配信スタート
「まもむすーッ! ゲットだぜー!」
……イケナイイケナイ。
あまりの期待の高まりに叫んでしまった。
ゲームはちゃんと節度を持って遊ばないとな。俺がお巡りさんにゲットされかねない。
俺はキャップ帽を被り、リュックを背負う。熱中症対策のペットボトルも完備。嫁さんとのベッドバトルの前に倒れてしまっては元も子もない。俺のポケットモンスターはいつお呼びがかかるかと、ズボンの中で待機している。
とうとう使ってあげる事が出来るかもしれないぜ、なんて俺はムスコに向かって心で語りかける。
俺はこのアプリを見つけてからというもの、この休みの日が待ち遠しかった。
このアプリはまもむす系のゲームを取り込みまくっていた俺のスマホのトレンドに突如現れた。無料だからやってみることにしたのだが、残念ながら……チラホラ魔物娘の表示はあるものの、『 get me』の文字は現れなかった。
しかも、攻略可能でなければスマホのカメラに写したところでその娘の本当の姿は映されない、という厳密なセキュリティ付き。攻略できるのはいつか何処かで見つけられるその娘だけ。
だから、単なるゲームとして遊ぶ普通のユーザーであれば、ここで糞ゲー、と思ってアプリを削除するだろう。そこはどっこい、俺はまもむすゲームユーザーであるだけでなく、クロビネガーである。
ふふ。製作陣を見て俺は確信したぜ。
これは本物に違いない。魔物娘は実在するのだ。彼女たちは伴侶に見つけてもらえるのを今か今かと待っているッ!
とうとう図鑑世界は俺の呼び声に応えたのだ。しかも、再び探した知恵の実ストアでは見つけられず、ググってもヒットはしなかった。これはーー、と俺は鼻息を荒くした。
だから課金して、攻略可能魔物娘の方角が表示されるという方位磁針のアイテムを手に入れもしたのだ。そして今、俺はまだ見ぬ出会いを求めて旅立つ。
ーーまあ、それにかこつけた偽物、という可能性はなくも無いので、これくらいの課金は夢を買った値段だ、と俺は自分を慰める準備はしておく。
「しかし、ここ、ただの公園だよな……」
方位磁針に従って、俺がたどり着いたのは何の変哲も無い公園。随分遠くまで来たものだ。途中、電車も使いはした。
その甲斐あって、画面には何らかの魔物娘のシルエットが浮かび、そこには夢にまで見た『get me』の文字が! だが方位磁針のアイテムは、細かいところまでは教えてくれないらしい。より詳しい探索を行うには、上位の課金アイテムが必要になる。
方位磁針が千円で、精密方位磁針が5万円とはどういう事だ。
アイテム屋の刑部狸の笑顔は真っ黒。
しかし、俺はニンマリと笑う。ここから先は地道に探してやる。それが礼儀というもの。
子供達がキャッキャウフフと遊び、保護者たちが見守っている。スマホを片手にニヤニヤウロウロ、子供達が実は攻略対象ではなかろうか、とかすめるように画面に写している俺に、警戒した視線が送られているのは気のせいだと思っておこう。
安心してください。俺は嫁をゲットしに来たんだ。あなたの娘さんをゲットしにしたわけではありません。だからそこにある交番に駆け込んだりはしないで欲しい。俺は子供達を撮影はしないように注意しつつ、あたりを探索する。
「マジか、全然見つからない……やっぱり騙されたのかな……」
夕方、俺はめげていた。
方位磁針は相変わらずここを指している。だが、俺の嫁さんは全然出現してくれない。俺はベンチに身を投げ出して、無為に過ごしてしまったこの休日を思う。
公園では保護者たちが何やら忙しなく動いている。ママさんパパさんは大変ですね。なんて、益体も無い感想を抱く。
あーあ、やっぱり魔物娘なんていないのかな。イイ悪夢(ユメ)見られたぜ、なんて、俺はアイテム屋の狸さんに中指を立てておく。
そろそろ帰ろうかな。なんて思った俺は、ふと、木立に囲まれた
ーー草むらを見つけた。
そういえば、本家のゲームの初めって、草むらに足を踏み入れたらモンスターが飛び出して来て、博士に呼び止めれるんだったっけ。そうして自分だけのモンスターを託されて旅に出る。
俺は懐かしい感慨を抱いて、ダメ元でそちらに向かう。
この辺りを見てダメだったらもう帰ろう。そんな事も思う。
ざわざわ、と。
周りが騒がしい。
草むらに足を踏み入れて、草をかき分けた俺は、
ゴ、ゴゴゴゴゴ、とか。
ド、ドドドドド、とか。
そんな効果音が俺の後ろで鳴り響いている気がした。
ーー幼女がいた。
彼女は眠っていて、そのふくふくとしてあどけない表情は、まさに天使そのもの。
まさか彼女はエンジェルたん? もしくは眠っているという事でドーマウス。いやいや、最初はネズミという事で、ラージマウスかもしれない。
って、そんなわけないだろ……。このくらいの子は誰だって可愛らしく見えるものだ。周りが騒がしかったのはきっと、彼女を探していたからに違いない。ここで思わず飛びかかってしまえば、本気で俺がお巡りさんにゲットされる。さて、彼らに伝えてやろうか。
そんな事を思った俺だったが、突如スマホが振動した。
恐る恐る俺は画面を見る。
俺は驚愕に目を見開き、口元の笑みを抑える事が出来ない。
そこには『魔物娘出現』、という文字が。と、同時に鳴り響くエンカウント音。
それは聞いたことのない音で。ふふ、ロマンチックに言えば恋に落ちる音とでも表現しようか。
俺は目の前の幼女を凝視する。
ま、まさか彼女が本当に魔物娘……? 正直俺はロリコンではなくーー俺の好みはもっとこう、出るところが出て締まるところがしまっているような、大人の女性だ。凛々しい系であれば、もう、理想。
だから、彼女とは今はお知り合いになるだけで、成長を待つことにしよう。ま、まあ、この姿が成長した後の姿だとしたら、彼女が魔物娘であれば、俺としてはロリコンになる事もやぶさかではない。ーー渋々な?
そう思って俺はおもむろに彼女に向かってスマホを構えるーー。
ポンポン、と肩を叩かれた。
「君、何をしているのかな?」
何だよ、今いいところなのに。
「すいません、ちょっと待ってください。今ゲットしちゃうんで」
俺は幼女に対してスマホを構えたまま。振り向きもせずに答える。
「誰を?」
「決まってるよ。彼女を。ふ、ふひひ」
俺は鬱陶しそうに答えて画面を覗き込む。だが、映っているのは眠っている幼女だけ。俺は画面の幼女に触れて見るが、何も変化はない。ま、まさかアリスたソ。でも……そういや、これどうやってゲットすればいいんだ?
「……彼女は君の子供なのかな?」いささか険のある声。
「違う。けど、そうしたプレイもいいかもしれないな」
と、答えた俺は再び肩を叩かれる。先ほどよりも強めに。
何だよ。もう。
と、俺は振り向く。
そこには、険しい顔をしたお巡りさんがいた。その顔に俺はーー。
「君、ちょっと署までご同行願おうか」
「え……?」
目が点になった俺は間抜けな声を上げてしまう。
俺たちのやり取りに気がついて駆け寄って来た母親が幼女を抱き上げ、俺に厳しい目を向けてくる。なんだろう、その目は。まるで誘拐犯を見るような。
まさか……。俺を疑ってらっしゃるんで?
「ホラ、黙ってついて来なさい」
「え……? アイェエエエエエエ!?」
素っ頓狂な声を上げる俺は、お巡りさんにゲットされてしまった。
まあ、必死の俺の弁明に、どうにか俺の疑いはとけたのだけど、ひどい目にあった。
俺はパトカーを運転する婦人警官の凛々しい顔を見ながら思う。俺を捕まえたのは彼女だ。署へ連行する際に彼女は俺を手荒に扱ったので、何やら責任を感じているらしい。俺を自宅まで送り届けてくれると言う。
「すまない」
「大丈夫ですよ。俺だって誤解されてしかたがない状況でしたし」
「いや、それでも……」
と、彼女は申し訳なさそう。
まあ、彼女には引きずられていったけど、その時、彼女の豊満な胸が当たって大いに役得でしたが、いや、むしろ厄得?
「あなたみたいな美人にそんな顔をされると、俺の方が申し訳なく思ってしまいますよ」
「び、美人!? ほ、本官をからかうんじゃない、ほ、本当に逮捕するぞ……」
彼女は頬を染めて、その姿に似合わずゴニョゴニョと言う。
俺はこんな事を言えるような男ではなかったはずだが、彼女にはそんな言葉を使えた。だって、彼女、俺の好みにピッタリなのだもの。
彼女に最初に声をかけられた時、俺が固まってしまったのは彼女には見惚れたからである。
凛々しく整えられた眉に、切れ長の瞳、艶やかな黒髪で、輪郭はシャープだ。豊満な胸部とお尻が制服に窮屈そうに収められていると、それは警察官というよりもボディコンのようにも思えてしまう。腰の細さが分かってしまうほどにベルトがキュッとしめられているのもその理由の一つ。
それに、シートベルトによって作られたそのパイスラッシュには、チラチラと目を向けずにはいられない。
俺は、彼女が俺に攻略可能な魔物娘だったなら良かったのに、と。
本気で思ってしまう。
しかし、そんな淡い期待はもう抱かない事にする。
だって、俺が誘拐犯だという誤解を解くために、俺はやっていたアプリの話をする事になってしまったのだ。あの時の警察官たちの目は忘れられそうにない。俺はそのまま、誰にも会わない場所に収監してくれ、と思った。
警察の調書に、俺がまもむすキーである事が公式に記録されてしまった。公私公認という奴である。狸メェ……。俺の脳裏にはアイテム屋の狸の顔が浮かぶ。
だからもう、変な期待は持たない。失った金額は千円だが、プライスレスな俺の尊厳は失われてしまった。
しかしそういえば、今俺を送ってくれている彼女は別の奇妙な顔を浮かべていたような……。
と、そんな彼女から
「君は、魔物娘が好きなのか」と聞かれた。
「はい」
と、俺は即答する。どれだけ社会的に辱められようと、魔物娘が好きなのは変わりない。
「そ、即答か……は、ははは。……して、君はどんな魔物娘がタイプなんだ?」
彼女は更に問いかけてくる。もしかすると彼女も魔物娘好きなのかもしれない。同好の士を求めているのか……。でもきっと、ハ●ー・ホッターに出て来たハンサムのケンタウロスが好きな女学生的な気持ちだろう。
しかし、これはただの世間話なのか、それとも彼女とお近づきになれるチャンスなのか……。俺は正直に答える。
「アヌビスです」
「あ、アヌビスぅ!?」
彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「……だ、だが、彼女たちは管理管理とうるさいだろう。付き合ったら束縛されそう、とか。もう見た目から固そうでお近づきになり難い、とか言われるし……(ゴニョゴニョ)」
「そんな事はありません! 俺はだらしないから、むしろ管理していただきたいです。それに、あのビジュアルの凛々しさ、プニプニの肉球にもふもふの手足! 耳! 尻尾! ずっと包まれてスハスハしていたい!」
と、俺がアヌビスの魅力について延々と力説していれば、後ろからクラクションを鳴らされた。
「あッ、もう信号青ですよ!」
「はわわーんッ、しまったぁあー!」
彼女は慌ててアクセルを踏むが、今この人なんつった?
見た目に反した可愛らしい声が出たような。しかし、思わず語りすぎてしまった。きっと彼女は俺の熱に引いて、注意が散漫になってしまったのだろう。
「き、君はそんなにアヌビスが好きなのだな……も、もしも、もしもだぞ?」
彼女は慎重に車を運転しながら俺に問いかける。
「アヌビスに出会ったらどうする?」
「結婚してください、って言います」
「はわわわ、わわーん!」
「うわぁああああ!」
彼女が猛烈な勢いでハンドルを切った。
「す、すまない」
彼女は肩で息をしていた。そして恐る恐る。
「そ、その。さっき言っていたアプリ、だな。実は私もやっていて……登録しているんだ」
と、何やら告白しだした。
「へぇー。でもあれ、男性限定だったような……そんなオチじゃないですよね……」
それはもう嫌すぎるオチだ。
「何を心配しているか、考えたくないが、私はちゃんと女だ。見れば分かるだろう」
彼女は若干、不機嫌そうに、そのパイスラッシュで強調された胸を張る。見事です。というか、この人、そんなこと出来るんだな。と、感動よりも感心してしまうと、彼女の頬は赤かった。
「そ、そんなにマジマジ見られると、恥ずかしい」
「ご、ごめんなさい」
あれ、この人可愛いぞ。あー、本当にこの人が魔物娘だったら良かったのに、しかも、この人、すごくアヌビスとか似合いそう。
俺は無意識にスマホに手を伸ばそうとしていた。
そんな俺に彼女は
「本当は、な。私たちはそのアプリに登録するだけだ。そうして相性のいい男性の方に、攻略対象として表示される。しかし、私に辿り着く相性のいい男性は居なくて、私はサービス開始当初からのユーザーだというのに……ウゥッ、長かった……。だからな、今一度。そのアプリを起動させてみてくれないだろうか」
感極まったように、そう言った。
その言い方……ま、まさか。しかし騙されないぞ、と俺は期待と不安がない交ぜになった気持ちで、アプリを起動する。
そこにはポップなアヌビスのキャラクターと、『get!』という文字が、移動しながら写っていた。
ま、まさか。そんな事あらへんやろ? た、狸さんなんか、信用せーへんで?
俺は恐る恐る車を運転する彼女にスマホを向けてみる。
すると、
「ホンマや」
そこには車を運転するアヌビスの凛々しい姿が画面に写っていた。
俺は、
「結婚してください」
「よ、ヨロコンデー!」
「ちょ、ちょっとスピード出し過ぎです!」
「わわ、わおーん! ……すまない」
俺は、いつの間にか彼女をゲットしていたらしい。
といか、俺がゲットされていた?
クソありがとうございます、狸さーん!
俺はアイテム屋の狸さんに向かって土下座で感謝したい気持ちでいっぱいになる。というか、今ならいくらだって課金してもいい。そんな俺の気持ちを知っているかのように、新しいアイテムが解放されている。
【結婚指輪】。
丁度俺の給料の三ヶ月分……。貴様……見ているなッ!
それを俺が買ったかどうかは、まあ、決まっている。
俺たちはそのまま、俺の家に向かうのだった。
「アヌビス、ゲットだぜーーーーッ!」
「はわわわわーん!」
車の中で叫ぶ俺に応えて、彼女も大きく吠えていた。
……イケナイイケナイ。
あまりの期待の高まりに叫んでしまった。
ゲームはちゃんと節度を持って遊ばないとな。俺がお巡りさんにゲットされかねない。
俺はキャップ帽を被り、リュックを背負う。熱中症対策のペットボトルも完備。嫁さんとのベッドバトルの前に倒れてしまっては元も子もない。俺のポケットモンスターはいつお呼びがかかるかと、ズボンの中で待機している。
とうとう使ってあげる事が出来るかもしれないぜ、なんて俺はムスコに向かって心で語りかける。
俺はこのアプリを見つけてからというもの、この休みの日が待ち遠しかった。
このアプリはまもむす系のゲームを取り込みまくっていた俺のスマホのトレンドに突如現れた。無料だからやってみることにしたのだが、残念ながら……チラホラ魔物娘の表示はあるものの、『 get me』の文字は現れなかった。
しかも、攻略可能でなければスマホのカメラに写したところでその娘の本当の姿は映されない、という厳密なセキュリティ付き。攻略できるのはいつか何処かで見つけられるその娘だけ。
だから、単なるゲームとして遊ぶ普通のユーザーであれば、ここで糞ゲー、と思ってアプリを削除するだろう。そこはどっこい、俺はまもむすゲームユーザーであるだけでなく、クロビネガーである。
ふふ。製作陣を見て俺は確信したぜ。
これは本物に違いない。魔物娘は実在するのだ。彼女たちは伴侶に見つけてもらえるのを今か今かと待っているッ!
とうとう図鑑世界は俺の呼び声に応えたのだ。しかも、再び探した知恵の実ストアでは見つけられず、ググってもヒットはしなかった。これはーー、と俺は鼻息を荒くした。
だから課金して、攻略可能魔物娘の方角が表示されるという方位磁針のアイテムを手に入れもしたのだ。そして今、俺はまだ見ぬ出会いを求めて旅立つ。
ーーまあ、それにかこつけた偽物、という可能性はなくも無いので、これくらいの課金は夢を買った値段だ、と俺は自分を慰める準備はしておく。
「しかし、ここ、ただの公園だよな……」
方位磁針に従って、俺がたどり着いたのは何の変哲も無い公園。随分遠くまで来たものだ。途中、電車も使いはした。
その甲斐あって、画面には何らかの魔物娘のシルエットが浮かび、そこには夢にまで見た『get me』の文字が! だが方位磁針のアイテムは、細かいところまでは教えてくれないらしい。より詳しい探索を行うには、上位の課金アイテムが必要になる。
方位磁針が千円で、精密方位磁針が5万円とはどういう事だ。
アイテム屋の刑部狸の笑顔は真っ黒。
しかし、俺はニンマリと笑う。ここから先は地道に探してやる。それが礼儀というもの。
子供達がキャッキャウフフと遊び、保護者たちが見守っている。スマホを片手にニヤニヤウロウロ、子供達が実は攻略対象ではなかろうか、とかすめるように画面に写している俺に、警戒した視線が送られているのは気のせいだと思っておこう。
安心してください。俺は嫁をゲットしに来たんだ。あなたの娘さんをゲットしにしたわけではありません。だからそこにある交番に駆け込んだりはしないで欲しい。俺は子供達を撮影はしないように注意しつつ、あたりを探索する。
「マジか、全然見つからない……やっぱり騙されたのかな……」
夕方、俺はめげていた。
方位磁針は相変わらずここを指している。だが、俺の嫁さんは全然出現してくれない。俺はベンチに身を投げ出して、無為に過ごしてしまったこの休日を思う。
公園では保護者たちが何やら忙しなく動いている。ママさんパパさんは大変ですね。なんて、益体も無い感想を抱く。
あーあ、やっぱり魔物娘なんていないのかな。イイ悪夢(ユメ)見られたぜ、なんて、俺はアイテム屋の狸さんに中指を立てておく。
そろそろ帰ろうかな。なんて思った俺は、ふと、木立に囲まれた
ーー草むらを見つけた。
そういえば、本家のゲームの初めって、草むらに足を踏み入れたらモンスターが飛び出して来て、博士に呼び止めれるんだったっけ。そうして自分だけのモンスターを託されて旅に出る。
俺は懐かしい感慨を抱いて、ダメ元でそちらに向かう。
この辺りを見てダメだったらもう帰ろう。そんな事も思う。
ざわざわ、と。
周りが騒がしい。
草むらに足を踏み入れて、草をかき分けた俺は、
ゴ、ゴゴゴゴゴ、とか。
ド、ドドドドド、とか。
そんな効果音が俺の後ろで鳴り響いている気がした。
ーー幼女がいた。
彼女は眠っていて、そのふくふくとしてあどけない表情は、まさに天使そのもの。
まさか彼女はエンジェルたん? もしくは眠っているという事でドーマウス。いやいや、最初はネズミという事で、ラージマウスかもしれない。
って、そんなわけないだろ……。このくらいの子は誰だって可愛らしく見えるものだ。周りが騒がしかったのはきっと、彼女を探していたからに違いない。ここで思わず飛びかかってしまえば、本気で俺がお巡りさんにゲットされる。さて、彼らに伝えてやろうか。
そんな事を思った俺だったが、突如スマホが振動した。
恐る恐る俺は画面を見る。
俺は驚愕に目を見開き、口元の笑みを抑える事が出来ない。
そこには『魔物娘出現』、という文字が。と、同時に鳴り響くエンカウント音。
それは聞いたことのない音で。ふふ、ロマンチックに言えば恋に落ちる音とでも表現しようか。
俺は目の前の幼女を凝視する。
ま、まさか彼女が本当に魔物娘……? 正直俺はロリコンではなくーー俺の好みはもっとこう、出るところが出て締まるところがしまっているような、大人の女性だ。凛々しい系であれば、もう、理想。
だから、彼女とは今はお知り合いになるだけで、成長を待つことにしよう。ま、まあ、この姿が成長した後の姿だとしたら、彼女が魔物娘であれば、俺としてはロリコンになる事もやぶさかではない。ーー渋々な?
そう思って俺はおもむろに彼女に向かってスマホを構えるーー。
ポンポン、と肩を叩かれた。
「君、何をしているのかな?」
何だよ、今いいところなのに。
「すいません、ちょっと待ってください。今ゲットしちゃうんで」
俺は幼女に対してスマホを構えたまま。振り向きもせずに答える。
「誰を?」
「決まってるよ。彼女を。ふ、ふひひ」
俺は鬱陶しそうに答えて画面を覗き込む。だが、映っているのは眠っている幼女だけ。俺は画面の幼女に触れて見るが、何も変化はない。ま、まさかアリスたソ。でも……そういや、これどうやってゲットすればいいんだ?
「……彼女は君の子供なのかな?」いささか険のある声。
「違う。けど、そうしたプレイもいいかもしれないな」
と、答えた俺は再び肩を叩かれる。先ほどよりも強めに。
何だよ。もう。
と、俺は振り向く。
そこには、険しい顔をしたお巡りさんがいた。その顔に俺はーー。
「君、ちょっと署までご同行願おうか」
「え……?」
目が点になった俺は間抜けな声を上げてしまう。
俺たちのやり取りに気がついて駆け寄って来た母親が幼女を抱き上げ、俺に厳しい目を向けてくる。なんだろう、その目は。まるで誘拐犯を見るような。
まさか……。俺を疑ってらっしゃるんで?
「ホラ、黙ってついて来なさい」
「え……? アイェエエエエエエ!?」
素っ頓狂な声を上げる俺は、お巡りさんにゲットされてしまった。
まあ、必死の俺の弁明に、どうにか俺の疑いはとけたのだけど、ひどい目にあった。
俺はパトカーを運転する婦人警官の凛々しい顔を見ながら思う。俺を捕まえたのは彼女だ。署へ連行する際に彼女は俺を手荒に扱ったので、何やら責任を感じているらしい。俺を自宅まで送り届けてくれると言う。
「すまない」
「大丈夫ですよ。俺だって誤解されてしかたがない状況でしたし」
「いや、それでも……」
と、彼女は申し訳なさそう。
まあ、彼女には引きずられていったけど、その時、彼女の豊満な胸が当たって大いに役得でしたが、いや、むしろ厄得?
「あなたみたいな美人にそんな顔をされると、俺の方が申し訳なく思ってしまいますよ」
「び、美人!? ほ、本官をからかうんじゃない、ほ、本当に逮捕するぞ……」
彼女は頬を染めて、その姿に似合わずゴニョゴニョと言う。
俺はこんな事を言えるような男ではなかったはずだが、彼女にはそんな言葉を使えた。だって、彼女、俺の好みにピッタリなのだもの。
彼女に最初に声をかけられた時、俺が固まってしまったのは彼女には見惚れたからである。
凛々しく整えられた眉に、切れ長の瞳、艶やかな黒髪で、輪郭はシャープだ。豊満な胸部とお尻が制服に窮屈そうに収められていると、それは警察官というよりもボディコンのようにも思えてしまう。腰の細さが分かってしまうほどにベルトがキュッとしめられているのもその理由の一つ。
それに、シートベルトによって作られたそのパイスラッシュには、チラチラと目を向けずにはいられない。
俺は、彼女が俺に攻略可能な魔物娘だったなら良かったのに、と。
本気で思ってしまう。
しかし、そんな淡い期待はもう抱かない事にする。
だって、俺が誘拐犯だという誤解を解くために、俺はやっていたアプリの話をする事になってしまったのだ。あの時の警察官たちの目は忘れられそうにない。俺はそのまま、誰にも会わない場所に収監してくれ、と思った。
警察の調書に、俺がまもむすキーである事が公式に記録されてしまった。公私公認という奴である。狸メェ……。俺の脳裏にはアイテム屋の狸の顔が浮かぶ。
だからもう、変な期待は持たない。失った金額は千円だが、プライスレスな俺の尊厳は失われてしまった。
しかしそういえば、今俺を送ってくれている彼女は別の奇妙な顔を浮かべていたような……。
と、そんな彼女から
「君は、魔物娘が好きなのか」と聞かれた。
「はい」
と、俺は即答する。どれだけ社会的に辱められようと、魔物娘が好きなのは変わりない。
「そ、即答か……は、ははは。……して、君はどんな魔物娘がタイプなんだ?」
彼女は更に問いかけてくる。もしかすると彼女も魔物娘好きなのかもしれない。同好の士を求めているのか……。でもきっと、ハ●ー・ホッターに出て来たハンサムのケンタウロスが好きな女学生的な気持ちだろう。
しかし、これはただの世間話なのか、それとも彼女とお近づきになれるチャンスなのか……。俺は正直に答える。
「アヌビスです」
「あ、アヌビスぅ!?」
彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「……だ、だが、彼女たちは管理管理とうるさいだろう。付き合ったら束縛されそう、とか。もう見た目から固そうでお近づきになり難い、とか言われるし……(ゴニョゴニョ)」
「そんな事はありません! 俺はだらしないから、むしろ管理していただきたいです。それに、あのビジュアルの凛々しさ、プニプニの肉球にもふもふの手足! 耳! 尻尾! ずっと包まれてスハスハしていたい!」
と、俺がアヌビスの魅力について延々と力説していれば、後ろからクラクションを鳴らされた。
「あッ、もう信号青ですよ!」
「はわわーんッ、しまったぁあー!」
彼女は慌ててアクセルを踏むが、今この人なんつった?
見た目に反した可愛らしい声が出たような。しかし、思わず語りすぎてしまった。きっと彼女は俺の熱に引いて、注意が散漫になってしまったのだろう。
「き、君はそんなにアヌビスが好きなのだな……も、もしも、もしもだぞ?」
彼女は慎重に車を運転しながら俺に問いかける。
「アヌビスに出会ったらどうする?」
「結婚してください、って言います」
「はわわわ、わわーん!」
「うわぁああああ!」
彼女が猛烈な勢いでハンドルを切った。
「す、すまない」
彼女は肩で息をしていた。そして恐る恐る。
「そ、その。さっき言っていたアプリ、だな。実は私もやっていて……登録しているんだ」
と、何やら告白しだした。
「へぇー。でもあれ、男性限定だったような……そんなオチじゃないですよね……」
それはもう嫌すぎるオチだ。
「何を心配しているか、考えたくないが、私はちゃんと女だ。見れば分かるだろう」
彼女は若干、不機嫌そうに、そのパイスラッシュで強調された胸を張る。見事です。というか、この人、そんなこと出来るんだな。と、感動よりも感心してしまうと、彼女の頬は赤かった。
「そ、そんなにマジマジ見られると、恥ずかしい」
「ご、ごめんなさい」
あれ、この人可愛いぞ。あー、本当にこの人が魔物娘だったら良かったのに、しかも、この人、すごくアヌビスとか似合いそう。
俺は無意識にスマホに手を伸ばそうとしていた。
そんな俺に彼女は
「本当は、な。私たちはそのアプリに登録するだけだ。そうして相性のいい男性の方に、攻略対象として表示される。しかし、私に辿り着く相性のいい男性は居なくて、私はサービス開始当初からのユーザーだというのに……ウゥッ、長かった……。だからな、今一度。そのアプリを起動させてみてくれないだろうか」
感極まったように、そう言った。
その言い方……ま、まさか。しかし騙されないぞ、と俺は期待と不安がない交ぜになった気持ちで、アプリを起動する。
そこにはポップなアヌビスのキャラクターと、『get!』という文字が、移動しながら写っていた。
ま、まさか。そんな事あらへんやろ? た、狸さんなんか、信用せーへんで?
俺は恐る恐る車を運転する彼女にスマホを向けてみる。
すると、
「ホンマや」
そこには車を運転するアヌビスの凛々しい姿が画面に写っていた。
俺は、
「結婚してください」
「よ、ヨロコンデー!」
「ちょ、ちょっとスピード出し過ぎです!」
「わわ、わおーん! ……すまない」
俺は、いつの間にか彼女をゲットしていたらしい。
といか、俺がゲットされていた?
クソありがとうございます、狸さーん!
俺はアイテム屋の狸さんに向かって土下座で感謝したい気持ちでいっぱいになる。というか、今ならいくらだって課金してもいい。そんな俺の気持ちを知っているかのように、新しいアイテムが解放されている。
【結婚指輪】。
丁度俺の給料の三ヶ月分……。貴様……見ているなッ!
それを俺が買ったかどうかは、まあ、決まっている。
俺たちはそのまま、俺の家に向かうのだった。
「アヌビス、ゲットだぜーーーーッ!」
「はわわわわーん!」
車の中で叫ぶ俺に応えて、彼女も大きく吠えていた。
17/08/13 14:22更新 / ルピナス
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