とある騎士志望の不運で幸せなクエスト
俺の生まれた所はホント、どうしようもないくらいのド田舎だった。二毛作が主軸で春と秋には多くの畑がそれぞれ実りをつけていたが、かといって肥沃と呼ばれるほど土地が肥えているわけでもない。近くに山があり、そこでそこそこの薬草や鉱石が取れるが、それだけで外から人が集まるほどではない。魔物に対しても積極的に受け入れるわけでもないが、かと言ってまるっきり目の敵にしているわけでもない。そんな何処にでもある田舎が、俺の生まれ育った故郷だった。
そして俺はそんな村に住む何処にでもいるようなクソガキだった。仲間と一緒に山に分け入り、秘密基地を作って、木の枝で作った聖剣や魔剣を振り回し、伝説の英雄のように振舞う。時々、気になる女の子なんかに他愛無い悪戯して、親に怒られる。虫を捕まえて家で飼ったはいいものの三日で飽きて放置して籠の中で餓死させ泣く。そんな何処にでもいる子供だったんだ。
−それが変わったのは今から七年前。
その日も俺は友達と一緒に、山へ分け入っていた。俺はドラゴン退治するのだと意気込み−無論、あんな片田舎にそんな強力な魔物などいるはずがないのだが−友達と山の奥深く…一度も行ったことのない場所まで踏み込んでしまったのは誰から見ても失敗だったな。もう暗くなっているので帰ろうと言い出したのは確か弱虫のマークだったか。それを臆病だと笑いながら、見覚えのない場所まで踏み込んだ事に内心、怯えまくっていたのを今でもよく覚えている。
「しょうがないな」
と震える声で言いながら、俺たちはきびすを返して村へと帰ろうとした。しかし、行けども行けども、まったく見覚えのない場所ばかり。辺りは日が落ちて暗くなり、伸ばした指の先がうっすらと見えるだけの闇に包まれた。それこそ噂に聞く魔界に入り込んでしまったのだと、当時は思ったもんだよ。旅慣れた今となっては、村の裏山なんてさして脅威でもなんでもない、寧ろ安全ともいえるような場所なんだが、当時の俺にとっては見知らぬ魔境そのものだった。しかし、それはきっと俺だけじゃなかったのだろう。弱虫のマークは泣き出す寸前だし、いつも俺たちを率いていたリーダーのアルムも必死に隠してはいたが手が震えていたよ。まぁ、言い訳みたいなんだが別段、俺はそこまで弱虫って訳じゃなかったってことだ。
−俺たちが山の中で迷ったのだと気づいたのは日が完全に落ちてから一時間ほど経った頃だったと思う。
正確に言うなら「認めたのが」と言った方が近いんだろうな。うすうす俺たち三人は自分たち三人が山の中で完璧に迷ってしまったのに気づいてはいたんだ。しかし、誰もそれを口に出さなかったのは、認めてしまったら二度と家には帰れない、と心の何処かで思っていたからなのだろう。少なくとも俺はそうだった。
その時、最初にそれを口に出したのはアルムだ。正確な言葉は覚えていないものの、必死に怖さを押し隠しながら震える声でそう言ったのを覚えている。それに俺は同意し、マークはついに泣き出した。今では正直、弱虫マークがよくあそこまで泣き出すのを我慢したな、と思っているんだが、その時の俺とアルムにとって、泣き出したマークはとても耳障りで鬱陶しい存在に他ならない。…いや、違うな。噴出してきた感情を向ける先を求めていたに過ぎないんだ。それがたまたま最初に泣き出したマークだったってだけに過ぎないんだろう。で、俺たちは二人でマークの人格を攻撃し始めた。しかし、それでも収まりきらなかった怒りや悲しさ、恐怖などの感情は俺の目から涙と言う形で溢れ出す。そんな俺に釣られてか、アルムも泣き出し、その場は泣き声の坩堝となったよ。
−今でもこの時のことは三人集まれば笑い話として持ち上がる。それだけこの時の三人は滑稽だった。弱虫で有名だったマークのみならず、悪ガキで怖いものなんて親父とお袋くらいだと豪語していた俺も、そして俺たちより少し年上で、何時だって面白い遊び−いたずらとルビを振ってはいけない−を考えてきたアルムも、親父やお袋の名前を呼びながら一心不乱に泣き続けていたのだから。未だに俺たちにとって黒歴史そのものだ。
しかし、世の中、何で良い方に転がるなんて分かったモンじゃない。この恥も外聞も無い悪ガキどもの鳴き声を聞きつけて、ある旅人が俺たちに近づいてきてくれたのさ。そしてこの人が俺の人生を間違いなく変えてくれたんだ。それも良い方に。
−今でもはっきりと覚えてる。それこそ本物の純金みたいな金色の髪。雲一つない真夏の空のような青い瞳。そしてそれらを取りまとめるのは有名な芸術家が人生を掛けて彫り上げた彫像ではないか、と思うほどに美しく整った顔立ち。頭には簡素な白い羽根着きの緑色の帽子を被っていて、服装は今から思えば、一般的な皮マントと何処にでも売られているような動きやすい旅装だったが、その時の俺にはその人が着ているだけで名のある服飾屋が仕立てた服のように思えた。
その人はリックと名乗り、泣き続けていた俺たちを宥めてくれた。リックは男だったが、その声はまるで天使のような優しく、俺たちの耳の中にするりと入ってきて、彼がついていてくれれば本当に大丈夫と言う気持ちになったのがとても不思議だったな。親父の野太い声に宥められてもあぁはいかなかっただろう。それくらい天と地ほどに違ったんだ。そして、優しく宥め続けてくれたリックのお陰で俺たちはまもなく泣き止んだ。最初に泣き止んだのは意外にも俺で、目線を合わせて、「偉いな」と頭を撫でながら言ってくれたのが今でも小さな誇りである。…そう言うとアルムは人のことをホモ扱いするが、俺は断じてノーマルであり、リックは今でも俺にとって憧れの人だ。そしてそれはきっとアルムやマークにとっても同じことだと思っている。だからこそアルムはリックにほめてもらった俺のことが少し羨ましかったに違いない。
それはさておき、泣き止んだ俺たちをそのままリックは村へと連れて行ってくれた。リックは旅慣れているだけあって、山道でもすいすい進み、必死でリックの背中を追いながら暗闇の中を歩いたのを覚えている。しかし、不確かな月明かり、しかも、光を遮る木々生い茂る山の中でも、リックの姿は光り輝いているようにはっきりと見え、はぐれることはなかったな。そのままリックは子供でも疲れない道を選んでくれたのか、あまり疲れ果てることもなく、無事に俺たちは村へと帰る事に成功した。
俺たちがたどり着いた時、村では子供が三人もいなくなったと言うことで大騒ぎになっていて、もう少しで村人総出で山を探し回るつもりだったらしい。俺たちを最初に見つけた人は「良かった」と笑った後、心配掛けさせるな、と今まで見たことがないくらい強い口調で注意したのには少し驚いたな。今から思えばあんな何もない村で子供が居なくなったとなれば本当に大騒ぎだったのだろう。あの人にも多くの心配や迷惑を掛けたに違いない。
その後、無事にリックに親父の元へ連れてきてもらった俺は親父にまず一発拳骨を貰った。その一撃も痛かったが、今まで俺に涙なんて見せなかった親父がうっすらと涙を浮かべていたのには、拳骨以上の痛みを覚えたのを覚えている。ひとしきり説教をした後、お袋と親父はリックに何度も何度も頭を下げ、俺にも何度も頭を下げさせた。俺としても感謝の気持ちはあったので大人しく従ったが、マークやアルムの親も同じ事をしていたのに少し笑ってしまったのは仕方のないことだろう。…そして、その時、もう一発、親父の拳骨を食らったのも仕方ないと言うべきか。
まぁ、こんな所で俺たちのちょっとした冒険は幕を閉じた。悪ガキ三人―マークは否定するが俺とアルムの遊びに付き合っていた時点で同罪である−を見事助け出した英雄となったリックは村人皆に感謝され、恩返しがしたい!と言う人々に応えて、村に滞在することになった。そして彼に用意された寝床とご馳走―あくまで俺の育った田舎のレベルでは、だが−のお礼の為に、リックは村人皆の前で詩を披露する。
−あれは…今から思い返しても素晴らしい詩だったよ。天使のように優しい、と思っていたリックの声が悪魔を演じる時には聞いているだけで背筋に寒気が走るような低い声になったり、魔王へと立ち向かう勇者を演じる時には聞いているだけで俺も奮い立つような勇ましい声になったりと初めて吟遊詩人を見る俺にとってはとても衝撃的だったのを覚えている。
そしてそれは多くの村人にとっても同じであったのだろう。あんな田舎じゃ旅人は元より、吟遊詩人が立ち寄ることなんて滅多にないからな。吟遊詩人に会った事がある奴なんてそれこそ一握りだったのは間違いない。
リックが詩を披露し終わった後、そこに居た村人全員から拍手が送られ、次の日からリックは村の人気者になった。当然と言えば当然だな。旅人なんてめったに立ち寄らず、しかも、立ち寄った人が村の子供を助けた英雄―しかも、本当に英雄譚に出てきそうなほどの美形―であり、しかも吟遊詩人となれば村人…特に若い女の子からは引っ張りだこだとすぐに想像がつくだろう。…実際そうだった。村を歩いているだけで熱い視線を送られ、滅多に作らないお菓子や料理をもってリックの元へ駆け寄っていく女たちの姿は今でも忘れられない。俺の気になってた女の子も、リックに熱を上げて取り巻きの一員になってたからな。リック自身に憎しみを抱く事はなかったが、アレは一種のトラウマでもある。
まぁ、俺のことは良いな。ともかくリックは本当に人気者だったよ。未婚の女だけでなく、既婚の女からもモテるくらい。そんな経緯もあるからかリックは俺たちと一番仲が良かった。助けた相手で俺たち自身もリックに懐いていたと言うのもあるだろうが、やはり女性からの熱烈なアプローチと、時折突き刺さるような夫―勿論、リックに熱を上げた妻の、だ―の殺意のこもった視線に晒されればそりゃ子供に逃げたくなるだろう。俺は生まれてこの方、リックのようにモテた事など無いが、彼の気持ちは分からないでもない。…今ではもげろ、と言う言葉しか出てこないが。
まぁ、そんな訳でリックが村に居る期間のほとんどは俺たちと一緒だった。そして俺たちはそれを良い事に彼の歌声の殆どを独り占めしていたんだ。
−龍の皇帝につれさらわれた姫を助けに勇者が龍と戦う話
−世界に昔からある不思議な水晶の力を借りて巨大な悪と戦う話
−勇者の血を引く男が二人と仲間と協力して邪教の司祭を打ち倒す話
−世界の支配をもくろむ帝国と戦うレジスタンスに一人、また一人と英雄たちが集いついには帝国を打ち倒す話
他にも数多くの話をリックはしてくれた。どれも共通しているのはロマン溢れる話で、そして最後はハッピーエンドになるものばかりだったよ。俺たちも、そしてリックもハッピーエンドになる話が大好きだった、と言うことだろう。
そしてその中で俺が最も気に入っているのはある騎士の話だ。
−曰く。その騎士は黄金の鉄の塊で出来た騎士であり、不退転の覚悟を持つ真のナイトである。
−曰く。その騎士は助けを求めるものの所へ必ず現れる。
−曰く。その騎士は類稀な防御の技術を持ちながらカカッとバックステッポ―多分バックステップとは比べ物にならないほど凄いのだろう―するのも忘れない謙虚な姿勢を持つ。
−曰く。その騎士は汚い真似をする奴―彼曰くそれはニンジャと言うらしい―を決して許さない。
−曰く。その騎士は決して報酬に心をとらわれず謙虚である。
−曰く。その騎士は力を誇示せず、常に謙虚であることを是とする。
−曰く。その騎士は壱宮敗刃―一つの王宮の持つ戦力さえ彼の刃には敗れると言うほどの力を持つと言う称号らしい―の証であるグラットンソードを持つ。
−曰く。その騎士は光と闇が合わさり最強に見える。闇の力は普通の人が持つと頭がおかしくなって死ぬらしい。
−曰く。その騎士は常に人から慕われており、組織の中の誰からも必要とされている。
−曰く。その騎士は魔獣キングベヒんモスを従えている。
などなど、その騎士が誇った数々の伝説がリックの口から語ってくれたよ。俺はそれに一喜一憂し、彼がピンチになると常に唾を飲み込み、彼がニンジャに追い詰められると結末が分かっていても必死になって彼を応援し、彼が組織の悪い奴―確か名前はギルマスだったか―の悪い方針に反対し、組織を抜けたところも彼の男気に感動したものだ。
今から振り返ると…いや、当時だって冷静に考えれば、その騎士が実在したとは思えない伝説ばかりだな。実際、アルムはその話があまり好きではなかったらしく、もっと本当の英雄譚を聞かせて欲しいと、リックにリクエストしていた。しかし、俺はどんな実在したような男の英雄譚よりも、この黄金の鉄の塊で出来た騎士に心動かされ、そして彼を目指そうとし始めた。
−今から思うと無謀そのものだな。詩の中で語られるような伝説の騎士を目指そうだなんて正気の沙汰じゃないんだろう。とはいっても、その時の俺は本気だったんだよ。
俺はまず、その騎士と同じように盾の扱いを覚えようと必死になった。その騎士の冒険譚の中でもっとも騎士として強調されるのがドラゴンのブレスを防ぐほどの防御力だったからだ。無論、そんなもの物語としてなのだから、嘘っぱちに決まっている。しかし、この当時の俺は訓練して闇と光の魔法を覚えれば、本気でそれを得られると思っていた。今から振り返ると子供ながらの無謀さそのものだったんだろうな。親父やお袋にその事を話したら呆れた顔をされたのを今でも覚えている。だけど、リックは俺のそんな無謀な挑戦に呆れたり馬鹿にしたりせず、色々とアドバイスしてくれたんだ。しかし、リックは旅をしているだけあってそこらの村人よりは強いが、本格的な盾の扱い方を知っている訳ではない。そこで俺はリックのアドバイスを受けて、まずたまに村へと立ち寄る行商人に騎士の指南書をリクエストして、手に入れてもらった。その本はいわゆる騎士の心得のようなものが半分を占め、基本的な礼儀作法も含めれば全体の3/4を占めていた。俺の目的だった盾や剣の扱いは最後の方には申し訳程度に乗っている程度で、正直、今では田舎の小僧と思って見縊って、とんでもない粗悪品を掴まされたと思う気持ちはある。しかし、当時の俺にとってその本は間違いなく宝物で、俺の進もうとする道を指し示すバイブルだった。…まぁ、この本が俺の必死にためた小遣いなんかじゃ決して足りず、リックが大部分を出してくれたというのも無関係じゃないんだろう。
その後、俺はその数少ない指南書を参考にしながら、訓練を少しずつ始めていく。リックは俺と一緒に自作の盾製作に付き合ってくれ、マークも強制的につき合わせた−正直、今ではちょっと悪いと思っている−。最初は俺の事を馬鹿にしてたアルムも、少しずつ手伝ってくれるようになり、出来上がった盾を実際に試すためにさまざまな訓練に付き合ってくれるようになった。二人には今でもとても感謝している。
−しかし、そんな楽しい日々はそう長くは続かない。
リックは吟遊詩人で旅人だ。自然、その収入は詩によるもので得ることになるし、世界が閉じられてしまう前にいろんなものを見たかった−今でも俺は彼が何を言おうとしていたのか分からない−と言っていた彼を引き止めるのは色々と限界に近くなってきたんだ。それでも俺はリックと分かれるのを認めたくなくて、彼に無茶を言ったりしていたな。…当時の俺に会えるならば、一発拳骨を食らわせてやりたい。それくらい酷い有様だったな。あの弱虫マークが俺に対して、我侭はリックが困るから止めたほうがいい、と言ったくらいなのだからどれだけ当時の俺が我侭だったのか少しは伝わりやすくなるだろう。
まぁ、いくら子供が騒いだところで生まれ故郷を旅立ったほどのリックの決心が鈍るわけがないんだがな。リックは旅立ちの日を決め、そしてその日は何時もと同じように日が地平線から上ることで始まった。俺はリックと会えなくなるのが認めたくなくて、部屋に閉じこもっていたんだが…部屋に入ってきた親父に無理やり連れ出された。情けないもんだが、泣き喚いて親父を何度蹴ったか分からない。別れに立ち会ったらリックと二度と会えなくなるような気がしたんだ。だから本気で蹴ったよ。多分、親父と喧嘩した事は星の数ほどあるけれど、親父にあれだけ反抗したのはあの時が最初で最後だったと思う。しかし、それでも親父は俺の手を離さなかった。きっと親父は知っていたんだろう。今ここで逃げ出したら、ずっと後悔し続けることになるって。当時はそんな親父が憎くて憎くて仕方なかったが、今では感謝してる。
そしてリックの前に連れ出された俺はリックに酷い言葉を投げかけた。「裏切り者!」だとか「もげろ!」など。他にも覚えていないが知っている限りの罵詈雑言を投げかけた気がする。途中から涙も溢れてきたよ。かつて、山の中でリックに助けてもらったのと同じくらい。自分でもなんで泣いているのか分からなくて、感情が溢れて、訳が分からなくて俯いた俺にリックは笑ってこう言ったんだ。
「君が黄金の鉄の塊として世界に名を馳せて君の詩を歌える日を楽しみにしている」と。
嬉しかった。その言葉だけで全部許された気がした。実際はどうなのかは分からない。あれだけ彼の好意をふいにしたクソガキを本当に許してくれたのか、ただの社交辞令だったのか。
でもあの日、リックのあの言葉で俺の夢だった事は、俺の目標へと変わった。この広い世界のどこかに居る彼に俺の名前が届くような、そんな男になる。それが今の俺の目標となった。
−「だから…見逃してくれないか?
「矮小な人間ごときにも歴史があるのだな。それは良く分かった。しかし、見逃しは無理だ」
「ですよねー」
俺の十分近くの身の上話をあっさりと否定してくれた相手は目の前に居る…というよりは在るというべきか。目に殺気を血走らせ、鋼鉄を弾くとさえ言われる鱗に包まれた新緑色の体躯。大きさは俺の五倍近くだろうか。独特の形をしている巨大な翼を含めればさらに大きさはもう一つ二つくらいは数字が上がるかもしれない。その巨大さは、決して背が低いわけではない俺でさえ、『彼女』を見上げると小さな丘にさえ見えるほどだ。
「さて…では、小便はすませたか?神様にお祈りは?
部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?」
爬虫類独特の切れ長の瞳で見下ろしながら、こちらへ放ったその言葉はまるでこれから俺に負けるとは欠片も思っていないようだった。自らの持つ含まれる傲慢さを隠そうともしない『彼女』の言葉。それが侮りである、と俺には決して言えない。俺と『彼女』とにはそれだけの実力差があるし、相対的でなくても『彼女』はそれが許されるだけの絶対的で凶悪的な力を持つ。
「誰がそんなことするか!意地があるんだよ!男の子にはよ!!!」
小さく震えながらも盾を構えて、『彼女』から放たれる殺気になけなしの勇気を払ってそう応える。
そう。『彼女』は地上の王者と名高い生物。
−ドラゴンである。
−どうして田舎に住むただのクソガキだった俺がドラゴンとサシで戦っているかと言うと、話は三年前まで遡る。
俺はリックと分かれてからも訓練を続け、15の時、親父とお袋の反対を押し切って冒険者になるべく田舎の村を飛び出した。最初は一人で野宿したりなんて初体験で精神力を削るように旅を続けてたな。このとき、盗賊どころか人間に敵対的な野生生物に出会っていたら俺の命はそこで間違いなく尽きていただろう。最初はそれくらい満身創痍だった。しかし、少しずつ旅を続けるにつれ少しずつ手の抜き方が分かってきたり、途中で出会った商人に様々な旅の知恵を教えてもらいながら荷馬車に相乗りしさせてもらって少しずつ目的地へと近づいていった。
―今から考えると相乗りを許してくれた商人がお人好しでよかった。彼とは今も護衛依頼を受けたりする仲ではあるが、彼と出会う事が無ければ今の俺は無いのかもしれない。それくらい彼には今もお世話になっている。
そうして俺は何とか最初の難関を越え、目的の場所−この地方最大の都市へとたどり着くことに成功した。そこには俺の目当てである冒険者ギルドがあり、俺はまずそこで登録することで冒険者になろうとしていたんだ。商人である彼とは入り口で別れ、街中をさ迷い歩き、ようやくたどり着いた怪しげな酒場が冒険者ギルドだって聞いたときには驚いたな。まぁ、冒険者なんて真っ当じゃない職業の拠点が表通りにこれ見よがしにあるという時代はもう当の昔に過ぎ去ったのかもしれない。そもそも俺が言った都市は交通の要所にあり、商業で発展した町だったからな。
まぁ、それはさておき。俺の登録は無事完了した。とは言え、冒険者になったばかりの新人−しかも、装備が動物の皮をなめして作った皮の鎧と、木を削り合わせて作った大型盾しか持たない初心者だ−に出来る仕事がほいほい来るはずもない。俺は毎日、酒場に顔を出しながらも、仕事を請けることが出来ず鬱屈とした日々をすごしていた。
―こんなことなら田舎に居た方が良かったかもしれない
冒険者になったらどんどん仕事が舞い込んできて、初心者をすぐに卒業。腕の良い仲間ともばんばん組んで、とんとん拍子に名声が上がり、何時か旅をしているリックに俺の名前が届くようになる。…今から考えればそんなことあるはずがないんだが、当時の俺はそんな理想を抱え込んでいた。そして、その理想と現実−仕事を請けさせてもらえず酒場で腐る毎日の自分−とのギャップに耐えかねて、俺は毎日、こんなことばかり考えていたんだ。
家の手伝いをして溜め込んだ身銭はほぼ底を尽き、田舎に帰る準備を始めようかと考え始めたころだ。俺をこの町まで連れてきてくれた商人が酒場に顔を出した。彼は酒場の中を見回し、隅のテーブルでやさぐれている俺を見つけると指を刺してこう言った。
「彼を指名できますか?」
その時、酒場にいた面々に走った衝撃は今も忘れられない。そりゃそうだろう。ギルドに登録するだけして、特に何もすることがなく、毎日、酒場の隅でうなだれていた馬鹿を指名する奴がいるなんて普通は思わない。今の俺がその場に居たとしたら驚いた後に、大声で笑ってしまうだろう。…そして実際、その時のほとんどの奴の反応はそれだった。残りの奴は彼の頭を心配するか、「こんな奴に護衛を任せたらちょろすぎて俺が襲ってしまうかもな」とからかうか、そのどちらかだ。俺は自分に向けられたわけでもないのに、からかいの声に耐えられず、下を向いて赤くなっていた。―今、眼の前でからかわれている彼を助けることも出来ずに。
「何がおかしいんですか?」
しかし、彼はそのからかいの声におびえることも萎縮することもなく、真っ向から確かにそう言った。辺りを見回して、そしてそこにいる連中を明らかに見下した目で。ただ冷たく、冷淡に、侮蔑を込めて。無論、そんな真似をされれば冒険者をやっているくらいの荒くれどもが黙っているはずも無い。実際、何人か立ち上がろうとして−そしてその場で固まった。
当時の俺には理解できなかったが、アレは彼との実力差を察したのだろう。…彼は商人なんてやっているのがおかしいくらい強かったんだ。目だけで冒険者をやっている何人かをその場で凍らせてしまうくらい、圧倒的な実力を誇っていた。詳しいことは「商人は体を鍛えていないとやっていけない職業ですからね」と困ったように笑うので俺も突っ込んで聞いては居ない。しかし、田舎から出てきたばかりの素人だった当時の俺でさえ、彼が只者ではないことだけは理解できた。
「僕の護衛、請けてもらえますね?」
彼が予想外の実力者であることを知り、静まり返った酒場で、俺のほうをはっきり向いて彼はそう言った。俺はその言葉に何も言えず、ただ、感動と感謝の念でいっぱいでうなづくことしか出来ず…今でもからかわれるのだがそのときの俺は泣いてたらしい。どうにも恥ずかしい話だが。泣きじゃくり、壊れたおもちゃのように頷くだけの素人を見て彼がどう思ったのか俺にはわからないが、手馴れた手つきで契約をギルドに申請し、俺を指名してくれた。
―結論から言うと、この仕事が俺のターニングポイントに他ならない。
彼が雇ったのは俺一人のみであり、そして無事に彼の護衛を成功させることが出来た。それにより、俺はギルドに多少は評価されて、仕事を優先的にまわしてもらうことも増え、強面で話しかけることもままならなかった同業者たちとも情報交換出来るようになった…などなど。俺の冒険者人生は彼の指名から始まったといって良い。
―だが、当時は何度も死ぬかと思ったんだ……。
彼は俺が抱いた優しい人と言う印象とはまったく正反対で、多く敵を作る性格だったらしい。こちらの積荷を狙って現れた盗賊だけでなく、彼の同業者から受けた妨害なども数え切れない。別のギルドの冒険者まで出張って、彼の商売を邪魔しようとしてきたときには、本当に死ぬかと思った。彼は積荷を守らなければならず、襲ってきた五人を一人で相手にしていたのだ。幾ら盾の扱いに子供のころから慣れていたと言っても冒険者として実際に剣を交わらせる戦闘にはまったく素人同然だった俺が、五人も同業者を退けられたのは奇跡といって良いだろう。…まぁ、これらの経験から多少のことでも動じず、また自分に自信を持てたから彼にはとても感謝しているんだが…。
まぁ、こうして俺は本当に『冒険者』となった。仲間と一緒にギルドから仕事を請けたり、逆にギルドから指名され、クエスト―民間から依頼された仕事とは違い、ギルドが冒険者に対して募集をかけるものだ。大抵厄介ごとであったりすることが多い―に招待されたり、最初に俺を誘ってくれた彼を含めたお得意さんに指名してもらったり…近隣地方にさえ知られる名声ほどでなくとも、特に酒場で干されることも無く常に何かしらの仕事に参加してた俺は冒険者としてそこそこ成功していると言えるのだろう。その事にプライド、自負と言われるような類を持ち始めた頃…まぁ、つまり最近なんだが、俺はギルドからあるクエストを受けないか、と誘いを受けた。
−ある村から「近頃、洞窟から何かのうめき声のような声が聞こえる。これを調査して欲しい」との依頼を受け、三人のベテラン冒険者がその洞窟へ向かった。…そしてその後、一週間、何の音沙汰も無いらしい。そして俺に提示されたクエストは彼らが何か厄介ごとに巻き込まれているようであればその救出、最悪でも、その洞窟に『何が』居るのか調査して欲しい、という内容だった。
そこそこ手練の冒険者が三人も消息を絶った場所とは言え、実質、調査―三日も連絡の無い冒険者が生きているという可能性はほぼ皆無だからだ―という内容ながらもギルドから提示された額は破格。それだけギルドの方も今回の件に危険さを感じているのだろう。俺にこのクエストを紹介したバーテンも、危険であるということを何度も強調したのをはっきりと覚えている。しかし、俺は少し考えれば良いのに、二つ返事でこのクエストに参加してしまった。……今では後悔している。冒険者としてそこそこ成功していた部類であるだけに持っていたプライドや自負というものがなければ、断っていただろう。まったく…俺は昔から調子に乗るとろくなことが無い。
まぁ、それはさておき。俺と同じように破格の報酬に釣られて集まった冒険者は俺を含めて四人。いずれも何度か顔を合わせ、仕事やクエストを一緒にやったこともあるだけに実力は知っている。この面子であれば、ドラゴンでもなんとかなるだろう、とその時の俺は思ったもんだ。……この時はまさか本当にドラゴンが居るとは思わなかったんだが、俺にとってそれくらい心強いPTだったことに他ならない。
そんなPTだからか廃坑もすいすい進む事が出来た。トラップなどは特に無く、地盤もきっちりとしていて一人ずつ歩く分には何の問題もない。崩落の危険性もなさそうで、見る限り魔物も住み着いている感じも無い。それほど危険性の少ない場所だったから「いなくなった冒険者たちは前金だけ持ってばっくれたんじゃないか」なんて雑談していたのも今ではいい思い出である。―今から思えば、魔物が居なさ過ぎることに警戒すべきだったのだ。魔物がこんなに安定した環境である坑道に住めないほど規格外な『何か』がいるのかもしれない、と。
そして俺たちはあまり警戒することも無いまま、掘り出した鉱石を集めていたのだろう集積所へと出た。そこは天井も高く、そこからまた他へと続く坑道が並び、ちょっとした村がまるまる入るくらいのスペースを持っているのが一目で分かるほどだった。
―そしてその真ん中で子犬のように丸まって寝ている緑色の『何か』が一匹。
「あれはなんだ?」
「さぁ?」
「リザードマンじゃないか」
「まさかあいつが冒険者を?」
「リザードマンは試合を申し込むことはあっても殺し合いは申し込まないと聞くが…」
「まぁ、ともかく話を聞いてみよう。何か知っているかも知れん」
「そうだな。念のため、お前はここに残ってくれ」
「了解」
―もう一度言うが、俺はこの時、最後尾だったんだ。魔物の気配を感じないにせよ、人一人が余裕を持って通れる…がそれだけの広さしかない坑道内で両側から奇襲されれば、それだけでPTが全滅する危機である。世の中には気配無く近づき毒を流し込んでくる魔物も居ると聞く。故に俺は警戒を解かないまま最後尾から『緑色の何か』が居ることだけを遠目で確認し、PTのリーダー格である熟練の冒険者の言葉に頷いた。…もし、この時の俺にもう少し疑問に感じる頭があれば、この先のことは防げたのかもしれない。しかし、今更そんなことを言ってもしょうがないし、過去は変えられない。
―熟練の冒険者が何度か『彼女』の肩を揺する。
―『彼女』の目がゆっくりと開き、俺たちを確認する。
―熟練の冒険者が彼女に質問をし…それを聞いているのか居ないのか良く分からない目で『彼女』は俺たちを見回す。
―そして俺が彼女の背に生える一対の翼に気づいたときには既に何もかもが遅かった。
「人間の分際で私の午睡を邪魔をするのか…」
その声は決して大きくは無かった。しかし、坑道の壁に反射し、俺たちの耳にまるで勅命のようにしっかりと入り込んでくる。その声は『彼女』の内に含む傲慢さを余すところなく伝えるが、同時に今すぐ頭を垂れ許しを乞いたくなるほど美しい。きっと王のカリスマというものはこういうものなのだろうと、その時の俺は漠然と思った。
しかし、暢気な俺の思考とは裏腹にようやく状況を理解した俺の本能が『彼女』の危険性を必死になって訴えかける。足は震え、背筋にはツララでもぶっ刺されたかのように嫌な冷たさが走る。全身にはまるで鳥の肌のように皮膚が泡立ち、口からは不規則な呼吸だけが漏れる。今すぐ皆に伝えなければ…!その気持ちだけが俺よりも頭ひとつ分、小さな『彼女』の持つ威圧感によって空回りしていくのが分かった。
「―どうやら死にたいらしいな」
「っ!」
『彼女』の緑色の体から膨れ上がる殺気に、傍へと寄った三人に緊張が走る。『彼女』の持つ威圧感が膨れ、淀み、うねり、三人を飲み込んでいこうとしていくのが俺の目から見えた気がした。しかし、それでも三人は動かない。いや…おそらくは動けなかったのだろう。『何かが居る』としか認識できなかったほど遠くに居た俺でさえ『彼女』の威圧感に指一本動かすことが出来なかったのだ。近くに居た三人にとっては縄で縛られているのも同然だったのだろう。
―このままじゃ三人が死ぬ…!
恐怖にこり固まる俺の頭でもそれだけは何とか理解できた。『彼女』に出会う前はドラゴンでも何とかできると思っていたが、とんでもない。これは『人間』にはどうしようもない化け物だ。挑んだら間違いなく全滅が確定する。おそらく…最初に出会った三人の冒険者も『彼女』によって全滅してしまったのだろう。
だが、俺たちは全滅するわけには行かない。このことをギルドに報告し、この坑道を封印しなければいけないのだ。一人でもギルドにたどり着き、真実を伝えなければいけない。…そしてそれが出来る確率が一番高いのは俺である。こうなるかもしれない、と思っていたわけではないだろうが、こういうときのためリーダーは俺をこの場に残したのだ。俺はその職務を全うすべきである。そう思うと恐怖で固められた体が少しずつだが、動くようになった。
―よし。このままこの場から逃げ出してギルドに報告すれば…!
恐らくはこの廃坑に何十もの防御術式を引き、中にドラゴンを封印することになるだろう。例えドラゴンと言えど、何十人もの術者が作り上げる防御術式による封印を楽に破れるとは思えない。それで当分の間、被害にあう人がいなくなるはずだ。彼らは生き残れないかもしれないが、後の被害は防げる。それが今、行うべき最善だ。
―だけど、本当にそれでいいのかよ?
長い冒険者生活の中で少しずつ忘却の向こうへと追いやられた『かつての俺』がそう俺に向かって尋ねた。何度も修理して継ぎ接ぎだらけになった木の盾を両手で持ち、訓練で何時も傷だらけになっていた頃の自分が。そのまま、ただひたすらに目標に向かって努力していた頃の『俺』が、今、まさに昔の目標を忘れて、逃げ出そうとしている『俺』に向かって失望したかのように吐き棄てる。
―かつて俺が夢見た『冒険者』はこんなもんだったのか?
―仲間を見捨て、自分ひとりだけ逃げ帰るのを善しとする男にあこがれた訳じゃないだろう!
―お前が目指そうとしたのは仲間の下にかけつけ皆を救う黄金の鉄の塊で出来た最強の騎士じゃなかったのか!
それはこの場で行う最悪も最悪である。この場で一番避けるべきはPTの全滅であると『冒険者』としての俺は痛いほど理解していた。だけど、長い冒険者生活の中でとっくの昔に隅へと投げ捨てられた『理想の騎士を目指した』俺が投げかけた疑問。それが俺の心を何度も叩き、「それでいいのか?」と問いかけ続ける。
―ふと…PTの中で一番若い男がこちらを見ているのに気づいた。そいつは俺と何度か仕事を一緒に行い、コンビで盗賊を蹴散らしたこともある男であり、酒場兼ギルドの中で一緒に酒を飲み交わしたこともある男だった。…そして、そいつが俺に向かってまるで助けを求めているかのようだと思った時。
―俺の腹は決まった。
「望みどおり全員―」
「皆、逃げろ!そいつはドラゴンだああああああああああ!!!」
『彼女』の言葉を遮り、俺は盾―冒険者生活の中で強化し続け、今では金属の大型盾となっている俺の相棒である―を取り出して前へと走る。そんな俺とは対照的に、俺の言葉に全員、呪縛から解かれ、出口へと走り出した。
―三人と交差する瞬間、三人ともが何か言いたそうな目が俺の顔を見る。
逃げなかった俺を冒険者として責めているのだろうか。それとも捨石となろうとしている俺を案じていてくれているのだろうか。
俺には分からない。分からないが…とりあえず笑ってみた。
「ここは俺に任せて先に逃げろ!」
一度は言ってみたかった台詞を言い放ち、それでも尚、何かを言いたそうに俺を見る三人から目を逸らして…俺の目の前に立つ『彼女』へと目を向ける。『彼女』は自分の台詞を遮られたことに苛立ちを覚えているのか、その細く秀麗な眉を怒りに歪め、鱗に覆われた豊満な胸の前で不機嫌そうに手を組んだ。
「…お前は…自殺志願者なのか?」
「残念だが少し違う」
本来、逃げるべきは俺だった。しかし、そんなセオリーを無視して、他の三人を逃がすためにこの場に残った俺は自殺志願者にしか見えないだろう。しかし、別に俺は死にたいわけではない。
「ただ、あそこで逃げたら俺は死ぬってだけさ」
黄金の鉄の塊で出来た騎士という御伽噺の英雄に憧れ、実際に彼のようになろうと冒険者へとなった自分。そうして多くの人の好意により、冒険者としてそこそこ成功してきた自分。
しかし、今ここで逃げてしまえば、今の自分のスタート地点である、『子供の頃の俺』が否定にも繋がる。それはつまり現在の土台となっている俺を否定することにもなるのではないだろうか。きっとそうなれば俺は俺ではない何かとなってしまう。きっと、ただ、漠然と夢も目標も無く日々、銭を稼ぐだけで満足するだけの冒険者に落ちていってしまうだろう。それはつまり自分の死と同じだ。俺以外の誰かに分かってもらえるとは思えないが…少なくとも俺はそう思う。
「訳が分からん」
呆れたように目を細め、小さく息を吐く。そんな何気ない動作の中でさえ、『彼女』の中のカリスマが見え隠れする。威圧感という名のカリスマに気圧されて、今すぐ土下座して謝ってしまいたいが、それでは三人が脱出するまでの時間が稼げない。ここはなんとしてでも時間を稼がなければならない。だからこそ!
「だろうな。だから教えてやる!!!!」
―こうして俺の数分にも渡る身の上話が始まり…そして現在へと至る訳である。
『彼女』は大人しく話を聞いてくれてはいたもののいつの間にかドラゴンという名が指し示すとおりの強大な姿へと変わっており、既に臨戦態勢へと移行している。おそらくその腕の一薙ぎでさえ、俺にとっては致命傷となるだろう。
―俺と『彼女』の距離は10m前後。
それはつまり俺からは射程外であっても、彼女からすれば射程範囲内ということである。―すなわち竜のシンボルとも言える全てを焼き尽くすドラゴンブレスの。
まずはこの距離を詰めなければならない!
「行くぜええええええええ!」
気圧される自分の体に鞭を入れるため、大声を上げて『彼女』へと突撃する。『彼女』がそれを見下しながらも鼻で笑い、口の中へと圧縮された魔力を溜め込むのが見えた。―間違いなくドラゴンブレスの予兆である。現在の距離は9mちょっと。撃ってくる動作までに一秒あるとしても鎧を着ている状態ならば5mくらいまでしか詰められないだろう。無論、その距離でドラゴンブレスを避けられるはずも無い。受けてしまえば抵抗する間もなく、こんがり焼きあがった肉が出来上がるだけだろう。
―普通ならば。
「焼きあがれ!」
その声と同時に明らかに空間の温度が跳ね上がる。彼女の顔を見るまでもない。ドラゴンブレスが発射された事は確定的に明らかである。そしてそれが恐らく俺の方向へとすごいスピードで向かってきているのも確かだ。正直syれにならないほどの力の圧力とも言うべきプレッシャーを感じる。見るまでもない。間違いなく直撃コースである。
俺はそこまで考えて両手で構えた大型盾を前へと出す。俺は基本的に武器を持たず、主にこの大型盾のみで戦う。生まれ故郷のド田舎を出てからずっと俺を守り続けてくれているこの盾は俺の唯一にして絶対の相棒であり、信頼する最強の武器である。故に俺はまったく疑うことなく、そのドラゴンブレスを受けきれると信じて、『相棒』を前へと突き出した。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
同時に『相棒』に刻み込まれた術式が展開していく。『相棒』に文字として刻み込まれた対炎魔術と氷系魔術が発動し、ブレスの威力をいくらか弱めるがそれでは止まらない。対衝撃魔術を展開させ、『相棒』を地面に突き刺し、そのまま前進する。
「止まれええええええええええええええええ!」
―着弾。
最初に感じたのは熱。対炎、氷系攻撃魔術で弱めて尚、身を焦がし肉を焼いていくほどの。熱いと口に出すのもはばかれるほどの熱量が俺の肌をちりちりと確実に焼き上げていく。
続いて感じたのは衝撃。着弾した瞬間、自分の体が浮き上がっていく感覚が俺の体を支配する。構える腕は対衝撃魔術越しでさえ、千切れ飛んでいきそうで、その場にとどまるどころかどんどん後ろへと押し戻されていく。しかし、ここで吹き飛ばされてしまえば次のドラゴンブレスで俺の死はグラットンスウィフトを食らったらばらばらに引き裂かれるくらい確実だ。ここで堪えなければ逃げた三人の命さえ、危うい。その覚悟だけで俺は何とかその場にとどまった。
―恐らくは熱と衝撃に支配されていた時間なんてたかが数秒程度だったのだろう。しかし、熱と衝撃にさらされたその数秒は俺の人生の中でもっとも長い時間となった。一時間近くにも感じたその時間は去り、熱が急速に去っていく。
「ふぅ……大口叩いた割りに、他愛無いな」
―熱と衝撃でぼろぼろになった精神力がその言葉で回復する。俺は『彼女』の声が聞こえるということは俺はまだ生きている。そして…まだ生きているのであれば時間を稼ぐことは出来るのだ。
盾を構える両腕に力を込める。盾を踏ん張っていた足に力を入れる。『彼女』が放ったたった一発のドラゴンブレスで双方ともにぼろぼろである。しかし、それでもまだ動いた。力が流れた。
―ならば…いける…!
「まだだああああああああ」
地面に突き刺したままの盾を持ち上げ、再び『彼女』の元へと走る!
「なっ…!」
今まで威圧と侮蔑しか篭っていなかった『彼女』の声にわずかに驚きの色が混じっていた。恐らくは人間が自分のブレスを喰らって動いているなんて想定外なんだろう。実際、俺も一歩間違っていたら…いや、俺を冒険者として成功に導いてくれた商人の彼が『相棒』に気休め程度だとしてもいくつかの対抗魔術を刻んでくれていなかったら吹っ飛んでいたか、指一本動かす気力さえ残っていなかっただろう。しかし、俺の『相棒』は残念ながら恐らくこの世に二つとないくらい特別製で最強なのだ。
―それが想定外だと言うのならば今のうちに一気に踏み込む!
彼女が驚いている内に『彼女』の懐…いや、足元へと入り込む。そのままの勢いのまま、全力を持ってして『彼女』の足へと大型盾の先端を突き込んでやる!!!!
俺の武器はさっきも言ったがこの大型盾しかない。本当は長剣も持ちたかったが俺は所詮、勇者でも超人でもなんでもないただの一般人でどこにでもいる冒険者であり、盾と同時に剣を使いこなす器用さも同時に二つの武具を持って戦えるほどの筋力を自分の体に着けることも出来なかった。だから、俺は俺なりに戦う方法を考え…そして盾だけで戦う方法を編み出したのである。
それはこの盾を構えて行う突撃攻撃だ。大型盾は地面へと突き刺し、敵の突撃を受け止め、敵を押し出す為に作られた経緯がある。そのため、その先端は地面を穿つ鋼鉄である。ならば、それを攻撃に使用すれば盾だけでも戦えるのではないだろうか。そう考え、子供の頃からそのための訓練ばかりし続けてきた。それは正しかったのか自分でも分からない。もっと良い戦い方があったのかもしれない。けれど、俺はかつてあこがれた黄金の鉄の塊でできた騎士のようになりたくて、防御に強く重点を置き自分を鍛え上げてきた。お陰で実力が上の冒険者五人に囲まれても奇跡的に生き残れる程度には結果を残している。
そしてそれはたとえドラゴン相手でも多少は通じる戦法のはずだ…!
そう願うように心の中で呟いて俺は『彼女』の元へと奔る。『彼女』の足までは既に1mもない。このままいけば質量差によって俺は弾かれてしまうかもしれない。
―構う物か。どうせ次は無い!
俺はそのまま減速せずに体を捻り、全身をバネにして盾の先端を打ち込む!
「届けええええええええええええ!!」
―ガキィン…
「痛っ!」
―…え?
信じられない思いで先端を見ると1mmたりとも彼女の鱗に刺さっていないのが見て取れた。かつてリックが歌った詩の通り、本当に鋼鉄さえ弾く鱗だったようである。いや、これで逆転勝利とか思ってたわけじゃないんだが…なんていうかガチで鋼鉄製の大型盾、しかも地面へと突き刺せるよう尖った先端を全力で突きこんでも鱗に傷ひとつ無いってどうなんだおい。生態系的に。何食べたらそんなに硬くなれるんだよ!!!!やっぱ黄金の鉄の塊なのか!!!?
微妙に凹む俺とは対照的に『彼女』にとって自分に傷をつけられた―実際には傷ひとつついていないのだが―のは屈辱的であったのかもしれない。わなわなと体を震わせ、殺気だった目を怒りに赤くしている。
本能が囁いた。「おい馬鹿止めろ俺の人生はここで終了ですね」と。
「ゆ、赦さない…!絶対に赦さんぞ!人間め!じわじわと嬲り殺しにしてくれる!!!」
そのまま『彼女』は怒りのまま足を振り上げ、俺を蹴り飛ばそうとする。普通に喰らったら確実に意識が吹っ飛ぶであろう一撃だ。俺はそれを何とか横へと移動し、突っ込んでくる足から流すように盾を構えて、衝撃を逃がすことでやり過ごした。
―危なかった!後一瞬反応が遅ければ間違いなく壁まで吹っ飛ばされていただろう。
しかし、怒りに我を忘れている今はチャンスである。幸い、蹴り上げて片足の今であればもう片方へ衝撃を加えれば倒れるかもしれない!そうすればさらに数秒は稼げる!
そう考え全力で盾を持ったまま、『彼女』のもう片方の足へ全力で突撃する!!!
―衝撃。
冷静に考えてみれば、『彼女』と俺の質量差は十数倍近くある。普通、それをひっくり返して片足でバランスが不安定とは言え、『彼女』を転倒させる事は難しいだろう。
―そう冷静になったのは俺が彼女へと突っ込んんだのとほぼ同じ速度で鱗に弾かれ、転倒した衝撃が原因なのがどうにも格好悪い。
しかし、そんな格好悪い俺でも、我武者羅さで幸運の女神の気を引けたのか、『彼女』の巨躯はぐらりとよろめき、ゆっくりとこちらへと倒れてくる。後はここから逃げ出せば良い。
もつれる足を必死に前へ前へと踏み出させ、少しでも加速しようと腕も我武者羅に振るう。しかし、イメージと肉体がどんどん乖離していくのを俺は感じた。
―まずい!このままじゃ…!
イメージよりもはるかに遅い速度しか出せない俺の脚は焦りによってさらに歯車を狂わされてしまう。
―人間がドラゴンのブレスを喰らって無事に済むわけは無いと分かってはいた。肉体はアレで限界を迎えて、溢れ出る興奮物質が痛みと疲れをごまかしてくれているだけだと理解はしていたつもりだった。しかし、別に今でなくともいいだろう…!!
このままでは死ぬと分かっているだけに焦りは焦りを呼び、それがどんどんイメージを狂わせていく。気づいたときには既に『彼女』の体は俺の目の前へと迫っていた。『彼女』の体は大きく、俺の目指す『出口』は手を伸ばしても届かないくらい遠い。せめて『相棒』を構えて対衝撃魔術を発動させようとするが、まるで鉛の錘を山ほどぶら下げられたかのように『相棒』を持つ俺の腕は鈍く動かなかった。
―これは…詰んだな。
死への恐怖か、何時に無く冷静に俺の頭はそう認識した。このまま『彼女』が倒れこんでくれば限界を迎えた俺の意識は衝撃と重さでなす術も無く圧殺されてしまうだろう。その後、『彼女』が俺を煮るなり焼くなりすれば、俺の人生はジ・エンド。意識がなければ、俺が着込んでいる金属鎧や『相棒』でも防ぎきれない。
―だが、これでいい。
恐らくはもう三人ともこの廃坑から逃げ出している頃だろう。そのままギルドへとたどり着き、報告してくれれば俺の死は決して無駄ではない。
―物語のような英雄には結局なれなかったな…。けど、こんな死に様でも…悪くは無い…か。
『彼女』と接触し踏み潰されるような衝撃を感じる中、意識がゆっくりと闇の中へと落ちていく。その中で「調子ぶっこき過ぎた結果がコレだよ?」と聞こえたのは一体誰の声だったのか。俺は分からないまま、二度と目覚めるはずの無い夢へと落ちていった。
「おい。起きろ」
うーんうーん。
おのれニンジャめ。騎士の方が前衛として優れているのにこんなにネガティヴキャンペーン張りやがって。
このネガキャンやってるの絶対ニンジャだろ汚いな流石ニンジャ汚い。
「いい加減、起きろ」
―衝撃。
どがっと言うよりはめきゃっと言う擬音が相応しいような音と共に俺の体に走った衝撃。そんなものが走れば当然目が覚める。誰だってそうする。俺だってそうする。…いや、実際、永眠しそうな勢いだったけどなマジで。首も明らかに寝違えてるし。
―……ってあれ?ここは…さっきまで俺が死闘―主に俺が生きるか死ぬか的な意味で―を繰り広げていた廃坑内の集積所とは違う…?
周りには煌びやかな金細工の装飾品などが所狭しとばかりに積み上げられており、光源の少ない廃坑の中でも少し眩しいくらいだ。そんな宝の山の横に無造作に俺の着ていた金属鎧―ヒビも入り、変形しまくっているそれはもう鎧と言うのには相応しくないのかもしれないが―と俺の相棒である大型盾が転がっていた。そのまま視線を自分に移すと、ドラゴンのブレスでこげつきボロボロになっているチュニックとズボンだけ身に着けている。どうやら男の尊厳を守るために何とか耐え切ってくれたらしい。有難い。後でジュースを奢ってやろう。飲めるかどうかは知らないが。
視線をさらに俺の身体の下へと移すと俺が寝かされていたのがキングサイズのふかふかなベッドだと分かった。こんな財宝だらけのど真ん中にポツンとベッドだけが置いてあるのはミスマッチを通り越して一種シュールでもある。もっとも、そこに寝かせられていた人物が俺だというシュールさには敵わないだろうが。
そんな自虐さえ感じるほど煌びやかな空間の中にいる俺…ともう一人。いや、もう一匹と言うべきか。先ほど俺たちが逆鱗に触れてしまった『彼女』が人型に戻って、気まずそうにベッドの脇へと立っていた。
―なるほど。恐らくこれは彼女のベッドなのか。
考えてみれば幾ら魔物といえど人型であればやわらかいベッドで寝たいものだろう。ドラゴンは財宝を集める習性があるというし、これだけ大きなベッドをもっていても不思議は無いのかもしれない。…それだとどうしてさっきは集積所で寝ていたのか気になるが…。
―しかし、それにしても綺麗なもんだな。
殺されるか死ぬか―断じて殺すか殺されるかではない―の最中や、彼女からプレッシャーが放たれていた時は、動転して彼女の姿をあまり見ることは出来なかったが、目の前にいる彼女は美しい女性だった。俺の拠点としていた都市が魔物を初期から積極的に受け入れてきた場所だった所為か、魔物娘を数多く見てきたが、『地上の王者』と呼ばれるほどの力を持つのに、他の魔物娘と比べても遜色ない。それ所か、ただ立っているだけの姿でさえ、あふれ出るばかりの力と自信がアクセントになり、美しい彼女の美貌にさらに華を添える形になっている。
「まったく。私が倒れこんで気を失うだなんてまるで私が重いみたいじゃないか……」
財宝の中でも負けずに、寧ろ財宝の方が引き立て役に感じるほど艶やかで美しい髪を、鱗に覆われたまるでドラゴンのようにごつい―まぁ、彼女はドラゴンそのものなのだが―手で器用にくるくると弄る彼女。まるで紫陽花のように薄っすらとした紫に染まるその髪が、腰まで届く長さを遺憾なく発揮して、彼女の手によって空中で踊る。それだけで、絵になると感じるほど彼女は一種幻想的な雰囲気を持っていた。…まぁ、言っている事は現実的この上ないんだが。やっぱりドラゴンも重いといわれると気になるのだろうか。
―ていうか、俺どうして死んでいないんだ?あの時、確実に死んだと思ったんだが…。
「おい。聞いてるのか?」
不機嫌なのを隠そうともしないまま彼女はこちらを見下ろした。切れ長釣り目と彼女の強気な性格を現したとしか思えない目。そしてそこから見える金色の瞳には少しばかり気まずそうな色が浮かんでいる。その姿からは最初感じていたほどの怒りや威圧感を感じない。どうやら本気では怒っていないらしい。…何故なのかは分からないが。
「あぁ、聞いてる……いや、聞いてます」
一瞬、膨れ上がった殺気に頭が何か考える前に本能が口調を訂正した。
―怖かった!怒ってないって思ってタメ口使おうと思ったら殺気が膨れ上がってマジ怖かった!
今まで死線と言うものは何度か潜ったが、部屋の温度が数度下がったように感じるほどの殺気を感じたのは今日だけだ。目線で殺されるかもしれないと思ったほどなんだが…あれが有名なメンチビームって奴なのかもしれない。流石ドラゴン、マジぱねぇ。
「ともかくだな。今からオマエを喰らうぞ」
人型に戻って尚、彼女と俺の絶望的なまでの戦力さを目線ひとつで感じ、彼女に感心するやら落ち込んでいいやら微妙な心境の俺の耳に聞きなれない言葉が飛び込む。
―ドラゴンッッッ!色を知る歳かッッッッ!!!!!!
いや、彼女は『地上の王者』であるからそんなプロポーズもありなのかもしれないが。そもそも俺は男で彼女は女でどちらかと言うとプロポーズするのは俺のほうだと思う。
―いや、こういう艶っぽい展開なんてありえないと分かっているんだがどうにも頭が理解を拒否して逃避してしまう。
どう考えてもコレは『オレサマオマエマルカジリ』ですよね!分かります!
ちくしょおおおおお!今の魔物は人を喰わないって話じゃないのかよおおおおお!あの図鑑の著者めええええ!もし生きて帰れたら訴えてやるううううう!!!無理だろうけどな!!!!畜生!!!!
「…何を考えているのか大体分かるが、別に私たちは人間を喰う訳じゃないぞ」
「え…?」
「そもそも人間なぞ肉の臭みが強すぎて喰えたもんじゃない」
―なるほどなー。
現実逃避してる場合じゃない。その感想ってまるで喰った事があるような言い回しですよね!?
もし、肯定されたらと思ったら怖くて聞けないけど先に派遣されてた冒険者を食べたのってやっぱり貴女なんですか!?
「まぁ、私たちは肉食だが基本的に食べるのは野生動物だ。わらわらと増えまくる貴様らを好き好んで食べる奴は殆どいない。…しかし、まぁ、増える速さはそれなりな割りに食べ物にならんとは、人間とは本当に使い道が少ないな。その内臓や骨まで活用できる牛や豚を見習え」
「いや、それ見習ったらやばいだろ色んな意味で…いや、すみません。謝るんでメンチ切るのやめて下さい」
どうやらタメ口はマジでご法度らしい。まぁ、『地上の王者』からしてみれば魔物以下の身体能力しか持たない奴がほとんどな人間からタメ口なんて許容できないんだろう。俺たちからすれば犬や猫からタメ口で会話されているようなものなのかもしれない。…いや、タメ口の犬や猫とか可愛い気もするが。
「まったく。出来の悪い人間のために、もう少し噛み砕いて言ってやろう」
そこで豊満な胸を大きく張って―本当に大きい。西瓜といい勝負するくらいだ―彼女は俺へと指を指し
「お前敗者」
そして自分を指差して
「私勝者」
そこでまるで予言でも行うかのように両腕を上げて
「つまりお前は私のものだ」
―お前は何を言っているんだ……?
言っていることは理解できる。しかし、意味がまるで通らないのではないだろうか。彼女の言っていることが分かるのなんて世界中に名を響かせる賢者くらいじゃないと無理じゃないのかと真剣に思う。残念ながら俺は多少、魔術の心得はあるものの一般的な頭の出来からすると悪い方なのでまるで理解がいきわたらないのだが…。
「ちなみに断ったら死刑だからな」
なにそれこわい。
いや、まぁ、死んでもおかしくない所を見逃してもらったのだから、死刑になるまでの過程があるだけ遥かに恵まれているのだろうが。
―それにしても、見た目や図鑑に記載されている通りの暴君っぷりである。ついでに言えばその美しさも図鑑の通りだ。
「いや、従うのは別に良いんですが…」
少なくとも逆らうだけ無駄と言い切れるほどの実力差があり、かつ負けているのだ。隙を見るためにも従うふりはしておくべきだろう。しかし…どうにも分からない。
「どうして俺を回復させたんですか?」
ドラゴンブレスと倒れこみ。今から考えるとまともに喰らったのはこれだけだが、肋骨の数本は確実に折れ、腕や足にもヒビが入っていただろう。他にも肌に重度の火傷を折っていたりと体中にガタが来ていたのは間違いない。極限状態であふれ出ていた興奮物質のお陰で痛みはそれほどなかったが、今は気が狂いそうなほど体中が痛んでいるはずなのだ。しかし、現実は普通に会話できているし、痛みも無いどころかかなり体が軽い。まるで新年を下ろしたてのパンツで迎えるかのような清清しささえある。どう考えても俺の体は治療されている。それも店売りされている一般的な薬剤などではなく、かなり高級な霊薬クラスで。
「それは…その…な」
彼女は、また長い髪を器用に手で弄りながら、目線を横へと逃がす。視線を追ってみると一冊の本が見えた。彼女はそれと、俺の顔を交互に見ながら、胸に手を置いてゆっくりと語り始めた。
「私たちドラゴンが魔王の魔力でその…なんだ。こうした下等な人間と同じ姿にさせられたのは見ての通りだ」
そのあたりの経緯は知っている。光と闇の魔術を学ぼうと一時期、いくつかの書物を読みふけっていた時期があった。それは結局才能が無かったようで実を結ぶことは無かったが、いくつか魔物についての知識が身につける事に成功したと言える。その知識が今まで俺を生き残り、冒険者として成功できた理由の一つでもあるだろう。そして、その知識の中に一際、強大な魔物としてドラゴンの名前が記憶されている。俺が読んだ書物では現在のドラゴンはサキュバス化が一部ながらも進行していると記してあった。魔王と呼ばれるほどの存在の魔力に一部とは言え、抵抗しているその姿は今でも地上最強の生物と呼ばれるに相応しいだろう。
「私たちとて生き物だ。単性では生殖も出来ない。しかし、魔王の所為で私たちにオスはいない。ならば、どうやって私たちは生殖すると思う?」
嗜虐的…そして何処か自虐的な色を瞳に浮かべて、彼女はベッドへと乗り上げてくる。切れ長の瞳が獲物を前にするようにきゅっと細くなり、自分の胸においていた右手を俺のわき腹近くに置いて、前かがみになる。俺と彼女の顔が吐息が掛かるか心配するくらいぐんと近くなり、黄金色のその瞳にまるで吸い寄せられるように目線が外せなくなってしまう。そして、お互いの前髪が触れそうになるくらいまで近づかないと気づかなかった彼女の甘い林檎のような体臭がダイレクトに脳へと伝わってくる。
―いや、まさか。ちょっと待ってくれ。これはその…そういうことなのか?
頭の中で抵抗しようにも嗅覚と視覚からの刺激がどんどんと俺の中の思考を鈍らせていく。何かがやばい。今すぐ抵抗しなければいけないと言うのははっきりと本能で分かるのだ。しかし、彼女が何を言っているのか、理解する気も、そして抵抗する気もどんどん俺の中から失せていってしまう。
「答えはな。人間だ。私たちも他の下等な魔物たちと同じく同種のオスの代わりに人間のオスで生殖するのだ」
右手は俺のわき腹近くに置いたまま、空いている左手で俺の頬を軽く撫でる。同時に俺の体に痺れが走った。まるで毒キノコを誤って食べて体中がしびれてしまった様な感覚。鋼鉄さえも弾くほどに硬い鱗で覆われているはずなのに、彼女の腕はまるでシルクを触ったかのようなやわらかい感触を俺の頬に残していく。そしてそれは、怖いほど心地よかった。
「だが、人間は私たちを恐れ、逃げる。私たちもそれで良いと思う。何故なら、私たちにとって下等な人間どもと生殖するなどプライドが赦さんのだ。…しかし、それでも尚、あの忌わしい淫魔の魔力によって歪められた本能がお前たちを求めてしまう」
―その言葉で彼女の目に宿っている自虐的な感情の正体に気づいた。
彼女は今、本能に負けようとしているのだ。魔王の魔力に今まで抗い続けてきた彼女がどうして今、本能に負けようとしているのか俺には分からない。だけど、ここで彼女のなすがままになってしまえばきっと彼女も後悔するのではなかろうか。
―ならば、抵抗するのには十分な理由だ。
さっきまで殺されかけていたとは言え、美人を泣かせるのは俺の性に合わない。何より彼女は自分のミスで死に掛けていた俺を治療してくれた恩人でもあるのだ。彼女を怒らせた原因も俺たちの不注意―例えるならば竜巻を竜巻と知らずに突っ込んだ愚か者が俺たちな訳だから―でもあるし、悲しませる理由はあまりない。
鈍った頭でそこまで考え…僅かに俺の目に灯った理性の火。それに従って、俺は寝かされている寝台から立ち上がろうとする。しかし、それよりも早く彼女は右手で俺の腕を寝台へと固定した。
―いや、ちょ…おまっ!こっちがなけなしの理性で抵抗しようとしているのに!
そう抗議しようとした瞬間、濡れた彼女の瞳が目に入り、何も言えなくなってしまう。
「だから、私たちは最大限にお前たちを威嚇する。近づいてこられたら本能に負けてしまいそうだから。近づいてこられたらきっとお前たちを愛しく思ってしまうから。―だけど、お前は近づいた。一番、安全なところに居たのに。仲間の為に。死ぬかもしれないのに。ただ自分のプライドの為に。まるで…私たちの同種のように…」
それでも、俺は抵抗しようと全力で腕に力を込める。血管が浮き出て、筋肉が膨張するが、それだけで終わってしまう。まるで万力に固定されているかのように、彼女に押さえつけられている腕はまるで浮き上がりはしなかった。
「人間的に言えば…あの姿は格好良かった。そして、私は思ったのだ。お前ならきっと私から逃げないで居てくれる。きっと私を孕ませてくれる。メスとしてきっと最高の喜びをくれる…と」
俺の微々たる抵抗を見て、彼女はちろりと爬虫類独特の細長い舌を出して、嗜虐性の強い笑みを浮かべた。そのまま動けないでいる俺の上へと跨って両手で俺の体を固定した。
「だから、お前は私のものだ。私を本気にさせたお前が悪いのだ。だから、お前は私を孕ませる義務があり、私のものになる権利がある」
―無茶苦茶だ。そんなものに従えるはずがない!
そう言いたかった。必死になって抵抗して彼女を撥ね退け、人としての意地を見せ付けたかった。しかし、どれだけ力を入れても彼女は少しも動くことは無く、ただ、嗜虐的な笑みを浮かべている。まるで女王が無駄な抵抗をする奴隷を見て楽しむかのようなその表情は屈辱そのものだった。俺だって男だ。例え彼女が絶世の美女と言う言葉に相応しいような相手でも、こんな状況で喜ぶような趣味は持っていない。
―そのはずなのに。
ただ、俺を固定して、さらには見下して、笑っている彼女の瞳に吸い寄せられてしまう。彼女の体臭にまるでもやが掛かったように思考がどんどん鈍くなってしまう。俺の腰の辺りに腰を落とした彼女のかすかな動きにさえ俺の息子が反応してしまう。
「ふふっ…お前もこんなに喜んでくれるとは嬉しいぞ…♪」
息子の反応に気づいた彼女の顔がまるで絶好のおもちゃを見つけたような表情へ変わり、俺を見下ろしてくる。そのままからかう様に腰を小さく浮かせ、当たるか当たらないか程度の高さのまま、まるで騎乗位のように小さく前後に動かし始めた。ずたぼろになったズボン越しにかすかに触れる刺激だけでさえ、俺のだらしない息子は反応し、びくびくと震えてしまう。
―くそ…!どこまでも馬鹿にしやがって…!
「なんだよ…!こんな状況で勃つような変態だって笑えば良いだろ!」
「違うぞ。それは違う」
抵抗しよう、しなければ、と思っているのに自分の体がまるで思ったように動かなくて、悔しいのか辛いのか、自分でも処理しきれない感情のまま思わず言ったその一言に彼女は動きを止め、少し悲しそうに眉を曲げる。その表情に何故か胸の痛みを感じ、俺は目を背けた。
「私のように例え戯れであっても人間を殺せるようなドラゴンに普通の人間が勃つと思うか?例えお前と同じ状況であっても勃たない人間がほとんどだろう。しかしお前は勃った。私の期待通り私を孕ませられる人間だったんだ。これは才能だぞ。誇って良い」
そのまま腰を俺の腹の上辺りに下ろして尻尾で俺の息子を撫で始める。戦っている最中は本当に鋼鉄を弾いていた彼女の鱗に覆われているはずなのに、その尻尾の動きからは焼け焦げたズボン越しであっても、まるで本物の女の手で撫でられているような感覚が伝わってきた。正直に言えば…かなり気持ち良いし、彼女の言葉にも大分救われたように感じる。しかし、流されてもいいんじゃないか?と思う俺とは別にまだ俺の中の何かが抵抗し続けていた。それが彼女には分かるのだろうか。俺の事をまるで見透かしているかのような黄金色の瞳に悲しみと浮かべて俺の顔を両手で固定して俺の目を覗き込んでくる。そこにさきほどまでの嗜虐的な色合いはまるで無く、ただ、辛そうな―まるで俺の辛さが自分の辛さであるかのような―表情を浮かべていた。
「それでもお前がそれを気にするというのなら私が許そう。お前を馬鹿にする奴がいれば全て私が蹴散らしてやろう。お前がお前を許せるくらいお前を気持ちよくしてやろう」
―その表情と殺し文句で最後まで抵抗していた何かが決壊した。
なんという…殺し文句だろう。会って数分で殺しかけた相手に言う言葉では決して無い。だけど、それは人間の常識の中で言えば、なのだろう。彼女は魔物であり『地上の王者』なのである。彼女からすれば、そういったプライドこそ女々しいと言えるものなのかもしれない。
―ここまで言われて相手にしないわけにもいかない。
抵抗しようとしていた腕から力を抜く。それだけで彼女には俺がどう思ったのか伝わったらしい。先ほどまで浮かべていた表情はすぐに引っ込め、再び嗜虐的な笑みを浮かべて嬉しそうに―本当に今までの表情の中で一番嬉しそうに―俺を見下ろす。
「そうか。観念したのか」
そのまま彼女は嬉しそうに右手の人差し指を俺の胸に這わせる。彼女鋭い爪は焼け焦げてほとんど使い物にならなくなっていた俺のチュニックをまるで最初から無かったかのようにあっさりと切り裂きながらも、俺の肌には傷ひとつ付けなかった。それでいて彼女の指が這った場所はまるでそこだけ蛇に噛まれて熱を持ったかのように強く疼き始める。
「安心しろ。お前の全てを貪ってやる。嫌だと泣き叫んでも喰らい尽くしてやる。お前が快楽に溺れても仕方ないと言い訳できるくらいに…な」
その言葉と同時に彼女がこちらへと倒れ、唇へと噛み付いてくる。痛みを感じ、反応しようと動いた唇に彼女の唇が押し付けられ、同時に彼女の舌が侵攻してきた。そう。侵攻だ。技巧も何もなく、ただ貪るためだけに這い回る細長い舌。それを俺は止める術を持たなかった。歯茎を嘗め回し歯の一本一本をまるで洗い上げるかのように周到になめあげた時も、俺の舌をまるで弄ぶかのように彼女の舌が巻きつき、性器そのものであるかのように扱きあげた時にも、暴徒のように雪崩れ込んでくる彼女の甘い唾液におぼれそうになったときも俺は彼女の舌に抵抗できなかった。俺にだって人並み程度に経験はある。冒険者という職業上、娼婦にお世話になったことは数知れないし、冒険者になる前にだって、付き合っていた女の子くらいはいたものだ。しかし、それらの俺の経験がまるで役に立たない。彼女の舌はまるで暴君のように俺の口内を自由気ままに這い回り、蹂躙し、俺の理性を奪っていく。俺はそれについていこうと、必死に経験や理性をかき集めて抵抗するが、彼女の舌は俺の舌からまるでからかうように逃げ回り、自分の好きなとき、気に入ったときにだけ俺の舌と触れ合う。
―そんな自分勝手なキスがどうしようもなく気持ちよかった。
流し込まれてくる唾液の香りだけでさえ頭の中にもやがかかったかのようになる。その上、彼女の舌が俺の口内で暴れるたびに恍惚となるような気持ちよさが走ってしまう。自分勝手で、まるで人のことを考えているとは思えないキスだ。しかし、それが今にも暴発してしまいそうなほど気持ち良かった。
―逃げなければ…!
彼女は貪ると言ったが、それはまさしく暴君が貪ると言うに相応しいキスだった。彼女の舌が味わっていない場所は俺の口内にはなく、彼女の舌に抵抗する気さえどんどん薄れていく。俺の舌はまるで俺自身の未来予想図のように、彼女の与えてくれる快楽を享受するだけの器官にどんどん成り下がっていく。
―それではいけない。
確かに彼女を受け入れたが、こんなキスまで受け入れるわけにはいかないのだ。彼女が上で、俺が下であることに異論は無い。しかし、快楽を享受するだけで終わりたくない。本能に負けてしまった彼女が少しでも後悔しないよう、彼女自身にも気持ちよくなってもらわなければ…。
「ふぅんっ♪」
そう反論しようと俺は必死に彼女の唇から逃げようとした。しかし、彼女はそれをすばやく察知すると俺の頭を両腕で抱きしめ、より激しく俺の口内を蹂躙する。こうなっては蹂躙される側の俺は息苦しくなってくる。しかし、彼女はそれさえもお見通しのようで、蹂躙する合間に酸素を送り込んできてくれた。それのお陰で何とか窒息死だけは免れているものの、流し込まれる吐息と唾液にさらに頭に霞がかかり、彼女へと強く依存する形になってしまう。
―どうしたらいいだろうか…。
このまま快楽を享受するのが良いのかもしれない。彼女自身もそれを望んでいる。だからこそ、無理やり抵抗をさせないような形でより強く俺の頭を抱きしめたのだろう。しかし、俺はそれで良いとは思えなかった。上下関係で良い。対等で無くていい。しかし、ただ俺が受け取るだけでなく、俺からも彼女に差し出せるような関係で居たい。その男の本能とも言えるようなプライドだけで、俺は彼女のキスに陥落するのを耐えていた。…しかし、それももう長くは持たない。より密着し、より激しさを増した彼女の舌は緩急をつけて、俺の口内を蹂躙し始めた。今までは技巧も何も無かった彼女の舌は俺の反応で学習し始めたのか、技巧がつき始めたのだ。より効果的に俺を焦らし、より強く俺を貪る。こうなれば俺の中に最後に残った砦が陥落するのも目前だ。
何か無いかと目を開けると、彼女の豊満な胸が目に入った。それは彼女の鱗に覆われながらも一部は服のような柔らかいものに包まれている。彼女は自分たちはサキュバス化が進んでいると言っていた。ならば、恐らくこの胸と言う快楽に直結する部位の鱗は着脱が可能なのではないだろうか。そう思って俺は彼女の胸に手を伸ばし、ブラを外すつもりで彼女の鱗に触れ―そしてそれは俺の目論見どおり外れてくれた。
「んっ!」
まるで抗議するかのように彼女は小さく声を上げ、口の中をより激しく蹂躙してくる。舌を弄り、歯茎を撫で、咽喉にさえ触れる。それら全ては確かに決心が鈍ってしまうほど気持ちよかったが、それでも尚、俺は彼女の胸に手を添えた。
最初に感じたのはツルツルとした肌触り―これは彼女が身に付けているウェアの感触なのだろう―次に感じたのは圧倒的な反発力。指で押してもすぐにもとの形へ戻ってしまうほどのその反発は俺は今までに感じたことの無い類の感触だった。決して硬いわけではない。しかし、柔らかいだけではない。受け入れるのでも、弾くのでもないその胸は彼女の気質そのもののだ。
―撫でただけで電流が走ったかのように反応するその感度も。
「んーっ♪んーっ♪」
―揉みしだく指から感じる滑らかさも。
「む…ふぅ…♪」
―乳首に触れるとあれだけ俺の口内を蹂躙していた舌が乱れるその仕草も。
「ん…はぁ…♪」
それら全てが俺を魅了し、俺はもっと乱れた姿の彼女が見たくなっていく。その欲望に従って、俺はウェアを思い切りたくしあげ、再び彼女の胸を揉みしだく。
「んんんっ♪」
抗議の声か、それとも喘ぎ声を必死に抑えようとしていたのか。彼女はそう声を上げながら、再び尻尾を俺の股間へと這わせ始めた。さっきも感じた女性の腕で、すっと撫でられるような感覚が下半身を支配する。あまりの快感に腰が抜け、彼女の胸を撫でていた手の動きが鈍り始める。そうなると、余裕を取り戻した彼女の舌が再び俺の口内を蹂躙し始め、あっという間に俺は再び追い詰められていく。何とか残る理性で反撃しようとしたが、俺の頭を抑えるのに使っていた左手で封じられ無駄に終わった。最後の抵抗も空しく、打つ手のなくなった俺に彼女が勝ち誇ったように笑みを浮かべ、再び唇に噛み付いた。
そして、それで形勢は決した。必死に快楽に耐えていた理性は崩壊し、我慢の聞かない俺の息子がズボンの中で暴発する。
「くっ…ああああああっっ」
―どくどくとズボンの中で生暖かいものが流れ出ていくのをはっきりと感じる。それは間違いなく快感で、文句なしに気持ちいい。頭にかかるもやが射精により少しずつ晴れていくが、それでも尚、快楽を求めるように射精が数秒続いた。
自慰どころか今までのどんな相手ともやった性交でさえ、これほど気持ちよくは無かった。ただ、尻尾で撫でられただけなのに、これほど気持ちなんて……反則としか言い様がない。同時に、これほど、屈辱的な射精も今までになかった、と言えるのが難点だが。
「ちゅ……ふふ…♪お前の子種は全部私の物なんだぞ…無駄にしちゃ駄目じゃないか…♪」
正直、無駄にさせた本人が言うな、と言いたい所だが、快感で体が痺れ、かつ長時間口が彼女によって塞がれ呼吸もままならなかっただけに憎まれ口一つ利けない。
―悔しい。でも…
勝ち誇り嬉しそうに表情を表しているのと同時に、欲情に塗れた目がどうしようもなく俺を求めている…そんな彼女を見ると、これで良いのかも知れないと思ってしまう。勿論、俺に押し倒され一方的に蹂躙されて喜ぶ趣味は持っていない。痛いのも熱いのも御免こうむる。
しかし、絶対的な力を持ち、本気で力を入れたら人間なんて即殺してしまう彼女が精一杯手加減し、俺を殺さないようにしながらも快感を覚え悶えてくれる。例え情けないにもほどがある射精でも喜び、受け入れてくれる。そんな『暴君』の意外すぎる優しい一面が俺の心をかき乱す。
―なんなんだ。この感情。
まさか惚れたとって言うのか。たった一回のキスだけで?
ティーンズ御用達のエロ本のヒロインか俺は…。
「本当はもっと楽しみたいが…流石に二回も子種を無駄にされると困るからな」
戸惑う俺を尻目に彼女は俺の下腹部あたりに下ろしていた腰を少し上げる。そのまま彼女の形の良い腰を守っていた鎧のような鱗へと手を掛け器用に外して見せた。当然、俺の目の前に彼女が身に付けている男のロマンが晒されることになる。それはシルクで出来ているのか上品な装飾が施されながら艶やかに光を反射しながらも、既にぐちゃぐちゃに濡れて染みを作っていて、本来の色を推察することしか出来ないような状況だった。自然、俺は彼女の欲情の証拠をしっかりと刻み込んだ薄布に、理性をかき乱されてしまい…ごくり、と咽喉が鳴るのをはっきりと俺は自覚した。思わず唾を飲み込んでしまった俺の事を見抜いてか彼女は笑って、俺のズボンに手を這わせた。岩も切り裂くといわれる竜の爪にずたぼろにされたズボンが抗えるはずも無く、あっさりとパンツごと切り裂かれ、俺の息子が外気に触れる。…そしてそれはさっき暴発したにも関わらず、すでに痛いほど張り詰め自己主張しつづけている。
「今からこんなにしてたらまたもたなくなってしまうぞ…?」
嗜虐的に笑いながら、びくびくと震える俺のこらえ性の無い息子にそっと彼女が手を添える。それだけで身体の中に奔る快感が俺の我慢の許容量を超えそうになった。それを察した彼女がすぐに手を離さなければまたあっさり暴発していただろう。
―いや、どう考えてもおかしいだろこれは…!
何度かこういった経験はあるが、俺は決して早漏ではない。結構に長持ちして娼婦を先にイかせたこともあるのだ。それなのに、彼女に掛かると手が触れただけで暴発しそうになるのは異常としか言いようが無い。俺の寝ている間に媚薬でも盛られたのかさもなくば―
「さぁ、よく見ろ。今からここがお前を貪る私の口だ」
そう言って彼女は自分の薄布にも爪を這わせ、あっさりとそれを切り裂いた。結構な値段のするモノだろうに、と感心する間もないまま、俺の目は彼女のソコに釘付けになってしまう。彼女の傷一つ無い肌に一筋走るソレ。そこから涎のようにドロドロと少し白濁した液体が漏れている。そこに彼女は手を当て、人差し指と薬指で開いて見せた。くぱぁ、と言う効果音が聞えてきてもおかしくないほど、中は愛液でどろどろになっていて、今も尚、奥からどろどろと愛液が湧き出ている。見られているのが興奮するのか彼女が荒く息を吸う度に、彼女の膣の中が蠢き、奥へ奥へと誘う様に律動していていた。
―見ているだけで理性が奪われてしまいそうになるほどの光景だ。
「分かるか…?さっきのキスと胸だけで私もこんなになっているんだ…。そしてお前は、目の前でお前を待ちわびているここに山ほど自分の子種を出すことが出来る。人間のメスとの交わりのように遠慮することは無い。お前は私のものであると同時に、ここはお前だけの場所なのだから。……ここまで言わせたんだ…勿論、責任は…取ってくれるな…?」
「取らないって言っても無理やり取らせるんだろうが…!あぁ、取るよ!取ってやるよ畜生!」
完全に主導権を握られてしまったのを自覚して半分自棄に近い気持ちに従ってそう言い放った。正直、中を見せつけながらそう聞くのはかなり卑怯な手段だと思う。断れるはずも無い。まぁ、見せ付けられなくとも断れるかどうかは分からないわけだが…。
それにしても、彼女に完全に主導権を握られて好き勝手されているのは悔しくないんだが…しかし、悔しくないと思う自分が完全に彼女に参ってしまっているのを嫌と言うほど自覚して悔しい。矛盾しているようだが、それが俺の偽りの無い気持ちだった。
「当たり前だ。人間ごときに拒否権は無い」
俺の答えに満足したのか、突き放すような言葉とは裏腹に彼女は嬉しそうに笑った。そのまま俺に中を見せ付ける格好のまま腰を下ろしてくる。その先にはさっきからびくんびくんと我慢の聞かないクソガキのように自己主張している俺の息子があって…その視覚情報だけで既に暴発してしまいそうなほど俺は限界近かった。それは彼女も同じなのかはっきりと近づいてくる膣はまるで期待に震えているかのように、さっきよりも強く律動していた。
―じゅぶ。
それはまるで水を吸いまくったウレタンに指を押し付けたかのような音…とでも言えば良いのか。正確にそれを知覚する前に俺の脳は焼ききれた。―無論、快感に。
「あああああああああっ!」
「んっっくぅぅっ♪」
―最初に感じたのは熱で次に感じたのは窮屈さだった。その窮屈さが一瞬で密着感へと代わり、熱は燃えるような快感に変わる。
俺の息子に密着しながら、僅かな隙間も許さないように密着し、同時に律動する膣が、奥へと誘う。まるで沢山の舌で舐めあげられているような感覚が俺を支配し、腰を快感で痙攣させた。
恐らく耐えられたのは0.1秒も無い。快感を快感だと正確に知覚する前に俺の我慢は決壊し、彼女の膣の中へ精液を放っていた。
「来たあああああああっ♪」
―イった。そのはずだった。
男の射精は普通、数秒で終わり、そこからは快感は一気に下落し、所謂『賢者タイム』へと移行する。しかし、それが一向に来ない。下落するはずの快楽は下落の途中でまた引き上げられ、射精へと導かれてしまう。まるで終わらない射精のように連続して 射精し続ける。
「精液出っぱなしぃ♪一杯来てるぅぅぅ♪」
―普通はこんな射精なんて出来るはずがない。並の男ならとっくの昔にからっぽになっている。
ぐじゅぐじゅと愛液をとめどなく漏らす。彼女が息を吸う度に彼女の膣と息子は密着し、彼女が息を吐けば空いた隙間を埋めるかのように突起が俺の息子を撫で上げる。息子の先と触れ合うこりこりした唇のようなものが常に吸い付き、息子から精液を吸い上げていく。変わりに彼女の子宮から息子へと降り注ぐ愛液は強い熱を持ち、触れた部分に疼く様な熱を残していく。
そんな名器が相手とは言えここまで連続して射精できるなんて普通じゃない。俺は一体、寝ている間にどんなことをされたのか…!
「こんなに沢山出すなんて反則だぞ…っこの早漏めぇっ♪」
肩で息をしながら真っ赤になった顔で快楽に叫ぶように彼女はそう言った。今まで僅かに欲情に濡れた目を向けることがあったが、今の顔はそれと非ではない。熱を自分でも制御できないのか口をだらしなく開き、目だけでなく表情も快楽に蕩け、興奮の所為か汗を流し、あれほど甘かった体臭がさらに甘くオスを誘うものになっている。
―その姿は『暴君』ではなくメストカゲと言う方が似合うだろう。『地上の王者』とまで言われるドラゴンの意外すぎる姿がそこにはあった。そしてそれを引き出したのが俺自身だということがさらに興奮を加速させていく。
「またぁっ♪動いても居ないのに太くなって、どんどん来るぅぅ♪出しすぎだぞ…この早漏っ♪」
「早漏って言うなっ!そっちが気持ちよすぎるのが悪いんだ…!」
こっちだって出したくて出しているわけじゃない。足腰は既に射精するだけの器官になってしまったのかまったく力が入らず、まるで腰が砕けてしまったような感じさえする。力が入らないだけではなく、足の先の感覚が少しずつ消えていくのが分かった。代わりに、彼女から流し込まれる快楽が俺の全身を駆け巡っていく。
「大体…!そっちだって感じまくっているだろう…!」
「当たり前だ…♪メスとしての私は今、最高に幸せなんだぞ♪」
少しでも快感を散らしたくて言い放った言葉を彼女は怒ることなく、蕩けた顔で本当に幸せそうに微笑んだ。
「まさか私が人間と出来るなんて思っても見なかった…こんなに幸せなんて思っても見なかったんだ♪しょうがないだろう…っ♪」
そのまま彼女は下ろしたままの腰に力を入れる。息子と密着していた子宮口が離れたくないとばかりに吸い付き、彼女の膣自体も離れる俺の息子を逃がさないようにさらに強く律動する。しかし、それでも主の意思には逆らえないのか、俺の息子は彼女の膣から少しずつ吐き出されていく。…っていうか、おい。まさか…!
静止の声を上げようとする俺の言葉を遮るように彼女は俺をとろけた表情のまま見下ろし、見せ付けるように快楽に震える太ももを開く。ぐじゅぐじゅと今も尚、快楽に振るえ、貪欲に俺を貪る彼女の一部を目の当たりにし、咽喉元まで出かけたその言葉は飲み込まれた唾と共に俺の腹へと降りていく。そんな俺とは違い、快楽に蕩けながらも、最高の悪戯を思いついた子供のような表情で彼女は宣言する。
「これはぁ私を喜ばせてくれた褒美で…んっ♪さっき人間の分際で私に偉そうな口を聞いた罰だ。遠慮なく受け取れ…♪」
そのまま彼女は再び俺の腰へと降りてくきた。同時に、僅かな別離さえも耐え切れなかったかのように膣の律動も子宮口も愛液もさっきまでとは比べ物にならない歓迎をしてくる。ぱちゅん!と肉と肉がぶつかり弾けた音を知覚したときには俺は快感で叫んでいた。
「ああああああああああああっ」
「良いぞ…っ♪その顔…!快楽で叫ぶその顔が!すごく興奮するっ♪」
一回でさえ神経が焼ききれると思うほどの快楽が体中を奔るのに彼女はそのまま何度もリズミカルに腰を打ち付けてくる。それは技巧も何も無いただの上下運動。これが平常時で、普通の相手であればなんとも単調な性交だった、と言えるかもしれない。しかし、相手は普通の相手ではなく、そして俺自身も普通とは程遠い。ただの上下運動というだけでさえ、彼女の膣はそれと相乗するかのようにより強く吸い付き、撫で上げ、快感が限界を超えてしまう。そして限界を高まる快感が神経を快楽を受け取ることに敏感にさせていく。
―ぱちゅんぱちゅんと肉の弾ける音でさえ耳から快感を流し込まれているように感じ、
―目を開けば彼女が蕩けた表情で必死に腰を振るっている姿でより興奮する。
―触覚は既に限界まで快楽を貪ろうと息子に神経を集中し、
―嗅覚は彼女の体臭で一杯になりそれ以外を感じなくなる。
―そして味覚も
「んんっ♪」
興奮しきった彼女の顔が近づいたかと思うと再び舌で口内が蹂躙される。しかし、今度は快感を引き出したり遊ぶものではなく、まるで恋人のように舌と舌をひたすら絡ませあう。快感でぎこちなくなる俺の舌の動きも、彼女の舌は受け入れ、まるでワルツを踊るようにお互いの口内を行ったりきたりし、お互いの舌の潤滑油となっている唾液が流し込まれたり流し込んだりする度にお互いの味覚を支配し、彼女の味がより俺の限界を高めていく。
彼女の前言通り俺の全ては彼女に貪られ、全て支配されていくのが分かった。しかし、それが怖くない。今も、恐ろしいほど気持ちよく、射精は続いている。下落することの無い快楽が既に神経を限界近くまで酷使しているのは何となく感じることが出来るし、死の気配を間近に強く感じる。しかし、それでも、怖くない。それは彼女が居てくれるからか、それとも快楽で脳まで焼ききれたのか今の俺には分からないが…恐怖ではなく寧ろ安心感さえ感じるのはどういうことなのだろうか。
「ふふ…現金な奴…♪キスをしたらもっと大きくなったぞ…♪こんなに精液がびゅっびゅって子宮を何度も叩いて、こんなに気持ちよくなっている癖にぃ…♪」
「止まらないんだ…仕方ないだろう…!」
この時、既に俺の体は俺の体ではなくなっていた。俺がどうあがこうとも指一本動かすことが出来ず、快楽で蕩けた肉体はただ、彼女から与えられる快感にのみ反応するだけだ。まるで爪の先まで彼女に完璧に支配されているような感覚が俺を包んでいる。
−だから、悪いのは俺じゃない。気持ちよすぎる彼女の方だ。
「私も…気持ちいいのが止まらない…♪分かるか…?さっきからお前のをぎゅっぎゅって締め付けているのが…♪」
そう言いながら彼女は自分の下腹部に手を置く。自分の手が置かれただけで強く膣を意識したのか、さらに中の律動が激しくなった。
「お前の精液が私の子宮を叩く度に私も…イっているんだぞ…♪こんなに…何度も何度も…お前が出すからぁ♪」
その言葉と共に彼女は尻尾を俺の脚へと絡ませる。まるで絶頂前に足を絡ませるように絡まった尻尾だが、それと反比例するかのように彼女の腰の動きは激しく強くなっていく…!
「だから…こんなにおっきい波が来るんだぁ…♪…大きい波が来るぅ♪おっきいイくのが来るぅぅ♪下等な人間のモノで…お前のでイくんだ…♪見てくれっ♪」
見せ付けるかのように俺の目の前で痙攣し、暴君としてのカリスマも何もなく、蕩けていく彼女の姿に触発されたのか俺の体にも今までにない強い快感が走る。今までの射精がまるでただのカウパーであったかのような勢いで、行き場を求める精液が集まっていくのを感じる…!
「イッ…………くうううううぅぅぅ♪」
「あっぐっうううううううううううう」
弓なりに背を逸らし、全身で快楽を受け止めているかのように痙攣しながら彼女はイった。膣の中は痛いくらいに締め付け、イッた後でさえ強欲に絞りだそうと律動を止めることはない。今まで山ほど出していた精液を一滴も漏らしていなかった彼女もついに限界を迎えたのか。お互いの結合部からはさっき俺が出したのであろう白濁した精液がどろりと流れ出ていた。俺自身、もうさすがに彼女に流し込む精液は打ち止めなのかさっきのアレで射精は止まっている。…それでも尚、萎えないのが自分でも不思議でならない。俺は本当に何になってしまったのか。
彼女は痙攣したまま数秒弓なりの姿勢を維持し、痙攣が治まるのと同時にまるでアンデッドであるかのようにゆっくりとした動きでこちらへと体を委ねるように倒してくる。吐息は荒いが今までの欲情から来る荒い吐息ではなく、どこか満足そうな色を感じたのは俺の気のせいなのだろうか。
そのまま数分ほど彼女の体重を感じながらお互いの心臓の鼓動と荒い吐息だけを感じるような時間が続く。お互いに何も言わず、ただ身体を支配する気だるさに従って寄り添う。それはなんとも言えない感覚だった。それは全力を出し切った時の気持ち良い疲労感にも似ているし、子供の頃、気になっていた女の子へちょっかいをかけていたあの胸の高鳴りにも似ている。けれど、俺はそれが何なのかまだはっきりと理解できなかった。恐らく…俺の胸に身体を預けている彼女も似たような感覚に支配されているのだろう。なんとなくそんな確信がある。
そんな出会ってから今までで一番、穏やかな時間に終わりを告げたのは「ふふっ」と笑った彼女の笑い声だった。
「幸せだぞ…♪私は…♪」
そう言って彼女は俺の胸に指を這わす。それは今までと同じように熱を伝えたが疼くようなそれではなく、ただ、恋人同士がやる睦事のように、甘いものだった。そのまま蛇が這うような軌道を残し、悪戯のように汗に塗れた俺の胸に噛み付いてくる。甘噛みされたその部分はまるで彼女自身の所有物の印であるかのようなアザと痛みを俺に残した。
「お前は…どうだ…?」
「俺は…」
気持ち良いか、否かだったら、間違いなく気持ちよかった。しかし、幸せか否か、と聞かれれば…少し考えなければいけない。
男としてはどっち着かずである。やはり男のプライドとして女を気持ちよくさせたいというものがある。まして、俺はどちらかといえば、鳴くより鳴かせる方が好きなのだ。だけど…と考え彼女の顔を見る。
−こちらを見下ろす彼女の目に少しばかり…本当に少しではあるけれども不安そうな色があるような気がした。
「俺も…幸せだよ」
少なくともこれだけの美女にこれだけ気持ちよくされたんだ。プライドどうこうは横に置いておくべきだろう。ましてや…不安な顔をされるのであれば俺のプライドなんてちっぽけなものだ。俺の道を決定付けた英雄も「女を泣かせる外道は女の敵なのは確定的に明らか」と言っているしな。
「そうか…♪」
瞳に少しだけ嬉しそうな色を浮かべて、再び彼女は俺の胸に顔を埋める。心臓の辺りに彼女の耳が当たる形になり、俺の早い鼓動が彼女へと伝わっているはずだ。…そう考えると少し気恥ずかしくて身じろぎしようとするが、いまだ体に力は入らない。何時もどおり、仕方なく諦め、彼女のなすがままになる。
「少し休憩したら…またしよう。何度も何度も…子供が出来るまで。出来ても…何度も何度も。もっとずっと…お前を幸せにしてやる…♪」
そう呟いて…また軽く噛み付いた彼女から、きっともう二度と俺は離れられないんだろうな、と諦めて目を閉じた。下腹部では呟かれた彼女の言葉により期待を募らせたのか、まだ繋がったままの息子が少しずつ活力を取り戻し、打ち止めだと思っていた精液が集まってくるのが分かる。
−この快感の嵐とも言うべき宴はまだまだ終わらないらしい。
BAD END
〜おまけ〜
何十度目かの射精を終えて流石に疲れたのか人間は眠り始めた。体感時間ではそれほど経っていないが、財宝の山の中に埋もれる金の時計に目を向けると既に人間が目を覚ましてから半日が経っていたらしい。
−通りで私の腹も膨れているわけだ。
まるで妊娠したかのようにぽっこりと膨らんでいる腹を擦り、思わず笑みを浮かべてしまう。これだけ搾り取れば妊娠しているかもしれない。元々異種同士の交歓であり、ドラゴン自体が強力な固体であるため妊娠できる確立がさらに低いで油断は出来ないが。これからも毎日、これだけ注いでもらえば私が孕む日も近いだろう。
快感に鈍る足に力を入れて、人間のモノから離れようとする。しかし、私の口は私自身より貪欲なのかモノへと吸い付いて若干の抵抗をする。それでも力を入れると諦めたのかゆっくりとだが、人間から離れ始めた。同時に栓がなくなった為かごぽりと私の膣から精液が流れ出していってしまう。勿体無い、と、掬い上げようとしたが掬い上げたところでどうにもならないことに気づいて手を止める。
どうせ私の下着はあの一着しかない。掬い上げて塗りたくったところで精液が零れ落ちるのを止める防波堤は私自身の手で壊してしまったのだ。かといって、人間のモノで栓をすると……その、また身体に火が灯ってしまいそうな気もする。それに疲れているであろう人間の上に私が乗ってしまえば寝苦しいだろう。…決して私の体重が重いというわけではないが。
そんなことを考えながらぼろぼろになった上着に手をかける。これも最中に私が破き、既に衣服としての役割を成していない。とは言え、衣服を身に着けていたのは別に羞恥心があったり人間のメスがよくやるようにファッションのためではないから問題ないのだが。元々は母が私に人間のオスはこういうものが好きだとプレゼントしてくれたものだ。最初は半信半疑だったが、横に眠る人間の興奮っぷりを見るに母の言っていたことは正しかったのだろう。しかし、これからは起きたらずっと繋がりっぱなしの生活を続けるのだ。衣服などなくても興奮させればいいだけである。
−それにしてもこのオスはずいぶんと子供っぽい寝顔をする奴だ。
どうやら私たちドラゴンは不機嫌になるだけで人間に死の恐怖を感じさせてしまうらしいが、あの時、唯一、その死の恐怖を振り切って私の前に立ったオスとは到底、思えない。唇の端からは涎が流れているし、どんな夢を見ているのか、時折いやらしそうに笑っている。−後で追求するのを忘れないようにしよう。
しかし、そんな男でも唯一、私の前に立ち、殺さない程度に威力を弱めていたとしても私の必殺のブレスを防いだオスなのだ。今まで何度も人間がやってきたが、私が少し睨み付けるだけで皆蜘蛛の子を散らしたように去っていく。「所詮、人間とはこの程度なんだな」と思うのと同時に、少しばかり寂しさを感じていたのは否定できない。
−しかし、このオスは私の前に立った。死への恐怖を振り切って、自分だけ逃げ出せる権利も投げ出して、ただ、プライドと仲間を護る為に。
正直に言えば嬉しかった。下等だ下賎だと見下していても私たちの本能は人間のオスを求め続ける。どれだけ威嚇しても、寂しさで自分を慰めた夜は数えいれない。しかし、私自身のプライドと、人間の本能的に感じる恐怖がその夜を重ねさせていく。だが、この男はそれを乗り越えてくれた。それは私のためでも、自分のためでもなく、仲間のためだというのは分かっている。けれど、それが嬉しい。それほどの信念を、心の強さを持つオスが私の手にあることが、嬉しくて仕方がない。
−母もこんな気持ちだったのだろうか。
自分でも気づかないうちに財宝の山へと投げ出されている古びた本へと目線が流される。
アレは日記帳だ。父と結ばれ、私を生み、この場所を私に譲って新しい新天地を求めて父と旅立った母の。ドラゴンの中でも強力な力を持ち、人間も魔物も見下して、一人孤独にこの場所にいた母が、ある日迷い込んだ父と結ばれ、その認識が改められていく経緯が余すところなく記されている。私は母からそれを聞かされ続け、その日記帳をバイブルとして育ってきた。母は私に人間を見下し過ぎるのはよくないと口を酸っぱくしていっていたが、私はそれを聞かず、もっぱらこの日記帳を読むのは母の武勇伝を知るためと、ちょっとした一人遊びの参考資料が殆どだったのだが。
そして母は、この日記帳の中で何度も「幸せ」という言葉を頻繁に使っていた。特に父と出会ってから色々な言葉を覚えた母は、頻繁に「幸せ」であると日記に記している。私はずっとそれが分からなかった。何度も父や母に聞いたけれど、「それは自分で見つけなさい」と言って教えてくれなかったが…今ならば分かる。私の感じている感情。これがきっと「幸せ」なんだ。
−そうだ。母が残してくれたように私も日記を書こう。
そしていずれ生まれてくる子供に読み聞かせてやるのだ。もしかしたら私の子供も私と同じ轍を踏み、人間を見下すだけになるかもしれない。「幸せ」を理解できないのかもしれない。しかし、それでも私がこの母の日記帳に人間との接し方を学んだように、私の娘も私の日記帳から何かを学べるかもしれないから。
そうと決まれば日記帳と筆記用具が必要だ。それは…多分、その辺に転がっているだろう。無ければ母がやったとおり適当に作れば良い。
そう思いながら私は台座でもあるベッドへと腰をかける。そう。これは台座だ。ドラゴンにとって最高の宝物を置くための。これのかつての持ち主である母にとって、ここに置く宝物は私と父だった。今の持ち主である私にとっての最高の宝物は…少しばかり五月蝿いいびきをかきながら眠っている。一人では寂しくて使えなかったこの台座も、これからは存分に使えそうだ。…ちょっと汗と愛液と精液でぐちょぐちょになっているのが見るからに寝心地が悪そうだが、特殊な魔術が刻み込まれたこのベッドならば少しすれば全て吸い取って、ふかふかな感触に戻るだろう。
−しかし…私も疲れたな。
流石にドラゴンと言えど半日ぶっ通しでヤり続ける体力は無かったらしい。ましてや一応、初体験となる私にとっては何もかもが新鮮だったのだから。
−まぁ、それはこの人間にとっても同じなんだろうが。
人間の傷を治すついでに、沢山子種を出してもらおうとインキュバス化の薬と人魚の血を飲ませておいたのだが、どうやら効きすぎてしまったようだ。射精が止まらず、初めての快感で戸惑っている顔を見せていた。それがまた私の中の嗜虐心を満たしていたのがこのオスにとって不幸というべきか。しかし、その分、あれだけ射精するくらい気持ちよくなったのだから寧ろ+なのかもしれない。いや、きっとそうだ。そうに決まっている。
そう自分を納得させていたらオスが少し呻いた。さっきまで幸せそうにしていたのに、何でこんなタイミングで呻くのか。まるで私が悪いようじゃないか。そんな八つ当たりのような気持ちに従って大の字で寝ているオスの隣に寝転んで右腕を抱きしめてやる。これで明日、このオスの腕は痺れに痺れて動かすのが大変になるだろう。母もよく父にやっていた我が一族に伝わる必殺技である。
そのまま身体をゆっくりと飲み込んでいくような眠気に従って目を閉じた。身体が沈み込んでいく感覚に支配されきってしまう前に抱いた腕に少しだけキスし、私の印を残しておいてやる。
―これからもずっと…一緒だぞ…私の宝物。私だけのオスよ…♪
そして俺はそんな村に住む何処にでもいるようなクソガキだった。仲間と一緒に山に分け入り、秘密基地を作って、木の枝で作った聖剣や魔剣を振り回し、伝説の英雄のように振舞う。時々、気になる女の子なんかに他愛無い悪戯して、親に怒られる。虫を捕まえて家で飼ったはいいものの三日で飽きて放置して籠の中で餓死させ泣く。そんな何処にでもいる子供だったんだ。
−それが変わったのは今から七年前。
その日も俺は友達と一緒に、山へ分け入っていた。俺はドラゴン退治するのだと意気込み−無論、あんな片田舎にそんな強力な魔物などいるはずがないのだが−友達と山の奥深く…一度も行ったことのない場所まで踏み込んでしまったのは誰から見ても失敗だったな。もう暗くなっているので帰ろうと言い出したのは確か弱虫のマークだったか。それを臆病だと笑いながら、見覚えのない場所まで踏み込んだ事に内心、怯えまくっていたのを今でもよく覚えている。
「しょうがないな」
と震える声で言いながら、俺たちはきびすを返して村へと帰ろうとした。しかし、行けども行けども、まったく見覚えのない場所ばかり。辺りは日が落ちて暗くなり、伸ばした指の先がうっすらと見えるだけの闇に包まれた。それこそ噂に聞く魔界に入り込んでしまったのだと、当時は思ったもんだよ。旅慣れた今となっては、村の裏山なんてさして脅威でもなんでもない、寧ろ安全ともいえるような場所なんだが、当時の俺にとっては見知らぬ魔境そのものだった。しかし、それはきっと俺だけじゃなかったのだろう。弱虫のマークは泣き出す寸前だし、いつも俺たちを率いていたリーダーのアルムも必死に隠してはいたが手が震えていたよ。まぁ、言い訳みたいなんだが別段、俺はそこまで弱虫って訳じゃなかったってことだ。
−俺たちが山の中で迷ったのだと気づいたのは日が完全に落ちてから一時間ほど経った頃だったと思う。
正確に言うなら「認めたのが」と言った方が近いんだろうな。うすうす俺たち三人は自分たち三人が山の中で完璧に迷ってしまったのに気づいてはいたんだ。しかし、誰もそれを口に出さなかったのは、認めてしまったら二度と家には帰れない、と心の何処かで思っていたからなのだろう。少なくとも俺はそうだった。
その時、最初にそれを口に出したのはアルムだ。正確な言葉は覚えていないものの、必死に怖さを押し隠しながら震える声でそう言ったのを覚えている。それに俺は同意し、マークはついに泣き出した。今では正直、弱虫マークがよくあそこまで泣き出すのを我慢したな、と思っているんだが、その時の俺とアルムにとって、泣き出したマークはとても耳障りで鬱陶しい存在に他ならない。…いや、違うな。噴出してきた感情を向ける先を求めていたに過ぎないんだ。それがたまたま最初に泣き出したマークだったってだけに過ぎないんだろう。で、俺たちは二人でマークの人格を攻撃し始めた。しかし、それでも収まりきらなかった怒りや悲しさ、恐怖などの感情は俺の目から涙と言う形で溢れ出す。そんな俺に釣られてか、アルムも泣き出し、その場は泣き声の坩堝となったよ。
−今でもこの時のことは三人集まれば笑い話として持ち上がる。それだけこの時の三人は滑稽だった。弱虫で有名だったマークのみならず、悪ガキで怖いものなんて親父とお袋くらいだと豪語していた俺も、そして俺たちより少し年上で、何時だって面白い遊び−いたずらとルビを振ってはいけない−を考えてきたアルムも、親父やお袋の名前を呼びながら一心不乱に泣き続けていたのだから。未だに俺たちにとって黒歴史そのものだ。
しかし、世の中、何で良い方に転がるなんて分かったモンじゃない。この恥も外聞も無い悪ガキどもの鳴き声を聞きつけて、ある旅人が俺たちに近づいてきてくれたのさ。そしてこの人が俺の人生を間違いなく変えてくれたんだ。それも良い方に。
−今でもはっきりと覚えてる。それこそ本物の純金みたいな金色の髪。雲一つない真夏の空のような青い瞳。そしてそれらを取りまとめるのは有名な芸術家が人生を掛けて彫り上げた彫像ではないか、と思うほどに美しく整った顔立ち。頭には簡素な白い羽根着きの緑色の帽子を被っていて、服装は今から思えば、一般的な皮マントと何処にでも売られているような動きやすい旅装だったが、その時の俺にはその人が着ているだけで名のある服飾屋が仕立てた服のように思えた。
その人はリックと名乗り、泣き続けていた俺たちを宥めてくれた。リックは男だったが、その声はまるで天使のような優しく、俺たちの耳の中にするりと入ってきて、彼がついていてくれれば本当に大丈夫と言う気持ちになったのがとても不思議だったな。親父の野太い声に宥められてもあぁはいかなかっただろう。それくらい天と地ほどに違ったんだ。そして、優しく宥め続けてくれたリックのお陰で俺たちはまもなく泣き止んだ。最初に泣き止んだのは意外にも俺で、目線を合わせて、「偉いな」と頭を撫でながら言ってくれたのが今でも小さな誇りである。…そう言うとアルムは人のことをホモ扱いするが、俺は断じてノーマルであり、リックは今でも俺にとって憧れの人だ。そしてそれはきっとアルムやマークにとっても同じことだと思っている。だからこそアルムはリックにほめてもらった俺のことが少し羨ましかったに違いない。
それはさておき、泣き止んだ俺たちをそのままリックは村へと連れて行ってくれた。リックは旅慣れているだけあって、山道でもすいすい進み、必死でリックの背中を追いながら暗闇の中を歩いたのを覚えている。しかし、不確かな月明かり、しかも、光を遮る木々生い茂る山の中でも、リックの姿は光り輝いているようにはっきりと見え、はぐれることはなかったな。そのままリックは子供でも疲れない道を選んでくれたのか、あまり疲れ果てることもなく、無事に俺たちは村へと帰る事に成功した。
俺たちがたどり着いた時、村では子供が三人もいなくなったと言うことで大騒ぎになっていて、もう少しで村人総出で山を探し回るつもりだったらしい。俺たちを最初に見つけた人は「良かった」と笑った後、心配掛けさせるな、と今まで見たことがないくらい強い口調で注意したのには少し驚いたな。今から思えばあんな何もない村で子供が居なくなったとなれば本当に大騒ぎだったのだろう。あの人にも多くの心配や迷惑を掛けたに違いない。
その後、無事にリックに親父の元へ連れてきてもらった俺は親父にまず一発拳骨を貰った。その一撃も痛かったが、今まで俺に涙なんて見せなかった親父がうっすらと涙を浮かべていたのには、拳骨以上の痛みを覚えたのを覚えている。ひとしきり説教をした後、お袋と親父はリックに何度も何度も頭を下げ、俺にも何度も頭を下げさせた。俺としても感謝の気持ちはあったので大人しく従ったが、マークやアルムの親も同じ事をしていたのに少し笑ってしまったのは仕方のないことだろう。…そして、その時、もう一発、親父の拳骨を食らったのも仕方ないと言うべきか。
まぁ、こんな所で俺たちのちょっとした冒険は幕を閉じた。悪ガキ三人―マークは否定するが俺とアルムの遊びに付き合っていた時点で同罪である−を見事助け出した英雄となったリックは村人皆に感謝され、恩返しがしたい!と言う人々に応えて、村に滞在することになった。そして彼に用意された寝床とご馳走―あくまで俺の育った田舎のレベルでは、だが−のお礼の為に、リックは村人皆の前で詩を披露する。
−あれは…今から思い返しても素晴らしい詩だったよ。天使のように優しい、と思っていたリックの声が悪魔を演じる時には聞いているだけで背筋に寒気が走るような低い声になったり、魔王へと立ち向かう勇者を演じる時には聞いているだけで俺も奮い立つような勇ましい声になったりと初めて吟遊詩人を見る俺にとってはとても衝撃的だったのを覚えている。
そしてそれは多くの村人にとっても同じであったのだろう。あんな田舎じゃ旅人は元より、吟遊詩人が立ち寄ることなんて滅多にないからな。吟遊詩人に会った事がある奴なんてそれこそ一握りだったのは間違いない。
リックが詩を披露し終わった後、そこに居た村人全員から拍手が送られ、次の日からリックは村の人気者になった。当然と言えば当然だな。旅人なんてめったに立ち寄らず、しかも、立ち寄った人が村の子供を助けた英雄―しかも、本当に英雄譚に出てきそうなほどの美形―であり、しかも吟遊詩人となれば村人…特に若い女の子からは引っ張りだこだとすぐに想像がつくだろう。…実際そうだった。村を歩いているだけで熱い視線を送られ、滅多に作らないお菓子や料理をもってリックの元へ駆け寄っていく女たちの姿は今でも忘れられない。俺の気になってた女の子も、リックに熱を上げて取り巻きの一員になってたからな。リック自身に憎しみを抱く事はなかったが、アレは一種のトラウマでもある。
まぁ、俺のことは良いな。ともかくリックは本当に人気者だったよ。未婚の女だけでなく、既婚の女からもモテるくらい。そんな経緯もあるからかリックは俺たちと一番仲が良かった。助けた相手で俺たち自身もリックに懐いていたと言うのもあるだろうが、やはり女性からの熱烈なアプローチと、時折突き刺さるような夫―勿論、リックに熱を上げた妻の、だ―の殺意のこもった視線に晒されればそりゃ子供に逃げたくなるだろう。俺は生まれてこの方、リックのようにモテた事など無いが、彼の気持ちは分からないでもない。…今ではもげろ、と言う言葉しか出てこないが。
まぁ、そんな訳でリックが村に居る期間のほとんどは俺たちと一緒だった。そして俺たちはそれを良い事に彼の歌声の殆どを独り占めしていたんだ。
−龍の皇帝につれさらわれた姫を助けに勇者が龍と戦う話
−世界に昔からある不思議な水晶の力を借りて巨大な悪と戦う話
−勇者の血を引く男が二人と仲間と協力して邪教の司祭を打ち倒す話
−世界の支配をもくろむ帝国と戦うレジスタンスに一人、また一人と英雄たちが集いついには帝国を打ち倒す話
他にも数多くの話をリックはしてくれた。どれも共通しているのはロマン溢れる話で、そして最後はハッピーエンドになるものばかりだったよ。俺たちも、そしてリックもハッピーエンドになる話が大好きだった、と言うことだろう。
そしてその中で俺が最も気に入っているのはある騎士の話だ。
−曰く。その騎士は黄金の鉄の塊で出来た騎士であり、不退転の覚悟を持つ真のナイトである。
−曰く。その騎士は助けを求めるものの所へ必ず現れる。
−曰く。その騎士は類稀な防御の技術を持ちながらカカッとバックステッポ―多分バックステップとは比べ物にならないほど凄いのだろう―するのも忘れない謙虚な姿勢を持つ。
−曰く。その騎士は汚い真似をする奴―彼曰くそれはニンジャと言うらしい―を決して許さない。
−曰く。その騎士は決して報酬に心をとらわれず謙虚である。
−曰く。その騎士は力を誇示せず、常に謙虚であることを是とする。
−曰く。その騎士は壱宮敗刃―一つの王宮の持つ戦力さえ彼の刃には敗れると言うほどの力を持つと言う称号らしい―の証であるグラットンソードを持つ。
−曰く。その騎士は光と闇が合わさり最強に見える。闇の力は普通の人が持つと頭がおかしくなって死ぬらしい。
−曰く。その騎士は常に人から慕われており、組織の中の誰からも必要とされている。
−曰く。その騎士は魔獣キングベヒんモスを従えている。
などなど、その騎士が誇った数々の伝説がリックの口から語ってくれたよ。俺はそれに一喜一憂し、彼がピンチになると常に唾を飲み込み、彼がニンジャに追い詰められると結末が分かっていても必死になって彼を応援し、彼が組織の悪い奴―確か名前はギルマスだったか―の悪い方針に反対し、組織を抜けたところも彼の男気に感動したものだ。
今から振り返ると…いや、当時だって冷静に考えれば、その騎士が実在したとは思えない伝説ばかりだな。実際、アルムはその話があまり好きではなかったらしく、もっと本当の英雄譚を聞かせて欲しいと、リックにリクエストしていた。しかし、俺はどんな実在したような男の英雄譚よりも、この黄金の鉄の塊で出来た騎士に心動かされ、そして彼を目指そうとし始めた。
−今から思うと無謀そのものだな。詩の中で語られるような伝説の騎士を目指そうだなんて正気の沙汰じゃないんだろう。とはいっても、その時の俺は本気だったんだよ。
俺はまず、その騎士と同じように盾の扱いを覚えようと必死になった。その騎士の冒険譚の中でもっとも騎士として強調されるのがドラゴンのブレスを防ぐほどの防御力だったからだ。無論、そんなもの物語としてなのだから、嘘っぱちに決まっている。しかし、この当時の俺は訓練して闇と光の魔法を覚えれば、本気でそれを得られると思っていた。今から振り返ると子供ながらの無謀さそのものだったんだろうな。親父やお袋にその事を話したら呆れた顔をされたのを今でも覚えている。だけど、リックは俺のそんな無謀な挑戦に呆れたり馬鹿にしたりせず、色々とアドバイスしてくれたんだ。しかし、リックは旅をしているだけあってそこらの村人よりは強いが、本格的な盾の扱い方を知っている訳ではない。そこで俺はリックのアドバイスを受けて、まずたまに村へと立ち寄る行商人に騎士の指南書をリクエストして、手に入れてもらった。その本はいわゆる騎士の心得のようなものが半分を占め、基本的な礼儀作法も含めれば全体の3/4を占めていた。俺の目的だった盾や剣の扱いは最後の方には申し訳程度に乗っている程度で、正直、今では田舎の小僧と思って見縊って、とんでもない粗悪品を掴まされたと思う気持ちはある。しかし、当時の俺にとってその本は間違いなく宝物で、俺の進もうとする道を指し示すバイブルだった。…まぁ、この本が俺の必死にためた小遣いなんかじゃ決して足りず、リックが大部分を出してくれたというのも無関係じゃないんだろう。
その後、俺はその数少ない指南書を参考にしながら、訓練を少しずつ始めていく。リックは俺と一緒に自作の盾製作に付き合ってくれ、マークも強制的につき合わせた−正直、今ではちょっと悪いと思っている−。最初は俺の事を馬鹿にしてたアルムも、少しずつ手伝ってくれるようになり、出来上がった盾を実際に試すためにさまざまな訓練に付き合ってくれるようになった。二人には今でもとても感謝している。
−しかし、そんな楽しい日々はそう長くは続かない。
リックは吟遊詩人で旅人だ。自然、その収入は詩によるもので得ることになるし、世界が閉じられてしまう前にいろんなものを見たかった−今でも俺は彼が何を言おうとしていたのか分からない−と言っていた彼を引き止めるのは色々と限界に近くなってきたんだ。それでも俺はリックと分かれるのを認めたくなくて、彼に無茶を言ったりしていたな。…当時の俺に会えるならば、一発拳骨を食らわせてやりたい。それくらい酷い有様だったな。あの弱虫マークが俺に対して、我侭はリックが困るから止めたほうがいい、と言ったくらいなのだからどれだけ当時の俺が我侭だったのか少しは伝わりやすくなるだろう。
まぁ、いくら子供が騒いだところで生まれ故郷を旅立ったほどのリックの決心が鈍るわけがないんだがな。リックは旅立ちの日を決め、そしてその日は何時もと同じように日が地平線から上ることで始まった。俺はリックと会えなくなるのが認めたくなくて、部屋に閉じこもっていたんだが…部屋に入ってきた親父に無理やり連れ出された。情けないもんだが、泣き喚いて親父を何度蹴ったか分からない。別れに立ち会ったらリックと二度と会えなくなるような気がしたんだ。だから本気で蹴ったよ。多分、親父と喧嘩した事は星の数ほどあるけれど、親父にあれだけ反抗したのはあの時が最初で最後だったと思う。しかし、それでも親父は俺の手を離さなかった。きっと親父は知っていたんだろう。今ここで逃げ出したら、ずっと後悔し続けることになるって。当時はそんな親父が憎くて憎くて仕方なかったが、今では感謝してる。
そしてリックの前に連れ出された俺はリックに酷い言葉を投げかけた。「裏切り者!」だとか「もげろ!」など。他にも覚えていないが知っている限りの罵詈雑言を投げかけた気がする。途中から涙も溢れてきたよ。かつて、山の中でリックに助けてもらったのと同じくらい。自分でもなんで泣いているのか分からなくて、感情が溢れて、訳が分からなくて俯いた俺にリックは笑ってこう言ったんだ。
「君が黄金の鉄の塊として世界に名を馳せて君の詩を歌える日を楽しみにしている」と。
嬉しかった。その言葉だけで全部許された気がした。実際はどうなのかは分からない。あれだけ彼の好意をふいにしたクソガキを本当に許してくれたのか、ただの社交辞令だったのか。
でもあの日、リックのあの言葉で俺の夢だった事は、俺の目標へと変わった。この広い世界のどこかに居る彼に俺の名前が届くような、そんな男になる。それが今の俺の目標となった。
−「だから…見逃してくれないか?
「矮小な人間ごときにも歴史があるのだな。それは良く分かった。しかし、見逃しは無理だ」
「ですよねー」
俺の十分近くの身の上話をあっさりと否定してくれた相手は目の前に居る…というよりは在るというべきか。目に殺気を血走らせ、鋼鉄を弾くとさえ言われる鱗に包まれた新緑色の体躯。大きさは俺の五倍近くだろうか。独特の形をしている巨大な翼を含めればさらに大きさはもう一つ二つくらいは数字が上がるかもしれない。その巨大さは、決して背が低いわけではない俺でさえ、『彼女』を見上げると小さな丘にさえ見えるほどだ。
「さて…では、小便はすませたか?神様にお祈りは?
部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?」
爬虫類独特の切れ長の瞳で見下ろしながら、こちらへ放ったその言葉はまるでこれから俺に負けるとは欠片も思っていないようだった。自らの持つ含まれる傲慢さを隠そうともしない『彼女』の言葉。それが侮りである、と俺には決して言えない。俺と『彼女』とにはそれだけの実力差があるし、相対的でなくても『彼女』はそれが許されるだけの絶対的で凶悪的な力を持つ。
「誰がそんなことするか!意地があるんだよ!男の子にはよ!!!」
小さく震えながらも盾を構えて、『彼女』から放たれる殺気になけなしの勇気を払ってそう応える。
そう。『彼女』は地上の王者と名高い生物。
−ドラゴンである。
−どうして田舎に住むただのクソガキだった俺がドラゴンとサシで戦っているかと言うと、話は三年前まで遡る。
俺はリックと分かれてからも訓練を続け、15の時、親父とお袋の反対を押し切って冒険者になるべく田舎の村を飛び出した。最初は一人で野宿したりなんて初体験で精神力を削るように旅を続けてたな。このとき、盗賊どころか人間に敵対的な野生生物に出会っていたら俺の命はそこで間違いなく尽きていただろう。最初はそれくらい満身創痍だった。しかし、少しずつ旅を続けるにつれ少しずつ手の抜き方が分かってきたり、途中で出会った商人に様々な旅の知恵を教えてもらいながら荷馬車に相乗りしさせてもらって少しずつ目的地へと近づいていった。
―今から考えると相乗りを許してくれた商人がお人好しでよかった。彼とは今も護衛依頼を受けたりする仲ではあるが、彼と出会う事が無ければ今の俺は無いのかもしれない。それくらい彼には今もお世話になっている。
そうして俺は何とか最初の難関を越え、目的の場所−この地方最大の都市へとたどり着くことに成功した。そこには俺の目当てである冒険者ギルドがあり、俺はまずそこで登録することで冒険者になろうとしていたんだ。商人である彼とは入り口で別れ、街中をさ迷い歩き、ようやくたどり着いた怪しげな酒場が冒険者ギルドだって聞いたときには驚いたな。まぁ、冒険者なんて真っ当じゃない職業の拠点が表通りにこれ見よがしにあるという時代はもう当の昔に過ぎ去ったのかもしれない。そもそも俺が言った都市は交通の要所にあり、商業で発展した町だったからな。
まぁ、それはさておき。俺の登録は無事完了した。とは言え、冒険者になったばかりの新人−しかも、装備が動物の皮をなめして作った皮の鎧と、木を削り合わせて作った大型盾しか持たない初心者だ−に出来る仕事がほいほい来るはずもない。俺は毎日、酒場に顔を出しながらも、仕事を請けることが出来ず鬱屈とした日々をすごしていた。
―こんなことなら田舎に居た方が良かったかもしれない
冒険者になったらどんどん仕事が舞い込んできて、初心者をすぐに卒業。腕の良い仲間ともばんばん組んで、とんとん拍子に名声が上がり、何時か旅をしているリックに俺の名前が届くようになる。…今から考えればそんなことあるはずがないんだが、当時の俺はそんな理想を抱え込んでいた。そして、その理想と現実−仕事を請けさせてもらえず酒場で腐る毎日の自分−とのギャップに耐えかねて、俺は毎日、こんなことばかり考えていたんだ。
家の手伝いをして溜め込んだ身銭はほぼ底を尽き、田舎に帰る準備を始めようかと考え始めたころだ。俺をこの町まで連れてきてくれた商人が酒場に顔を出した。彼は酒場の中を見回し、隅のテーブルでやさぐれている俺を見つけると指を刺してこう言った。
「彼を指名できますか?」
その時、酒場にいた面々に走った衝撃は今も忘れられない。そりゃそうだろう。ギルドに登録するだけして、特に何もすることがなく、毎日、酒場の隅でうなだれていた馬鹿を指名する奴がいるなんて普通は思わない。今の俺がその場に居たとしたら驚いた後に、大声で笑ってしまうだろう。…そして実際、その時のほとんどの奴の反応はそれだった。残りの奴は彼の頭を心配するか、「こんな奴に護衛を任せたらちょろすぎて俺が襲ってしまうかもな」とからかうか、そのどちらかだ。俺は自分に向けられたわけでもないのに、からかいの声に耐えられず、下を向いて赤くなっていた。―今、眼の前でからかわれている彼を助けることも出来ずに。
「何がおかしいんですか?」
しかし、彼はそのからかいの声におびえることも萎縮することもなく、真っ向から確かにそう言った。辺りを見回して、そしてそこにいる連中を明らかに見下した目で。ただ冷たく、冷淡に、侮蔑を込めて。無論、そんな真似をされれば冒険者をやっているくらいの荒くれどもが黙っているはずも無い。実際、何人か立ち上がろうとして−そしてその場で固まった。
当時の俺には理解できなかったが、アレは彼との実力差を察したのだろう。…彼は商人なんてやっているのがおかしいくらい強かったんだ。目だけで冒険者をやっている何人かをその場で凍らせてしまうくらい、圧倒的な実力を誇っていた。詳しいことは「商人は体を鍛えていないとやっていけない職業ですからね」と困ったように笑うので俺も突っ込んで聞いては居ない。しかし、田舎から出てきたばかりの素人だった当時の俺でさえ、彼が只者ではないことだけは理解できた。
「僕の護衛、請けてもらえますね?」
彼が予想外の実力者であることを知り、静まり返った酒場で、俺のほうをはっきり向いて彼はそう言った。俺はその言葉に何も言えず、ただ、感動と感謝の念でいっぱいでうなづくことしか出来ず…今でもからかわれるのだがそのときの俺は泣いてたらしい。どうにも恥ずかしい話だが。泣きじゃくり、壊れたおもちゃのように頷くだけの素人を見て彼がどう思ったのか俺にはわからないが、手馴れた手つきで契約をギルドに申請し、俺を指名してくれた。
―結論から言うと、この仕事が俺のターニングポイントに他ならない。
彼が雇ったのは俺一人のみであり、そして無事に彼の護衛を成功させることが出来た。それにより、俺はギルドに多少は評価されて、仕事を優先的にまわしてもらうことも増え、強面で話しかけることもままならなかった同業者たちとも情報交換出来るようになった…などなど。俺の冒険者人生は彼の指名から始まったといって良い。
―だが、当時は何度も死ぬかと思ったんだ……。
彼は俺が抱いた優しい人と言う印象とはまったく正反対で、多く敵を作る性格だったらしい。こちらの積荷を狙って現れた盗賊だけでなく、彼の同業者から受けた妨害なども数え切れない。別のギルドの冒険者まで出張って、彼の商売を邪魔しようとしてきたときには、本当に死ぬかと思った。彼は積荷を守らなければならず、襲ってきた五人を一人で相手にしていたのだ。幾ら盾の扱いに子供のころから慣れていたと言っても冒険者として実際に剣を交わらせる戦闘にはまったく素人同然だった俺が、五人も同業者を退けられたのは奇跡といって良いだろう。…まぁ、これらの経験から多少のことでも動じず、また自分に自信を持てたから彼にはとても感謝しているんだが…。
まぁ、こうして俺は本当に『冒険者』となった。仲間と一緒にギルドから仕事を請けたり、逆にギルドから指名され、クエスト―民間から依頼された仕事とは違い、ギルドが冒険者に対して募集をかけるものだ。大抵厄介ごとであったりすることが多い―に招待されたり、最初に俺を誘ってくれた彼を含めたお得意さんに指名してもらったり…近隣地方にさえ知られる名声ほどでなくとも、特に酒場で干されることも無く常に何かしらの仕事に参加してた俺は冒険者としてそこそこ成功していると言えるのだろう。その事にプライド、自負と言われるような類を持ち始めた頃…まぁ、つまり最近なんだが、俺はギルドからあるクエストを受けないか、と誘いを受けた。
−ある村から「近頃、洞窟から何かのうめき声のような声が聞こえる。これを調査して欲しい」との依頼を受け、三人のベテラン冒険者がその洞窟へ向かった。…そしてその後、一週間、何の音沙汰も無いらしい。そして俺に提示されたクエストは彼らが何か厄介ごとに巻き込まれているようであればその救出、最悪でも、その洞窟に『何が』居るのか調査して欲しい、という内容だった。
そこそこ手練の冒険者が三人も消息を絶った場所とは言え、実質、調査―三日も連絡の無い冒険者が生きているという可能性はほぼ皆無だからだ―という内容ながらもギルドから提示された額は破格。それだけギルドの方も今回の件に危険さを感じているのだろう。俺にこのクエストを紹介したバーテンも、危険であるということを何度も強調したのをはっきりと覚えている。しかし、俺は少し考えれば良いのに、二つ返事でこのクエストに参加してしまった。……今では後悔している。冒険者としてそこそこ成功していた部類であるだけに持っていたプライドや自負というものがなければ、断っていただろう。まったく…俺は昔から調子に乗るとろくなことが無い。
まぁ、それはさておき。俺と同じように破格の報酬に釣られて集まった冒険者は俺を含めて四人。いずれも何度か顔を合わせ、仕事やクエストを一緒にやったこともあるだけに実力は知っている。この面子であれば、ドラゴンでもなんとかなるだろう、とその時の俺は思ったもんだ。……この時はまさか本当にドラゴンが居るとは思わなかったんだが、俺にとってそれくらい心強いPTだったことに他ならない。
そんなPTだからか廃坑もすいすい進む事が出来た。トラップなどは特に無く、地盤もきっちりとしていて一人ずつ歩く分には何の問題もない。崩落の危険性もなさそうで、見る限り魔物も住み着いている感じも無い。それほど危険性の少ない場所だったから「いなくなった冒険者たちは前金だけ持ってばっくれたんじゃないか」なんて雑談していたのも今ではいい思い出である。―今から思えば、魔物が居なさ過ぎることに警戒すべきだったのだ。魔物がこんなに安定した環境である坑道に住めないほど規格外な『何か』がいるのかもしれない、と。
そして俺たちはあまり警戒することも無いまま、掘り出した鉱石を集めていたのだろう集積所へと出た。そこは天井も高く、そこからまた他へと続く坑道が並び、ちょっとした村がまるまる入るくらいのスペースを持っているのが一目で分かるほどだった。
―そしてその真ん中で子犬のように丸まって寝ている緑色の『何か』が一匹。
「あれはなんだ?」
「さぁ?」
「リザードマンじゃないか」
「まさかあいつが冒険者を?」
「リザードマンは試合を申し込むことはあっても殺し合いは申し込まないと聞くが…」
「まぁ、ともかく話を聞いてみよう。何か知っているかも知れん」
「そうだな。念のため、お前はここに残ってくれ」
「了解」
―もう一度言うが、俺はこの時、最後尾だったんだ。魔物の気配を感じないにせよ、人一人が余裕を持って通れる…がそれだけの広さしかない坑道内で両側から奇襲されれば、それだけでPTが全滅する危機である。世の中には気配無く近づき毒を流し込んでくる魔物も居ると聞く。故に俺は警戒を解かないまま最後尾から『緑色の何か』が居ることだけを遠目で確認し、PTのリーダー格である熟練の冒険者の言葉に頷いた。…もし、この時の俺にもう少し疑問に感じる頭があれば、この先のことは防げたのかもしれない。しかし、今更そんなことを言ってもしょうがないし、過去は変えられない。
―熟練の冒険者が何度か『彼女』の肩を揺する。
―『彼女』の目がゆっくりと開き、俺たちを確認する。
―熟練の冒険者が彼女に質問をし…それを聞いているのか居ないのか良く分からない目で『彼女』は俺たちを見回す。
―そして俺が彼女の背に生える一対の翼に気づいたときには既に何もかもが遅かった。
「人間の分際で私の午睡を邪魔をするのか…」
その声は決して大きくは無かった。しかし、坑道の壁に反射し、俺たちの耳にまるで勅命のようにしっかりと入り込んでくる。その声は『彼女』の内に含む傲慢さを余すところなく伝えるが、同時に今すぐ頭を垂れ許しを乞いたくなるほど美しい。きっと王のカリスマというものはこういうものなのだろうと、その時の俺は漠然と思った。
しかし、暢気な俺の思考とは裏腹にようやく状況を理解した俺の本能が『彼女』の危険性を必死になって訴えかける。足は震え、背筋にはツララでもぶっ刺されたかのように嫌な冷たさが走る。全身にはまるで鳥の肌のように皮膚が泡立ち、口からは不規則な呼吸だけが漏れる。今すぐ皆に伝えなければ…!その気持ちだけが俺よりも頭ひとつ分、小さな『彼女』の持つ威圧感によって空回りしていくのが分かった。
「―どうやら死にたいらしいな」
「っ!」
『彼女』の緑色の体から膨れ上がる殺気に、傍へと寄った三人に緊張が走る。『彼女』の持つ威圧感が膨れ、淀み、うねり、三人を飲み込んでいこうとしていくのが俺の目から見えた気がした。しかし、それでも三人は動かない。いや…おそらくは動けなかったのだろう。『何かが居る』としか認識できなかったほど遠くに居た俺でさえ『彼女』の威圧感に指一本動かすことが出来なかったのだ。近くに居た三人にとっては縄で縛られているのも同然だったのだろう。
―このままじゃ三人が死ぬ…!
恐怖にこり固まる俺の頭でもそれだけは何とか理解できた。『彼女』に出会う前はドラゴンでも何とかできると思っていたが、とんでもない。これは『人間』にはどうしようもない化け物だ。挑んだら間違いなく全滅が確定する。おそらく…最初に出会った三人の冒険者も『彼女』によって全滅してしまったのだろう。
だが、俺たちは全滅するわけには行かない。このことをギルドに報告し、この坑道を封印しなければいけないのだ。一人でもギルドにたどり着き、真実を伝えなければいけない。…そしてそれが出来る確率が一番高いのは俺である。こうなるかもしれない、と思っていたわけではないだろうが、こういうときのためリーダーは俺をこの場に残したのだ。俺はその職務を全うすべきである。そう思うと恐怖で固められた体が少しずつだが、動くようになった。
―よし。このままこの場から逃げ出してギルドに報告すれば…!
恐らくはこの廃坑に何十もの防御術式を引き、中にドラゴンを封印することになるだろう。例えドラゴンと言えど、何十人もの術者が作り上げる防御術式による封印を楽に破れるとは思えない。それで当分の間、被害にあう人がいなくなるはずだ。彼らは生き残れないかもしれないが、後の被害は防げる。それが今、行うべき最善だ。
―だけど、本当にそれでいいのかよ?
長い冒険者生活の中で少しずつ忘却の向こうへと追いやられた『かつての俺』がそう俺に向かって尋ねた。何度も修理して継ぎ接ぎだらけになった木の盾を両手で持ち、訓練で何時も傷だらけになっていた頃の自分が。そのまま、ただひたすらに目標に向かって努力していた頃の『俺』が、今、まさに昔の目標を忘れて、逃げ出そうとしている『俺』に向かって失望したかのように吐き棄てる。
―かつて俺が夢見た『冒険者』はこんなもんだったのか?
―仲間を見捨て、自分ひとりだけ逃げ帰るのを善しとする男にあこがれた訳じゃないだろう!
―お前が目指そうとしたのは仲間の下にかけつけ皆を救う黄金の鉄の塊で出来た最強の騎士じゃなかったのか!
それはこの場で行う最悪も最悪である。この場で一番避けるべきはPTの全滅であると『冒険者』としての俺は痛いほど理解していた。だけど、長い冒険者生活の中でとっくの昔に隅へと投げ捨てられた『理想の騎士を目指した』俺が投げかけた疑問。それが俺の心を何度も叩き、「それでいいのか?」と問いかけ続ける。
―ふと…PTの中で一番若い男がこちらを見ているのに気づいた。そいつは俺と何度か仕事を一緒に行い、コンビで盗賊を蹴散らしたこともある男であり、酒場兼ギルドの中で一緒に酒を飲み交わしたこともある男だった。…そして、そいつが俺に向かってまるで助けを求めているかのようだと思った時。
―俺の腹は決まった。
「望みどおり全員―」
「皆、逃げろ!そいつはドラゴンだああああああああああ!!!」
『彼女』の言葉を遮り、俺は盾―冒険者生活の中で強化し続け、今では金属の大型盾となっている俺の相棒である―を取り出して前へと走る。そんな俺とは対照的に、俺の言葉に全員、呪縛から解かれ、出口へと走り出した。
―三人と交差する瞬間、三人ともが何か言いたそうな目が俺の顔を見る。
逃げなかった俺を冒険者として責めているのだろうか。それとも捨石となろうとしている俺を案じていてくれているのだろうか。
俺には分からない。分からないが…とりあえず笑ってみた。
「ここは俺に任せて先に逃げろ!」
一度は言ってみたかった台詞を言い放ち、それでも尚、何かを言いたそうに俺を見る三人から目を逸らして…俺の目の前に立つ『彼女』へと目を向ける。『彼女』は自分の台詞を遮られたことに苛立ちを覚えているのか、その細く秀麗な眉を怒りに歪め、鱗に覆われた豊満な胸の前で不機嫌そうに手を組んだ。
「…お前は…自殺志願者なのか?」
「残念だが少し違う」
本来、逃げるべきは俺だった。しかし、そんなセオリーを無視して、他の三人を逃がすためにこの場に残った俺は自殺志願者にしか見えないだろう。しかし、別に俺は死にたいわけではない。
「ただ、あそこで逃げたら俺は死ぬってだけさ」
黄金の鉄の塊で出来た騎士という御伽噺の英雄に憧れ、実際に彼のようになろうと冒険者へとなった自分。そうして多くの人の好意により、冒険者としてそこそこ成功してきた自分。
しかし、今ここで逃げてしまえば、今の自分のスタート地点である、『子供の頃の俺』が否定にも繋がる。それはつまり現在の土台となっている俺を否定することにもなるのではないだろうか。きっとそうなれば俺は俺ではない何かとなってしまう。きっと、ただ、漠然と夢も目標も無く日々、銭を稼ぐだけで満足するだけの冒険者に落ちていってしまうだろう。それはつまり自分の死と同じだ。俺以外の誰かに分かってもらえるとは思えないが…少なくとも俺はそう思う。
「訳が分からん」
呆れたように目を細め、小さく息を吐く。そんな何気ない動作の中でさえ、『彼女』の中のカリスマが見え隠れする。威圧感という名のカリスマに気圧されて、今すぐ土下座して謝ってしまいたいが、それでは三人が脱出するまでの時間が稼げない。ここはなんとしてでも時間を稼がなければならない。だからこそ!
「だろうな。だから教えてやる!!!!」
―こうして俺の数分にも渡る身の上話が始まり…そして現在へと至る訳である。
『彼女』は大人しく話を聞いてくれてはいたもののいつの間にかドラゴンという名が指し示すとおりの強大な姿へと変わっており、既に臨戦態勢へと移行している。おそらくその腕の一薙ぎでさえ、俺にとっては致命傷となるだろう。
―俺と『彼女』の距離は10m前後。
それはつまり俺からは射程外であっても、彼女からすれば射程範囲内ということである。―すなわち竜のシンボルとも言える全てを焼き尽くすドラゴンブレスの。
まずはこの距離を詰めなければならない!
「行くぜええええええええ!」
気圧される自分の体に鞭を入れるため、大声を上げて『彼女』へと突撃する。『彼女』がそれを見下しながらも鼻で笑い、口の中へと圧縮された魔力を溜め込むのが見えた。―間違いなくドラゴンブレスの予兆である。現在の距離は9mちょっと。撃ってくる動作までに一秒あるとしても鎧を着ている状態ならば5mくらいまでしか詰められないだろう。無論、その距離でドラゴンブレスを避けられるはずも無い。受けてしまえば抵抗する間もなく、こんがり焼きあがった肉が出来上がるだけだろう。
―普通ならば。
「焼きあがれ!」
その声と同時に明らかに空間の温度が跳ね上がる。彼女の顔を見るまでもない。ドラゴンブレスが発射された事は確定的に明らかである。そしてそれが恐らく俺の方向へとすごいスピードで向かってきているのも確かだ。正直syれにならないほどの力の圧力とも言うべきプレッシャーを感じる。見るまでもない。間違いなく直撃コースである。
俺はそこまで考えて両手で構えた大型盾を前へと出す。俺は基本的に武器を持たず、主にこの大型盾のみで戦う。生まれ故郷のド田舎を出てからずっと俺を守り続けてくれているこの盾は俺の唯一にして絶対の相棒であり、信頼する最強の武器である。故に俺はまったく疑うことなく、そのドラゴンブレスを受けきれると信じて、『相棒』を前へと突き出した。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
同時に『相棒』に刻み込まれた術式が展開していく。『相棒』に文字として刻み込まれた対炎魔術と氷系魔術が発動し、ブレスの威力をいくらか弱めるがそれでは止まらない。対衝撃魔術を展開させ、『相棒』を地面に突き刺し、そのまま前進する。
「止まれええええええええええええええええ!」
―着弾。
最初に感じたのは熱。対炎、氷系攻撃魔術で弱めて尚、身を焦がし肉を焼いていくほどの。熱いと口に出すのもはばかれるほどの熱量が俺の肌をちりちりと確実に焼き上げていく。
続いて感じたのは衝撃。着弾した瞬間、自分の体が浮き上がっていく感覚が俺の体を支配する。構える腕は対衝撃魔術越しでさえ、千切れ飛んでいきそうで、その場にとどまるどころかどんどん後ろへと押し戻されていく。しかし、ここで吹き飛ばされてしまえば次のドラゴンブレスで俺の死はグラットンスウィフトを食らったらばらばらに引き裂かれるくらい確実だ。ここで堪えなければ逃げた三人の命さえ、危うい。その覚悟だけで俺は何とかその場にとどまった。
―恐らくは熱と衝撃に支配されていた時間なんてたかが数秒程度だったのだろう。しかし、熱と衝撃にさらされたその数秒は俺の人生の中でもっとも長い時間となった。一時間近くにも感じたその時間は去り、熱が急速に去っていく。
「ふぅ……大口叩いた割りに、他愛無いな」
―熱と衝撃でぼろぼろになった精神力がその言葉で回復する。俺は『彼女』の声が聞こえるということは俺はまだ生きている。そして…まだ生きているのであれば時間を稼ぐことは出来るのだ。
盾を構える両腕に力を込める。盾を踏ん張っていた足に力を入れる。『彼女』が放ったたった一発のドラゴンブレスで双方ともにぼろぼろである。しかし、それでもまだ動いた。力が流れた。
―ならば…いける…!
「まだだああああああああ」
地面に突き刺したままの盾を持ち上げ、再び『彼女』の元へと走る!
「なっ…!」
今まで威圧と侮蔑しか篭っていなかった『彼女』の声にわずかに驚きの色が混じっていた。恐らくは人間が自分のブレスを喰らって動いているなんて想定外なんだろう。実際、俺も一歩間違っていたら…いや、俺を冒険者として成功に導いてくれた商人の彼が『相棒』に気休め程度だとしてもいくつかの対抗魔術を刻んでくれていなかったら吹っ飛んでいたか、指一本動かす気力さえ残っていなかっただろう。しかし、俺の『相棒』は残念ながら恐らくこの世に二つとないくらい特別製で最強なのだ。
―それが想定外だと言うのならば今のうちに一気に踏み込む!
彼女が驚いている内に『彼女』の懐…いや、足元へと入り込む。そのままの勢いのまま、全力を持ってして『彼女』の足へと大型盾の先端を突き込んでやる!!!!
俺の武器はさっきも言ったがこの大型盾しかない。本当は長剣も持ちたかったが俺は所詮、勇者でも超人でもなんでもないただの一般人でどこにでもいる冒険者であり、盾と同時に剣を使いこなす器用さも同時に二つの武具を持って戦えるほどの筋力を自分の体に着けることも出来なかった。だから、俺は俺なりに戦う方法を考え…そして盾だけで戦う方法を編み出したのである。
それはこの盾を構えて行う突撃攻撃だ。大型盾は地面へと突き刺し、敵の突撃を受け止め、敵を押し出す為に作られた経緯がある。そのため、その先端は地面を穿つ鋼鉄である。ならば、それを攻撃に使用すれば盾だけでも戦えるのではないだろうか。そう考え、子供の頃からそのための訓練ばかりし続けてきた。それは正しかったのか自分でも分からない。もっと良い戦い方があったのかもしれない。けれど、俺はかつてあこがれた黄金の鉄の塊でできた騎士のようになりたくて、防御に強く重点を置き自分を鍛え上げてきた。お陰で実力が上の冒険者五人に囲まれても奇跡的に生き残れる程度には結果を残している。
そしてそれはたとえドラゴン相手でも多少は通じる戦法のはずだ…!
そう願うように心の中で呟いて俺は『彼女』の元へと奔る。『彼女』の足までは既に1mもない。このままいけば質量差によって俺は弾かれてしまうかもしれない。
―構う物か。どうせ次は無い!
俺はそのまま減速せずに体を捻り、全身をバネにして盾の先端を打ち込む!
「届けええええええええええええ!!」
―ガキィン…
「痛っ!」
―…え?
信じられない思いで先端を見ると1mmたりとも彼女の鱗に刺さっていないのが見て取れた。かつてリックが歌った詩の通り、本当に鋼鉄さえ弾く鱗だったようである。いや、これで逆転勝利とか思ってたわけじゃないんだが…なんていうかガチで鋼鉄製の大型盾、しかも地面へと突き刺せるよう尖った先端を全力で突きこんでも鱗に傷ひとつ無いってどうなんだおい。生態系的に。何食べたらそんなに硬くなれるんだよ!!!!やっぱ黄金の鉄の塊なのか!!!?
微妙に凹む俺とは対照的に『彼女』にとって自分に傷をつけられた―実際には傷ひとつついていないのだが―のは屈辱的であったのかもしれない。わなわなと体を震わせ、殺気だった目を怒りに赤くしている。
本能が囁いた。「おい馬鹿止めろ俺の人生はここで終了ですね」と。
「ゆ、赦さない…!絶対に赦さんぞ!人間め!じわじわと嬲り殺しにしてくれる!!!」
そのまま『彼女』は怒りのまま足を振り上げ、俺を蹴り飛ばそうとする。普通に喰らったら確実に意識が吹っ飛ぶであろう一撃だ。俺はそれを何とか横へと移動し、突っ込んでくる足から流すように盾を構えて、衝撃を逃がすことでやり過ごした。
―危なかった!後一瞬反応が遅ければ間違いなく壁まで吹っ飛ばされていただろう。
しかし、怒りに我を忘れている今はチャンスである。幸い、蹴り上げて片足の今であればもう片方へ衝撃を加えれば倒れるかもしれない!そうすればさらに数秒は稼げる!
そう考え全力で盾を持ったまま、『彼女』のもう片方の足へ全力で突撃する!!!
―衝撃。
冷静に考えてみれば、『彼女』と俺の質量差は十数倍近くある。普通、それをひっくり返して片足でバランスが不安定とは言え、『彼女』を転倒させる事は難しいだろう。
―そう冷静になったのは俺が彼女へと突っ込んんだのとほぼ同じ速度で鱗に弾かれ、転倒した衝撃が原因なのがどうにも格好悪い。
しかし、そんな格好悪い俺でも、我武者羅さで幸運の女神の気を引けたのか、『彼女』の巨躯はぐらりとよろめき、ゆっくりとこちらへと倒れてくる。後はここから逃げ出せば良い。
もつれる足を必死に前へ前へと踏み出させ、少しでも加速しようと腕も我武者羅に振るう。しかし、イメージと肉体がどんどん乖離していくのを俺は感じた。
―まずい!このままじゃ…!
イメージよりもはるかに遅い速度しか出せない俺の脚は焦りによってさらに歯車を狂わされてしまう。
―人間がドラゴンのブレスを喰らって無事に済むわけは無いと分かってはいた。肉体はアレで限界を迎えて、溢れ出る興奮物質が痛みと疲れをごまかしてくれているだけだと理解はしていたつもりだった。しかし、別に今でなくともいいだろう…!!
このままでは死ぬと分かっているだけに焦りは焦りを呼び、それがどんどんイメージを狂わせていく。気づいたときには既に『彼女』の体は俺の目の前へと迫っていた。『彼女』の体は大きく、俺の目指す『出口』は手を伸ばしても届かないくらい遠い。せめて『相棒』を構えて対衝撃魔術を発動させようとするが、まるで鉛の錘を山ほどぶら下げられたかのように『相棒』を持つ俺の腕は鈍く動かなかった。
―これは…詰んだな。
死への恐怖か、何時に無く冷静に俺の頭はそう認識した。このまま『彼女』が倒れこんでくれば限界を迎えた俺の意識は衝撃と重さでなす術も無く圧殺されてしまうだろう。その後、『彼女』が俺を煮るなり焼くなりすれば、俺の人生はジ・エンド。意識がなければ、俺が着込んでいる金属鎧や『相棒』でも防ぎきれない。
―だが、これでいい。
恐らくはもう三人ともこの廃坑から逃げ出している頃だろう。そのままギルドへとたどり着き、報告してくれれば俺の死は決して無駄ではない。
―物語のような英雄には結局なれなかったな…。けど、こんな死に様でも…悪くは無い…か。
『彼女』と接触し踏み潰されるような衝撃を感じる中、意識がゆっくりと闇の中へと落ちていく。その中で「調子ぶっこき過ぎた結果がコレだよ?」と聞こえたのは一体誰の声だったのか。俺は分からないまま、二度と目覚めるはずの無い夢へと落ちていった。
「おい。起きろ」
うーんうーん。
おのれニンジャめ。騎士の方が前衛として優れているのにこんなにネガティヴキャンペーン張りやがって。
このネガキャンやってるの絶対ニンジャだろ汚いな流石ニンジャ汚い。
「いい加減、起きろ」
―衝撃。
どがっと言うよりはめきゃっと言う擬音が相応しいような音と共に俺の体に走った衝撃。そんなものが走れば当然目が覚める。誰だってそうする。俺だってそうする。…いや、実際、永眠しそうな勢いだったけどなマジで。首も明らかに寝違えてるし。
―……ってあれ?ここは…さっきまで俺が死闘―主に俺が生きるか死ぬか的な意味で―を繰り広げていた廃坑内の集積所とは違う…?
周りには煌びやかな金細工の装飾品などが所狭しとばかりに積み上げられており、光源の少ない廃坑の中でも少し眩しいくらいだ。そんな宝の山の横に無造作に俺の着ていた金属鎧―ヒビも入り、変形しまくっているそれはもう鎧と言うのには相応しくないのかもしれないが―と俺の相棒である大型盾が転がっていた。そのまま視線を自分に移すと、ドラゴンのブレスでこげつきボロボロになっているチュニックとズボンだけ身に着けている。どうやら男の尊厳を守るために何とか耐え切ってくれたらしい。有難い。後でジュースを奢ってやろう。飲めるかどうかは知らないが。
視線をさらに俺の身体の下へと移すと俺が寝かされていたのがキングサイズのふかふかなベッドだと分かった。こんな財宝だらけのど真ん中にポツンとベッドだけが置いてあるのはミスマッチを通り越して一種シュールでもある。もっとも、そこに寝かせられていた人物が俺だというシュールさには敵わないだろうが。
そんな自虐さえ感じるほど煌びやかな空間の中にいる俺…ともう一人。いや、もう一匹と言うべきか。先ほど俺たちが逆鱗に触れてしまった『彼女』が人型に戻って、気まずそうにベッドの脇へと立っていた。
―なるほど。恐らくこれは彼女のベッドなのか。
考えてみれば幾ら魔物といえど人型であればやわらかいベッドで寝たいものだろう。ドラゴンは財宝を集める習性があるというし、これだけ大きなベッドをもっていても不思議は無いのかもしれない。…それだとどうしてさっきは集積所で寝ていたのか気になるが…。
―しかし、それにしても綺麗なもんだな。
殺されるか死ぬか―断じて殺すか殺されるかではない―の最中や、彼女からプレッシャーが放たれていた時は、動転して彼女の姿をあまり見ることは出来なかったが、目の前にいる彼女は美しい女性だった。俺の拠点としていた都市が魔物を初期から積極的に受け入れてきた場所だった所為か、魔物娘を数多く見てきたが、『地上の王者』と呼ばれるほどの力を持つのに、他の魔物娘と比べても遜色ない。それ所か、ただ立っているだけの姿でさえ、あふれ出るばかりの力と自信がアクセントになり、美しい彼女の美貌にさらに華を添える形になっている。
「まったく。私が倒れこんで気を失うだなんてまるで私が重いみたいじゃないか……」
財宝の中でも負けずに、寧ろ財宝の方が引き立て役に感じるほど艶やかで美しい髪を、鱗に覆われたまるでドラゴンのようにごつい―まぁ、彼女はドラゴンそのものなのだが―手で器用にくるくると弄る彼女。まるで紫陽花のように薄っすらとした紫に染まるその髪が、腰まで届く長さを遺憾なく発揮して、彼女の手によって空中で踊る。それだけで、絵になると感じるほど彼女は一種幻想的な雰囲気を持っていた。…まぁ、言っている事は現実的この上ないんだが。やっぱりドラゴンも重いといわれると気になるのだろうか。
―ていうか、俺どうして死んでいないんだ?あの時、確実に死んだと思ったんだが…。
「おい。聞いてるのか?」
不機嫌なのを隠そうともしないまま彼女はこちらを見下ろした。切れ長釣り目と彼女の強気な性格を現したとしか思えない目。そしてそこから見える金色の瞳には少しばかり気まずそうな色が浮かんでいる。その姿からは最初感じていたほどの怒りや威圧感を感じない。どうやら本気では怒っていないらしい。…何故なのかは分からないが。
「あぁ、聞いてる……いや、聞いてます」
一瞬、膨れ上がった殺気に頭が何か考える前に本能が口調を訂正した。
―怖かった!怒ってないって思ってタメ口使おうと思ったら殺気が膨れ上がってマジ怖かった!
今まで死線と言うものは何度か潜ったが、部屋の温度が数度下がったように感じるほどの殺気を感じたのは今日だけだ。目線で殺されるかもしれないと思ったほどなんだが…あれが有名なメンチビームって奴なのかもしれない。流石ドラゴン、マジぱねぇ。
「ともかくだな。今からオマエを喰らうぞ」
人型に戻って尚、彼女と俺の絶望的なまでの戦力さを目線ひとつで感じ、彼女に感心するやら落ち込んでいいやら微妙な心境の俺の耳に聞きなれない言葉が飛び込む。
―ドラゴンッッッ!色を知る歳かッッッッ!!!!!!
いや、彼女は『地上の王者』であるからそんなプロポーズもありなのかもしれないが。そもそも俺は男で彼女は女でどちらかと言うとプロポーズするのは俺のほうだと思う。
―いや、こういう艶っぽい展開なんてありえないと分かっているんだがどうにも頭が理解を拒否して逃避してしまう。
どう考えてもコレは『オレサマオマエマルカジリ』ですよね!分かります!
ちくしょおおおおお!今の魔物は人を喰わないって話じゃないのかよおおおおお!あの図鑑の著者めええええ!もし生きて帰れたら訴えてやるううううう!!!無理だろうけどな!!!!畜生!!!!
「…何を考えているのか大体分かるが、別に私たちは人間を喰う訳じゃないぞ」
「え…?」
「そもそも人間なぞ肉の臭みが強すぎて喰えたもんじゃない」
―なるほどなー。
現実逃避してる場合じゃない。その感想ってまるで喰った事があるような言い回しですよね!?
もし、肯定されたらと思ったら怖くて聞けないけど先に派遣されてた冒険者を食べたのってやっぱり貴女なんですか!?
「まぁ、私たちは肉食だが基本的に食べるのは野生動物だ。わらわらと増えまくる貴様らを好き好んで食べる奴は殆どいない。…しかし、まぁ、増える速さはそれなりな割りに食べ物にならんとは、人間とは本当に使い道が少ないな。その内臓や骨まで活用できる牛や豚を見習え」
「いや、それ見習ったらやばいだろ色んな意味で…いや、すみません。謝るんでメンチ切るのやめて下さい」
どうやらタメ口はマジでご法度らしい。まぁ、『地上の王者』からしてみれば魔物以下の身体能力しか持たない奴がほとんどな人間からタメ口なんて許容できないんだろう。俺たちからすれば犬や猫からタメ口で会話されているようなものなのかもしれない。…いや、タメ口の犬や猫とか可愛い気もするが。
「まったく。出来の悪い人間のために、もう少し噛み砕いて言ってやろう」
そこで豊満な胸を大きく張って―本当に大きい。西瓜といい勝負するくらいだ―彼女は俺へと指を指し
「お前敗者」
そして自分を指差して
「私勝者」
そこでまるで予言でも行うかのように両腕を上げて
「つまりお前は私のものだ」
―お前は何を言っているんだ……?
言っていることは理解できる。しかし、意味がまるで通らないのではないだろうか。彼女の言っていることが分かるのなんて世界中に名を響かせる賢者くらいじゃないと無理じゃないのかと真剣に思う。残念ながら俺は多少、魔術の心得はあるものの一般的な頭の出来からすると悪い方なのでまるで理解がいきわたらないのだが…。
「ちなみに断ったら死刑だからな」
なにそれこわい。
いや、まぁ、死んでもおかしくない所を見逃してもらったのだから、死刑になるまでの過程があるだけ遥かに恵まれているのだろうが。
―それにしても、見た目や図鑑に記載されている通りの暴君っぷりである。ついでに言えばその美しさも図鑑の通りだ。
「いや、従うのは別に良いんですが…」
少なくとも逆らうだけ無駄と言い切れるほどの実力差があり、かつ負けているのだ。隙を見るためにも従うふりはしておくべきだろう。しかし…どうにも分からない。
「どうして俺を回復させたんですか?」
ドラゴンブレスと倒れこみ。今から考えるとまともに喰らったのはこれだけだが、肋骨の数本は確実に折れ、腕や足にもヒビが入っていただろう。他にも肌に重度の火傷を折っていたりと体中にガタが来ていたのは間違いない。極限状態であふれ出ていた興奮物質のお陰で痛みはそれほどなかったが、今は気が狂いそうなほど体中が痛んでいるはずなのだ。しかし、現実は普通に会話できているし、痛みも無いどころかかなり体が軽い。まるで新年を下ろしたてのパンツで迎えるかのような清清しささえある。どう考えても俺の体は治療されている。それも店売りされている一般的な薬剤などではなく、かなり高級な霊薬クラスで。
「それは…その…な」
彼女は、また長い髪を器用に手で弄りながら、目線を横へと逃がす。視線を追ってみると一冊の本が見えた。彼女はそれと、俺の顔を交互に見ながら、胸に手を置いてゆっくりと語り始めた。
「私たちドラゴンが魔王の魔力でその…なんだ。こうした下等な人間と同じ姿にさせられたのは見ての通りだ」
そのあたりの経緯は知っている。光と闇の魔術を学ぼうと一時期、いくつかの書物を読みふけっていた時期があった。それは結局才能が無かったようで実を結ぶことは無かったが、いくつか魔物についての知識が身につける事に成功したと言える。その知識が今まで俺を生き残り、冒険者として成功できた理由の一つでもあるだろう。そして、その知識の中に一際、強大な魔物としてドラゴンの名前が記憶されている。俺が読んだ書物では現在のドラゴンはサキュバス化が一部ながらも進行していると記してあった。魔王と呼ばれるほどの存在の魔力に一部とは言え、抵抗しているその姿は今でも地上最強の生物と呼ばれるに相応しいだろう。
「私たちとて生き物だ。単性では生殖も出来ない。しかし、魔王の所為で私たちにオスはいない。ならば、どうやって私たちは生殖すると思う?」
嗜虐的…そして何処か自虐的な色を瞳に浮かべて、彼女はベッドへと乗り上げてくる。切れ長の瞳が獲物を前にするようにきゅっと細くなり、自分の胸においていた右手を俺のわき腹近くに置いて、前かがみになる。俺と彼女の顔が吐息が掛かるか心配するくらいぐんと近くなり、黄金色のその瞳にまるで吸い寄せられるように目線が外せなくなってしまう。そして、お互いの前髪が触れそうになるくらいまで近づかないと気づかなかった彼女の甘い林檎のような体臭がダイレクトに脳へと伝わってくる。
―いや、まさか。ちょっと待ってくれ。これはその…そういうことなのか?
頭の中で抵抗しようにも嗅覚と視覚からの刺激がどんどんと俺の中の思考を鈍らせていく。何かがやばい。今すぐ抵抗しなければいけないと言うのははっきりと本能で分かるのだ。しかし、彼女が何を言っているのか、理解する気も、そして抵抗する気もどんどん俺の中から失せていってしまう。
「答えはな。人間だ。私たちも他の下等な魔物たちと同じく同種のオスの代わりに人間のオスで生殖するのだ」
右手は俺のわき腹近くに置いたまま、空いている左手で俺の頬を軽く撫でる。同時に俺の体に痺れが走った。まるで毒キノコを誤って食べて体中がしびれてしまった様な感覚。鋼鉄さえも弾くほどに硬い鱗で覆われているはずなのに、彼女の腕はまるでシルクを触ったかのようなやわらかい感触を俺の頬に残していく。そしてそれは、怖いほど心地よかった。
「だが、人間は私たちを恐れ、逃げる。私たちもそれで良いと思う。何故なら、私たちにとって下等な人間どもと生殖するなどプライドが赦さんのだ。…しかし、それでも尚、あの忌わしい淫魔の魔力によって歪められた本能がお前たちを求めてしまう」
―その言葉で彼女の目に宿っている自虐的な感情の正体に気づいた。
彼女は今、本能に負けようとしているのだ。魔王の魔力に今まで抗い続けてきた彼女がどうして今、本能に負けようとしているのか俺には分からない。だけど、ここで彼女のなすがままになってしまえばきっと彼女も後悔するのではなかろうか。
―ならば、抵抗するのには十分な理由だ。
さっきまで殺されかけていたとは言え、美人を泣かせるのは俺の性に合わない。何より彼女は自分のミスで死に掛けていた俺を治療してくれた恩人でもあるのだ。彼女を怒らせた原因も俺たちの不注意―例えるならば竜巻を竜巻と知らずに突っ込んだ愚か者が俺たちな訳だから―でもあるし、悲しませる理由はあまりない。
鈍った頭でそこまで考え…僅かに俺の目に灯った理性の火。それに従って、俺は寝かされている寝台から立ち上がろうとする。しかし、それよりも早く彼女は右手で俺の腕を寝台へと固定した。
―いや、ちょ…おまっ!こっちがなけなしの理性で抵抗しようとしているのに!
そう抗議しようとした瞬間、濡れた彼女の瞳が目に入り、何も言えなくなってしまう。
「だから、私たちは最大限にお前たちを威嚇する。近づいてこられたら本能に負けてしまいそうだから。近づいてこられたらきっとお前たちを愛しく思ってしまうから。―だけど、お前は近づいた。一番、安全なところに居たのに。仲間の為に。死ぬかもしれないのに。ただ自分のプライドの為に。まるで…私たちの同種のように…」
それでも、俺は抵抗しようと全力で腕に力を込める。血管が浮き出て、筋肉が膨張するが、それだけで終わってしまう。まるで万力に固定されているかのように、彼女に押さえつけられている腕はまるで浮き上がりはしなかった。
「人間的に言えば…あの姿は格好良かった。そして、私は思ったのだ。お前ならきっと私から逃げないで居てくれる。きっと私を孕ませてくれる。メスとしてきっと最高の喜びをくれる…と」
俺の微々たる抵抗を見て、彼女はちろりと爬虫類独特の細長い舌を出して、嗜虐性の強い笑みを浮かべた。そのまま動けないでいる俺の上へと跨って両手で俺の体を固定した。
「だから、お前は私のものだ。私を本気にさせたお前が悪いのだ。だから、お前は私を孕ませる義務があり、私のものになる権利がある」
―無茶苦茶だ。そんなものに従えるはずがない!
そう言いたかった。必死になって抵抗して彼女を撥ね退け、人としての意地を見せ付けたかった。しかし、どれだけ力を入れても彼女は少しも動くことは無く、ただ、嗜虐的な笑みを浮かべている。まるで女王が無駄な抵抗をする奴隷を見て楽しむかのようなその表情は屈辱そのものだった。俺だって男だ。例え彼女が絶世の美女と言う言葉に相応しいような相手でも、こんな状況で喜ぶような趣味は持っていない。
―そのはずなのに。
ただ、俺を固定して、さらには見下して、笑っている彼女の瞳に吸い寄せられてしまう。彼女の体臭にまるでもやが掛かったように思考がどんどん鈍くなってしまう。俺の腰の辺りに腰を落とした彼女のかすかな動きにさえ俺の息子が反応してしまう。
「ふふっ…お前もこんなに喜んでくれるとは嬉しいぞ…♪」
息子の反応に気づいた彼女の顔がまるで絶好のおもちゃを見つけたような表情へ変わり、俺を見下ろしてくる。そのままからかう様に腰を小さく浮かせ、当たるか当たらないか程度の高さのまま、まるで騎乗位のように小さく前後に動かし始めた。ずたぼろになったズボン越しにかすかに触れる刺激だけでさえ、俺のだらしない息子は反応し、びくびくと震えてしまう。
―くそ…!どこまでも馬鹿にしやがって…!
「なんだよ…!こんな状況で勃つような変態だって笑えば良いだろ!」
「違うぞ。それは違う」
抵抗しよう、しなければ、と思っているのに自分の体がまるで思ったように動かなくて、悔しいのか辛いのか、自分でも処理しきれない感情のまま思わず言ったその一言に彼女は動きを止め、少し悲しそうに眉を曲げる。その表情に何故か胸の痛みを感じ、俺は目を背けた。
「私のように例え戯れであっても人間を殺せるようなドラゴンに普通の人間が勃つと思うか?例えお前と同じ状況であっても勃たない人間がほとんどだろう。しかしお前は勃った。私の期待通り私を孕ませられる人間だったんだ。これは才能だぞ。誇って良い」
そのまま腰を俺の腹の上辺りに下ろして尻尾で俺の息子を撫で始める。戦っている最中は本当に鋼鉄を弾いていた彼女の鱗に覆われているはずなのに、その尻尾の動きからは焼け焦げたズボン越しであっても、まるで本物の女の手で撫でられているような感覚が伝わってきた。正直に言えば…かなり気持ち良いし、彼女の言葉にも大分救われたように感じる。しかし、流されてもいいんじゃないか?と思う俺とは別にまだ俺の中の何かが抵抗し続けていた。それが彼女には分かるのだろうか。俺の事をまるで見透かしているかのような黄金色の瞳に悲しみと浮かべて俺の顔を両手で固定して俺の目を覗き込んでくる。そこにさきほどまでの嗜虐的な色合いはまるで無く、ただ、辛そうな―まるで俺の辛さが自分の辛さであるかのような―表情を浮かべていた。
「それでもお前がそれを気にするというのなら私が許そう。お前を馬鹿にする奴がいれば全て私が蹴散らしてやろう。お前がお前を許せるくらいお前を気持ちよくしてやろう」
―その表情と殺し文句で最後まで抵抗していた何かが決壊した。
なんという…殺し文句だろう。会って数分で殺しかけた相手に言う言葉では決して無い。だけど、それは人間の常識の中で言えば、なのだろう。彼女は魔物であり『地上の王者』なのである。彼女からすれば、そういったプライドこそ女々しいと言えるものなのかもしれない。
―ここまで言われて相手にしないわけにもいかない。
抵抗しようとしていた腕から力を抜く。それだけで彼女には俺がどう思ったのか伝わったらしい。先ほどまで浮かべていた表情はすぐに引っ込め、再び嗜虐的な笑みを浮かべて嬉しそうに―本当に今までの表情の中で一番嬉しそうに―俺を見下ろす。
「そうか。観念したのか」
そのまま彼女は嬉しそうに右手の人差し指を俺の胸に這わせる。彼女鋭い爪は焼け焦げてほとんど使い物にならなくなっていた俺のチュニックをまるで最初から無かったかのようにあっさりと切り裂きながらも、俺の肌には傷ひとつ付けなかった。それでいて彼女の指が這った場所はまるでそこだけ蛇に噛まれて熱を持ったかのように強く疼き始める。
「安心しろ。お前の全てを貪ってやる。嫌だと泣き叫んでも喰らい尽くしてやる。お前が快楽に溺れても仕方ないと言い訳できるくらいに…な」
その言葉と同時に彼女がこちらへと倒れ、唇へと噛み付いてくる。痛みを感じ、反応しようと動いた唇に彼女の唇が押し付けられ、同時に彼女の舌が侵攻してきた。そう。侵攻だ。技巧も何もなく、ただ貪るためだけに這い回る細長い舌。それを俺は止める術を持たなかった。歯茎を嘗め回し歯の一本一本をまるで洗い上げるかのように周到になめあげた時も、俺の舌をまるで弄ぶかのように彼女の舌が巻きつき、性器そのものであるかのように扱きあげた時にも、暴徒のように雪崩れ込んでくる彼女の甘い唾液におぼれそうになったときも俺は彼女の舌に抵抗できなかった。俺にだって人並み程度に経験はある。冒険者という職業上、娼婦にお世話になったことは数知れないし、冒険者になる前にだって、付き合っていた女の子くらいはいたものだ。しかし、それらの俺の経験がまるで役に立たない。彼女の舌はまるで暴君のように俺の口内を自由気ままに這い回り、蹂躙し、俺の理性を奪っていく。俺はそれについていこうと、必死に経験や理性をかき集めて抵抗するが、彼女の舌は俺の舌からまるでからかうように逃げ回り、自分の好きなとき、気に入ったときにだけ俺の舌と触れ合う。
―そんな自分勝手なキスがどうしようもなく気持ちよかった。
流し込まれてくる唾液の香りだけでさえ頭の中にもやがかかったかのようになる。その上、彼女の舌が俺の口内で暴れるたびに恍惚となるような気持ちよさが走ってしまう。自分勝手で、まるで人のことを考えているとは思えないキスだ。しかし、それが今にも暴発してしまいそうなほど気持ち良かった。
―逃げなければ…!
彼女は貪ると言ったが、それはまさしく暴君が貪ると言うに相応しいキスだった。彼女の舌が味わっていない場所は俺の口内にはなく、彼女の舌に抵抗する気さえどんどん薄れていく。俺の舌はまるで俺自身の未来予想図のように、彼女の与えてくれる快楽を享受するだけの器官にどんどん成り下がっていく。
―それではいけない。
確かに彼女を受け入れたが、こんなキスまで受け入れるわけにはいかないのだ。彼女が上で、俺が下であることに異論は無い。しかし、快楽を享受するだけで終わりたくない。本能に負けてしまった彼女が少しでも後悔しないよう、彼女自身にも気持ちよくなってもらわなければ…。
「ふぅんっ♪」
そう反論しようと俺は必死に彼女の唇から逃げようとした。しかし、彼女はそれをすばやく察知すると俺の頭を両腕で抱きしめ、より激しく俺の口内を蹂躙する。こうなっては蹂躙される側の俺は息苦しくなってくる。しかし、彼女はそれさえもお見通しのようで、蹂躙する合間に酸素を送り込んできてくれた。それのお陰で何とか窒息死だけは免れているものの、流し込まれる吐息と唾液にさらに頭に霞がかかり、彼女へと強く依存する形になってしまう。
―どうしたらいいだろうか…。
このまま快楽を享受するのが良いのかもしれない。彼女自身もそれを望んでいる。だからこそ、無理やり抵抗をさせないような形でより強く俺の頭を抱きしめたのだろう。しかし、俺はそれで良いとは思えなかった。上下関係で良い。対等で無くていい。しかし、ただ俺が受け取るだけでなく、俺からも彼女に差し出せるような関係で居たい。その男の本能とも言えるようなプライドだけで、俺は彼女のキスに陥落するのを耐えていた。…しかし、それももう長くは持たない。より密着し、より激しさを増した彼女の舌は緩急をつけて、俺の口内を蹂躙し始めた。今までは技巧も何も無かった彼女の舌は俺の反応で学習し始めたのか、技巧がつき始めたのだ。より効果的に俺を焦らし、より強く俺を貪る。こうなれば俺の中に最後に残った砦が陥落するのも目前だ。
何か無いかと目を開けると、彼女の豊満な胸が目に入った。それは彼女の鱗に覆われながらも一部は服のような柔らかいものに包まれている。彼女は自分たちはサキュバス化が進んでいると言っていた。ならば、恐らくこの胸と言う快楽に直結する部位の鱗は着脱が可能なのではないだろうか。そう思って俺は彼女の胸に手を伸ばし、ブラを外すつもりで彼女の鱗に触れ―そしてそれは俺の目論見どおり外れてくれた。
「んっ!」
まるで抗議するかのように彼女は小さく声を上げ、口の中をより激しく蹂躙してくる。舌を弄り、歯茎を撫で、咽喉にさえ触れる。それら全ては確かに決心が鈍ってしまうほど気持ちよかったが、それでも尚、俺は彼女の胸に手を添えた。
最初に感じたのはツルツルとした肌触り―これは彼女が身に付けているウェアの感触なのだろう―次に感じたのは圧倒的な反発力。指で押してもすぐにもとの形へ戻ってしまうほどのその反発は俺は今までに感じたことの無い類の感触だった。決して硬いわけではない。しかし、柔らかいだけではない。受け入れるのでも、弾くのでもないその胸は彼女の気質そのもののだ。
―撫でただけで電流が走ったかのように反応するその感度も。
「んーっ♪んーっ♪」
―揉みしだく指から感じる滑らかさも。
「む…ふぅ…♪」
―乳首に触れるとあれだけ俺の口内を蹂躙していた舌が乱れるその仕草も。
「ん…はぁ…♪」
それら全てが俺を魅了し、俺はもっと乱れた姿の彼女が見たくなっていく。その欲望に従って、俺はウェアを思い切りたくしあげ、再び彼女の胸を揉みしだく。
「んんんっ♪」
抗議の声か、それとも喘ぎ声を必死に抑えようとしていたのか。彼女はそう声を上げながら、再び尻尾を俺の股間へと這わせ始めた。さっきも感じた女性の腕で、すっと撫でられるような感覚が下半身を支配する。あまりの快感に腰が抜け、彼女の胸を撫でていた手の動きが鈍り始める。そうなると、余裕を取り戻した彼女の舌が再び俺の口内を蹂躙し始め、あっという間に俺は再び追い詰められていく。何とか残る理性で反撃しようとしたが、俺の頭を抑えるのに使っていた左手で封じられ無駄に終わった。最後の抵抗も空しく、打つ手のなくなった俺に彼女が勝ち誇ったように笑みを浮かべ、再び唇に噛み付いた。
そして、それで形勢は決した。必死に快楽に耐えていた理性は崩壊し、我慢の聞かない俺の息子がズボンの中で暴発する。
「くっ…ああああああっっ」
―どくどくとズボンの中で生暖かいものが流れ出ていくのをはっきりと感じる。それは間違いなく快感で、文句なしに気持ちいい。頭にかかるもやが射精により少しずつ晴れていくが、それでも尚、快楽を求めるように射精が数秒続いた。
自慰どころか今までのどんな相手ともやった性交でさえ、これほど気持ちよくは無かった。ただ、尻尾で撫でられただけなのに、これほど気持ちなんて……反則としか言い様がない。同時に、これほど、屈辱的な射精も今までになかった、と言えるのが難点だが。
「ちゅ……ふふ…♪お前の子種は全部私の物なんだぞ…無駄にしちゃ駄目じゃないか…♪」
正直、無駄にさせた本人が言うな、と言いたい所だが、快感で体が痺れ、かつ長時間口が彼女によって塞がれ呼吸もままならなかっただけに憎まれ口一つ利けない。
―悔しい。でも…
勝ち誇り嬉しそうに表情を表しているのと同時に、欲情に塗れた目がどうしようもなく俺を求めている…そんな彼女を見ると、これで良いのかも知れないと思ってしまう。勿論、俺に押し倒され一方的に蹂躙されて喜ぶ趣味は持っていない。痛いのも熱いのも御免こうむる。
しかし、絶対的な力を持ち、本気で力を入れたら人間なんて即殺してしまう彼女が精一杯手加減し、俺を殺さないようにしながらも快感を覚え悶えてくれる。例え情けないにもほどがある射精でも喜び、受け入れてくれる。そんな『暴君』の意外すぎる優しい一面が俺の心をかき乱す。
―なんなんだ。この感情。
まさか惚れたとって言うのか。たった一回のキスだけで?
ティーンズ御用達のエロ本のヒロインか俺は…。
「本当はもっと楽しみたいが…流石に二回も子種を無駄にされると困るからな」
戸惑う俺を尻目に彼女は俺の下腹部あたりに下ろしていた腰を少し上げる。そのまま彼女の形の良い腰を守っていた鎧のような鱗へと手を掛け器用に外して見せた。当然、俺の目の前に彼女が身に付けている男のロマンが晒されることになる。それはシルクで出来ているのか上品な装飾が施されながら艶やかに光を反射しながらも、既にぐちゃぐちゃに濡れて染みを作っていて、本来の色を推察することしか出来ないような状況だった。自然、俺は彼女の欲情の証拠をしっかりと刻み込んだ薄布に、理性をかき乱されてしまい…ごくり、と咽喉が鳴るのをはっきりと俺は自覚した。思わず唾を飲み込んでしまった俺の事を見抜いてか彼女は笑って、俺のズボンに手を這わせた。岩も切り裂くといわれる竜の爪にずたぼろにされたズボンが抗えるはずも無く、あっさりとパンツごと切り裂かれ、俺の息子が外気に触れる。…そしてそれはさっき暴発したにも関わらず、すでに痛いほど張り詰め自己主張しつづけている。
「今からこんなにしてたらまたもたなくなってしまうぞ…?」
嗜虐的に笑いながら、びくびくと震える俺のこらえ性の無い息子にそっと彼女が手を添える。それだけで身体の中に奔る快感が俺の我慢の許容量を超えそうになった。それを察した彼女がすぐに手を離さなければまたあっさり暴発していただろう。
―いや、どう考えてもおかしいだろこれは…!
何度かこういった経験はあるが、俺は決して早漏ではない。結構に長持ちして娼婦を先にイかせたこともあるのだ。それなのに、彼女に掛かると手が触れただけで暴発しそうになるのは異常としか言いようが無い。俺の寝ている間に媚薬でも盛られたのかさもなくば―
「さぁ、よく見ろ。今からここがお前を貪る私の口だ」
そう言って彼女は自分の薄布にも爪を這わせ、あっさりとそれを切り裂いた。結構な値段のするモノだろうに、と感心する間もないまま、俺の目は彼女のソコに釘付けになってしまう。彼女の傷一つ無い肌に一筋走るソレ。そこから涎のようにドロドロと少し白濁した液体が漏れている。そこに彼女は手を当て、人差し指と薬指で開いて見せた。くぱぁ、と言う効果音が聞えてきてもおかしくないほど、中は愛液でどろどろになっていて、今も尚、奥からどろどろと愛液が湧き出ている。見られているのが興奮するのか彼女が荒く息を吸う度に、彼女の膣の中が蠢き、奥へ奥へと誘う様に律動していていた。
―見ているだけで理性が奪われてしまいそうになるほどの光景だ。
「分かるか…?さっきのキスと胸だけで私もこんなになっているんだ…。そしてお前は、目の前でお前を待ちわびているここに山ほど自分の子種を出すことが出来る。人間のメスとの交わりのように遠慮することは無い。お前は私のものであると同時に、ここはお前だけの場所なのだから。……ここまで言わせたんだ…勿論、責任は…取ってくれるな…?」
「取らないって言っても無理やり取らせるんだろうが…!あぁ、取るよ!取ってやるよ畜生!」
完全に主導権を握られてしまったのを自覚して半分自棄に近い気持ちに従ってそう言い放った。正直、中を見せつけながらそう聞くのはかなり卑怯な手段だと思う。断れるはずも無い。まぁ、見せ付けられなくとも断れるかどうかは分からないわけだが…。
それにしても、彼女に完全に主導権を握られて好き勝手されているのは悔しくないんだが…しかし、悔しくないと思う自分が完全に彼女に参ってしまっているのを嫌と言うほど自覚して悔しい。矛盾しているようだが、それが俺の偽りの無い気持ちだった。
「当たり前だ。人間ごときに拒否権は無い」
俺の答えに満足したのか、突き放すような言葉とは裏腹に彼女は嬉しそうに笑った。そのまま俺に中を見せ付ける格好のまま腰を下ろしてくる。その先にはさっきからびくんびくんと我慢の聞かないクソガキのように自己主張している俺の息子があって…その視覚情報だけで既に暴発してしまいそうなほど俺は限界近かった。それは彼女も同じなのかはっきりと近づいてくる膣はまるで期待に震えているかのように、さっきよりも強く律動していた。
―じゅぶ。
それはまるで水を吸いまくったウレタンに指を押し付けたかのような音…とでも言えば良いのか。正確にそれを知覚する前に俺の脳は焼ききれた。―無論、快感に。
「あああああああああっ!」
「んっっくぅぅっ♪」
―最初に感じたのは熱で次に感じたのは窮屈さだった。その窮屈さが一瞬で密着感へと代わり、熱は燃えるような快感に変わる。
俺の息子に密着しながら、僅かな隙間も許さないように密着し、同時に律動する膣が、奥へと誘う。まるで沢山の舌で舐めあげられているような感覚が俺を支配し、腰を快感で痙攣させた。
恐らく耐えられたのは0.1秒も無い。快感を快感だと正確に知覚する前に俺の我慢は決壊し、彼女の膣の中へ精液を放っていた。
「来たあああああああっ♪」
―イった。そのはずだった。
男の射精は普通、数秒で終わり、そこからは快感は一気に下落し、所謂『賢者タイム』へと移行する。しかし、それが一向に来ない。下落するはずの快楽は下落の途中でまた引き上げられ、射精へと導かれてしまう。まるで終わらない射精のように連続して 射精し続ける。
「精液出っぱなしぃ♪一杯来てるぅぅぅ♪」
―普通はこんな射精なんて出来るはずがない。並の男ならとっくの昔にからっぽになっている。
ぐじゅぐじゅと愛液をとめどなく漏らす。彼女が息を吸う度に彼女の膣と息子は密着し、彼女が息を吐けば空いた隙間を埋めるかのように突起が俺の息子を撫で上げる。息子の先と触れ合うこりこりした唇のようなものが常に吸い付き、息子から精液を吸い上げていく。変わりに彼女の子宮から息子へと降り注ぐ愛液は強い熱を持ち、触れた部分に疼く様な熱を残していく。
そんな名器が相手とは言えここまで連続して射精できるなんて普通じゃない。俺は一体、寝ている間にどんなことをされたのか…!
「こんなに沢山出すなんて反則だぞ…っこの早漏めぇっ♪」
肩で息をしながら真っ赤になった顔で快楽に叫ぶように彼女はそう言った。今まで僅かに欲情に濡れた目を向けることがあったが、今の顔はそれと非ではない。熱を自分でも制御できないのか口をだらしなく開き、目だけでなく表情も快楽に蕩け、興奮の所為か汗を流し、あれほど甘かった体臭がさらに甘くオスを誘うものになっている。
―その姿は『暴君』ではなくメストカゲと言う方が似合うだろう。『地上の王者』とまで言われるドラゴンの意外すぎる姿がそこにはあった。そしてそれを引き出したのが俺自身だということがさらに興奮を加速させていく。
「またぁっ♪動いても居ないのに太くなって、どんどん来るぅぅ♪出しすぎだぞ…この早漏っ♪」
「早漏って言うなっ!そっちが気持ちよすぎるのが悪いんだ…!」
こっちだって出したくて出しているわけじゃない。足腰は既に射精するだけの器官になってしまったのかまったく力が入らず、まるで腰が砕けてしまったような感じさえする。力が入らないだけではなく、足の先の感覚が少しずつ消えていくのが分かった。代わりに、彼女から流し込まれる快楽が俺の全身を駆け巡っていく。
「大体…!そっちだって感じまくっているだろう…!」
「当たり前だ…♪メスとしての私は今、最高に幸せなんだぞ♪」
少しでも快感を散らしたくて言い放った言葉を彼女は怒ることなく、蕩けた顔で本当に幸せそうに微笑んだ。
「まさか私が人間と出来るなんて思っても見なかった…こんなに幸せなんて思っても見なかったんだ♪しょうがないだろう…っ♪」
そのまま彼女は下ろしたままの腰に力を入れる。息子と密着していた子宮口が離れたくないとばかりに吸い付き、彼女の膣自体も離れる俺の息子を逃がさないようにさらに強く律動する。しかし、それでも主の意思には逆らえないのか、俺の息子は彼女の膣から少しずつ吐き出されていく。…っていうか、おい。まさか…!
静止の声を上げようとする俺の言葉を遮るように彼女は俺をとろけた表情のまま見下ろし、見せ付けるように快楽に震える太ももを開く。ぐじゅぐじゅと今も尚、快楽に振るえ、貪欲に俺を貪る彼女の一部を目の当たりにし、咽喉元まで出かけたその言葉は飲み込まれた唾と共に俺の腹へと降りていく。そんな俺とは違い、快楽に蕩けながらも、最高の悪戯を思いついた子供のような表情で彼女は宣言する。
「これはぁ私を喜ばせてくれた褒美で…んっ♪さっき人間の分際で私に偉そうな口を聞いた罰だ。遠慮なく受け取れ…♪」
そのまま彼女は再び俺の腰へと降りてくきた。同時に、僅かな別離さえも耐え切れなかったかのように膣の律動も子宮口も愛液もさっきまでとは比べ物にならない歓迎をしてくる。ぱちゅん!と肉と肉がぶつかり弾けた音を知覚したときには俺は快感で叫んでいた。
「ああああああああああああっ」
「良いぞ…っ♪その顔…!快楽で叫ぶその顔が!すごく興奮するっ♪」
一回でさえ神経が焼ききれると思うほどの快楽が体中を奔るのに彼女はそのまま何度もリズミカルに腰を打ち付けてくる。それは技巧も何も無いただの上下運動。これが平常時で、普通の相手であればなんとも単調な性交だった、と言えるかもしれない。しかし、相手は普通の相手ではなく、そして俺自身も普通とは程遠い。ただの上下運動というだけでさえ、彼女の膣はそれと相乗するかのようにより強く吸い付き、撫で上げ、快感が限界を超えてしまう。そして限界を高まる快感が神経を快楽を受け取ることに敏感にさせていく。
―ぱちゅんぱちゅんと肉の弾ける音でさえ耳から快感を流し込まれているように感じ、
―目を開けば彼女が蕩けた表情で必死に腰を振るっている姿でより興奮する。
―触覚は既に限界まで快楽を貪ろうと息子に神経を集中し、
―嗅覚は彼女の体臭で一杯になりそれ以外を感じなくなる。
―そして味覚も
「んんっ♪」
興奮しきった彼女の顔が近づいたかと思うと再び舌で口内が蹂躙される。しかし、今度は快感を引き出したり遊ぶものではなく、まるで恋人のように舌と舌をひたすら絡ませあう。快感でぎこちなくなる俺の舌の動きも、彼女の舌は受け入れ、まるでワルツを踊るようにお互いの口内を行ったりきたりし、お互いの舌の潤滑油となっている唾液が流し込まれたり流し込んだりする度にお互いの味覚を支配し、彼女の味がより俺の限界を高めていく。
彼女の前言通り俺の全ては彼女に貪られ、全て支配されていくのが分かった。しかし、それが怖くない。今も、恐ろしいほど気持ちよく、射精は続いている。下落することの無い快楽が既に神経を限界近くまで酷使しているのは何となく感じることが出来るし、死の気配を間近に強く感じる。しかし、それでも、怖くない。それは彼女が居てくれるからか、それとも快楽で脳まで焼ききれたのか今の俺には分からないが…恐怖ではなく寧ろ安心感さえ感じるのはどういうことなのだろうか。
「ふふ…現金な奴…♪キスをしたらもっと大きくなったぞ…♪こんなに精液がびゅっびゅって子宮を何度も叩いて、こんなに気持ちよくなっている癖にぃ…♪」
「止まらないんだ…仕方ないだろう…!」
この時、既に俺の体は俺の体ではなくなっていた。俺がどうあがこうとも指一本動かすことが出来ず、快楽で蕩けた肉体はただ、彼女から与えられる快感にのみ反応するだけだ。まるで爪の先まで彼女に完璧に支配されているような感覚が俺を包んでいる。
−だから、悪いのは俺じゃない。気持ちよすぎる彼女の方だ。
「私も…気持ちいいのが止まらない…♪分かるか…?さっきからお前のをぎゅっぎゅって締め付けているのが…♪」
そう言いながら彼女は自分の下腹部に手を置く。自分の手が置かれただけで強く膣を意識したのか、さらに中の律動が激しくなった。
「お前の精液が私の子宮を叩く度に私も…イっているんだぞ…♪こんなに…何度も何度も…お前が出すからぁ♪」
その言葉と共に彼女は尻尾を俺の脚へと絡ませる。まるで絶頂前に足を絡ませるように絡まった尻尾だが、それと反比例するかのように彼女の腰の動きは激しく強くなっていく…!
「だから…こんなにおっきい波が来るんだぁ…♪…大きい波が来るぅ♪おっきいイくのが来るぅぅ♪下等な人間のモノで…お前のでイくんだ…♪見てくれっ♪」
見せ付けるかのように俺の目の前で痙攣し、暴君としてのカリスマも何もなく、蕩けていく彼女の姿に触発されたのか俺の体にも今までにない強い快感が走る。今までの射精がまるでただのカウパーであったかのような勢いで、行き場を求める精液が集まっていくのを感じる…!
「イッ…………くうううううぅぅぅ♪」
「あっぐっうううううううううううう」
弓なりに背を逸らし、全身で快楽を受け止めているかのように痙攣しながら彼女はイった。膣の中は痛いくらいに締め付け、イッた後でさえ強欲に絞りだそうと律動を止めることはない。今まで山ほど出していた精液を一滴も漏らしていなかった彼女もついに限界を迎えたのか。お互いの結合部からはさっき俺が出したのであろう白濁した精液がどろりと流れ出ていた。俺自身、もうさすがに彼女に流し込む精液は打ち止めなのかさっきのアレで射精は止まっている。…それでも尚、萎えないのが自分でも不思議でならない。俺は本当に何になってしまったのか。
彼女は痙攣したまま数秒弓なりの姿勢を維持し、痙攣が治まるのと同時にまるでアンデッドであるかのようにゆっくりとした動きでこちらへと体を委ねるように倒してくる。吐息は荒いが今までの欲情から来る荒い吐息ではなく、どこか満足そうな色を感じたのは俺の気のせいなのだろうか。
そのまま数分ほど彼女の体重を感じながらお互いの心臓の鼓動と荒い吐息だけを感じるような時間が続く。お互いに何も言わず、ただ身体を支配する気だるさに従って寄り添う。それはなんとも言えない感覚だった。それは全力を出し切った時の気持ち良い疲労感にも似ているし、子供の頃、気になっていた女の子へちょっかいをかけていたあの胸の高鳴りにも似ている。けれど、俺はそれが何なのかまだはっきりと理解できなかった。恐らく…俺の胸に身体を預けている彼女も似たような感覚に支配されているのだろう。なんとなくそんな確信がある。
そんな出会ってから今までで一番、穏やかな時間に終わりを告げたのは「ふふっ」と笑った彼女の笑い声だった。
「幸せだぞ…♪私は…♪」
そう言って彼女は俺の胸に指を這わす。それは今までと同じように熱を伝えたが疼くようなそれではなく、ただ、恋人同士がやる睦事のように、甘いものだった。そのまま蛇が這うような軌道を残し、悪戯のように汗に塗れた俺の胸に噛み付いてくる。甘噛みされたその部分はまるで彼女自身の所有物の印であるかのようなアザと痛みを俺に残した。
「お前は…どうだ…?」
「俺は…」
気持ち良いか、否かだったら、間違いなく気持ちよかった。しかし、幸せか否か、と聞かれれば…少し考えなければいけない。
男としてはどっち着かずである。やはり男のプライドとして女を気持ちよくさせたいというものがある。まして、俺はどちらかといえば、鳴くより鳴かせる方が好きなのだ。だけど…と考え彼女の顔を見る。
−こちらを見下ろす彼女の目に少しばかり…本当に少しではあるけれども不安そうな色があるような気がした。
「俺も…幸せだよ」
少なくともこれだけの美女にこれだけ気持ちよくされたんだ。プライドどうこうは横に置いておくべきだろう。ましてや…不安な顔をされるのであれば俺のプライドなんてちっぽけなものだ。俺の道を決定付けた英雄も「女を泣かせる外道は女の敵なのは確定的に明らか」と言っているしな。
「そうか…♪」
瞳に少しだけ嬉しそうな色を浮かべて、再び彼女は俺の胸に顔を埋める。心臓の辺りに彼女の耳が当たる形になり、俺の早い鼓動が彼女へと伝わっているはずだ。…そう考えると少し気恥ずかしくて身じろぎしようとするが、いまだ体に力は入らない。何時もどおり、仕方なく諦め、彼女のなすがままになる。
「少し休憩したら…またしよう。何度も何度も…子供が出来るまで。出来ても…何度も何度も。もっとずっと…お前を幸せにしてやる…♪」
そう呟いて…また軽く噛み付いた彼女から、きっともう二度と俺は離れられないんだろうな、と諦めて目を閉じた。下腹部では呟かれた彼女の言葉により期待を募らせたのか、まだ繋がったままの息子が少しずつ活力を取り戻し、打ち止めだと思っていた精液が集まってくるのが分かる。
−この快感の嵐とも言うべき宴はまだまだ終わらないらしい。
BAD END
〜おまけ〜
何十度目かの射精を終えて流石に疲れたのか人間は眠り始めた。体感時間ではそれほど経っていないが、財宝の山の中に埋もれる金の時計に目を向けると既に人間が目を覚ましてから半日が経っていたらしい。
−通りで私の腹も膨れているわけだ。
まるで妊娠したかのようにぽっこりと膨らんでいる腹を擦り、思わず笑みを浮かべてしまう。これだけ搾り取れば妊娠しているかもしれない。元々異種同士の交歓であり、ドラゴン自体が強力な固体であるため妊娠できる確立がさらに低いで油断は出来ないが。これからも毎日、これだけ注いでもらえば私が孕む日も近いだろう。
快感に鈍る足に力を入れて、人間のモノから離れようとする。しかし、私の口は私自身より貪欲なのかモノへと吸い付いて若干の抵抗をする。それでも力を入れると諦めたのかゆっくりとだが、人間から離れ始めた。同時に栓がなくなった為かごぽりと私の膣から精液が流れ出していってしまう。勿体無い、と、掬い上げようとしたが掬い上げたところでどうにもならないことに気づいて手を止める。
どうせ私の下着はあの一着しかない。掬い上げて塗りたくったところで精液が零れ落ちるのを止める防波堤は私自身の手で壊してしまったのだ。かといって、人間のモノで栓をすると……その、また身体に火が灯ってしまいそうな気もする。それに疲れているであろう人間の上に私が乗ってしまえば寝苦しいだろう。…決して私の体重が重いというわけではないが。
そんなことを考えながらぼろぼろになった上着に手をかける。これも最中に私が破き、既に衣服としての役割を成していない。とは言え、衣服を身に着けていたのは別に羞恥心があったり人間のメスがよくやるようにファッションのためではないから問題ないのだが。元々は母が私に人間のオスはこういうものが好きだとプレゼントしてくれたものだ。最初は半信半疑だったが、横に眠る人間の興奮っぷりを見るに母の言っていたことは正しかったのだろう。しかし、これからは起きたらずっと繋がりっぱなしの生活を続けるのだ。衣服などなくても興奮させればいいだけである。
−それにしてもこのオスはずいぶんと子供っぽい寝顔をする奴だ。
どうやら私たちドラゴンは不機嫌になるだけで人間に死の恐怖を感じさせてしまうらしいが、あの時、唯一、その死の恐怖を振り切って私の前に立ったオスとは到底、思えない。唇の端からは涎が流れているし、どんな夢を見ているのか、時折いやらしそうに笑っている。−後で追求するのを忘れないようにしよう。
しかし、そんな男でも唯一、私の前に立ち、殺さない程度に威力を弱めていたとしても私の必殺のブレスを防いだオスなのだ。今まで何度も人間がやってきたが、私が少し睨み付けるだけで皆蜘蛛の子を散らしたように去っていく。「所詮、人間とはこの程度なんだな」と思うのと同時に、少しばかり寂しさを感じていたのは否定できない。
−しかし、このオスは私の前に立った。死への恐怖を振り切って、自分だけ逃げ出せる権利も投げ出して、ただ、プライドと仲間を護る為に。
正直に言えば嬉しかった。下等だ下賎だと見下していても私たちの本能は人間のオスを求め続ける。どれだけ威嚇しても、寂しさで自分を慰めた夜は数えいれない。しかし、私自身のプライドと、人間の本能的に感じる恐怖がその夜を重ねさせていく。だが、この男はそれを乗り越えてくれた。それは私のためでも、自分のためでもなく、仲間のためだというのは分かっている。けれど、それが嬉しい。それほどの信念を、心の強さを持つオスが私の手にあることが、嬉しくて仕方がない。
−母もこんな気持ちだったのだろうか。
自分でも気づかないうちに財宝の山へと投げ出されている古びた本へと目線が流される。
アレは日記帳だ。父と結ばれ、私を生み、この場所を私に譲って新しい新天地を求めて父と旅立った母の。ドラゴンの中でも強力な力を持ち、人間も魔物も見下して、一人孤独にこの場所にいた母が、ある日迷い込んだ父と結ばれ、その認識が改められていく経緯が余すところなく記されている。私は母からそれを聞かされ続け、その日記帳をバイブルとして育ってきた。母は私に人間を見下し過ぎるのはよくないと口を酸っぱくしていっていたが、私はそれを聞かず、もっぱらこの日記帳を読むのは母の武勇伝を知るためと、ちょっとした一人遊びの参考資料が殆どだったのだが。
そして母は、この日記帳の中で何度も「幸せ」という言葉を頻繁に使っていた。特に父と出会ってから色々な言葉を覚えた母は、頻繁に「幸せ」であると日記に記している。私はずっとそれが分からなかった。何度も父や母に聞いたけれど、「それは自分で見つけなさい」と言って教えてくれなかったが…今ならば分かる。私の感じている感情。これがきっと「幸せ」なんだ。
−そうだ。母が残してくれたように私も日記を書こう。
そしていずれ生まれてくる子供に読み聞かせてやるのだ。もしかしたら私の子供も私と同じ轍を踏み、人間を見下すだけになるかもしれない。「幸せ」を理解できないのかもしれない。しかし、それでも私がこの母の日記帳に人間との接し方を学んだように、私の娘も私の日記帳から何かを学べるかもしれないから。
そうと決まれば日記帳と筆記用具が必要だ。それは…多分、その辺に転がっているだろう。無ければ母がやったとおり適当に作れば良い。
そう思いながら私は台座でもあるベッドへと腰をかける。そう。これは台座だ。ドラゴンにとって最高の宝物を置くための。これのかつての持ち主である母にとって、ここに置く宝物は私と父だった。今の持ち主である私にとっての最高の宝物は…少しばかり五月蝿いいびきをかきながら眠っている。一人では寂しくて使えなかったこの台座も、これからは存分に使えそうだ。…ちょっと汗と愛液と精液でぐちょぐちょになっているのが見るからに寝心地が悪そうだが、特殊な魔術が刻み込まれたこのベッドならば少しすれば全て吸い取って、ふかふかな感触に戻るだろう。
−しかし…私も疲れたな。
流石にドラゴンと言えど半日ぶっ通しでヤり続ける体力は無かったらしい。ましてや一応、初体験となる私にとっては何もかもが新鮮だったのだから。
−まぁ、それはこの人間にとっても同じなんだろうが。
人間の傷を治すついでに、沢山子種を出してもらおうとインキュバス化の薬と人魚の血を飲ませておいたのだが、どうやら効きすぎてしまったようだ。射精が止まらず、初めての快感で戸惑っている顔を見せていた。それがまた私の中の嗜虐心を満たしていたのがこのオスにとって不幸というべきか。しかし、その分、あれだけ射精するくらい気持ちよくなったのだから寧ろ+なのかもしれない。いや、きっとそうだ。そうに決まっている。
そう自分を納得させていたらオスが少し呻いた。さっきまで幸せそうにしていたのに、何でこんなタイミングで呻くのか。まるで私が悪いようじゃないか。そんな八つ当たりのような気持ちに従って大の字で寝ているオスの隣に寝転んで右腕を抱きしめてやる。これで明日、このオスの腕は痺れに痺れて動かすのが大変になるだろう。母もよく父にやっていた我が一族に伝わる必殺技である。
そのまま身体をゆっくりと飲み込んでいくような眠気に従って目を閉じた。身体が沈み込んでいく感覚に支配されきってしまう前に抱いた腕に少しだけキスし、私の印を残しておいてやる。
―これからもずっと…一緒だぞ…私の宝物。私だけのオスよ…♪
12/08/13 12:53更新 / デュラハンの婿