連載小説
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魔物娘生物災害 \
― 私は考えている ―

・・・お腹が減った。
空腹ではない。
この一連の騒動で体力が落ちてるし、第一魔力が常時足りない。
私は自分の中にある『魔物』を抑え付けるためだけに体内の魔力を常に差し向けなければならない。

ああ・・・今すぐに目の前の男達に乱暴に犯され、穴という穴に精を注ぎ込まれたい・・・

いやいや、それはだめだ、今は逃げるのが先。

一滴の精液が私の理性を壊しかねない・・・

でも・・・でも、私にもっと力があれば、皆を守れるんじゃ・・・

私の頭はごちゃごちゃになってきた・・・

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ティク達は今、シルトの家までの道のりを周囲を警戒しながら歩いていた。

既に中央区からは離れ、ゾンビの数は少ない。
西区はゾンビの侵攻がそれほど及んでいないようだった。

だが、もちろん被害0という訳ではない。
街並みの中に響く悲鳴や嬌声はどこかでゾンビが暴れていることを示している。
時折現れる少数のゾンビ達を殴り倒し、斬りつけてここまで進んで来た。

西区に有る自警団の詰め所にも寄ってみたが、隊員は誰も居らず、逃げ出してしまったのか受付すら居ない状態であった。
その意味する所、クレンの父が語ったように自警団は既に壊滅したのだろうか・・・そんな疑問が6人を襲う。

石畳が広がり、低い住宅が両脇に立ち並ぶ街道を6人は歩く。
シルトの自宅はもう少し離れた所に位置している。

「・・・ねぇレイン?」
「どうしたの、トロメリア?」

ペースを落とした事で体力的には余裕が出てきている。
レインが最後尾におり、そんな彼に対して、目の前のトロメリアが振り返らずに声をかけてきた。

「お腹・・・空かない?」
「!?、どうし・・・たの?」

トロメリアは彼女の個性である強めの語気では無く、異様に優しげな言葉をかけてきた。
別に事件の前から親交があったわけではないが、この短い時間で彼は彼女の特徴をある程度把握するに至っていた。

「・・・・・・はぁ・・・」

突然彼女は、歩くペースを落とし、レインの隣を歩き始めた。

「もう・・・ずっと何も食べてないからお腹が減ったのよね・・・」
「は・・・はぁ・・・」
「だ・・・か・・・ら・・・ね・・・」
「!!」

レインは背中に氷を放り込まれたような寒気を感じた。
歩きながら徐々に彼女は彼に近付く。
自らに向かって伸ばされる白く細い手と、じっと見つめる青い瞳、未だに甘い香りを漂わせる長いブロンド、レインはこの時初めて彼女の容姿を注視した気がした。

やがて、レインの懐に腕が差し込まれる。
彼女にある種魅了され、歩くことはできるものの、それ以上の抵抗ができない。

そして・・・

「やっぱり持ってた!!!」
「あ・・・それ・・・」

彼女がレインの懐から取り出した物、それはクレン宅で貰ったクッキーを包んだ布だった。
彼女の表情は普段の強気なそれとは異なり、ニコニコと笑っている。
そこに先程垣間見えた妖艶な表情は無い。

「お腹空いてたのよね〜、まったく、そんな美味しそうな物持ってるなら早く頂戴よね」
「・・・ごめん」

トロメリアは甘い物が大好きだったのであろう、包まれていた布を外し、顔を見せる数枚のクッキーを次々と口に放り込み、頬を緩ませていた。
僅かな食料で少しばかりのカロリーを補充した彼女は歩行ペースを上げ、先程と同じくらいの距離を取って歩く。

「・・・って、トロメリアは自分の分食べたろー!」

気が付くと、レインの分のクッキーは全て食べ尽くされていた。
白い布だけが返された時、レインはガクリと肩を落としてしまった。

「ご馳走さまー」
「うぅ・・・」

背を向けたまま、トロメリアは嬉しそうに答える。
大事な食料を根こそぎ持っていかれて、レインは落胆していたが、現状はそんな暇すら与えない。
やがて、角を1つ曲がると、彼ら6人の正面に沢山の人影が現れ、一同に緊張が走った。

「ティク・・・あいつら」
「ああ・・・ゾンビ共だ」

正面の十字路一杯に広がる彼らは30人は超えるだろうか、どこからとも無くこの地区に集まってきたゾンビ達が餌を求めてフラフラと歩いている。

「どうしましょう?」

ルナの言葉に一同は歩みを止め、道の端、建物の影に隠れて思案する。
シルトの自宅はこの大通りを越え、更に100m程進んだところにある。
残念ながら、ゾンビ達を突破しない限り、たどり着けない場所だ。

「・・・じゃあ・・・潜るか」
「もぐ・・・る?」

にやりと笑ったシルトは指を下に向けて指す。
ルナもトロメリアも、もちろん他のメンバーもその意図が読み切れない。
ただ1人、シャルだけがシルトの笑みの意味に気付いた。

「なるほど・・・排水を通す下水道を行くのね」
「そそ、ちょっと臭せぇけど、多分ゾンビは居ないぜ」
「うげぇ・・・汚くて臭いところはちょっと・・・」
「じゃあ・・・あそこを突っ切るのか?」
「・・・それは嫌」

トロメリアは下水という環境に難色を示すが、ゾンビに囲まれる事を考えれば、天秤にかけるまでも無いようだった
その答えに満足したのか、シルトは建物の影から道の真ん中にある格子状の蓋を指差した。
それは雨水を下水に通すための排水溝。
人が通れる程の穴の大きさで、錠などは付いていないらしい。

「じゃあ・・・シルトがあの蓋を開けるまで、わしが援護するよ」
「私達はここに居た方がいい?」
「いや、開ける過程で多分気付かれる、開けたらすぐに下に降りてほしいから側にいろ」
「分かった」

作戦を確認し、シルトは手にしていた剣をレインに渡す。
そして、6人は一斉に動き出した。
先頭のシルトが格子状の金属の蓋に取り付き、力任せに引き上げようとしている。
当然その音は辺りに響き渡るわけで・・・

「ア゜ア゜ア゜ア゜・・・?」
「ちょっと、気付かれたわよ!!」

ゾンビを注視していたトロメリアは小声で悲鳴を上げた。
蓋は1人でも持ち上げられる重さのようだったが、それだと時間が掛かってしまう。

「俺も手伝う!」
「糞ッ・・・」

シルトだけで持ち上げていては間に合わないとティクが加わり、一緒に持ち上げると、思いの他あっさりと持ち上がった。

だが、そんな中で6人を見つけたゾンビが歩き始める。
そして、先頭がそうやって動き出したのを見て他のゾンビもそれに追従しだした。

最初はゆっくりと、だが徐々に加速し出す。
自警団の隊員、武器屋の店員、看護婦、主婦、学生、そして子供・・・年齢も職業もバラバラな彼らだが、男を捕まえて精を注がせる、女を捕まえて同種へ変えるという、ただそれだけの為に行動をしている点では同じであった。

やがて、彼女達の走る速度は最高速度へ・・・おそらくティク達に辿り付くまで20秒も無いだろう。
蓋は間も無く地面から外れる。


15秒・・・

女性達を先に降ろす。
レインは剣をティクに渡す。
剣を受け取ったティクとシルトが降りる。

10秒・・・

最後にレインが両手で蓋を引き摺りながら、下水道への点検口へ入る。

5秒・・・

彼女達が手を伸ばす。
レインは点検口の内側から蓋を元々はまっていた枠に合わせ、格子を強く掴んで足を一段目の梯子から外す。
華奢なレインでは有るが、彼の全体重を使って、蓋を元通りにはめ直した。

0秒・・・

ゾンビ達が彼らの居た場所に到達し、地上から地下の点検口・・・レインを目掛けて手を伸ばす。
腕こそ入らない幅ではあるが、大量に差し込まれる指に驚いたレインは格子から手を離してしまった。

「ひぃ!・・・ア・・・」

当然始まるのは重力に引かれた自由落下。
点検口内部は広く作られているものの、それでもレインは先に降りたメンバーに身体を当てながら、下水道内部まで落ちてしまった。

足から落ちたのは幸いで、且つそこまで深く掘り下げていなかったのも幸いだった。
高さにして3mも無いのと、落下地点がすぐに下水の流れる水路になっていた。

ただ、落下中にまだ梯子を降りていたティクとシルトに当たってしまった。
2人もバランスを崩したが、真上からの直撃ではなかったため、何とか持ち直したようだ。
先に降りた女性陣にしても、降りた先は濁った水が異臭を放っているということで、慌てて点検用の通路に上がっていたのも幸いであった。

この下水道は中央に水路、両脇に通路という作りになっている。
水路自体は幅が2m、深さ1mといったところだ。
その水路にレインが1人で薄暗い下水道に水柱を上げたのだった。

「うわぷ・・・臭い・・・」
「・・・おーい、大丈夫かー」
「そんなダイナミックに下水に飛び込まなくても・・・」

梯子の上からかけられる言葉に、彼の表情はとても落ち込んでいた。
レインは中央の水路から右手の点検用通路に上る。
だが、全身が嫌な臭いを放つ彼には、女性陣は誰も近寄らなかった。

「・・・うわぁ・・・」
「・・・・・・(鼻を摘んでいる)」

兎にも角にも、何とか下水道に逃げ込んだ6人は、シルトの土地勘と壁で発光する魔法石を頼りに歩き始めた。
隊列はシルト・トロメリア・ルナ・シャル・レイン・ティク。

シルトは先程地上から降りてきた時の方向を把握しており、自分の家の方角へ迷わず歩く。
下水道とは言っても作りは原始的で、地面をくりぬいた洞窟に水路を掘った物だ。
脇に人間が点検をする時に歩く通路が作られている。
とはいっても、地面が岩盤そのもので非常にゴツゴツしている。

当人達は知らないことでは有るが、この街を作り上げてから、下水整備は重要課題であった。
しかし、人手や技術に問題があり、上手く進められず、街の長はある方法を提示し、それが議会で受け入れられた。

それは・・・・・・

断続的に起こる周辺に住む魔物との争いの中で、捕らえられたジャイアントアントをこの工事に従事させるというもの。
5人の捕虜になったジャイアントアントが作業員として駆り出され、昼夜を問わずに仕事をさせられた。

途中脱走を図り、失敗して処刑されたのが2人、作業中に過労で倒れそのまま処分されたのが1人。
工事を終え、街中に下水道を通し、完成後に処刑されたのが2人。

結局、誰一人として生きて地下から戻ることは無く、反魔物派が彼女達を手厚く葬るはずも無く、死後地上に戻された彼女達は街の外れで野晒しにされた。
そうした、忌まわしい成り立ちを6人は知らない。

だが、彼女達の怨嗟はこの下水道からは決して消えない。
工事をしながら篭められた悲痛な魔力の残滓がこの下水道には漂っているのだった。

「・・・何か・・・気持ち悪い・・・」
「・・・臭いの所為かな?」

ルナが不調を訴え、シャルが自分の鼻を摘みながらそれに答えるが、その様な雰囲気ではない。
臭い自体はとっくに鼻が麻痺しているため感じないが、その影響が吐き気や頭痛に表れるのは無理な話ではない・・・

だが・・・

「・・・なんて言うか・・・・・・悲鳴が・・・聞こえてくる・・・」
「ゾンビかな・・・?」
「分からない・・・」

ルナは青い顔をしているが、ここで足を止めるわけにもいかない、シャルは心配しつつも前に向きなおり、ルナの少し前を歩く。
そこに後ろを歩いているレインが少し足を速め、ルナの後ろから小声で声をかけた。

「・・・その声・・・余り聞かない方がいいよ・・・」
「・・・聞こえるの?」
「うん・・・」

ルナは意識してその声を聞かないようにし、ただ流れる行く下水の水音だけを聞くようにした。
そうこうしている内に、距離としてはシルトの家の近くまで来ていた。

「よし・・・次の水路が交差しているところの先に行けば、俺の家の近くに出られるぞ」
「やったよ、ルナ・・・早く行きましょ〜」

水路が交差する下水道の先、そこにはここに降りるときに使った梯子が取り付けられ、その上・・・地上からは徐々に傾き始めた日の光が差し込んでいる。
それを見たシャルは喜び勇んだ。

やがて、水路が交差するポイントに辿り付き、先頭のシルトが安全確認の為に両側を覗き込む。
幸いそこには誰の姿もなかった。

地下水路となるとデビルバグやバブルスライム、ローパーなどが居る恐れもあった。
だが、見たところ魔物達はまだ地下道には入り込んでいないようだった。

そして、シルトが梯子を登り、排水溝の蓋を押し上げる。
他のメンバーはまた転落されては敵わないと、少し離れて彼を待った。

蓋は先程持ち上げた時と同じで重い。
1人でも十分できそうな重さでは有ったが、やはり時間が掛かってしまった。
足場も悪く上手く持ち上がらない。

「糞ぉぉぉぉぉ!!!!」

それでも蓋を持ち上げ、そのまま横にずらして何とか排水溝の蓋を開いた。
そして、頭だけを点検口から出し、辺りを伺うと・・・・・・

そこには・・・後ろに何人いるかも分からない程のゾンビ達が居た。

「!!、な・・・なんだと!!!」

あっという間に数人がかりで身体を捕まれ、点検口から引きずり出されるシルト。
こうなってはどうにもならない。

だが、そこは彼の本気。

手足を掴むゾンビ達を一瞬振り払い、点検口に取り付くと力任せに蓋を元に戻した。
所謂火事場の馬鹿力を発揮した彼は蓋のその上にうつ伏せになる。

これでゾンビ達は下水道には入れない。
だが、目の前にはガタイのいい男が横になっているのだ、これを逃す手は無いと、一斉に群がる。

下水道では彼の絶叫を聞きつけ、レインが点検口の梯子を登っているところであった。
格子越しにシルトの顔が見えるところまで登る。

「止せ、くるなぁ!!!」

だが、彼はレインを制止した。
そう、シルトは自分が助かる見込みが無いのを理解していた。

だからこそ蓋を閉め、誰も来ないようにしたのだった。
そして、レインは彼の剣幕に、梯子を登る手を止めた。

「はやく・・・行け・・・ぐっ・・・そのまま真っ直ぐ行けば、ヴィルート河に出られるはずだ」
「でも・・・」

力任せに制服を引き千切られていく、それでもシルトは格子にしがみ付き、レインを真っ直ぐ見ている。

「さっさと行け!!」
「う・・・でも・・・」
「あいつらを・・・守って・・・k・・・」

言葉は最後まで紡がれる事は無く、彼は格子から引き剥がされ、姿が見えなくなった。
そして、レインに気が付いたゾンビが格子に纏わり付く。

今度は黙って冷静に梯子を降りると、待っている仲間にシルトの最期を告げた。
陰鬱な空気が一同を包むが、それよりも先に気付くべきであった。

ゾンビの数が少ないはずの西区にまるで待っていたかの様にあれだけのゾンビが居た事。
そして、仲間の犠牲で作られた下水道を魔物達が見逃すはずが無いという事。
何よりも、今、来た道から気味の悪い音が響いている事を・・・

「!!」
「あれ・・・は」

レイン達が振り返ると、先程通り過ぎた交差点から覗き込む顔がある。
そこに居たのは彼らから向かって右がバブルスライム達、左がローパー達であった。
バブルスライム達は餌と仲間(の予定)を見つけて嬉しいのか身体が泡立っている。
一方のローパーも同じようなことを考えて興奮し、触手が面白いほどうねっていた。
 
だが、どちらの場合でも、捕まれば男女共にひどい目に合わされる。
彼女達の姿を確認した5人は彼女達と逆の方向、すなわちヴィルート河の方向に向かって走り出した。
ローパーもバブルスライムも足は遅い、途中で転んだりしなければ、十分逃げ切れるはずだ。

背後から慌てて追いかけて来るのが気配で分かったが、人間が全力疾走すれば振り切れない速さではないようだった。

そして、振り返っても魔物達の姿が全く確認できなくなった頃、下水道から河に流れ込む合流地点に辿り着いた。
5人は光に目掛けて走り、土手の壁面から突き出した、石造りのパイプ状になっている所からそのまま河に飛び込んだ。
悪臭と汚れを河で思い切り洗い(とは言っても下水自体が流れ込んではいるが・・・)、5人は無事に河原に這い上がった。

「はぁ・・・はぁ・・・」
「皆・・・大丈夫?」

息も絶え絶えの仲間にレインが声をかけた。
当然すぐに返事ができよう筈も無く、一旦休憩と相成った。

だが、彼らの受難は彼らを休ませてはくれない。
後は川を下り、国境沿いを歩いて隣の街まで逃げるはずであった。

だが、彼らより川下・・・日光が丁度土手に阻まれた影の中に1人の魔物が立っていたのだ。

「おい、レイン!!」
「!!!」

魔物に気付いた男性二人は慌てて立ち上がり、女性達を庇う様に前に立った。

「・・・」

ティクは黙ってシルトの残した剣を構える。
だが、魔物はピクリとも反応しない。
つまり、その程度の武器は障害にすらならないという事だった。

「舐めるなっ!!」

ティクが叫び切りかかろうとする所をレインは止めた。

「なんだよ!、何故止める!!」
「・・・多分そんな物を振り回しても勝てないよ・・・」
「何言ってやがる!!」
「だって・・・あいつ・・・バフォメットだよ?」
「!!」

バフォメット、魔物の中でも上位種として扱われ、潜在的な魔力、獣人種特有の身体能力・・・どれを取っても先ほどまでのゾンビなどとは比べ物にならない存在である。
大気を振るわせるほどの魔力を身体から滲ませながら、バフォメットはゆっくりとティク達に近付いてきた。

(・・・まだ、バフォメットなら会話が成立する分助かるかも・・・)

レインの中では1つの考えが浮かんでいた。
ひょっとすれば、命乞いをしたら聞き入れてくれるのでは?、と・・・

やがて、その獣人種の顔が日光に晒される。
青味がかった短髪に山羊の角、身長はレインより少し大きいくらいで、その身の丈よりも大きい鎌を携えている。
衣服は殆ど衣服の役割を果たさず、手足は獣のそれであった。

そして、互いの距離が5m程まで近付いた時、鈴を鳴らすような声が聞こえてきた。
余りに澄んだ綺麗な声はそれが目の前のバフォメットの物だと気が付くまで一瞬の間を置く羽目になってしまった。

「まずは挨拶からじゃな・・・わしは魔王軍のベリルと申す」

恭しく一礼する姿は丁寧でも有ったが、同時に嘲笑を含んでいるように感じた。

「よくぞ、あの地獄から人間のままここまで来れたものじゃ」
「!」
「・・・見事だった、そこまで人の殻に執着する事に何の未練を持っているか知らんが、我らの力を使わずに自力で何とかするとはな」
「何を言ってやがる!!」

続けて紡がれる脈略の無い賞賛の言葉はティクを激昂させた。
そして、レインの忠告も忘れ、剣を構えてベリルに切りかかったのだ。

「ふむ、せっかちじゃな」
「くそっ」

脳天を狙って振り下ろした彼の剣はベリルの大鎌にあっさりと受け止められる。
ベリルが片手で大鎌を振るうと、ティクはレインの所まで弾き飛ばされてしまった。

「ぐぁ・・・」
「ふむ・・・わしを見て尚、無謀に切りかかるところを見るに・・・お主では無い様だな・・・」
「何の話だ!」

答えるのはやはりティク、レインや女性達は何かを感じて言葉が紡げない。
それほどまでに彼女の力は絶大なのだった。

一方の彼女はどこか意味が分からないような様子で首を捻りながら口を開いた。

「お主等・・・本当に気がついておらぬのか?」
「だからなんだってんだよ!!」

この街から逃げ出す可能性のある人間を前にしてもそれでも、尚、手を出さず、何か話したい事があって仕方が無いという表情をする彼女に、ティクは更に激昂した。
だが、次の一言は彼の頭に上った血を一気に、足元まで下がるくらい彼の肝を冷やすものであった。

「お主等の中に・・・人でないものが混ざっているぞ?」

「「「「「!!?」」」」」

一同の動揺は頂点に達する。
ベリルはニヤリと笑うと、大鎌を一振り、肩に柄を乗せる。

「どれ・・・わしが炙り出してやろうか」
「何するつもり・・・?」

やっと搾り出したルナの言葉は小さい物であったが、ベリルには通じていたようだ。

「何、特大の火炎呪法をぶつけてやろうと思ってな、心配するな、人間でないなら死にはせん」
「!!」
「だが、そやつ以外の『人間』は全員灰になる」

再び、大きな動作で鎌を振り回し、河原に突き立てると、ベリルは詠唱を始める。
それは今まで学んだ魔導学問など足元にも及ばぬ程の高速・高精度・高等呪文である。

やがて、彼女の掌に火球が現れる。

大きさは林檎ほどだろうか、だが圧縮した魔力がとても危険な物である事を、その場の全員は離れていて尚、顔を熱する熱さでそれを悟った。
あんな魔術が開放されれば、この河原の広い範囲が炎で焼き尽くされる。

それはすなわち、彼女の言うとおり、『人間』が灰になることを意味する。
そして、5人が『一体誰が仲間の中に潜む人で無い者なのか』を言い争う暇も与えずに、その火球はベリルの手元を離れた。

とてつもない速度で飛来するそれに5人は・・・いや、4人は目を閉じ、その最後の瞬間を待った。

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― 私は・・・ ―

嫌だ!!
私は人じゃない・・・でも彼等は皆、私の大好きな仲間だ!!

死なせない・・・絶対に死なせない。
例え、魔力が尽きて朽ち果てようとも!!!

私は普段絶対に使わない魔力の蓋を開ける。

それは本能と魔物の姿を制御する為に常に振り分けている分。

これを開放すれば・・・行く先は1つ!

でも、構わない、私は決めていた。
必要と有れば、迫害され、死に至ろうとも、自分の仲間を助けると。

ならば・・・ならば!!!

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そして、火球は空中高く舞い上がり、空で爆ぜ、輝いた。
それを見たベリルは心底嬉しそうに・・・ニヤリと笑う。

「ほぉ・・・お主がそうであったか・・・」

彼女の視線の先には1人の人間・・・いや、魔物としての本能や魔力、その姿までも抑え込んだ哀れな存在が1つ。
溢れ返る魔力をその身に抱えて立っていた。

それは・・・・・・・・・

〜 続 〜
10/09/03 23:47更新 / 月影
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■作者メッセージ
次回でこのお話は最終話です。
5人がどうなるのか・・・それを書いていきたいと思います。

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