ある日の会議風景 T
国境都市ノメイン急襲に関する緊急会議資料。
その日、久しぶりにレムリア大陸方面を担当する魔王軍の部隊長達が一同に介した。
エリスライにこれだけの部隊長が集まるのは緊急事態に限る。
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ノメイン壊滅から2日後。
魔都エリスライの中心に位置する教会(首長の居城と兼用)の一室にフェリンは座っていた。
会議を招集したのは彼女なのだから、彼女が最初に席に座っているのは至極当然のことであろう。
脇には魔女が1人、静かに佇んでいる。
2人とも一切口を開かず、黙って目の前の閉じられた扉を見つめている。
すると、重苦しい音を立てて扉が開き、2人の魔物が会議室に入ってきた。
1人目は吸血鬼・ラピリス、2人目は烏天狗・冥螺だった。
この2人は会議となると必ず最初かその次にやってくる、この2人の間で順番が変わることがあっても他のメンバーと変わることはまず無い。
あたりに低い音を響かせて扉が閉じると、フェリンは口を開いた。
「相変わらず来るのはお前達が最初なんだな、まあよい、席に座っておれ」
「うむ」
「は〜い」
吸血鬼は言葉短く、烏天狗は軽い口調で答え、それぞれの割り当てられた席に座り込んだ。
4人になっても互いに言葉は交わさず黙って座っている。
それから間も無く会議室の扉の隙間から、ダークスライムのリシアが侵入してきた。
「!」
「間に合いました!」
冥螺が驚いて可愛い悲鳴を上げたが、ラピリスもフェリンも、それを意に介することは無い。
だが、表情を歪ませたフェリンが口を開いた。
「……お主はもう少し常識的な入室はできないのか?、というかコアをどうやってあの隙間から会議室に入れたんだ?」
「?」
何を言っているか心底分からない、というような表情をするリシアに、フェリンは呆れ果てながら席に付くように促した。
リシアが席に座る…というよりも席そのものを身体で飲み込んだちょうどそのタイミングで扉が開き、本日会議に参加する残りのメンバーが一斉に会議室に入ってきた。
「ボクとしたことが、少し遅れました」
「うぅーのどが渇く…」
「世話が焼けるね、これ飲みな」
「ありがとー黒夜姐さん…」
ギャーギャーと賑やかに入室してきた魔物は3人。
先頭で扉を開けたのがデュラハン・スレイ、自慢の大剣は背中に収めている。
首は…どうやら外れないように片手で抑えたり調整しているようだ。
2番目にフラフラになりながら入ってきたのはシービショップ・ディーニャ、器用に尻尾を支えとして上半身を起こし、ラミア種ばりにズリズリと尻尾を引きずりながら移動している。
水棲の魔物である以上、陸上での行動は大変なはずなのだが、彼女は頑として他の方法をとろうとしない。
そんなディーニャに水を渡したのが3人目、ドラゴン・黒夜だった。
気だるげな様子ながらも、凛とした佇まいはさすがドラゴン種というべきであろう。
「ほぅ…今回も黒夜が代理かの?」
「ああ、そうだよ…いつもの通り、月夜はサボりだ」
「…あのサボり魔め…」
本来ならば月夜という名の魔物がこの場に居るべきなのだが、彼女はなんだかんだと理由をつけて副部隊長を会議に出させるほどのさぼり魔である。
以上、部隊長6名と代理1名にお手伝いの魔女を含めた計8人が集まり、会議が始まった。
だが、始めに口を開いたのはフェリンではなく冥羅であった。
「しっかし、私達魔王軍の部隊長も減ったわね」
「そうね…クイーンスライムのティアラ、エキドナのルーイェ、暗殺部隊のギルダブリルのリースとマンティスのアルーシャ、みんな戦死したり部隊長を辞めたわね…」
「だな…廃止になった部隊も多いからな…ルーイェの蛇人部隊はじめ、暗殺部隊とかリュートが率いていたサキュバス部隊とかな」
冥羅が呟く言葉にリシアがため息を付きながら続けた。
頬杖を突きながら残念そうに答えたのは黒夜だった。
魔女はそんな雑談から始まった会議の様子を尻目に、各部隊長に紅茶を出して回っていた。
勢力が最大規模であったときは今の倍とまではいかなくとも、それに近いくらいの大所帯であった。
戦闘向けの種族を選び、種族ごとに部隊を分け、それぞれに部隊長を置いていたものだ。
だが、それも今となっては組織だって動く部隊はここに集まる魔物が率いる部隊のみ、それすら人員不足に悩む部隊ばかりである。
理由は度重なる戦闘による構成員(部隊長を含む)の戦死や魔王交代を切欠に人間と交流し、人間を伴侶に選んで軍を抜けるものが相次いだからであった。
「汝ら、そんな世間話をしに来たわけではあるまい?」
「あ…すまんね」
ラピリスの言葉に、黒夜が悪びれもせずに謝罪する。
コホンと咳払いをして、改めてフェリンが口を開いた。
「今更だが、部隊長全員が一同に介するのは久しぶりとなる、わしが全員を呼び集める意味は諸君らは察していることと思う。」
「…」
誰も何も言わない。
フェリンが態々大陸各所から部隊長を招集するのは。つまりは全員で話し合わなければならないほど事態が起きたということである。
「そこからは妾が説明する」
ラピリスが立ち上がり、さらに言葉を続けようとするフェリンを遮り、話し始めた。
「二日前、国境沿いの都市、ノメインが敵勢力に侵攻された」
「しかし、小規模の小競り合いは日常茶飯事では?」
一同が少なからず驚いている中、リシアはラピリスに問いかけた。
国境沿いの都市では敵の威力偵察が珍しくない。
そのためにサバトを始め、小規模部隊を配置しているものなのだが…
「いや、今回の侵攻は威力偵察ではない」
「と…言うことは…」
ラピリスはリシアの言葉に頷き、更に続けた。
薄暗い会議室の中で、誰も魔女が出した紅茶に手をつけることも無く、皆が皆、ラピリスの言葉を聴いていた。
「そうだ、今回の敵は明確にノメインを潰しに来た」
「…ノメインはどうなったんですか?」
ラピリスは顔を歪めながらも、ノメインの状況を報告し始めた。
「都市の防衛にあたっていたサバトは敵の急襲を受け全滅、その後都市も敵勢力の攻撃を受けて壊滅した」
「この情勢下でこちら側に攻撃を仕掛けてくるなんて…教会や反魔物派連中はついに気が触れたかね?」
「今の戦力差を考えれば反魔物派側はむやみな衝突を避け、国力・兵力の増強に向かった方が現実的なはずなんだけどね」
国境都市の惨状に対して、黒夜とスレイはそれぞれの思うところを述べる。
どちらも至る結論は同じ、こちらと正面切って戦うには戦力に差があるので、和平条約下の今は内政と軍事の維持・増強に専念するべき状況なのに何をしているのか?、というものだ。
ことレムリア大陸において、反魔物派は内政や軍事の増強に対して力を注いでいる筈、と言う予測があったからこそ、今回の侵攻作戦に対してこの会議が必要になったともいえる。
「相手の思惑はともかく、必要なのはこの件に対する対策ではないでしょうか?」
「…そうじゃ、補足しなければならんが、ノメインを陥落させた敵の部隊は今はまだノメインに駐留しておるが、収集した情報によると、奴らは他の部隊と合流して規模を大きくした上で、こちら側の国境沿いにある都市を順々に攻め落とすつもりらしい」
ディーニャの問いにフェリンは補足事項を付け足しながら答える。
そうしながら、彼女は初めて魔女が出してくれた紅茶に手をつけた。
少し温くなったそれはそれでも甘い香りを漂わせ、フェリンの鼻を楽しませた。
「そんな情報をどこから集められたんですか?」
「何も我々の情報収集は魔物だけでやるわけではない、反魔物派の中にも内心はこちらに付きたいと思う人間がおると言うことじゃ」
「なるほど…ありがとうございます」
ディーニャはそれで納得したのか質問を打ち切った。
すると今度は冥螺が口を開いた。
「それで、今後も侵攻を続けるであろう敵勢力をどうしますか?」
「決まっておる、妾達の同胞が敵の魔手に倒れたとなれば、我々のとる手段はただ一つ、敵の侵攻勢力の撃滅、これ以外に無かろう」
「いや、そんなことは分かってるよ、放って置いて国境付近を抑えられるのは避けないと、敵からの防波堤としての機能が無くなるのは危険すぎる」
冥螺が聞きたいのは目的ではなく、そこに至るためにどんな方法を取るかだった。
無論ラピリスにもそれは分かっていた。
「妾が往く、ノメインの部隊の多くは妾の部下だ、彼女達の無念を晴らすのは上司たる妾の役目」
「「ちょっと待ってください!」」
スレイとリシアが同時に声を上げた。
そして2人は同時に互いを見つめあい、リシアが手振りでスレイを促すと、スレイが先に喋りだした。
「ラピリスが往くのはいいとしても1人で行くつもり?、単身は危険だし、自分の部隊を動かすのは目立ちすぎると思うんだけど?」
「1人で行くはずが無かろう、妾1人であの蟲共を駆除してやりたいが、妾とてそこまで馬鹿ではないぞ」
「だったら尚の事、ボク達の内、誰かを同行させた方がいいと思う、仮にも相手はノメインのサバトを少数戦力で潰す位の実力はあるわけだし、油断してかかると酷い目にあうかもしれないよ?」
「…妾の部下を連れて行ってやりたいと思うのだ…」
「?」
「ノメインのサバトのリーダーはストールと言う妾の弟子でな、妾の部下がとても世話になっていたからな、部下達にストールの弔い合戦をさせてやりたいのだ」
ラピリスの思わぬ発言に、スレイは黙ってしまった。
だが、ここで食って掛かるのがラピリスと反りの合わないリシアの役目である。
「ラピリス、貴女はまたそうやって勝手に動くの?」
「どういう意味だ?」
リシアの問いにラピリスは怒気を含んだ言葉で聞き返す。
普段から怒っているように見える彼女が今は本気で怒っている。
「分からない?、貴女は4年前のロードマイト城の篭城戦以降、いくつかの作戦をこなしてるけど、最近はフェリンに許可はおろか話すら通さずに、勝手に自分で立案した作戦を自分達だけで実施してるわよね?」
「だから?」
「貴女の部隊は貴女の私物じゃない、それに本来貴女とその部隊に与えられるはずだった任務が私を含め、他の部隊長に回されて、今は自分の本来の任務に支障をきたす位大変なのよ?」
「そんなこと、妾の知ったことではない」
「分かりました、貴女はそうやって好き勝手に動いてて下さい!!」
そう言いながら、リシアは立ち上がり(?)ラピリスに背を向け、部屋から出て行ってしまった。
だが、部屋を出る前に振り返り、ラピリスにこう言った。
「ラピリス、本当に分かってないわね、反魔物派が不利を承知でこっちに手を出してきたのだって、貴女がゴリ押しで実施させたロードマイト城の篭城戦が原因かもしれないのよ?」
だが、肝心のラピリスは既にリシアを見ていない。
言葉だけは届いたのか、かすかに手が震えている。
フェリンが口を開いた。
「お主の独断先行には呆れ果てるものだ」
「……妾には妾のやり方があるのでな」
「やれやれ…一度言ったら梃子でも動かないお主にも困ったものじゃ、特別に侵攻部隊の撃滅はお主の部隊に一任する」
「…感謝する」
ラピリスは思わず感謝の言葉を口にし、フェリンの顔を見つめた。
普段出会う時、そして共に戦う時はあくまでも対等な立場である2人だが、この時とばかりは2人の関係は総司令と1人の部隊長なのであった。
「ただし、他の部隊長に自分の仕事を押し付けるのは止める事、作戦を立案するならまずはわしに話を通すこと、そして戻ってきたら始末書を出して寄越す事、これが条件じゃ、よいな?」
「…承知した、それでは妾はすぐにでも…」
「…それほどまでに部下を失ったのがショックなのだな」
「……これもまた妾のミスだ、ならば妾が自分で往くのが筋であろう」
他の部隊長達を一瞥してラピリスもまた、部屋を出て行った。
これで2人の部隊長が退室し、会議室は一気に静かになった。
残りの部隊長達はラピリスとリシアの喧嘩を鎮痛な面持ちで静観していた。
「フェリン、ちょっといい?」
「なんじゃ?」
冥螺が突然フェリンの前に出てきながら声をかけた。
「本当にラピリスを1人で往かせるの?」
「お主等には別の任務を与えようと思ってな」
「…そう、それはありがたいわね」
それで、その内容は?
と、冥螺を始め、他の部隊長達が目で問いかけてきている。
国境都市が落とされて尚、士気も練度も高く、衰える様子は無い。
「ラピリスを態々侵攻部隊の迎撃任務に与えたのは他でもない、諸君らのうち2人とわしの部隊でもって、とある都市に侵攻して欲しい」
「!」
フェリンの放つ言葉に一同の表情が変わった。
目が本気になる者、頬を紅潮させる者、舌なめずりを始める者など様々であった。
「場所は……おそらく今回の侵攻部隊の拠点になっている、地方都市グローレイ」
「…相手側の国境都市を攻撃すると?」
「そうじゃ、しかし占領が目的ではなく、侵攻部隊の補給を絶つ事と後方を遮断する事で士気に悪影響を与えるのが主な目的である」
「と言う事は、住人は原則全員捕縛ね」
「そうなるな」
スレイの質問に答えながら、フェリンは人差し指を振り、魔術でこの大陸の地図を描いた。
緑の光で描かれた輪郭が、薄暗くなった会議室に映し出される。
間も無く、ノメインのあたりに紅い光点が現れる、これが敵の侵攻部隊。
それと正面から当たる蒼い光点はラピリスの部隊であろう。
「よって、わしらはラピリスが交戦状態に入るのと同じくらいでグローレイへの攻撃を開始する」
2つの光点より僅かに反魔物領側にある地方都市、グローレイへ3つの光点が進む。
部隊長達は大人しく座ったまま、その状況を見ている。
実際自分が行く事になったときにどうしなければいけないかを把握しようとしていた。
「そして、都市を陥落させた後に反転、ラピリスの部隊と交戦中の敵を背後から急襲する」
「ふむ…」
「無論、これは我らの作戦が完了するまで、敵の部隊が生き残っていればの話だがな」
グローレイの文字に白い横線を引き、3つの光点が紅い光点の後ろまで近づいたところで、フェリンは魔術で地図を操作するのを止めた。
「そこで、わしと同行する部隊者が、スレイとリシア、後はそれぞれの隊員を若干名連れて行きたいのだが、どうだろうか?」
「ボクは構わないけど、リシアは出て行っちゃったよ?」
「それはすぐに知らせておく、後、スレイ…お主の部隊からゾンビやグールを借りたい、別に剣術の修行が終わっていなくとも構わんぞ」
「…それは問題無いけど、侵攻作戦なら不死騎士としての本領を発揮出来る娘の方が良くない?」
「うむ、だがグローレイは商業都市でな、ノメインと同様に人口がそこまで多くない上に民間人の方が多い、装備も脆弱、魔術師も常駐しておらん、貴重な不死騎士達を投入するまでも無く、ゾンビ達による住人(女性のみ)のゾンビ化だけで十分制圧できるじゃろう」
「ふむ…教会騎士団や反魔物派ギルドにしても、勢力が弱すぎて、国境付近や地方都市に人員を割けないみたいだからね」
スレイは自分の部隊から随伴させる人員について、フェリンに確認を取っている。
フェリンは主戦力を投入する必要は無く、予備隊だけで十分に制圧できると判断していた。
とはいっても、フェリンは自身直属の獣っ娘部隊で在任中の8名を参加させる予定である。
元々、獣っ娘部隊は12人で構成されていたが、内4人は現在退任もしくは戦死している。
残る8人を全員投入する、というのは主戦力を動かす必要が無いと言っていたフェリンの言葉とは矛盾する。
それは万が一のときの保険でもあり、スレイの部隊を必要以上に損耗させたくないと言う、フェリンの気遣いでもあった。
「とりあえず、リシアには後で知らせておく事として、この会議が終わったら早速準備に入る事」
「分かりました」
スレイはそれきり口を閉じ、目を閉じ、部隊編成を考えているのか俯いて何かを考え始めた。
そして、今回作戦に参加しないメンバーの話に話題が移った。
「他の皆には本来の任務に復帰してもらう」
「ラピリスから押し付けられた仕事はどうしましょうか?」
「この作戦が終わったら全部ラピリスにやらせるから、手をつけなくて良いぞ」
「それは助かりました」
ディーニャが嬉しそうに答える。
ラピリスが自分のやりたい作戦を勝手にやっている間、本来ラピリスがやるはずだった任務は他の部隊長達に押し付けられていた。
今回の件をきっかけに自分が本来やるはずだった任務に戻ると言うことに決まったのだった。
「それでは今日の会議はここでお開きとする」
フェリンの終了宣言と共に、一同の緊張が一気に解ける。
「皆、自分の任務に戻ってくれ、そしてそれが終わる頃には皆に交代で休暇を出せることになると思う、旦那や子供とゆっくりとした時間が過ごせるぞ」
「それは楽しみだ…と言いたい所だが、あたしにゃ子供はもちろん旦那もいないからねぇ〜」
「…黒夜はその気になれば旦那の1人や2人簡単に作れるのではないか?」
「あたしはあたしより強い奴しか旦那にはしないからね」
「難儀だの…」
「ま、恋人の代わりに強いお酒と一晩を過ごすだろうさ」
ドラゴン種の難儀な性質に苦笑しながら、フェリンはその際は自分も呼んでくれと、伝えた。
黒夜は来たときと同じ、気だるげな歩き方で揺ら揺らと会議室から出て行った。
(…あれで酒が切れてるのか…あいつは相変わらずの酒乱か…酒が切れるとすぐにアレだ)
次に立ち上がったのはディーニャだった、彼女の場合急いで海に戻らないと干からびてしまう。
「私も失礼しますね、正直喉が渇いて堪りません」
「そうじゃな、お主は海路封鎖の任務じゃから、休暇をとるのも大変だろうが、無理はしないようにな?」
「分かってますおります、それでは失礼します」
ディーニャは尻尾を引き摺りながら、会議室から消えた。
姿見えずとも、ずるずると言う音はしばらく聞こえていた。
(絨毯が魚臭くなるじゃろうな…魚人が徘徊しているのでは?、なんて噂になったら笑えん、あとで掃除じゃ)
そして、スレイと冥螺が一緒に立ち上がる。
「それではボクは戻って部隊の編成にかかります、連絡はその都度念話か連絡員を」
「うむ」
スレイは戻ってすぐに部隊の編成を始めるつもりらしい、確かに急いで開始する作戦ではあるが、今日中というわけではない。
それでも真面目なスレイにとっては急いで始めないと気が済まないらしい。
(真面目なのはいいのだが…旦那と早く子供を作ってくれないか…わしは楽しみにしておるのだぞ…)
後に続くように冥螺が声をかけてきた。
「侵攻作戦に私達の強行偵察は使わないの?」
「ん…ああ、問題無い、あの町の作りはおおよそ把握しておるし、人員や兵装の情報源はある、何もお主の部隊を損耗させる必要はあるまい」
「了解っと、私の部隊はいつも通り国境付近の警戒任務に戻るよ」
「うむ、頼んだ」
(お主達の部隊は偵察、急襲に便利なのじゃが、その分損耗率も上がってしまうからの、ここぞで役に立ってもらえばそれでよい)
そして冥螺も退室し、この場に残るのはフェリンと手伝いに入ってもらった魔女だけである。
「…フェリン様?」
「……さて、いろいろやることはあるが、まずはこの部屋の掃除からじゃ」
「?」
魔女は会議室を良く見てみた。
それまでは名立たる部隊長の姿を見ておかなければ、などと視線が明後日の方向に向かっていたのだが…
床にあるのは…冥螺羽毛、リシアの粘液、ディーニャの鱗等々。
「羽毛とか粘液とか、仕方ないですけどそのままに出来ないし…厄介ですね」
「わしも一緒にやるから気を落とさんでれ、これが毎回なのじゃ」
「大きな仕事の前に、まずは目の前の仕事からですね」
2人はそう言いながら、色々な意味で汚れた部屋の掃除を始めたのだった。
その日、久しぶりにレムリア大陸方面を担当する魔王軍の部隊長達が一同に介した。
エリスライにこれだけの部隊長が集まるのは緊急事態に限る。
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ノメイン壊滅から2日後。
魔都エリスライの中心に位置する教会(首長の居城と兼用)の一室にフェリンは座っていた。
会議を招集したのは彼女なのだから、彼女が最初に席に座っているのは至極当然のことであろう。
脇には魔女が1人、静かに佇んでいる。
2人とも一切口を開かず、黙って目の前の閉じられた扉を見つめている。
すると、重苦しい音を立てて扉が開き、2人の魔物が会議室に入ってきた。
1人目は吸血鬼・ラピリス、2人目は烏天狗・冥螺だった。
この2人は会議となると必ず最初かその次にやってくる、この2人の間で順番が変わることがあっても他のメンバーと変わることはまず無い。
あたりに低い音を響かせて扉が閉じると、フェリンは口を開いた。
「相変わらず来るのはお前達が最初なんだな、まあよい、席に座っておれ」
「うむ」
「は〜い」
吸血鬼は言葉短く、烏天狗は軽い口調で答え、それぞれの割り当てられた席に座り込んだ。
4人になっても互いに言葉は交わさず黙って座っている。
それから間も無く会議室の扉の隙間から、ダークスライムのリシアが侵入してきた。
「!」
「間に合いました!」
冥螺が驚いて可愛い悲鳴を上げたが、ラピリスもフェリンも、それを意に介することは無い。
だが、表情を歪ませたフェリンが口を開いた。
「……お主はもう少し常識的な入室はできないのか?、というかコアをどうやってあの隙間から会議室に入れたんだ?」
「?」
何を言っているか心底分からない、というような表情をするリシアに、フェリンは呆れ果てながら席に付くように促した。
リシアが席に座る…というよりも席そのものを身体で飲み込んだちょうどそのタイミングで扉が開き、本日会議に参加する残りのメンバーが一斉に会議室に入ってきた。
「ボクとしたことが、少し遅れました」
「うぅーのどが渇く…」
「世話が焼けるね、これ飲みな」
「ありがとー黒夜姐さん…」
ギャーギャーと賑やかに入室してきた魔物は3人。
先頭で扉を開けたのがデュラハン・スレイ、自慢の大剣は背中に収めている。
首は…どうやら外れないように片手で抑えたり調整しているようだ。
2番目にフラフラになりながら入ってきたのはシービショップ・ディーニャ、器用に尻尾を支えとして上半身を起こし、ラミア種ばりにズリズリと尻尾を引きずりながら移動している。
水棲の魔物である以上、陸上での行動は大変なはずなのだが、彼女は頑として他の方法をとろうとしない。
そんなディーニャに水を渡したのが3人目、ドラゴン・黒夜だった。
気だるげな様子ながらも、凛とした佇まいはさすがドラゴン種というべきであろう。
「ほぅ…今回も黒夜が代理かの?」
「ああ、そうだよ…いつもの通り、月夜はサボりだ」
「…あのサボり魔め…」
本来ならば月夜という名の魔物がこの場に居るべきなのだが、彼女はなんだかんだと理由をつけて副部隊長を会議に出させるほどのさぼり魔である。
以上、部隊長6名と代理1名にお手伝いの魔女を含めた計8人が集まり、会議が始まった。
だが、始めに口を開いたのはフェリンではなく冥羅であった。
「しっかし、私達魔王軍の部隊長も減ったわね」
「そうね…クイーンスライムのティアラ、エキドナのルーイェ、暗殺部隊のギルダブリルのリースとマンティスのアルーシャ、みんな戦死したり部隊長を辞めたわね…」
「だな…廃止になった部隊も多いからな…ルーイェの蛇人部隊はじめ、暗殺部隊とかリュートが率いていたサキュバス部隊とかな」
冥羅が呟く言葉にリシアがため息を付きながら続けた。
頬杖を突きながら残念そうに答えたのは黒夜だった。
魔女はそんな雑談から始まった会議の様子を尻目に、各部隊長に紅茶を出して回っていた。
勢力が最大規模であったときは今の倍とまではいかなくとも、それに近いくらいの大所帯であった。
戦闘向けの種族を選び、種族ごとに部隊を分け、それぞれに部隊長を置いていたものだ。
だが、それも今となっては組織だって動く部隊はここに集まる魔物が率いる部隊のみ、それすら人員不足に悩む部隊ばかりである。
理由は度重なる戦闘による構成員(部隊長を含む)の戦死や魔王交代を切欠に人間と交流し、人間を伴侶に選んで軍を抜けるものが相次いだからであった。
「汝ら、そんな世間話をしに来たわけではあるまい?」
「あ…すまんね」
ラピリスの言葉に、黒夜が悪びれもせずに謝罪する。
コホンと咳払いをして、改めてフェリンが口を開いた。
「今更だが、部隊長全員が一同に介するのは久しぶりとなる、わしが全員を呼び集める意味は諸君らは察していることと思う。」
「…」
誰も何も言わない。
フェリンが態々大陸各所から部隊長を招集するのは。つまりは全員で話し合わなければならないほど事態が起きたということである。
「そこからは妾が説明する」
ラピリスが立ち上がり、さらに言葉を続けようとするフェリンを遮り、話し始めた。
「二日前、国境沿いの都市、ノメインが敵勢力に侵攻された」
「しかし、小規模の小競り合いは日常茶飯事では?」
一同が少なからず驚いている中、リシアはラピリスに問いかけた。
国境沿いの都市では敵の威力偵察が珍しくない。
そのためにサバトを始め、小規模部隊を配置しているものなのだが…
「いや、今回の侵攻は威力偵察ではない」
「と…言うことは…」
ラピリスはリシアの言葉に頷き、更に続けた。
薄暗い会議室の中で、誰も魔女が出した紅茶に手をつけることも無く、皆が皆、ラピリスの言葉を聴いていた。
「そうだ、今回の敵は明確にノメインを潰しに来た」
「…ノメインはどうなったんですか?」
ラピリスは顔を歪めながらも、ノメインの状況を報告し始めた。
「都市の防衛にあたっていたサバトは敵の急襲を受け全滅、その後都市も敵勢力の攻撃を受けて壊滅した」
「この情勢下でこちら側に攻撃を仕掛けてくるなんて…教会や反魔物派連中はついに気が触れたかね?」
「今の戦力差を考えれば反魔物派側はむやみな衝突を避け、国力・兵力の増強に向かった方が現実的なはずなんだけどね」
国境都市の惨状に対して、黒夜とスレイはそれぞれの思うところを述べる。
どちらも至る結論は同じ、こちらと正面切って戦うには戦力に差があるので、和平条約下の今は内政と軍事の維持・増強に専念するべき状況なのに何をしているのか?、というものだ。
ことレムリア大陸において、反魔物派は内政や軍事の増強に対して力を注いでいる筈、と言う予測があったからこそ、今回の侵攻作戦に対してこの会議が必要になったともいえる。
「相手の思惑はともかく、必要なのはこの件に対する対策ではないでしょうか?」
「…そうじゃ、補足しなければならんが、ノメインを陥落させた敵の部隊は今はまだノメインに駐留しておるが、収集した情報によると、奴らは他の部隊と合流して規模を大きくした上で、こちら側の国境沿いにある都市を順々に攻め落とすつもりらしい」
ディーニャの問いにフェリンは補足事項を付け足しながら答える。
そうしながら、彼女は初めて魔女が出してくれた紅茶に手をつけた。
少し温くなったそれはそれでも甘い香りを漂わせ、フェリンの鼻を楽しませた。
「そんな情報をどこから集められたんですか?」
「何も我々の情報収集は魔物だけでやるわけではない、反魔物派の中にも内心はこちらに付きたいと思う人間がおると言うことじゃ」
「なるほど…ありがとうございます」
ディーニャはそれで納得したのか質問を打ち切った。
すると今度は冥螺が口を開いた。
「それで、今後も侵攻を続けるであろう敵勢力をどうしますか?」
「決まっておる、妾達の同胞が敵の魔手に倒れたとなれば、我々のとる手段はただ一つ、敵の侵攻勢力の撃滅、これ以外に無かろう」
「いや、そんなことは分かってるよ、放って置いて国境付近を抑えられるのは避けないと、敵からの防波堤としての機能が無くなるのは危険すぎる」
冥螺が聞きたいのは目的ではなく、そこに至るためにどんな方法を取るかだった。
無論ラピリスにもそれは分かっていた。
「妾が往く、ノメインの部隊の多くは妾の部下だ、彼女達の無念を晴らすのは上司たる妾の役目」
「「ちょっと待ってください!」」
スレイとリシアが同時に声を上げた。
そして2人は同時に互いを見つめあい、リシアが手振りでスレイを促すと、スレイが先に喋りだした。
「ラピリスが往くのはいいとしても1人で行くつもり?、単身は危険だし、自分の部隊を動かすのは目立ちすぎると思うんだけど?」
「1人で行くはずが無かろう、妾1人であの蟲共を駆除してやりたいが、妾とてそこまで馬鹿ではないぞ」
「だったら尚の事、ボク達の内、誰かを同行させた方がいいと思う、仮にも相手はノメインのサバトを少数戦力で潰す位の実力はあるわけだし、油断してかかると酷い目にあうかもしれないよ?」
「…妾の部下を連れて行ってやりたいと思うのだ…」
「?」
「ノメインのサバトのリーダーはストールと言う妾の弟子でな、妾の部下がとても世話になっていたからな、部下達にストールの弔い合戦をさせてやりたいのだ」
ラピリスの思わぬ発言に、スレイは黙ってしまった。
だが、ここで食って掛かるのがラピリスと反りの合わないリシアの役目である。
「ラピリス、貴女はまたそうやって勝手に動くの?」
「どういう意味だ?」
リシアの問いにラピリスは怒気を含んだ言葉で聞き返す。
普段から怒っているように見える彼女が今は本気で怒っている。
「分からない?、貴女は4年前のロードマイト城の篭城戦以降、いくつかの作戦をこなしてるけど、最近はフェリンに許可はおろか話すら通さずに、勝手に自分で立案した作戦を自分達だけで実施してるわよね?」
「だから?」
「貴女の部隊は貴女の私物じゃない、それに本来貴女とその部隊に与えられるはずだった任務が私を含め、他の部隊長に回されて、今は自分の本来の任務に支障をきたす位大変なのよ?」
「そんなこと、妾の知ったことではない」
「分かりました、貴女はそうやって好き勝手に動いてて下さい!!」
そう言いながら、リシアは立ち上がり(?)ラピリスに背を向け、部屋から出て行ってしまった。
だが、部屋を出る前に振り返り、ラピリスにこう言った。
「ラピリス、本当に分かってないわね、反魔物派が不利を承知でこっちに手を出してきたのだって、貴女がゴリ押しで実施させたロードマイト城の篭城戦が原因かもしれないのよ?」
だが、肝心のラピリスは既にリシアを見ていない。
言葉だけは届いたのか、かすかに手が震えている。
フェリンが口を開いた。
「お主の独断先行には呆れ果てるものだ」
「……妾には妾のやり方があるのでな」
「やれやれ…一度言ったら梃子でも動かないお主にも困ったものじゃ、特別に侵攻部隊の撃滅はお主の部隊に一任する」
「…感謝する」
ラピリスは思わず感謝の言葉を口にし、フェリンの顔を見つめた。
普段出会う時、そして共に戦う時はあくまでも対等な立場である2人だが、この時とばかりは2人の関係は総司令と1人の部隊長なのであった。
「ただし、他の部隊長に自分の仕事を押し付けるのは止める事、作戦を立案するならまずはわしに話を通すこと、そして戻ってきたら始末書を出して寄越す事、これが条件じゃ、よいな?」
「…承知した、それでは妾はすぐにでも…」
「…それほどまでに部下を失ったのがショックなのだな」
「……これもまた妾のミスだ、ならば妾が自分で往くのが筋であろう」
他の部隊長達を一瞥してラピリスもまた、部屋を出て行った。
これで2人の部隊長が退室し、会議室は一気に静かになった。
残りの部隊長達はラピリスとリシアの喧嘩を鎮痛な面持ちで静観していた。
「フェリン、ちょっといい?」
「なんじゃ?」
冥螺が突然フェリンの前に出てきながら声をかけた。
「本当にラピリスを1人で往かせるの?」
「お主等には別の任務を与えようと思ってな」
「…そう、それはありがたいわね」
それで、その内容は?
と、冥螺を始め、他の部隊長達が目で問いかけてきている。
国境都市が落とされて尚、士気も練度も高く、衰える様子は無い。
「ラピリスを態々侵攻部隊の迎撃任務に与えたのは他でもない、諸君らのうち2人とわしの部隊でもって、とある都市に侵攻して欲しい」
「!」
フェリンの放つ言葉に一同の表情が変わった。
目が本気になる者、頬を紅潮させる者、舌なめずりを始める者など様々であった。
「場所は……おそらく今回の侵攻部隊の拠点になっている、地方都市グローレイ」
「…相手側の国境都市を攻撃すると?」
「そうじゃ、しかし占領が目的ではなく、侵攻部隊の補給を絶つ事と後方を遮断する事で士気に悪影響を与えるのが主な目的である」
「と言う事は、住人は原則全員捕縛ね」
「そうなるな」
スレイの質問に答えながら、フェリンは人差し指を振り、魔術でこの大陸の地図を描いた。
緑の光で描かれた輪郭が、薄暗くなった会議室に映し出される。
間も無く、ノメインのあたりに紅い光点が現れる、これが敵の侵攻部隊。
それと正面から当たる蒼い光点はラピリスの部隊であろう。
「よって、わしらはラピリスが交戦状態に入るのと同じくらいでグローレイへの攻撃を開始する」
2つの光点より僅かに反魔物領側にある地方都市、グローレイへ3つの光点が進む。
部隊長達は大人しく座ったまま、その状況を見ている。
実際自分が行く事になったときにどうしなければいけないかを把握しようとしていた。
「そして、都市を陥落させた後に反転、ラピリスの部隊と交戦中の敵を背後から急襲する」
「ふむ…」
「無論、これは我らの作戦が完了するまで、敵の部隊が生き残っていればの話だがな」
グローレイの文字に白い横線を引き、3つの光点が紅い光点の後ろまで近づいたところで、フェリンは魔術で地図を操作するのを止めた。
「そこで、わしと同行する部隊者が、スレイとリシア、後はそれぞれの隊員を若干名連れて行きたいのだが、どうだろうか?」
「ボクは構わないけど、リシアは出て行っちゃったよ?」
「それはすぐに知らせておく、後、スレイ…お主の部隊からゾンビやグールを借りたい、別に剣術の修行が終わっていなくとも構わんぞ」
「…それは問題無いけど、侵攻作戦なら不死騎士としての本領を発揮出来る娘の方が良くない?」
「うむ、だがグローレイは商業都市でな、ノメインと同様に人口がそこまで多くない上に民間人の方が多い、装備も脆弱、魔術師も常駐しておらん、貴重な不死騎士達を投入するまでも無く、ゾンビ達による住人(女性のみ)のゾンビ化だけで十分制圧できるじゃろう」
「ふむ…教会騎士団や反魔物派ギルドにしても、勢力が弱すぎて、国境付近や地方都市に人員を割けないみたいだからね」
スレイは自分の部隊から随伴させる人員について、フェリンに確認を取っている。
フェリンは主戦力を投入する必要は無く、予備隊だけで十分に制圧できると判断していた。
とはいっても、フェリンは自身直属の獣っ娘部隊で在任中の8名を参加させる予定である。
元々、獣っ娘部隊は12人で構成されていたが、内4人は現在退任もしくは戦死している。
残る8人を全員投入する、というのは主戦力を動かす必要が無いと言っていたフェリンの言葉とは矛盾する。
それは万が一のときの保険でもあり、スレイの部隊を必要以上に損耗させたくないと言う、フェリンの気遣いでもあった。
「とりあえず、リシアには後で知らせておく事として、この会議が終わったら早速準備に入る事」
「分かりました」
スレイはそれきり口を閉じ、目を閉じ、部隊編成を考えているのか俯いて何かを考え始めた。
そして、今回作戦に参加しないメンバーの話に話題が移った。
「他の皆には本来の任務に復帰してもらう」
「ラピリスから押し付けられた仕事はどうしましょうか?」
「この作戦が終わったら全部ラピリスにやらせるから、手をつけなくて良いぞ」
「それは助かりました」
ディーニャが嬉しそうに答える。
ラピリスが自分のやりたい作戦を勝手にやっている間、本来ラピリスがやるはずだった任務は他の部隊長達に押し付けられていた。
今回の件をきっかけに自分が本来やるはずだった任務に戻ると言うことに決まったのだった。
「それでは今日の会議はここでお開きとする」
フェリンの終了宣言と共に、一同の緊張が一気に解ける。
「皆、自分の任務に戻ってくれ、そしてそれが終わる頃には皆に交代で休暇を出せることになると思う、旦那や子供とゆっくりとした時間が過ごせるぞ」
「それは楽しみだ…と言いたい所だが、あたしにゃ子供はもちろん旦那もいないからねぇ〜」
「…黒夜はその気になれば旦那の1人や2人簡単に作れるのではないか?」
「あたしはあたしより強い奴しか旦那にはしないからね」
「難儀だの…」
「ま、恋人の代わりに強いお酒と一晩を過ごすだろうさ」
ドラゴン種の難儀な性質に苦笑しながら、フェリンはその際は自分も呼んでくれと、伝えた。
黒夜は来たときと同じ、気だるげな歩き方で揺ら揺らと会議室から出て行った。
(…あれで酒が切れてるのか…あいつは相変わらずの酒乱か…酒が切れるとすぐにアレだ)
次に立ち上がったのはディーニャだった、彼女の場合急いで海に戻らないと干からびてしまう。
「私も失礼しますね、正直喉が渇いて堪りません」
「そうじゃな、お主は海路封鎖の任務じゃから、休暇をとるのも大変だろうが、無理はしないようにな?」
「分かってますおります、それでは失礼します」
ディーニャは尻尾を引き摺りながら、会議室から消えた。
姿見えずとも、ずるずると言う音はしばらく聞こえていた。
(絨毯が魚臭くなるじゃろうな…魚人が徘徊しているのでは?、なんて噂になったら笑えん、あとで掃除じゃ)
そして、スレイと冥螺が一緒に立ち上がる。
「それではボクは戻って部隊の編成にかかります、連絡はその都度念話か連絡員を」
「うむ」
スレイは戻ってすぐに部隊の編成を始めるつもりらしい、確かに急いで開始する作戦ではあるが、今日中というわけではない。
それでも真面目なスレイにとっては急いで始めないと気が済まないらしい。
(真面目なのはいいのだが…旦那と早く子供を作ってくれないか…わしは楽しみにしておるのだぞ…)
後に続くように冥螺が声をかけてきた。
「侵攻作戦に私達の強行偵察は使わないの?」
「ん…ああ、問題無い、あの町の作りはおおよそ把握しておるし、人員や兵装の情報源はある、何もお主の部隊を損耗させる必要はあるまい」
「了解っと、私の部隊はいつも通り国境付近の警戒任務に戻るよ」
「うむ、頼んだ」
(お主達の部隊は偵察、急襲に便利なのじゃが、その分損耗率も上がってしまうからの、ここぞで役に立ってもらえばそれでよい)
そして冥螺も退室し、この場に残るのはフェリンと手伝いに入ってもらった魔女だけである。
「…フェリン様?」
「……さて、いろいろやることはあるが、まずはこの部屋の掃除からじゃ」
「?」
魔女は会議室を良く見てみた。
それまでは名立たる部隊長の姿を見ておかなければ、などと視線が明後日の方向に向かっていたのだが…
床にあるのは…冥螺羽毛、リシアの粘液、ディーニャの鱗等々。
「羽毛とか粘液とか、仕方ないですけどそのままに出来ないし…厄介ですね」
「わしも一緒にやるから気を落とさんでれ、これが毎回なのじゃ」
「大きな仕事の前に、まずは目の前の仕事からですね」
2人はそう言いながら、色々な意味で汚れた部屋の掃除を始めたのだった。
12/01/18 01:33更新 / 月影
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