第2部 (第2章)
真っ白な少女の遺した銀色の万華鏡。
それに誓った幼馴染の少年は―――
「――ハッ!!」
鋭い声と共に突き出される渾身の突き。その突きの鋭さは以前の拙いそれとは比べ物にならない。
しかし、その突きもひらりと身をかわした相手には当たらず、むなしく空気のみを刺し貫いた。
それでもアルは焦らない。剣の重みで引きずられた体を流し、すぐに回避行動に入る。
ごうっ、と劫火の塊がアルのすぐ横を通り抜けていく。
そう、アルは今、ドラゴンと闘っていた。
「どうした?動きが鈍くなったじゃないか」
そういうドラゴンにはまだまだ余裕が見える。それもそのはず、彼女は魔物の中でも最強クラスに君臨する魔獣なのだ。
彼女の見え透いた挑発には乗らず、アルは浅く息を吐く。
「……………」
アルの構える得物は自らの身長を超える大剣だ。それに対してドラゴンは素手。しかし、それはハンデにすらならない。
そもそも、人間サイズになっているとはいえ、相手は魔獣。武器など使おうはずもない。
とりとめのない思考に身をまかせながら相手の隙を窺う。それは相手とて同じだろうが。
先に動いたのはドラゴンだった。
猛烈な踏み込みの後、鋭い爪の生えた手を横なぎに振るう。後ろに下がりそれを回避したアルに追撃の貫手。
アルは二段構えの攻勢に、防御に回される。
「……くっ」
貫手をなんとか剣の腹で防ぐが、その勢いと足場の悪さが災いしアルは姿勢を崩す。
ドラゴンはその隙を見逃さない。必殺の一撃が振り下ろされる。
「うぉぉおおおおおッッ!!」
アルは姿勢の維持を放棄し、横に転がった。剣も放り捨てる。背中がごつごつした石に当たって痛むが命には代えられなかった。
横では回避したアルに代わり、地面がドラゴンの一撃で砕かれていた。しかし、それを放ったドラゴンも攻撃の反動で致命的な硬直を課せられている。
無理な姿勢からの猛ダッシュ。足がアルの酷使に抗議するように悲鳴を上げるが、無視する。
まずは蹴り。先端とかかとに鉄を仕込んだブーツだ。蹴りすら殺人的な威力を秘める。
蹴る瞬間、ちらとドラゴンの顔が目に入った。外見だけ見ればきれいな女なのだ。やりにくいことこの上ない。
「〜〜!!!」
アルは自分でもよくわからない叫び声をあげながら、猛然とラッシュを開始した。
ドラゴンは、自分を攻撃する者の存在を感じながら、静かに興奮していた。
このドラゴンたる私に、ここまで攻撃を通すことが出来た者が他に居ただろうか?
そして、私を以てして敗北の予感を感じさせることができた者が他にいただろうか?
――いや、居ない。
彼は、名も知らぬ剣士は、私の伴侶になるべき人間かもしれない、と。
実際、彼女はアルの猛攻に手も足も出ないでいた。剣が当たらないなら足で。足がかわされるなら拳で。あくまで相手を倒すことにこだわるのアルの戦い方は、彼女に決して浅くないダメージを与えていた。
「ぐッ、がッ、ぐはッ!」
まだ気絶には至らないが、それも対策を講じないのなら時間の問題だろう。そして、アルの猛攻はそれを彼女に許しはしない。
このまま狩られるのか――と彼女がぼんやりした頭で考えた時、
ばたり。
突然、目の前の剣士が倒れた。彼女の一撃をかわしてから今まで攻撃する一方だった男が、急に倒れたのである。彼女が何もしていないにも関わらず。
アルの攻撃の嵐で倒れることが許されなかったドラゴンも、後を追うようにばたりと地面に倒れ伏す。
アルに外傷は少ないが、ドラゴンの有り様は酷かった。鱗は剥がれ、血は滲み、口からは一筋の血が流れおちる。そんな彼女に、男のつぶやきが聞こえてくる。
「腹減った………」
それを聞いた彼女は、自らの負けを確信した。そして、大地に寝そべって上を向いたままこう言った。
「なら、うちで食べていかないか?」
「幼馴染を探している」
アルはそう言って食事に戻った。喋りながら食べたりしないのは、目の前に一応女性がいるための配慮だろうか。
それを聞いて、ナターシアと名乗ったドラゴンは疑問に思ったことを聞いてみた。当然、こちらも口の中のものはきちんと飲み込んだ後でだ。
「幼馴染を探してるアルが何故突然私に斬りかかる?」
すでにナターシアはアルを呼び捨てだが、アルはそれについて何も気がつかない。
そして先ほどの騒動は、別にナターシアがアルを見つけて襲いかかった訳ではない。その逆だ。
「それについては返す言葉もない。申し訳ない」
アルはそう言ってナターシアに頭を下げた。先ほどのアルとは全く別人のような態度だ。
しかし、ナターシアにとってはアルを責めようと思っての発言ではない。慌てて付け足した。
「あ、いや、別にアルを責めようとしたわけじゃない。ただ気になっただけだ」
腕試しと称してドラゴンに斬りかかる命知らずな輩もいる。ナターシアとしては、アルはそんな人間であってほしくなかった。
だって彼は………
「山のふもとの村の人たちにな。いろいろと吹き込まれたんだ。ドラゴンの凶暴さとか」
それを聞いて、ほっとするのもつかの間、ナターシアはまたあの連中かと頭を抱えたくなる。ふもとの村の連中は事あるごとに彼女を殺そうと試みるのだ。ナターシアとしては彼らに恨まれる覚えなどないのだが。
そう思っていると、食事を終えたアルが口を開いた。
「まあ、あの人たちも自分たちのすぐ後ろにドラゴンがいたら怖いだろうさ。俺だってめっちゃ怖かったしな」
今はもう怖くないぜ?と付け足すアルに、戦闘時の興奮がよみがえったような気がした。それに、彼女の棲みかである洞窟の中に灯された明かりを跳ね返すアルは、なぜかナターシアの雌としての部分をひどくくすぐった。
人間ならば今のアルを表す表現に「かっこいい」などを用いたのだろうが、あいにくナターシアはドラゴンだ。それに人里離れた山の中。あまり人間と接したことのない彼女は、感じたことを言葉にできないもどかしさに悶える。
――ああ、押し倒してしまいたい………!
今や、命知らずな輩はナターシアの方だった。しかし、そこは腐ってもドラゴン。理性もしっかり残っている。そんなことをしたらどうなるか………
――そんなことをしたら今度こそやられてしまう……
この洞窟は狭く、剣も振りまわしにくいが彼女も自由に飛びまわれないのだ。そして、アルは素手の接近戦に長けている。
そんなナターシアの心情など知る由もないアルは早くも荷物を持って出発の準備をしている。
「ありがとう。飯おいしかったぜ。お礼がしたいけど………金なんて腐るほど持ってるか」
ナターシアはドラゴンだ。ドラゴンの習性として財宝の類は結構持っている。しかし、一番の宝物はまだ持っていない………
ここでナターシアはアルに究極の選択を迫られることになる。つまり、言うか、言うまいか。
このまま「いいひと(ドラゴン)」として別れるか、彼を宝物にして共に暮らすか。
じりじりと悩み、洞窟に立ち尽くすナターシアに、アルは訝しげに声をかける。
「どうした……ナータ?」
アルにとっては何気ない一言。ある程度の仲の相手ならばニックネームで呼ぶ彼の一言が、ナターシアの最後の堤防にひびを入れる。
「………もう一回」
ナターシアのつぶやきの意味を良く理解できなかったアルは、近寄ってもう一度聞く。
「へ?なんて?」
昼間でも薄暗い洞窟の中で、ただの人間であるアルは彼女の目から光が消えていることに気がつかなかった。
「もう一回……ナータって」
今まではどちらかというとはきはきしていたナターシアの声が、弱々しいものになっている。
これにはアルも気がついたが、彼はナターシアが体調でも悪くしたのかと心配になって無防備に彼女に近づく。
「……ナータ、大丈夫か?」
彼がそう言うのと同時に、
「アルをください」
ぷすり。
ドラゴンが持っている「毒針」という能力をナターシアは初めて使った。強力な麻痺毒に、どさり、とアルの手から荷物が落ちる――
「えへへぇ、えへへへへへぇ〜」
崩れ落ちたアルをねぐらまで運んだナターシアは、早速アルを剥き始める。その頬は朱に染まり、顔は緩んでいる。もはやドラゴンとしての威厳などどこにもない。
しまりのない口からは、堪え切れない楽しさからか笑いが漏れる。
今回は声を出すことすらできないアルは、されるがままだった。
「へへへぇ、アル、元気ですねぇ」
剥き終わったアルに、ナターシアは馬乗りになるようにまたがる。そして、アルを弄び始めた。
「――ッ!!――ッ!!」
ほとんど体は動かないが、アルは衝動的に体を動かしてしまう。
そんなアルをナターシアは目を細めて見つめ、指で弄ぶのをやめる。
が、次の瞬間、身をかがめてそれを口に咥えた。それを口の中で転がす度、アルはびくびくと体を揺らす。
「――ぁッッ!!!!」
行為はこれが初めてのナターシアは不器用で、ぴちゃぴちゃと水音を立ててしまう。しかし、それが逆に彼女を昂らせ、彼女を濡らしていく。
「はぁ、はぁはぁ、はぁ………」
本来、与えられているのはアルで、ナターシアは与えている側なのだが、あたかもしてもらっているかのように彼女の呼吸は乱れ、秘所からは蜜が漏れていく。
この時点で、もうアルは完全に毒がまわって微動だにしなくなっていた。動くのは目と彼女と遊んでいるところだけだ。
わずかながらに抵抗していた彼女の理性も、すべて本能に塗りつぶされ、彼女は我慢の限界に達した。
咥えていたものをゆっくり放し、銀の糸を引かせながら口を引く。代わりに、濡れそぼった下の口が待ちきれないといった風に開く。
ずぶぶ……………
本物の快感に打たれながら、彼女は宝物を手に入れた。
「んんん〜〜ッッ!!!!!」
もう何度目とも知れない絶頂の快楽が襲いかかってくる。その快楽の剣にズタズタに切り裂かれながら、ナターシアはもっと深いところへと潜っていこうとする。
もう毒の効果は切れているはずだが、アルは動こうとしない。きっとアルも快楽に塗りつぶされているのだとナターシアは思った。
「うぇ、きゅぅ、くぁぁ………」
喘ぎ声とともによだれが糸を引いて落ちていく。
自らの内側に取り込んだアルをもっと深くに。そうする度に耐えられない快楽に切り裂かれる。
喘いでいることにも気がつかないほど彼女は夢中だった。
もっと宝物を。ドラゴンが宝物を集めるのは性欲の裏返しなのだろうか、という思考が一瞬頭をよぎる。が、それはすぐに快感に押し流されていった。
今ある無限の宝物を貪る。それが彼女の幸せだった。
しかし、終わりは唐突に訪れる。
がくり、と体が重くなる。ひっきりなしに流れ出ていた蜜も緩やかになっていく。なにより、さっきまで新鮮だった快楽が、今はどこか遠い所のもののように色あせてしまった。
瞼が重くなる。あらがうことのできない眠気が押し寄せてきて――
アルはナターシアの下で目を覚ました。よだれや涙、蜜でべたべたになった自分と相手を見て、アルは瞬時になにが行われたかを思い出す。
「また襲われた………しかもまた記憶が無い………」
とりあえすベッド(のようなもの)から降りようとしたアルは、自分がナターシアにがっしりつかまれていることに気がつき、苦笑する。
「しようがないな………」
ばふ、と再びベッドに倒れ込んだアルは再び夢の世界へと落ちていった。
「本当にごめんなさい」
出発する直前まで謝り続けるナターシアを前に、アルはもういいって、と答える。
「俺だっていい思いさせてもらったし」
そう言うのだが、彼女は納得がいかないらしい。でも、と泣きそうな顔を向けてくる。
そんな顔をしている時点で、許さなかったら男じゃないとアルは思うのだが。
「うん。もういいよ」
アルはそう言って彼女に手を振る。すると、ナターシアは別の意味でまた泣きそうになる。
「本当に、行っちゃうの?」
この言葉の意味はアルにも解っている。自分は彼女の一番の宝物なのだと。しかし、自分もまた、アリサを諦める訳にはいかないのだ。
「悪いね。でも、世の中は広いんだ。俺よりいい男なんていっぱいいるよ」
ナターシアもそれは分かっているだろう。それでも割り切れないのだ。
「うん………でも」
「でも?」
「でも、またいつか会いに来てね」
それだけ言うと、ナターシアは翼を広げて飛んで行ってしまった。
空から塩辛いしずくを撒き散らして。
「………ああ。またいつかな」
アルはそう呟いて、山に背を向けて歩き出した。彼は、二度と振り向かなかった。
自分のねぐらに戻ったナターシアは泣いた。涙が枯れても泣き続けた。でも、いつか彼はまた会いに来てくれる。そんな時、こんな姿では会えない。
そして、そのいつかは明日かもしれないのだ。
「よし」
そうつぶやいたナターシアは、もう恋破れた娘ではなかった。
それに誓った幼馴染の少年は―――
「――ハッ!!」
鋭い声と共に突き出される渾身の突き。その突きの鋭さは以前の拙いそれとは比べ物にならない。
しかし、その突きもひらりと身をかわした相手には当たらず、むなしく空気のみを刺し貫いた。
それでもアルは焦らない。剣の重みで引きずられた体を流し、すぐに回避行動に入る。
ごうっ、と劫火の塊がアルのすぐ横を通り抜けていく。
そう、アルは今、ドラゴンと闘っていた。
「どうした?動きが鈍くなったじゃないか」
そういうドラゴンにはまだまだ余裕が見える。それもそのはず、彼女は魔物の中でも最強クラスに君臨する魔獣なのだ。
彼女の見え透いた挑発には乗らず、アルは浅く息を吐く。
「……………」
アルの構える得物は自らの身長を超える大剣だ。それに対してドラゴンは素手。しかし、それはハンデにすらならない。
そもそも、人間サイズになっているとはいえ、相手は魔獣。武器など使おうはずもない。
とりとめのない思考に身をまかせながら相手の隙を窺う。それは相手とて同じだろうが。
先に動いたのはドラゴンだった。
猛烈な踏み込みの後、鋭い爪の生えた手を横なぎに振るう。後ろに下がりそれを回避したアルに追撃の貫手。
アルは二段構えの攻勢に、防御に回される。
「……くっ」
貫手をなんとか剣の腹で防ぐが、その勢いと足場の悪さが災いしアルは姿勢を崩す。
ドラゴンはその隙を見逃さない。必殺の一撃が振り下ろされる。
「うぉぉおおおおおッッ!!」
アルは姿勢の維持を放棄し、横に転がった。剣も放り捨てる。背中がごつごつした石に当たって痛むが命には代えられなかった。
横では回避したアルに代わり、地面がドラゴンの一撃で砕かれていた。しかし、それを放ったドラゴンも攻撃の反動で致命的な硬直を課せられている。
無理な姿勢からの猛ダッシュ。足がアルの酷使に抗議するように悲鳴を上げるが、無視する。
まずは蹴り。先端とかかとに鉄を仕込んだブーツだ。蹴りすら殺人的な威力を秘める。
蹴る瞬間、ちらとドラゴンの顔が目に入った。外見だけ見ればきれいな女なのだ。やりにくいことこの上ない。
「〜〜!!!」
アルは自分でもよくわからない叫び声をあげながら、猛然とラッシュを開始した。
ドラゴンは、自分を攻撃する者の存在を感じながら、静かに興奮していた。
このドラゴンたる私に、ここまで攻撃を通すことが出来た者が他に居ただろうか?
そして、私を以てして敗北の予感を感じさせることができた者が他にいただろうか?
――いや、居ない。
彼は、名も知らぬ剣士は、私の伴侶になるべき人間かもしれない、と。
実際、彼女はアルの猛攻に手も足も出ないでいた。剣が当たらないなら足で。足がかわされるなら拳で。あくまで相手を倒すことにこだわるのアルの戦い方は、彼女に決して浅くないダメージを与えていた。
「ぐッ、がッ、ぐはッ!」
まだ気絶には至らないが、それも対策を講じないのなら時間の問題だろう。そして、アルの猛攻はそれを彼女に許しはしない。
このまま狩られるのか――と彼女がぼんやりした頭で考えた時、
ばたり。
突然、目の前の剣士が倒れた。彼女の一撃をかわしてから今まで攻撃する一方だった男が、急に倒れたのである。彼女が何もしていないにも関わらず。
アルの攻撃の嵐で倒れることが許されなかったドラゴンも、後を追うようにばたりと地面に倒れ伏す。
アルに外傷は少ないが、ドラゴンの有り様は酷かった。鱗は剥がれ、血は滲み、口からは一筋の血が流れおちる。そんな彼女に、男のつぶやきが聞こえてくる。
「腹減った………」
それを聞いた彼女は、自らの負けを確信した。そして、大地に寝そべって上を向いたままこう言った。
「なら、うちで食べていかないか?」
「幼馴染を探している」
アルはそう言って食事に戻った。喋りながら食べたりしないのは、目の前に一応女性がいるための配慮だろうか。
それを聞いて、ナターシアと名乗ったドラゴンは疑問に思ったことを聞いてみた。当然、こちらも口の中のものはきちんと飲み込んだ後でだ。
「幼馴染を探してるアルが何故突然私に斬りかかる?」
すでにナターシアはアルを呼び捨てだが、アルはそれについて何も気がつかない。
そして先ほどの騒動は、別にナターシアがアルを見つけて襲いかかった訳ではない。その逆だ。
「それについては返す言葉もない。申し訳ない」
アルはそう言ってナターシアに頭を下げた。先ほどのアルとは全く別人のような態度だ。
しかし、ナターシアにとってはアルを責めようと思っての発言ではない。慌てて付け足した。
「あ、いや、別にアルを責めようとしたわけじゃない。ただ気になっただけだ」
腕試しと称してドラゴンに斬りかかる命知らずな輩もいる。ナターシアとしては、アルはそんな人間であってほしくなかった。
だって彼は………
「山のふもとの村の人たちにな。いろいろと吹き込まれたんだ。ドラゴンの凶暴さとか」
それを聞いて、ほっとするのもつかの間、ナターシアはまたあの連中かと頭を抱えたくなる。ふもとの村の連中は事あるごとに彼女を殺そうと試みるのだ。ナターシアとしては彼らに恨まれる覚えなどないのだが。
そう思っていると、食事を終えたアルが口を開いた。
「まあ、あの人たちも自分たちのすぐ後ろにドラゴンがいたら怖いだろうさ。俺だってめっちゃ怖かったしな」
今はもう怖くないぜ?と付け足すアルに、戦闘時の興奮がよみがえったような気がした。それに、彼女の棲みかである洞窟の中に灯された明かりを跳ね返すアルは、なぜかナターシアの雌としての部分をひどくくすぐった。
人間ならば今のアルを表す表現に「かっこいい」などを用いたのだろうが、あいにくナターシアはドラゴンだ。それに人里離れた山の中。あまり人間と接したことのない彼女は、感じたことを言葉にできないもどかしさに悶える。
――ああ、押し倒してしまいたい………!
今や、命知らずな輩はナターシアの方だった。しかし、そこは腐ってもドラゴン。理性もしっかり残っている。そんなことをしたらどうなるか………
――そんなことをしたら今度こそやられてしまう……
この洞窟は狭く、剣も振りまわしにくいが彼女も自由に飛びまわれないのだ。そして、アルは素手の接近戦に長けている。
そんなナターシアの心情など知る由もないアルは早くも荷物を持って出発の準備をしている。
「ありがとう。飯おいしかったぜ。お礼がしたいけど………金なんて腐るほど持ってるか」
ナターシアはドラゴンだ。ドラゴンの習性として財宝の類は結構持っている。しかし、一番の宝物はまだ持っていない………
ここでナターシアはアルに究極の選択を迫られることになる。つまり、言うか、言うまいか。
このまま「いいひと(ドラゴン)」として別れるか、彼を宝物にして共に暮らすか。
じりじりと悩み、洞窟に立ち尽くすナターシアに、アルは訝しげに声をかける。
「どうした……ナータ?」
アルにとっては何気ない一言。ある程度の仲の相手ならばニックネームで呼ぶ彼の一言が、ナターシアの最後の堤防にひびを入れる。
「………もう一回」
ナターシアのつぶやきの意味を良く理解できなかったアルは、近寄ってもう一度聞く。
「へ?なんて?」
昼間でも薄暗い洞窟の中で、ただの人間であるアルは彼女の目から光が消えていることに気がつかなかった。
「もう一回……ナータって」
今まではどちらかというとはきはきしていたナターシアの声が、弱々しいものになっている。
これにはアルも気がついたが、彼はナターシアが体調でも悪くしたのかと心配になって無防備に彼女に近づく。
「……ナータ、大丈夫か?」
彼がそう言うのと同時に、
「アルをください」
ぷすり。
ドラゴンが持っている「毒針」という能力をナターシアは初めて使った。強力な麻痺毒に、どさり、とアルの手から荷物が落ちる――
「えへへぇ、えへへへへへぇ〜」
崩れ落ちたアルをねぐらまで運んだナターシアは、早速アルを剥き始める。その頬は朱に染まり、顔は緩んでいる。もはやドラゴンとしての威厳などどこにもない。
しまりのない口からは、堪え切れない楽しさからか笑いが漏れる。
今回は声を出すことすらできないアルは、されるがままだった。
「へへへぇ、アル、元気ですねぇ」
剥き終わったアルに、ナターシアは馬乗りになるようにまたがる。そして、アルを弄び始めた。
「――ッ!!――ッ!!」
ほとんど体は動かないが、アルは衝動的に体を動かしてしまう。
そんなアルをナターシアは目を細めて見つめ、指で弄ぶのをやめる。
が、次の瞬間、身をかがめてそれを口に咥えた。それを口の中で転がす度、アルはびくびくと体を揺らす。
「――ぁッッ!!!!」
行為はこれが初めてのナターシアは不器用で、ぴちゃぴちゃと水音を立ててしまう。しかし、それが逆に彼女を昂らせ、彼女を濡らしていく。
「はぁ、はぁはぁ、はぁ………」
本来、与えられているのはアルで、ナターシアは与えている側なのだが、あたかもしてもらっているかのように彼女の呼吸は乱れ、秘所からは蜜が漏れていく。
この時点で、もうアルは完全に毒がまわって微動だにしなくなっていた。動くのは目と彼女と遊んでいるところだけだ。
わずかながらに抵抗していた彼女の理性も、すべて本能に塗りつぶされ、彼女は我慢の限界に達した。
咥えていたものをゆっくり放し、銀の糸を引かせながら口を引く。代わりに、濡れそぼった下の口が待ちきれないといった風に開く。
ずぶぶ……………
本物の快感に打たれながら、彼女は宝物を手に入れた。
「んんん〜〜ッッ!!!!!」
もう何度目とも知れない絶頂の快楽が襲いかかってくる。その快楽の剣にズタズタに切り裂かれながら、ナターシアはもっと深いところへと潜っていこうとする。
もう毒の効果は切れているはずだが、アルは動こうとしない。きっとアルも快楽に塗りつぶされているのだとナターシアは思った。
「うぇ、きゅぅ、くぁぁ………」
喘ぎ声とともによだれが糸を引いて落ちていく。
自らの内側に取り込んだアルをもっと深くに。そうする度に耐えられない快楽に切り裂かれる。
喘いでいることにも気がつかないほど彼女は夢中だった。
もっと宝物を。ドラゴンが宝物を集めるのは性欲の裏返しなのだろうか、という思考が一瞬頭をよぎる。が、それはすぐに快感に押し流されていった。
今ある無限の宝物を貪る。それが彼女の幸せだった。
しかし、終わりは唐突に訪れる。
がくり、と体が重くなる。ひっきりなしに流れ出ていた蜜も緩やかになっていく。なにより、さっきまで新鮮だった快楽が、今はどこか遠い所のもののように色あせてしまった。
瞼が重くなる。あらがうことのできない眠気が押し寄せてきて――
アルはナターシアの下で目を覚ました。よだれや涙、蜜でべたべたになった自分と相手を見て、アルは瞬時になにが行われたかを思い出す。
「また襲われた………しかもまた記憶が無い………」
とりあえすベッド(のようなもの)から降りようとしたアルは、自分がナターシアにがっしりつかまれていることに気がつき、苦笑する。
「しようがないな………」
ばふ、と再びベッドに倒れ込んだアルは再び夢の世界へと落ちていった。
「本当にごめんなさい」
出発する直前まで謝り続けるナターシアを前に、アルはもういいって、と答える。
「俺だっていい思いさせてもらったし」
そう言うのだが、彼女は納得がいかないらしい。でも、と泣きそうな顔を向けてくる。
そんな顔をしている時点で、許さなかったら男じゃないとアルは思うのだが。
「うん。もういいよ」
アルはそう言って彼女に手を振る。すると、ナターシアは別の意味でまた泣きそうになる。
「本当に、行っちゃうの?」
この言葉の意味はアルにも解っている。自分は彼女の一番の宝物なのだと。しかし、自分もまた、アリサを諦める訳にはいかないのだ。
「悪いね。でも、世の中は広いんだ。俺よりいい男なんていっぱいいるよ」
ナターシアもそれは分かっているだろう。それでも割り切れないのだ。
「うん………でも」
「でも?」
「でも、またいつか会いに来てね」
それだけ言うと、ナターシアは翼を広げて飛んで行ってしまった。
空から塩辛いしずくを撒き散らして。
「………ああ。またいつかな」
アルはそう呟いて、山に背を向けて歩き出した。彼は、二度と振り向かなかった。
自分のねぐらに戻ったナターシアは泣いた。涙が枯れても泣き続けた。でも、いつか彼はまた会いに来てくれる。そんな時、こんな姿では会えない。
そして、そのいつかは明日かもしれないのだ。
「よし」
そうつぶやいたナターシアは、もう恋破れた娘ではなかった。
10/12/02 15:20更新 / 湖
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