連載小説
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偶然見逃されたとある記述 T
少女が調べ、読み漁る書物の中に、彼女が目を通さずに捨て置かれる物も数多く存在していた。
その中の1つにこのようなものが存在する。

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時刻は深夜、月明かりと魔の者が放つ妖光のみが光源となる深い山の奥。
魔都エリスライから西へ150km程に位置する深い森の中に3人の姿はあった。
口元すら覆い隠す黒頭巾と闇に溶けるような黒装束が印象的な3人だった。

3人に正式な名前は無い。
出身がジパングである事、固有の能力を買われ3人1組で情報収集を生業としている事、そして何より“反魔物派”の所属である事が彼らの特徴であった。
現在はギルドに所属して活動しているのだが、聖皇歴325年のある日、首都グラネウス、第2ギルド・ルトハールから突然下された命により、3人は親魔物領深くに潜入を図った。
無論、今現在親魔物領にいるのだから、潜入は大成功といえる。

彼らに下された命、それは魔王軍幹部の情報収集であった。
実際のところ、名前と種族だけは判明しているのだが、その個体の性格や戦闘能力、率いる部隊の総数などは一切不明である。
無論、本来のギルドの任務である魔物の保護とはなんら関係ないため、教会直々に下ったこの命令は親魔物派と魔物に対しての口外を絶対禁止とされた。

そして、その命に従い、教会の人間から手渡された魔王軍部隊長の資料(名前、種族の記述がある…その発行は驚く無かれ魔王軍であった)を元に、各部隊の部隊長を捜し歩いた。
潜入から早1ヶ月、具体的な成果を上げられないまま現在まで来ていたのだが、ここにきてこの近くの街で有力な情報を得ていた。

魔王軍のとある部隊が山の中で演習を行うらしい…というものだった。
真偽はともかく3人にとっては他に頼る情報も無く、その山…すなわち今彼らが居る山まで来たのだった。

「見えたか?」
「……ああ…いた」

「…さすが…“眼”が居ると助かるよ」
「少し静かに頼むよ…回りの警戒をしてるんだから…」
「邪魔して悪かったな“耳”…」
「まあいざとなったら、“足”が居ないと俺達は逃げられないし、そこらへんは頼りにしているよ」

彼ら3人には名前が無い。
ジパングに生まれ、物心が付く頃には親も兄弟も無く、自分達を引き取る大人も居らず、いつの間にか寄り集まった3人はありとあらゆる事をして生きてきた。
3人の能力、千里眼、広域聴覚、空間転移をそれぞれが互いに生かしあって今まで生きてこれた。
そして、ある日、偶然出会った男に連れられてこの大陸へ渡り、そこで反魔物派として生き、育てられた。

よって、3人は互いの事を“眼”、“耳”、“足”とだけ呼ぶ。
それは固有の能力を端的に示していると言えるだろう。

今、森の中で一際高い木の枝に座り、ある方向を睨みつけているのは“眼”。
例え闇夜の中に居ても、千里遠くをも見通すと呼ばれるその目で(物体を透過して見る事は出来ないらしいが)、この森の中に居るであろう魔王軍とその部隊長を見つけようと周囲を見回していた。
そして、その隣で“耳”は周囲の物音、もっと言えば空気の振動を感知しようと気を払っている。
最後に“足”は何時間も前に、ここからかなり離れた場所に呪印を刻んでおり、術を開放すれば3人がその呪印の場所まで一瞬で転移できるようにしていた。
この偵察を行いつつも遁走術を用意しておく手法で、3人はここまで生き残ってこれたのだった。

「で…リストにあった最初の1人…冥螺ってどんな奴だ?」
「…資料は間違ってないみたいだな……珍しい…この大陸に本当に烏天狗が居るなんてな」
「!!、ジパングの魔物じゃないのか?!」
「…資料によれば、元々はジパング方面の治安維持を担当する航空部隊の隊長らしいぜ」

“足”の質問に“眼”は頭に叩き込んでいた資料を思い出しながら、小さな声で答えた。
“眼”曰く、黒い服、黒く長い髪、茶色の瞳、切れ長の眼、強気な叱咤の表情(声そのものは聞こえない)から、とても強気なお嬢様といった印象を受けたとの事。
闇の中にあって、彼女の髪や衣服は一際黒く、周囲の黒を逆に浮かび上がらせるほどであった。

そして、彼女の様子をもっとよく監察しようと思った“眼”は次の瞬間、心臓を鷲掴みにされたようなプレッシャーを感じた。
覗き見る対象…冥螺が“眼”と視線を合わせたのだ。

「!!!」
「どうしたの?」
「…み…見られてる…」
「ま…まさか」

“耳”が疑問を口にするも、“眼”には分かった。
彼女は自分に気が付いていると…そして、自分を確かに見ていると…

そして、彼女の唇がゆっくりと動く。
遥か何kmも離れた彼に対し、あたかも側で話しかけるようなとても嬉しそうな表情で…

「    」

口の動きしか分からないので正確な音は分からない。
“眼”は体中から冷や汗が噴き出し始めた。
体はもちろん、顔までもが暑くもないのに汗だらけになる。

だが、次に体を震わせ始めたのは“耳”だった。

「あぅ……なんで…」
「“耳”どうしたんだ?」

1人何も感じない“足”は“眼”と“耳”に何が起こっているか問う。
“耳”は口を開いた。
それは“足”はもちろん“眼”をも驚愕させた。

「…『見つけた』って言ってる」
「!!!」

“耳”の広域聴覚でギリギリ冥螺の居る場所の音が感知できるかどうか、それすら周囲のほかの音を出来るだけ意識から外して聞くという神経の居る作業が必要になる。

彼がそれをしていないということは、向こうから指向性を持って魔力に乗せた声を届けたという事になる。 

そんな状況の中、“眼”の瞳にうつる冥螺は3人の様子を見ているのかニコニコとしている。
その表情を崩さぬまま、冥螺は腕を振り上げた。
すると、彼女の周りの森が震え始める。
やがてその震えが頂点に達し、木々からそれが吐き出され始めた。

「やばい…この音はやばいよ」

“耳”も“眼”もその異変を感じ取っていた。
大気を震わせるその原因は、物凄い数の鳥人種達。
500人は居るであろうそれは、闇を切り裂きながら、物凄い勢いで3人のいるところに向かって移動を開始する。

「“足”!!、跳べ!!!」
「早く!!」
「くっ!」

“眼”と“耳”が悲鳴のような声を上げる。
状況の切迫具合を理解した“足”は術を開放する。

ここから離れた場所へ、転移するのだが、転移中はただただ眩しく、しかも移動後に強烈な吐き気(馬車酔いに近い)を催してしまう欠点がある。

一瞬で3人は先ほどの場所から更に何kmも離れたところに跳んだのだが、全員が移動後に腹の中身を土の上にぶちまける羽目になった。

だが、外見や指揮する種族の情報、“眼”と並ぶほどの千里眼を有しているなどが分かった。
そして大雑把ではあるが、彼女が率いる部隊の数を数えることもできた(らしい)。
彼らは最寄の街まで慌てて逃げて、その日の調査を書類に纏めていった。

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烏天狗の調査から2ヶ月後。
3人は魔都エリスライから南に50kmの場所に広がる湿原にテントを張っていた。
転移呪印はここから10km程に位置する最寄の小さな村に刻んでいるので、転移すればまず大抵の魔物から逃げ切れることになる。

「よし、じゃあ行くか」
「「応っ!」」

3人は勇んでテントを出た。
湿った土と短い草を踏みしめて、3人は何もない湿原を歩く。
時折、小さな小川や泥濘に足を取られつつ、テントから2km程歩いた。

「…そういえば、“足”…ここには何が居るんだ?」
「ああ…そういえば、言うのを忘れていたな」
「……悪癖だね…誰にも口外しないってのは分かるけど、仲間には言ってくれないと」
「すまん」

ここに辿り着くまで、今度はどの魔物の情報を仕入れたのか、それを“足”は全く口にしなかったのだ。
そんな、隊長の行いに少し呆れつつも、他の2人は極秘任務という性質に理解を示した。

「で…ここにいるのは?」
「ああ…なんでもダークスライムのリシアという部隊長が『住んで』いるらしい」
「ほぉ…住居が明らかになるなんて珍しいな」
「だね、演習とか間借りの家なら珍しくないみたいだけど、住んでいる場所が分かるのは珍しいね」

などと、任務の話をしていると、“耳”は水や泥とは違うものを踏んづけた。
それは柔らかくも潰れきらない強さを持ち合わせていた。

「!!」
「こっちだ、“耳”!!」

慌てて、“眼”が“耳”の腕をつかんで力任せに引っ張る。
踏んづけた物からは開放されたが、その踏まれた物も目を覚ましたようだ。

「いたぁい…」

滑舌の悪い発音で文句を言いながら、それは青く透けた体躯を持ち上げた。

「こいつは…」
「スライム…だね」
「うぅーびっくりした…」

よろよろと力なく立ち上がったスライムは寝起きのようで寝ぼけているようだった。
“耳”はあえてそのスライムの前でしゃがみ込み、彼女に声を掛け始めた。

「こんにちは」
「う〜、う〜……う?」
「実は聞きたい事があるんだけど?」
「ん〜?」
「俺達、リシア様にご挨拶しようと思ってここまで来たんだけど、居場所…分からないかな?」
「ん〜おきゃくさま〜、ごあんないするよ〜」

体よく案内人を確保した3人はスライムに連れられて湿地を歩く。
3人は実のところ、魔物に対して反感を持っているわけではない。
孤児としてジパングで盗みや野宿を繰り返す中、魔物に助けられた事もあるからだ。
流石に子供に手は出せないと思ったのか、襲われることも無く成長できたのはある意味幸運だったのかもしれない。
もし、魔物にショタコンがいたら確実にお持ち帰りされていただろう。

ともかく、3人はスライムに連れられて、湿地の中でもとりわけ大きな池に辿り着いた。
湖面は静まり返り、緑の藻や水草で緑色に染まっている。

「リシアさま〜、おきゃくさんですよ〜」

スライムの間延びした声があたりに響く。
3人 1人の正面、池のほとりから、紫色の液体が湧き上がった。
それはコアを中心にみるみる内に女体を形作り、ダークスライムが現れる。

ただ、3人が驚いたのは地面に擬態していることではなく、そのリシアというダークスライムは女の裸体を形成していなかったという点だ。
彼女は身体の形を変えて、人間で言うところの衣服を象っていたのだ。
ちなみに、服の種類はいわゆる家政婦の服…メイド服と呼ばれる物だった。
これは確実に彼女自身の趣味であるといえる。

3人の姿を確認し、彼女は口を開いた。

「こんなところにお客なんて珍しい…」
「あ…はい…」

彼女は物腰柔らかく、笑いながら、しかし凛とした言葉を紡いだ。

「しかし、顔を隠したままお目通りというのは感心しないぞ?」
「!、これは失礼しました」

普段なら何を言われようとも素顔を晒すことはあり得ないのだが、彼女から感じる圧力に、“耳”は慌てて顔を覆う頭巾を外し、最近すっかり人に見せることの無くなった素顔を彼女に晒した。
黒髪、濃褐色の瞳、たれ下がった目が少年のような幼さを漂わせる。

リシアはその素顔に一瞬胸を高鳴らせた。
だが、本題を忘れるわけにもいかず、その気持ちを振り払った。

「ふむ…中々いい男じゃないか、そっちの2人も…」
「はい…」

仕方ないといわんばかりの様子で、“眼”と“足”も続いて頭巾を外す。
2人も黒髪、濃褐色の瞳、“眼”はつり目、端整な顔立ち、“足、は刀傷が右眉毛の上から右顎まで付いており、右目が開いていないため、整った顔をいかつく見せている。

「ほぉ〜みんないい男だな…どうだ…私達の婿になってくれないか?」
「いや、我々はその様な目的で来た訳では…」
「ふむ、では本題を聞こうか」

リシアがその場に座り込む(下半身だけ溶けた)のに合わせて3人も草の上に腰を下ろした。
3人は流石に教会の指示で魔王軍の内情(主に部隊長)について調べているとは言えず、最寄の村に移住してきたジパング人として引越しの挨拶に来た、ということにして、彼らは彼女との世間話に華を咲かせた。
ここに来る前までの間、その最寄の村を拠点として活動してきた甲斐があったというものだ。

「ほぉ…そうか、お前達は孤児だったのか」
「ええ…しかし、貴女方魔物に助けられる場面も数多くありました」
「…なるほどな…」
「時にリシア様」
「?」

率先してリシアと話をしているのは“耳”、“眼”と“足”は彼の補足に口を出す程度であった。
元々、交渉事については“眼”と“足”が面倒臭がるため、自然と“耳”の役割となっている。
それまでの世間話を一旦区切り、“耳”は確信に迫った。

「実は村の中でリシア様が率いる部隊が演習を行うと聞いて、その前に挨拶に伺おうと思ったのですが…その…演習の噂は本当なのですか?」
「………うむ」
「…なるほど…という事は…戦争が近いということでしょうか?」
「不明だ、現状向こうとこっちは表面を見れば穏やかだが、腹の奥では互いを喰らおうと睨み合っているのだよ」

魔王軍幹部級であっても、いつ戦争が始まるかまでは予測しきれないようだった。
そして、リシアは更に言葉を続ける。

「いずれにしても、定期的な演習は行わなければ部下も私も腕が鈍ってしまう」
「私達も安定した生活を得れば…今までのサバイバル技術が衰えてしまいそうです」

“耳”は上手く言葉を合わせて笑った。
無論、彼は本心から笑っているわけではない…というよりも彼ら3人は心から笑ったことが全く無いのだから仕方ないのかもしれない。
しかし、リシアの今の表情は実に心からの物であったようだ。

今までの柔らかな笑みから一転し、リシアが浮べた冷淡な嘲笑は3人の肝を一気に冷やした。

「さて、これからは私の部隊だけでなく、各部隊での軍事演習が行われる予定だから、余り魔物のやることに首を突っ込まない方がいいぞ?」
「!!」
「くくく…まあ知りたい事を教えておいてやる、私の部隊は総勢4000名強、構成はスライム種のみで隊長は私、副長はレッドスライムだ…さて、満足かな?」
「あ…う…」
「リシア様…何を言って…」

“耳”は間近でリシアの『怖い笑顔』を直視してしまい腰砕けになっているので、代わりに“眼”が口を開いた。
自分の部隊の情報を気軽に話した真意が分からなかったのだ…しかも怖い笑顔で…
だが、今度はリシアが3人の核心に迫る話を始める。

「…ふふ…魔物(わたし)達の情報網を舐めてもらっては困る、冥螺からお前達のことは聞いているぞ」
「!?」
「さて…お前達は空間転移術が使えるらしいからな、捕まえるのは無理だろうが、私はお前達の素顔を知った、情報はあっという間に仲間達に広がり、次の偵察相手はお前達を徹底的に排除する、覚悟しておけよ?」
「糞ッ!」

くすくすと笑い続けるリシアを他所に、3人は立ち上がりながら頭巾を被り、懐から短刀を抜いて構える。
だが、彼女も彼らもこれから戦闘になるなどとは思っていない。
リシア自身も言っているが、確実な遁走術を用意している相手を捕まえるのは難しいし、彼らが4000を超えるスライムを全て倒すのは不可能である。

よってこれはただの儀式。
実用的な意味などは全くない。

「ふふふ…お前達はいい男だ…こっちで暮らせば、私達から引く手数多なのになぁ…」
「俺達はそんな未来は全部捨てた…その誘いには乗らないね」

徐々に池の周りがスライム種だらけになっていく中、“足”は空間転移術を発動させる。
きらめく光の本流に飲まれながら、3人が見たリシアの姿は、とても悲しそうな顔をしていた。

「さらばだ…哀れな人間達…」
「?」

それは、先程までの悪戯好きでサディスティックな顔ではない。
真に何かを哀れむ顔、そして僅かに混ざる優しげな顔。
3人がその表情の意味を理解することは無いだろう。
なぜなら、3人は『親愛の情』を感じることなく生きてきたのだから…

そもそも、3人が敵性人物であることを会った時から看破していたはずなのに、捕らえるどころか情報を与えて逃げるのを許している。
リシアは表面上の性格はキツメではあるが、その内情は優しい1人の女なのだ、ただ愛情の裏返しで厳しい言葉を言ったり態度を取ってしまう。

最初の優しい顔も、途中で変貌した冷淡な笑みもどちらも彼女の内包する情から来ているのだ。

その本質的には優しさという情を敵にすら向けてしまうのは、彼女が部隊長としての素養の1つに欠けていると言わざるを得えない。

いずれにしても、3人は2人目の部隊長の細かい情報を得ることに成功した。
もちろん拠点にしていた村から即刻退去し、追っ手を振り切った。

次は誰を探そうか…3人は自分の任務にあくまでも忠実なのである。

〜 続 〜
10/10/12 23:30更新 / 月影
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■作者メッセージ
書き進めにゃならない本筋が停滞中 \(^o^)/

リハビリがてら、また横道に反れます(連続物になる可能性有り、本筋の構想具合による)。
本筋はもう少し煮詰めてから書き出しますので申し訳ないですが、しばらくお待ちください。 
m(_ _)m

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