連載小説
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魔物娘生物災害 ]
― とある自警団との対峙 ―

リシアは20人ばかりの自警団達と対峙していた。
時間としてはティク達がベリルに出合った頃である。

自警団達は今の今までゾンビ達と戦い、中央区で何とか生存者を救出しようとしている一団だった。
だが、それはリシアとしてはとても迷惑な話。
よって、逃げた学生達はベリルに任せ、自分は抵抗を続ける自警団の制圧に乗り出したのだった。

「さて…お前達をどう料理してやろうか…」
「黙れ!、よくも俺達の街をこんなにしやがったな!!!」

1人の自警団員がご自慢の剣を構えて切りかかってくる。
当然リシアも黙って切られてやる義理は無い。

3本目の腕を胴体(腰の辺り)から伸ばし、硬質化させて彼の斬撃を受け止める。
元々スライム種である彼女がそんな斬撃を受けたところでコアが傷つかない限り死ぬことは無い。

だが、彼女は敢えて彼らと剣の打ち合いがしてみたくなった。
他の自警団員の参加も考慮し、彼女は更に腕を3本増やす。
元々の腕も硬質化させ、剣のように鋭く尖らせる。

切りかかってきた彼に、ニヤリと妖艶な笑みを返すと、彼女は動いた。

「さあ、私の剣をとくと受けるがよい!!!」
「!!」

6本の腕はそれぞれが別々に動く。
彼の剣を受け止めた1本以外の5本が、突き、袈裟、左右からの横薙ぎ、切り下ろしを時差をつけて放つ。
全て受けきる事など一介の自警団にできるのか……否、それができるなら彼らは自警団では無く、騎士団に入っているだろう。

彼は受け止めている1本を弾き、突きを躱し、袈裟に左肩を切られ、横薙ぎを辛うじて避けたところに、振り下ろされる腕で左目を切り裂かれた。
硝子体と鮮血を撒き散らし、男は倒れる。

彼の仲間達は同僚をあっという間に切り倒した6本腕の異形に驚愕しつつも、闘争心に火をつけられたのか、一斉に切りかかってきた。
リシアはとても艶やかな顔を歪めて笑うのみ…

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至ること30分。
既に勝負は決している。

辺りには血溜まりが赤い川を作っている。
だが、この場に死者は1人も居ない。

彼女は人をいたぶるのは好きでも殺すのは大嫌いである。
それが例え自分たちを殺そうとする者であっても。
そんな感情を抱けるのは、この 感情を含めても人間と自分の実力に大きな差が有るからなのかもしれない。
いずれにしても、この場で唯一立っているリシアはそんな風に考えている魔物である。

同じ魔王軍の中にあって、考えが真っ向から対立するどこぞの吸血鬼とは仲が悪い。
そんな彼女に習ってか、腕に付いた血を舐めてみるが、血の味に苦い表情をしつつも魔物としての血肉を喰らった時代を思い出してしまう。

やがて、表情が冴えないまま、リシアはその場を去る。
彼女が姿を消して間も無く現れるのは、すっかりゾンビ化した女学生や街の女性達。
中にはまだ完全にゾンビ化していない個体も混じっていたが、彼女達はこれから完全にゾンビ化するだろう。

なぜなら、運動に重要な部分だけを切られ、逃げることも適わない哀れな自警団の面々がそこに居るのだから…
スライム特有の治癒術で出血だけは止まっているため、これから行われる激しい乱交(逆輪姦)においても、彼らが命を落とすことは無いだろう。

いずれにしても、彼女の働きでこの街で未だに抵抗活動をしている集団は壊滅した。
後は自宅や仕事場に辛うじて立て篭もっている人間があちらこちらに点在するのみ。
それすら、いずれワーバットやバブルスライム達に駆逐されていくだろう。

自分の仕事はあらかた終わったと、リシアはベリルの居る場所…ヴィルート河に向かって移動を始めた。

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― ヴィルート河 ―

火球が弾け、残った火種が河原や河に降り注ぐ。
草を焦がす苦い臭いと、川に落ちて火が消える音が何度も聞こえた。

『私』の魔力は抑えを外した事で余裕がある。
だが、肉体的な変異は既に始まり、理性は徐々に崩れ落ちていく。

手足が変異し靴が意味を成さなくなる。
私は靴を脱いだ。
頭皮は裂け始める。
血は殆ど出ないが鋭い痛みが私の神経を苛んだ。

私は、『私』本来の姿に戻っていく…

気が付くと目の前のバフォメット、ベリルは第2撃を撃ち込もうと既に構えている。
今度は突き出した両掌の前に、氷塊が生まれる。

次の魔術は氷術!

ベリルほどの膨大な魔力を込めたそれは、私はともかく、仲間の命を奪うには十分すぎる。
私も彼女程ではないが急いで魔力を錬成する。

幼少…ほぼ記憶に無い頃の経験が、私が本格的な攻撃魔術を行使した最後らしいのだが、身体に染み付いていたのか、スムーズに術が行使できる。
突き出した右腕に集まるは一陣の風…そして風の生み出す刃。

私が術の発動をさせるより、一瞬早くベリルは氷術を放った。
西瓜5個分程の大きさもある氷の塊が、私へ向かって飛んでくる。

慌てて私が術を開放すると、風が放たれ、瞬く間に氷の塊は風の刃に切り裂かれて、細かい氷になって私の身体に当たる。
氷の破片が私の顔や腕を切る。

今度は私の番。

魔力を込めながら左手を大きく薙ぐ。
腕の軌道に沿って発生した不可視の風の刃がベリルに向かっていく。

だが、彼女にはそれすら見えていた。
それは眼球が映す可視光の事ではない、魔力とその流れを見る事だ。

あと少しで彼女の胴体を半分に切り裂けるというところで、彼女が飛び上がってしまい不可視の刃は不発に終わる。

空中では動きが取れない。
私はそう考え次の魔術を発動させようと、魔力を練成し始めた。

その時、私の中で何かが起きた。

身体が重い。
頭が痛い。
おなかが減った。
男が欲しい…

だめだ…魔術の行使がこんなに負担だなんて……
そして気が付いた。
ああ……私の姿はこんなにも『私』に戻っていたのか…

闘争心が冷えていく。
理性が保てない…崩れていく。

そして、ふらつく私が見たのは空中で大鎌を構え、私の脳天から真っ直ぐ切り下ろさんとするベリルの姿だった。

「!!」

驚愕した時は既に遅し、防御は間に合わない、回避も間に合わない。
私は身を襲う斬撃に思わず目を閉じた。

大鎌が空気を切り裂く音を聞いた。
だが、私の身体には気も狂わんばかりの激痛は襲ってこない。
ひょっとして、痛みを感じる間も無く絶命したのだろうか…

いや…私は…生きている。

閉じた瞳を開け、辺りを観察すると、私は振り下ろされた大鎌から離れたところに倒れている。
私から少し離れたところには見知った仲間達がいた。
だが、彼らの瞳は…見覚えがある…あの目は……
そう、たまたま群れからはぐれた魔物を見つけた時の、街の住人達同じ物だ…
魔物を軽蔑し憎悪する瞳。
その後、惨殺されゆく魔物を嘲笑し見下す瞳。

そうか……私は…

ついに仲間にそんな目で見られるようになっていたのか…
ついに仲間を失ったのか…

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わしの斬撃は目の前の魔物には当たらなかった。

理由は単純。
わしはわしの疑問を確かめたかった。

“なぜ、この者が魔物なのか?”
“この世界のルールではこの者が魔物であることは有り得ない”

では何なのか。

“この者が偽っている”

それしか考えられなかった。
この者の見た目は、匂いは、この者が『それ』である事を示している。

ならば…
その肢体を確かめるしかない。

そのためだけに、わしはわざわざ2発目の魔術を使い、隙を作った。
そして、今、わしの疑問は解消された。

そう、この者は『それ』では無い。

狙い済まして振り下ろした大鎌はその衣服の前部分を切り裂いた。
千切れ飛ぶ黒い制服に混じるのは白い木綿の布。
ああ…そうか、見た目を誤魔化す為にあれを胸に巻いておったか。
しかしのぉ…わしとさして変わらん大きさではないか…隠すほどの大きさか?

そう、この者は『それ』、つまり男ではない、この者は…女だ。

大鎌を振り下ろした時の衝撃で倒れこんでいたその者は何かに絶望した瞳でわしを見つめながら立ち上がる。

彼…いや、彼女の…緑眼は…鈍い光を放っていた。

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「…」

5人の内4人は、目の前の出来事に目を奪われていた。
自分達の中に魔物が居るというベリルの発言に驚く間も無く、魔術の攻撃を受け、ここまでかと諦めたその刹那。
1人が迷わず攻撃呪法を使い、彼らを守ったのだ。

彼らの身の硬直が解けたのは、ベリルがその1人を鎌で切りつけ、自分達の近くまでその1人が飛ばされた時だ。

身体が変化し、黒髪からは山羊の角が突き出し、手足は獣に変じたその1人を見たとき、彼らは今までに受けた教育のせいで思わず拒否反応を示してしまう。
それが、その1人をとても傷つけてしまった事に…彼らは気付いていた。
だが、三つ子の魂百まで、一度そう思い込んだものは簡単には治らないだろう。

そんな中、その1人と長い付き合いであるティクはそれでも何とか声を捻り出す。

「なんで…お前なんだ…?」
「…」

答えない。
目の前で立ち上がったその1人はじっと、ベリルを睨みつけている。
一方のベリルはニヤニヤと笑い、手を出してこない。

「なぁ…『レイン』教えてくれよ…なんでお前はそんな姿になってるんだ?」
「…あいつの言った通り…わしは………『私』は…人間じゃない」

その1人…レインはティクに背を向けたまま答える。
そして、彼…否、彼女はそのままの姿勢で後ろ手を伸ばした。

制服の前面を裂かれ、その慎ましい胸を隠す布を失ったレインは、もはや自分が女であることを隠せない。
そして、身体の変化は自分が魔物であることも隠せない事を意味する。

ティクはすぐに察した。
こんな姿に身を堕としながらも、彼女の意思はまだ人間を偽っていた時のものだ…と。

ティクは自分の持っている剣をレインに渡す。
ずっしりと重いそれを受け取ると、彼女は口を開いた。

「わしが時間を稼ぐから…その間に逃げて」
「でも…」
「今この瞬間もお前たちに襲い掛かりたくて仕方ないんだ!!、このまま残られると気が散る!!!」
「分かった」
「…」
「……」

レインの提案にシャルが口を開くが、強い剣幕に押され、渋々従う。
ルナとトロメリアも無言でそれに同意したようだ。

レインは考えていた。
どうせ、さっきみたいな目を向けられ続けるうちに自分と仲間達の距離は離れていく。
それが今になっただけ…ただそれだけだ…と。

そんな中、ティクだけは何も言わない。

「で…作戦会議は終わりかの?」
「終わったところだよ!!」

ベリルの挑発に答え、レインが剣を構えて走る。
ベリル自身も地面の大鎌を引き抜く。
それに合わせて4人が走り出した。

大鎌と剣がぶつかり鈍い音を立てる。
その間に4人はベリルの横をすり抜け、川下に走る。

ベリルはそんな4人には興味が無いらしい。
今は目の前にいる緑眼の魔物に、全神経を集中させている。

「わしはお主が気に入ったぞ」
「…そんな事を言っても私の心はなびかない」
「知っておる、だがな、バフォメットはとても個体が少ないのじゃ、そのくせ強い力を持っておる」
「だから、どうした」

レインとベリルは一旦距離を離す。

互いの距離が開けば次の一手は当然魔術。

ベリルが魔力を込め、雷撃を放つ。
レインは先程と同じく風術を放つ。

互いの術は2人の丁度真ん中の辺りで激突。
爆音と砂埃を上げて消滅した。

「…風術一辺倒とは…それでもバフォメットか?」
「黙れ!、反魔物領で暮らす私の苦労など知らないくせに!!」

返す一撃はやはり風術。
一層緑眼が妖しく輝いたかと思うと、レインは横薙ぎに腕を振るう。
彼女が放つは不可視の刃。

それは、ベリルの膝辺りを狙うとても低い軌道をとる。
そして、術の開放と共に、レインは距離を詰めようと走り出した。

今度はベリルが後手に回る番。

走りながら放つ風術は小さな風の刃を大量に撒き散らす術。
それを周囲に纏ったまま、彼女は走る。

ベリルは水術を唱えようとしたが、途中でやめ、草を切り飛ばしながら飛来する不可視の刃を躱す。
跳躍し空中に避けた彼女にレインが襲い掛かる。
それは先程も狙った、“動きの取れない空中に居る間に攻撃を加える作戦”だった。

レインは剣を振りかぶりながら、小さな風の刃を開放、ベリルの周り全方向から襲わせる。

レイン自身は感じていた。
全身の魔力を搾り出しても、もうこれ以上の魔術行使は難しい。
すなわち、これは最後の一撃。

実際のところ、これで倒せるなんて考えていなかった。
彼女の考え…それはただひたすらに時間を稼ぐこと。
幸いにしてベリルは自分に興味を持っているらしい。
よって目一杯気を引くことにしたのだった。

だが、斬撃と魔術の連撃はそのいずれもベリルの身体を傷つける事は無い。
レインの攻撃が自らを襲う寸前、ベリルは衝撃呪法を開放したからだ。

風の刃ごと弾き飛ばされるレイン。
河原に叩きつけられ、彼女は一瞬呼吸ができなくなる。

(もう、魔力が無い…身体も動かない…)

それでも何とか食い下がる方法を考える。
そんな彼女にベリルが近寄ってきた。

「まだ諦めないのか…?」
「…諦めて…たまるか!!」

レインは上半身だけを起こし、離さず持っていた剣を投げつける。
それは、一瞬だけ気を抜いたベリルの不意を付いたはず…であった。

ベリルの頭を狙って投げた剣は当たる前に、紫の液体に食い止められている。
剣先だけが僅かにベリルの額の皮を傷つけているが、当然致命傷には程遠い。

突然の乱入者にレインは驚いたが、ベリルはそれを知っていたようだった。
そして、側にゆっくりと湧き出る水のように現れるダークスライムに対し、ベリルは顔も見ないで声をかけた。

「…遅いぞ、リシア」
「すまないね、ちょっと楽しんでいたら時間が掛かってしまった」
「ふむ…」

だめだ…レインはそう感じた。
目の前の新手、ダークスライムにはバフォメットにも引けを取らない魔力を秘めているのが感じ取れたのだから…

やがて、紫の液体は完全に女性の姿(メイドさんモード)を形作ると、彼女は捕らえていた剣を地面に落とす。

「それで…この不気味なお嬢ちゃんは誰だ?、見たところ魔物っぽいがなんか中途半端だな」
「ふむ…まあその説明は後でしてやろう」
「なるほど…で、私は自分の同僚を殺そうとしたこいつを屠る必要は無いわけか?」
「うむ、さてと…わしはお主に興味がある、話を聞かせてくれるな?」

ひとしきり暴れさせ、疲れて動けなくなり冷静さを取り戻したところで自分の聴きたい事を聴く。
ベリルの考えにレインは始めから乗せられていた様だ。

「…分かったよ…」
「ふむ、実に重畳、それではまずは名前を教えてくれるかの?」
「…レイン」

機嫌の悪い声で答えるレインだが、目の前のリシアと呼ばれたダークスライムも、ベリルと名乗ったバフォメットもとりあえず自分を殺す気が無いのを理解した。
そして、ベリル達はレインの正面に並んで立ったまま、レインの生い立ちや境遇を問い始めた。
レインは質問1つ1つにわざわざ丁寧に答えていく。
そんな彼女に興味津々で話を聞き入るベリルがいた。

やがて、双方の口から言葉が消え、重い空気が辺りを包む。

話が終わり、数分の沈黙。
その静寂を破ったのはレイン本人だった。

「で…これからあんた達はわしをどうするつもりなんだ?」
「ふむ…そうじゃな、このまま反魔物派に戻るもよし、転移魔術で送ってやってもいい」
「…」
「わしらと一緒に来てもよし、バフォメットは希少だからの、優遇されるはずじゃ、しかし、もしそれすらも拒否するというのなら……」

ここで死なせてやってもよい。

ベリルは大鎌をレインに向けながらそう言った。
だが、彼女自身分かっていた筈だ。
レインは死ぬ気など無い。
彼女は母親について情報を探しているし、安住の地を求めても居る。

反魔物派の中に戻る気も無いだろう。
少なくとも友人達に素性がばれている以上、これ以上反魔物派に留まるのは危険であった。

「……わし……いや、私は…」

女であることを隠すために使い始めた一人称も、ここに来ては不要だった。
彼女は本来使っていた自称を使うが、時折2つの一人称が混同しているのは状況の変化に心が付いていっていないからである。
だが、混乱していても、レインの心は決まっていたようだ。

「……行く」
「じゃろうな」
「ほぉ…ベリルよ、これは面白い拾い物ではないか」

ベリルは満足して大鎌を下ろす。
河原に突き立てたそれは傾き始める太陽の日差しを受けて、どす黒い光を放っていた。

レインは彼女自身の目的のためにも、このまま反魔物領に残るのではなく、魔物と人が共に暮らす地へと赴くことを決めた。
そうすれば、彼女はやりたい事をすることができるし、魔力不足で人間の姿を維持できなくなっている事も、実は人化の術が完全でない事もさしたる問題にはならない。

「そうかそうか…いや、わしは嬉しいぞ…ふふふっ…」

すると、しゃがみこむレインにベリルがしなを作りながらにじり寄って来た。
四つん這いになりながら近寄るその姿は幼い少女のようで、妖艶な成女の様でもある。

「!、どうした?」
「いやなに、空腹の新しい仲間に魔力を分けてやろうと思ってな…」
「!!、ちょっと待って、私は…その…」
「ほほぉ、お主は未経験か?」

突然の言葉にレインの顔が真っ赤に染まる。
赤い頬、黒い髪、緑眼。
その姿はバフォメットとしては、いまいち威厳に欠けていた。

「当たり前だ!!、今まで男として生きてきたんだぞ!?」
「ははは、そうじゃったな、ではでは、いろいろと頂くとするかの」
「!!!!!」
「…ベリル…私も混ざる」
「珍しいな…」

仰向けにレインを押し倒していくベリルにリシアが声をかけた。
レインは色々と言葉を紡いでいるがパニックになっているのか全く要領を得ない。

やれ女同士がなんたらとか、やれ非生産的とか、やれ3人って何だとか、やめてとか離してとかそんな内容だった。
だが、ベリルの次の一言でレインは黙る事になる。
もっとも、体力・魔力共に尽きているから抵抗も逃走もできなかったであろうが…

「わしらはな、仲間を増やす時に女を押し倒すのを躊躇しないし、全くもって平気じゃ、それにこれはレインの魔力補充のためなんじゃ」
「ぁう…」

その様に言われては反論の余地も無い、そのままベリルに覆い被せられる。
すると、自分も参加すると言っていたリシアが脇からヌルヌルとした身体を2人の体の間に入り込ませてくる。

「あぁぁぁぁぁっ!!!」
「「頂きまーす」」

結局、レインは魔力補充を名目にその場で2人の魔物に弄り倒された。


そして過ぎること2刻程。


すっかりと満足した様子で河原の草の上に座り込む2人の魔物と、魔力がみなぎるものの、体力的にはねっとりと絞りつくされ、横になっているレインが居た。
レインは完全にバフォメットという魔物が示す特徴と大きな魔力を得るに至っていた。
彼女はその魔力を“魔物の姿を封じる事”に使うのを止めた。

しかしながら、今の彼女の魔力はベリルとリシアから貰った物で、男から精を受けたものではない。
いずれ、男性を貪る様に犯すようにならなければ、また魔力不足で倒れることになるだろう。

「…レインよ」
「?」
「後悔しておらんな?」
「…はい」

自分は母親について知りたい。
そして、自分の安住の地が欲しい。
その思いがあればこその選択であった。

「では、主に名前を授けよう」
「名前…?」
「うむ、今までとは違う人生を歩むのじゃ、姿も立場も心も変わる、その1つの節目として受け止めて欲しい」
「分かった」

よろしい、ベリルはそう言うとレインと会ってから初めて笑った。
おそらく自分と同じ種族の仲間が増えるのが純粋に嬉しいのだろう。
彼女は立ち上がると口を開く。

「では…レインよ、わしはこれから主に名を授ける、その瞬間からお主はわしの部下じゃ、死ぬまで面倒を見てやるぞ」
「……はい」

紆余曲折あったが、自分が知りたい真相に近付くための、そして自分がありのままで生きていくための環境を手にするための、最も有効な手段に到達してしまった自分をレインは心の中で嘲笑していた。

友人を失い、住処を失い、人の姿を失った。
だが、新たな居場所を得た、頼れるであろう同種の仲間を得た、ひょっとしたら母親の手がかりも得られるかもしれない。
そう思うと、悲しいような嬉しいような複雑な感情が入り乱れてしまった。

「よし、レインよ…主の名は………」

ベリルの言葉と新たな名前はそんなごちゃごちゃのレインの心にやたらと響いた気がした。

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街にはいつの間にか火の手が上がっている。
おそらく、騒動の中で何処かの家に火が付いたのだろう。
それが隣家に燃え移っているのか、あちらこちらで火事が起きている。

彼女達はこの街を恒久的に治める気は無い。
だが、結局逃亡者を出したのだから、遠くない未来に教会の討伐隊がこの街を訪れる。
それを見越して撤退するか、奇襲を掛けるか…その点がベリルとしての悩み所だったらしい

既に街から逃げ出した住人以外は全て魔物化もしくは捕縛している。
ベリルの探知術と攻撃呪法、リシアの転移術と肉弾戦闘能力。
この2つから逃れる術は皆無に等しい。
レインの仲間達が逃げ出したが、彼らを追いかけたりはしなかった。
それをしてしまえば、恭順を示すレインの反発を買いかねないからだ。

結局、討伐隊に備えるよりも、彼らが手を出し辛い親魔物領まで逃げる事にした。
とはいっても手順は単純。
捕縛した住人達や魔物達を全員親魔物領へ転移させること

リシアの魔力が枯れるまで頑張って貰い、カルコサに侵攻した魔物達とそこに住む住人達は次々と姿を消した。
転移された魔物は魔界や親魔物領のベリルの納める地方都市へと移動させられ、そこで新たな生活を送る事となる。
これが事件発生から3日目〜4日目の出来事であった。
最後は無人の街と化したカルコサから3人が脱出し、今回の作戦は大成功に終わるという結果を残した。

その後、レインと名乗っていたバフォメットは別の名を与えられ、魔物としての活動(サバト&魔王軍)に積極的に参加するようになる。

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ティクやトロメリア達はその後どうなったか。

彼らは全員が無事に保護された。

川伝いに国境ギリギリを通り隣の街まで2日掛かり、それから聖王都への通報が届くまで更に2日、状況の把握に2日、教会騎士団が討伐隊として送り込まれるまで4日掛かり、街に踏み込んだ時には建物の多くは焼け落ち、街であった物が残るのみで、人も魔物の姿も一切なかった。

そして、その後に作成された“住人の行方不明者リスト”の中にレインの名前が載る事となる。

結局、彼らはレインが魔物であったことを誰にも公言しなかった。

彼らはレインが思うほど薄情ではなかったという事だ。

だが、彼らが望もうと二度とレインと会うことは叶わないし、それを彼らも知っている。

彼女が最後の時、その場に残った理由を彼らは何となく察していたからだった。

やがて、彼ら自身も自分たちが受けてきた教育、しいては反魔物派の考え方そのものに疑問を持つまでに至る。
彼らが行動でそれを示すまでは幾分かの時間を要した。

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― とある魔術研究所にて ―

「べリル、頼まれてた薬草を取ってきました」
「うむ、ありがたい……というか燐華、いい加減わしを呼び捨てにするのはやめんか!」
「む……出会いの悪さがずっと尾を引いているんですよ、ベリル『様』」
「…それは仕方なかろう、わしとて、あの街に行くまでは『反魔物領で人間と偽って暮らす魔物』…というケースは知らなかったんじゃ」

場所は薄暗い研究室。
本に埋もれた机、部屋の隅には薬品棚、壁に埋め込まれるように作られた試験管には良く分からない何かが浮いている。
燐華と呼ばれた緑眼のバフォメットは両手一杯に集めてきた薬草と思われるどす黒い草をベリルが座る机の横にある籠の中に放り込んだ。
籠が置かれた石造りの床は良く分からない溶液で汚れているのだが…ここに薬草を置いて化学反応を起こさないのだろうか?、と燐華は心配になってしまう。

「そういえば、ベリル様、明日の黒ミサの予定なんですが」
「ふむ…聞こうか」

燐華は現在ベリルの弟子として、彼女が所属するサバトのスケジューリングから、自身の魔術訓練、魔王軍入隊に備えての魔術知識の取得等々、ベリルを支えながら、自身の遅れを取り戻さんばかりの勢いで知識や経験を吸収している。
彼女はいつかの剣を手放さず、訓練の際には必ず使用しているようだ。
10分ほどで、自らの師と打ち合わせを終え、相変わらず汚い部屋ですね等と軽口を叩きながら研究室を出ようとする燐華をベリルは呼び止めた。

「…燐華…」
「どうしました?」
「…すまなかった」
「突然どうしたんですか?」
「わしはお主の生活を壊してしまった…」

燐華は師の言葉に足を止め、彼女に歩み寄った。

「何を言ってるんですか、ベリル様、あの時点で私は人間を偽り続けるのに限界が来ていた、それを助けてくださったのはベリル様とリシア様ではありませんか」
「そうじゃが…わしはお主の友と街を…」
「…どちらも私にとっては足枷だったのですよ、彼らは良き友であの街は良い街でした、でもそれは『人間を偽るレイン』だからこそ享受できたものです、魔物としての私を彼らやあの街が受け入れるはずが無い、だからこそ私は人を偽り続けたのです」
「…」
「それにですよ、今更何を言っているんですか?、報復攻撃で街を1つ壊滅させておいて、たった1人の魔物の生活を変えた事を後悔なさるなんて」

「…まったくじゃな…わしは何を言っているんだか…しかし…」
「?」
「後悔は…無いのじゃな?」
「はい、今はサバトの皆が私の良き友で、私の居場所はここです、それに…」

燐華は椅子に座っているベリルの肢体に手を絡ませる。
ベリルは一瞬身体を震えさせるがそこから動こうとはしない。

「私にこの快楽を教えてくれたのも、ベリルではないですか」
「!!」
「あの時の私は情欲に蝕まれようとも自らそれを慰めるしかなく、精が欲しくなっても誰からも注いで貰う事もできなかった、そんな本能を押し殺した私をベリルは無遠慮に犯したではありませんか」
「それは…」
「結局私の『初めて』は興奮しきったベリルに奪われてしまったし…」
「すまん…それは完全にわしの過失じゃ」
「今では欲しい時に欲しいだけ、欲しい人と交わる事ができる、それは私にとっては渇望して手に入れられなかった物なのです」

燐華は早口で捲くし立てながら、ベリルの全身を愛撫する。
ベリルは弱い部分に触れられているのか、時折身体をピクピクと痙攣させる。
はぁ…という甘い吐息を漏らしつつ、ベリルは口を開いた。

「後悔が無いなら…わしも安心じゃ…あぅ…これからも…あっ…よろし…あんっ!」
「ついて行きますよ、これからも…それじゃあ…今度は私がベリルを苛めるとします」
「ちょ…んっ…ああっ!…まっ…ひんッ!」

徐々に触れる場所が胸(とても慎ましい)や股間に集中していく。
やがて、緑眼のバフォメットが古参のバフォメットを床に押し倒し、それからしばらく、その研究室はピンク色の瘴気に包まれた。
そして、水音や嬌声がやんだ頃には、つやつやの肌に満足した緑眼のバフォメットとぐったりとした古参のバフォメットがそこにいた。

この2人のバフォメットはこの後も長きに渡り師弟として活動し、燐華が魔王軍の部隊長に任じられると、2人は肩を並べて戦場に赴き、数々の武勲を立てる事となる。
だが、この時の2人はそれをまだ知らない。

〜 完 〜


― あとがき ―

まずは当作品にはモデルとなった事件がある。
 ※地方都市グローレイ事変(魔王軍による報復攻撃)
だが、実際の事件その物とは内容が異なることを明記しておく。

次に、登場人物についても実在の人物がモデルになっている部分もあるが、その大半は実際の事件とは関りの無い者達である。

だが、反魔物派の都市において、人間と偽った魔物が生活するというのは前例が数例ながら報告されており、その大半は父親が親魔物派に経済的・社会的な伝手が無く、しかも母親である魔物に先立たれている場合に発生している。
実際には魔物と人間が婚約した時点で、反魔物派の土地からは出て行くものだが、極々稀にこういう事件が起きていたようだ。
親魔物派と反魔物派の間で、そういった境遇の魔物や人間を遅滞無く援助する制度は当時は存在しなかったのである。

尚、『地方都市グローレイ事変』及びそのキッカケとなる『国境都市ノメイン急襲戦』については、以下の書物を参考とした。

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― 国立ネーフィア学院、大図書館 ―

少女は本を閉じた。
長い…読んでいて何度途中でトイレに立ちたくなったことか。
だが同時に考えていた。

人間を偽って反魔物領で暮らさなければならないというのはどれほどの苦痛なのか…
少なくとも今の私達はその心配は無い。
この大陸には『反魔物派』は既に存在しないからだ。
だが、海の向こうの国々ではどうなのか、この本のような悲劇は起きているのだろうか?
平和といえるのはこの大陸とジパングくらいなのだろうか…

少女の疑問は尽きなかった。

そして、湧き上がる1つの好奇心。
実際に起きた『地方都市グローレイ事変』という物はこの創作小説とは異なるとの事だったが、実際に起きた侵攻作戦に至る原因…『国境都市ノメイン急襲戦』についての興味が沸いた。

結局、少女は娯楽小説を手にとっても真面目な事を考えてしまうのだった。
そして、さっさとその娯楽小説を脇にどけ、机に積み上げた歴史書の山から取り出し、該当する事件を調べ始めた。
10/09/11 22:38更新 / 月影
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■作者メッセージ
反省点:人間の仲間増やした割りに見せ場無し。
    内容が急ぎ足で薄味。

この話はここで終わります。
次からは今までの通り、少女が歴史書という名のエロ本を漁る話になります。

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