうだから。

逡巡する彼女に、僕は助け舟を出す。
「じゃあ、友達になってもらえないでしょうか」
これを断られてしまたら、僕はやっぱりアプリに走ってしまうかもしれない。断っておくと、友達になってあげなさい、って言うつもりだ。でも、そんな自分の姿を想像すると情けなくて涙が出そうになる。
手招きしているいやらしい笑みの狸さんなんて見えはしない。
僕が脳内で狸さんの誘惑に抗っていると、
「はい。それなら、これからよろしくお願いしますね」
と、彼女の手が前にあった。
「はい、お願いします」と、僕は彼女の手を握りしめる。

僕はようやく、スタートラインに立てた気がした。


蛇足ではあるが、家に帰るとニヤニヤしている母親に出迎えられて、僕は羞恥に悶える事になった。

ーー残念、getならず。
17/08/27 23:03更新 / ルピナス
戻る 次へ

■作者メッセージ
バルス! 女の子のスカートの中を見るときはサングラスの着用を推奨いたします。

……自分で言うのも何ですが、ここで終わっていればまだ綺麗(?)なのになー。
後半に続んやで……(ゲス顔)

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33