連載小説
[TOP][目次]
period 2
「ねぇ、イロハ。そろそろ私にこの街を案内してくれても良いじゃない?」
 この世ならざる美貌を持つ少女、ミレニアにこのように迫られたのは、一体いつの事だったろうか。
 その時、いろははかなりいい加減に対応したものである。ああ、いつかそのうちな、と。
 いろはは、その時の対応を後悔するとともに、このミレニアという少女の性格を見切れなかった当時の自分を呪っていた。
 そのせいで彼は今、別に来たくもない観光名所を訪れ、特に詳しくもないのに案内をさせられているのだから。
「えーっと、ここが東京タワー。家から見たよな? テレビ塔だったかなんかだよ」
 今日、彼は東京タワーに来ていた。もちろん、傍らには薄青のワンピースを纏ったミレニアの姿もある。彼女の極上の絹の如き銀髪と、紅蓮の炎を思わせる宝玉じみた双眸はここでも人目を惹いている。
「正式には、集約電波塔と呼ばれます」
 実用施設であり、また観光名所でもあるわけですね、といろはの隣の渚が答える。今日の彼女は見慣れた制服姿でも袴でもなく、質素な白い上下を身につけている。その長い髪を止める可愛らしい髪留めが、隙なく着こなした上下のコーディネートの中で唯一、背伸びしたお洒落の印象を与えていた。
 ミレニアだけでなく渚もこの場に居るのは、所謂埋め合わせである。この間、いろはが途中でキャンセルしてしまった一緒に帰る約束の代わりという事で、一緒に来ないかと誘ったのだ。
 しかし、どうやら渚はいろはと二人きりの状況を想定していたようで、待ち合わせ場所では妙に固まった表情で「ミレニアさんも居るんですね……」と言っていたが。
「だそうだぞ」
「もう。ちゃんとイロハが案内してよ。地元なんでしょ?」
「地元っつってもなぁ。東京タワーなんて一回も来たことないし」
 東京タワーはおのぼりさんの行くところ。そう言って、一度もタワーに上った事がない都民は意外と多い。いろはは別にそんな特別な感情など抱いてはいないが、別段高いところが好きな訳でもない。行く理由が無かったから行かなかった、という程度である。
 だが、渚はどうやら一度来た事があるらしい。他の観光名所にも詳しいみたいだし、今日の案内は全て彼女に任せてしまおうか、等といろはは無責任な事を考えていた。
 言葉を交わしながら、いろは、ミレニア、渚の三人はそろってエレベータに乗り込む。売店の方は込み合っていたがエレベータに幸い他の乗客はおらず、三人は雑談を継続した。
 ぐん、とエレベータが上昇し、まるで体重が増えたかのような縦Gが三人にかかる。
「わ! なんだか不思議な感覚ね」
「ん? お前は慣れたもんだと思ってたよ」
 何故なら、彼女は異世界の王女。人ならざる異形をその身に宿す悪魔の王女なのだから。
 本来なら、こんな塔になど登らずとも自前で空などいくらでも飛べてしまうのである。
「あの時も散々飛んで――」
 そこまで言った時、いろはの足に激痛が走った。
「痛てッ!?」
「あら、ごめんなさいね」
 見れば、ブーツに包まれたミレニアの足がいろはの足を踏んでいる。それもご丁寧にねじりまで加えたようだ。
(あのね。私の事を内緒にしろって言ったのは貴方でしょう?)
(すまん。でもだからって踏まなくてもいいだろ)
 流石は王女。体重の乗った良い踏みだった。
 これがヒールで無くて良かった、といろはは安堵する。ヒールでやられていたら、間違いなく足の甲に穴が開いていた。
 ちん、と音がして、エレベータが展望台に到着した。
「おお、なかなかに絶景だな」
 そこからは東京の街並みが一望できた。いつもならビル群に邪魔されてしまって見えない町の果ても、ここからなら眺めることが出来るのだ。
 今回の観光に乗り気でなかったいろはさえ、展望台からの眺めに思わず嘆息する。
 天気の良い日を選んで正解だった、といろはは思った。
「天気が良くて良かったですね、先輩」
 前来た時は曇ってたんですよ、と渚が言った。彼女もまた、何処までも続く人の町に眼を奪われている。
 地上では見慣れた場所も、空から見下ろせばまた違った趣を感じさせる。その事実は、何となくいろはに岡目八目という四字熟語を思い起こさせた。
 だが、今日の主賓であるはずのミレニアは、ガラスの外に広がる景色を眺めて形の良い眉をひそめてしまった。
「ん、どうしたミレニア?」
「どうしたって程の事でも無いけれど……こちらに来てすぐにも思ったことだけど、この国は本当に建物だらけね」
 勿論豊かなのは良い事だけれど、とミレニアは付け足す。
「ああ、お前の住んでた場所はそんな事はないんだっけ」
 確かに、中世のような石積み等で作られた建物や街に比べれば、今日の東京の街並みは無骨で無粋に見えてしまうだろう。
「そうね。大きな建物もあるけれど、こんな天を貫くような無粋な事はしないわ」
「えっと……ミレニア先輩はどちらにお住まいだったのですか?」
 自前と思われる双眼鏡を手にした渚が、首をかしげて問いかけてきた。流石は二回目。設置してある双眼鏡が全て有料であると知っての準備であろう。いろははそこまで考えが回らず、デジカメしか持って来ていない。
 それはそうとして、いろはは渚の問いに何と答えようか迷ってしまった。いろはとミレニアはクラスが違うため、ミレニアが転校時に名乗った“設定”を知らないのだ。
 しかし、流石はミレニア。いろはの微妙な表情の変化だけでその窮状を見抜き、適切な助け船を出してくれる。
「私はさる小国の貴族の血を引いているの。ああ、自慢だと思わないでね。私は身分の違いとかそういったものを口うるさく言うタイプではないから」
 なるほど、上手く言ったものだ、といろはは思った。確かに、彼女の生まれ故郷も国であることに変わりは無く、また貴族の血を引いているのも間違いは無いだろう。
 問題はその国が異世界にあり、また彼女がその国の王家の血を引いているという事だが――それはここで言う必要の無い事だ。
「そうなんですか……。綺麗な髪をしておいででしたから、もしかしたらとは思っていましたが……」
「ありがとう。この髪を褒めてくれたのはこちらでは貴方が二人目よ」
 皆私にかける賛辞はテンプレートなのよね、とミレニアは言った。そりゃテンプレートにもなるわ、と一緒くたに切って捨てられた連中にいろはは同情する。
 そのいろはの表情をどう勘違いしたのか、くす、とミレニアが笑いかけてきた。
「あら。もちろんイロハは別よ? 貴方は私の特別だもの」
 その瞳は蠱惑的で、その笑みは悪魔的。風も無いのに揺れる長い銀髪は幻想的でさえあった。
 この娘を知らない者であれば、一瞬で虜にされてしまいそうな、誘う媚態。だが、いろはは美しい花には鋭い棘がある事を知っている。その棘は、刺されても痛まぬ程鋭く、また一度刺されば抜けぬ類のものである事も。
「止せ。よりにもよってこんな公衆の面前で」
 東京タワーの展望台ともなれば、そこそこの客足だ。いろは既に先ほどから不愉快な視線を幾つも感じていた。絶世の美姫がそれほど熱を上げる相手とは、一体どれほどの男なのか――値踏みする側は良いかもしれないが、される側が愉快な訳が無い。
 だが、いろはにとって不幸なことに、ミレニアはそういったことには無頓着な娘だった。
「良いじゃないの。どうせならもっと見せつけてやりましょう? 愚昧な輩の無粋な視線を受けても、悠然と微笑み返すのが王者の器よ?」
「どこの常識だそれは。そもそも俺はただの庶民だ」
 そんな会話を交わしていても、傍目には小声で愛の言葉を囁き合っているように見える。
「私が見初めた人ですもの。立派な王にしてみせるわ。安心して」
 耳たぶを甘噛みするようにそう言ったミレニアに、安心できねぇ、といろはは心の中で呟くのだった。


 ◆◇◆◇◆


 青々とした冬空。薄い雲が空を彩り、夏ほど眩しくない太陽が地を照らす。
 その蒼穹の中に、彼女は居た。太陽を背負うように、雲に立つように、彼女は立つ。
 ひどく美しい顔と、白く珠のような艶を持つ美麗な肢体。紡ぐ声はどんな引き手が紡ぐ音楽よりも透明に澄んだ美声だった。
「ふん。地平まで広がる灰色の平野――確かに異形の町だな」
 腰まで届く藍色の髪に澄んだ宝石の青い瞳。冬だというのに露出の多いその姿は、良く見ると服ではなく緑の鱗や甲殻で覆われていた。その中でも一際眼を引くのは、背に負った巨大な翼と力強い尾。その髪をかき分けて天を向くは、黒い光沢を持つ一対の角であった。
 明らかな異形の姿。俗に竜と呼ばれる怪物の特徴を人に当てはめればこうなるか、といった出で立ちだった。
 しかし、その異形が周囲の目を集めることは無く、その自然な美貌が周囲の注意を引く事もない。
 なぜならば、彼女が今居るのは足掛かりも何もない空中であったからだ。
 背中の翼は伊達でもなんでもなく、人間と同じ大きさの彼女を支えるに足る力を持っていた。
「もしかすると、此処ならば我が力を超える者も居るやもしれん」
 口ではそう言いながら、彼女は既に口元に笑みを浮かべていた。獰猛に目を細め、口角を歪めての笑い。
 彼女が遠路はるばる此処までやってきた理由――昔の既知が、この地にて初の敗北を得たという噂を思い出したのだ。
 既にその既知は見つけている。姿を確認せずとも、自身の身が感じる力の波動とでも言うべきものがそれを伝えてくれた。
「感じるぞ、ミレニア――」
 来る闘争の予感に、彼女は一直線に力を感じた場所へと向かっていくのであった。


 ◆◇◆◇◆


 ものすごい速度で突っ込んでくるそれが見えた瞬間、いろはは傍らに立つ渚の体を抱えて身を投げ出していた。
「きゃあ!?」
 渚の悲鳴、がしゃん、というガラスの割れる音。続いて、沢山の人々の悲鳴。
 東京タワー展望台は一瞬にして混乱に陥った。大勢の人間が一斉に動く気配がする。
 降り注ぐガラス片から守るため、しばらく渚に覆い被さっていたいろはだったが、背中にガラスの感触が無くなってすぐに飛び退く。
「逃げろ!」
 止むを得なかったとはいえ、乱暴に過ぎる回避方法だった。まずは謝るべきかとも思ったが、いろはの口から出たのはそんな言葉だった。
 いろはの眼が正しければ、最早一刻の猶予もない。
「む。結界の類か。しかし、それにしては脆すぎる気がするが」
 逃げろ、ともう一度渚に告げ、いろはは振り返った。そして、いろはは自分の眼の正しさを呪う事となる。
 まずいろはの眼に飛び込んできたのは緑の翼だった。続いて、この世ならざる美貌の女を見つける。その女はまるで竜のような姿を持ち、しかし全体のシルエットとしては間違いなく人であった。
 彼女は、その青い眼でまっすぐにいろはを見つめる。
「ふむ? 私を見て恐れ慄かないか」
 その異形の容貌に、いろははミレニアと初めて会った時の事を思い出す。
「ミレニア!」
「はーい。この身は御身の傍に、と」
 流石はミレニア。彼女もまたいろはのすぐそばに居たはずなのに、あの奇襲とも思える竜の突撃から無傷で生還していた。それどころか、薄青のワンピースにも汚れ一つ付いていない。
 しかし、どうやらあの竜の急襲の標的は渚といろはだったようだ。幸いなことにあの突撃による負傷者は出ていないらしい。
「逃げ切れるか?」
「多くて半分、と言ったところかしらね」
 言葉少なに尋ねたのは、この場の人間がどれだけ逃げ切れるか、という質問だった。
 しかし、予想以上に芳しくない答えに、ちっ、といろはは舌打ちをする。だが、それも道理。ここは地上から遠く離れた上空の揺り籠なのだから。翼無き人間に、ここから速やかに離脱する手段は無い。
 案の定、いろはの背後ではエレベータをめぐってのいさかいが起きているようだった。
「どうするの? 貴方一人なら安全に地上に下ろしてあげられるわよ?」
「いや、いい。それより、あの混乱をどうにかしてくれ」
「流石ね。それでこそ私のイロハよ」
 そう言い、ミレニアはエレベータの方へ指を振った。ただそれだけで、あれほど殺気立っていた人の群れが徐々に統率の取れた動きをするようになる。ミレニアの力――夏休みにはいろはも散々苦しめられた超常の力である。
 見たところ、展望台にいた人たちは全員、エレベータに殺到したようだ。しかしそのおかげで、展望台のこちら側は開いている。
 いや――一人だけ例外がいた。
「渚ッ! 早く逃げろッ!」
「今行ってもどうせ逃げ切れません。先輩、戦う気ですよね?」
 なら私も一緒に戦います、と渚は言った。その手には何処で見つけてきたのか、清掃用モップの柄が握られていた。
 バカ、止めろ、といろはは思う。今は相手がこちらの様子を見ているだけだからまだいいが、いつ動き出すか解らないのだ。
「もしや、お前たちは私の邪魔立てをするつもりか?
 ミレニア。もしやとは思うが――」
「そうよ。ニファ。彼はイロハ。私を破った男」
 ミレニアがそう告げた瞬間、ニファと呼ばれた女の顔が愉悦に歪むのを、いろはは確かに見た。
「そうか! お前がこのミレニアを破った男か!」
 ばさり、とニファがその巨大な翼を広げる。来る、と直感的にいろはは悟った。
 次の瞬間、いろはとニファは交錯した。
(何て速度だ!?)
 今回はなんとか避けたものの、次も避けられるとは限らない。“彼女”たちはいつもそうだが、何と言うデタラメな能力だろうか。
 だが、これでニファの注意はいろはに向いた。場の全員が逃げ切るくらいの時間は稼げるかもしれない。
「殺す気かっ!?」
「この程度で死ぬタマではあるまい!」
 甲殻と爪に覆われた掌による裏拳、それをフェイントに代えてのラリアットもどうにかいろはは跳び退る事で躱した。しかし、そのせいで貴重な逃げ場を失ってしまう。
 もう、飛び退いての回避は使えない。いろはの背中を冷たい汗が伝ったその時――。
 救いの手は、意外な所から入った。
「せいッ!」
 裂帛の気合が冬の張り詰めた空気を切り裂く。それと共に渚の手に握られたモップの柄がニファの手と面を鋭く打ち据えた。試合では無いのだから声は必要ないのだが、その声にすら相手を威嚇する威力が秘められているようだった。
 流石は一年生筆頭。しかし、その剣には未だ実戦の経験が足りない。
「渚! 避けろ!」
「え――きゃあッ!」
 残心の最中に打擲された渚は宙を舞い、エレベータのドアに打ちつけられた。
 だが、そちらを見たいろはは気づく。エレベータの前に既に人だかりは無く、その位置を示すランプは既に到達している事を示している――。
 いろははニファに殴りかかりながら叫んだ。
「もう良い! さっさと逃げろ、渚!」
「でもまだ先輩が!」
 渚は身を起しながら叫び返す。その手には、未だモップの柄を握ったままだ。
 打擲と激突、同時に二度も衝撃を味わったはずなのに、その精神力は驚嘆に値する。
 だが、渚の事を思えばこそ、いろはは鬼にならざるを得ない。激しく振るわれるニファの両腕をなんとか捌きながら、いろはは叫んだ。
「俺は大丈夫だ! 後はお前だけなんだよ!」
 それは、言外に足手まといだと言っているのに等しい。だが、それは偽らざるいろはの本心であった。
 今渚に酷い男だと思われるのと、今渚を永遠に失う事――天秤にかけるまでもなく、いろはは前者を選ぶ。
「ナギサ。イロハなら平気よ」
 先ほどまで魔法だか呪術だかの妖しげな力で人々の暴動を抑えていたミレニアが、渚に諭すように言った。渚が残ったままだからか、未だ真の姿を現してはいない。
「でも、このままじゃ先輩がっ!」
「ナギサ」
 もう一度ミレニアに諭され、渚は渋々といった体でエレベータに乗りこんだ。打ちつけられた身体が痛むのか、その動きは少し緩慢だ。
「……。せめて、これをお持ちください」
 エレベータのドアが閉まる直前、渚は持っていたモップの柄を投げた。それは放物線を描いて飛び、いろはの手の中にすっぽりと収まる。竹刀よりも少し軽い金属性のそれを、いろはは下段に構えた。
 五行の構えの一つ、地の構え。上段に構える火の構えや中段に構える水の構えとは違い、防御の為の構えである。
「ほう。気配が変わったな」
 ニファが静かに言う。先ほどまであれほど激しく動き回っていたというのに、息も乱れていない。対して、たった数分打ち合っただけのいろはは既に汗まみれだ。それでも、いろははモップの柄を両手で握る。
 ニファは剣(とは言うものの、実質ただの棒である)を握ったいろはを警戒したのか、今までの攻勢を翻し、隙を窺うようにこちらを睨みつけてきた。
 その隙を見逃さず、いろはは相棒に言う。
「ミレニア。逃げろ」
「イロハ。貴方ならそう言うと思ったけれど、それは却下よ」
 だろうな、といろはは苦笑する。そして表情を引き締め、ともすれば震えだしそうになる身体に鞭を打って剣を構え続けた。
 彼の隣には、悪魔としての姿を晒すミレニアが付く。
 彼女は絶大な魔力を持つ、異界の姫君だ。もし彼女が本気を出せば、あるいはいろはが戦わずともこの場を切り抜けられるかもしれない。
 しかし、それは東京タワーの……いや、東京の被害を考えなければ、という但し書きが付く可能性だ。ミレニアに本気を出させ、かつニファと名乗ったこのドラゴンがそれに応えれば、辺り一帯がどのような被害を被るか想像もつかない。
「さて……どうやって逃げたもんか……」
 ミレニアを戦わせず、そしていろはも(出来れば五体満足で)生き残る方法。いろはがそんな難問の答えを見つける前に、ニファが突っ込んでくる。
 次の瞬間、再び両者は激突した。


 ◆◇◆◇◆


 エレベータから降り、東京タワーからも脱出した渚は、空を見上げた。
 天を貫くように伸びた鉄骨の塔、その中腹にある展望台は、その窓を大きく欠けさせている。そして、その中では今も一人の少年が戦っているのだろう。
 特別な力など何もない、何の変哲もない金属性の棒を手に、見るからに強大な異形の生物に勝負を挑んでいるのだろう。
「先輩……!」
 彼は強い。渚も幾度か互角稽古を行ったことがあるが、未だ一度も勝てていない。中学でレベルの剣道では負けなしだっただけに、その事実は衝撃だった。
 しかし、彼を観察するうちに、その強さの源が理解出来た。
 彼は、鷹崎いろはは、決して相手を甘く見ない。常に相手の出方を観察し、考察し、推察する。それ故、剣道選手としての技量で劣る相手にさえ、勝ちを拾ってしまうのである。
 実際、大会での彼の試合を観察していると、明らかに剣道の“強さ”では彼に勝る選手でも、最後には彼に敗れてしまうのである。
 恐るべきは、その勝負への執着。あくまで勝ちにこだわり、自身の技量不足すら埋めてしまうその勝負強さは、彼の最強の武器なのだ。
「負けたりしませんよね……?」
 先ほど、いろはは渚や他の大勢の人たちを庇いながら、有効打を与えられないまでも負けない戦いを演じて見せた。それは、彼が相手を観察している時特有の動きである。
 負けない。鷹崎いろはは、敵に一矢を報いることすらせず大人しく負けるような男ではない。
 ガシャン、とガラスの割れる音がした。渚ははっと目を見開く。
 彼女の視線の先では、一人の少年が東京タワーの展望台から何の支えもない空中に投げ出され、なす術もなく重力の顎に囚われていた。
「え……?」
 それは、間違いなく鷹崎いろはその人であり、その体は容赦なく地面に向かって落ちていく。
「いろは先輩ーーーッ!!」
 思わず、渚は目を瞑った。
11/12/26 22:04更新 /
戻る 次へ

■作者メッセージ
こんにちは、湖です。

今回の舞台は東京タワーです。
しかし、私が東京タワーをよく知らない田舎者のため、描写が激しく適当です(汗)
例えば、このSSでは展望台が一階分しか無いように書かれていますが、本物の東京タワー展望台は二階層に分かれているらしいです。
それに、作中に設置式の双眼鏡が登場しましたが、今はすべて撤去されて双眼鏡の貸し出しが始まっているそうです。
そんなこんなでグダグダなスタートですが、これからも御愛読頂けると嬉しいです。

では、ここまで読んで下さった皆様に深い感謝を。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33