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サバト殲滅戦 (後編)

注意:前半に続き、暴力表現、魔物娘の死亡表現があるので、苦手な方は閲覧しないことをお勧めします。
































ストールは相手の魔術について考えていた。
敵が何種類の魔術を使えるかはともかく、敵の魔術の解析が先であった。
現状分かっているのは、おそらくあの周りを浮かぶ札1枚1枚が行使できる魔術の数であるという事、彼女の魔術は単語を呟くだけで即発動させることができる。
まさに『魔術を読み上げる者』である。
さらには複数の魔術を同時に発動する事もできるようだ。
だが、何故かあの防御魔術は属性魔術との二段構えにして運用している。

「解」

スペルリーダの一言で、『盾』が形成していた防御結界は消滅した。
その意味するところは何か…ストールはそれを考えていた。

(…術式の数が多すぎる…そしてとんでもなく早い…だが、防御魔術には何かあるみたいだな)

スペルリーダへの攻め手があるとするならば、それは魔術戦では無く肉弾戦、幸い今は『盾』を解除している。
そう考え、ストールは大鎌を握り締めた。
その意図するところにスペルリーダも気がついたようだ。

「………『剣』」

彼女は呟き、杖を一振りする。
すると、杖は形を変えて細身の長剣に変じた。

接近戦も想定した魔術が存在することに、ストールは驚いたが、同時に自分の策に乗ってくれたことに喜びもした。

「参る!!」
「っ!!」

ストールは数mの距離を一気に詰める。
そして大鎌を振り被り、思い切り横に薙ぎ払う。

致死の斬撃は甲高い金属音と共に、スペルリーダの剣に受け止められていた。
刃と刃が合わさり、ガチガチと金属同士が噛み合う嫌な音が2人の耳に届く。

(……この大鎌で切れないだと…)


細身の長剣が大鎌の横薙ぎを止めている。
それだけでもかなり驚くべきことであった。
だが、スペルリーダの次の行動はストールを更に驚かせた。

「『盾』」
「!?」

超至近距離からの防御結界は鍔迫り合いをしているストールを弾き飛ばした。
紅い絨毯に叩きつけられ、苦しそうにうめき声を上げる。
全身を強打しつつも、何とか悲鳴を上げる身体を起こしたストールは考えていた。

(…物理的にも干渉できる防御結界だったとは……糞……)

内心毒づいていると、スペルリーダが初めてその場から移動した。
長剣を構えて走り寄って来ている様から、近接戦闘を挑もうとしているのであろう。
そう考えたストールはそのまま距離を詰められては敵わないと足止めに氷術を発動させる。

足止めといってもそれも高位魔術、巨大な氷塊が空中に現れ一気に弾け飛ぶ、人の頭よりも大きな氷塊がスペルリーダを襲うが、それを受けても尚、防御結界は小揺るぎもせず、足を進めてくる。
辛うじて体制を立て直したストールと、氷塊の爆撃を切り抜けたスペルリーダは互いに斬撃が届く距離に達する。

「しぃっ!!!」
「えぇぇぇい!!!」

裂帛の声と共に切りかかる。
2人の得物は見事に打ち合い、大鎌の柄と長剣がその場で再び鍔迫り合いを始める。

だが、先程までとは少し違う。
ストールは見た。

顔が数十cmまで近づいたスペルリーダの顔には背筋が冷えるほどの笑みが貼り付いていたのを…

そして、彼女の唇が動いた。

「『抜』」
「?!」

スペルリーダの詠唱が終わると共にそれは起きた。
彼女の長剣がストールの大鎌の柄をすり抜け、そのまま左肩を切り裂いたのだった。

「ひぎぃ!」

鮮血を撒き散らしながらもストールは後方へと退いた。

(なんだ!!、なんなのだこれは!)

(こうなったら…)

ストールは驚愕はしていたが混乱ではなかった。
思考はあくまでも透明に、相手の能力の分析に思考の多くを割いていた。
その結果もっと重大なことが思考から抜けているのに気がつくことができないのだが…

左肩を庇いながらも、大鎌を構えなおす様子を見て、スペルリーダも剣を杖に戻した。
視認できるほどの防御結界は健在で、彼女の前面に干渉を許すまいと再活性している。

ストールは自身の魔力を練りながら考える。
相手の防御魔術をいかにして突破するか、そして術の正体を見極めるか…それだけに集中している。
やがて、必要分の魔力を練り終え、魔術の触媒である大鎌を床に突き立てた。

「受けよ!、我が最大の魔術!!」

ゆらりと、それは動いた。
スペルリーダは始め自分の眼を疑った。

影が動いた。

それは幻覚でも眼の疲れでもない。
目の前のバフォメットの小さな影がゆらゆらと、灯りが動いたわけでもないのに揺らめいている。
それはやがて、厚みを持ち始め、あたかも真っ黒なスライムがそこに居るかのように、ストールの側に現れた。
影は瞬く間に膨れ上がり人型を成す。
高さは3m〜4mといったところであろうか。
幅は分からない、常に流動するその黒い身体は幅も厚みも一定ではないのだ。

「我が影よ、目前の怨敵を喰い殺せ!!」

ストールの言葉を合図に、人型を成した影が滑る様に移動を始めた。

影とは光の対。
陽が遮られた時、そこに陰が生じる。
すなわち、その速さは神速。

一瞬でスペルリーダの懐に飛び込んだ黒い影は、不定形の腕を振り上げ、そのまま叩き潰そうと振り下ろした。
無論先程から展開し続けている防御魔術はその攻撃を受け止めた。
影の巨人が腕を振り上げたその時、ストールは腕を横薙ぎに振るっていたのだが、それはスペルリーダからは影の巨人に遮られて見えなかった。

「実に重畳であるっ!!」

しかし、その歓喜の言葉は確かに聞こえてきた。

ストールが狙っていたのはまさにその一瞬であった。
黒い腕が止まった次の瞬間、影の胴体を突き破って出てきたのは、2種類の魔術。
氷柱と火球の2つが、スペルリーダにとっての不可視領域から現れた。

「?!」

至近で2つの高位魔術とストールオリジナル魔術である影術の3つを同時に受け止める事になる。
先程の氷術と合わせて計4発目。
4発目以降も連続して防御できるのであれば、先程のように属性魔術との併用で防御はしないし、解呪してからの再発動は必要ないはずだ。
そう考えて、ストールは瞬間最大火力が出せる魔術構成で挑んだ。
そして、その予想は間違っていなかった。

スペルリーダの『盾』は高位魔術による攻撃を3発までしか受け止められない。
それ以上は魔術の威力にもよるが、撃ち抜かれてしまう。
よって、4発目に対しては一旦『盾』を解除し、改めて起動させるか、他の魔術と併用して『盾』が打ち抜かれない程度まで威力を落とさなければならない。
だが、今はそんな暇が無い。
後、コンマ数秒で彼女は超硬度の氷柱に串刺しにされるか、超高温の火球に骨まで焼かれるか、それとも影に潰されるか、
そのいずれかの末路を辿る。

しかし、ストールは知らなかったのだ。
スペルリーダが行使する魔術の数を……

「『時』」
「!」

彼女が『時』と言い放った次の瞬間。
火球が弾け、氷柱が床に突き刺さり、影の腕がその上から床を殴りつけた。
そこには誰もいない。
ストールは困惑した。
何が起きたか分からない。
だが、スペルリーダは何らかの方法であの危機を脱したのだ。

「糞っ、どこにいった!!」

後ろを振り向き、左右を見渡すが、誰の姿も見えない。
彼女は気付かなかった、自分の影が次第に大きくなっていく事に。

それに気が付いたときは既に右肩を切り落とされていたのだから。

「ぐぅっ!」

苦しそうな呻き声を上げる。
スペルリーダはストールの右肩を切り落とし、直ぐに距離を取った。
切り口から血が噴き出す。
とっさに左手で傷口を押さえるが、その程度では出血は止まらない。

(痛い…なんなんだ、さっきのは)

激痛に脳髄を掻き回されながらも彼女は考えた。

(さっきの回避はなんだ…発動まで一切魔力の動きが無かったから分からなかった…)

(今までの魔術を思い返してみてもそうだ、発動までに魔力の動きは無い)

(しかし、魔術が行使された後、奴の魔力は減少している)

今一歩でスペルリーダの魔術の答えが出そうだった。
だが、そんな思考は聴き慣れた声で中断させられた。

「ストール様!!」
「!」

仲間達の下に走らせた魔女、ダージュが戻ってきた。
先程よりも疲れた様子ではあるが、取り乱してはおらずストールは仲間達が無事に逃げられたのだと考えた。

「ダージュか…痛ぅ…」
「!、その怪我は…」
「構うな!それよりも…奴だ」

2人は改めて敵を見据える。
警戒しているのか、スペルリーダは何もしてこない。
一先ず攻撃が無い事を悟ると、彼女は治癒魔術で傷口を塞ぎに掛かかった。
緊急止血のためなので、腕をくっつける事は無く、出血だけを止めた。
痛覚を遮断し、意識を集中する。

ストールは肩で息をしている。
体力も魔力も既に限界だった。

「ダージュ、今からわしの風術と同時に最大出力で雷術を撃て」
「はい」

こっそりと、ダージュに耳打ちし、ストールは切り裂かれて力の入らない左手で何とか大鎌を握る。
まだ、彼女の魔術は生きていた。

「喰らえ!!」
「往きます!」

ストールは力を振り絞り、大鎌を横に薙ぐ。
放たれた魔術は風術。
ダージュは杖を器用に回し、床に突き立てる。
放たれた魔術は地を這う雷術。

そして、魔術の発動に合わせて、突如背後に現れた影の巨人がスペルリーダを叩き潰そうと腕を振り上げた。
どこに潜んでいたのか、攻撃を外してから今まで姿が見えなかった。
そのためにスペルリーダは後ろを取られたのだった。
「『盾』!」
さっきの謎の回避後、解除していた防御魔術を再起動した。
そして、それは術者の前方に展開され、2発の高位魔術を受け止めようと待ち構えている。
だが、それは前方に限った話で、彼女の後方は隙だらけであり、黒い腕が振り下ろされている最中であった。

(あの魔術では前後の挟撃には対応できない、これで…)

片膝をつくストールはそれでも黒い腕に叩き潰される瞬間を見届けようと、意識を保っていた。
だが…

「…トマレ」
「!」

スペルリーダは自分の背中に迫る黒い腕を振り向きもせずに片腕で止めた。
いや、止まっている様に見えるだけで、実際は魔術を行使したようだ。

彼女の周りの空気が館内の蝋燭や魔晶石等の光を受けて輝いている。
やがて、周囲を白く輝く光が覆い始める。

「……貴方もそうなのね…いいわ、一緒においで」
「?」

誰に何を言っているのか、その場に居る魔物達には分からなかった。
2つの魔術が盾に遮られて弾けて消えた。
スペルリーダは影の巨人に向き直る。
ストールがいくら念で命じても、影の巨人は何故か動かない。

突如、魔力が荒れ狂い、黒い風が館の中を吹き荒れた。
蝋燭は消え、羊皮紙は飛び交い、窓は割れた。

そんな中、スペルリーダの足元に今は誰も使う者はおらず、知る者も少ない古代魔術用の魔方陣が現れた。
五芒星を基礎としたそれが何を意味するのか、魔女とバフォメットにはよく分からなかった。

『古より別れし我半身よ、汝の在るべき場所、在るべき姿へ返れ』
『術式奪取!!』

「!?」

速攻詠唱ばかりのスペルリーダが初めて単語以外の詠唱を行った。
それと同時に魔方陣が光を吐き出し、影の巨人は光の本流に溶けていく。
それはあっという間に影の巨人を飲み込み、消滅させた。

後に残ったのは宙に漂う1枚の札。
そう、今までスペルリーダが多用してきた札と同じものであった。

「お前…わしの魔術を…」
「……『影』」
「!!」

札から吐き出されたそれは、真っ黒な塊。
ストールの影術と同質のもであることは、術者本人がすぐに理解できた。

(そうか、こいつの魔術の本質は!!)

沢山の札、魔力練成を介さない魔術、発動の早さ、発動後に魔力が減る特性、そして目の前で奪われた自分の魔術。
それらを繋げ、彼女の魔術の正体がおぼろげに見えてきた。
だが、全ては遅すぎた。

(今のわしらでは勝ち目が無い…ここは逃げるしか…)

ストールは空間転移術を使うために大鎌を振るおうとした時だった。
空気を切る音と共に、彼女の腕が軽くなった。

「?…!!」

ストールの左手首から先が無くなっていた。

彼女は振り返った。

床に鎌を握ったままの左手が床に落ちる。

後ろに控えているダージュが、感情の抜け落ちた顔で彼女を見ている。

スペルリーダがストールを指差している。

ダージュの手に教会騎士団の騎士剣が握られている。

ストールは一瞬で理解した。

スペルリーダが何かを言おうと口を開いた。

ダージュの頬を一粒だけ涙が流れていった。

「影の顎よ、我が怨敵を喰い殺せ!!」
「ダーzy…」

竜の顎を模した影は一瞬でストールの首から上を喰い千切って行った。
広間に残ったのは頭から上と右肩から先、左手首から先の無い死体。
そして、人間と魔物だった。

「ごめんなさい…」

ダージュが小さく呟く。

やがて、礼拝堂への通路がある扉が開き、50人ばかりの教会騎士団の人間が広間に集まってきた。
一同の得物が血塗れなのは、今さっきまで礼拝堂地下にあるサバトの間において、人間と魔物を皆殺しにしていたからだ。
普段の戦闘態勢が整っている状態であれば、50人でこのサバトを壊滅させることは出来なかっただろう。
だが、数ヶ月に一度、しかも不定期に行われる黒ミサの情報を得ることが出来た彼らは容易に魔物と人間を惨殺できたのだった。

(……私は…)

ダージュは考えていた。
買い物に出た妹が何故か教会騎士団の手に落ちていた事、妹の助命と引き換えにサバトの構成やミサの情報を話してしまった事。
そして、襲撃の際に教会騎士団をサバトの間までの案内するよう命じられた事…

(…これでよかったの?)

それまでは妹のためと思って従っていたが本当にこれでよかったのか、そう考えていた。

やがて、洋館の入り口広間で教会騎士達が整列した。
手狭な広間ではあるが、50人ほどならぎりぎり入れる。
ダージュがスペルリーダから視線を外して、振り返ると部隊長らしき女騎士が1人、ダージュの前に立っていた。
最後に視界に移っていたスペルリーダは先程までと異なり、その場に居る誰にも興味が無い様子であった。

「任務ご苦労、これで我らの任務は無事に完了した」

そう事務的に告げる彼女に、ダージュは一歩近づき口を開く。

「こ…これで私の妹を助けてくれるのよね?」

妹を人質に取られ、彼女は仲間を裏切り、仲間を売った。
怯え、後悔、恐怖、その他いろいろな感情がごちゃ混ぜになり、震えながらもダージュはそう言った。
女騎士はやや面倒臭そうな素振りをしながら答えた。

「無論だ、お前も妹も助けてやる」
「…ありがとうございます」

内心安堵したダージュに女騎士が続けた。

「穢れた魔物という宿命から助けてやる!!」

言うが早いか、ダージュが逃げたり、抵抗する暇も与えずに、女騎士はダージュの首を刎ねた。
その一閃は気を抜いてしまった彼女には反応出来なかった。

そして、彼女は魔物という肉体から解き放たれた。

「安心しろ、お前の妹は一足先に逝っている」
「っ!!、!!!!、???!!!!!!」

宙を舞う魔女の首、死へ向かうまで、彼女が何を思っていたのか、それは誰にも分からなかった。
魔女の首が床に落ちて転がるのを見届けると、スペルリーダは周囲に浮かんでいたカードを全て魔道書に戻し、床に放り出した外套(布切れとも言う)を羽織り、洋館の入り口に向かって歩き出した。

「おい、魔術師どこに行くつもりだ?」
「……私の使命を果たしに」
「…報酬は?」
「不要、私は欲しいものを手に入れた」
「……そうか、ではさっさと行け」

一度も振り返らず、淡々と言葉を返す魔術師に、女騎士は興味を失った様だった。
そして、スペルリーダがいなくなってから数分で、教会騎士団はこの洋館に火を放ちその場から立ち去っていった。
次は防衛戦力を失った国境都市ノメインそのものを攻め落とすつもりなのだ。

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別働部隊と合流し、規模を150人近くまで大きくして挑んだ都市攻略戦は元々人口の少ないノメインのほんの僅かに残った自警団すらも粉砕し、魔物・新魔物派の人間に多数の死者とほんの少しの捕虜を生み出させた。
久々に得た勝利の報に教会騎士団始め、反魔物派は喜び勇んだ。

だが、魔王軍がそれを黙って見ているわけもない、この件を受けてあの吸血鬼が動くことになる。
と、同時に今回の侵攻部隊の拠点である都市もまた、攻撃目標にされる事となった。
尚、この一連の戦闘の後に魔王軍内での情報漏洩対策が見直される事となるのは言うまでも無い。
11/06/15 23:38更新 / 月影
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■作者メッセージ
リハビリ(後半)。
反魔物派の悪足掻きが、あの方を動かすことに…
侵攻部隊の末路も近々書きます。

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